第1部 総 論
第1 概 説
平成元年度の我が国経済は,力強い民間設備投資や堅調な個人消費に支え
られ,内需主導の経済成長を持続し,戦後ではいざなぎ景気に次ぐ息の長い
景気上昇局面となっている。
物価の動向を見ると,円安,原油価格の上昇,消費税の導入等により上昇
を見せたものの,安定基調で推移した。
輸出入の動向を見ると,世界貿易の伸びの鈍化や海外現地生産の進展等を
背景に輸出の伸びが鈍化する一方,輸入は,国内需要の好調を背景に製品類
を中心に緩やかな増加を続け,この結果,経常収支の黒字幅も着実に縮小し
た。このように,平成元年度の我が国経済は内需中心の経済成長を続けてお
り,しかもこれは持続的なものとなっている。
また,我が国の産業組織をみると,市場ニーズの多様化に対応した企業の
多角化・業際化,情報化の進展等による情報ネットワーク化,我が国企業の
海外進出等による市場のグローバル化といった特徴が見られる。
このような中で,我が国は今後とも内需主導型の経済成長を持続し,対外
不均衡の是正を図ることが必要である。また,国民生活の観点からは,内外
価格差の是正や政府規制制度の緩和を進め,我が国市場を一層開放し,消費
者の利益を確保していくことが求められている。
こうした内外の経済環境の変化に対応し,今後とも我が国経済の健全な発
展を図るためには,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下
「独占禁止法」という。)の有効かつ適正な運用により,公正かつ自由な競争
を維持・促進し,各事業者が自主的な判断や創意工夫によって活発な事業活
動を行っていけるよう競争条件を整えることが重要である。
こうした見地から,公正取引委員会は,本年度においては,次のような施
策に重点をおいて競争政策の運営に積極的に取り組んだ。
1 | 独占禁止法違反事件の処理 | ||||||||||||
市場メカニズムが有効に機能することを阻害する価格カルテル,不公正 な取引方法などの独占禁止法違反事件の処理に積極的に努めた。 本年度に行った勧告審決は10件であり,その内訳は価格カルテル事件と してシャッターの販売価格引上げ決定事件3件,紙フェノール銅張積層板 の販売価格引上げ決定事件,貸切バスの運賃等決定事件,入札談合事件と して,官公庁等の発注するビルメンテナンス業務に係る受注単価決定事件, その他の事業者団体に係る事件として関西新空港空港島の山砂海送工事に おける会員の受注先別受注量及び受注単価決定事件,不公正な取引方法に 該当する事件として生コンクリートの取引に係る事件2件,青果物用段 ボール箱の取引に係る事件がある。 警告の措置を採った主なものは,消費税の導入に先がけて料金又は販売 価格を共同して引き上げた事件,冷凍輸入牛肉の買入れ入札において落札 比率を共同して決定した事件がある。 |
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2 | 流通・取引慣行等の問題への対応 | ||||||||||||
経済のグローバル化が進展し,経済活動における相互依存関係が拡がる 中で,国際的により開かれた市場を実現するためには,公正かつ自由な競 争を促進し,市場アクセスの一層の改善を図ることが必要となっている が,海外からは,我が国の流通・取引慣行等の中には日本市場への外国事 業者の参入を阻害しているものがあると指摘されている。 また,経済力の豊かさに見合った豊かな国民生活の実現のためにも,競 争政策の観点から,我が国の流通・取引慣行等が新規参入を阻害し,消費 者の多様な選択の機会を失わせるようなことがないよう,消費者の利益を 確保する立場に立って評価・検討を進めることが必要となっている。 このような観点から,「流通・取引慣行等と競争政策に関する検討委員 会」が開催され,流通システムや事業者間の取引慣行等について競争政策 の観点から検討が行われるとともに,当委員会において欧米ブランド輸入 品,消費者の購買活動,内外価格差及び外資系企業の参入に関する各種の 実態調査を行った。 |
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3 | 日米構造問題協議への対応 | ||||||||||||
