第2部 各論

第7章 株式取得、合併等に関する業務

第1 概説

独占禁止法第4章は、事業支配力が過度に集中することとなる会社の設立等の禁止及び銀行業又は保険業を営む会社の議決権取得・保有の制限並びに会社及び子会社の総資産合計額が一定規模を超える場合の報告又は届出の義務(第9条)及び銀行業又は保険業を営む会社が他の国内の会社の議決権の一定の割合を超えて取得・保有する場合の認可(第11条)について規定している。このほか、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合及び不公正な取引方法による場合の会社等の株式取得・所有、役員兼任、合併、分割、共同株式移転及び事業譲受け等の禁止並びに一定の条件を満たす企業結合についての届出義務(第10条及び第13条から第16条まで)を規定している。公正取引委員会は、これらの規定に従い、企業結合審査を行っている。

また、公正取引委員会は、届出を受理した事案及び事前相談を受けた事案等のうち、企業結合を計画している事業者の参考に資すると思われる事案については、一定の取引分野の画定の考え方や独占禁止法上の判断の理由等についてできるだけ詳細に記載し、その内容を公表している。

第2 企業結合規制(審査手続及び審査基準)の見直し

1 経緯

公正取引委員会は、平成22年6月18日に閣議決定された「新成長戦略」に基づいて行った企業結合規制に関する検証結果等を踏まえ、企業結合審査の迅速性、透明性及び予見可能性を一層高めるとともに、国際的整合性の向上を図る観点から、審査手続及び審査基準の見直しを行い、平成23年3月4日に原案を公表して、意見公募を行った(パブリックコメント手続)。提出された意見を十分に検討した結果、原案の一部を修正した上で、同年6月14日に公正取引委員会規則の一部改正等を行う旨公表し、同年7月1日から施行した。

2 企業結合審査手続の見直し

(1) 事前相談制度の廃止

具体的な企業結合計画に関し、届出が行われる前に、当該計画が独占禁止法の規定に照らして問題があるか否かについての相談があった場合には、「企業結合計画に関する事前相談に対する対応方針」(平成14年12月21日公正取引委員会)に則って対応し、独占禁止法上の問題の有無について回答してきたが、欧米競争当局においては、事前相談では最終的な判断を行わないこと、平成21年独占禁止法改正法により、株式取得について事後報告義務から合併等の他の企業結合と同様の事前届出義務に改められたため、事前に公正取引委員会の判断を得るという事前相談の意義が低下したこと等に鑑みて、会社が法定の届出を行う前に独占禁止法上の問題の有無を任意に相談し公正取引委員会が回答する仕組み(事前相談制度)を廃止し、届出を要する企業結合計画に対する独占禁止法上の判断は、届出後の手続において示すこととするとともに、届出会社が希望する場合には、届出書の記載方法等に関して任意で届出前相談を行うことができることとした。

(2) 届出会社と公正取引委員会とのコミュニケーションの充実

ア より詳細な審査(第2次審査)が必要であるとして、届出会社に対し、独占禁止法に規定する報告等を要請する際には、その報告等を要請する趣旨について報告等要請書中に記載する。

イ 審査期間において、届出会社から求めがあった場合又は必要がある場合には、公正取引委員会は、その時点における企業結合審査の論点等について説明する。

ウ 届出会社は、審査期間において、いつでも公正取引委員会に対し意見書又は必要と考える資料を提出することができる。

(3) 企業結合審査の終了時の手続の整備

ア 独占禁止法上問題がなく、報告等の要請を行わない案件について、排除措置命令を行わない旨を書面で通知する。

イ 報告等の要請を行った案件について、独占禁止法上問題がないと判断したときは、届出会社に対し、排除措置命令を行わない旨を書面で通知し、審査結果について、その理由も含め書面により説明する。

ウ 上記イの案件について、公表する。また、上記イの案件以外でも、他の事業者の参考となるものについては、公表する。

エ 禁止期間の短縮を認める場合を拡大する。

3 企業結合審査基準の見直し

(1) 企業結合審査の対象とならない場合を明確化し、議決権保有比率が10%以下等のときは、企業結合審査の対象とならない旨を明示するとともに、届出書の記載内容を簡素化した。

(2) 一定の取引分野(地理的範囲)の考え方について、世界市場・東アジア市場を認定する場合の例示を追加した。

(3) 需要が縮小している場合の考え方として、需要が継続的構造的に減少しており、競争者の供給余力が十分である場合には、当事会社グループの価格引上げに対する牽制力となり得る旨、需要の減少により市場が縮小している商品について、競合品が当該商品に対する需要を代替する蓋然性が高い場合は、競争を促進する要素として評価し得る旨、及び継続的構造的に需要量が供給量を大きく下回り、需要者からの競争圧力が働いている場合には、当事会社グループが価格等をある程度自由に左右することをある程度妨げる要因となり得る旨を追記した。

(4) 現在輸入が行われているかどうかにかかわらず、輸入圧力を評価することを明示した。

(5) 隣接市場からの競争圧力について、近い将来における競合品の競争圧力についても考慮の対象とする旨を明示した。

(6) 業績不振等についての例示として、当事会社の一方が継続的に大幅な経常損失を計上している場合及び事業部門が継続的に大幅な損失を計上している場合を追加した。

第3 独占禁止法第9条の規定による報告・届出

独占禁止法第9条第1項及び第2項の規定では他の国内の会社の株式を取得し、又は所有することにより事業支配力が過度に集中することとなる会社の設立・転化を禁止しており、当該会社及び子会社(注)の総資産合計額が、①持株会社については6000億円、②銀行業、保険業又は第一種金融商品取引業を営む会社(持株会社を除く。)については8兆円、③一般事業会社(①及び②以外の会社)については2兆円を超える場合には、①毎事業年度終了後3か月以内に当該会社及び子会社の事業報告書を提出すること(独占禁止法第9条第4項)、②当該会社の新設について設立後30日以内に届け出ること(独占禁止法第9条第7項)が義務付けられている。

平成22年度において、独占禁止法第9条第4項の規定に基づき提出された会社の事業報告書の提出件数は92件であり、独占禁止法第9条第7項の規定に基づき提出された会社の設立の届出は2件であった。

(注) 会社がその総株主の議決権の過半数を有する他の国内の会社をいう。この場合において、会社及びその一若しくは二以上の子会社又は会社の一若しくは二以上の子会社がその総株主の議決権の過半数を有する他の国内の会社は、当該会社の子会社とみなす。

第4 銀行業又は保険業を営む会社の議決権取得・保有

独占禁止法第11条第1項の規定では、銀行業又は保険業を営む会社が他の国内の会社の議決権をその総株主の議決権の5%(保険会社は10%)を超えて取得・保有してはならないとされている。ただし、あらかじめ公正取引委員会の認可を受けるなど一定の要件を満たした場合は、同項の規定の適用を受けない(同条第1項ただし書、第2項)。

平成22年度において、公正取引委員会が認可した銀行業又は保険業を営む会社の議決権取得・保有の件数は10件であり、全て独占禁止法第11条第2項の規定に基づくもの(全て銀行業を営む会社に係るもの)であり、外国会社に係るものはなかった。また、独占禁止法第11条第1項ただし書の規定に基づくものはなかった(なお、銀行又は保険会社の議決権取得・保有の制限に係る認可についての詳細は、附属資料4-1表参照)。

第5 株式取得・合併・分割・共同株式移転・事業譲受け等

1 概要

(1) 一定の条件を満たす会社が、株式取得、合併、分割、共同株式移転及び事業譲受け等(以下「企業結合」という。)を行う場合には、それぞれ独占禁止法第10条第2項、第15条第2項、第15条の2第2項及び第3項、第15条の3第2項又は第16条第2項の規定により、公正取引委員会に企業結合に関する計画を届け出ることが義務付けられている(ただし、合併をしようとする全ての会社が同一の企業結合集団に属する場合等については届出が不要である。)。

企業結合に関する計画の届出が必要な場合は、具体的には次のとおりである。

ア 株式取得の場合

(注1) 会社が他の会社等の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該他の会社等をいう。

(注2) ただし、あらかじめ届出を行うことが困難である場合として公正取引委員会規則で定める場合は、届出が不要である。

イ 合併の場合

ウ 共同新設分割の場合

エ 吸収分割の場合

オ 共同株式移転の場合

カ 事業譲受け等の場合

(2) 平成22年度における独占禁止法第10条第2項等の規定に基づく企業結合に関する計画の届出受理件数は、265件であった。

(3) 公正取引委員会は、企業結合により一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなるかについて調査を行っている。

平成22年度に独占禁止法第10条第1項、第15条第1項、第15条の2第1項、第15条の3第1項又は第16条第1項の規定に違反するとして、同法第17条の2第1項の規定に基づき排除措置命令を行ったものはなかった。

2 株式取得・合併・分割・共同株式移転・事業譲受け等の動向

平成22年度における株式取得の届出受理件数は、184件であり、前年度の届出受理件数840件(注)に比べ減少している(対前年度比78.1%減)。

(注) 840件には、平成21年独占禁止法改正法による改正前の独占禁止法の規定に基づく株式所有報告書の提出件数769件が含まれている。

平成22年度における合併の届出受理件数は、11件であり、前年度の届出受理件数48件に比べ減少している(対前年度比77.1%減)。

平成22年度における分割の届出受理件数は、11件であり、前年度の届出受理件数15件に比べ減少している(対前年度比26.7%減)。

平成22年度における共同株式移転の届出受理件数は、5件であり、前年度の届出受理件数3件に比べ増加している(対前年度比66.7%増)。

平成22年度における事業譲受け等の届出受理件数は、54件であり、前年度の届出受理件数79件に比べ減少している(対前年度比31.6%減)。

平成22年度に届出を受理した企業結合を国内売上高合計額別、総資産額別、態様別、業種別及び形態別でみると、次のとおりである(第1表から第13表。企業結合の詳細な統計については、附属資料4-2以下参照)。

