第10章 不公正な取引方法の指定及び運用

第1 概 説

 独占禁止法における不公正な取引方法の規制については,第19条で事業者
が不公正な取引方法を用いることを禁止しているほか,事業者及び事業者団
体が不公正な取引方法に該当する事項を内容とする国際契約を締結するこ
と,事業者団体が事業者に不公正な取引方法に該当する行為をさせるように
すること,会社及び会社以外の者が不公正な取引方法により株式を取得し又
は所有すること,会社が不公正な取引方法により役員の兼任を強制するこ
と,会社が不公正な取引方法により合併することなどの行為を禁止している
(第6条第1項,第8条第1項,第10条第1項,第13条第2項,第14条第1
項,第15条第1項等)。
 不公正な取引方法として実際に規制される行為の具体的な内容は,当委員
会が法律の枠内で告示により指定することとされている(第2条第9項,第
72条)。
 不公正な取引方法に関しては,前記の規定に違反する事件の処理のほか,
不公正な取引方法の指定に関する調査,不公正な取引方法の防止のための指
導の業務がある。
 ここ数年来,事業者の流通分野に対する関心の高まりとともに不公正な取
引方法に関する照会が増加しており,当委員会ではこれらの相談に応ずるこ
とにより違反の未然防止に努めている。

第2 特許・ノウハウライセンス契約における不公正な取引方法

事前相談の状況
 当委員会は,近年,技術取引の重要性が高まっていることにかんがみ,
平成元年2月,「特許・ノウハウライセンス契約における不公正な取引方
法の規制に関する運用基準」(以下「運用基準」という。)を公表するとと
もに契約当事者から事前に相談があれば,締結前の特許・ノウハウライセ
ンス契約中の制限条項が不公正な取引方法に該当するおそれがあるか否か
について回答する事前相談制度を導入した。
 本年度における事前相談制度に基づく相談は国内契約では3件,国際契
約では7件であった。
国内事業者間における特許・ノウハウライセンス契約に関する調査
 当委員会は,平成2年2月から3月にかけて,国内事業者間における特
許ライセンス契約の実態及び運用基準の遵守状況を把握するとともに運用
基準の周知徹底を行い,技術取引の適正化を図ることを目的として,上場
企業797社に対し,調査を実施した(回収数563社)。
 その結果,不公正な取引方法に該当することとなるおそれが強い事項を
含むという回答のあったものは,延べ59件(企業数では35社)であった。
また,不公正な取引方法に該当するおそれのある事項を含むという回答の
あったものは延べ338件(企業数では198社)であった。
 今回の調査は,国内事業者間の特許ライセンス契約の実態を把握するこ
とを目的に企業に対するアンケート方式で行ったものであること等から,
不公正な取引方法に該当することとなるおそれが強い事項については,具
体的内容について個別に事情聴取した後,実態に即して,是正のための必
要な措置を講ずることとしている。また,不公正な取引方法に該当するお
それのある事項については,その制限の内容だけではなく,ライセンサー
及びライセンシーの関連市場における地位,関連市場の状況,制限が課さ
れる期間の長さ等によっては,不公正な取引方法に該当すると判断される
ことがある旨を注意喚起することとしている。なお,関係団体に対して
は,傘下会員に運用基準を遵守し,技術取引の適正化を図るよう周知する
ことを要望した。

