第1部 総  論

第1 概 説

 平成3年度における我が国経済は,拡大を続けていた設備投資などに対す
る需要が一巡して鈍化したことに加え,いわゆるバブルの崩壊が景気に影響
を与え,昭和62年から長期にわたって続いた高成長から低成長へ移行し,景
気は調整過程に入った。対外バランス面を見ると,輸出額が微増した一方
で,奢侈品の輪入急減や原油安等により輸入額が減少したため貿易黒字は大
幅に増加した。これに加え,貿易外収支や移転収支の赤字が減少したことに
より,経常収支の黒字幅は大きく拡大した。
 他方,これまでの国民経済の成長や効率性を重視することにより得られた
高い経済成長の中で経済全体の豊かさと国民生活の質との間にかい離が見ら
れるようになった。
 こうした内外の経済環境の中で,我が国は今後も内需主導による持続的な
経済成長を図り,我が国市場をより開かれたものとしていくとともに,生活
者・消費者を重視する視点に立ち,我が国の経済力に見合った豊かな国民生
活を実現することが重要な課題とされている。
 このような中で,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下
「独占禁止法」という。)の有効かつ適正な運用により,内外の事業者の公正
かつ自由な競争を促進し,各事業者が自主的な判断や創意工夫によって活発
な事業活動を行っていくことができる競争条件を整えるとともに,このよう
な観点から政府規制制度等を見直すことが,我が国経済の健全な発展を図る
ために一層重要になってきている。
 こうした見地から,公正取引委員会は,本年度においては, 次のような施
策に重点をおいて競争政策の運営に積極的に取り組んだ。

独占禁止法違反行為の積極的排除
 市場メカニズムが有効に機能することを阻害するカルテル,不公正な取
引方法などの独占禁止法違反事件の処理に積極的に努めた。
 本年度に行った排除勧告は30件であり,その主なものとしては,入札談
合事件3件のほか,塩化ビニル製業務用ストレッチフィルムの販売価格決
定事件,ダストコントロール製品の標準レンタル価格決定事件,印刷用イ
ンキの販売価格決定事件,オーディオ製品及びビタミン剤の再販売価格維
持事件並びに証券会社による不当な顧客誘引事件がある。
 また,平成3年11月6日及び12月19日,業務用ストレッチフィルムの製
造業者8社及びその営業担当責任者15名を同フィルムの販売分野における
競争を実質的に制限し,独占禁止法第3条に違反する行為を行ったものと
して検事総長に告発を行った。
独占禁止法違反行為に対する抑止力の強化
 豊かな国民生活を実現し,我が国経済を国際的により開かれたものとす
るために競争政策の果たす役割は大きく,独占禁止法違反行為に対する抑
止力の強化を図ることが重要課題の一つとなっている。公正取引委員会
は,このような観点を踏まえ,違反事件の審査体制の強化を図るととも
に,独占禁止法違反行為に対する抑止力を強化するため,次の施策を講じ
た。
(1) 課徴金の引上げ
 価格に関するカルテルを行った事業者に対して課せられる課徴金につ
いて,独占禁止法違反行為に対する抑止力を強化するとの観点から,課
徴金の額の計算に係る売上高に乗じる率を原則1.5%から原則6%に引
き上げること等を内容とする独占禁止法改正法案が平成3年2月に国会
に提出された。同法案は平成3年4月に成立し,改正法は平成3年7月
1日から施行された。
(2) 刑事罰の強化
 公正取引委員会は,独占禁止法,刑事法の学識経験者からなる「独占
禁止法に関する刑事罰研究会」を開催し,同研究会は独占禁止法違反行
為に対する刑事罰の強化について検討を行ってきたが,平成3年12月,
検討結果を公正取引委員会に報告した。本報告書の基本的方向を踏ま
え,私的独占,不当な取引制限及び事業者団体による競争の実質的制限
に係る事業者及び事業者団体に対する罰金刑の上限を従業者等の行為者
に対する罰金刑の上限から切り離し,現行の500万円から1億円に引き上
