第7 主要な事例

[事例7] エルピーダメモリ(株)による三菱電機(株)のDRAM事業の譲受けについて
第1 本件の概要等
 1   本件の概要
 本件は,エルピーダメモリ(株)(以下「エルピーダメモリ」という。)が,海外の半導体メーカーに対する競争力を強化することを目的として,DRAM(記憶保持動作が必要な随時書き込み読み出しメモリ)事業から撤退することとした三菱電機(株)(以下「三菱電機」という。)から,同社のDRAM事業を譲り受けるものである。
 2   製品概要
 半導体メモリは,主としてDRAM,SRAM,フラッシュメモリ等に大別されるところ,ユーザーは,記憶保持動作の相違等によって,用途に応じて使い分けている(参考参照)。このうち,DRAMは,主としてコンピュータや電子機器等に用いられている。
 DRAMは,大部分が国際規格に基づく汎用品となっており,品質にも差がないことから,各メーカー間の製品の代替性が高いものとなっている。
第2 独占禁止法上の考え方
 1   一定の取引分野
 ユーザーは,各半導体メモリを,機能・効用に違いがあるものとして,使用目的に応じて使い分けており,かつ,各半導体メモリの製造方法も異なっているため,半導体メモリの種類ごとに一定の取引分野が成立するものと判断したが,当事会社は,DRAMの製造・販売分野について競合関係にあることから,当該分野について検討を行った。
 2   競争への影響
(1)  市場の状況
 本件譲受けにより,当事会社の合算販売金額シェア・順位は約20%・第2位となる。また,上位3社累積シェアは,約60%となる。
 ただし,B社は,DRAMの汎用品から撤退することから,当事会社及び競争事業者のシェア並びに上位3社累積シェアが今後変動することとなる。

DRAMの国内販売金額シェア
(出所:当事会社提出資料)

(2)  考慮事項
 競争事業者
 販売金額シェア約25%及び同約15%を有する海外の競争事業者並びに同約10%を有する国内の競争事業者が存在する(国内メーカーのB社はDRAMの汎用品の製造・販売から撤退していることから,本件の検討に当たっては,競争事業者として考慮しない。)。
 DRAMは国際規格に基づく汎用品であり,メーカー間で品質に差がないことから,国内外のメーカー間で代替性が高く,また,DRAMの製品価格に占める輸送コストの割合が小さいため,海外の競争事業者にとって,我が国への輸出は容易なものとなっている。
 取引先変更の容易性
 DRAMは,前記アのとおり,メーカー間で代替性の高い製品であることから,ユーザーは安定的かつ低廉な価格での調達を図る観点から,一般的に複数のメーカーに分散発注を行い,かつ,より低い価格を提示したDRAMメーカーからの購入数量を増加させるなどしている。また,主要なユーザーは,大量調達による調達価格の引下げを図るため,自国内外で使用するDRAMを一括調達することも少なくなく,価格交渉力の維持に努めている。
 他方,DRAMメーカーにおいても,ユーザーに低価格を提示することにより,容易に販売数量を拡大することが可能となっている。
 競争状況
 DRAMの取引分野におけるシェアの変動状況をみると,当事会社を含め,DRAMメーカー各社のシェアは固定的ではなく(注),年により大きな変動がみられ,DRAMの製品の世代別でみても,主要な事業者が変動するといった特徴がみられる。このような状況に加え,前記イを踏まえると,エルピーダメモリが三菱電機の事業を譲り受けたとしても,実際には,三菱電機の既存顧客をそのまま維持できない可能性も高いと考えられる。
(注)日本電気(株)及び(株)日立製作所は,エルピーダメモリの設立に当たり,平成11年度に,公正取引委員会に対し事前相談を行っているが,その際の当事会社の合算シェア・順位は,約30%・第1位であった。
(3)   独占禁止法上の評価
 DRAMは,国内外のメーカー間で代替性が高く,製品価格に占める輸送コストの割合が小さいこともあり,国内外のメーカーを含め,ユーザーによる取引先の変更が容易であり,実際にもシェアの変動が激しいものとなっている。このため,本件統合により,DRAMの取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと考えられる。

(参考)