(1) 国内売上高合計額別

平成22年度の企業結合に関する計画の届出受理件数について、それぞれ国内売上高合計額別にみると、次のとおりである。

ア 株式取得

株式取得会社の国内売上高合計額が1000億円以上の会社による株式取得が過半を占めている(第1表参照)。

イ 合併

存続会社の国内売上高合計額が500億円未満の会社による合併が過半を占めている(第3表参照)。

ウ 分割
(ア) 共同新設分割

共同新設分割に係る届出はなかった(第5表参照)。

(イ) 吸収分割

事業を承継する会社の国内売上高合計額が1000億円以上のものが過半を占めている(第7表参照)。

エ 共同株式移転

国内売上高合計額が1000億円以上の会社による共同株式移転が過半を占めている(第9表参照)。

オ 事業譲受け等

国内売上高合計額が1000億円以上の会社による事業譲受け等が過半を占めている(第11表参照)。

(2) 総資産額別

平成22年度の企業結合に関する計画の届出受理件数について、それぞれ行為後の総資産の規模別にみると、次のとおりである。

ア 株式取得

総資産額が1000億円以上の会社による株式取得が過半を占めている(第2表参照)。

イ 合併

総資産500億円以上の合併が6件(全体の54.5%)と過半を占めている(第4表参照)。

ウ 分割
(ア) 共同新設分割

共同新設分割に係る届出はなかった(第6表参照)。

(イ) 吸収分割

総資産100億円以上の吸収分割が8件(全体の72.7%)と過半を占めている(第8表参照)。

エ 共同株式移転

総資産100億円以上の共同株式移転が3件(全体の60.0%)と過半を占めている(第10表参照)。

オ 事業譲受け等

総資産100億円以上の事業譲受け等が31件(全体の57.4%)と過半を占めている(第12表参照)。

(3) 態様別

平成22年度の企業結合に関する計画の届出受理件数を態様別にみると、合併については、総数11件の全てが吸収合併であった。分割については、総数11件の全てが吸収分割であった。また、事業譲受け等については、総数54件のうち、48件が事業譲受け(全体の88.9%)、6件が事業上の固定資産の譲受け(同11.1%)であった。

(4) 業種別

平成22年度の企業結合に関する計画の届出受理件数を業種別にみると、次のとおりである。

ア 株式取得

その他が50件(全体の27.2%)と最も多く、以下、卸・小売業が41件(同22.3%)、製造業が36件(同19.6%)と続いている。

製造業の中では、機械業が11件と多くなっている(第13表関係)。

イ 合併

卸・小売業が4件(全体の36.4%)と最も多く、以下、製造業及びサービス業が各2件(同18.2%)と続いている。製造業の中では、金属製品業及びその他製造業が各1件となっている(第13表参照)。

ウ 分割

卸・小売業が5件(全体の45.5%)と最も多く、以下、製造業が3件(同27.3%)、運輸・通信・倉庫業、サービス業、金融・保険業が各1件(同9.1%)と続いている。

製造業の中では、化学・石油・石炭業、非鉄金属業及び機械業が各1件となっている(第13表参照)。

エ 共同株式移転

建設業が2件(全体の40.0%)と最も多く、以下、製造業、不動産業、運輸・通信・倉庫業が各1件(同20.0%)と続いている。

製造業の中では、その他製造業1件のみとなっている(第13表参照)。

オ 事業譲受け等

製造業が25件(全体の46.3%)と最も多く、以下、卸・小売業が14件(同25.9%)、その他が6件(同11.1%)と続いている。

製造業の中では、食料品業及び機械業が各8件と多くなっている(第13表参照)。

(5) 形態別

平成22年度の企業結合の形態別の件数は、次のとおりである。

なお、形態別の件数については、複数の形態に該当する企業結合の場合、該当する形態を全て集計している。そのため、件数の合計は企業結合に関する計画の届出受理件数と必ずしも一致しない。

ア 株式取得

水平関係が113件(全体の61.4%)と最も多く、以下、垂直関係(前進)が40件(同21.7%)、混合関係(純粋)が30件(同16.3%)と続いている。

イ 合併

水平関係が8件(全体の72.7%)と最も多く、以下、混合関係(地域拡大)が3件(同27.3%)、垂直関係(前進)が2件(同18.2%)と続いている。

ウ 分割

水平関係が9件(全体の81.8%)と最も多く、以下、垂直関係(前進)が4件(同36.4%)、垂直関係(後進)が3件(同27.3%)と続いている。

エ 共同株式移転

水平関係、垂直関係(前進)、垂直関係(後進)がそれぞれ3件(全体の60.0%)であった。

オ 事業譲受け等

水平関係が38件(全体の70.4%)と最も多く、以下、混合関係(純粋)が9件(同16.7%)、垂直関係(後進)が6件(同11.1%)と続いている。

第1表 国内売上高合計額別株式取得届出受理件数

第2表 総資産額別株式取得届出受理件数

(注1) この表における「届出受理件数」は、平成21年独占禁止法改正法による改正前においては、株式所有報告書の提出件数である。

(注2) 総資産額は、株式取得会社の株式取得前における総資産額である。

(注3) 平成20、21年度については、外国会社からの株式所有報告書提出件数を除いた件数を記載している。なお、外国会社からの株式所有報告書の提出件数を加えた合計件数は、平成20年が829件、平成21年が840件である。

第3表 国内売上高合計額別合併届出受理件数

第4表 総資産額別合併届出受理件数

(注) 総資産額は、合併後における存続会社単体の総資産額である。

第5表 国内売上高合計額別共同新設分割届出受理件数

(注1) 括弧内は分割する会社の分割対象部分に係る国内売上高による件数である(内数ではない。)。

(注2) 分割する会社のうち、国内売上高合計額が最も大きい会社を「分割する会社1」、その次に大きい会社を「分割する会社2」とした。

第6表 総資産額別共同新設分割届出受理件数

(注) 総資産額は、事業を承継した会社単体の総資産額である。

第7表 国内売上高合計額吸収分割届出受理件数

(注) 括弧内は事業の重要部分を承継させる会社の分割対象部分に係る国内売上高による件数である(内数ではない。)。

第8表 総資産額別吸収分割届出受理件数

(注) 総資産額は、事業を承継した会社単体の総資産額である。

第9表 国内売上高合計額別共同株式移転届出受理件数

(注) 共同株式移転をする会社のうち、国内売上高合計額が最も大きい会社を「株式移転会社1」、その次に大きい会社を「株式移転会社2」とした。

第10表 総資産額別共同株式移転届出受理件数

(注) 総資産額は、新設会社単体の総資産額である。

第11表 国内売上高合計額別事業譲受け等届出受理件数

第12表 総資産額別事業譲受け等届出受理件数

(注) 総資産額は、事業等を譲り受けた会社単体の総資産額である。

第13表 業種別届出受理件数

(注) 業種は、株式取得の場合には、株式を取得した会社の業種に、合併の場合には合併後の存続会社の業種に、分割の場合には国内売上高合計額が最も大きい分割する会社又は事業を承継した会社の業種に、共同株式移転の場合には新設会社の業種に、事業譲受け等の場合には事業等を譲り受けた会社の業種によった。

第6 主要な事例

平成22年度の株式取得・所有、合併、分割、共同株式移転及び事業譲受け等の主要事例は、次のとおりである。

事例1 ビーエイチピー・ビリトン・ピーエルシー及びビーエイチピー・ビリトン・リミテッド並びにリオ・ティント・ピーエルシー及びリオ・ティント・リミテッドによる鉄鉱石の生産ジョイントベンチャーの設立

1 本件の概要

本件は、鉄鉱石などの採掘及び販売に係る事業を営むビーエイチピー・ビリトン・ピーエルシー及びビーエイチピー・ビリトン・リミテッド(以下「BHPビリトン」という。)並びにリオ・ティント・ピーエルシー及びリオ・ティント・リミテッド(以下「リオ・ティント」という。)が、西オーストラリアにおける鉄鉱石の生産ジョイントベンチャー(以下「本件JV」という。)の設立を計画したものである。関係法条は、独占禁止法第10条である。

本件JVでは、BHPビリトン及びリオ・ティントの西オーストラリアにおける鉄鉱石の生産事業について、両当事会社の出資により設立された管理会社に管理運営を委託する仕組みとなっている。また、生産能力の拡張については、投資額が2億5000万米ドルを超える場合、一方の当事会社が当該生産能力の拡張を希望し、他方の当事会社が希望しないときは、一方の当事会社が単独で生産能力の拡張を行うこと(以下「単独拡張」という。)が可能である。本件JVにより生産された鉄鉱石は、大要、次の①~④の方法に従って各当事会社に配分される。

① 管理会社は、銘柄ごとに、各期(6か月間)の最大生産能力の見積りを両当事会社に通知

② 各当事会社は、①の管理会社からの通知を受けて、当該期間に引受けを希望する銘柄ごとの最大生産能力に対する割合を管理会社に通知

③ 管理会社は、②の各当事会社からの通知に基づき、一定のルール(両当事会社がともに最大生産能力の50%以上の引受けを希望する場合には、最大生産能力の50%ずつを配分する等)に従って銘柄ごとの鉄鉱石を各当事会社に配分

④ 各当事会社への配分比率にかかわらず、各当事会社は生産に要する費用を50%ずつ負担

2 本件JVについての企業結合審査の経緯

公正取引委員会は、両当事会社から本件JVの設立についての事前相談を受け、平成22年6月16日に第1次審査を開始し検討を行ったところ、更に詳細な審査を行う必要があると判断したため、同年7月16日に第2次審査に移行した。第2次審査において詳細な検討を進める中で、同年9月27日、両当事会社に対し、世界海上貿易によって供給される鉄鉱石の塊鉱及び粉鉱の生産・販売事業について、本件JVの設立により競争が実質的に制限されることとなると考える旨の問題点の指摘を行った。その後、両当事会社からの意見の提出がないままに、同年10月18日、両当事会社が本件JVの設立計画を撤回する旨を公表したため、当委員会は、本件事前相談に関する審査を中止した。

以下は、両当事会社に対して上記問題点の指摘を行った時点における当委員会の考え方であり、両当事会社の意見の提出を踏まえた当委員会としての最終的な判断を示すものではない。

3 一定の取引分野

(1) 商品範囲

高炉方式による鉄鋼製品の製造において使用される鉄鉱石として、供給者と需要者の間で取引されている商品は、主に、塊鉱(塊状の鉄鉱石。高炉に直接投入される。)、粉鉱(粉状の鉄鉱石。石灰石等と一緒に焼き固めて焼結鉱と呼ばれる塊にして高炉に投入される。)及びペレット(微粉状の鉄鉱石を石灰石等と混合し、球状に成形して焼き固めたもの)の3種類に大別できる。

