第3章 審判及び訴訟

第1 審 判 

 本年度における審判事件数は,前年度から引き継いだもの8件であり,本
年度中に審判開始決定を行ったものはない。8件の内訳は,独占禁止法違反
被疑事件が6件,景品表示法違反被疑事件が2件である。これらのうち,本
年度中に審決を行ったものは1件であり(本章第2参照),本年度末現在に
おいて審判手続係属中のものは7件である(第1表)。

第2 正式審決

 東芝ケミカル株式会社に対する件(平成元年(判)第1号)

事件の経過
 本件は,当委員会が東芝ケミカル株式会社(以下「東芝ケミカル」とい
う。),日立化成工業株式会社(以下「日立化成」という。),松下電工株
式会社(以下「松下電工」という。),住友ベークライト株式会社(以下
「住友べーク」という。),利昌工業株式会社,鐘淵化学工業株式会社,
新神戸電機株式会社及び三菱瓦斯化学株式会社の8社(以下,東芝ケミカ
ルを除く7社を「同業7社」という。)に対し,独占禁止法第48条第1項
の規定に基づき勧告を行ったところ,同業7社は,これに応諾したので,
同業7社に対し平成元年8月8日,同条第4項の規定に基づき,当該勧告
と同趣旨の審決を行ったが,東芝ケミカルは,勧告を応諾しなかったの
で,同社に対し同法第49条第1項の規定に基づき,審判開始決定を行い,
審判官をして審判手続を行わせたものである。
 当委員会は,東芝ケミカルが平成4年5月26日担当審判官の作成した審
決案に対し異議の申立てを行うとともに独占禁止法第53条の2の2の規定
に基づき当委員会に対し直接陳述の申出を行ったので,同年7月i5日に東
芝ケミカルから陳述聴取を行い,審決案を調査の上,審決を行ったもので
ある(なお,本件については,平成4年10月16日に審決取消しの訴えが提
起され,本年度末現在,東京高等裁判所において係属中である(本章第3
参照))。
認定した事実の概要
(1)  東芝ケミカルは,紙基材フェノール樹脂銅張積層板の製造販売業を宮
む者であり,そして同業7社は,紙基材フェノール樹脂銅張積層板又は
これと同等品である紙基材ポリエステル樹脂銅張積層板(以下「紙フェ
ノール銅張積層板」という。)の製造販売業を営む者である。東芝ケミ
カル及び同業7社(以下「8社」という。)の紙フェノール銅張積層板
の国内向け供給量の合計は 我が国における紙フェノール銅張積層板の
総供給量のほとんどすべてを占めている。
(2)  8社は,熱硬化性樹脂製造業を営む者をもって組織される合成樹脂工
業協会(以下「合協」という。)に加入しており,合協の品目別部会の
1つで各社の担当役員級の者で構成されている積層板部会(以下「部
会」という。)に所属している。
 部会の下部機関として,各社の部課長級の者で構成される業務委員会
及び海外委員会並びに各社の部課長,支店長,営業所長級の者で構成さ
れる大阪委員会,名古屋委員会が設置されている。
(3)  紙フェノール銅張積層板の販売価格は,輸出価格については,ドル建
てであったため,昭和60年秋以降のいわゆる円高の影響により採算が悪
化し,国内需要者向け価格についても,円高により輸出不振に陥ってい
た最終需要者であるセットメーカーがコストダウンを図り,同積層板の
ユーザーであるエッチングメーカー等に再三値引の要求を行ったため,
昭和61年初めころから下落傾向を続けていた。また,同年秋ころから
は,フェノール,銅箔等の積層板の原材料の価格も上昇傾向を示すな
ど,8社とも販売価格の下落防止,その引上げが強く要請される状況で
あった。そして,国内需要者向け価格の引上げのためには,国内向けよ
りも安くなった輸出価格を引き上げることが先決であった。
 東芝ケミカルは,上記事情に加えて,昭和62年当時,同社の株式の東
京証券取引所第二部への上場申請を目前に控えていたため,予算を計画
どおり達成し,収益の確保を継続的に図る必要があった。
