第5章 価格の同調的引上げに関する報告の徴収

第1 概 説

 独占禁止法第18条の2の規定により,年間国内総供給価額が300億円超で,
かつ,上位3社の市場占拠率の合計が70%超という市場構造要件を満たす同
種の商品又は役務につき,首位事業者を含む2以上の主要事業者(市場占拠
率が5%以上で第5位以内のもの)が,取引の基準として用いる価格につい
て,3か月以内に,同一又は近似の額又は率の引上げをしたときは,当委員
会は,主要事業者に対し,当該価格の引上げ理由について報告を求めること
ができる。
 この規定の運用については,当委員会は,その運用基準を明らかにすると
ともに,市場構造要件に該当する品目をあらかじめ調査し,これを運用基準
別表に掲げ,当該別表が改定されるまでの間,別表に掲載された品目につい
て価格の同調的引上げの報告徴収を行うこととしている。

第2 価格の引上げ理由の報告徴収

 本年度において,独占禁止法第18条の2に規定する価格の同調的引上げに
該当すると認めてその引上げ理由の報告を徴収したものは一般日刊全国新聞
紙の1件であるが,その概要は,昭和63年度年次報告に記載している。
 また,平成2年3月に下記のビール製造事業者が行ったビールの価格引上
げについて平成2年度上期において,その理由の報告を徴収した。
 ビールの国内総供給価額(生産者販売額)は,昭和63年において9,328億
円(酒税を除く。)であり,麒麟麦酒株式会社(以下「キリン」という。),
アサヒビール株式会社(以下「アサヒ」という。)及びサッポロビール株式
会社(以下「サッポロ」という。)の上位3社の市場占拠率は,アサヒの関
連会社である北海道アサヒビール株式会社のそれを含め,89.7%であり,首
位事業者はキリンである。また,市場占拠率が5%以上の事業者は,キリ
ン,アサヒ,サッポロ及びサントリー株式会社(以下「サントリー」とい
う。)の4社(以下「4社」という。)である。
 4社は,平成2年3月から,ビールの販売価格の引上げを実施したが,こ
の価格引上げは,独占禁止法第18条の2に規定する価格の同調的引上げに該
当すると認められたので,当委員会は,同年5月14日,これら4社に対して
価格の引上げ理由の報告を求めた。

ビールの価格引上げ状況
 価格引上げは,サッポロ(平成2年2月27日),キリン(同年3月2日),
アサヒ(同年3月5日),サントリー(同年3月5日)の順で公表された。
 4社の価格引上げの公表日,公表日に予告された実施日及び実際の実施
日は,下表のとおりである。

 その内容を対抗関係にあると認められる製品ごとに見ると,生産者価格,
メーカー希望卸売価格(以下「希望卸売価格」という。)及びメーカー希望
小売価格(以下「希望小売価格」という。)の引上げ額及び新価格は,4社
とも一部例外を除き,同一となっている。
 4社のビールの主要製品の希望小売価格について新価格並びに引上げ額
及び率を示すと,次表のとおりである。

 4社のビール全製品について生産者価格,希望卸売価格及び希望小売価
格の引上げ率を加重平均により求めると,次表のとおりである。
各社別の価格引上げ理由
 4社から提出された報告書によると,価格引上げの理由は,以下のとお
りである。
(1) キ リ ン
 キリンは,生産者価格,希望卸売価格及び希望小売価格引上げの主た
る理由として,生産者段階では,マーケティング費(広告宣伝費,販売
促進費),人件費,研究開発費,材料費,情報システム関連費,減価償
却費(設備費),運搬費等の増大により,平成元年度(昭和64年1月1
日~平成元年12月31日)の総原価(酒税を除く。以下同じ。)が,昭和
58年度(昭和58年2月1日~昭和59年1月31日)と比較して,ビール1
リットル当たり20.7%上昇すると見込まれ,平成2年度(平成2年1月
1日~同年12月31日)以降も,麦芽等の輸入原料費の上昇が予想される
ほか,新ビン,新箱の投入及び既存設備の改善投資も必至となっている
こと,また,流通段階では,配送費,人件費等の上昇にかんがみ,流通
業者からマー ジンアップの希望が強く寄せられていたことから,流通
マージンの増大を図る必要があったことを挙げている。
(2) ア サ ヒ
 アサヒは,生産者価格,希望卸売価格及び希望小売価格引上げの主
たる理由として,生産者段階では,広告宣伝費,運搬費,製造部門の減
価償却費,販売促進費等の増大により,平成元年度(昭和64年1月1
日~平成元年12月31日)の総原価が,昭和58年度(昭和58年1月1日~
同年12月31日)と比較して,ビール1リットル当たり8.8%上昇すると
見込まれ,平成2年度(平成2年1月1日~同年12月31日)以降も,麦
芽,コーンスターチ等輸入原料費の上昇が予想されること,また,流通
段階では,人件費,運搬費等の上昇,酒類売上高に占めるビール売上高
の比重が上昇しているのに対し,ビールの流通マージン率は他の酒類に
比べ低いことなどから,卸10%,小売20%のマージン率は少なくとも確
保してほしいとの要望に配慮する必要があったことを挙げている。
(3) サッポロ
 サッポロは,生産者価格,希望卸売価格及び希望小売価格引上げの主
たる理由として,生産者段階では,広告宣伝費,材料費,製造部門の
減価償却費,販売及び一般管理部門の人件費,販売促進費等の増大によ
り,平成元年度(昭和64年1月1日~平成元年12月31日)の総原価が,
昭和58年度(昭和58年1月1日~同年12月31日)と比較して,ビール1
リットル当たり22.2%上昇すると見込まれ,平成2年度(平成2年1月
1日~同年12月31日)以降,既存工場の更新,旧工場跡地の再開発,新
技術の開発などにより,経営体質を強化し改善するために価格改定を実
施し,収益力の回復を図るしかないと判断したこと,また,流通段階で
は,人件費,物流費等の上昇,消費税の簡易課税選択基準のマージン率
である卸10%,小売20%は最低確保したいとの流通業者の強い要望が寄
せられたことなどから,流通マージンの増大を図る必要があったことを
挙げている。
(4) サントリー
 サントリーは,生産者価格,希望卸売価格及び希望小売価格引上げの
主たる理由として,生産者段階では,広告宣伝費,販売費,販売及びー
般管理部門の人件費,運搬費等の増大により,平成元年度(昭和64年1
月1日~平成元年12月31日)の総原価が,昭和58年度(昭和58年4月1
日~昭和59年3月31日)と比較して,ビール1リットル当たり11.0%上
昇すると見込まれ,平成2年度(平成2年1月1日~同年12月31日)以
降,円安傾向のため原料費や燃料費が増加すると見込まれること,ま
た,流通段階では,物流費,人件費の増加に伴い,流通団体,特約店よ
りマージン増大の要請を受け,それに応える必要があると判断したこと
を挙げている。