第3章 審判及び訴訟

第1 審  判

 本年度における審判事件数は,前年度から引き継いだもの4件,本年度中
に審判開始決定を行ったもの3件,計7件である。7件の内訳は,独占禁止
法違反被疑事件が4件,景品表示法違反被疑事件が3件である。これらのう
ち,本年度中に審決が行われたものはなく,本年度末現在において審判手続
係属中のものは7件である(第1表)。

第2 訴  訟

1 独占禁止法関係の損害賠償請求事件
 本年度当初において係属中の独占禁止法関係の損害賠償請求事件はな
く,また,新たに提起された事件もなかった。
2 その他の訴訟
 本年度において係属中の公正取引委員会が関係する国家賠償請求事件
は,豊田商法の被害者によるもの3件,明石書店ほか34名による行政処分
取消等請求事件1件の計4件であり,いずれも本年度末現在係属中であ
る。
(1) 豊田商法の被害者(47名)による国家賠償等請求事件(東京地方裁判
所昭和61年(ヮ)第3829号・第3830号)
   訴提起日 昭和61年3月31日
 本件訴訟は,豊田商法の被害者47名が国及び個人被告(豊田商事株式
会社の元従業員)111名を相手に損害賠償を請求したものである。国に対
する請求は,当委員会及び通商産業省が豊田商法による被害の発生を防
止するために必要な措置を講じなかったとの主張に基づくものである。
ア 訴状の要旨(当委員会に関係する部分)
 原告らは,豊田商法の被害者のうち年齢60歳以上の者(主として東
京都及びその周辺地域に居住する。)である。
 豊田商法により公正で自由な取引秩序が害され,国民の財産に対す
る不法な侵害が全国的規模により継続された。公正取引委員会におい
て規制権限を行使すれば,容易にその侵害を阻止することができ,し
かも公正取引委員会がその権限を行使しなければ侵害を防止できない
関係にあり,一般国民を始め国会,通商産業省,警察庁等から豊田商
事株式会社に対する有効な規制が客観的に期待される状況下にあった
のであるから,公正取引委員会は権限を行使するか杏かを決定する裁
量の余地はもはや存在せず,その権限不行使は,作為義務に違反する
違法な行為であり,国家賠償法第1条第1項にいう違法なものという
べきである。
イ 訴訟手続の経過
 本件について,東京地方裁判所は,口頭弁論等を6回行い,本年度
末現在,同裁判所に係属中である。
(2) 豊田商法の被害者(2名)による国家賠償等請求事件(神戸地方裁判
所昭和60年(ワ)第826号・第849号)
   訴提起日 昭和60年6月11日(第826号事件)
          昭和60年6月14日(第849号事件,併合)
 本件訴訟は,豊田商法の被害者2名が国及び豊田商事株式会社を相手
に損害賠償を請求したものであるが,被告豊田商事株式会社について
は,昭和62年12月11日第13回口頭弁論において訴えが取り下げられてい
る。国に対する請求は,当初,国会議員,通商産業省,経済企画庁,農
林水産省,法務省,警察庁及び内閣の豊田商法に対する不作為が違法で
あるとして行われていたが,昭和62年9月11日の第12回口頭弁論におい
て,公正取引委員会についても豊田商法に対する権限不行使は違法であ
るとして,追加主張が行われたものである。
ア 公正取引委員会に関する追加主張の要旨
 豊田商法は,独占禁止法の不公正な取引方法及び景品表示法の不当
表示に該当する行為であり,両法に違反することは比較的客観的に証
明できるのであるから,これを認識していた公正取引委員会は,調査
のための強制処分を駆使して不当表示であることを解明し,排除命令
を出すべきであった。公正取引委員会は,その権限を行使する法律上
の義務があったにもかかわらず,何ら権限を行使することなく消費者
の利益を確保する義務を怠った。
イ 訴訟手続の経過
 本件について,神戸地方裁判所は,口頭弁論期日を追って指定する
ことになり,本年度未現在,同裁判所に係属中である。
(3) 豊田商法の被害者(1,488名)による国家賠償請求事件(大阪地方裁判
所昭和63年(ワ)第3702号・第10176号)
   訴提起日 昭和63年4月23日 (第3702号事件)
          昭和63年11月4日 (第10176号事件,併合)
 本件訴訟は,豊田商法の被害者1,488名が国を相手に損害賠償を請求
したものである。国に対する請求は,当委員会,法務省,警察庁,大蔵
省,経済企画庁及び通商産業省が豊田商法による被害の発生を防止する
ために必要な措置を講じなかったとの主張に基づくものである。
ア 訴状の要旨(当委員会に関係する部分)
 豊田商法は,独占禁止法に規定する不公正な取引方法に該当し,ま
た,景品表示法に規定する不当表示にも該当するのは明らかである。
公正取引委員会は,昭和58年秋頃には,それらに該当する疑いが強い
ことを十分に認識していた。したがって,公正取引委員会は,その調
査権限を行使し,違法な実態を速やかに解明し,違法な営業活動の差
止め等の措置を講ずることができたはずであり,遅くとも昭和59年4
月ごろまでには,公正取引委員会は,裁量の余地なく,これらの措置
を講ずる義務が生じていたものというべきである。にもかかわらず,
公正取引委員会は,その義務を怠り,何らの措置も講じなかった。
イ 訴訟手続の経過
 本件について,大阪地方裁判所は,口頭弁論等を6回行い,本年度
末現在,同裁判所に係属中である。
(4) (株)明石書店ほか34名による行政処分取消等請求事件(東京地方裁判
所平成元年(行ウ)第144号)
   訴提起日 平成元年7月20日
 本件訴訟は,出版社35社が公正取引委員会及び国を相手に,消費税の
実施に伴う再販制度の運用について,行政処分の取消し及び損害賠償を
求めたものである。
ア 訴状の要旨
(ア)  原告らは,消費税実施後の書籍の定価は消費税抜き価格であるべ
きと考えており,公正取引委員会が従来の定価の概念を変更し,消
費税実施後の再販売価格は消費税込み価格であるとして「内税方
式」を強制した行政処分「消費税導入に伴う再販売価格維持制度の
運用について」は取り消すべきである。
(イ)  公正取引委員会の前記(ア)の行政処分により,本来付け換える必要
がなかった出版物の定価表示をシール貼付等により変更する必要が
生じ損害を被った。
イ 訴訟手続の経過
 本件について,東京地方裁判所は,口頭弁論等を7回行い,本年度
末現在,同裁判所に係属中である。