ア 需要の代替性

各鉄鋼会社は、3種類の鉄鉱石の高炉への投入比率について、高炉の特性に応じた差異はあるものの、銑鉄の生産に最適な一定の比率でおおむね安定させている。鉄鉱石の種類ごとに、投入比率には技術的・経済的な制約があり、各鉄鋼会社がこの比率を大きく変更することは、多額の投資等を要するため容易ではない。

3種類の鉄鉱石の価格についてみると、塊鉱、粉鉱及びペレットの3種類の鉄鉱石の価格水準には、相当程度の差が存在する。また、価格の動きについても、3種類の鉄鉱石とも傾向はおおむね一致しているものの、価格の変動率には差異がみられる。さらに、塊鉱、粉鉱及びペレットの3種類の鉄鉱石は、供給者と需要者との間の価格交渉においても、別個の商品として取り扱われている。

需要者の認識・行動についてみると、鉄鋼会社の大多数は、上記のとおり、3種類の鉄鉱石の投入比率を安定させており、ある種類の鉄鉱石の価格が他の種類の鉄鉱石と比べて5~10%上昇した場合においても、当該鉄鉱石の種類の使用割合を変更し、投入比率を変更することはないとの認識を示している。

イ 供給の代替性

鉄鉱石鉱山から産出される鉄鉱石の種類ごとの産出比率は、鉄鉱石の鉱床の位置又は地質的特徴によって決定される。そのため、鉄鉱石供給者にとって、生産可能な各種類の鉄鉱石の比率を大きく変えることは難しい。

また、既存の産出比率の下、塊鉱を破砕して、粉鉱やペレットに転換することは、技術的には可能であるが、そのような転換は、破砕等に余分な費用が掛かるところ、塊鉱が粉鉱よりも価格水準が高いことから、経済面での合理性がない。粉鉱については、ペレットに転換することも技術的には可能であるが、破砕して精鉱(ペレットの加工原料)にするための費用やペレットプラントの建設等への大規模な投資が必要となるため、経済面での合理性がない。また、粉鉱を塊鉱にすることは、技術的に不可能である。

さらに、鉄鉱石供給者も生産量の拡大計画や長期予測において、これら3種類の商品を別個に取り扱っている。

以上から、塊鉱、粉鉱及びペレットの3種類の鉄鉱石について、供給の代替性は存在しないと考えられる。

ウ 商品範囲の画定

前記ア及びイの検討の結果、「塊鉱」、「粉鉱」及び「ペレット」の3種類の鉄鉱石の間には、需要の代替性及び供給の代替性がないため、それぞれを別個の商品範囲として画定した。ただし、ペレットについては、両当事会社のシェアが低く、本件JVの設立が競争に及ぼす影響は小さいと考えられるため、塊鉱及び粉鉱を検討対象とした。

(2) 地理的範囲

鉄鉱石は、我が国の国内で生産されていないため、我が国で取引される鉄鉱石は、全て海上貿易により供給されている。海上貿易により供給される鉄鉱石については、海上輸送費が掛かるため、供給者にとって、自社の鉱山から近い需要者への販売では有利となり、自社の鉱山から遠い需要者への販売では不利となるといった側面はあるものの、鉄鉱石の供給者は、ある地域の需要者には供給するが別の地域の需要者には供給しないといった特別な政策を採用しているということはなく、実際にも、海上貿易により鉄鉱石を供給する世界各地の鉄鉱石の供給者は、基本的にどの地域の需要者に対しても供給を行っている。

また、需要者も、海上輸送費が掛かるため、自社の高炉から近い供給者から多くの鉄鉱石を調達しているが、基本的には、世界各地の複数の調達先を選定することができ、実際にも、海上貿易に依存している東アジア及び西ヨーロッパに所在する鉄鋼会社は、基本的には、世界各地の複数の供給者から鉄鉱石を調達している。

鉄鉱石の供給者は、海上貿易で鉄鉱石を調達する世界中の需要者に対して、ほぼ同一の価格水準で商品を供給することとしている。実際にも、東アジア向け鉄鉱石価格と西ヨーロッパ向け鉄鉱石価格はほとんど同じ動きをしている。海上貿易における鉄鉱石の価格は世界中で連動しており、地域的に差別された価格は観察されない。

以上から、「世界海上貿易市場」を地理的範囲として画定した。

4 鉄鉱石市場の需要曲線と供給曲線の特徴

高炉方式における銑鉄生産においては、生産効率を維持する観点から高炉を連続的に稼動する必要があり、また、原料として鉄鉱石に代替するものは存在しない。他方、ユーザーである鉄鋼会社は、ある種類の鉄鉱石の価格が相対的に上昇した場合でも、高炉の生産効率の確保等から他の種類の鉄鉱石に切り換えないとしている。このことから、塊鉱及び粉鉱といった鉄鉱石の種類ごとの需要の価格弾力性は極めて小さく、下図のように、需要曲線は垂直に近い曲線となると考えられる。

塊鉱や粉鉱といった鉄鉱石の供給者としては、両当事会社のような低コストで大規模に供給をすることが可能な事業者(以下「低コスト・大規模供給者」という。)が存在する一方、小規模な鉱山を高い限界費用で操業している事業者も存在する。通常、鉄鉱石供給者の限界費用は最大生産能力まではほぼ一定であるところ、低コスト・大規模供給者は供給曲線上の左側に位置している一方、小規模な鉱山を高い限界費用で操業している事業者は供給曲線上の右側に位置している。

塊鉱や粉鉱の価格は、需要曲線と供給曲線の交点で決定され、当該交点のところで生産している供給者(このような供給者は「限界的供給者」と呼ばれる。)の限界費用に等しいレベルとなる。したがって、鉄鉱石の価格水準の決定に当たっては、両当事会社のような供給曲線上の左側に位置している供給者(低コスト・大規模供給者)の生産量のレベルが重要となる。

5 本件行為が競争に与える影響

(1) 本件JVの設立が両当事会社間の競争行動に与える影響
ア 当事会社の主張

両当事会社は、本件JV設立後、①本件JVの下で生産能力の拡張が行われるものの、単独拡張の仕組みが存在することから、生産能力の拡張において両当事会社間の競争は維持される、②各期の生産量については、両当事会社は自社への配分比率にかかわらず生産に要する費用の50%を負担する仕組みとなっているため、引受けを希望する鉄鉱石の量を最大にして提案しようとするインセンティブが働き、ほとんどのケースにおいて最大生産能力まで生産が行われる、③両当事会社の販売部門は独立しており、各種の情報遮断措置が設けられていることから、販売面の競争は維持される、と主張した。

このため、本件JV設立が両当事会社の生産能力拡張競争に与える影響、各期(6か月)の供給量決定に与える影響、販売競争に与える影響について、それぞれ次のとおり検討を行った。

イ 本件JVの設立が生産能力拡張競争に与える影響

(ア) 両当事会社の生産能力拡張の決定

鉄鉱石市場では、今後、主に東アジアが牽引する形で需要が拡大し続けると考えられているところ、各供給者は、将来の需要量の予測の下、どの程度生産能力を拡張すべきかを決定することになる。

両当事会社のような低コスト・大規模供給者は、鉄道や港湾といったインフラストラクチャー(以下「インフラ」という。)を有するとともに、塊鉱及び粉鉱について豊富な埋蔵量を有する鉱山を数多く所有していることから、大規模な生産能力の拡張を低い費用で実施する能力を有している。小規模な生産能力の拡張と異なり、大規模な生産能力の拡張が行われると、拡張を行わなかった場合と比較して、将来の鉄鉱石価格が下落する効果が生じるところ、この価格下落は、全ての販売についてマージンを引き下げることとなる。この価格下落が自社の利潤に与えるマイナスの影響は、両当事会社のように現在の販売量が多い供給者ほど大きいものとなり、そのような供給者は、大規模な生産能力の拡張を行う能力を有していても、大幅な価格下落を伴わない規模に生産能力の拡張をとどめるインセンティブを有する。

ただし、両当事会社のような低コスト・大規模供給者にとっては、他の低コスト・大規模供給者がどの時期にどの程度生産能力を拡張するのかという点は不確実性として残り、当該供給者の数が多ければ多いほど不確実性は高まることとなる。

(イ) 過去の両当事会社の生産能力拡張状況

平成15年頃から鉄鉱石の需要が大幅に拡大している中で、両当事会社は一定程度の生産能力の拡張を行っているが、必ずしも需要の拡大に見合った十分な生産能力の拡張を行ってきたわけではない。なぜなら、需要が拡大している局面において、生産能力の拡張が十分に行わなければ、需要が十分満たされないため、価格水準が上昇すると考えられるところ、平成15年から平成21年までに、例えば、粉鉱の長期契約の下での価格は約8倍に上昇しており、両当事会社の鉄鉱石部門の利益率も大幅に上昇している。また、両当事会社は生産能力の拡張計画を公表しているが、公表された拡張計画が予定どおりに実施されないケースもあった。

(ウ) 本件JV設立による両当事会社の生産能力拡張面におけるインセンティブの変化

本件JVの設立により、各当事会社の自主的な判断に基づいて生産能力の拡張が検討されるのではなく、両当事会社で調整しながら生産能力の拡張が検討されることとなるものと考えられる。

また、2億5000万米ドル超の投資を要するような生産能力の拡張について、一方当事会社が生産能力の共同拡張を希望し、他方の当事会社が希望しない場合には、単独拡張を行うことが可能な仕組みとなっているが、次のとおり、そのような単独拡張が実際に行われる蓋然性は低いと考えられる。すなわち、単独拡張が行われるのは両当事会社の共同拡張に係る見解に食い違いがある場合であるが、本件JVの設立により、両当事会社は、鉄鉱石の銘柄、供給量、コストなど供給面の特徴が共通化された企業となるため、望ましいと考える生産能力についても、両当事会社の見解は一致しやすくなると考えられる。仮に、両当事会社の間で将来の需要予測が大きく異なる場合には、望ましい生産能力について見解が異なることは考えられるが、本件JVにおける活動を通じて、事実上、両当事会社の需要予測は同一のものに収れんしていくと考えられる。また、一方の当事会社が単独拡張を試みる場合、他方の当事会社にとっては当該拡張に伴う利益をシェアすることが常に利益になるため、両当事会社は本件JVの下での共同拡張を選好すると考えられる。

以上のような本件JVによる生産能力拡張の仕組みに鑑みれば、一方の当事会社がいつの時点でどのような拡張を行うのかという点について不確実性が無くなることから、他方の当事会社がこれに先駆けて生産能力を拡張しようとするインセンティブが著しく減退し、両当事会社が生産能力拡張面で協調的に行動することとなると考えられる。

