第1 本件の概要及び経緯
本件は,抄紙(しょうし)用具の製造・販売を行う当事会社が持株会社を設立することにより,統合を行うものである。
本件は,平成14年4月に当事会社から事前相談の申入れがあり,同年6月に詳細な審査が必要な点を指摘するとともに,ユーザーヒアリングの実施,追加資料の検討等詳細審査を行い,同年10月,当事会社に対し,独占禁止法上の問題点の指摘を行った。
その後,平成14年12月,当事会社において本件統合を取りやめる旨の公正取引委員会への報告及び公表があったことから,当委員会においても本件に対する独占禁止法上の考え方について公表を行った。
第2 一定の取引分野等
1 製品概要
抄紙用具とは,抄紙の工程(紙の製造工程のうち,パルプ等を製紙機械により,漉すき,脱水,加熱・乾燥させて,紙シートを製造すること。)において,製紙機械に取り付けて使用される消耗品であり,ワイヤー,フエルト,ベルト及びカンバスの4種類がある。
抄紙の工程は,ワイヤーパート,プレスパート及びドライヤーパートの3工程に区分される。これらの各工程で使用される抄紙用具は以下のとおりである。
工程 | 使用される抄紙用具 |
---|---|
ワイヤーパート | ワイヤー |
プレスパート | フエルト,ベルト |
ドライヤーパート | カンバス |
ワイヤーとは,液状の紙の原料を漉いて紙シートを形成するために使用される網状の用具である。
フエルトとは,ワイヤーで形成した紙シートを加圧し,脱水するために使用される用具である。
ベルトとは,フエルトと紙シートの接地面積を拡大し,脱水の効率性を高めるために製紙機械とフエルトとの間に取り付けられる用具である。ユーザーは,ベルト対応の製紙機械を持つ一部の大手・中堅製紙メーカーに限られている。
カンバスとは,フエルトで脱水された紙シートを加熱・乾燥させる工程で紙シートを運搬するために使用される用具である。
これら4製品は,使用される工程が異なること,フエルト及びベルトについては,使用される目的が異なるため,それぞれ機能・効用が異なり,相互に代替性はないと認められる。
当事会社が販売している製品は次のとおりである。
製品名 | 日本フエルト株式会社 | 市川毛織株式会社 | 日本フイルコン株式会社 |
---|---|---|---|
ワイヤー | ○ | × | ○ |
フエルト | ○ | ○ | × |
ベルト | ○ | ○ | × |
カンバス | ○ | × | × |
カンバスは当事会社間で競合関係にないため,ワイヤー,フエルト及びベルトの3製品について検討を行った。
2 取引の状況
抄紙用具は,個々の製紙機械に対応した受注生産品であり,抄紙用具メーカーは,受注生産した製品をユーザーである製紙メーカーに直接販売している。
ユーザーによれば,抄紙用具を一式としてまとめて購入することはなく,それぞれの製品ごとに購入先を選択している。
3 一定の取引分野
当事会社は,ユーザーは,今後,抄紙用具を一つのメーカーからまとめて購入する方向にあることから,抄紙用具全体で一定の取引分野を画定すべきであると主張した。しかしながら,前記1及び2のとおり,ワイヤー,フエルト及びベルトは,それぞれ,機能・効用が異なり,ユーザーもそれぞれの製品ごとに購入先を選択していることから,当事会社の主張は認められず,それぞれの製品ごとに一定の取引分野を画定した。
このうち,フエルトについては,大手・中堅製紙メーカー向け取引と中小製紙メーカー向け取引との間で取引実態や販売価格に有意な差が認められることから,大手・中堅製紙メーカー向け取引分野と中小製紙メーカー向け取引分野をそれぞれ一定の取引分野として画定した。
また,地理的市場は全国市場と画定した。
第3 検討
前記第2,3において画定した取引分野のうち,ワイヤー及びベルトについては,輸入圧力が働いていると考えられること,シェアの増加分が小さいことから,競争を実質的に制限することとはならないと考えられる。他方,フエルトについては,統合後の合算販売数量シェアが極めて高くなり,また,その増加分も大きいことから,詳細に審査を行った。その結果は,次のとおりである。
1 大手・中堅製紙メーカー向け取引分野
(1) 統合後の市場における当事会社の地位
当事会社2社は約45%ずつのシェアを有しており,統合後の合算販売数量シェアは,約90%となり,国内のフエルトメーカーは1社となる。