げる内容の独占禁止法改正法案が平成4年3月27日国会に提出された。
流通・取引慣行に関する競争政策上の対応
 経済活動がグローバル化する中で,我が国市場をより開かれたものと
し,消費者利益を確保して豊かな国民生活を実現するためには,我が国に
おける流通・取引慣行に関し,独占禁止法を厳正に運用することによって
公正かつ自由な競争を維持・促進することが重要であるが,独占禁止法の
運用を効果的なものとするためには,独占禁止法の目的,規制内容及び運
用の方針が国内外の事業者や消費者に十分理解されることが不可欠であ
る。このため,平成3年7月,どのような行為が違反となるかをできる限
り具体的かつ明確に示した「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指
針」を公表し,併せて流通・取引慣行に関する事前相談制度を設置した。
なお,同指針の策定に当たっては,その原案を広く国内外の関係機関等に
開示し,意見を聴取した。
 また,同指針の公表を契機に,各企業において独占禁止法遵守マニュア
ルの作成等独占禁止法遵守体制(以下「コンプライアンス・プログラム」
という。)を整備する動きが活発化しており,公正取引委員会としても,コ
ンプライアンス・プログラムの整備に係る企業の自主的な取組に対し積極
的に助力した。
政府規制制度及び独占禁止法適用除外制度の見直し
 我が国の経済力が国際的に高い水準に到達した中で,より豊かな国民生
活を実現するとともに,我が国の市場を一層開かれたものとしていくた
め,政府規制制度及び独占禁止法適用除外制度を見直し,市場メカニズム
の一層の活用を図ることが求められている。
 公正取引委員会においては,従来から,競争政策の観点からこれら政府
規制制度等の見直しについて積極的な取組を行うとともに,規制緩和分野
において規制緩和の趣旨が損なわれるような行為が行われることのないよ
う,競争政策の適切な運営を図ってきている。
 本年度においては,「政府規制等と競争政策に関する研究会」から平成
3年7月に独占禁止法適用除外制度に関する報告書が公表され 独占禁止
法適用除外カルテルについては必要最小限度に止めるとともに,再販適用
除外制度についても抜本的な見直しを行うことが必要である旨指摘され
た。これを受けて,平成3年9月から11月にかけて再販指定商品の生産・
流通等について実態調査を行い,同年12月には公聴会を開催し,関係事業
者,消費者,学識経験者等から広く意見を聴取し,所管官庁の意見も聞い
た上で,再販適用除外制度の見直しを行った。
下請法による中小企業の競争条件の整備
 取引関係にある事業者間において優越的地位にある事業者が取引の相手
方に対し不当にその地位を濫用する行為は,独占禁止法により不公正な取
引方法(優越的地位の濫用)として規制されている。このうち,特に下請
取引においては,親事業者による優越的な地位の濫用行為が行われやすい
ことから,独占禁止法の特別法として下請代金支払遅延等防止法(以下
「下請法」という。)が定められているところである。
 公正取引委員会は,本年度においても,中小企業の自主的な事業活動が
阻害されることのないよう,下請取引の公正化及び下請事業者の利益の保
護を図るため,下請法の厳正かつきめ細かな運用を行った。
 また,非製造業における委託取引の実態調査の一環として,テレビ放送
事業者とプロダクションとの間におけるテレビ番組制作委託取引について
調査を行った。
 さらに,下請取引適正化のための都道府県との協力体制を推進するとと
もに,景気の減速感が広まる中で,下請法違反行為を未然に防止するため,
下請事業者に対する不当なしわ寄せが行われないよう,親事業者及び親事
業者の団体に対して法遵守の要請を行うなど下請法の周知徹底に努めた。
景品表示法による消費者行政の推進
 事業者間における価格と品質についての競争を維持・促進し,一般消費
者の適正な商品選択に資するよう,独占禁止法は,不当な顧客誘引行為を
不公正な取引方法として規制している。さらに,このような不当な顧客誘
