第10章 下請法に関する業務

第1 概説

下請法は,経済的に優越した地位にある親事業者が下請代金の支払を遅延するなどの行為を迅速かつ効果的に規制することにより,下請取引の公正化を図るとともに下請事業者の利益を保護する目的で,独占禁止法の不公正な取引方法の規制の補完法として昭和31年に制定された。

下請法は,親事業者が下請事業者に対し物品の製造・修理,プログラム等の情報成果物の作成及び役務の提供を委託する場合,親事業者に下請事業者への発注書面の交付(第3条)並びに下請取引に関する書類の作成及びその2年間の保存(第5条)を義務付けているほか,親事業者の禁止事項として,(1)受領拒否(第4条第1項第1号),(2)下請代金の支払遅延(同項第2号),(3)下請代金の減額(同項第3号),(4)返品(同項第4号),(5)買いたたき(同項第5号),(6)物の購入強制・役務の利用強制(同項第6号),(7)報復措置(同項第7号),(8)有償支給原材料等の対価の早期決済(同条第2項第1号),(9)割引困難な手形の交付(同項第2号),(10)不当な経済上の利益の提供要請(同項第3号),(11)不当な給付内容の変更・不当なやり直し(同項第4号)を定めており,これらの行為が行われた場合には,公正取引委員会は,その親事業者に対し,当該行為を取りやめ,下請事業者が被った不利益の原状回復措置等を講じるよう勧告する旨を定めている(第7条)。

第2 違反事件の処理

下請取引の性格上,下請事業者からの下請法違反被疑事実についての申告が期待できないため,公正取引委員会は,中小企業庁の協力を得て,親事業者及びこれらと取引している下請事業者を対象として定期的に書面調査を実施しているほか,特定の業種・事業者について特別調査を実施することにより,違反行為の発見に努めている(第1表及び附属資料6-1表参照)。

これらの調査の結果,違反行為が認められた親事業者に対しては,その行為を取りやめさせるほか,下請事業者が被った不利益の原状回復措置等を講じさせている(第2表及び附属資料6-2表参照)。

1 書面調査

公正取引委員会は,平成20年度において,資本金1千万円超の親事業者34,181社(製造委託等27,583社,役務委託等6,598社)及びその下請事業者160,230名(製造委託等117,745名,役務委託等42,485名)を対象に書面調査を実施した(第1表参照)。

第1表 書面調査の実施状況の推移

2 違反被疑事件の新規着手件数及び処理件数

(1) 新規着手件数

平成20年度においては,新規に着手した下請法違反被疑事件は3,324件である。このうち,書面調査により職権探知したものは3,168件であり,下請事業者からの申告によるものは152件である(第2表及び附属資料6-2表参照)。

(2) 処理件数

平成20年度においては,公正取引委員会は,3,237件の下請法違反被疑事件を処理し,このうち,2,964件について違反行為又は違反のおそれのある行為(以下総称して「違反行為等」という。)があると認めた。このうち15件について同法第7条の規定に基づき勧告を行い,いずれについても公表し,2,949件について警告を行うとともに,親事業者に対して,違反行為等の改善及び再発防止のために,社内研修,監査等により社内体制を整備するよう指導した(第2表及び附属資料6-2表参照)。

第2表 下請法違反被疑事件の処理状況の推移

3 違反行為類型別件数

平成20年度において勧告又は警告が行われた違反行為等を行為類型別にみると,手続規定違反(下請法第3条又は第5条違反)は2,905件(違反行為類型別件数の延べ合計の67.9%)である。このうち,発注時に下請代金の額,支払方法等を記載した書面を交付していない,又は交付していても記載すべき事項が不備のもの(第3条違反)が2,608件,下請取引に関する書類を一定期間保存していないもの(第5条違反)が297件である。また,実体規定違反(第4条違反)は,1,374件(違反行為類型別件数の延べ合計の32.1%)となっており,このうち,下請代金の支払遅延(第4条第1項第2号違反)が866件(実体規定違反件数の合計の63.0%),手形期間が120日(繊維業の場合は90日)を超える長期手形等の割引困難なおそれのある手形の交付(同条第2項第2号違反)が221件(実体規定違反件数の合計の16.1%),下請代金の減額(同条第1項第3号違反)が97件(実体規定違反件数の合計の7.1%)となっている(第3表及び附属資料6-3表参照)。