第3 損害賠償制度の活用に関する検討

1 概  要
 公正取引委員会は,平成2年6月25日に公表された損害賠償制度研究会
の報告書に示された25条訴訟制度の活用を図るための具体的方策に基づ
き,以下の取組を行った。
 すなわち,平成3年5月15日,独占禁止法第25条及び民法第709条に基
づく損害賠償請求訴訟において原告(被害者)の立証負担を軽減するため,
裁判所又は原告に対する資料提供の基準を公表し,これに基づき実施する
こととした。
 また,平成2年9月に「独占禁止法違反行為に係る損害額算定方法に関
する研究会(座長淡路剛久 立教大学教授)」を開催した。同研究会にお
いては,主として,独占禁止法25条訴訟における原告(被害者)の損害額
に関する立証負担を軽減するため,違反行為と損害との関連性ないし因果
関係及び損害額の算定方法等について検討し,その検討結果を平成3年5
月15日公表した。
2 裁判所に対する資料提供等の基準の概要
ア 対象となる訴訟
 独占禁止法第25条に基づく損害賠償請求訴訟のほか,確定した審決
(独占禁止法第48条の2第6項の規定により確定した審決とみなされる
課徴金の納付命令及び景品表示法第9条の規定により確定した審決とみ
なされる排除命令を含む。以下「確定審決」という。)が存在する独占禁
止法違反行為に関する民法第709条に基づく損害賠償請求訴訟(以下
「709条訴訟」という。)についても,資料の提供等を行う。
イ 損害賠償請求提起前における取扱い
 確定審決が存在する違反行為の被害者又はその代理人である弁護士等
(以下「被害者等」という。)からの請求があれば,当該違反行為に係る
審決書及び納付命令書の謄本又は抄本を提供するほか,当該違反行為が
独占禁止法第8条(事業者団体の禁止行為)の規定に違反するものであ
る場合(709条訴訟によることとなる。)には,当該事業者団体の構成事
業者の名称及び住所に関する資料も提供する。
 また,確定審決が同意審決又は審判審決である場合には,独占禁止法
第69条の規定による求めがあれば,事件記録(審判手続に提出された書
証,審判における参考人に対する審訊,審査官及び被審人の陳述等を記
載した審判調書等によって構成されている。以下同じ。)の閲覧又は謄
写に応ずる。
ウ 損害賠償請求訴訟提起後における取扱い
(ア) 送付嘱託があった場合の対応
 確定審決が存在する違反行為に係る損害賠償請求訴訟が提起された
場合において,受訴裁判所から民事訴訟法第319条に基づき文書送付
嘱託があったときには,次のような資料を提出する。
a 違反行為の存在に関連する資料の具体例
① 勧告審決の場合-勧告において,事実認定の基礎とした資料・
② 同意審決の場合-①記載の資料及び事件記録
③ 審判審決の場合-事件記録
b 違反行為と損害との間の関連性ないし因果関係及び損害額に関連
する資料の具体例
① 違反行為の対象商品又は役務の取引・流通慣行等に関する資料
② 違反行為の経緯,実施状況,実効確保手段等に関する資料
③ その他違反行為と損害との間の関連性ないし因果関係及び損害
額を立証するために有益と考えられる資料
 なお,提出に当たり配慮される事項としては,「事業者の秘密」,「事
件処理手続上の問題」及び「個人のプライバシー」の問題がある。こ
れらについては,例えば,資料の一部に「事業者の秘密」に該当する
個別商品の製造原価や取引先別の価格の推移に関する記載がある場合
には,当該製造原価に関する部分や取引先名に関する部分を抹消した
上で提出したり,また,特定の取引先に対する価格の引上げ時期及び
引上げ幅が立証事項となっており,取引先名を抹消した価格の推移に
関する資料では証拠として使用できない場合には,代替的な方法とし
て,特定の取引先に対する価格の引上げ時期及び引上げ幅を記載した
資料を提出する等,可能な限り資料を提出する。
(イ) 提出の時期等
 提出の時期について,文書送付嘱託があった場合には,速やかにそ
の対象となっている資料を提出する。
 提出する物は,原則として原本とすることとし,原本を提出できな
い特段の事情がある場合には,認証謄本若しくは認証抄本又は作成経
緯等を付記した写しを提出する。
(ウ) 調査嘱託,鑑定嘱託があった場合の取扱い
 受訴裁判所から,調査嘱託又は鑑定嘱託があった楊合には,事業者
の秘密保持等に配慮しつつこれに応ずる。
エ 審決確定前の資料提供
