第1部 総   論

第1 概  説

 平成4年度における我が国経済は,バブルの崩壊による影響を受け製造業
を中心に設備投資のストック調整が本格化するとともに消費需要は低い伸び
となり,景気の停滞が明瞭に認識されていった。このため「総合経済対策」
の策定等景気浮揚への政策努力が図られた。
 国際収支について見ると,円高によってドル建て輸出価格が上昇するJ
カーブ効果が生じる一方,国内景気の低迷から輸入数量の伸びが鈍化したこ
と等により,経常収支黒字は,過去最高の水準に達した。
 こうした内外の経済環境の中で,我が国は,産業中心から生活者や消費者
を重視した視点への転換を図り,持続的な内需中心の成長を実現するととも
に,我が国市場を国際的に開かれたものとし,我が国の経済の水準に見合っ
た質の高い国民生活を実現していくことが重要な課題となっている。
 このような中で,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下
「独占禁止法」という。)の有効かつ適正な運用により,内外の事業者の公
正かつ自由な競争を促進し,事業者が自主的な判断や創意工夫によって活力
ある事業活動を行っていくことができる競争条件を整えるとともに,このよ
うな観点から,政府規制制度及び独占禁止法適用除外制度を見直すことが,
我が国経済の健全な発展を図るために一層重要になってきている。
 こうした見地から,公正取引委員会は,本年度においては次のような施策
に重点を置いて競争政策の運営に積極的に取り組んだ。

独占禁止法違反行為の積極的排除
 市場メカニズムが有効に機能することを阻害する価格カルテル,入札談
合,不公正な取引方法などの独占禁止法違反事件の処理に積極的に努め
た。
 本年度に行った排除勧告は,34件であり,うち20件が入札談合事件で
あった。主な事件としては,日本道路公団発注の磁気カード等の入札談合
事件,埼玉県発注の土木一式工事の入札談合事件,国土地理院発注の航空
写真測量業務の入札談合事件,社会保険庁発注の支払通知書等貼付用シー
ルの入札談合事件,家庭用マイコン型ガスメーターの販売先別最低販売価
格決定事件,家電製品の価格表示制限事件等があった。
 さらに,平成5年2月24日,社会保険庁発注支払通知書等貼付用シール
の入札談合事件について,独占禁止法に違反する犯罪があったと思料し
て,同シールの供給業者4社を検事総長に告発した。
独占禁止法違反行為に対する抑止力の強化
 独占禁止法違反行為を未然に防止するため違反行為に対する抑止力の強
化を図ることが重要である。このため,違反事件の審査体制の強化を図る
とともに,独占禁止法違反行為に対する抑止力を高める観点から,刑事罰
の強化を図る独占禁止法改正法案が平成4年3月に国会に提出された。同
法案は,同年12月に成立し,平成5年1月15日から施行された。
 これにより,私的独占,不当な取引制限等の違反について事業者及び事
業者団体に対する罰金刑の上限が従業員等の行為者に対する罰金刑の上限
から切り離され 500万円から1億円に引き上げられた。
独占禁止法運用の透明性の確保
 効果的な独占禁止法の運用を図り,違反行為の未然防止を図るために
は,独占禁止法の目的,規制内容及び運用の方針が事業者や消費者に十分
理解されることが不可欠である。このため,公正取引委員会は,平成5年
4月,複数の事業者による研究開発が増加していることにかんがみ,研究
開発の共同化及びその実施に伴う取決めについて,公正取引委員会の一般
的な考え方を明らかにすることによって,共同研究開発が競争を阻害する
ことなく,競争を一層促進するものとして実施されるよう,「共同研究開
発に関する独占禁止法上の指針」を公表した。また,同年4月,金融制度
改革の実施により,銀行,証券会社等が業態別子会社方式により相互に参
入することが可能になったことに伴い,独占禁止法上問題となる行為を明
らかにすることによって,金融市場等における公正かつ自由な競争の維
持・促進に役立てるために,「銀行・証券等の相互参入に伴う不公正な取
引方法等について」を公表した。
