第1部 総  論

第1 概  説

 平成2年度における我が国経済は,個人消費や設備投資などの国内民間需
要が堅調に増加し,前年度同様,全体としては内需中心の安定した成長を続
け,昭和61年秋以降の景気拡大が持続している。
 物価の動向について見ると,湾岸危機による原油価格の一時的上昇等によ
り,前年度に比べ上昇率が若干増加したものの,基本的には引き続き,安定
的な基調で推移した。
 輸出入の動向について見ると,輸出は,世界経済の拡大が減速したにもか
かわらず,年度前半の円安等によりやや強含みで推移した。また,輸入は堅
調な国内需要に支えられて緩やかな増加を続けた。この結果,貿易収支の黒
字は小幅の減少となった。このほか,貿易外収支及び移転収支の赤字も拡大
したことにより,経常収支黒字は4年連続の減少となった。
 こうした内外の経済環境の中,我が国は,今後とも,内需主導型の経済成
長を持続し,対外不均衡の是正を進めるとともに,政府規制の緩和や流通・
取引慣行の見直し等を進め,消費者利益を確保し,豊かな国民生活の実現を
図り,また,我が国市場を開放的で国際的に調和のとれたものとしていくこ
とが重要な議題となっている。また,日米構造問題協議フォローアップ会合
が2回にわたり開催されるなど,対外経済摩擦解決のための取組が行われ
た。
 このような中で,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下
「独占禁止法」という。)の有効かつ適正な運用により,公正かつ自由な競争
を維持・促進し,各事業者が自主的な判断や創意工夫によって活発な事業活
動を行っていくことができる競争条件を整えることが,今後とも,我が国経
済の健全な発展を図るために一層重要になってきている。
 こうした見地から,公正取引委員会は,本年度においては,次のような施
策に重点をおいて競争政策の運営に積極的に取り組んだ。

独占禁止法違反行為の積極的排除
 市場メカニズムが有効に機能することを阻害するカルテル,不公正な取
引方法などの独占禁止法違反事件の処理に積極的に努めた。
 本年度に行った勧告は22件であり,その内訳は,カルテル事件としてセ
メントの販売価格決定及び販売数量制限事件2件,公共下水道用鉄蓋の販
売価格,販売数量比率等の決定事件2件,黄銅棒の伸銅製品卸売業者向け
販売価格決定事件,学童用シューズの販売価格決定事件,小型浄化槽用送
風機の販売価格決定事件,フォークリフトの需要者向け販売価格維持事
件,貸切バス事業者の主催旅行向け輸送等バスの運賃等決定事件,入札談
合事件として,官公庁等が発注する管工事に係る受注予定者決定事件2
件,同じく官公庁が発注する電気工事に係る受注予定者決定事件2件,不
公正な取引方法に該当する事件として,家庭用電子玩具の抱き合わせ販売
事件6件,ハンドバッグ等の輸入阻害事件,その他事業者団体の禁止行為
に該当する事件として,木材輸入業者等の団体による木材輸入阻害事件,
歯科医師会による会員の歯科医療機関の開設等の制限事件があった。
 警告の措置を採った主なものとしては,医薬品及びプロパンガスについ
ての価格カルテル事件がある。なお,警告については,平成2年10月以
降,原則として公表することとした。
独占禁止法違反行為に対する抑止力の強化
 国民生活を一層充実し,我が国経済を国際的により開かれたものとする
ため,独占禁止法違反行為に対する抑止力の強化を図ることが政府の重要
課題の一つとなっている。公正取引委員会は,このような観点を踏まえ,
違反事件の審査体制の強化を始めとして,独占禁止法違反行為に対する抑
止力を強化するため,次の施策を講じた。
(1) 課徴金の引上げ
 カルテルを行った事業者に対して課せられる課徴金について,独占禁
止法違反行為に対する抑止力を強化するとの観点から,内閣官房長官の
私的懇談会「課徴金に関する独占禁止法改正問題懇談会」報告書(平成
2年12月)を踏まえ,平成3年2月,その引上げ等を内容とする独占禁
止法改正法案が国会に提出された。同改正法案は4月19日に成立し,同
26日に公布された。同改正法により,課徴金の額の計算に係る売上高に