 8社の属する積層板業界は,日立化成,松下電工及び住友べーク(以
下「大手3社」という。)が紙フェノール銅張積層板の国内向け販売量
の約70パーセントのシェア(昭和62年当時)を占め,大手3社の動向に
大きく影響される状況にあった。
(4)  8社は,昭和62年初めころから部会等において,紙フェノール銅張積
層板を含むプリント配線板用銅張積層板の販売価格の引上げについて意
見交換を行ってきた。
 昭和62年4月20日,住友べークから紙フェノール銅張積層板の国内需
要者渡し価格を現行価格より1平方メートル当たり300円又は15パーセ
ントを目途に引き上げる旨の提案がなされ,更に上記値上げ案について
部会,業務委員会等で意見交換がなされてきた。
(5)  輸出価格の値上げ動向が昭和62年6月10日ころ判明すること等を受
け,6月10日,臨時部会〈以下 「本件臨時部会」という。)において,
輸出価格の動向等を踏まえ,8社はプリント配線板用銅張積層板の国内
需要者渡し価格の引上げについて意見交換を行い,日立化成から,7月
10日出荷分から紙フェノール銅張積層板の国内需要者渡し価格を現行価
格より1平方メートル当たり300円又は15パーセントを目途に引き上げ
ることが表明されたことを契機に,松下電工からは6月21日出荷分か
ら,住友べークからは7月1日出荷分から,同様に値上げすることが各
表明された。残る5社については,大手3社の関係者から大手3社に追
随して同年7月末までを目標として,同様に値上げを実施するように要
請されたが,上記要請に対し東芝ケミカルを含め各社反対の意見は出な
かった。
 なお,同年6月22日,大手3社は,合意の上で前記の値上げの実施時
期を日立化成については7月10日を7月15日に,松下電工については6
月21日を7月10日に各変更した。
(6)  東芝ケミカル及び同業他社は,本件臨時部会後 本件紙フェノール銅
張積層板の値上げを社内に指示等し,また需要者らに対し上記値上げを
通知し,その要請をしている。
 昭和62年7月20日,主要なエッチングメーカーと積層板のメーカーと
の懇親のための会合であるST会において,東芝ケミカルは,同業他社
とともに主要な需要者に紙フェノール銅張積層板1平方メートル当たり
15パーセント又は300円の値上げを要請した。
 昭和62年7月28日の大阪委員会,同年8月10日,8月21日,8月31日
の名古屋委員会等において,東芝ケミカルは,主要な需要者に対する値
上げについて同業他社とその交渉経過を報告し合い,値上げの具体策の
打合せをした。
(7)  平成元年8月8日,当委員会は同業7社に対し,前記(5)の事実に係る
昭和62年6月10日に行った紙フェノール銅張積層板の国内需要者渡し価
格の引上げに関する決定の破棄等を命ずる審決をし,上記のころ同業7
社は,同審決に従って上記決定を破棄した。
法令の適用
 東芝ケミカルは,同業7社と共同して紙フェノール銅張積層板の国内需
要者渡し価格の引上げを決定することにより,公共の利益に反して,紙
フェノール銅張積層板の販売分野における競争を実質的に制限していたも
のであって,これは独占禁止法第2条第6項に規定する不当な取引制限に
該当し,同法第3条の規定に違反するものである。
命じた主な措置
 東芝ケミカルは,昭和62年6月10日,同業7社と共同して紙フェノール
銅張積層板の国内需要者渡し価格を引き上げることを決定したが,この決
定は破棄されたこと及び今後,共同して紙基材フェノール樹脂銅張積層板
の国内需要者渡し価格を決定せず,自主的に決めることを紙基材フェノー
ル樹脂銅張積層板の取引先販売業者及び需要者に周知徹底させなければな
らない。

第3 訴 訟

独占禁止法第25条(無過失損害賠償責任)に基づく損害賠償請求事件
 本年度において,独占禁止法第25条に基づく損害賠償請求事件として,