[事例8] 新日本製鐵(株)及び住友金属工業(株)によるステンレス事業の統合について
第1 本件の概要
 新日本製鐵(株)及び住友金属工業(株)は,共同新設分割により,両社のステンレス事業を統合することを計画している。
第2 独占禁止法上の考え方
 1   競争への影響の検討
 詳細な検討を要すると認められたステンレス熱延鋼帯(以下「熱延鋼帯」という。),ステンレス厚中板(以下「厚中板」という。)及びステンレス冷延鋼帯(以下「冷延鋼帯」という。)の3分野について,重点的な審査を行った。
 2   競争への影響
 本件統合により,各取引分野における当事会社グループの合算販売数量シェア・順位は,熱延鋼帯において約30%・第1位,厚中板において約40%・第1位,冷延鋼帯において約35%・第1位となる。しかしながら,以下の状況が認められることから,いずれの取引分野においても競争を実質的に制限することとはならないと判断した。
(1)  熱延鋼帯
 有力な競争事業者
 有力な競争事業者が複数存在する(販売数量シェア約20%・1社,約15%・2社及び約10%・1社)。
 ユーザーの取引先変更の容易性
 ユーザーが購入している熱延鋼帯はほとんどがJIS規格品であり,メーカー間に基本的に品質差がないこと等から,購入先メーカーの変更は容易であると認められる。
 ユーザーの購買行動
 ユーザーは,基本的に複数購買を行っており,主として価格により購入先メーカーを決定している。価格交渉においては,より低い価格を提示したメーカーからの調達シェアを増加させるとの方針を採っている者も存在する。
 また,ユーザーもその販売先から厳しい値引き要求を受けており,このような川下市場からの競争圧力がユーザーのメーカーに対する価格引下げ圧力を強める要因となっている。
 国際的な競争圧力
 輸入品を購入しているユーザーによれば,輸入品と国内品との間に基本的に品質差等はなく,主に国内品と輸入品との価格差を考慮して輸入品を購入するか否かを決定するとしている。
 また,国内価格と国際価格との間には一定の連動性が認められ,国内価格と国際価格との差が一定程度拡大すると輸入量が増加するという関係も認められることから,輸入圧力が一定程度働いているものと認められる。
(2)  厚中板
 有力な競争事業者
 有力な競争事業者が複数存在する(販売数量シェア約20%・1社及び約10%・2社)。
 ユーザーの取引先変更の容易性
 紐付き取引(注1)を行っているユーザーが購入している厚中板はほとんどがJIS規格品であり,メーカー間に基本的に品質差がないことから,購入先メーカーの変更は容易であると認められる。
 店売り取引(注2)において流通業者が取引している厚中板はほとんどがJIS規格品であり,メーカー間に基本的に品質差がないこと等から,購入先メーカーの変更は容易であると認められる。
 (注1)  紐付き取引:メーカーと最終ユーザー間において,価格交渉を行う取引形態。
 (注2)  店売り取引:流通業者が自己の責任においてメーカーから製品を仕入れて販売する形態。メーカーと流通業者,流通業者間,流通業者とユーザー,それぞれの取引ごとに価格交渉が行われる。
 ユーザー等の購買行動
 紐付き取引を行っているユーザーは,価格交渉力の維持等の観点から,基本的に複数購買を行うとともに,複数メーカーと原料価格等を交渉材料とした価格交渉を行っている。また,より低い価格を提示したメーカーからの調達シェアを増加させるとの方針を採っている者も存在するなど,ユーザーの価格交渉力は強いものと認められる。
 店売り取引においては,多数・多段階の流通業者が存在し,市況が形成されていることなどから,流通業者は,主として価格により購入先メーカーを決定している。このような競争が多数・多段階の流通業者によって行われており,これがメーカーに対する価格引下げ圧力を強める要因となっている。
 国際的な競争圧力
 輸入品を購入しているユーザーによれば,輸入品は国内品との間に基本的に品質差等はなく,専ら国内品との価格差によって輸入品を購入するか否かを決定するとしている。店売り取引においても輸入品と国内品との間に基本的に品質差がないため,主として価格による競争が行われている。
 また,国内価格と国際価格及び輸入量との関係については,熱延鋼帯と同様の状況が認められる((1)エ参照)。
(3)  冷延鋼帯
 有力な競争事業者
 有力な競争事業者が複数存在する(販売数量シェア約20%・1社及び約10%・3社)。
 ユーザーの取引先変更の容易性
 紐付き取引を行っているユーザーが購入している冷延鋼帯はほとんどがJIS規格品であり,メーカー間に基本的に品質差がないことから,購入先メーカーの変更は容易であると認められる。
 店売り取引において流通業者が取引している冷延鋼帯はほとんどがJIS規格品であり,メーカー間に基本的に品質差がないこと等から,購入先メーカーの変更は容易であると認められる。
 ユーザー等の購買行動
 紐付き取引を行っているユーザーは,価格交渉力の維持等の観点から,基本的に複数購買を行うとともに,複数メーカーと原料価格等を交渉材料とした価格交渉を行っている。また,より低い価格を提示したメーカーからの調達シェアを増加させるとの方針を採っている者も存在することに加え,これらユーザーのメーカーからの購買量が多いこともあり,ユーザーの価格交渉力は強いものと認められる。
 店売り取引については,厚中板と同様の状況が認められる((2)ウ参照)。
 国際的な競争圧力の存在
 輸入品については厚中板と同様の状況が認められる((2)エ参照)。
 また,国内価格と国際価格及び輸入量との関係については,熱延鋼帯と同様の状況が認められる((1)エ参照)。