第3表 下請法違反行為類型別件数の推移

平成20年度中に,下請代金の支払遅延事件においては親事業者から総額2億3481万円の遅延利息が下請事業者に支払われており(第4表参照),下請代金の減額事件においては親事業者から総額29億5133万円が下請事業者に返還されている(第5表参照)。

第4表 下請代金の支払遅延事件の遅延利息の支払状況の推移

第5表 下請代金の減額事件の減額分の返還状況の推移

4 勧告又は警告を行った違反事例

平成20年度に行った勧告及び主な警告の事例は次のとおりである。

(1) 勧告を行った事例

(2) 警告を行った主な事例

5 下請法違反行為を自発的に申し出た親事業者に係る事案

公正取引委員会が調査に着手する前に,違反行為を自発的に申し出,かつ,自発的な改善措置を採っているなどの事由が認められる事案について,下請事業者の利益を保護するために必要な措置を採ることを勧告するまでの必要はないものとした(平成20年12月17日公表)。

平成20年度において,このような取扱いをした事案は2件であった。

6 下請法違反事件に係るフォローアップ調査

平成17年度に勧告を行った2件及び同18年度に勧告を行った2件の計4件について,勧告後の親事業者による下請法遵守状況についてフォローアップ調査を実施したところ,4社ともに,下請法遵守に向けた取組がみられた。

7 情報成果物の作成に係る下請取引の適正化に関する取組

平成16年4月に施行された下請代金支払遅延等防止法の一部を改正する法律(平成15年法律第87号)により,情報成果物の作成に係る下請取引等が下請法の規制対象とされた。この改正以降,公正取引委員会は,情報成果物の作成に係る下請法違反行為に対し厳正に対処するとともに,違反行為の未然防止を図るための普及・啓発に取り組んでいる。

平成20年度においては,情報成果物の作成委託を主に行っていると思われる親事業者2,788社及びその下請事業者19,226名に対して書面調査を実施した(第6表参照)。

また,平成20年度中に新規に着手した下請法違反被疑事件のうち情報成果物の作成によるものは363件であり,その中で書面調査により職権探知したものは337件,下請事業者からの申告によるものは26件である。処理を行った件数は362件で,その内訳は,勧告が1件(注),警告が331件,不問が30件である(第7表参照)。

(注)製造委託及び情報成果物作成委託の各委託取引において違反が認められたものであるが,違反に係る取引額をみると製造委託の金額が大きいため,本項以外においては製造委託に区分・計上している。

第6表 情報成果物の作成委託に係る下請法の書面調査の実施状況

第7表 情報成果物の作成委託に係る下請法違反被疑事件の処理状況

違反行為類型別にみると,下請代金の支払遅延が182件で最も多く,以下,下請代金の減額が7件,購入等強制及び不当な給付内容の変更・やり直しがそれぞれ6件などとなっている(第8表参照)。

第8表 情報成果物の作成委託に係る下請法違反行為類型別件数

第3 「安心実現のための緊急総合対策」等を踏まえた取組

公正取引委員会は,「安心実現のための緊急総合対策」(平成20年8月29日 「安心実現のための緊急総合対策」に関する政府・与党会議,経済対策閣僚会議合同会議による決定)及び「生活対策」(平成20年10月30日 新たな経済対策に関する政府・与党会議,経済対策閣僚会議合同会議による決定)を踏まえ,「下請事業者支援特別対策」として,新たに次の取組を実施した。

(1) 特別実地検査

過去複数回にわたり正当な理由なく書面調査に回答しない親事業者13社の事業所に赴き,書面調査への回答を求めるとともに,下請法違反被疑事実の有無を調査した。

(2) 「草の根下請懇談会」の新規開催

平成20年11月から平成21年3月までの間に,全国48か所において,「草の根下請懇談会」と称する下請事業者向けの懇談会を開催した。「草の根下請懇談会」では,下請法の概要を説明するとともに,下請事業者との意見交換を通じて下請事業者の生の声を聴取した。

また,親事業者に対して調査を行う場合には,公正取引委員会に情報提供を行った下請事業者が親事業者に特定されることがないよう様々な工夫を行っている旨を十分に説明し,情報提供を促した。

