国債取引に関する電子サイトを利用した私設取引システムについて

 公正取引委員会は,事業者等の活動に係る事前相談制度に基づく,エンサイドットコム証券株式会社(以下「エンサイ」という。)からの相談の申出について,平成13年12月27日,下記のとおり回答を行った。

1 本件相談に係る行為

(1)基本システム

 エンサイは,以下のとおり,インターネット又はエンサイ専用ネットワークを利用して国債の売買を行うためのインフラを構築し,証券会社と機関投資家の現物の国債売買取引の場(電子サイト)を提供することを業務としている。この電子サイトを通じて,参加証券会社は,取引の対象となる国債の各銘柄について,電子サイト上で気配値(注)を機関投資家に提示し,機関投資家がその中から選択して売買取引を行うものである。
 (注)証券会社は,その価格であれば機関投資家からの売買注文に現時点においては応じるという意思表示として,各銘柄ごとにそれぞれ独自の金利分析や市場調査に基づいて算定した気配値を機関投資家に提供している。具体的には,(1)国債の先物市場の動き,(2)外為市場の動き,(3)日銀の金融政策などの情報を参考として気配値を算定しており,証券会社,銘柄,市場環境により異なるが,数秒から数十秒ごとに更新されている。気配値は,いわば売買の目安になる価格である。

(2)機関投資家に提示される価格情報等

 機関投資家がエンサイの電子サイト上で,表示させたい年限(10年債等)の銘柄に関する価格情報画面にアクセスすると,当該年限の銘柄が表示され,それぞれの銘柄についての現時点での最良気配値が表示される(図1参照。証券会社は,この価格情報画面を見ることはできない。)。なお,最良気配値は,数秒から数十秒ごとに更新されるものと予想される。
 この「最良気配値」とは,機関投資家が取引する証券会社が配信する国債の銘柄ごとの気配値の中で,機関投資家にとって最も有利な価格(証券会社の「売り」(オファー)の場合には利回りの最も高いもの,同じく「買い」(ビッド)の場合には利回りの最も低いもの)であり,自動的に決定される。
 機関投資家は,さらに各銘柄ごとに,各証券会社がそれぞれどのような気配値を提示しているかを見ることもできる。

 図1(価格情報画面)<抜粋>

ディーラー(最良気配値を提示する証券会社数)
数量(売買可能な額(単位:億円)) オファー(最良気配値(利回り表示,単位:%)) 銘柄
7 30 1.330 234
5 20 1.280 233

(3)エンサイが提供するサービス

ア 即時発注

 機関投資家が,最良気配値などが掲示された価格情報画面を見て,当該最良気配値を配信した証券会社に対し,その気配値で注文を出し,エンサイが一律に定める合理的制限時間内に,当該証券会社からの返事を得て取引を確定し,取引を即時に執行させるシステムである。

イ 引き合い

 機関投資家が,最良気配値などが掲示された価格情報画面を見て,あらかじめ選んだ銘柄,売り・買いの別,取引額面を前提条件に,価格提示要請を5社以内の証券会社に向けて同時に行い,これらの証券会社が提示する価格(利回り)の中から選択して一社に注文するシステムである。

ウ 証券会社に対する最良気配値のフィードバックサービス

(ア) エンサイは,国債の各銘柄の最良気配値が更新される都度,これを各参加証券会社にフィードバックする。なお,機関投資家に提供される最良気配値は,前記のとおり,当該機関投資家が取引する証券会社が配信する気配値の中から抽出されるものであるのに対し,各参加証券会社にフィードバックされる最良気配値は,エンサイに参加するすべての証券会社が配信する気配値の中から抽出されるものである。
 また,各証券会社にフィードバックされる情報は,銘柄と最良気配値のみであり,最良気配値を提示した証券会社名その他の情報はフィードバックされない。

(イ) エンサイは,最良気配値を証券会社にフィードバックすることによって,参加証券会社が最良気配値という客観的な市場情報を適時に入手することができ,これに基づいた公正妥当な競争に基づく価格決定が可能となり,国債取引の健全な活性化を促進するとしている。
 また,ある参加証券会社が特定銘柄の価格(気配値)を他社の価格と比較して著しく不合理な水準に決定してしまった場合,機関投資家はエンサイの価格情報画面を通じて,当該価格が不合理なものであると認識しつつ,当該銘柄の取引を行うことができるのに対し,証券会社は,自社の価格設定(プライシング)が不合理なものかどうかその時点では判断できない。このように,機関投資家がノーリスクで容易に取引の売却益を得る一方で,証券会社が一方的にリスクを負うという事態を回避し,国債取引の公平性を担保するために,証券会社に対し客観的な市場情報である最良気配値をフィードバックすることが必要となるとしている。

 図2

2 相談に対する考え方

(1)一定の取引分野

 国債は,元本及び利息が保証されることから安全性が高く,また,発行量も流通量も多いため換金性にも優れていることから,他の金利商品では完全には代替できない商品特性を持っている。また,債券市場で流通する国債は,CD(譲渡性預金)やCP(コマーシャル・ペーパー)等の短期金融市場の商品とも異なる。さらに,国債の先物取引は,現物取引のリスクをヘッジする手段としてなされるものであることから,現物取引とはそもそも性格が異なるものといえる。
 したがって,本件相談では,証券会社の機関投資家向けの国債(割引短期国債を除く。以下同じ。)の現物取引を一定の取引分野とすることが適当である。

(2)本件システムに対する基本的考え方

ア 本件システムの構築自体は,参加する証券会社及び機関投資家の取引に係るコストを削減するとともに,機関投資家が国債の各銘柄についての各証券会社の価格情報等を同時に参照することを可能とすることを通じて,取引機会を拡大することになることから,競争促進効果を有するものと考えられる。