[事例9] 日本フエルト(株),市川毛織(株)及び日本フイルコン(株)の統合について
第1 本件の概要及び経緯
 本件は,抄紙用具の製造・販売を行う当事会社が持株会社を設立することにより,統合を行うものである。
 本件は,平成14年4月に当事会社から事前相談の申入れがあり,同年6月に詳細な審査が必要な点を指摘するとともに,ユーザーヒアリングの実施,追加資料の検討等詳細審査を行い,同年10月,当事会社に対し,独占禁止法上の問題点の指摘を行った。
 その後,平成14年12月,当事会社において本件統合を取りやめる旨の公正取引委員会への報告及び公表があったことから,公正取引委員会においても本件に対する独占禁止法上の考え方について公表を行った。
第2 一定の取引分野等
 1   製品概要
 抄紙用具とは,抄紙の工程(紙の製造工程のうち,パルプ等を製紙機械により,漉き,脱水,加熱・乾燥させて,紙シートを製造すること。)において,製紙機械に取り付けて使用される消耗品であり,ワイヤー,フエルト,ベルト及びカンバスの4種類がある。
 抄紙の工程は,ワイヤーパート,プレスパート及びドライヤーパートの3工程に区分される。これらの各工程で使用される抄紙用具は以下のとおりである。

 ワイヤーとは,液状の紙の原料を漉いて紙シートを形成するために使用される網状の用具である。
 フエルトとは,ワイヤーで形成した紙シートを加圧し,脱水するために使用される用具である。
 ベルトとは,フエルトと紙シートの接地面積を拡大し,脱水の効率性を高めるために製紙機械とフエルトとの間に取り付けられる用具である。ユーザーは,ベルト対応の製紙機械を持つ一部の大手・中堅製紙メーカーに限られている。
 カンバスとは,フエルトで脱水された紙シートを加熱・乾燥させる工程で紙シートを運搬するために使用される用具である。
 これら4製品は,使用される工程が異なること,フエルト及びベルトについては,使用される目的が異なるため,それぞれ機能・効用が異なり,相互に代替性はないと認められる。