第3 不公正な取引方法に関する実態調査及び改善指導

大規模小売業者等の納入取引
 当委員会は,従来から,大規模小売業者等とその納入業者との取引の公
正化に関して, 各種の実態調査結果に基づき,優越的地位の濫用行為が行
われないよう指導を行っている。
 本年度においては,大規模小売業者と納入業者との取引における消費税
の転嫁に関する特別調査を行った。
 当委員会は,消費税の導入に伴い,昭和63年12月,「消費税の導入に伴
う優越的地位の濫用行為等に関する独占禁止法上の考え方」(ガイドライ
ン)を明らかにしたが,大規模小売業者等への納入取引における消費税の
転嫁状況を把握するため,平成元年6月から7月にかけて,百貨店・スー
パー等の大規模小売業者(39社)とその取引先納入業者(3,936社),私鉄
駅売店業者(15社)とその取引先納入業者(1,076社),病院等への納入業
者(810社)を対象に特別調査を実施した。
 調査結果によると,調査対象の業界によって多少の差があるものの大部
分の納入取引において消費税額分として従来単価に3%が上乗せされてい
ることから,おおむね消費税の転嫁が円滑かつ適正に行われているものと
思われる。
 しかしながら,一部ではあるが,独占禁止法に違反するおそれのある行
為が行われている疑いが見られたことから,必要に応じ当該事業者に対し
て所要の指導を行うとともに,関係業界に対して独占禁止法の遵守方につ
いて注意を喚起した。
コンピュータ・システムに関する安値入札
 地方自治体が行うコンピュータ・システムの基本計画又は設計業務の入
札において,1円等の著しく低い対価で入札している事例が認められたの
で,当委員会はこれに関連して実態調査を行った。
 地方自治体においてコンピュータ ・ システムの基本計画又は設計業務に
ついて入札が行われることは,現状では一般的ではなく,入札の対象とな
る業務の範囲も様々なケースがあるが,最近ではこれらの分野についても
入札による発注が増加し,独立した取引として行われる傾向が見られる。
また,基本計画又は設計業務に携わる事業者には,ハードウェアの製造・
販売までも行っている事業者(コンピュータ・メーカー)のみならず,こ
れを行っていない事業者(情報サービス会社等)もおり,これらの事業者
間で競争が行われている。
 このような状況の下,コンピュータ・システムの取引において有力な地
位にある事業者がコンピュータ・システムの基本計画又は設計業務の入札
において繰り返し著しく低い対価で入札する場合には,競争事業者の事業
活動を困難にさせるおそれがあり,また,コンピュータ ・ システムの詳細
設計業務については,プログラミングやハードウェアについて自社と取引
するよう誘引することともなり,不公正な取引方法第6項(不当廉売)又
は第9項(不当な利益による顧客誘引)に該当し,独占禁止法第19条の規
定に違反するおそれがある。
 調査の結果,コンピュータ・ システム取引におしいて有力な地位にある事
業者であり,地方公共団体の入札において著しく低い対価で入札している
事例が認められた富士通株式会社及び日本電気株式会社に対し,平成元年
11月に厳重注意を行い,また,関係団体に対しても,同月,傘下会員に対
してこのような行為を行わないよう周知することを要望した。
新 聞
 新聞業においては,独占禁止法及び景品表示法に基づく告示により,押
紙,拡材・無代紙の提供等の行為は禁止されているにもかかわらず,これ
らに係る違反事例の申告や情報提供が後を絶たない。そこで,当委員会
は,これらの全国的,全般的な実態を把握し,併せて新聞業における取引
の公正化を図るために,従来から各種の調査を実施するとともに新聞公正
取引協議委員会に対し,随時指導を行ってきている。
 本年度においては,昨年度に引き続き,当委員会の消費者モニターに対
し,拡材・無代紙の提供の有無等について,アンケート調査を実施するな
ど正常化の監視に努めるとともに,その調査結果を踏まえて,新聞公正取
引協議委員会に対し,問題点の改善指導及び正常化の推進について要望を
行った。
拘束預金
 当委員会は,昭和38年4月,金融機関の行う歩積・両建てなどのいわゆ
る拘束預金について,これが金融機関の取引上の優越した地位の濫用行為
(独占禁止法第2条第9項第5号,一般指定第14項)に該当する疑いがある
として金融機関に対し警告を行い,以後その自粛状況を監視し, 併せて,
これらの行為を規制する資料とするための実態調査を行ってきた。
 本年度は,例年のとおり,全国に所在する中小企業(中小企業基本法の
定義による。)の中から,製造業,建設業,卸売業,小売業及びサービス
業の5業種について任意抽出した4,000社について,第41回調査(平成元
年5月)を実施した。4,000社のうち,回答のあったものは,1,979社で
あった。