 違反行為に関する審決が確定していない場合において,損害賠償請求
訴訟 (709条訴訟によることとなる。)を提起する前,又は提起後に,違
反行為の被害者等又は原告(被害者)若しくはその訴訟代理人から資料
提供等の求めがあったときには,審判開始決定書及び審決書の謄本又は
抄本を交付するほか,独占禁止法第69条の規定による求めがあれば,事
件記録の閲覧又は謄写に応ずる。
オ 資料の保存
 資料の提供等を行うため,審決が確定した場合には,当該審決に至る
までの過程で取得し,作成した資料のうち,違反行為の存在並びに違反
行為と損害との間の関連性ないし因果関係及び損害額の立証に関連する
ものを,原則として,審決確定後3年間保存する。
力 事務の受付
 本件に関する事務の受付は,本局においては官房審決訟務室が,各地
方事務所においては総務課が行う。
3 「独占禁止法違反行為に係る損害額算定方法に関する研究会」の報告書
の概要
ア  損害の概念,賠償すべき損害の範囲,違反行為と損害との因果関係に
関する立証の程度等について,不法行為の一般的考え方を踏まえて,独
占禁止法違反行為の場合における考え方を明らかにした。
(因果関係に関する立証の程度)
 因果関係に関する立証の程度については,一般の不法行為の場合と同
様,独占禁止法違反行為による損害賠償請求訴訟においても,通常人が疑
いを挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,
かつ,それで足りるものである。また,通常人の確信という概念な,一義
的なものでなく,幅のあるものであり,どのような事項について,どのよ
うな方法によって立証するかにより決定されるものである。
(直接の取引先と間接の取引先)
 我が国においては,違反行為と損害との間に相当因果関係が認められる
限り,違反行為者の直接の取引先であると間接の取引先であるとを問わ
ず,損害賠償を請求することを認めているが,直接の被害者の場合には,
違反行為と損害との発生が立証されれば,相当因果関係を立証することは
比較的容易であるが,間接の取引先の場合には,違反行為者と原告(被害
者)との間に,第三者が介在することになり,相当因果関係の立証におい
て,直接の取引先の場合に比べ,立証事項が増えることとなる。
イ  米国における損害額算定方法の理論である,前後理論,物差理論,市
場占拠率理論について,具体的にどのようなものであるかを紹介すると
ともに,具体的に用いられている事例を紹介している。
ウ  公正取引委員会の意見の内容は,一般的には,当該違反行為により生
じた財産的損害のうち,通常生ずべき損害についてのものとなる。
(因果関係に関する内容)
 公正取引委員会の意見の内容のうち,因果関係については,違反行為に
即して,違反行為と原告(被害者)の損害一般との間に相当因果関係があ
るか否かについて,違反行為の特性,市場の状況,商慣行等を踏まえて,
更に経験則等も活用して,意見を述べるとともに,意見の根拠となる資料
を可能な限り添付する。
 また,その際,審査の過程等で得た資料等で,裁判所の判断に資すると
考えられる個々の原告(被害者)の個別具体的な取引関係等に関する事情
を知得できた場合には,その事情を意見に含めることも考える。
(損害額に関する内容)
 損害額の算定方法については,違反行為に即して,違反行為の特性,市
場の状況,流通の状況等を踏まえた適切な一般的な算定方法をその根拠と
なる資料とともに示すことが期待されており,審査の過程で得た資料等で
具体的な損害の算定が可能であれば,損害額を示すことも考える。
エ  相当因果関係が認められる範囲については,原告(被害者)が違反行
為者の直接の取引先である場合と間接の取引先である場合とに分けて,
価格引上げ協定,入札談合,取引拒絶及び再販行為の四つの行為類型ご
とに,どの範囲で認められると考えられるかを具体的に示した。
(一般的な因果関係が認められる範囲)
 原告(被害者)が事業者の場合には,一般的には,違反行為がなければ
存在したであろう利益から現に存在する利益を差し引いたもの(逸失利益)
であり,原告(被害者)が消費者の場合には,価格引上げ協定であれぼ,
一般的には,違反行為期間中の購入価格から想定購入価格を差し引いた金
額に違反行為期間中の購入数量を乗じて得た金額(超過支払額)と考えら
れる。いずれについても,通常,違反行為との間に相当因果関係が認めら
れる。


