第6章 法運用の透明性の確保と独占禁止法違反行為の未然防止

第1 概説

 独占禁止法違反行為の未然防止を図るとともに,同法の運用を効果的なものとするためには,同法の目的,規制内容及び運用の方針が国内外における事業者や消費者に十分理解され,それが深められていくことが不可欠である。このような観点から,公正取引委員会は,各種の広報活動を行うとともに,事業者及び事業者団体のどのような行為が独占禁止法に違反するのかを具体的に明らかにした各種のガイドラインを策定・公表している。
 公正取引委員会は,事業者及び事業者団体による独占禁止法違反行為を未然に防止するため,事業者及び事業者団体が実施しようとする具体的な事業活動が独占禁止法上問題がないかどうかについて,個別の相談に応じるほか,事前相談制度に基づき行われた相談内容等について公表している。また,合併等に係る事前相談については,他の事業者の活動の参考に資すると考えられるものについて,個別にその都度,その内容を公表している。
 また,事業者における独占禁止法遵守のための取組すなわち独占禁止法遵守プログラムの必要性・重要性について,普及・啓発に努め,独占禁止法遵守プログラムに関する事業者からの相談に応じるとともに,資料提供等の要望についても適切に対処するなど事業者の自主的な取組に対して支援・助力を行ってきている。

第2 法運用の明確化

 公正取引委員会は,事業者及び事業者団体による独占禁止法違反行為の未然防止とその適切な活動に役立てるため,事業者及び事業者団体の活動の中でどのような行為が実際に独占禁止法違反となるのかを具体的に示した「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」(平成3年7月),「共同研究開発に関する独占禁止法上の指針」(平成5年4月),「公共的な入札に係る事業者及び事業者団体の活動に関する独占禁止法上の指針」(平成6年7月),「事業者団体の活動に関する独占禁止法上の指針」(平成7年10月),「特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針」(平成11年7月)等を策定・公表し,それに基づいて,個々の具体的なケースについて事業者等からの相談に応じている。
 平成14年度においては,「消費者向け電子商取引における表示についての景品表示法上の問題点と留意事項」を6月に公表した。また,「フランチャイズ・システムに関する独占禁止法上の考え方について」(昭和58年)を4月に,「適正な電力取引についての指針」(平成11年)を7月に,「不当な価格表示についての景品表示法上の考え方」(平成12年)及び「電気通信事業分野における競争の促進に関する指針」(平成13年)を12月に,それぞれ改定・公表した。

第3 事業活動に関する相談状況

概要
 公正取引委員会は,従来から,独占禁止法違反行為の未然防止を図るため,事業者及び事業者団体が実施しようとする具体的な活動が独占禁止法の不当な取引制限,不公正な取引方法,事業者団体の禁止行為等の規定に照らして問題がないかどうかについて,事業者及び事業者団体からの電話・来庁等による相談に積極的に応じてきており,業界の実情を十分に参酌して相談に対応し,実施しようとする活動について,独占禁止法の考え方の説明を行っている。
事業者及び事業者団体の活動に関する相談の概要
 平成14年度において,事業者の活動に関して受け付けた相談件数は1,199件,事業者団体の活動に関して受け付けた相談件数は383件である(第1図)。
 このうち,特徴的な内容の相談を挙げると,事業者からの業務提携に関する相談,資格者団体からの会員の報酬についての情報提供に関する相談などがある。
 公正取引委員会は,従来から事業者等からの書面による事前相談に対して書面により回答する事前相談制度を実施してきたが,相談制度の一層の充実を図るため,これを整備し,公正取引委員会が所管する法律(独占禁止法,下請法及び景品表示法)について,平成13年10月から「事業者等の活動に係る事前相談制度」を設けている。
