第7章 経済及び事業活動の実態調査

第1 概説

 公正取引委員会では,従来から,独占禁止法第8条の4及び第18条の2の規定に基づき,寡占産業の動向を調査・監視することにより,競争上の弊害の発生を防止するよう努めている。平成15年度には,独占的状態の調査,独占禁止法第18条の2の規定に基づく価格の同調的引上げ理由の報告徴収を行った。

第2 独占的状態調査

 独占禁止法第8条の4は,独占的状態に対する措置について定めているが,公正取引委員会は,同法第2条第7項に規定する独占的状態の定義規定のうち,事業分野に関する考え方についてガイドラインを公表しており,その別表(第1表)には,独占的状態の国内総供給価額要件及び市場占拠率要件(国内総供給価額が1000億円超で,かつ,上位1社の市場占拠率が50%超又は上位2社の市場占拠率の合計が75%超)に該当すると認められる事業分野並びに今後の経済事情の変化によってはこれらの要件に該当することとなると認められる事業分野が掲げられている。
 これらの別表に掲載された事業分野については,生産・出荷集中度の調査結果等に応じ逐次改定してきているところ(直近の改定による最新のものは,平成14年10月29日公表,平成14年11月1日から適用)であり,特に集中度の高い業種については,生産,販売,価格,製造原価,技術革新等の動向,分野別利益率等について,独占禁止法第2条第7項第2号(新規参入の困難性)及び第3号(価格の下方硬直性,過大な利益率,過大な販売管理費の支出)の各要件に則し,企業の動向の監視に努めている。
 生産・出荷集中度調査の調査結果については,公正取引委員会のホームページにおいて,累積生産集中度・累積出荷集中度データとして公表している。平成15年度においては,過去の調査データの整理とともに平成13年度及び14年度における生産・出荷集中度の調査を行い,昭和50年以降のデータをホームページに掲載した。

第1表   別表掲載事業分野(22事業分野)



(注)  1  本表は,公正取引委員会が行った調査に基づき,独占的状態の国内総供給価額要件及び市場占拠率要件に該当すると認められる事業分野並びに今後の経済事情の変化によってはこれらの要件に該当することとなると認められる事業分野(平成12年の国内総供給価額が950億円を超え,かつ,上位1社の市場占拠率が45%を超え又は上位2社の市場占拠率の合計が70%を超えると認められるもの)を掲げたものである。
 2  本表の商品順は工業統計表に,役務順は日本標準産業分類による。

第3 価格の同調的引上げ理由の報告徴収

 独占禁止法第18条の2の規定により,年間国内総供給価額が600億円超で,かつ,上位3社の市場占拠率の合計が70%超という市場構造要件を満たす同種の商品又は役務につき,首位事業者を含む2以上の主要事業者(市場占拠率が5%以上であって,上位5位以内である者をいう。)が,取引の基準として用いる価格について,3か月以内に,同一又は近似の額又は率の引上げをしたときは,公正取引委員会は,当該主要事業者に対し,当該価格の引上げ理由について報告を求めることができる。
 この規定の運用については,公正取引委員会は,その運用基準を明らかにするとともに,市場構造要件に該当する品目をあらかじめ調査し,これを運用基準別表(第2表)に掲げ,当該別表が改定されるまでの間,同別表に掲載された品目(商品,役務合計で82種類)について価格の同調的引上げの報告徴収を行うこととしている。
 平成15年度において,独占禁止法第18条の2に規定する価格の同調的引上げに該当すると認めてその引上げ理由の報告を徴収したものは,平成14年度年次報告において既に報告している発泡酒の1件以外にはなかった。

第2表   別表掲載品目(82品目)



(注)  1  本表は,公正取引委員会が行った調査に基づき,平成12年の国内総供給価額が600億円を超え,かつ,上位3杜の市場占拠率の合計が70%を超えると認められる同種の商品及び同種の役務(独占禁止法第18条の2第1項ただし書の規定に該当する場合を除く。)を掲げたものである。
 2  本表の商品順は工業統計表に,役務順は日本標準産業分類による。