ウ 本件JVの設立が各期(6か月)の供給量決定に与える影響

(ア) 現状における両当事会社による供給量の決定及びこれまでの行動

両当事会社のような低コスト・大規模供給者は、塊鉱及び粉鉱について、1社で市場全体の総供給量のうちの相当量を供給しているため、自社の最大生産能力を上限として、自らの供給量を調整することにより、市場全体の総供給量を間接的にコントロールする能力を有する。

両当事会社のような低コスト・大規模供給者の場合、自社の最大生産能力からの供給量削減により、①供給量減少という利潤にとってマイナスの効果と、②価格の上昇(単位当たりマージンの上昇)という利潤にとってプラスの効果が生じる。したがって、当該供給者は、①のマイナスの効果と②のプラスの効果を勘案して利潤が最大となるように、自らの供給量を決定するインセンティブを有すると考えられる。ただし、他の低コスト・大規模供給者も同様に市場全体の総供給量を間接的にコントロールすることができるので、自社の供給量削減行動に対し他社が供給量を増加させる行動をとるか否かという点については、不確実性として残ることになり、供給量削減行動に対する一定の牽制力となると考えられる。

両当事会社は、これまで必ずしも常に最大生産能力を最大限に活用して供給を行ってきたわけではなく、需要の低下に応じて自社の鉄鉱石供給量を削減している実態がみられる。

(イ) 本件JV設立に伴う両当事会社の供給量決定に関するインセンティブの変化

本件JV設立後は、両当事会社は鉄鉱石の銘柄、供給量、コストなど供給面の特徴が共通化された企業となることから、望ましいと考える供給量についても見解が一致しやすくなるとともに、本件JVの下では各当事会社が各期間中に引受量を柔軟に操作できないことから、互いの行動について不確実性が無くなる。その結果、両当事会社が協調して供給量の調整を行うことが容易になると考えられる。

なお、両当事会社は、本件JVのスキームにおいては、両当事会社が生産に要する費用を50%ずつ負担することとなっているため、引受けを希望する鉄鉱石の量を最大にして提案しようとするインセンティブが働き、ほとんどの供給量決定の場面において、本件JVの管理会社から通知された生産量全てを両当事会社が半分ずつ引き取ることとなると主張している。この点について、本件JVのスキームにおいて生産量の最大化が実現されるためには、物理的に可能な最大生産能力を設定し、両当事会社に通知するインセンティブが本件JVの管理会社に存在することが必要と考えられる。しかし、管理会社は生産に要した費用のみを両当事会社から受領するため、多くの数量を生産して利潤を得るというインセンティブがなく、物理的に可能な最大生産能力を設定し、両当事会社に通知するインセンティブが存在しない。また、管理会社は両当事会社から需要予測の報告を受けるほか、両当事会社と出資面及び人事面でのつながりがあり、両当事会社から管理会社に働きかける仕組みが存在する。このため、管理会社は両当事会社の意向を汲んで、最大生産能力として両当事会社に通知する量を決定することとなると考えられる。

エ 本件JVの設立が販売競争に与える影響

(ア) 両当事会社間の従来の競争状況

両当事会社はこれまで、異なる販売戦略をとり競争を行ってきている。

(イ) 本件JV設立に伴う両当事会社の販売面におけるインセンティブの変化

a 生産量を柔軟に操作できないことによる影響

本件JVのスキームでは、各当事会社の各期(6か月)の引受量は、各期の開始時点で決定される。このため、各当事会社は、6か月間の引受量を所与の引受量以上に増加することができず、かつ、相手の引受量も所与の引受量以上に増加することができないことを相互に認識することになる。これまでは、ユーザーに対する価格交渉に際して、一方の当事会社がユーザーに対し強硬に値上げを主張する一方で、他方の当事会社がそれに同調せず、需要者の求めに応じて供給量を増加させるといった行動がみられたが、本件JVの設立により、このような行動は困難になるものと考えられる。

b 両当事会社が同一銘柄を取り扱うことによる影響

本件JVの設立に伴い、両当事会社は同じ銘柄の鉄鉱石を割り当てられることとなることから、両当事会社の間での品質競争が行われなくなると考えられる。また、両当事会社は同じ銘柄の鉄鉱石を販売することから、インデックス方式(特定の市場における取引価格を指数化した指標〔インデックス〕を用いて鉄鉱石の価格を決定する方式。以下同じ。)の下でどのような価格計算方法を用いるべきかについて、両当事会社での利害が一致し、本件JV設立前と比較して、各当事会社が競争的な販売行動をとるインセンティブが著しく減退すると考えられる。

特に、本件JV設立後、両当事会社の品位や性質の面で補完的な鉱床から産出される鉄鉱石のブレンドが行われることとなるが、これは、両当事会社がどのような製品をブレンドにより開発するのかについて、共同で決定することを意味する。また、インデックス方式の下で、ブレンドされた商品(銘柄)について、従来の商品(銘柄)との品位差などから算出される価格計算方法について、両当事会社の利害は一致することとなり、本件JVがない場合よりも両当事会社に有利なものにすることが容易になると考えられる。

c 生産費用の共通化による影響

本件JVの設立により、両当事会社の塊鉱と粉鉱に係る生産活動の全てが統合されることとなるところ、販売事業についての総費用のうち多くの割合を占める生産費用が完全に共通化し、両当事会社の鉄鉱石事業の費用構造の大部分が共通化する。このため、両当事会社が望ましいと考える価格水準が一致しやすくなると考えられ、インデックス方式の下でどのような価格計算方法を用いるべきかについて、両当事会社の利害が一致し、本件JV設立前と比較して、各当事会社が競争的な行動をとるインセンティブが著しく減退すると考えられる。

d 小括

前記a~cから、本件JVの設立により、販売面において各当事会社が競争的な行動をとるインセンティブが著しく減退すると考えられる。

なお、両当事会社は、本件JVにおいては各種の情報遮断措置を講ずることから、販売面における両当事会社間の競争関係は維持されるとしているが、本件JV設立で販売競争のインセンティブが著しく減退することから、仮に両当事会社間で販売に関する情報を遮断したとしても、そのことのみをもって、両当事会社の間で販売面の協調関係が生じることがないような措置が講じられているとは認められないと考えられる。

オ 結論

以上から、本件JVの設立によって、両当事会社間では、競争的行動をとるインセンティブが減退し、両当事会社間に協調関係が生じるものと評価できる。

(2) 市場シェア及び両当事会社間の競争の状況
ア 塊鉱

平成20年におけるリオ・ティントの市場シェアは約30~35%で第1位、BHPビリトンの市場シェアは約25~30%で第2位となっており、両当事会社の市場シェアを合算すると約55~60%で第1位となる。また、本件JV設立後のHHI(注1)は約3,750~3,850、HHIの増分は約1,750~1,850であり、水平型企業結合のセーフハーバー基準(注2)に該当しない。

両当事会社は、共に高品質の塊鉱を低コストで生産できる鉱山をオーストラリアに多く有する低コスト・大規模供給者である。また、インフラを自ら有するとともに、豊富な埋蔵量を有する鉱山を数多く所有している。両当事会社は、いずれも全ての塊鉱を、オーストラリアに所在する性質が類似する鉱床から採掘し販売しているため、両当事会社の販売する塊鉱は品質面において代替性が高い。さらに、両当事会社の鉱山は近接しており、積出港も近接しているため、鉄鉱石を特定の目的地へ海上輸送するための海上輸送費は、両当事会社間でほぼ等しくなる。両当事会社の鉱山は、世界海上貿易市場における需要の大半(約8割)を占める東アジアに近く、海上輸送費の面で両当事会社は他の競争事業者よりも有利な立場にある。このように、両当事会社は、品質面や海上輸送費の面で同等であり、鉄鋼会社にとって相互に代替的な供給者であるため、両当事会社は相互に最も重要な競争相手である。

(注1) ハーフィンダール・ハーシュマン指数(HHI)とは、一定の取引分野における各事業者の市場シェアの2乗の総和によって算出されるもので、寡占度を示す指標をいう。

(注2) セーフハーバー基準とは、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなるとは通常考えられない範囲をいう。

イ 粉鉱

平成20年におけるリオ・ティントの市場シェアは約20~25%で第2位、BHPビリトンの市場シェアは約15~20%で第3位となっており、両当事会社の市場シェアを合算すると約40~45%で第1位となる。また、本件JV設立後のHHIは約2,450~2,550、HHIの増分は約750~850であり、水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当しない。

両当事会社は、共に高品質の粉鉱を低コストで生産できる鉱山をオーストラリアに多く有する低コスト・大規模供給者である。また、インフラを自ら有するとともに、将来的にも豊富な埋蔵量を有する鉱山を数多く所有している。両当事会社は、いずれも全ての粉鉱を、オーストラリアに所在する性質が類似する鉱床から採掘し販売しているため、両当事会社の販売する粉鉱は品質面において代替性が高い。さらに、両当事会社の鉱山は近接しており、積出港も近接しているため、鉄鉱石を特定の目的地へ海上輸送するための海上輸送費は、両当事会社間でほぼ等しくなる。両当事会社の鉱山は、世界海上貿易市場における需要の大半を占める東アジアに近く、海上輸送費の面で両当事会社は他の競争事業者よりも有利な立場にある。このように、両当事会社は、品質面や海上輸送費の面で同等であり、鉄鋼会社にとって相互に代替的な供給者であるため、両当事会社は相互に最も重要な競争相手である。

(3) 競争事業者の状況
ア 塊鉱

両当事会社の市場シェアの合算が約55~60%であるところ、両当事会社に続く供給者の市場シェアは約10~15%にとどまり、両当事会社との市場シェアの格差は大きい。また、両当事会社以外の供給者は塊鉱について低コストで大量の塊鉱を産出する鉱山を有していないことから、両当事会社に対する有効な牽制力となる供給者は存在しない。

イ 粉鉱

両当事会社以外に、約25~30%の市場シェアを有する低コスト・大規模供給者が1社存在する。しかし、当該供給者は、鉄鉱石の大消費地である東アジアへの海上輸送費の面で両当事会社よりも不利な状況にあるほか、十分な供給余力を有していないと考えられる。