乗じる率が原則1.5%から原則6%に引き上げられた。
(2) 刑事罰活用の方針の表明と刑事罰強化の検討
 公正取引委員会は,独占禁止法違反行為に対する抑止力を強化するた
め,平成2年6月,国民生活に広範な影響を及ぼすと考えられる悪質か
つ重大な事案等について,今後,積極的に刑事処罰を求めて告発を行う
方針を明らかにした。
 また,これに先立ち,同年4月以降,法務省刑事局との間に連絡協議
会を設置し,告発に関する手続等を検討してきたが,その検討結果を受
けて,平成3年1月,検察当局との間に「告発問題協議会」を設置し,
個別の独占禁止法違反事件を告発するに当たっての具体的問題点につい
て意見,情報の交換を行うこととした。
 さらに,公正取引委員会は,平成3年1月,独占禁止法違反行為に対
する抑止力を高める観点から,独占禁止法の刑事罰規定について,専門
的見地からの意見を求め,立法問題の検討に資するため,独占禁止法,
刑事法の学識経験者からなる「独占禁止法に関する刑事罰研究会」を開
催し,同年5月,同研究会からそれまでの検討結果についての中間的な
報告を受けた。
(3) 損害賠償制度の活用に関する検討
 公正取引委員会は,平成2年6月に公表された「独占禁止法に関する
損害賠償制度研究会」の報告に基づき,独占禁止法違反行為に関する損
害賠償制度が,独占禁止法違反行為に対する抑止力としてより効果的に
活用されるようにするため,同3年5月,裁判所又は訴訟当事者に対し
て違反行為の存在及び損害に関する立証に必要な資料等を提供するため
の具体的基準を作成,公表し,これに基づき実施することとした。
 また,「独占禁止法違反行為に係る損害額算定方法に関する研究会」が
開催され,同法第84条の規定に基づき,公正取引委員会が裁判所からの
求めに応じて提出する損害額についての意見の充実,特に,違反行為に
よる損害額の算定方法等に関する考え方について検討が行われ,平成3
年5月,報告書が提出された。
流通・取引慣行に関する競争数策上の対応
 経済活動がグローバル化する中で,我が国市場をより開かれたものと
し,消費者利益を確保して豊かな国民生活を実現していくためには,我が
国における流通・取引慣行が各国間で相互に理解可能な普遍性・合理性を
持つものであるとともに,経済活動の成果が消費者の利益に十分に反映さ
れる仕組のものでなければならない。このためには,独占禁止法の厳正な
運用によって公正かつ自由な競争を維持・促進することが極めて重要と
なっており,平成3年7月,流通・取引慣行に関する公正取引委員会の従
来の法運用の成果等を集大成して,どのような行為が違反となるかを具体
的かつ明確に示した「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」を公
表し,併せて同指針に関する事前相談制度を設置した。なお,同指針の策
定に当たっては,その原案を広く国内外に開示し,意見を徴した。
政府規制制度等の見直し
 国際的に高い水準に達した経済力をより豊かな国民生活の実現に結び付
けるとともに,我が国の市場をより開かれたものとする観点から,政府規
制制度及び独占禁止法適用除外制度(以下「政府規制制度等」という。)の
見直しが求められている。
 公正取引委員会においても,従来から,競争政策の観点から,これら政
府規制制度等の見直しについて積極的な取組を行うとともに,規制緩和分
野において規制緩和の趣旨が損なわれるような行為が行われることのない
よう,競争政策の適切な運営を図ってきている。
 本年度においては,「政府規制等と競争政策に関する研究会」を開催し,
独占禁止法適用除外制度の見直しについて検討を行った。
下請法による中小企業の競争条件の整備
 取引関係にある事業者間において一方の事業者の取引依存度が高い場合
に,取引の相手方が不当にその地位を濫用する行為は,独占禁止法によ
り,不公正な取引方法(優越的地位の濫用)として規制されている。この
うち,特に下請取引においては,親事業者による優越的な地位の濫用行為
が行われやすいことから,独占禁止法の特別法として下請代金支払遅延等