 さらに,各企業において独占禁止法遵守マニュアルの作成等独占禁止法
遵守体制(以下「コンプライアンス・プログラム」という。)を整備する
動きが活発化しており,公正取引委員会としても,コンプライアンス・プ
ログラムの整備に係る企業の自主的な取組に対し積極的に助力したほか,
入札談合等の違反行為を未然に防止するため研修会等に講師を派遣した。
政府規制制度及び独占禁止法適用除外制度の見直し
 我が国の経済力が国際的に高い水準に到達した現在,より豊かな国民生
活を実現するとともに,我が国の市場を一層開かれたものとしていくた
め,政府規制制度及び独占禁止法適用除外制度を見直し市場メカニズムを
一層活用していくことが求められている。
 公正取引委員会は,従来から,競争政策の観点からこれら政府規制制度
等の見直しについて積極的な取組を行うとともに,規制緩和分野において
規制緩和の趣旨が損なわれるような行為が行われることのないよう競争政
策の適切な運営を図ってきている。
 本年度においては,政府規制制度の見直しに関して情報通信分野競争政
策研究会を開催し,放送事業分野における競争政策の在り方について検討
を行い,その結果を平成4年8月に公表した。また,適用除外制度の見直
しに関して同年4月に再販指定商品の見直しについて検討結果を公表し,
同年5月に再販指定商品を指定する告示の全部改正を行い,再販指定商品
のおおむね半数の品目について原則として平成5年4月から指定を取り消
した。また,平成4年4月に,再販適用除外が認められる著作物の範囲に
ついて,今後幅広い角度から総合的な検討に着手することとする旨を公表
した。
下請法による中小企業の競争条件の整備
 取引関係にある事業者間において優越的地位にある事業者が取引の相手
方に対し不当にその地位を濫用する行為は,独占禁止法により不公正な取
引方法(優越的地位の濫用)として規制されている。このうち,特に下請
取引においては親事業者による優越的な地位の濫用行為が行われやすいこ
とから,独占禁止法の特別法として下請代金支払遅延等防止法(以下「下
請法」という。)が定められているところである。
 公正取引委員会は,本年度においても,中小企業の自主的な事業活動が
阻害されることのないよう下請取引の公正化及び下請事業者の利益の保護
を図るため,下請法の厳正かつきめ細かな運用を行った。
 また,下請取引適正化のための都道府県との協力体制を推進するととも
に,景気の停滞の中で下請法違反行為を未然に防止するため,下請事業者
に対する不当なしわ寄せが行われないよう親事業者及び親事業者の団体に
対して法遵守の要請を行うなど下請法の周知徹底に努めたほか景気停滞の
影響が大きいと思われる業種について調査の充実に努めた。
景品表示法による消費者行政の推進
 事業者間における価格と品質についての競争を維持・促進し,一般消費
者の適正な商品選択に資するよう,独占禁止法は,不当な顧客誘引行為を
不公正な取引方法として規制している。さらに,このような不当な顧客誘
引行為を有効かつ迅速に処理するため,独占禁止法の特別法として不当景
品類及び不当表示防止法(以下「景品表示法」という。)が定められてい
るところである。
 公正取引委員会は,消費者向けの商品・サービスの種類や販売方法が多
様化する中で,消費者の適正な商品選択が妨げられることのないよう引き
続き景品表示法の厳正な運用により不当な顧客誘引行為の排除に努めた。
 本年度においては,二輪自動車の補修用鉛蓄電池の原産国表示に関する
不当表示,ミシンの不当な二重価格表示等に対して排除命令を行った。
 また,一般消費者に広告商品等の購入可能性について誤認されるおとり
広告について,これに対する規制の明確化と実効性の向上を図る観点か
ら,「おとり広告に関する表示」告示の見直しを行い,平成5年4月同告
示及び運用基準の全部を変更した。さらに,景品類の提供の制限に関する
公正競争規約について,その内容が最近の経済実態の変化を踏まえたもの
となるよう公正取引協議会に対し見直しの指導を行い,関係公正取引協議
会は,本年度末までに公正競争規約等の改正を行った。