当該供給者にとっては、本件JVの設立により、生産能力拡張面、各期の供給量決定面及び販売面のいずれについても、両当事会社が協調的な行動をとることが容易に予想されることから、当該供給者も両当事会社と協調的な行動をとるインセンティブが高まると考えられる。

(4) 小規模事業者による新規参入・新規拡張

鉄鉱石については、小規模事業者による様々な新規参入や既存の小規模な競争事業者による新規拡張が計画されている。しかし、商業的に利用できるような鉄鉱石が確実に埋蔵されていることが判明している鉱床の中で、高品質の鉄鉱石を低コストで開発することが可能なものは、既に、両当事会社を含む既存の低コスト・大規模供給者が所有している。新規参入者は、より低品質な鉄鉱石又は開発によりコストが掛かる鉱山から採掘する鉄鉱石の生産・販売を行わざるを得ない状況にあり、競争上不利な立場にある。そのような状況下における新規参入及び新規拡張については、実際の事例をみても、事業として採算がとれるまでには相当な年数を要し、鉄道や港湾といったインフラを構築するためにはばくだいなコストが必要となり、相当量の労働力の確保が必要となるなど、実態面の障壁が存在する。また、政府当局の許認可の取得等の制度上の障壁も存在する。このため、計画されている新規参入や既存の競争事業者による新規拡張の実現は容易でないと考えられる。さらに、小規模事業者は、高品質の鉄鉱石を大量に埋蔵する鉱山を有していないことから、これらの供給者が新規参入や新規拡張を行ったとしてもその規模は小さく、また、掘削のためのコストは高い。そのため、仮に、両当事会社が供給量を制限した場合、小規模事業者がその制限された供給量を安価なコストで十分に補うだけの供給を行うことは期待できない。

(5) 需要者からの競争圧力

前記4の需要曲線の形状に係る考察でみたとおり、鉄鉱石は高炉方式の製鉄に不可欠の原料であることから、鉄鋼会社が鉄鉱石の代わりに代替原料を使用することは不可能である。また、東アジアにおける鉄鉱石需要の急増に伴う近年の需給のひっ迫及び供給者側の寡占化により、価格決定方式や鉄鉱石の価格自体の交渉において、鉄鉱石の供給者が主導権を握っており、需要者からの競争圧力が働いている状況にはない。

(6) 効率性

両当事会社は、本件JVを設立する目的として、西オーストラリアにおける両当事会社の鉄鉱石の生産事業を統合することにより、100億米ドルを超える効率性を達成できると主張しているため、この主張の妥当性について検討する。

本件の審査対象分野のうち、塊鉱については、両当事会社の市場シェアの合算が約55~60%であるところ、両当事会社とそれに続く供給者の市場シェアとの格差は大きいこと、また、両当事会社以外に低コストで大量の塊鉱を産出する鉱山を有している供給者は存在しないことから、両当事会社に対する有効な牽制力となる供給者は存在しない。したがって、塊鉱については、本件JVが独占に近い状況をもたらすと考えられることから、たとえ両当事会社の主張する効率性が実現したとしても、両当事会社が競争的な行動をとることは想定されず、効率性が本件JVを正当化することはほとんどないと考えられる。

また、粉鉱について、両当事会社の主張する効率性について、「企業結合固有の効率性向上であるかどうか(固有性)」、「効率性向上が実現可能であるかどうか(実現可能性)」及び「効率性向上により需要者の厚生が増大するかどうか(需要者厚生の増大可能性)」の3つの観点から検討したところ、次のとおり、固有性、実現可能性及び需要者厚生の増大可能性のいずれについても認められない。

ア 固有性について

両当事会社の主張する効率性については、次のとおり、本件JVよりも競争制限的ではない他の方法により達成可能なものが多いと考えられる。

(ア) インフラの共有化

両当事会社は、西オーストラリアにおけるインフラを統合することによる効率性の達成を主張しているが、当事会社それぞれが所有する鉄道、港湾等のインフラを管理・運営する会社を設立してインフラを共同利用することなどによって、本件JVと同様の効率性を達成することができると考えられる。

(イ) 当事会社間での鉱山及び鉄鉱石の売買

西オーストラリアのヤンディ地区においては両当事会社の鉱山が近接しているところ、両当事会社は、ヤンディ地区における業務の統合による効率性の達成を主張しているが、各当事会社所有の採掘地区を当事会社間で売買し区画整理することにより、本件JVと同様の効率性を達成することができると考えられる。

また、両当事会社が採掘する鉄鉱石をブレンドすることにより、現在は廃棄物として取り扱われている鉱石の一部を使用することが可能となり、本件JVの設立後はより多くの鉄鉱石を販売できると主張しているが、必要に応じて対象となる鉄鉱石を両当事会社間で売買することにより、本件JVと同様のブレンドを行うことは一定程度可能であると考えられる。

(ウ) ベストプラクティスの共有化

ベストプラクティスの共有化によるコスト削減について、そのような一方の当事会社のベストプラクティスが、競争事業者では策定できないような特殊な技術やノウハウを持ったものであるとは必ずしも認められない。

イ 実現可能性及び需要者厚生の増大可能性について

両当事会社は、鉄鉱石の増産や業務コストの削減により100億米ドルを超える効率性を達成でき、また、鉄鉱石のブレンドによる品質標準化が需要者の厚生の増大につながると主張しているが、次のとおり、本件JVによりこれらの効率性が実現可能であり、また、需要者の厚生の増大につながるとは必ずしも認められない。

(ア) 鉄鉱石の増産について

両当事会社は、本件JVを設立しなかった場合の予定生産量と比較して、本件JVを設立した場合には、より多くの生産量を迅速に市場に供給できるとしている。しかし、両当事会社から提出された資料に記載された本件JV設立後の生産能力拡張計画は、両当事会社が今まで実施してきた生産能力拡張と比較して余りに大きなものであり、実際に当該計画を実施することを予定しているのか疑問であるほか、当該計画のほかに、当事会社が主張するような他の競争事業者による生産能力の拡張計画が現実に行われた場合、どのようにして需給が均衡すると考えるのか明らかではない。

(イ) 業務コストの削減について

本件JVの設立による資本支出の削減及び事業費の削減の実現可能性は、必ずしも明らかではない。また、仮に資本支出が削減されたとしても、これは基本的に固定費用に係るものであり、直接、需要者の利益になるものではない。

さらに、仮に、両当事会社の事業費が削減されて供給曲線の左側が下方にシフトしたとしても、供給曲線と需要曲線の交点には影響しないことから、これによって価格が下がることはなく、需要者の厚生の増大にはつながらないと考えられる。

(ウ) 両当事会社の鉄鉱石のブレンドによる品質の標準化について

両当事会社の鉄鉱石をブレンドすることにより、品質の低下、相対的な価格上昇、鉄鋼会社の鉄鉱石の管理上の負担等の可能性が考えられ、品質の標準化が実現したとしても、需要者の利益にならないと考えられる。

(7) 独占禁止法上の評価
ア 塊鉱

(ア) 単独行動による競争の実質的制限

a 本件JVの設立により、インフラを自ら有するとともに、将来的にも豊富な埋蔵量を有する鉱山を数多く有する両当事会社間に協調関係が生じることとなる。塊鉱の世界海上貿易市場における両当事会社の市場シェアは約55~60%、第1位となり、行為後のHHIは約3,750~3,850と非常に高く、HHIの増分も約1,750~1,850と極めて大きい。両当事会社に続く供給者の市場シェアは、約10~15%にとどまり、両当事会社との市場シェアの格差は大きい。

b 東アジア地域が世界の需要を引き続き牽引していくと見込まれるところ、両当事会社の鉱山は西オーストラリアに所在しており、需要の大半を占める東アジアに近く、海上輸送費の面で他の競争事業者よりも有利な状況にある。両当事会社は、品質面や海上輸送費の面で同等であり、鉄鋼会社にとって相互に代替的な供給者であるため、両当事会社間で競争関係が維持されることが重要である。両当事会社はこれまで、異なる販売戦略をとり競争を行ってきている。このような状況の中で、本件JVの設立により両当事会社間に協調関係が生じることが、塊鉱の世界海上貿易市場の競争に与える影響は大きい。

c 前記aで述べたとおり、本件JVの設立により、塊鉱の世界海上貿易市場において、両当事会社の市場シェアは約55~60%と高く、それ以外の供給者との市場シェアの格差は大きい。また、鉄鉱石の生産能力の拡張のために要する期間は長期に及ぶ。このため、各期の生産量決定や販売戦略決定の局面において、両当事会社が生産量を削減する戦略など競争制限的な戦略をとった場合、それ以外の供給者は有効な牽制力とはならないと考えられる。その上、当該供給者は、需要の大半を占める東アジアから遠く、両当事会社と比較して海上輸送費の面で不利な状況にあるほか、供給余力を有していない状況にあると考えられる。また、近年の鉄鉱石需要の急増に伴う需給のひっ迫及び供給側の寡占化により、需要者からの競争圧力が働いている状況にはない。したがって、塊鉱の世界海上貿易市場における競争が実質的に制限されることとなると考えられる。

d なお、鉄鉱石の生産能力の拡張のために要する期間は長期に及ぶところ、長期的にみて両当事会社に対する有効な牽制力となり得る供給者がいるかについて検討すると、塊鉱については、埋蔵量やコストの面で、低コストで大量の塊鉱を産出する鉱山を有しているのは両当事会社のみであり、それ以外の供給者はそのような鉱山を有しておらず、海上輸送費の面でも不利な状況にある。また、小規模事業者は、実態面及び制度上の参入障壁が高く、事業への新規参入や生産能力の拡張が困難な状況にある。このため、両当事会社が生産能力の拡張を遅延又は中止したような場合に、それ以外の供給者が十分な規模の生産能力の拡張を行うとは考えられない。したがって、長期的にみても、両当事会社に対する有効な牽制力となり得る供給者は存在しない。

(イ) 協調的行動による競争の実質的制限

塊鉱の世界海上貿易市場において、両当事会社に対する有効な牽制力となる供給者は存在しないことから、両当事会社と競争事業者の間における協調的行動による競争の実質的制限について検討する必要はない。