日米両国は,平成元年7月の日米首脳会談において, マクロ経済政策協 調を補完し,両国で貿易と国際収支の調整の上で障害となっている構造問 題を識別し,解決していくため,日米構造問題協議の開催を決定した。以 来,本件協議が重ねられ,平成2年6月末に東京で開催された第5回会合 において最終報告が取りまとめられた。 本件協議においては,我が国の競 争政策に関する事項が主要な政策課題の一つとして議論された。経済活動 における諸外国との相互依存関係が拡がる中で,我が国市場をより開放的 なものにすることにより,一般消費者の利益を確保し,事業者の新規参入 機会を増やすことが求められている。このような観点から我が国市場にお ける公正かつ自由な競争をより促進することが必要となっており,今後の 競争政策においては,独占禁止法違反行為に対する抑止力の強化と,法運 用の透明性の確保を図ることが特に重要である。 最終報告においては,かかる議論を踏まえ,我が国として採るべき具体 的な措置が盛り込まれているところであるが,独占禁止法違反行為に対す る抑止力の強化に関するものとしては,審査体制の拡充・強化及び法的措 置に基づく違反行為の積極的な排除,課徴金の引上げのための法改正,刑 事告発の活用,損害賠償制度の活性化等の措置がある。 また,法運用の透明性の確保に関するものとしては,勧告や課徴金納付 命令等の措置の公表,消費財の流通分野における取引,事業者間の継続的 取引及び輸入総代理店についてのガイドラインの作成・公表がある。 さらに,独占禁止法適用除外制度については,その必要性を検討すると ともに,制度を維持するものにあっても,適用対象範囲の見直しを進める こととされたほか,企業集団,個別業種の事業者間取引の実態について定 期的に調査することとされている。 当委員会では,法改正のように,最終的には立法府の判断を待たねばな らないものもあるが,我が国市湯における開かれた市場と消費者利益の確 保を図るため,これらの措置を着実に実施することとした。 |
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4 | 政府規制緩和への対応 | ||||||||||||
国際的に高い水準に達した経済力をより豊かな国民生活の実現に結び付 けるとともに,対外経済問題の解決のための経済構造調整の推進を図ると の観点から,政府規制の見直しの必要性が高まっている。 当委員会においても競争政策の観点から引き続き政府規制の見直しに ついて積極的な取組を行うとともに,規制緩和分野において規制緩和の趣 旨が損なわれるような行為が行われないよう,競争政策の適切な運営を 図った。 本年度においては,第2次行革審等における公約規制の見直しの動きも 踏まえ,学識経験者から成る「政府規制等と競争政策に関する研究会」が 開催され,物流関連分野,消費者向け財・サービス供給分野,農業関連分 野における政府規制について競争政策の観点から検討が行われた。 また,規制緩和が進んでいる電気通信分野における競争政策上の課題につ いて検討を行うため「情報通信分野競争政策研究会」が開催された。 |
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5 | 経済環境等の変化に対応した競争政策の推進 | ||||||||||||
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6 | 損害賠償制度の活用に関する検討 | ||||||||||||
独占禁止法は,私的独占,不当な取引制限又は不公正な取引方法の禁止 規定に違反した事業者に対し,無過失損害賠償責任を課しているが,近 時,独占禁止法違反行為に関する損害賠償制度についての関心が高まって きている。 このため,「独占禁止法に関する損害賠償制度研究会」が開催され,損 害賠償制度及びその運用の在り方を研究し,かつ,現行制度の運用面にお ける改善の方策について検討が行われた。 |
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7 | 下請法による中小企業の競争条件の整備 | ||||||||||||