引行為を有効かつ迅速に処理するため,独占禁止法の特別法として不当景
品類及び不当表示防止法(以下 「景品表示法」という。)が定められている
ところである。
 公正取引委員会は,消費者向けの商品・サービスの種類や販売方法が多
様化する中で,消費者の適正な商品選択が妨げられることのないよう,引
き続き,景品表示法の厳正な運用により,不当な顧客誘引行為の排除に努
めた。
 本年度においては,自動車販売業者による中古自動車の実走行距離の不
当表示,ミシン販売業者によるミシンについてのおとり広告等に対し排除
命令を行った。
 また,景品類の提供の制限に関する公正競争規約について,その内容が
最近の経済実態の変化を踏まえたものとなるよう関係公正取引協議会に対
し見直しを指導した。

第2 業務の大要

業務別に見た本年度の業務の大要は次のとおりである。

 価格カルテルに係る課徴金を原則4倍に引き上げること等を内容とする
独占禁止法改正法が平成3年7月から施行された。
 また,私的独占,不当な取引制限及び事業者団体による競争の実質的制
限の違反行為について事業者及び事業者団体に対する罰金刑の上限を現行
の500万円から1億円に引き上げることを内容とする独占禁止法改正法案
を作成し,同法案は平成4年3月,国会に提出された。
 独占禁止法と他の経済法令との調整に関する業務としては,証券取引等
の公正を確保するための証券取引法等の一部を改正する法律,金融制度及
び証券取引制度の改革のための関係法律の整備等に関する法律,労働時間
の短縮の促進に関する臨時措置法等について,関係行政機関が立案するに
当たり,所要の調整を行った。
 独占禁止法違反被疑事件として本年度中に審査を行った事件は241件で
あり,そのうち年度内に審査を完了したものは150件であった。その内訳
は,独占禁止法第48条の規定に基づく勧告審決27件,審判開始決定2件,
警告24件,注意88件及び違反事実が認められなかったため審査を打ち切っ
たものが9件であった。これらを行為類型別に見ると,価格カルテル43
件,入札談合7件,その他のカルテル5件,不公正な取引方法74件,その
他の行為21件となっている。勧告審決を行った事件27件について見ると,
価格カルテル事件が12件,入札談合事件が3件,不公正な取引方法に係る
事件が8件,その他事業者団体の禁止行為に係る事件等が4件であった。
 また,10件の価格カルテル事件について,計102名に対し,総額19億
9,381万円の課徴金の納付を命じた。なお,うち1名に対する課徴金納付
命令(課徴金額2,212万円)については,審判手続が開始されたことによ
り,失効した。
 さらに,平成3年11月及び12月,独占禁止法第73条の規定に基づき,業
務用ストレッチフィルムの製造業者8社及びその営業担当責任者15名を検
事総長に告発した。
 審判中の事件は,前年度から継続中のものを含めて,独占禁止法違反被
疑事件が7件,景品表示法違反被凝事件が3件の計10件であったが,その
うち本年度内に2件の審決が行われた。
 違反事件については,必要に応じ審決執行後の状況を監査することに
よって再発防止に努めており,本年度は2件の監査を実施した。
 流通・取引慣行に関する競争政策上の対応としては,平成3年7月11
日,「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」を公表するととも
に,流通・取引慣行に関する事前相談制度を設置した。本年度において
は,事前相談制度に基づく相談は2件であった。
 独占禁止法第18条の2の規定に基づく価格の同調的引上げに関する報告
徴収については,自動車用タイヤ・チューブ,陰極線管用ガラスバルブ,
鋳鉄管,バス・トラックシャシー,魚肉ハム・ソーセージ,一般日刊全国
新聞紙,冷延電気鋼帯,普通鋼配管用鋼管,高抗張力鋼及びブリキの10件
について,価格引上げの理由を徴収した。
 競争政策の適切な運用に資するための事業活動及び経済実態の調査のう
ち本年度に実施した主なものは,独占的状態調査,政府規制制度等に関す