イ 粉鉱

(ア) 単独行動による競争の実質的制限

a 本件JVの設立により、インフラを自ら有するとともに、将来的にも豊富な埋蔵量を有する鉱山を数多く有する両当事会社間に協調関係が生じることとなる。粉鉱の世界海上貿易市場における両当事会社の市場シェアは約40~45%、第1位となる。行為後のHHIは約2,450~2,550であって、HHIの増分は約750~850と大きい。

b 東アジア地域が世界の需要を引き続き牽引していくと見込まれるところ、両当事会社の鉱山は西オーストラリアに所在しており、需要の大半を占める東アジアに近く、海上輸送費の面で他の競争事業者よりも有利な状況にある。両当事会社は、品質面や海上輸送費の面で同等であり、鉄鋼会社にとって相互に代替的な供給者であるため、両当事会社間で競争関係が維持されることが重要である。両当事会社はこれまで、異なる販売戦略をとり競争を行ってきている。このような状況の中で、本件JVの設立により両当事会社間に協調関係が生じることが、粉鉱の世界海上貿易市場の競争に与える影響は大きい。

c 前記aで述べたとおり、本件JVの設立により、粉鉱の世界海上貿易市場において、両当事会社の市場シェアは約40~45%となるところ、両当事会社のほかに有力な競争事業者が1社存在する。当該競争事業者の鉱山は、需要の大半を占める東アジアから遠く、両当事会社と比較して海上輸送費の面で不利な状況にあるほか、鉄鉱石の生産能力の拡張のために要する期間が長期に及ぶ中で現時点において供給余力を有していないと考えられることから、各期の生産量決定や販売戦略決定の局面において、両当事会社が生産量を削減する戦略など競争制限的な戦略をとった場合、有効な牽制力とはならないと考えられる。また、それ以外の供給者の規模は相対的に小さいことから、有効な牽制力とはならないと考えられる上、供給余力を有していない状況にあると考えられる。さらに、近年の鉄鉱石需要の急増に伴う需給のひっ迫及び供給側の寡占化により、需要者からの競争圧力が働いている状況にはない。したがって、粉鉱の世界海上貿易市場における競争が実質的に制限されることとなると考えられる。

d なお、鉄鉱石の生産能力の拡張のために要する期間は長期に及ぶところ、長期的にみて両当事会社に対する有効な牽制力となり得る供給者がいるかについて検討すると、両当事会社に次ぐ供給者として、約25~30%の市場シェアを有する競争事業者が1社存在するが、引き続き需要の大半を占めると見込まれる東アジアから当該事業者の鉱山は遠く、両当事会社と比較して海上輸送費の面で不利な状況にある。また、それ以外の小規模事業者にとっては、実態面及び制度上の参入障壁が高く、ごく一部を除き新規参入や新規拡張が困難な状況にある。このため、両当事会社が生産能力の拡張を遅延・中止したような場合に、それ以外の供給者が十分な規模で生産能力の拡張を行うことは期待できない。したがって、長期的にみても、両当事会社に対する有効な牽制力となり得る供給者は存在しない。

(イ) 協調的行動による競争の実質的制限

a 粉鉱について、両当事会社にとって有力な競争事業者が1社存在するが、前記(ア)のとおり、引き続き需要の大半を占めると見込まれる東アジアから当該事業者の鉱山は遠く、両当事会社と比較して海上輸送費の面で不利な状況にあるとともに、十分な供給余力を有していないと考えられ、両当事会社に対する有効な牽制力となっていないと評価できる。

b 市場環境が変化し、前記aの有力な競争事業者が両当事会社に対する牽制力となり得るとしても、本件JVの設立により両当事会社が各期の供給する量及び販売戦略において協調的な行動をとることが容易に予想されることから、当該有力な競争事業者にとって、両当事会社と協調的に供給量を制限するといった行動をとること及びそのような協調的な行動を前提として鉄鋼会社との取引において有利な条件を引き出すことが利益となる。このように、本件JVの設立後、両当事会社とその競争事業者が協調的行動をとることにより、粉鉱の価格等をある程度自由に左右することが容易に現出し得るので、粉鉱の世界海上貿易市場における競争が実質的に制限されることとなると考えられる。

c なお、市場環境が変化し、前記aの有力な競争事業者が長期的な観点、つまり生産能力拡張面で両当事会社に対する牽制力になり得るとしても、本件JVの設立により両当事会社は生産能力拡張を共同で行うこととなり、生産能力拡張のインセンティブも減退することが容易に予想される。このため、当該有力な競争事業者にとっても、生産能力拡張面で両当事会社と協調的な行動をとることが利益となると考えられる。このように、本件JV設立後、両当事会社とその競争事業者の間で生産能力拡張面でも協調的行動がとられやすいと考えられる。

6 結論

以上の状況から、本件JVの設立により、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなるおそれがある旨の問題点の指摘を行ったところ、両当事会社は本件JVの設立計画を撤回する旨を公表した。

(参考)海外競争当局との連絡調整

本件については、当委員会のほか、豪州競争・消費者委員会(Australian Competitionand Consumer Commission)、欧州委員会(European Commission)、ドイツ連邦カルテル庁(German Federal Cartel Office)及び韓国公正取引委員会(Korea Fair Trade Commission)も審査を行っていたことから、当委員会は、両当事会社の了解を得て、これら競争当局との間で情報交換を行いつつ本件JVについての事前相談に関する審査を進めた。

事例2 アジレント・テクノロジーズによるバリアン・インクの株式取得

1 本件の概要

本件は、分析機器等の製造販売事業を営むアジレント・テクノロジーズ・インク(本社米国。以下「Agilent」という。)が、同事業を営むバリアン・インク(本社米国。以下「Varian」という。)の発行済株式の全てを取得するものである。関係法条は独占禁止法第10条である。

なお、平成21年独占禁止法改正法(平成22年1月1日施行)により、会社の株式取得について、合併等の他の企業結合と同様に事前届出制が導入されたところ、本件は、株式取得に係る事前届出を受け、報告等の要請を行って詳細な調査を行った初めての案件である。

2 一定の取引分野

(1) 商品範囲

当事会社で競合する各種の分析機器のうち、競争に及ぼす影響が大きいと考えられる品目は、「マイクロ/ポータブルGC」、「トリプル四重極GC-MS」及び「ICP-MS」の3品目である。

ア マイクロ/ポータブルGC

GC(ガス・クロマトグラフ)は、揮発性の試料を個々の成分に分離し特定の物質が含まれているか否かを分析する装置であるところ、携帯型のGCである「マイクロ/ポータブルGC」を商品範囲として画定した。

イ トリプル四重極GC-MS

GC-MS(ガス・クロマトグラフィ質量分析装置)は、揮発性の試料をGCで個々の成分に分離した後、各成分の物質及び含有量を分析する装置であるところ、4本の棒(四重極)を3本直列に並べたことで、高精度な分析が可能なGC-MSである「トリプル四重極GC-MS」を商品範囲として画定した。

ウ ICP-MS

ICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析装置)とは、試料中の元素及びその含有量の分析において、ICP(誘導結合プラズマ)により元素をイオン化することで、高感度な分析が可能な分析装置のことであり、「ICP-MS」を商品範囲として画定した。

(2) 地理的範囲

当事会社は、世界各地において分析機器の販売を行っており、日本においても、それぞれの日本法人等を通じて製品を販売しているところ、ユーザーは、品質やアフターサービスの充実度を重視して購入先を選択しており、おおむね日本国内に本社、代理店又は販売店を有する製造業者の製品を購入している状況にあることから、「日本全国」を地理的範囲として画定した。

3 本件行為が競争に与える影響

(1) 市場シェア
ア マイクロ/ポータブルGC

平成20年におけるマイクロ/ポータブルGCの国内市場規模は、約2億円と推定される。

本件行為により、当事会社の合算市場シェア・順位は約80%・第1位となる。また、本件行為後のHHIは約6,800、HHIの増分は約3,000であり、水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当しない。

イ トリプル四重極GC-MS

平成20年におけるトリプル四重極GC-MSの国内市場規模は、約10億円と推定される。

本件行為により、当事会社の合算市場シェア・順位は約60%・第1位となる。また、本件行為後のHHIは約4,000、HHIの増分は約700であり、水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当しない。

ウ ICP-MS

平成20年におけるICP-MSの国内市場規模は、約40億円と推定される。

本件行為により、当事会社の合算市場シェア・順位は約60%・第1位となる。また、本件行為後のHHIは約4,300、HHIの増分は約700であり、水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当しない。

(2) 当事会社からの問題解消措置の申出について

本件株式取得については、公正取引委員会だけではなく、米国連邦取引委員会(Federal Trade Commission。以下「FTC」という。)、欧州委員会(European Commission)等においても同様の調査を行っていたところ、FTC及び欧州委員会における審査の過程で、当事会社に対し、前記3製品等の取引分野における競争状態に重大な悪影響を及ぼすおそれがあるなどの指摘がされた。そのため、当事会社は、Agilentのマイクロ/ポータブルGC事業をインフィコン・ホールディング・アーゲー(INFICON HoldingAG。本社スイス。以下「INFICON」という。)に、Varianのトリプル四重極GC-MS事業及びICP-MS事業等をブルカー・コーポレーション(Bruker Corporation。本社米国。以下「Bruker」という。)に譲渡するなどの問題解消措置を申し出た。この申出を受け、FTC及び欧州委員会は、当該問題解消措置の履行を前提に本件株式取得を容認した(注)。

当委員会に対しても、Agilentから、前記と同様の問題解消措置の申出があったところ、当該問題解消措置に係る事業譲渡は、当委員会による本件株式取得の審査中に実行された。これにより、前記3製品について、本件株式取得後、日本における当事会社の市場シェアは増加しないこととなる。

また、事業譲渡先であるINFICON及びBrukerは、共に世界各地において分析機器等の販売を行っている。両社は、日本においても日本法人を通じて一定期間の販売実績があることから、分析機器に関する販売ノウハウを有しており、全国に販路を構築している。

したがって、本事業譲渡により、INFICON及びBrukerは、その日本法人を通じて、日本市場において、今後、有力な競争単位として各事業を継続・発展させることが十分可能であると考えられる。

(注) 欧州委員会が本件株式取得を容認した時点においては、これらの事業の譲渡先事業者が決定していなかったところ、欧州委員会は、譲渡先事業者について、①譲渡対象事業を維持及び発展させることができること、②当該分野において事業を展開し実績を残していること、③販売・サービスを提供できる組織を有していること、④販売チャネルがあることなどの条件を付した。

(3) 独占禁止法上の評価

当事会社が申し出た問題解消措置が履行されたことを前提とすれば、本件行為により、当事会社の単独行動又は当事会社と他の競争事業者との協調的行動によって、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