第4 マンションの管理・保守をめぐる競争の実態に関する調査の概要について

1 調査の趣旨
 マンションの管理・保守については,一般にマンションの居住者は毎月相当程度の費用を支出して管理・保守業者に委託しているが,業務内容がわかりにくいなどの理由から,取引内容や取引先を見直そうとする動きは少なかった。しかし,近年,熱心な管理組合を中心に取引内容や取引先を見直すものが増加し,国や地方公共団体等を中心に管理組合の活動への支援体制が整備されるなど,取引内容や取引先を見直すための環境が整っている。本調査は,このような状況を踏まえ,マンションの居住者が管理・保守業者との取引内容や取引先を見直すための基本的な情報を整理するとともに,管理・保守業者を変更する上で障害となるおそれのある行為について実態を調査し,独占禁止法上問題となるおそれがある場合の考え方を明らかにし,平成15年10月,調査結果を公表した。
(1)   調査方法
 管理組合は全国で6万組合以上存在すると推計されるが,今回の調査では,全国マンション管理組合連合会に加盟する管理組合中の1,734組合を対象にアンケート調査を実施した(回収率42.7%)。また,アンケートに回答のあった管理組合のほか,管理組合の団体,管理業者,設備保守業者等40の相手先にヒアリングを行った。
(2)   調査時期
 平成14年11月から平成15年9月まで
2 マンションの管理・保守
 マンションの設備保守には交換部品等が必要であり,各設備のメーカー・機種ごとに専用のもの(以下「専用部品」という。)は当該設備メーカーから提供される。通常,同メーカーは自社系列の設備保守業者にのみ販売し,独立系保守業者は,競争相手であるメーカー系保守業者から購入せざるを得ない状況となっている(図参照)。

  部品の流通経路


3 アンケート調査等の結果
(1)   管理組合と管理業者との取引
 管理業者への委託状況
 アンケート調査によると,調査時点で69.5%の管理組合が,現在,何らかの業務を管理業者に委託している。分譲時には,ほぼすべてのマンションで管理業者に管理委託されており,なかでも比較的大手の分譲会社が販売したマンションでは68.5%が自社系列の管理業者に管理委託されているが,その後49.2%の管理組合が管理業者の変更を検討している。
 管理業者を変更する際の障害
 アンケート調査によると,管理業者の変更を検討した管理組合の25.3%が管理委託契約書の内容に「変更の障害となった事項がある」と回答し,障害となった事項としては,「管理組合が契約解除を提案できない」,「管理業者の了解がなければ契約解除ができない」など,管理組合による管理業者との取引内容や取引先の見直しを制限するものもみられた。また,既存の管理業者の行為については,36.0%の管理組合が「障害となった事項があった」としており,「管理業者の変更により,マンションが売却しにくくなったり,設備の保守に支障が出たりする」と管理業者から聞かされたことや,「契約解除に応じない」,「設備管理の引継書類を渡さない」,「組合理事の抱き込み工作を行う」,「会計資料の提出を求めても提出しない」など具体的な妨害行為を挙げる回答があった。
(2)   管理組合又は管理業者と設備保守業者との取引
 設備保守の委託状況
 アンケート調査によると,エレベーター,自動ドア,機械式駐車装置,宅配ボックス,給水ポンプにつき,主要メーカーの設備を利用していると回答したものの割合は,エレベーターでは97.8%,自動ドアでは78.2%,機械式駐車装置では68.8%,宅配ボックスでは58.6%,給水ポンプでは88.6%となっている。また,主要メーカー系保守業者に設備保守を委託していると回答したものの割合は,エレベーターでは81.5%,自動ドアでは59.4%,機械式駐車装置では44.3%,宅配ボックスでは53.1%,給水ポンプでは15.3%となっている。
 なお,エレベーター,機械式駐車装置では,設備1基当たりの年間保守料金は,主要メーカー系保守業者の保守料金が独立系保守業者等よりも相当程度高くなっている。
 設備保守業者を変更する際の障害
 アンケート調査によると,51.2%の管理組合が設備保守業者の変更を検討しており,そのうち36.0%が,設備保守業者の変更に「障害があった」としている。障害の内容は,エレベーターと機械式駐車装置では,「メーカーの系列にない業者に変更すると部品調達など維持メンテナンスに支障が生じる」,「メーカーの系列にない業者に変更すると,交換部品の価格がメーカー系列の業者を利用するよりも高くなる」,「保守料金の安い業者に変更すると安全面の確保等維持メンテナンスの質の低下が懸念される」など,他の設備保守業者に変更した場合のデメリットに関する情報を管理業者等から聞かされたとする割合が際立って高い。