防止法(以下「下請法」という。)が定められているところである。
 公正取引委員会は,引き続き,中小企業の自主的な事業活動が阻害され
ることのないよう,下請取引の公正化及び下請事業者の利益の保護を図る
ため,下請法の厳正かつきめ細かな運用を行った。
 また,近年,労働時間短縮の要請の高まりの中で,中小企業の労働時間
短縮を阻害する発注方式等の改善が重要となっているが,そうした中で,
短納期発注及び多額度小口納入に伴う下請法上の問題点を明確にするた
め,下請法の運用基準について見直しを行った。
 さらに,下請取引適正化のための都道府県との協力体制を推進するとと
もに,違反行為を未然に防止するため,親事業者,親事業者の団体に対し
て法遵守の要請を行うなど,下請法の周知徹底に努めた。
景品表示法による消費者行政の推進
 事業者間における価格と品質についての競争を維持・促進し,一般消費
者の適正な商品選択に資するよう,独占禁止法は,不当な顧客誘引行為を
不公正な取引方法として規制している。さらに,このような不当な顧客誘
引行為を有効かつ迅速に処理するため,独占禁止法の特別法として不当景
品類及び不当表示防止法(以下「景品表示法」という。)が定められている
ところである。
 公正取引委員会は,消費者向けの商品・サービスの種類や販売方法が多
様化する中で,消費者の適正な商品選択が妨げられることのないよう,引
き続き,景品表示法の運用により,不当な顧客誘引行為の排除に努めた。
 特に,本年度においては,サービス産業分野における不当表示事件及び
大規模小売業者による過大景品,不当表示事件に重点的に取り組んだ。
 また,景品類の提供の制限に関する公正競争規約につしいて,その内容が
最近の経済実態の変化を踏まえたものとなるよう関係公正取引協議会に対
し見直しを指導した。

第2 業務の大要

 業務別にみた本年度の業務の大要な次のとおりである。

 独占禁止法違反行為に対する抑止力を強化するための独占禁止法改正法
案が第120回国会に提出され,平成3年4月19日に成立し,同26日に公布
された。同改正法により,課徴金の額の計算に係る売上高に乗じる率が原
則1.5%から原則6%に引き上げられた。
 独占禁止法と他の経済法令との調整に関する業務としては,大規模小売
店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律の一部を改正する法律
等について,関係行政機関が立案するに当たり,所要の調整を行った。
 独占禁止法違反被疑事件として本年度中に審査を行った事件は254件で
あり,そのうち年度内に審査を完了したものは180件であった。180件のう
ち何らかの措置を採ったものは164件であり,その内訳は,独占禁止法第
48条の規定に基づく勧告審決が17件,審判開始決定が2件,警告等が145
件であり,また,違反事実が認められなかったため審査を打ち切ったもの
が16件であった。勧告審決,審判開始決定,警告等のいずれかの措置を
採ったものを行為類型別に見ると,価格カルテル78件,その他のカルテル
4件,不公正な取引方法67件,その他の行為15件となっている。勧告審決
を行った事件は17件であり,価格カルテル事件が9件,不公正な取引方法
に該当する事件が6件,その他事業者団体の禁止行為に該当する事件が2
件であった。
 また,11件の価格カルテル事件について,計175名に対し,総額125億
6,214万円の課徴金の納付を命じた。
 審判中の事件は,前年度から継続中のものを含めて,独占禁止法違反被
疑事件が4件,景品表示法違反被疑事件が3件の計7件であったが,その
うち本年度内に審決が行われたものなかった。
 違反事件については,必要に応じ審決執行後の状況を監査することに
よって再発防止に努めており,本年度は3件の監査を実施した。
 流通・取引慣行に関する競争政策上の対応としては,「流通・取引慣行
に関する独占禁止法上の指針」の原案を作成・公表して内外の意見を求
め,これを参酌の上検討を行い,平成3年7月11日,同指針を公表した。