4 結論

以上の状況から、本件行為により、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

(参考)海外競争当局との連絡調整

前記のとおり、本件行為については、当委員会のほか、米国、欧州等の競争当局も同様の調査を行っていたところ、当委員会は、FTCとの間で情報交換を行いつつ審査を進めた。

事例3 JX日鉱日石エネルギー(株)及び三井丸紅液化ガス(株)による液化石油ガス事業の統合

1 本件の概要

本件は、液化石油ガス(以下「LPガス」という。)の元売事業を営むJX日鉱日石エネルギー(株)(以下「JXエネルギー」という。)が、同社のLPガス事業(同社の子会社である(株)ジャパンガスエナジーの当該事業を除く。)を分割し、同事業を営む三井丸紅液化ガス(株)(以下「三井丸紅液化ガス」という。)に吸収させた上で、三井丸紅液化ガスの議決権の50%超を取得するものである。関係法条は、独占禁止法第10条及び第15条の2である。

2 一定の取引分野

(1) 商品の概要等

LPガスは、プロパン、ブタン及びプロパンとブタンの混合ガスの総称である。このうち、混合ガスは、タンクローリーで出荷する際に、プロパン及びブタンをタンクローリー内にそれぞれ充填することにより混合しており、出荷以前は、プロパン及びブタンは別々に生産、運搬、保管等されている。

日本国内で流通するプロパン及びブタンの75%は、産ガス国からの輸入品であり、その製法は、油田から原油を生産する際に随伴するガスを分離精製する方法又はガス田から天然ガスを採集する際に分離する方法である。残りの25%のほとんどについては、石油精製プロセスにおいて副生するガスから分離する方法により、日本国内で得られたものである。輸入品と国産品の間で製品差別化はされていない。

プロパンの沸点は摂氏マイナス42.1度であるのに対し、ブタンの沸点は摂氏マイナス0.5度である。また、プロパンの1立方メートル当たりの発熱量は94,000キロジュールであるのに対し、ブタンの1立方メートル当たりの発熱量は121,000キロジュールであることから、同じ体積のガスを燃焼させた場合、ブタンの方がプロパンよりも大きい熱量を得ることができる。

用途は、プロパンが主に家庭用途、業務用途(レストラン等)、ブタンが主に工業用途(工場のボイラー燃料等)、都市ガス用途(都市ガスの原料)、自動車用途(LPガス自動車の燃料であり、プロパンとブタンの混合ガスである。)、電力用途(火力発電の燃料)、化学原料用途(石油化学基礎製品の原料)である。

プロパン及びブタンは、産ガス国から冷凍タンカーで輸送されて、1次基地で受け入れられ、1次基地からタンクローリー等によって需要者に供給されるほか、高圧タンカーにより1次基地から2次基地に転送され、2次基地からタンクローリー等によって需要者に供給されることもある。

また、プロパンは、卸売業者を介して、小売業者がユーザーに販売することが多く、ブタン(自動車用途を除く。)は、工場、都市ガス業者、電力会社、化学メーカー等のユーザーに元売業者が直接販売することが多い。

プロパン及びブタンの国内販売価格は、おおむね、サウジアラムコ社(本社サウジアラビア)が毎月公示する長期契約者向けFOB価格(注1)に基づく価格フォーミュラ(注2)により決定されている。

(注1) FOB価格とは、売主が船積港で指定の船舶に物品を積み込むまでの一切の責任と費用を持つ価格をいう。サウジアラムコ社が毎月公示するプロパン及びブタンの長期契約者向けFOB価格のことをContractprice(以下「CP」という。)という。

(注2) 価格フォーミュラとは、プロパン及びブタンの販売価格を算出する公式である。プロパン及びブタンの価格フォーミュラは、元売業者ごとに異なり、CP、輸入費用、出荷基地(1次基地、2次基地をいう。以下同じ。)費用、石油石炭税などが含まれている。

(2) 一定の取引分野の画定
ア 商品範囲

プロパンとブタンは、その組成、性能及び用途が異なっていること等に鑑みれば、プロパンとブタンとの間における需要の代替性の程度は低い。

また、元売業者等が利用する出荷基地の貯蔵タンクについて、プロパンとブタンの間で、液化温度、液化圧力等が異なっていることから、プロパン用タンクからブタン用タンク、ブタン用タンクからプロパン用タンクへの相互の切替えが容易でないため、プロパンとブタンとの間における供給の代替性の程度も低い。

したがって、「プロパン」と「ブタン」をそれぞれ商品範囲として画定した。

イ 地理的範囲

卸売業者等は、タンクローリーによる輸送コストの制約から、おおむね地域ブロックごとにプロパン及びブタンを調達している。元売業者は、おおむねCPに基づく価格フォーミュラを採用しているものの、地域ブロックで営業体制を形成しており、当該フォーミュラの改定や元売価格の交渉において、地域ブロックごとの卸売価格市況、小売価格市況、需給バランスを勘案している者もいる。

したがって、プロパン及びブタンのそれぞれについて「地域ブロック」(注3)を地理的範囲として画定した。

(注3) 地域ブロックは次のとおりである。

3 本件行為が競争に与える影響

(1) プロパン
ア 市場シェア

平成20年度におけるプロパン(元売)の市場規模(全国)は、約1203万トンである。

本件行為により、当事会社の合算市場シェア・順位、本件行為後のHHIの水準及び本件行為によるHHIの増分は、次のとおりとなる。

四国ブロックは、水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当することから、本件行為により、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

なお、沖縄ブロックは、当事会社間で競合していない。

【地域ブロック別の市場の状況】

【参考 日本全国の市場の状況】

イ 競争事業者の状況

(ア) 有力な競争事業者の存在

北海道ブロック及び東北ブロックを除く各地域ブロックについては、市場シェアが10%を超える有力な競争事業者が複数存在する。

北海道ブロック及び東北ブロックについては、有力な競争事業者が1社存在する。

(イ) 競争事業者の数

いずれの地域ブロックにおいても、競争事業者が複数存在する。

(ウ) 競争事業者の出荷基地

東北、関東、中部、近畿、中国及び九州の各地域ブロックについては、複数の競争事業者が自社の出荷基地(自社又は自社のグループ会社が所有する出荷基地のほか、自社が他の事業者と出資する共同出資会社が保有する出荷基地、長期基地利用契約に基づき自社が使用できる出荷基地を含む。以下同じ。)を保有している。

北海道ブロックについては、競争事業者1社が自社の出荷基地を保有している。

(エ) 競争事業者の供給余力

競争事業者の供給余力について、現在の供給体制となって以降、過去最大となった供給量から平成20年度の供給量を除いた数量を供給余力とみなして推計したところ、北海道ブロック及び九州ブロックを除く各地域ブロックについて、競争事業者が供給余力を有していると認められる。

ウ 輸入

関東ブロックに所在する一部の大口需要者は、商社と輸入代行契約を締結し、当該商社を通じて、プロパンを輸入している。近畿ブロックに所在する大口需要者は、将来的にプロパンを輸入する可能性を有している。さらに、九州ブロックの一部の卸売業者は、高圧タンカーを用いて、韓国から自社が保有する2次基地にプロパンを輸入している。

したがって、関東、近畿及び九州の各地域ブロックについて、輸入圧力が一定程度存在すると認められる。

エ 隣接市場からの競争圧力

(ア) 競合品

プロパンは、主に家庭用途、業務用途として使用されるところ、電気、都市ガスなどが競合品である。

プロパンのユーザーである一般家庭等は、家庭用エネルギーとして、オール電化住宅による電気や都市ガスを選択肢としているところ、住宅の建替え時などにプロパンからオール電化住宅による電気に切り替える動きや、都市ガスの導管の延伸に伴いプロパンから都市ガスに切り替える動きがあり、プロパンは、他のエネルギーに転換されている傾向にある。

したがって、いずれの地域ブロックにおいても、競合品からの競争圧力が一定程度存在すると認められる。

(イ) 地理的に隣接する市場の状況

北海道ブロックを除く各地域ブロックについて、他の地域ブロックと隣接する県などの需要者は、隣接する地域ブロックの出荷基地からプロパンを調達することが可能である。

北海道ブロックは、本州と陸路でつながっていないので、隣接する地域ブロックの出荷基地からプロパンを調達することが困難である。

したがって、北海道ブロックを除く各地域ブロックについて、地理的に隣接する市場からの競争圧力が一定程度存在すると認められる。

オ 需要者からの競争圧力

プロパン小売市場において、家庭用及び業務用のプロパン需要に大きな伸びが期待できないにもかかわらず、日本国内で約24,000社の小売業者が存在しているところ、平成8年の液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律改正後、6,000社以上が転廃業しており、激しい競争が行われていること、また、卸売業者は、取引先元売業者の調達先切替えが可能であること等に鑑みれば、いずれの地域ブロックにおいても、需要者からの競争圧力が一定程度存在すると認められる。

カ 独占禁止法上の評価

前記の状況に鑑みると、各地域ブロックの独占禁止法上の評価は次のとおりとなる。

(ア) 関東、中部、近畿及び中国の各地域ブロック

関東、中部、近畿及び中国の各地域ブロックについては、有力な競争事業者が複数存在すること、複数の競争事業者が自社の出荷基地を保有していること、競争事業者が複数存在すること、競争事業者が供給余力を有すること、関東及び近畿の各地域ブロックについては輸入圧力が一定程度存在すること、電気、都市ガス等の競合品からの競争圧力が一定程度存在すること、地理的に隣接する市場からの競争圧力が一定程度存在すること、需要者からの競争圧力が一定程度存在することから、本件行為により、当事会社の単独行動又は当事会社と他の競争事業者との協調的行動によって、関東、中部、近畿及び中国の各地域ブロックにおける競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

(イ) 東北ブロック

東北ブロックについては、有力な競争事業者が1社存在し、当該競争事業者を含む複数の競争事業者が自社の出荷基地を保有していること、競争事業者が複数存在していること、競争事業者が供給余力を有すること、電気、都市ガス等の競合品からの競争圧力が一定程度存在すること、東北ブロックは競争事業者の出荷基地がある茨城県と隣接していることから地理的に隣接する市場からの競争圧力が一定程度存在すること、需要者からの競争圧力が一定程度存在することから、本件行為により、当事会社の単独行動又は当事会社と他の競争事業者との協調的行動によって、東北ブロックにおける競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