取引関係にある事業者間で一方の事業者の取引依存度が高い場合に,取 引の相手方が不当にその地位を濫用する行為は,独占禁止法により,不公 正な取引方法として規制されている。このうち,特に下請取引において は,親事業者による優越的な地位の濫用行為が行われやすいことから,独 占禁止法の特別法として下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」とい う。)が定められているところである。 当委員会は,引き続き,中小企業の自主的な事業活動が阻害されること のないよう下請取引の公正化及び下請事業者の利益の保護を図るため,下 請法の厳正かつきめ細かな運用を行った。 また,最近,急速に拡大しつつある非製造業分野における委託取引の実 態調査の一環として,広告代理業における委託取引について,その取引実 態の把握のため調査を行った。 さらに,下請取引適正化のための都道府県との協力体制を推進するとと もに,違反行為を未然に防止するため,親事業者,親事業者の団体に対し て法遵守の要請を行うなど,下請法の周知徹底に努めた。 |
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8 | 景品表示法による消費者行政の推進 | ||||||||||||
事業者間における価格と品質についての競争を維持・促進し,一般消費 者の適正な商品選択に資するよう,独占禁止法は,不当な顧客誘引行為を 不公正な取引方法として規制している。さらに,このような不当顧客誘引 行為を有効かつ迅速に処理するため,独占禁止法の特別法として不当景品 類及び不当表示防止法(以下「景品表示法」という。)が定められていると ころである。 当委員会は,消費者向けの商品・サービスの種類や販売方法が多様化す る中で,消費者の適正な商品選択が妨げられることのないよう,引き続 き,景品表示法の適正な運用により,不当な顧客誘引行為の排除に努め た。特に,経済の国際化に伴い増加する原産国に関する不当表示事件,大 規模小売業者による不当景品・不当表示事件及びサービス産業等新規成長 分野における事件に重点的に取り組んだ。 また,景品類の提供の制限に関するすべての公正競争規約について,外 国事業者を含め新規参入の妨げとならないよう関係公正取引協議会に見直 しを指導した。 さらに,製品輸入の増大等に伴い,原産国表示の適正化の必要性が増大 してきていることから,「原産国表示問題研究会」が開催され,今後の原 産国表示規制の在り方について検討が行われた。 |
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9 | 消費税の実施に伴う対応 | ||||||||||||
昭和63年12月の消費税法の施行に伴い,当委員会では,消費税の円滑か つ適正な転嫁を図るため,前年度に引き続き,「消費税の転嫁の方法の決 定に係る共同行為」(転嫁カルテル)及び「消費税についての表示の決定 に係る共同行為」(表示カルテル)が適正に実施されるようにするととも に,消費税の実施に伴って次のような対応を行った。
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第2 業務の大要
業務別にみた本年度の業務の大要は,次のとおりである。
1 | 独占禁止法と他の経済法令との調整に関する業務としては,水産業協同 組合法の一部を改正する法律案等について,関係行政機関が立案するに当 たり,所要の調整を行った。 |
2 | 独占禁止法違反被疑事件として本年度中に審査を行った事件は270件で あり,そのうち年度内に審査を完了したものは169件であった。169件のう ち何らかの措置を採ったもの153件の内訳は,独占禁止法第48条の規定に 基づく勧告審決が10件,警告が115件,注意が28件であり,また, 違反事 実が認められなかったため審査を打ち切ったものは16件であった。勧告審 決,警告又は注意のいずれかの措置を採ったものを行為類型別にみると, 価格カルテル89件,その他のカルテル5件,不公正な取引方法50件,その 他の行為9件となっている。勧告審決を行った事件は10件であり,価格カ ルテル事件が7件,不公正な取引方法に該当する事件が3件であった。 また,6件の価格カルテル事件について,計54名に対し,総額8億349 万円の課徴金の納付を命じた。 審判中の事件は,前年度から継続中のものを含めて,独占禁止法違反被 疑事件が2件,景品表示法違反被疑事件が2件の計4件であったが,その うち本年度内に審決が行われたものはなかった。 違反事件については,必要に応じ審決執行後の状況を監査することに よって再発防止に努めており,本年度は4件の監査を実施した。 |