 本制度は,事業者や事業者団体が実施しようとする具体的な行為が,前記法律の規定に照らして問題がないかどうかの相談に応じ,原則として,事前相談申出書を受領してから30日以内に書面により回答し,その内容を公表するものである。

第1図  相談件数の推移
独占禁止法相談ネットワークの実施
 公正取引委員会は,独占禁止法(下請法及び景品表示法を含む。)に関する中小事業者からの相談に適切に対処することができるように,商工会議所及び商工会の協力の下,独占禁止法相談ネットワークとして,全国の商工会議所及び商工会が有する中小事業者に対する相談窓口を活用し,中小事業者から相談を受け付けている。また,平成14年度においては,上記相談窓口への相談事例集等の参考資料の配布,相談業務に従事する経営指導員向けの研修会への講師の派遣,中小事業者向けの独占禁止法等講習会の開催等を行った。

第4 知的財産権に係る競争政策上の問題の検討

デジタルコンテンツと競争政策に関する研究会における検討(「デジタルコンテンツと競争政策に関する研究会報告書―デジタルコンテンツ市場における公正かつ自由な競争環境の整備のために―」の公表)
 近時,インターネットへの高速・常時の接続環境の整備など,情報通信技術の急速な進歩により,音楽,書籍,放送番組,アニメーション等の各種のコンテンツがデジタル化されコンピュータネットワーク等を通じて流通するようなってきており,デジタル化されたコンテンツ(以下「デジタルコンテンツ」という。)の市場が今後急速に拡大していくことが予想される。
 デジタルコンテンツに係る市場の形成及び発展のためには,コンテンツの制作,流通,利用の各段階における公正かつ自由な取引環境が確保される必要があり,「e−Japan重点計画―2002」(平成14年6月18日IT戦略本部決定)においても,公正取引委員会は,「デジタルコンテンツに関する公正かつ自由な競争を促進するため,デジタルコンテンツの取引等について,競争政策の観点から実態を把握し,2002年度末を目途に競争政策上の課題と対応について取りまとめる。」とされたところである。
 そこで,公正取引委員会は,平成14年6月から,学識経験者及び実務家からなる「デジタルコンテンツと競争政策に関する研究会」(座長 根岸哲 神戸大学大学院法学研究科教授)を開催し,平成15年3月,同研究会の報告書を公表した。
 報告書では,ブロードバンド時代を迎えて今後大きく飛躍すると期待されるデジタルコンテンツの市場において,事業者が創意工夫を発揮し,自由に事業活動を行うことのできる環境が形成,維持される必要があるとの基本認識に基づき,検討対象を(1)コンテンツの制作,(2)ネットワークを通じたコンテンツの流通,(3)コンテンツに係る著作権等の管理,そして(4)コンテンツ保護のための技術的手段及び法制度の4つに分類し,それぞれについての現状を把握するとともに,独占禁止法上・競争政策上の課題を抽出し,当該課題に対する考え方を示している。概要は次のとおり。
(1)   コンテンツの制作
 現状
 インターネット接続環境のブロードバンド化が進展していく一方で,回線の高速性を活かした映像や音楽などの大容量で魅力あるコンテンツが不足しているとの指摘がある。
 ブロードバンド時代の有力コンテンツとして期待されるテレビ番組の二次利用
(ビデオ化を始め,放送以外の目的に利用すること)の阻害要因の1つとして,テレビ番組の著作権の取扱い及び二次利用の窓口業務を行う主体に関する問題点の指摘がある。
 独占禁止法上・競争政策上の課題及び考え方
 テレビ番組等のコンテンツの制作委託取引において,制作されたコンテンツに係る著作権の帰属等については,第一義的には取引当事者間の合意によって決めるべきであるが,優越的な地位にある委託者が受託者に対して,例えば次のような行為を行うことにより,著作権や二次利用の取扱いについて受託者に不当な不利益を与える場合には,独占禁止法上問題となる。
(1)  委託者が受託者に対して制作委託したコンテンツの著作権の取扱いを事前に明確にせずに自らに帰属させる。
(2)  委託者が支払うコンテンツの対価(委託費用)が管理費を含めた受託者の制作費用よりも不当に低い。
(3)  委託者が二次利用の窓口業務の主体となる場合において合理的な理由がないのに受託者からの二次利用の提案に応じない。