当事会社が販売している製品は次のとおりである。


 カンバスは当事会社間で競合関係にないため,ワイヤー,フエルト及びベルトの3製品について検討を行った。
 2   取引の状況
 抄紙用具は,個々の製紙機械に対応した受注生産品であり,抄紙用具メーカーは,受注生産した製品をユーザーである製紙メーカーに直接販売している。
 ユーザーによれば,抄紙用具を一式としてまとめて購入することはなく,それぞれの製品ごとに購入先を選択している。
 3   一定の取引分野
 当事会社は,ユーザーは、今後,抄紙用具を一つのメーカーからまとめて購入する方向にあることから,抄紙用具全体で一定の取引分野を画定すべきであると主張した。
 しかしながら,前記1及び2のとおり,ワイヤー,フエルト及びベルトは,それぞれ,機能・効用が異なり,ユーザーもそれぞれの製品ごとに購入先を選択していることから,当事会社の主張は認められず,それぞれの製品ごとに一定の取引分野を画定した。
 このうち,フエルトについては,大手・中堅製紙メーカー向け取引と中小製紙メーカー向け取引との間で取引実態や販売価格に有意な差が認められることから,大手・中堅製紙メーカー向け取引分野と中小製紙メーカー向け取引分野をそれぞれ一定の取引分野として画定した。
 また,地理的市場は全国市場と画定した。
第3 検討
 前記第2の3において画定した取引分野のうち,ワイヤー及びベルトについては,輸入圧力が働いていると考えられること,シェアの増加分が小さいことから,競争を実質的に制限することとはならないと考えられる。他方,フエルトについては,統合後の合算販売数量シェアが極めて高くなり,また,その増加分も大きいことから,詳細に審査を行った。
その結果は,次のとおりである。
 1   大手・中堅製紙メーカー向け取引分野
(1)  統合後の市場における当事会社の地位
 当事会社2社は約45%ずつのシェアを有しており,統合後の合算販売数量シェアは,約90%となり,国内のフエルトメーカーは1社となる。

各取引分野ごとの販売数量シェア(平成12年度)

(出所:当事会社提出資料を基に公正取引委員会にて作成)

(2)  ユーザーの購買行動
 ユーザーは,安定調達と低廉な価格での購入を図る観点から,主として当事会社である国内メーカー2社(日本フエルト(株)及び市川毛織(株))から複数購買を行っている状況にある。また,価格交渉も定期的に行われており,ユーザーの価格交渉力は強く,価格も低下傾向にあることが認められる。
(3)  輸入
 国内メーカーと海外メーカーで品質差は少なく,製紙メーカーの側にも,今後輸入品を更に購入しようとする動きがある。
 しかし,現状の輸入品のシェアは約10%であり,過去5年間のシェアの推移をみても大幅な増加はない。また,大手・中堅製紙メーカーが購入する製品には,当事会社である国内メーカー2社のみから購入しているものも多いことから,現時点で輸入が増加する蓋然性が大きいとはいえない。
(4)  独占禁止法上の評価
 現状は,ユーザーは主として国内2社から複数購買を行い,価格交渉力も強いとみられるが,本件統合により,国内メーカーが1社となった場合には,輸入がそれに代わるものとして有意な競争圧力となる蓋然性があるとまではいえない。
 したがって,現状のままで本件統合が行われた場合,フエルトの大手・中堅製紙メーカー向け取引分野における競争を実質的に制限することとなるおそれがあると考えられる。

 2   中小製紙メーカー向け取引分野
(1)  統合後の当事会社の地位
 当事会社の合算販売数量シェアは,99%超となり,国内のフエルトメーカーは1社となる。
(2)  ユーザーの購買行動
 ユーザーは,1社購買が多く,複数購買を行っている場合でも,日本フエルト(株)及び市川毛織(株)の国内メーカー2社から購入しており,海外メーカーからの購入はほとんど認められない。また,ユーザーの購買価格にも余り変化がないことから,ユーザーの価格交渉力は強いとはいえない。
(3)  輸入
 輸入品のシェアは,1%未満にすぎない。また,海外メーカーは,サイズが大きく,かつ消費量も多い大手・中堅製紙メーカーへの販売を中心としていることに加え,中小製紙メーカーが購入しているフエルトについては,そもそも海外メーカーが製造していないものが多いことから,今後とも,輸入圧力は期待できない。このため,統合後においては,事実上,中小製紙メーカーは,当事会社のみから購入せざるを得なくなる。
(4)  中小製紙メーカーからの本件統合に対する懸念
 中小製紙メーカーの一部から,本件統合により国内メーカーが1社になることに対して,輸入品の採用が困難なためメーカーの選択ができなくなることや価格が更に硬直化する等の強い懸念の表明があった。
(5)  独占禁止法上の評価
 国内に当事会社以外の競争事業者が存在せず,輸入圧力が働いているとはいえない状況にあることから,本件統合が行われた場合,フエルトの中小製紙メーカー向け取引分野における競争を実質的に制限することとなるおそれがあると考えられる。
第4 独占禁止法上の問題点の指摘
 前記第3の検討結果を踏まえ,平成14年10月,当事会社に対し,本件の統合が行われれば,フエルトの取引分野,特に中小製紙メーカー向け取引分野について,競争を実質的に制限することとなるおそれがある旨の指摘を行った。