(ウ) 九州ブロック

九州ブロックについては、有力な競争事業者が2社存在し、当該競争事業者を含む複数の競争事業者が自社の出荷基地を保有していること、競争事業者が複数存在していること、2次基地を保有する卸売業者が韓国からプロパンを輸入するなど輸入圧力が他の地域ブロックに比べて強いと考えられること、電気、都市ガス等の競合品からの競争圧力が一定程度存在すること、九州ブロックは競争事業者の出荷基地がある山口県と隣接していることから地理的に隣接する市場からの競争圧力が一定程度存在すること、需要者からの競争圧力が一定程度存在することから、本件行為により、当事会社の単独行動又は当事会社と他の競争事業者との協調的行動によって、九州ブロックにおける競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

(エ) 北海道ブロック

a 競争上の懸念

北海道ブロックについては、有力な競争事業者が1社存在し、競合品、需要者からの競争圧力が一定程度存在するものの、本件行為により競争事業者の数が実質的に1社となるとともに、競争事業者が供給余力を有していると確認できない。また、北海道ブロックは、本州と陸路でつながっていないので、需要者は、他の地域ブロックの出荷基地から調達することもできず、地理的に隣接する市場からの競争圧力も働いていない。したがって、本件行為により、当事会社の単独行動又は当事会社と他の競争事業者との協調的行動によって、北海道ブロックにおける競争を実質的に制限することとなるおそれがあると判断した。

b 問題解消措置とその評価

前記aの競争上の懸念を解消するため、当事会社から問題解消措置の申出があった。

(a) 内容

当事会社は、他の複数の元売業者と消費寄託契約(注4)を締結して、当該元売業者が当事会社の利用する北海道ブロック内の出荷基地を利用できるようにする。

(注4) 消費寄託契約とは、元売業者が自らのプロパンを相手先元売業者の出荷基地に実際に寄託して、当該基地からプロパンを出荷することを可能とする元売業者間の契約である。元売業者間で消費寄託契約を締結することで、自社の出荷基地が無い地域でもプロパンを出荷できるようになる。

(b) 評価

本件問題解消措置により有効な競争事業者を新たに創出できるものと考えられる。

したがって、当事会社が申し出た問題解消措置が確実に履行された場合には、本件行為により、当事会社の単独行動又は当事会社と他の競争事業者との協調的行動によって、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

(2) ブタン
ア 市場シェア

平成20年度におけるブタン元売業の市場規模(全国)は、約530万トンである。

本件行為により、当事会社の合算市場シェア・順位、本件行為後のHHIの水準及び本件行為によるHHIの増分は、次のとおりとなる。

近畿、中国及び四国の各地域ブロックは、水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当することから、本件行為により、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

なお、沖縄ブロックは、当事会社間で競合していない。

【地域ブロック別の市場の状況】

【参考 日本全国の市場の状況】

イ 競争事業者の状況

(ア) 有力な競争事業者の存在

北海道ブロック及び東北ブロックを除く各地域ブロックには、市場シェアが10%を超える有力な競争事業者が複数存在する。

北海道及び東北の各地域ブロックには、有力な競争事業者が1社存在する。

(イ) 競争事業者の数

いずれの地域ブロックにおいても、競争事業者が複数存在する。

(ウ) 競争事業者の出荷基地

関東、中部及び九州の各地域ブロックについては、複数の競争事業者が自社の出荷基地を保有している。

北海道及び東北の各地域ブロックについては、競争事業者1社が自社の出荷基地を保有している。

(エ) 競争事業者の供給余力

競争事業者の供給余力について、現在の供給体制となって以降、過去最大となった供給量から平成20年度の供給量を除いた数量を供給余力とみなして推計したところ、いずれの地域ブロックについても、競争事業者が供給余力を有していると認められる。

ウ 輸入

関東及び九州の各地域ブロックの一部の大口需要者は、自ら又は商社と輸入代行契約を締結し、当該商社を通じて、ブタンを輸入しているしたがって、関東及び九州の各地域ブロックについて、輸入圧力は一定程度存在すると認められる。

エ 参入

北海道ブロックについて、他の地域ブロックで元売業を営む事業者が一定規模で参入する計画を有していることから、北海道ブロックにおいて、参入圧力が一定程度存在すると認められる。

オ 隣接市場からの競争圧力

(ア) 競合品

ブタンは、主に工業用途、都市ガス用途、自動車用途、化学原料用途として使用されているところ、用途ごとの主な競合品は、工業用途が天然ガス、都市ガス用途が天然ガス、自動車用途がハイブリッド自動車等によるガソリン及び電気、化学原料用途がナフサである。

いずれの用途においても、ブタンは、他のエネルギーに置き換えられる傾向があるか、相互に代替的に使用されている。

したがって、いずれの地域ブロックにおいても、競合品からの競争圧力が存在すると認められる。

(イ) 地理的に隣接する市場の状況

北海道ブロックを除く各地域ブロックについて、他の地域ブロックと隣接する県などの需要者は、隣接する地域ブロックの出荷基地から調達することが可能である。

北海道ブロックは、本州と陸路でつながっていないので、隣接する地域ブロックの出荷基地からブタンを調達することが困難である。

したがって、北海道ブロックを除く各地域ブロックについて、地理的に隣接する市場からの競争圧力が一定程度存在すると認められる。

カ 需要者からの競争圧力

後記(ア)及び(イ)の理由から、いずれの地域ブロックにおいても、需要者からの競争圧力が存在すると認められる。

(ア) 需要者の競争状況

ブタンは、主に工場や都市ガス業者のような大口需要者に供給されているところ、これらの事業者は、複数の卸売業者等から調達したり、入札を実施してブタンを調達するなど、調達価格次第で取引する卸売業者等を切り替えているほか、元売業者から直接調達する割合もプロパンに比べてかなり高い。

また、プロパンがシリンダーに小分けされて一般家庭等に供給されているのに対し、ブタンは、タンクローリーで大量に一つの需要者に供給されるため、プロパンに比べ、卸売業者のマージンが小さいことから、卸売業者等は、販売先を確保するために激しい競争を行っており、当事会社からできるだけ低い価格でブタンを購入しようとしている。

(イ) 取引先変更の容易性

元売業者からブタンを調達する需要者は、複数の元売業者からブタンを調達しており、また、需要者がタンクローリーを手配して、自らが元売業者の出荷基地に赴き、ブタンを調達することも多い。このような状況にあるため、需要者は、調達先の切替えが容易となっている

キ 独占禁止法上の評価

前記の状況に鑑みると、各地域ブロックの独占禁止法上の評価は次のとおりとなる。

(ア) 関東及び中部の各地域ブロック

関東及び中部の各地域ブロックについては、有力な競争事業者が複数存在すること、複数の競争事業者が自社の出荷基地を保有していること、競争事業者が複数存在すること、競争事業者が供給余力を有していること、関東ブロックについて輸入圧力が一定程度存在すること、都市ガス等の競合品からの競争圧力が存在すること、地理的に隣接する市場からの競争圧力が一定程度存在すること、需要者からの競争圧力が存在することから、本件行為により、当事会社の単独行動又は当事会社と他の競争事業者との協調的行動によって、関東及び中部の各地域ブロックにおける競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

(イ) 北海道ブロック

北海道ブロックについては、有力な競争事業者が1社存在し、同社が自社の出荷基地を保有していること、競争事業者が複数存在すること、競争事業者が供給余力を有していること、他の地域ブロックで元売業を営む事業者が参入を計画していることから参入圧力が一定程度存在すること、都市ガス等の競合品からの競争圧力が存在すること、需要者からの競争圧力が存在することから、本件行為により、当事会社の単独行動又は当事会社と他の競争事業者との協調的行動によって、北海道ブロックにおける競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

(ウ) 九州ブロック

九州ブロックについては、有力な競争事業者が2社存在し、当該競争事業者を含む複数の競争事業者が自社の出荷基地を保有していること、競争事業者が供給余力を有していること、九州ブロックではユーザーによる輸入が行われていることなど、輸入圧力が他の地域ブロックよりも強いと考えられること、都市ガス等の競合品からの競争圧力が存在すること、九州ブロックは競争事業者の出荷基地がある山口県と隣接していることから地理的に隣接する市場からの競争圧力が一定程度存在すること、需要者からの競争圧力が存在することから、本件行為により、当事会社の単独行動又は当事会社と他の競争事業者との協調的行動によって、九州ブロックにおける競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

(エ) 東北ブロック

a 競争上の懸念

東北ブロックについては、有力な競争事業者が1社存在し、同社が自社の出荷基地を保有していること、競争事業者が複数存在すること、競争事業者が供給余力を有していること、都市ガス等の競合品からの競争圧力が存在すること、東北ブロックは競争事業者の出荷基地がある茨城県と隣接していることから地理的に隣接する市場からの競争圧力が一定程度存在すること、需要者からの競争圧力が存在することといった考慮事項が認められるものの、仮に本件行為後に当事会社が競争事業者とのバーター取引(注5)を解除した場合、当事会社とバーター取引をする競争事業者の市場シェアが減少し、当事会社の市場シェアが更に高まるとともに、当事会社と有力な競争事業者で市場をほぼ複占することとなる。したがって、当事会社が仮にバーター取引を継続しなければ、本件行為により、当事会社の単独行動又は当事会社と他の競争事業者との協調的行動によって、東北ブロックにおける競争を実質的に制限することとなるおそれがあると判断した。

(注5) バーター取引とは、相互の出荷基地からブタンを供給し合う等量等価を原則とする売買取引をいう。元売業者間でバーター取引を行うことで、自社の出荷基地が無い地域でもブタンを出荷することができるようになる。

b 問題解消措置とその評価

前記aの競争上の懸念を解消するため、当事会社から問題解消措置の申出があった。

(a) 内容

当事会社は、現在、当事会社が保有する東北ブロックの出荷基地からバーター取引によりブタンの供給を受けている他の元売業者(以下「取引相手方」という。)から要請があれば、引き続き、取引相手方のブタンに係るバーター取引の現状を維持する。

(b) 評価

本件問題解消措置により、当事会社の東北ブロックにおけるブタンに係るバーター取引の現状が維持されることとなり、競争事業者の供給体制が維持されることとなる。

したがって、当事会社が申し出た問題解消措置が確実に履行された場合には、本件行為により、当事会社の単独行動又は当事会社と他の競争事業者との協調的行動によって、東北ブロックにおける競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

4 結論

以上の状況から、本件行為により、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。