る調査,六大企業集団の実態に関する調査等であった。
 独占禁止法第9条の2から第16条までの規定に基づく企業結合に関する
業務については,大規模会社の株式所有について1件の承認を行い,金融
機関の株式所有について43件の認可を行った。また,報告,届出を受理し
たものは,事業会社の株式所有状況についての報告が8,032件,会社以外
の者の株式所有状況についての報告が2件,競争会社間の役員兼任につい
ての届出が6,124件,会社の合併・営業譲受け等についての届出が3,357件
であり,これらについては所要の審査を行った。
 独占禁止法第8条の規定に基づく事業者団体の届出件数は,成立届が
908件,変更届が2,746件,解散届が744件であった。
 また,独占禁止法に関する理解を深め,違反行為を未然に防止するため
の措置の一環として,事業者団体の活動に関する相談・指導業務を行って
いる。本年度においては,事前相談制度に基づく相談はなかったが,一般
相談960件に応じた。また,平成4年6月,事業者団体の活動に関する相
談事例集を作成し,公表した。
 独占禁止法第6条の規定に基づく国際契約の届出件数は,5,680件であ
り,このうち,競争品の取扱いの制限,改良技術に関する制限等不公正な
取引方法に該当するおそれのある事項を含む71件の契約について,指導等
を行った。
 また,平成4年3月,国際契約等に関する届出規則を改正し,届出が必
要となる国際契約等の範囲を縮小した。
10  不公正な取引方法に関する規制については,技術取引,流通取引等の公
正化を推進するため,事業者等からの相談に積極的に応じ,必要に応じて
調査を行うなどして,適切な対応に努めた。
11  独占禁止法第24条の3の規定に基づく不況に対処するための共同行為及
び同法第24条の4の規定に基づく企業合理化のための共同行為について
は,本年度において実施されたものはなかった。
 独占禁止法の適用を除外されている共同行為には,このほか,独占禁止
法以外の法律に基づき,当委員会に協議等を行った上で主務大臣が認可等
を行うものがある。共同行為の本年度末における現存数は219件であり,
その大半を,中小企業の分野におけるものが占めている。
12  再販売価格維持行為に対する独占禁止法の適用除外制度の見直しを行
い,化粧品及び一般用医薬品について再販適用除外が認められる品目のう
ちおおむね半数の指定を取り消した。
 また,今後,再販売価格維持行為が認められる著作物の範囲について幅
広い角度から総合的な検討を行うこととしている。
13  下請法に関する業務としては,下請取引の公正化及び下請事業者の利益
保護を図るため,親事業者11,680社及び下請事業者71,603社に対し書面調
査等を行った。本年度において,下請法違反行為が認められた1,492件に
つき,警告等の措置を採った。また,下請代金の減額を行っていたと認め
られた25社の親事業者が90社の下請事業者に自主的に返還した減額分は,
総額4,503万円であった。
14  景品表示法第6条の規定に基づき排除命令を行ったものは,景品関係4
件,表示関係4件の計8件であり,警告等を行ったものは,景品関係506
件,表示関係399件の計905件であった。
 景品表示法第10条の規定に基づき本年度中に新たに認定した公正競争規
約は,表示に関する規約4件であった。
 都道府県における景品表示法関係の業務の処理状況は,同法第9条の2
の規定に基づく指示を行ったものが1件,注意を行ったものが3,769件
(景品関係1,130件,表示関係2,639件)であった。
15  国際関係の業務としては,経済協力開発機構(OECD),国際連合貿易
開発会議(UNCTAD)等の国際機関における競争政策関係の会議に積
極的に参加するとともに,アメリカ,EC,フランス及び韓国の独占禁止
当局との間で競争政策に関して緊密な意見の交換を行った。また,日米構
造問題協議フォローアップ会合に出席し,当委員会関係部分についてレ
ビューを行った。