次の訴訟が提起された。この訴訟以外に係属中の独占禁止法第25条の規定
に基づく損害賠償請求事件はない。
岩留工業株式会社による損害賠償請求事件
(1) 事件の表示
東京高等裁判所平成5年(ワ)第1号
損害賠償請求事件
原 告  岩留工業株式会社  被 告 三蒲地区生コンクリート協同
組合
   提訴年月日 平成5年2月17日
(2) 事案の概要
 当委員会は,三蒲地区生コンクリート協同組合が原告に対して行った
砂利の購入妨害について,平成3年12月2日に当該行為の排除を命じる
審決を行った。当該審決確定後,岩留工業株式会社が,同協同組合に対
して,独占禁止法第25条に基づく損害賠償請求訴訟を東京高等裁判所に
提起した。
(3) 訴訟手続の経過
 本件について,本年度中に口頭弁論は行われなかったが,平成5年3
月9日に同裁判所から当委員会に対し,独占禁止法第84条第1項に基づ
き,独占禁止法違反行為によって生じた損害額についての求意見書が提
出され,本件訴訟は,本年度末現在,同裁判所に係属中である。
その他の独占禁止法関係の損害賠償請求事件
(1) 事件の表示
浦和地方裁判所平成4年(行ウ)第13号
損害賠償請求事件
原 告  岩木英二ほか60名  被 告  鹿島建設鰍ルか65名
   提訴年月日 平成4年8月14日
(2) 事案の概要
 当委員会は,埼玉県発注に係る土木一式工事の入札談合について,平
成4年6月3日に鹿島建設株式会社ほか65名に対し当該行為の排除を命
じる審決を行った。当該審決確定後,埼玉県の住民が,当該建設業者等
に対して,地方自治法に基づき埼玉県に代位して損害賠償を求める住民
訴訟を浦和地方裁判所に提起した。
(3) 訴訟手続の経過
 本件について,本年度中に口頭弁論は2回行われ,本件訴訟は,本年
度末現在,同裁判所に係属中である。
審決取消請求事件等
 本年度において係属中の審決に係る訴訟事件は,本年度新たに提起され
た東芝ケミカル株式会社による審決取消等請求事件1件及びこれに関連し
て,東芝ケミカル株式会社による審決の執行免除申立事件1件の計2件が
あり,前者は,東京高等裁判所に係属中であるが,後者は,平成4年11月
13日に東京高等裁判所の決定が行われた。
(1) 東芝ケミカル株式会社による審決取消等請求事件
事件の表示
東京高等裁判所平成4年(行ケ)第208号
審決取消等請求事件
原 告  東芝ケミカル株式会社  被 告  公正取引委員会
   審決年月日  平成4年 9月16日
   提訴年月日  平成4年10月16日
審決の概要
 審決の概要は,本章第2のとおりである。
事案の概要
 本件は,公正取引委員会が東芝ケミカル株式会社に対して行った平
成元年(判)第1号審決の審判手続において,正当な理由なく原告の
文書提出命令申立て(被審人取締役の調書)を却下したのであるか
ら,本事件は独占禁止法第81条第3項により公正取引委員会に差し戻
されるべきであり,また,本件審決は,審決の基礎となった事実を立
証する実質的な証拠を欠くものであって,本来関与すべきでない委員
が関与してなされた違法なものであるから,独占禁止法第82条第1
号,2号に該当し,取り消されるべきであるとして,当該事件の差戻
しあるいは審決の取消しを求めるものである。
訴訟手続の経過
 本件について,東京高等裁判所は,本年度,口頭弁論を1回行い,
本件訴訟は,本年度末現在,同裁判所に係属中である。
(2) 東芝ケミカル株式会社による審決の執行免除申立事件
事件の表示
東京高等裁判所平成4年(行タ)第27号
審決の執行免除申立事件
申立人  東芝ケミカル株式会社  被申立人  公正取引委員会
   審決年月日  平成4年 9月16日
   提訴年月日  平成4年10月29日
   決定年月日  平成4年11月13日
事案の概要
 本件は,公正取引委員会が東芝ケミカル株式会社に対して行った平