 委託者が受託者に対して,制作委託したコンテンツに係る著作権の譲渡を条件とする場合には,当該委託費には著作権の譲渡対価が含まれることを事前に明確にする必要がある。
 二次利用の窓口業務の主体(委託者と受託者のどちらが担当するか)や二次利用の収益配分についても事前に明確にする必要がある。
 今後,公正取引委員会が平成10年に公表した役務ガイドラインについて,本報告書で整理した考え方等を踏まえて、より一層の明確化を図ることが適当である。
(2)   ネットワークを通じたコンテンツの流通
 現状
 高速・常時の接続環境の普及により,各種のコンテンツについてインターネット等のネットワークを利用した視聴を可能とする環境が整いつつあるものの,現状では,視聴者が有料で利用したいと考えるコンテンツのネットワークを通じた流通がほとんど進んでいない状況にある。
 ネットワークを通じたコンテンツの提供においては,著作権者,コンテンツプロバイダー,プラットフォーム事業者,伝送路事業者といった複数の事業者による多層的な取引段階を経ることが一般的であり,コンテンツプロバイダーにとっては,集客や,認証,課金・決済等の機能を有しているプラットフォーム事業者のサービスを利用することが事業活動上重要である。
 独占禁止法上・競争政策上の課題及び考え方
 現時点では,ネットワークを通じたコンテンツの流通市場は未成熟であるが,ネットワークを通じたコンテンツの円滑な流通を確保するためには,競争制限的な行為があればこれを排除し,国民がITのメリットを十分に享受できるようにすることが必要である。
 一般的には,コンテンツプロバイダー又はプラットフォーム事業者が特定の人気のあるコンテンツの配信を特定の事業者のみを通じて行うこととしたとしても,通常,独占禁止法上問題となることはないが,独占配信することで多くの視聴者を囲い込むようないわゆる「キラー・コンテンツ」に関して限定的な配信契約が有力な事業者間で結ばれるなどにより排他的効果が生じ,競争が阻害されるような場合には,独占禁止法上の問題も生じ得ることから,競争政策の観点から十分な監視が必要である。
 事業者による次のような行為により,新規参入が阻害されたり,競争事業者の事業活動が困難となる場合には,独占禁止法上問題となる。
(1)  有力なコンテンツプロバイダーが,プラットフォーム事業者が配信するコンテンツを自社のコンテンツのみに制限する。
(2)  有力なプラットフォーム事業者がコンテンツプロバイダーに対しコンテンツの提供先を自社のみに制限する。
(3)  コンテンツプロバイダーとプラットフォーム事業者が共同して,競争事業者の新規参入を阻害し,又は市場から排除する。
(3)   コンテンツに係る著作権等の管理について
 現状
 著作物の権利者及び利用者の双方にとって取引費用の低減につながり,著作物の円滑な利用にも資すると考えられる著作権の集中管理事業に関しては,「著作権等管理事業法」の施行により,著作権管理の分野について複数の事業者による競争が行われ得る環境が整備されている。
 独占禁止法上・競争政策上の課題及び考え方
 複数の権利管理事業者間の公正かつ自由な競争が促進されるために,独占禁止法上問題となるような権利管理事業者の行為に対して適切に対応することが必要である。
 既存の有力な事業者による以下のような行為は,新規参入を不当に阻害したり,競争を実質的に制限したりする場合には,独占禁止法上問題となる。
(1)  著作権等管理事業者が,権利者と管理委託契約等を結ぶ際当該権利者が現在持つ,又は将来持つことになる著作権法上のすべての権利を管理委託契約の対象とすることを条件とすること。
(2)  既存の著作権管理事業者が,ある分野について独占的な地位にある場合に,新規参入事業者と競合する分野についてのみ管理手数料を引き下げたり,独占的分野及び競合する分野の双方とも自らに委託する者を優遇すること。
(3)  既存の著作権等管理事業者が,新規参入した管理事業者に管理の一部又は全部を委託した権利者に対して,その後一定期間は自らとは契約できないことを条件とすること。
(4)   コンテンツの保護と競争政策上の考え方