フエルト | ワイヤー | ベルト | |||
---|---|---|---|---|---|
国内メーカー | 日本フエルト株式会社 | 約45% | 約5% | 約5% | |
市川毛織株式会社 | 約45% | - | 約65% | ||
日本フイルコン株式会社 | - | 約65% | - | ||
3社合計 | 約90% | 約70% | 約70% | ||
大手・中堅製紙メーカー向け | 約90% | 約70% | 約70% | ||
中小製紙メーカー向け | 99%超 | 約70% | 約70% | ||
海外メーカー(輸入) | A社 | 約5% | 約10% | 約20% | |
B社 | 約5% | 約15% | - | ||
C社 | 0~5% | 0~5% | 約5% | ||
その他 | - | 0~5% | - | ||
計 | 約10% | 約30% | 約25% | ||
大手・中堅製紙メーカー向け | 約10% | 約30% | 約25% | ||
中小製紙メーカー向け | 1%未満 | 約30% | 約25% | ||
合計 | 100% | 100% | 100% |
(出所:当事会社提出資料を基に当委員会にて作成)
(2) ユーザーの購買行動
ユーザーは,安定調達と低廉な価格での購入を図る観点から,主として当事会社である国内メーカー2社(日本フエルト株式会社及び市川毛織株式会社)から複数購買を行っている状況にある。また,価格交渉も定期的に行われており,ユーザーの価格交渉力は強く,価格も低下傾向にあることが認められる。
(3) 輸入
国内メーカーと海外メーカーで品質差は少なく,製紙メーカーの側にも,今後輸入品を更に購入しようとする動きがある。
しかし,現状の輸入品のシェアは約10%であり,過去5年間のシェアの推移をみても大幅な増加はない。また,大手・中堅製紙メーカーが購入する製品には,当事会社である国内メーカー2社のみから購入しているものも多いことから,現時点で輸入が増加する蓋然性が大きいとはいえない。
(4) 独占禁止法上の評価
現状は,ユーザーは主として国内2社から複数購買を行い,価格交渉力も強いとみられるが,本件統合により,国内メーカーが1社となった場合には,輸入がそれに代わるものとして有意な競争圧力となる蓋然性があるとまではいえない。
したがって,現状のままで本件統合が行われた場合,フエルトの大手・中堅製紙メーカー向け取引分野における競争を実質的に制限することとなるおそれがあると考えられる。
2 中小製紙メーカー向け取引分野
(1) 統合後の当事会社の地位
当事会社の合算販売数量シェアは,99%超となり,国内のフエルトメーカーは1社となる。
(2) ユーザーの購買行動
ユーザーは,1社購買が多く,複数購買を行っている場合でも,日本フエルト株式会社及び市川毛織株式会社の国内メーカー2社から購入しており,海外メーカーからの購入はほとんど認められない。また,ユーザーの購買価格にも余り変化がないことから,ユーザーの価格交渉力は強いとはいえない。
(3) 輸入
輸入品のシェアは,1%未満にすぎない。また,海外メーカーは,サイズが大きく,かつ消費量も多い大手・中堅製紙メーカーへの販売を中心としていることに加え,中小製紙メーカーが購入しているフエルトについては,そもそも海外メーカーが製造していないものが多いことから,今後とも,輸入圧力は期待できない。このため,統合後においては,事実上,中小製紙メーカーは,当事会社のみから購入せざるを得なくなる。
(4) 中小製紙メーカーからの本件統合に対する懸念
中小製紙メーカーの一部から,本件統合により国内メーカーが1社になることに対して,輸入品の採用が困難なためメーカーの選択ができなくなることや価格が更に硬直化する等の強い懸念の表明があった。
(5) 独占禁止法上の評価
国内に当事会社以外の競争事業者が存在せず,輸入圧力が働いているとはいえない状況にあることから,本件統合が行われた場合,フエルトの中小製紙メーカー向け取引分野における競争を実質的に制限することとなるおそれがあると考えられる。
第4 独占禁止法上の問題点の指摘
前記第3の検討結果を踏まえ,平成14年10月,当事会社に対し,本件の統合が行われれば,フエルトの取引分野,特に中小製紙メーカー向け取引分野について,競争を実質的に制限することとなるおそれがある旨の指摘を行った。