成元年(判)第1号審決について,独占禁止法第62条第1項に基づ
き,当該審決が確定するまでその執行の免除を求めたものである。
決定の要旨
 東芝ケミカル株式会社は,公正取引委員会が平成4年9月16日にし
た審決(平成元年(判)第1号)につき,保証として金1,000万円を
供託することにより,当該審決が確定するまでその執行を免れること
ができる。
その他の公正取引委員会関係の訴訟
 本年度において係属中の公正取引委員会が関係する国家賠償請求事件等
は,豊田商法の被害者によるもの3件,明石書店ほか32名による行政処分取
消等請求事件1件の計4件であり,これらのうち1件については本年度中
に判決があり確定した。他の3件は,いずれも本年度末現在係属中である。
(1) 豊田商法の被害者(52名)による国家賠償等請求事件
事件の表示
東京地方裁判所昭和61年(ワ)第3829号,第3830号
国家賠償等請求事件
原 告  福田伝次郎ほか51名  被 告  国ほか33名
  提訴年月日   昭和61年3月31日(第3829号事件,第3830号事
件,併合)
事案の概要
 本件は,昭和56年から昭和60年にかけて豊田商事株式会社(以下
「豊田商事」という。)が行った,顧客との間で純金の売買契約を締
結し,同時に顧客が購入した純金を同社が預かって運用することなど
を内容とする純金ファミリー契約と称する契約を締結して純金の現物
の代わりに証券を交付するといういわゆる豊田商法により,純金の売
買代金及び手数料名下に金員を騙し取られたとして,顧客ら52名が,
純金ファミリー契約の勧誘及び締結に関与した同社の元従業員ら33名
及び国に対し,損害賠償を求めていたものである。
 なお,国に対する請求は,豊田商法が独占禁止法の不公正な取引方
法又は景品表示法の不当表示に該当する行為であったにもかかわら
ず,独占禁止法及び景品表示法による規制権限を行使して排除措置命
令その他の措置を採らなかった公正取引委員会の不作為及び豊田商法
による被害の発生を予見していたにもかかわらず,公正取引委員会に
情報を提供して上記権限の発動を促すなどの措置を探らなかった通商
産業省の不作為の各違法を理由として,国家賠償法1条1項に基づ
き,損害賠償の支払を求めたものである。
訴訟手続の経過
 本件について,東京地方裁判所は,平成4年2月19日結審し,同年
4月22日判決を言い渡した(国家賠償請求を棄却,個人被告に対する
損害賠償請求を一部認容)。
 なお,原告らは,本件の国家賠償請求については控訴せず,判決が
確定した。
東京地方裁判所判決の概要
 当委員会の責任に関する判決の概要は,次のとおりである。
(ア) 公正取引委員会の権限
 公正取引委員会の調査権限については 法令上,極めて抽象的
な規定が置かれるにとどまっていること,審査権限発動の判断
は,当該違反被疑事実の性質,態様,構成要件該当性,公正競争
阻害性の程度など極めて専門的かつ技術的な事柄にかかわるもの
であることから,調査権限の行使は,公正取引委員会の広範な裁
量に委ねられているものというべきであり,勧告,審判,審決,
緊急停止命令の申立て,排除命令等の各権限の行使も調査権限の
場合と同様に,公正取引委員会の広範な裁量に委ねられていると
いうべきである。
 このように,公正取引委員会の各権限の行使が,その広範な裁
量に委ねられていることを前提として,本件において,公正取引
委員会が上記権限を行使しなかったことが,国家賠償法1条1項
の違法性を有するといえるか否かについて検討する。
(イ) 豊田商事の事業者性
 独占禁止法及び景品表示法の趣旨に照らすと,その適用対象で
ある事業者は,公正かつ自由な競争の主体たり得る者でなければ
ならないというべきであるから,専ら詐欺取引を行うなど公正か
つ自由な競争の促進を図る余地のない取引活動を行う者は,独占