(1) 預金を拘束されている企業数及び借入件数比率(第1表,第2表)
 今回の調査結果によれば,金融機関から借入れのある1,979社のうち,
597社(30.2%)が何らかの形で預金を拘束されている。
 その内訳は,狭義の拘束預金があるものが206社(10.4%),事実上の
拘束預金があるものが439社(22.2%)である。

 次に,これを借入件数でみると,1,979社は延べ4,766の金融機関から
借入れを受けており,そのうち何らかの形で預金を拘束されているものは
1,323件(27.8%)である。
 その内訳は,狭義の拘束預金があるものが5.7%,事実上の拘束預金が
あるものが23.3%である。
(2) 拘束預金比率(第3表)
 第3表は,1,979社の借入金の総合計額に対する拘束預金の総合計額の
比率を金融機関別に示したものである。
(3) 拘束預金比率等の推移(第4表)
 第4表は,第37回調査(昭和60年5月末)以降の拘束預金比率等の推移
を示したものである。
 拘束預金比率の推移を見ると,今回の調査では,狭義の拘束預金比率,
事実上の拘束預金比率及び広義(「狭義」と「事実上」を合わせたもの)
の拘束預金比率はいずれも微増しているが,長期的には大蔵省の指導及び
これに基づく各金融機関団体の自粛措置により漸減傾向にある。