 独占禁止法第18条の2の規定に基づく価格の同調的引上げに関する報告
徴収については,ビール,マヨネーズ・ドレッシング類及び魚肉ハム・
ソーセージの3件について,価格引上げの理由を徴収した。
 競争政策の適切な運用に資するための事業活動及び経済実態の調査のう
ち本年度に実施した主なものは,独占的状態調査,生産・出荷集中度調
査,一般集中度調査,政府規制制度等に関する調査,企業間取引の実態調
査等であった。
 独占禁止法第9条の2から第16条までの規定に基づく企業結合に関する
業務については,大規模会社の株式所有について1件の承認を行い,金融
機関の株式所有について103件の認可を行った。また,報告,届出を受理
したものは,事業会社の株式所有状況についての報告が8,075件,競争会
社間の役員兼任についての届出が4,312件,会社の合併・営業譲受け等に
ついての届出が2,801件であり,これらについては所要の審査を行った。
 独占禁止法第8条の規定に基づく事業者団体の届出件数は,成立届が
699件,変更届が3,413件,解散届が285件であった。
 また,独占禁止法に関する理解を深め,違反行為を未然に防止するため
の措置の一環として,事業者団体の活動に関する相談・指導業務を行って
いる。本年度においては,事前相談制度に基づく相談はなかったが,一般
相談845件に応じた。また,事業者団体の活動に関する相談事例集を作成
し,公表した。
 独占禁止法第6条の規定に基づく国際契約の届出件数は,5,728件であ
り,このうち,競争品の取扱いの制限,改良技術に関する制限等不公正な
取引方法に該当するおそれのある事項を含む232件の契約について,指導
等を行った。
10  不公正な取引方法に関する規制については,技術取引,流通取引等の公
正化を推進するため,事業者等からの相談に積極的に応じ,必要に応じて
調査を行うなどして,適切な指導に努めた。
11  独占禁止法第24条の3に基づく不況に対処するための共同行為及び同法
第24条の4に基づく企業合理化のための共同行為については,本年度にお
いて実施されたものはなかった。
 また,「消費税の転嫁の方法の決定に係る共同行為(転嫁カルテル)」,
「消費税についての表示の方法の決定に係る共同行為(表示カルテル)」に
ついては,平成2年4月1日以降届出があったものは,表示カルテルが1
件であった。なお,これらのカルテルに係る独占禁止法適用除外規定は平
成2年度末をもって失効した。
 独占禁止法の適用を除外されている共同行為には,このほか,独占禁止
法以外の法律に基づき,当委員会に協議を行った上で主務大臣が認可等を
行うものがある。共同行為の本年度末における現存数は248件であり,そ
の大半を,中小企業の分野におけるものが占めている。
12  下請法に関する業務としては,下請取引の公正化及び下請事業者の利益
保護を図るため,親事業者11,889社及び下請事業者72,030社に対し書面調
査等を行った。本年度において,下請法違反行為が認められた2,187件に
つき,勧告1件,警告等2,186件の措置を採った。また,下請代金の減額
を行っていたと認められた47社の親事業者が538社の下請事業者に自主的
に返還した減額分は,総額2億6,644万円であった。
13  景品表示法第6条の規定に基づき排除命令を行ったものは,景品関係4
件,表示関係9件の計13件であり,警告等を行ったものは,景品関係346
件,表示関係415件の計761件であった。
 景品表示法第10条の規定に基づき本年度中に新たに認定した公正競争規
約は,食肉の表示に関する規約5件であった。
 都道府県における景品表示法関係の業務の処理状況は,同法第9条の2
の規定に基づく指示が1件,注意の指導が3,862件(景品関係997件,表示
関係2,865件)であった。
14  国際関係の業務としては,経済協力開発機構(OECD),国際連合貿
易開発会議(UNCTAD)等の国際機関における競争政策関係の会議に
積極的に参加するとともに,アメリカ,EC,アジア・大洋州諸国等の独
占禁止当局との間で競争政策や貿易摩擦問題に関して緊密な意見の交換を
行った。