禁止法及び景品表示法の適用対象である事業者に当たらないもの
といわざるを得ない。
 豊田商事が行っていた商法は,純金の売買契約及び準消費寄託
契約である純金ファミリー契約の締結を内容とするものであり,
経済的利益の供給に対して,それに対応する経済的利益の反対給
付を受ける行為を反復継続して行う形式をとっていることから,
少なくとも外形上は,独占禁止法及び景品表示法の事業者性の前
提となる事業に該当するものということができる。
 豊田商事が当初から専ら意図的に顧客を欺罔して金員を騙取し
ようとして豊田商法を展開していたとまで断定することは困難で
あるばかりでなく,豊田商事は,豊田商法以外にも多数の部門に
わたって豊田商事グループ各社を設立し,相当額の出資,貸付な
どをしていたことが認められ,豊田商法以外の取引活動を行って
いたこともうかがわれる。
 このように,豊田商事が公正かつ自由な競争の促進を図る余地
のない取引活動を行う者に当たるとまではいうことができないか
ら,その事業者性を争う被告国の主張は採用することができない
(事業者性を肯定)。
(ウ) 公正取引委員会の作為義務
 規制権限不行使の違法性の判断において,当該根拠法令が,個
人の利益を直接保護しているわけではないが,公益に包摂される
形において間接的に保護する趣旨をも含む場合には,当該法令が
直接保護の対象としている公益とその背後にある個人の利益とが
どの程度密接に関連しているかを検討し,これを前提として,当
該具体的事実関係の下で当該権限を行使しないことが著しく不合
理といえるかどうかで決すべきであり,右判断に際しては@生
命,身体,財産等に対する具体的危険が切迫していたといえるか
(危険の切迫),A公務員が右危険を知り,又は知り得る状態に
あったといえるか(予見可能性),B権限を行使しなければ結果
発生を防止し得ず,発生した被害が被害者の負担に余る不測の損
害であったといえるか(補充性),C国民が権利行使を期待し得
る状況にあったといえるか(期待可能性),D公務員の権限の行
使によって結果を容易に回避し得たといえるか(結果回避可能
性)などの諸要素を総合的に考慮検討すべきものと解するのが相
当である。
 @独占禁止法や景品表示法の公正取引委員会の権限の定めは,
個々の消費者の利益を公益に包摂されない形で個別的に保護する
ことを直接の目的としているということはできず,公益すなわち
抽象的な一般的消費者の利益を保護しているにとどまること,A
独占禁止法及び景品表示法の目的その他に照らし,公正取引委員
会がその権限を行使するか否かについては,広範な裁量に委ねら
れていることから,国家賠償法第1条第1項の違法性を基礎づけ
るという意味で,公正取引委員会の職員である公務員が,個々の
消費者との関係で,独占禁止法又は景品表示法上の権限を行使す
る義務を負う場合というのは,相当限定されたものであるといわ
ざるを得ない。
 しかしながら,独占禁止法及び景品表示法は,公益に包摂され
る形であるにせよ消費者の保護を目的に掲げるものであり,公正
取引委員会の職員である公務員が個々の消費者に対して権限を行
使すべき作為義務を負う場合もないとはいえない。
 上記5つの判断基準に照らし,本件において,公正取引委員会
の職員である公務員が,個々の消費者である原告らとの関係で,
独占禁止法又は景品表示法上の権限を行使すべき作為義務を負っ
ていたといえるか否かについて検討する。
@について
 豊田商法は,豊田商事及びその従業員らが,全国的規模で組織
的,反復継続的に遂行した欺まん的,詐欺的な商法であり,その
手口も極めて巧妙であったから,老人,主婦を中心とする個々の
消費者の財産権に対する危険の切迫性が相当大きい状況にあった
と認められる。
Aについて
 公正取引委員会としては,新聞報道や国会,消費者保護会議等
における議論,昭和58年9月30日に事務局を来訪した者からの説