 コンテンツ保護のための技術的手段
(ア)  現状
 デジタルコンテンツは複製・改変が容易であり,デジタルコンテンツの流通に際しては,利用者によるデジタルコンテンツの複製等を防止することを目的とした技術的手段が施されることが一般的である。
(イ)  独占禁止法上・競争政策上の課題及び考え方
 コンテンツ保護のための技術的手段は,コンテンツの制作者や流通業者がデジタルコンテンツの制作及び販売によって収益を確保する機会を保証し,コンテンツの制作及び流通へのインセンティブを与え,市場における競争の促進にも資するものである。
 他方,同技術はデジタル形式のいかなる情報にも利用され得るものであり,このような制限が過度に課されることによって,従来は可能であった利用行為が制限されることが考えられ,また,技術的手段がコンテンツの利用者等に与える影響は,契約のみによるコンテンツの利用行為の制限の場合よりも大きいものである。
 コンテンツ保護のための技術的手段が過度に用いられることが市場における競争に与える影響について,引き続き検討していくことが必要である。
 コンテンツの法的保護の強化
(ア)  現状
 知的財産権の強化は政府としての基本方針となっており,平成14年7月には「知的財産戦略大綱」が決定,平成15年3月から「知的財産基本法」が施行されるとともに内閣に知的財産戦略本部が設置されている。
(イ)  独占禁止法上・競争政策上の課題及び考え方
 新たな知的財産権の付与,権利の範囲の拡大と併せて,知的財産の公正な利用行為への適切な配慮が行われない場合,知的財産の保護と利用のバランスが失われ,市場における公正かつ自由な競争にも悪影響を生じる可能性がある。
 知的財産の保護と円滑な利用との間の適切なバランスを常に考慮しつつ,公正かつ自由な競争の促進が図られることが重要であり,公正取引委員会は,政府の知的財産戦略本部と連携し,関係省庁等とも積極的に意見交換するなど,幅広い観点からの検討を行っていく必要がある。
 公正取引委員会はブロードバンド時代を迎えて今後急速に拡大することが期待されるデジタルコンテンツ市場において競争に悪影響を与える行為が行われることがないよう,実態の把握に努めるとともに,知的財産権の行使と認められない競争制限的な行為に対しては,これを積極的に取り上げ,かつ,厳正に対処していく必要がある。
新たな分野における特許と競争政策に関する研究会における検討
 公正取引委員会は、新たな分野における特許権の保護の強化について,独占禁止法及び競争政策の観点からの考え方及び対応について検討を行うため,平成14年3月以降,4回にわたり「新たな分野における特許と競争政策に関する研究会」(座長 稗貫 俊文 北海道大学大学院法学研究科教授)を開催し,同研究会が取りまとめた報告書を平成14年6月に公表した。その概要は以下のとおりである。
(1)   新たな分野における特許の実態等
 近年,技術の進歩とプロパテント政策の下,特許権の保護は強化される方向にあるが,こうした動きの中で,従来,特許による保護の対象外と考えられていた分野における特許として,ビジネスモデル特許,バイオ関連特許が注目されるようになってきている。
(2)   新たな分野における特許の出願・成立に関する問題への対応
 特許権の保護の強化に伴い,広範な権利範囲を持つ特許や代替性のない特許等が成立することにより,後発・競合研究開発インセンティブが阻害され,競争に悪影響を及ぼす問題については,特許権の権利行使に係る独占禁止法違反行為への対処のみならず,以下で述べるように,特許制度の的確な運用等の対応も必要である。
 特許制度の運用等について
(ア)  質の高い特許出願審査
 「強く広い」権利保護というプロパテント政策の下では,特許出願審査に関しては,新規性・進歩性や記載要件(クレームの範囲)について,より質の高い審査が必要である。
(イ)  特許審査基準の明確化
 質の高い特許出願審査の推進が,結果として技術開発のインセンティブを阻害することのないよう,審査基準の明確化の取組も合わせて行うことが必要である。
(ウ)  無効理由を有する特許の迅速な排除