[事例10] 住友金属鉱山(株)及び同和鉱業(株)による硫酸事業の統合について
第1 本件の概要等
 1   本件の概要
 本件は,住友金属鉱山(株)(以下「住友鉱山」という。)及び同和鉱業(株)(以下「同和鉱業」という。)が,物流面の合理化,営業体制の効率化等を目的として,共同販売会社の設立により,硫酸事業を統合するものである(新会社の名称は,「(株)アシッズ」。)。
 2   製品概要
 硫酸には,非鉄金属メーカーが銅・亜鉛を製造する際に副産物として製造される場合(注)と,硫黄焙焼メーカーが,硫黄を焙焼(硫黄鉱石を融解しない程度の高温度で酸化させること。)することにより製造される場合がある。しかしながら,いずれの場合であっても,品質・価格に大きな差はみられない。
 硫酸は,使用量の8割強を占める濃硫酸を基本として,主に濃度によって区分され,濃硫酸,薄硫酸,精製硫酸及び発煙硫酸の4種類に大別される。硫酸メーカーは,ユーザーの希望する濃度等に応じて納品しているが,ユーザーにおいて,希釈等によって,濃度等を調節することも可能であるため,ユーザーが他の種類に変えて使用している場合もある。
 硫酸の主な用途としては,肥料,合成繊維,酸化チタンなどがあり,広範な用途で用いられている。
 なお,硫酸は,危険物であり,輸送・保管上の制約から,その運搬・保管の取扱いは容易ではない。
(注)  国内で生産される硫酸の7割強は,非鉄金属を製造する際の副産物として製造されており,当事会社の場合も同様である。
第2 独占禁止法上の考え方
 1   一定の取引分野
 硫酸には,前記のとおり,4種類が存在しているが,ユーザーにおいて,容易に他の種類に変えることが可能であることから,硫酸全体の製造・販売分野に一定の取引分野が成立すると判断した。
 2   競争への影響
(1)   市場の状況
 本件統合により,当事会社の合算販売数量シェア・順位は,約25%・第2位となる。また,上位3社累積シェアは,約65%となる。

硫酸の国内販売数量シェア
(出所:当事会社提出資料)
(注)  区分は,硫酸を製造するメーカーの違いを示す。

(2)  考慮事項
 競争事業者
 有力な競争事業者として,販売数量シェア約25%及び同約15%を有する非鉄金属メーカーが存在する。また,硫黄焙焼メーカーは,非鉄金属メーカーと異なり,硫黄から硫酸を製造しているため,国内の需要動向に応じて,生産数量を調整することが可能となっている。
 取引先変更の容易性
 硫酸は,いずれの製造方法においても,また,メーカー間においても,品質及び価格に大きな差は認められないことから,ユーザーの取引先変更は容易となっている。
 非鉄金属メーカーの販売上の制約要因
 非鉄金属メーカーは,銅・亜鉛の製造の際の副産物として,硫酸を製造していることから,国内の需要動向に応じた生産数量の調整が困難である。このため,需給状況にかかわらず,硫酸の販売先を随時確保していく必要があり,販売先を確保できない場合には在庫として保管せざるを得ない。しかしながら,メーカー及びユーザーの貯蔵タンクの貯蔵能力には限界があり,さらに,硫酸は危険物であるため,その運搬・保管等の取扱いが難しく,保管場所の確保は容易ではない。
 このため,非鉄金属メーカーは,硫酸の販売先及び保管先を確保できない場合には,輸送コストが非常に高くなり国内販売に比べて採算面で不利となるにもかかわらず,輸出に振り向ける等により処理せざるを得ない状況にある。
 このような状況の下,非鉄金属メーカーは,硫酸の販売に当たり,国内の販売先の確保を最優先とした販売方針を採らざるを得ないことから,ユーザーの価格交渉力は強いものとなっている。
 非鉄金属メーカーの輸出
 我が国の硫酸の輸出量は,国内販売数量の約2割に達している。しかしながら,非鉄金属メーカーは,前記ウのように輸出よりも国内への販売を最優先とせざるを得ないことから,現在の輸出分が国内への供給余力として機能しているものと考えられる。
(3)   独占禁止法上の評価
 当事会社においては,銅・亜鉛を製造する際の副産物として硫酸が生ずるため,国内の需要動向に応じた生産数量の調整が困難であり,また,硫酸の製品特性から,国内販売先の確保に重点を置いた販売方針を採らざるを得ないものとなっているため,国内の販売先ユーザーの価格交渉力は強いものとなっている。
 このため,本件統合により,硫酸の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと考えられる。