明,相談等によって詳細な知識を得たものというべきであるか
ら,消費者の財産権に対する切迫した危険が存在していたこと自
体については,これを認識又は認識し得たものといわざるを得な
い。
B,Dについて
 私人間での取引行為は,第一次的には自己の責任に帰すべき筋
合のものである。ところが,本件において不行使が問題とされて
いる公正取引委員会の権限は,公正な競争を維持するために付与
され,かつ,その広範な裁量に委ねられている調査,審判,緊急
停止命令の申立て,排除命令等に限られているのであるから,お
よそ公正取引委員会が右権限を行使しなければ原告らの損害の発
生を防止し得なかったといえるような性格のものではないし,ま
た,これを行使したとしても豊田商事が直ちに豊田商法を中止
し,原告らの右損害の発生を容易に防止し得たという状況にあっ
たともにわかに断定し難い。
Cについて
 当時,公正取引委員会の認識していた事実及びその根拠資料を
前提とする限り,豊田商事に独占禁止法又は景品表示法を適用で
きないとした公正取引委員会の判断に格別不合理な点は認められ
ないというべきであり,当時,公正取引委員会において自発的に
その権限を行使することはおよそ期待し難いところであったばか
りでなく,国民一般からも右権限の行使が客観的に期待されてい
る状況にあったということはできない。
 結局,原告ら主張の昭和51年11月以降,豊田商事が破産宣告を
受けた昭和60年7月1日までの間に,公正取引委員会の職員であ
る公務員において右権限を行使しないことが,原告らに対する関
係において著しく不合理であるということは到底できず,原告ら
に対し,その権限を行使すべき作為義務を負っているものと認め
ることはできない。
(エ)  以上のとおり,公正取引委員会が右権限を行使しなかったことに
ついて,国家賠償法1条1項の違法性を肯認することはできない。
 よって,原告らの被告国に対する公正取引委員会の不作為を原因
とする請求は理由がない。
(2) 豊田商法の被害者(2名)による国家賠償請求事件
事件の表示
神戸地方裁判所昭和60年(ワ)第826号,第849号
国家賠償請求事件
原 告  石田三奈子ほか1名  被 告  国
  提訴年月日   昭和60年6月11日(第826号事件)
昭和60年6月14日(第849号事件,併合)
事案の概要
 本件は,昭和56年から昭和60年にかけて豊田商事株式会社(以下
「豊田商事」という。)が行った,顧客との間で純金の売買契約を締
結し,同時に顧客が購入した純金を同社が預かって運用することなど
を内容とする純金ファミリー契約と称する契約を締結して純金の現物
の代わりに証券を交付するといういわゆる豊田商法により,純金の売
買代金及び手数料名下に金員を騙し取られたとして,顧客ら2名が,
国に対し,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償の支払を求めてい
るものである。
 なお,当委員会に関する原告らの主張は,豊田商法は独占禁止法の
不公正な取引方法及び景品表示法の不当表示に該当する行為であり,
両法に違反することは比較的客観的に解明できるのであるから,これ
を認識していた公正取引委員会は,その権限を行使して必要な措置を
採る法律上の義務があったにもかかわらず,何ら権限を行使すること
なく消費者の利益を確保する義務を怠ったとするものである。
訴訟手続の経過
(ア)  本件は,豊田商法の被害者2名が,国及び豊田商事に対し損害賠
償の支払を求めたものであったが,被告豊田商事については,昭和
62年12月11日の第13回口頭弁論において訴えが取り下げられてい
る。
 なお,国に対する請求は,当初,国会議員,通商産業省,経済企
画庁,農林水産省,法務省,警察庁及び内閣の豊田商法に対する不
作為の違法を主張していたが,昭和62年9月11日の第12回口頭弁論