4 競争政策上の評価
 マンションの管理・保守について,管理組合による取引先の選択の自由が確保されれば,管理業者間の競争も活発になり,その競争を反映してより良い取引条件の実現が可能となる。しかし,管理業者や設備保守業者が,管理組合による取引内容や取引先の見直しを阻害する場合,より良い取引条件の実現は図れない。したがって,競争政策の観点からは,これら事業者による競争阻害行為についての独占禁止法上の考え方を明らかにし,違反行為の未然防止を図り,管理組合が取引内容や取引先を自由に選択できる環境を確保することが重要である。
(1)   管理組合と管理業者との取引に関する競争政策上の考え方
 管理組合による取引の見直しを制限するような管理委託契約の締結
 マンションの管理・保守業務について,分譲会社が管理業者を指定することについては,マンションは分譲時でも管理・保守が必要であるところ,この時点ではまだ管理組合が結成されていないため,やむを得ない面があると考えられる。しかし,本来,マンションの購入とその管理・保守は別個の取引であり,競争政策の観点からは,管理組合設立後は,同組合による管理業者の自由な選択又は変更の可能性が十分に確保されることが望ましい。
 平成13年8月に施行されたマンションの管理の適正化の推進に関する法律(平成13年法律第149号)では,管理業者は,(1)マンションの分譲時に,重要事項の説明なく購入者と1年を超える管理委託契約を結ぶことが禁じられ,(2)管理組合設立後に同契約を結ぶ際は,重要事項を事前に説明する義務が課されている。また,同法施行前に結ばれた契約については,独占禁止法上,分譲会社が,長期安定的な収入を得る等のため,分譲時に管理組合による契約解除を不当に制限する内容の契約を締結することは,「不当な抱き合わせ」(一般指定第10項)等として問題となる場合があると考えられる。
 その他の妨害行為
(ア)  管理業者による再委託先の設備保守業者への制限
 大手分譲会社系列の管理業者は,多くのマンションの管理・保守を行っており,設備保守業者は,業務量を確保する上でこれら管理業者に依存せざるを得ない立場にある。このため,管理業者は,このような取引関係を利用し設備保守業者の自由な事業活動を不当に制限することのないよう,十分に注意する必要があり,例えば,大手分譲会社の系列管理業者が設備保守業者に再委託する際,管理組合との直接取引を制限することは,管理組合による取引先の自由を阻害し,設備保守業者間の公正な競争を阻害するおそれがあるなど,「不当な拘束条件付取引」(一般指定第13項)として独占禁止法上問題となる場合があると考えられる。
(イ)  管理業者による管理組合の活動への妨害
 管理組合が管理業者との取引を見直すことを妨害するような管理業者の行為については,例えば,大手分譲会社やその系列子会社が,管理組合が他の管理業者や設備保守業者と契約することを阻止するために行う場合,「不当な取引妨害」(一般指定第15項)として,独占禁止法上問題となる場合があると考えられる。
(2)   管理組合又は管理業者と設備保守業者との取引に関する競争政策上の考え方
 マンションの設備保守業務については,主要メーカー系保守業者の受注割合が高く,これら主要メーカー系保守業者の間で競争が十分に行われていない状況にあると考えられる。しかしながら,独立系保守業者も競争単位として存在しており,一般に主要メーカー系保守業者より低い価格で保守業務を請け負っている。
 競争政策の観点からは,設備保守業者間の公正かつ自由な競争を通じて,良質かつ安価な保守業務が提供されるべきであり,そのためには,独立系保守業者が競争単位として自由に事業活動を行える競争環境を確保することが重要である。また,独立系保守業者が活発な事業活動を行えば,主要メーカー系保守業者も含め,業界全体の競争が活性化する可能性が高まると考えられる。
 独立系保守業者の事業活動を制限するような行為
 エレベーターや機械式駐車装置については,専用部品を,メーカー系保守業者が一元的に供給することが多く,独立系保守業者の自由な事業活動の確保には,競争相手であるメーカー系保守業者から専用部品が調達できることが重要である。
 エレベーターなどの設備はいったん故障すると居住者の生活に多大な支障を来すため早急に修理する必要があり,設備メーカーは,設備保守に必要な部品を常備し,自社の系列保守業者が設備保守業務を受託していない場合でも,独立系保守業者に対して遅滞なく専用部品を供給する義務を負うものである。また,独立系保守業者にとって,主要メーカー設備の専用部品の調達に支障が生じると,これら独立系保守業者の事業活動に深刻な影響を及ぼすこととなる。
 したがって,独占禁止法上は,このような専用部品を一元的に提供する立場にある主要メーカー系保守業者が,その立場を利用して
(1)  独立系保守業者に専用部品の供給を合理的な理由なく拒絶し,そのため独立系保守業者が容易に取引先を見い出せなくなる場合は「不当な取引拒絶」(一般指定第2項)に
(2)  独立系保守業者に専用部品を供給はするが,不当に不利な取引条件や不当に長い納期を設定したり,独立系保守業者に委託するとトラブルがあるなどの不利益情報を流布したりすることにより,独立系保守業者の取引を不当に妨害する場合には,「不当な取引妨害」(一般指定第15項)に
それぞれ該当するおそれがある。
 また,これらの行為を複数の主要メーカー系保守業者が,明示的であるか黙示的であるかによらず,独立系保守業者を排除しようという共通の意思に基づいて行う場合は,私的独占(独占禁止法第3条前段)又は不当な取引制限(同条後段)に該当するおそれがある。
 主要メーカー系保守業者間の競争
 エレベーターの保守分野のような寡占的な市場では,一般に事業者間で相互に競争回避的な行為が採られやすく,その結果,高水準で硬直的な価格や,著しく高い利益率が市場の動向とは関係なく維持されるなどの弊害が生じやすい。また,仮にこれらの主要メーカー系保守業者の間で協調的な競争回避行為が採られた場合,市場における競争が実質的に制限されると考えられる。したがって,競争政策の観点からは,主要メーカー系保守業者の間でこのような協調的行動が採られないよう,十分に監視していく必要がある。