第2 業務の大要

 業務別に見た本年度の業務の大要は,次のとおりである。

 独占禁止法違反行為に対する抑止力を強化するため,独占禁止法第89条
の罪について,事業者及び事業者団体に対する罰金刑の上限を500万円か
ら1億円に引き上げることを内容とする独占禁止法改正法が,平成4年12
月に成立し,平成5年1月から施行された。
 独占禁止法と他の経済法令との調整に関する業務としては,エネルギー
等の使用の合理化及び再生資源の利用に関する事業活動の促進に関する臨
時措置法,水産業協同組合法の一部を改正する法律,信用金庫法施行令の
一部改正等について,関係行政機関が立案するに当たり所要の調整を行っ
た。
 独占禁止法違反被疑事件として本年度中に審査を行った事件は227件で
あり,そのうち年度内に審査を完了したものは173件であった。その内訳
は,独占禁止法第48条の規定に基づく勧告審決37件,警告21件,注意73件
及び違反事実が認められなかったため審査を打ち切ったものが42件であっ
た。これらを行為類型別に見ると,価格カルテル61件,入札談合27件,不
公正な取引方法74件,その他の行為11件となっている。勧告審決を行った
事件37件について見ると,価格カルテル事件が14件,入札談合事件が19
件,不公正な取引方法に係る事件が4件であった。
 また,17件の価格カルテル事件及び入札談合事件について,計135名に
対し,総額26億8,157万円の課徴金の納付を命じた。
 さらに,法務省からの通報等を端ちょとして社会保険庁発注の支払通知
書等貼付用シールの入札談合事件について審査を行い,平成5年2月,独
占禁止法第73条の規定に基づき同シールの供給業者4社を検事総長に告発
した。
 審判事件は,独占禁止法違反彼疑事件が6件,景品表示法違反被疑事件
が2件の計8件であったが,そのうち1件につき審決を行った。
 独占禁止法運用の透明性を確保し,違反行為を未然に防止するため,各
種のガイドラインを公表するとともに事前相談制度を設置している。本年
度においては「共同研究開発に関する独占禁止法上の指針」を,平成5年
4月に公表した。また,「銀行・証券等の相互参入に伴う不公正な取引方
法等について」を同年4月公表した。
 独占禁止法第18条の2の規定に基づく価格の同調的引上げに関する報告
徴収については,蛍光灯器具,フォークリフトトラック,普通・小型乗用
車,換気扇,田植機,コンバイン及び農業用トラクタの7件について,価
格引上げの理由を徴収した。
 競争政策の適切な運用に資するための事業活動及び経済実態の調査のう
ち本年度に実施した主なものは,高度寡占産業における競争の実態調査,
独占的状態調査,企業間取引の実態調査,政府規制制度等に関する調査等
であった。
 独占禁止法第9条の2から第16条までの規定に基づく企業結合に関する
業務については,金融機関の株式所有について39件の認可を行った。ま
た,報告,届出を受理したものは,事業会社の株式所有状況についての報
告が8,776件,競争会社間の役員兼任についての届出が5,675件,会社の合
併・営業譲受け等についての届出が3,081件であり,これらについて所要
の審査を行った。
 独占禁止法第8条の規定に基づく事業者団体の届出件数は,成立届が
766件,変更届が1,873件,解散届が668件であった。
 また,独占禁止法に関する理解を深め,違反行為を未然に防止するため
の措置の一環として事業者団体の活動に関する相談・指導業務を行ってお
り,平成5年7月,事業者団体の活動に関する相談事例集を公表した。
 独占禁止法第6条の規定に基づく国際契約の届出件数は,1,138件であ
り,このうち,再販売価格の制限,販売先の制限等不公正な取引方法に該
当するおそれのある事項を含む37件の契約について指導等を行った。
10  不公正な取引方法に関する規制については,技術取引,流通取引等の公
正化を推進するため,事業者等からの相談に積極的に応じ,必要に応じて
調査を行うなどして適切な指導に努めた。
 また,メーカー希望小売価格等に関する実態調査,加工食品業界の流通
実態に関する調査を行った。
11  独占禁止法第24条の3の規定に基づく不況に対処するための共同行為及
び同法第24条の4の規定に基づく企業合理化のための共同行為について
は,本年度において実施されたものはなかった。
 独占禁止法の適用を除外されている共同行為には,このほか独占禁止法
以外の法律に基づき当委員会に協議を行った上で主務大臣が認可等を行う
ものがある。共同行為の本年度末における現存数は,161件であり,その
大半を中小企業の分野におけるものが占めている。
12  再販売価格維持行為に対する独占禁止法の適用除外制度の見直しを行
い,平成4年5月,再販指定商品を指定する告示を全部改正し,化粧品及
び一般用医薬品について再販適用除外が認められる品目のうちおおむね半
数について原則として平成5年4月から指定を取り消した。
 また,再販適用除外が認められる著作物の範囲について今後幅広い角度
から総合的な検討に着手することとする旨を平成4年4月公表した。
13  下請法に関する業務としては,下請取引の公正化及び下請事業者の利益
保護を図るため,親事業者13,234社及び下請事業者74,334社に対し書面調
査等を行った。また,景気停滞の影響が大きいと思われる業種についてよ
り充実した調査を行うため,別途下請事業者を対象に書面調査を行った。
 本年度において,下請法違反行為が認められた1,933件につき,警告等
の措置を行った。また,下請代金の減額を行っていたと認められた43社の
親事業者が269社の下請事業者に自主的に返還した減額分は,総額1億
3,136万円であった。
14  景品表示法第6条の規定に基づき排除命令を行ったものは10件(いずれ
も表示関係)であり,警告等を行ったものは景品関係383件,表示関係512
件の計895件であった。
 都道府県における景品表示法関係の業務の処理状況は,同法第9条の2
の規定に基づく指示を行ったものが3件,注意を行ったものが3,405件(景
品関係812件,表示関係2,593件)であった。
 また,一般消費者に広告商品等の購入可能性について誤認されるおとり
広告について,これに対する規制の明確化と実効性の向上を図るため
「おとり広告に関する表示」告示の見直しを行い同告示及び運用基準の全
部を変更した。
15  国際関係の業務としては,経済協力開発機構(OECD),国際連合貿
易開発会議(UNCTAD)等の国際機関における競争政策関係の会議に
積極的に参加するとともに,韓国,フランス及びECの独占禁止当局との
間で競争政策に関して緊密な意見交換を行った。また,日米構造問題協議
フォローアップ会合に出席し,新たなコミットメントを含む第2回年次報
告の作成作業に参加するとともに関係部分の施策を着実に実施した。