 特許制度における情報提供制度,異議申立て制度及び無効審判制度を活用することにより,無効理由を有する特許を未然に,又は迅速に排除することが必要である。
(エ)  各国間における特許審査基準等の整合化
 特許当局間では,技術開発のインセンティブの付与と技術の普及・伝播の間でのバランスが確保されるような特許制度とすることを旨とし,可能な限り,各国の特許審査基準等の整合化を図ることが必要である。
 その他技術開発のインセンティブ確保のための対応について
 IT関連産業やバイオ関連産業全体の技術開発インセンティブが確保されるためには,以下のような対応も重要である。
(ア)  均等論の慎重な適用(ビジネスモデル特許)
 ビジネスモデル特許に関しては,後発・競合技術開発のインセンティブを確保する観点から,均等論の適用については,特許の特性を踏まえた,慎重な対応が求められる。
(イ)  公的研究開発の補完的役割等(バイオ関連特許)
 公的研究開発への投資は,民間でも十分研究可能な実用化に近い分野よりも,民間事業者では十分行い得ないような基礎的な分野を中心に民間事業者の研究開発を補充するような形で行うことが必要である。
 また,公的研究開発の成果に基づく特許権のライセンスについては,民間事業者の研究開発や製品開発のインセンティブを阻害しないようなライセンスに関するルールの明確化,ライセンス手続の透明性を確保することが必要である。
(ウ)  更なる規制改革の必要性(金融特許)
 我が国の金融制度,会計制度・税制面において,更なる規制改革を進めること等を通じて,横並び的な事業活動の在り方を改めるとともに,日米の金融機関の金融技術開発条件についてのイコールフッティングを確保することが,競争政策の観点からは重要である。
 独占禁止法違反行為への対処
 新たな分野における特許については,特許の出願・成立に関する問題への対応として以上述べた競争政策上の対応のほか,以下のとおり,独占禁止法上の対応が可能な場合もあり得る。
(ア)  研究開発を行わない等の合意により,技術市場や商品市場における競争が実質的に制限される場合。
(イ)  広告表示や情報が虚偽又は誇大である場合。
(3)   新たな分野における特許の権利行使に関する問題への対応
 新たな分野における特許権の権利行使については,「特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針」(以下「特許・ノウハウライセンスガイドライン」という。)の考え方も踏まえ,独占禁止法の厳正な適用を含めた監視を強化することが必要である。
 ビジネスモデル特許やバイオ関連特許に関しては,以下に述べるような問題がクローズアップされる。
 不当なライセンス契約
 特許権のライセンス契約により,ライセンシーの本来自由な事業活動が制限され,競争秩序に悪影響を及ぼす場合があり得る。
(ア)  特許出願後・登録前のライセンス契約による不当な拘束
 最終的に特許登録された権利範囲が,出願した権利の範囲よりも狭くなった場合に,ライセンス契約の内容を見直すことなく,引き続き,当初のライセンス契約の履行を求めるようなとき。
(イ)  リーチスルー・ライセンス
 リーチスルー・ライセンス契約によって,研究ツールの特許権者が,当該特許権の効力を及ぼすことのできない成果物の独占的ライセンスを義務付ける場合。
 また,研究ツールの特許権者が,その特許権の効力を及ぼすことのできない成果物の売上げに応じたロイヤリティの支払義務を課す場合。
(ウ)  その他の不当なライセンス契約
 上記(ア),(イ)のほか,バイオ関連特許のライセンス条件に関して独占禁止法上問題となるケースとして,(1)新規性を疑わせるような試験結果等を隠匿するなどして特許を取得した事業者が,ライセンシーに対して,特許権の有効性について争わない義務を課す行為(不争義務)や(2)ライセンサーがライセンシーに対して,複数の遺伝子特許等について,一括してライセンスを受ける義務を課す行為(一括ライセンス)などもあり得るが,こうしたケースは「特許・ノウハウライセンスガイドライン」の考え方により,それぞれ拘束条件付取引又は抱き合わせ販売として,不公正な取引方法に該当する可能性がある。