(消費者が価格引上げ協定によって被る損害)
 原告(被害者)が違反行為者の間接の取引先である消費者の場合におけ
る価格引上げ協定によって生じた損害については,流通の過程において販
売業者が自己の仕入価格の上昇分を販売価格に上乗せして転売しているこ
とが明らかであるときには,少なくとも協定行為による製造業者の販売価
格の引き上げ分に係る消費者の損害については,一般的に,違反行為との
間に相当因果関係が認められる。また,販売業者が仕入価格の上昇分以上
に自己の販売価格を引き上げた場合のその加算部分については,以下のよ
うなときには,違反行為との間に相当因果関係が認められる。
①  製造業者が,販売業者とともに,原告(消費者)の購入価格の決定
に関与しているとき
②  製造業者が,希望小売価格を設定し,これを遵守するよう販売業者
を拘束している場合で,違反行為の内容又は実施として希望小売価格
を引き上げたとき
③  製造業者が,希望小売価格を設定し,小売業者がおおむねこれで販
売すこるとが商慣行となっている場合で,違反行為の内容又は実施と
して希望小売価格を引き上げたとき
オ  損害額を算定する手法として,「現実価格との比較による手法」(例え
ば,価格引上協定において,前後理論により違反行為前の現実の価格を
もって想定価格と推定したり,あるいは,物差理論により違反行為が行
われなかった類似の地域の現実の価格をもって想定価格と推定し,これ
らと違反行為により存在した価格との差を求めて,損害額を算定する手
法)と回帰分析による手法を挙げている。いわゆる石油カルテル鶴岡灯
油訴訟の最高裁判決を踏まえて,原則としては,「現実価格との比較に
よる手法によることが適当であり,「価格の形成に影響を及ぼす顕著な
経済的要因等の変動がある」場合には,回帰分析による手法を利用する
ことも考えられる。
力  損害額の算定方式については,価格引上げ協定,入札談合,取引拒絶
及び再販行為の四つの行為類型ごとに,原告(被害者)が,直後の取引
先か間接の取引先か,消費者か事業者かに分けて,どのような算定方式
が妥当かを,具体的に示した。