[事例11] 同和鉱業(株)及び三菱マテリアル(株)による亜鉛事業の統合について
第1 本件の概要等
 1   本件の概要
 本件は,同和鉱業(株)(以下「同和鉱業」という。)及び三菱マテリアル(株)(以下「三菱マテリアル」という。)が,物流面及び管理費の削減によるコスト競争力の強化を図り,国際競争力を確保することを目的として,共同加工会社(新会社の名称は,「秋田ジンクソリューションズ(株)」。)及び共同販売会社(新会社の名称は,「ジンクエクセル(株)」。)を設立することにより,亜鉛事業を統合するものである。
 2   製品概要
 亜鉛は,電気亜鉛,精留亜鉛及び蒸留亜鉛の3種類に大別されるが,このうち,電気亜鉛と精留亜鉛は,いずれも99.99%以上の品位を有しており,最純亜鉛と総称されている。ユーザーは,その用途に必要な品位を有する亜鉛を購入しており,最純亜鉛の購入に当たり,電気亜鉛,精留亜鉛という種類の指定までは行わないのが一般的である。また,品位において最純亜鉛に劣る蒸留亜鉛についても,メーカーにとり不純物を除去し最純亜鉛の品位に高めることは容易である。
 亜鉛は,亜鉛メッキ鋼板,一般メッキ,伸銅など広範な用途に用いられている。
 3   製品取引の特徴
 亜鉛は,LME(ロンドン金属取引所)で取引される国際商品であり,国内の価格は,LME価格に連動して推移している。
第2 独占禁止法上の考え方
 1   一定の取引分野
 亜鉛は,3種類に大別され,ユーザーはその用途に必要な品位を有する亜鉛を購入しているところ,前記のとおり,電気亜鉛,精留亜鉛については品位が同等であることから最純亜鉛として一般的に機能・効用が同種のものとして取り扱われていると認められる。また,品位において劣る蒸留亜鉛についても,メーカーにとり不純物を除去し最純亜鉛の品位に高めることは容易であることから,本件においては,亜鉛全体の製造・販売分野に一定の取引分野が成立すると判断した。
 2   競争への影響
(1)   市場の状況
 本件統合により,当事会社の合算販売数量シェア・順位は,約25%・第2位となる。また,上位3社累積シェアは,約75%となる。

亜鉛の国内販売数量シェア
(出所:当事会社提出資料)

(2)  考慮事項
 競争事業者
 国内販売数量シェア約35%,同約20%及び同約15%を有する有力な競争事業者が存在する。
 LME価格との連動性
 LME価格が,亜鉛メーカーとユーザーとの間の価格交渉のベースとなっており,大手亜鉛メーカーとしても,LME価格を無視した価格設定を行うことは困難となっている。実際にも,亜鉛の国内販売価格は,LME価格と連動して推移している。
 輸入
 輸入品の価格もLME価格に連動しているが,国内品よりも安価となる場合がある。また,国内品と輸入品との間で品質差がなく,ユーザーは,国内品と輸入品の価格を比較して購入していることから,輸入価格が国内価格を下回り,その差が拡大する場合には,輸入品のシェアが増加しており(注),輸入品が競争圧力として働いていると考えられる。
(注)  平成9年度には,国内品よりも輸入品の価格が低くなっており,その際の輸入品の割合は20%を超えた。
(3)   独占禁止法上の評価
 亜鉛は,LME価格を無視した国内価格を設定することは困難であるほか,輸入価格と国内価格との差が拡大する場合には,実際にも輸入品の割合が増加しており,輸入圧力が一定程度働いていると認められることから,本件統合により,亜鉛の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと考えられる。