3 | 流通・取引慣行等に関する競争政策上の対応としては,流通・取引慣行 と競争政策に関する検討委員会が開催された。また,これに関する実態調 査として,欧米ブランド輸入品等の実態調査,消費者の購買行動の実態調 査,内外価格差に関する実態調査及び外資系企業の参入実態調査を行っ た。 |
4 | 独占禁止法第18条の2の規定に基づく価格の同調的引上げに関する報告 徴収については,ビールの1件について,価格引上げの理由を徴収した。 |
5 | 競争政策の適切な運用に資するための事業活動及び経済実態の調査のう ち本年度に実施した主なものは,独占的状態調査,生産・出荷集中度調査, 共同研究開発に関する調査,政府規制制度等に関する調査等であった。 |
6 | 独占禁止法第9条の2から第16条までの規定に基づく企業結合に関する 業務については,大規模会社の株式所有について6件の承認を行い,金融 会社の株式所有について87件の認可を行った。また,報告,届出を受理し たものは,事業会社の株式所有状況についての報告が8,193件,競争会社 間の役員兼任についての届出が4,420件,会社の合併・営業譲受け等につ いての届出が2,438件であり,これらについては所要の審査を行った。 |
7 | 独占禁止法第8条の規定に基づく事業者団体の届出件数は,成立届が 1,008件,変更届が1,879件,解散届が127件であった。 また,独占禁止法に関する理解を深め,違反行為を未然に防止するため の措置の一環として,事業者団体の活動に関する相談・指導業務を行って いる。本年度においては,事前相談制度に基づく相談はなかったが,一般 相談約600件に応じた。また, 事業者団体の活動に関する相談事例集を作 成し,公表した。 |
8 | 独占禁止法第6条の規定に基づく国際契約の届出件数は,5,367件であ り,このうち,競争品の取扱いの制限,改良技術に関する制限等不公正な 取引方法に該当するおそれのある事項を含む308件の契約について,是正 指導を行った。 |
9 | 不公正な取引方法に関する規制については,流通分野における取引の公 正化を推進するため,大規模小売業者等と納入業者との取引実態,新聞の 取引実態,流通分野における情報ネットワーク化の実態,技術取引の実態 等の調査を行った。 |
10 | 独占禁止法第24条の3に基づく不況に対処するための共同行為について は,鋼製船舶及び舶用大型ディーゼル機関の2件が平成元年4月1日から 1年間の認可期間で実施されていたが,需給状況及び市況が改善されつつ あり,今後もその傾向が予想されたことから,平成元年9月30日限りで廃 止された。平成元年10月以降,不況カルテルは実施されていない。 また,転嫁カルテル,表示カルテルについては,そのほとんどが前年度 中に届出が行われ,本年4月18以降届出があったものは,それぞれ121 件,140件,計261件の届出が行われた。 独占禁止法の適用を除外されている共同行為には,このほか,独占禁止 法以外の法律に基づき,当委員会に協議等を行った上で主務大臣が認可等 を行うものがある。共同行為の本年度末における現存数は261件であり, その大半は,中小企業の分野及び輸出取引の分野におけるものが占めてい る。 |
11 | 下請法に関する業務としては, 下請取引の公正化及び下請事業者の利益 保護を図るため,親事業者12,537社及び下請事業者73,320社に対し書面調 査等を行い,違反の事実が認められた親事業者2,419社に対して所要の措 置を採った。これらのうち,下請代金の減額を行っていたと認められた45 社の親事業者が465社の下請事業者に自主的に返還した減額分は, 総額1 億2,823万円であった。 |
12 | 景品表示法第6条の規定に基づき排除命令を行ったものは,景品関係が 2件,表示関係が4件の計6件であり,警告を行ったものは,景品関係が 389件,表示関係が399件の計788件であった。 景品表示法第10条の規定に基づき本年度中に新たに認定した公正競争規 約は,食肉の表示に関する規約4件であった。 都道府県における景品表示法関係の業務の処理状況は,同法第9条の2 の規定に基づく指示はなく,注意等の指導が4,009件(景品関係1,046件, 表示関係2,963件)であった。 |
13 | 国際関係の業務としては,経済協力開発機構(OECD),国際連合貿 易開発会議(UNCTAD)等の国際機関における競争政策関係の会議に 積極的に参加するとともに,アメリカ,EC,アジア・大洋州等の独占禁 止当局との間で競争政策や貿易摩擦問題に関して緊密な意見の交換を行っ た。 |