イ 本件システムの仕組みをみると,
(ア) 本件システムでは,エンサイに集まる取引情報について,エンサイと各証券会社及び証券会社間の情報交換は厳格に規制されていること
(イ) エンサイが証券会社及び機関投資家に対して,自社サイトでの取引を義務付けたり,他のサイトの利用を制限するような契約条項等はみられないこと
(ウ) エンサイへの参加は,証券会社,機関投資家とも基本的にはオープンなものとなっていることから,競争制限的なものとならないような仕組みとなっている。

ウ また,本件システムでエンサイが開始するサービスのうち,即時発注及び引き合いについては,各証券会社が提示する価格情報を機関投資家に配信し,それを参考にして当該機関投資家が証券会社を選定し,個別に証券会社と取引するものである。したがって,エンサイのサイトを利用する点を除けば,各証券会社がそれぞれ独自のシステムを使って機関投資家と取引することと基本的には同じであることから,直ちに独占禁止法上問題となるものではない。

エ しかし,エンサイが,参加証券会社に対して最良気配値を提供することについては,次のとおり慎重に検討する必要がある。

(3)証券会社に最良気配値をフィードバックすることについて

ア 考え方の方向

(ア) エンサイのシステムでは,即時発注は,証券会社が配信する気配値によって機関投資家が取引を決定するというシステムであり,引き合いについても,証券会社が配信する気配値によって機関投資家が引き合いの対象となる証券会社を決定することから,エンサイにおいて提供される気配値は売買価格に極めて近い性格のものであるということができる。
 気配値は,上記のような性格を有するところ,本件ではエンサイが国債の売買差益により収益を得る証券会社に対して最良気配値を提供することが,証券会社間に国債の売買価格についての共通の目安を与え,各社間で国債の売買価格に関する暗黙の了解又は共通の意思の形成につながることとなるかどうかが問題となる。

(イ) 本件のように電子商取引における参加事業者間の情報の共有化が競争制限的な行為を促し,独占禁止法上問題となるかどうかについては,主に,以下の事項,すなわち,
(1) 当該電子商取引の対象となる市場が競争的とはいえないか
(2) 電子商取引を運営する事業者が参加事業者の出資により設立されたものか
(3) 競争関係にある事業者間で情報が共有されるものか
(4) 共有される情報が競争手段の具体的な内容に関するものか
(5) 共有される情報が新しいものか(現在又は将来の取引に関するものか)
(6) 共有される情報が非公表か(需要者を含めて広く提供されないのか)
にどの程度当てはまるかを総合的に検討した上で判断する必要がある。

イ 本件に関する検討

(ア) 前記(1)について,国債の売買取引において証券会社は,数秒から数十秒ごとに気配値を更新するように,常に少しでも他の証券会社よりも有利な条件を機関投資家に提示することによって,売買注文を得ようとするものであり,機関投資家も収集した情報を独自に分析し,実際に売買を行うに際しても複数の証券会社から取引条件を出させた上で判断していることから,証券会社間で活発な競争が行われているといえる。
 一方,前記(2)について,エンサイは,証券会社の出資により設立されたものであり,また,前記(3)及び(6)について,最良気配値は,エンサイに参加する証券会社のみが利用可能であり,非公表である。なお,参加する機関投資家にも最良気配値は配信されるが,これは当該機関投資家が取引する証券会社から抽出されるものであることから,各証券会社に提供される最良気配値と同じものとは限らない。

(イ) 前記(4)及び(5)について,国債の売買において,証券会社の競争手段となり得るのは国債の売買価格であり,この売買価格に極めて近い性格を有する気配値について,エンサイはその最良気配値を各証券会社に提供することとなる。最良気配値は,各銘柄ごとに,おおむね数秒から数十秒ごとに更新されていくと推測されるものの,当該気配値は最新時点のものであり,正にリアルタイムの動きといえる。また,各社の示す気配値は,日々の取引の経験に基づく相場観からほぼ同一水準となること,気配値が数秒から数十秒ごとに更新されていくとしても一般的には大きな変動はないといった性格を有する。

(ウ) 以上からすれば,エンサイが,競争を活発に行っている証券会社に対して最良気配値をフィードバックすることは,国債の売買価格についての透明性を高め,証券会社間の競争を促進する効果をもたらし,直ちに独占禁止法上問題とはならないと考えられるが,一方で,最良気配値が,各社が次に気配値を配信する際の目安となる可能性を否定することはできない。

3 結論

 以上により,事前相談申出書に記載されたエンサイの行為は,直ちに独占禁止法上問題となるものではない。
 ただし,エンサイが証券会社にリアルタイムで最良気配値をフィードバックすることについては,証券会社間に国債の売買価格についての共通の目安を与え,各社間で国債の売買価格に関する暗黙の了解又は共通の意思の形成につながる可能性があることを現時点で否定することはできない。仮に,今後,エンサイのサイトを利用して,証券会社間で国債の売買価格に関して情報交換を行うなど,暗黙の了解又は共通の意思が形成されれば,独占禁止法上問題となるので,このようなことがないよう十分留意する必要がある。
 なお,本回答に際しての判断の基礎となった事実に変更が生じた場合その他本回答を維持することが適当ではないと認められる場合には,文書により本回答の全部又は一部を撤回することがある。この場合は,このような撤回をした後でなければ,本件相談の対象とされた行為について,法的措置を採ることはない。

 (注) 本件相談は,申出者から回答の公表延期の希望があり,この理由が相当と認められたことから,平成14年3月14日に公表した。

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