第4 流通分野における情報ネットワーク化

(1) 調査の趣旨
 近年,消費者ニーズの多様化,市場の成熟化等に対応して構築された,
いわゆる「縦型情報ネットワーク」は,生産・流通の合理化,流通機構の
簡素化等の好ましい結果を有するとの見方がある一方,系列化,グループ
化が強化され,また,再販売価格維持行為が容易に行われたりすることと
ならないか等の懸念も抱かれている。
 このため,当委員会は,昭和63年8月から平成元年3月にかけて,流通
分野における情報ネットワーク化に関する実態調査を行い,また,流通問
題研究会(座長 鶴田俊正 専修大学教授)において,その競争政策上の評
価と今後の課題について検討が行われ,平成元年9月,「流通分野におけ
る情報ネットワーク化に関する実態調査報告」として検討結果が公表され
た。その概要は,次のとおりである。
(2) 調査結果の概要
情報ネットワーク化の実態
(ア) 情報ネットワーク化の現状
 調査対象情報ネットワークの構築時期を見ると,昭和60年以降に構
築されたものが全体の過半数を占めており,流通分野における情報
ネットワーク化への取組は比較的最近本格化したと言うことができ
る。
 また,全取引先のうち情報ネットワークでカバーされている取引先
の割合を見ると,3割以下のカバー率の情報ネットワークが全体の過
半数となっており,情報ネットワークの普及状況はまだそれほど高い
ものとはなっていない。
(イ) 情報ネットワークによって提供されるサービスの内容
 情報ネットワークによって提供されるサービスの内容は,
 商品の受発注,伝票作成等本体取引業務の定型化,自動化及び即
時化の効果を追及するもの
 販売,在庫等に関する大量の情報を迅速に収集し, これを加工,
集計して加入者の経営情報を提供する等情報の有効利用を図ろうと
するもの
 加入者に対するサービスマーチャンダイジング,顧客管理システ
ムの提供等により取引網の拡大,取引関係の緊密化等を図ろうとす
るもの
に分けられるが, 現在のところ,多くの情報ネットワークの提供する
サービスは,a,bの段階にとどまっている。
(ウ) 情報ネットワークによるデータ蓄積
 情報ネットワークを通じたデータ交換の結果,情報ネットワークの
の主導者の下には当然多種多様の情報も蓄積することが可能となる
が,一部の情報ネットワークにおいては加入者と第三者(例えば,主
導者の競争者)の間の仕入れ,販売に関するデータが蓄積されてい
る。これは,経営支援サービス等の提供を受けるため,加入者の側か
ら提供しているものであるが,主導者は,これらデータを自社の生
産・販売計画の立案等の目的に積極的に用いる場合もある。
(エ) 情報ネットワークの費用負担
 情報ネットワークに係る費用負担については,加入者側の負担をな
るべく低くしているとする主導者が多いが,加入者の中には,費用負
担の在り方に不満をもつ者,費用区分が大まかで費用負担の根拠が明
示されていないとする者も少なくない。
情報ネットワークが流通分野に与えている影響
(ア) 企業の競争力に与えている影響
 現在のところ,規模の面でも機能の面でも初期的な情報ネットワー
クが多いこと等から,情報ネットワークが企業の経営力や競争力の強
化に広範かつ顕著な影響を与えている状況にはないが,一部には情報
ネットワーク非加入の競争相手に比べて優位になったとする者もい
る。
(イ) 企業間の結び付きに与えている影響
 情報ネットワークは取引当事者間の垂直的な結び付きを緊密化させ
るのではないかとの見方があるが,主導者の多くは加入者との取引関
係に変化はないとしている。
(ウ) 流通機能等に与えている影響
 情報ネットワークは,メーカーと小売店との直接取引を増やし,中
間卸業者を排除するものではないかとの見方があるが,アンケート調
査によると,情報ネットワークによって帳合関係が変化している状況
にはなく,また,卸売業者の機能・役割についても変化なしと回答す
る者が多かった。しかしながら,情報ネットワーク化に対応して物流
体制の合理化の動きが活発化しつつあり,将来的には,流通機構の簡
素化,再編につながる可能性がある。
(エ) 取引条件に与えている影響
 情報ネットワーク化により,従来の建値制やこれに基づく価格体系
を見直す動きは見られず,現在のところ,情報ネットワーク化による
流通合理化等の効果は価格面に反映されるまでには至ってない。ま
た,リベート,返品についても,アンケート調査では多くの者が変化
なしと答えている。
(3) 競争政策上の課題
 流通分野における情報ネットワーク化は,基本的には,流通の合理化,
効率化に資し,また,流通市場における競争を活発化するものとして競争
政策上積極的に評価することができるが,その構築,運用の在り方いかん
によっては,後発情報ネットワークの新規参入制限,流通系列化の強化,
再販売価格の維特等の競争政策上の問題を生ずる可能性もある。
 今後,このような問題の発生を未然に防ぎ,公正かつ自由な競争を維持
する観点から,競争政策上の課題を挙げると以下のとおりである。
情報ネットワークへの加入・脱退の自由の確保
 情報ネットワーク化を通じて本体取引における市場の寡占化が生じな
いようにするためには,後発の中小企業情報ネットワーク,VAN業者
主導型情報ネットワーク等の参入障壁が高まらないよう情報ネットワー
ク相互間の移動の自由,重複加入の自由,脱退の自由等を確保すること
が重要である。
データ収集・利用における公正の確保
 情報ネットワークの主導者が,主導者と加入者間の取引に係るデータ
又は第三者と加入者間の取引に係るデータを強制的に収集する場合や収
集したデータを再販売価格維持やカルテルの手段に用いる場合には, そ
のようなデータ収集の不当性が問われる場合もある。
情報ネットワークの利用に伴う本体取引の不当な制約の排除
 情報ネットワークの主導者が加入者に対し,情報ネットワークに加入
していない第三者との取引を禁止することは,一括発注を行っているボ
ランタリー・チェーン等が統一的な事業遂行上必要である等の例外的な
場合を除き,是認されるものではない。
情報ネットワークの公正な利用条件の設定
 加入者は主導者が定めた定型的な利用条件の下で情報ネットワークを
利用せざるを得ない立場にある場合が多いことから,利用条件の内容
は,加入者を一方的に義務付けるものであってはならない。また,その
内容が情報ネットワークの効率的運用等を確保する限度を超えていると
きは,加入者が当該情報ネットワークから脱退することの難易度等に
よっては,優越的地位の濫用の問題を生ずることがある。
(4) 競争政策上の対応
 当委員会としては,情報ネットワークの運営において競争制限効果の発
生が未然に防止されるよう研究会の指摘事項に留意し,継続的な注視を続
けるとともに,情報ネットワークの今後の展開を踏まえつつ,所要の対応
について検討していくこととする。