において,公正取引委員会についても豊田商法に対する権限不行使
は違法であるとして,追加主張がされた。
(イ)  本件について,神戸地方裁判所は,口頭弁論期日を追って指定す
ることとしており,本件訴訟は,本年度末現在,同裁判所に係属中
である。
(3) 豊田商法の被害者 (1,486名)による国家賠償請求事件
事件の表示
大阪地方裁判所昭和63年(ワ)第3702号,第10176号
国家賠償請求事件
原 告  田中俊男ほか1485名  被 告  国
  提訴年月日   昭和63年4月23日(第3702号事件)
昭和63年11月4日(第10176号事件,併合)
事案の概要
 本件は,昭和56年から昭和60年にかけて豊田商事株式会社が行っ
た,顧客との間で純金の売買契約を締結し,同時に顧客が購入した純
金を同社が預かって運用することなどを内容とする純金ファミリー契
約と称する契約を締結して純金の現物の代わりに証券を交付するとい
ういわゆる豊田商法により,純金の売買代金及び手数料名下に金員を
騙し取られたとして,顧客ら1,486名が,国に対し,国家賠償法1条
1項に基づき,損害賠償の支払を求めているものである。
 国に対する請求は,公正取引委員会,法務省 警察庁,大蔵省,経
済企画庁及び通商産業省が豊田商法による被害の発生を防止するため
に必要な措置を講じなかったとの主張に基づくものである。
 なお,公正取引委員会に関する原告らの主張は,豊田商法は,独占
禁止法の不公正な取引方法又は景品表示法の不当表示に該当すること
は明らかであり,公正取引委員会は,昭和58年秋ごろには,それに該
当する疑いが強いことを十分に認識していたのであるから,遅くても
昭和59年4月ごろまでには,独占禁止法及び景品表示法による規制権
限を行使して必要な措置を講じる義務があったにもかかわらず,その
義務を怠り,何らの措置も講じなかったというものである。
訴訟手続の経過
 本件について,大阪地方裁判所は,本年度,口頭弁論等を5回行
い,平成4年11月25日結審した。
(4) (株)明石書店ほか32名による行政処分の取消等請求控訴事件
事件の表示
東京高等裁判所平成4年(行コ)第46号
行政処分の取消等請求控訴事件
控訴人 (株)明石書店ほか32名 被控訴人 公正取引委員会,国
  提訴年月日 
  判決年月日(一審)
  控訴年月日
平成元年7月20日
平成 4年3月24日
平成 4年4月 6日
事案の概要
 本件は,出版社等33名が,再販売価格は消費税込みの価格であると
する被控訴人公正取引委員会の平成元年2月22日付け「消費税導入に
伴う再販売価格維持制度の運用について」と題する公表文の公表や指
導等によって,書籍の定価の新表示のし直しを強制されたことによ
り,カバーの刷り直し,新表示のシール貼り等に出費を余儀なくさ
れ 損害を被ったとして,被控訴人公正取引委員会に対しては本件行
政処分(公表文の公表)の取消しあるいは無効確認を,被控訴人国に
対しては国家賠償を求めるものである。
一審判決の概要
(ア) 本件公表文の公表の取消等を求める訴えについて
 本件公表文の公表は,抗告訴訟の対象となる行政処分には該当し
ないとして,その取消しあるいは無効確認を求める被告公正取引委
員会に対する本件各訴えを却下した。
(イ) 国家賠償請求の訴えについて
 独占禁止法24条の2第1項にいう再販売価格は,消費者が支払う
消費税込みの価格であるとする本件公表文中の被告公正取引委員会の
法解釈は正しく,被告公正取引委員会の事務当局者による指導あるい
は本件公表文の公表は,国家賠償法1条1項にいう国の公務員の違法
な公権力の行使には当たらないとして,被告国に対する請求を棄却し
た。
訴訟手続の経過
 本件について,東京高等裁判所は,本年度,口頭弁論を5回行い,
本件訴訟は,本年度未現在,同裁判所に係属中である。