(3) 「下請保護情報ネットワーク」の新設

下請法違反被疑行為を発見する主な手段としては,書面調査と申告があるが,このほか,労働基準監督署等の関係行政機関が下請法違反事件の情報を把握する可能性がある。この実状を踏まえ,これらの関係行政機関が下請法違反のおそれのある事実を把握した場合には,厚生労働省を通じて,公正取引委員会及び経済産業省に通報する仕組みを新設し,平成20年12月2日,運用を開始した。

(4) 重点的な業種調査(5業種)

過去に違反が多くみられた3業種(道路貨物運送業,自動車小売業及び一般機械器具製造業)及び現下の経済状況を踏まえ選定した2業種(電気機械器具製造業及び輸送用機械器具製造業)に対して実地調査の割合を増やすなどして,重点的な調査を実施しているところであり,平成20年10月から平成21年3月までの間に,1件の勧告と465件の警告を行った。

(5) トップマネジメント・ヒアリング

過去複数回警告を行った親事業者4社の代表者や役員を公正取引委員会に招致し,下請法遵守に係る取組状況についてヒアリングを行うとともに,再発防止の徹底を強く求めた。

第4 下請法の普及・啓発等

1 下請法違反行為の未然防止及び再発防止の指導

下請法の運用に当たっては,違反行為を迅速かつ効果的に排除することはもとより,違反行為を未然に防止することも重要である。このような観点から,公正取引委員会は,次のとおり各種の施策を実施し,違反行為の未然防止を図っている。

(1) 下請取引適正化推進月間

毎年11月を「下請取引適正化推進月間」と定め,中小企業庁と共同して,新聞,雑誌等で広報活動を行うほか,全国各地において下請法に関する講習会を開催するなど,下請法の普及・啓発に努めている。

平成20年度は,親事業者の下請取引担当者を対象に47都道府県の58会場(うち公正取引委員会主催分につき25都道府県の30会場)において講習会を開催した。

(2) コンテンツ業界向け講習会

コンテンツ制作に係る下請取引(情報成果物作成委託)は,平成15年の下請法改正法により新たに規制対象に追加された。公正取引委員会は,同分野における更なる下請法の普及・啓発を推進する観点から,「コンテンツ取引に係る下請法講習会」と題し,平成21年3月に,東京,名古屋及び大阪の3会場において下請法の情報成果物作成委託の説明を中心とした講習会を開催した。

(3) 下請法遵守の要請

原油・原料高による影響,景気下降局面の長期化・深刻化への危惧及び金融繁忙期である年末が到来する状況を踏まえ,平成20年11月27日に,公正取引委員会委員長及び経済産業大臣連名の文書により,19,783の親事業者(製造関係〔資本金1億円以上〕11,473社,役務関係〔資本金5000万円以上〕8,310社)及び663の事業者団体に対し,買いたたき,下請代金の減額,下請代金の支払遅延,割引困難な手形(長期手形)の交付等の行為が行われることのないよう,下請法の遵守の徹底等について要請を行った。

また,前記影響及び状況の下では,下請事業者への不当なしわ寄せが生じやすいことから,前記11月27日の要請に加え,平成21年3月24日に,公正取引委員会委員長及び経済産業大臣連名の文書により,658の事業者団体に対し,傘下の親事業者に下請取引の適正化を強力に指導するよう要請を行った。

(4) 相談・指導,広報業務

事業者等からの下請法に関する相談に応じるとともに,下請法の一層の普及・啓発を図るため,事業者団体等が開催する研修会に講師を派遣し,資料の提供等を行った。

2 都道府県との相互協力体制

下請法をきめ細かく,かつ,的確に運用して全国各地の下請事業者の利益保護を図るためには,地域経済に密着した行政を行っている都道府県との協力体制を採ることが必要であることから,昭和60年4月から下請取引の適正化に関し,都道府県担当者との連絡会議を開催し,情報交換に努めている。

平成20年度においては,ブロック別都道府県下請取引担当官会議を開催し,情報交換等を行った。

3 下請取引改善協力委員

公正取引委員会では,下請法の的確な運用に資するため,昭和40年度以降,当委員会の業務に協力する中小企業の経営者等,各地域の下請取引の実情に明るい民間有識者等に下請取引改善協力委員を委嘱している。平成20年度における下請取引改善協力委員の定員は,153名である。

平成20年度においては,全国の各ブロックにおいて下請取引改善協力委員会議をそれぞれ2回開催し,最近の下請取引の状況等について意見を交換した。