 ライセンスの拒絶等〜特に利用関係を背景としたライセンス拒絶の問題
(ア)  利用関係に基づく裁定実施制度
 特許法では,後願の利用発明の特許権者は,先願の被利用発明の特許権者に対する特許のライセンスについて,特許庁長官の裁定を請求できることとされている(特許法92条)。
 しかしながら,平成6年における日米両国特許庁の「共通の理解」により,特許庁は,利用関係に基づく裁定の請求があっても,「司法又は行政手続を経て,反競争的であると判断された慣行の是正」等のためでなければ,利用発明に係る強制実施権設定の裁定は行わないこととしている。これは,先願の被利用特許権者のライセンス拒絶が独占禁止法に違反する場合でなければ,強制実施権の設定は行われないものと解される。
 そこで,利用関係を背景とした特許権者によるライセンス拒絶がいかなる場合に独占禁止法に違反するのかを整理することが重要となる。
(イ)  独占禁止法上の考え方
 例えば以下のような場合のライセンス拒絶は,独占禁止法上問題となり得る。
(a)  事前のライセンス交渉等において自身の特許権が利用されることを事実上容認していたような場合。
(b)  自身の特許権が利用されていることを十分知りながら,異議を述べないこと等によりその利用を黙示的に認めていたような場合。
(c)  一旦ライセンスしておきながら,医薬品の上流の段階において,ライセンスを打ち切るような場合。
(ウ)  ライセンス拒絶等に関するその他の問題
 関連特許の集積及びライセンス拒絶等により新規参入を妨害する行為や,関連特許の集積につながる合併・営業譲渡等により,市場における競争が実質的に制限されることとなる場合にも,独占禁止法上の問題となり得る。
 根拠のない特許権侵害の濫発等による競争者の妨害
 ビジネスモデル特許権者が,権利侵害の具体的な根拠もなく,自己の特許ビジネスと類似するネットビジネスを行う事業者に対して,特許侵害の警告を濫発するとともに,その利用者にまで,当該ビジネスが特許権の侵害に当たると警告するなどして,当該事業者の事業活動を不当に妨害するような行為が行われる場合,独占禁止法上の問題となり得る。
 無効理由を有する特許の権利行使に関連する問題への対応
 無効理由を有する特許をめぐり,特許権者とライセンシーが,相互拘束的なライセンス契約等を締結し,特許の有効性を争わないとともに,特許製品等の販売数量,価格等を制限したり,また,他の事業者の新規参入を阻害する等の行為は,独占禁止法上の問題となり得る。
 さらに,特許争訟の取下げ及び私的解決の結果として,競争制限的なライセンス契約等が締結される場合にも,同様に,独占禁止法上の問題となり得る。
 パテントプールの推奨等
 パテントプールは,競争促進効果を有する側面もあるが,その態様によっては,競争制限的な効果を有する場合もあり,こうした場合は,「特許・ノウハウライセンスガイドライン」の考え方により対応する必要がある。
 また,仮に,行政機関において,こうしたパテントプール設立に向けた行政指導を行うような場合は,事前に公正取引委員会と調整する必要がある。
(4)   まとめ
 以上で述べたような競争政策上,独占禁止法上の対応を着実に行っていくためには,公正取引委員会においては,以下のような取組が必要である。
 違反行為に対する監視の強化及び厳正な対処
 特許権の保護の強化に合わせて,特許権の権利行使等に対する監視を強化し,独占禁止法違反行為に対しては,厳正な対処を行うこと。
 独占禁止法の考え方の明確化
 「特許・ノウハウライセンスガイドライン」では,必ずしも独占禁止法上の考え方が明確でないものについて,必要に応じて,独占禁止法上の考え方の明確化に努めること。
 特許権の保護の在り方等の検討
 産業全体の技術開発のインセンティブが維持されるよう,研究開発の在り方,特許権の保護の在り方,特許権のライセンスの在り方等について,競争政策の観点から,引き続き検討を行い,必要に応じて提言等を行うこと。
 知的財産権当局との連携の強化
 特許政策と競争政策の整合性を確保する観点から,例えば,利用関係に基づく裁定実施制度の運用の在り方等に関し,知的財産権当局との間で,情報交換や政策調整を積極的に行うこと。