[事例12] 日本ポリケム(株)及び日本ポリオレフィン(株)のポリエチレン事業の統合について
第1 本件の概要等
 1   本件の概要
 本件は,日本ポリケム(株)(以下「ポリケム」という。)及び日本ポリオレフィン(株)(以下「日本ポリオレフィン」という。)が,国際競争に対処するため,共同出資会社を設立することにより,ポリエチレン事業を統合するものである(新会社の名称は,「日本ポリエチレン(株)」。)。
 2   製品概要
 ポリエチレンは,石油から精製されるナフサを分解して生産されるエチレンを重合(分子量の比較的小さい化合物を結合させて大きな分子量の化合物とすること。)して製造され,密度の大小により,高密度ポリエチレン(以下「HDPE」という。)と低密度ポリエチレン(以下「LDPE」という。)に分類される。また,直鎖状低密度ポリエチレン(以下「LLDPE」という。)は,低密度のポリエチレンであるが,エチレンにブテン―1などを共重合させて製造される。LLDPEは,低コストで生産できるものの,高品質を求めるユーザーは,LDPEを使用する傾向がみられる。
第2 独占禁止法上の考え方
 1   一定の取引分野
 ポリエチレンは,HDPE,LDPE及びLLDPEの3つに大別される。ユーザーは,各ポリエチレンを機能・効用の異なるものとして,用途に応じて使い分けており,更に製造方法も異なることから,それぞれの品目について,一定の取引分野が成立するものと判断した。
 これらのうち,統合後に想定される市場の状況(注)からみて,LDPEについて,詳細な検討を行った。
(注)  HDPE及びLLDPEについては,現に輸入圧力が一定程度働いていると考えられることに加え,輸入品の品質向上や関税の引下げ等により,一層の輸入圧力が見込まれることから,競争を実質的に制限することとはならないと判断した。
 2   競争への影響
(1)   市場の状況
 LDPEの国内出荷数量シェアは次表のとおりであり,本件統合により,当事会社の合算販売数量シェア・順位は,約30%・第1位となる。また,上位3社累積シェアは,約70%となる。
 しかしながら,ポリケム,B社に,それぞれ,35%,50%出資している東燃化学(株)以下「東燃化学」という。)が存在することから(参考参照),当事会社であるポリケムとB社との間には,競争への影響をみるべき企業結合関係が認められ,これを前提とすれば,当事会社グループの合算販売数量シェア・順位は約45%・第1位となる。また,上位3社累積シェアは,約80%となる。

LDPEの国内出荷数量シェア (B社との企業結合関係を考慮した場合)
(出所:当事会社提供資料)

(2)  輸入圧力の限定性
 輸入品については,その品質向上やユーザー側のより低廉な価格による調達を重視する方針の強まりなどから,ユーザーの一部には輸入品を採用したり,今後,その採用について検討しようとする動きがみられることに加え,関税が平成16年までに段階的に引き下げられることとなっている。
 しかしながら,LDPEの用途は,フィルムなど高い品質や安全性が要求されるものが大半を占めていることから,現状では輸入品の使用は限定的である。また,実際にも輸入品のシェアは0〜5%にとどまり,海外との価格の連動性についても有意な関係は認められない状況にある。
 このため,LDPEについて,今後,輸入圧力が高まる可能性は認められるものの,現状において品質等に対する要求の高さから,輸入圧力が十分に働く蓋然性が高いとは認められない。
(3)   独占禁止法上の評価及び問題点の指摘
 LDPEについては,前記2(2)のとおり,今後,輸入圧力が十分に働く蓋然性が高いとは認められないところ,当事会社であるポリケムとB社との結合関係を前提とすれば,当事会社の合算販売数量シュアは約45%,上位3社累積シェアは約80%となることから,LDPEの取引分野における競争を実質的に制限することとなるおそれがあると考えられる旨,問題点の指摘を行った。
第3 B社との企業結合関係の解消
 前記の公正取引委員会による問題点の指摘後,ポリケムの親会社(出資比率:65%)である三菱化学(株)(以下「三菱化学」という。)が,東燃化学からポリケムの株式(出資比率:35%)をすべて譲り受け,ポリケムを同社の100%子会社にしたことから,当事会社であるポリケムとB社との間の企業結合関係が解消された。
第4 独占禁止法上の評価
 前記第3のとおり,当事会社であるポリケムとB社との企業結合関係が解消されたことから,本件統合により,LDPEの取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

(参考)出資関係図