第2部 各  論

第1章 独占禁止法制の動き

第1 独占禁止法の改正

 国民生活を一層充実し,我が国経済を国際的により開かれたものとするた
め,独占禁止法違反行為に対する抑止力の強化を図ることが政府の重要課題
の一つとなっている。当委員会は,このような観点を踏まえ,違反事件の審
査体制の強化を始め,独占禁止法違反行為に対する抑止力を強化するため各
般の取組を行っている。
 その一環として,平成3年の課徴金の引上げ等を内容とする独占禁止法改
正に続き,平成4年3月27日,私的独占,不当な取引制限等の罪について事
業者等に対する罰金の最高限度額の引上げを内容とする私的独占の禁止及び
公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律案を国会に提出した。同
法律案は,平成4年12月10日に可決・成立し,同月16日に公布され(平成4
年法律第107号),平成5年1月15日から施行された。
 同改正の背景,検討経緯,内容等は,次のとおりである。

1 改正の背景と検討の経緯
(1) 改正の背景
 刑事罰については,課徴金に係る独占禁止法改正の具体的内容につい
て広く有識者の意見を求めるために内閣官房長官の下で開催された「課
徴金に関する独占禁止法改正問題懇談会」(座長 館龍一郎 東京大学
名誉教授)において,多くの会員から抑止力の総合的な向上を図るため
その強化を検討する必要があるとの意見が出された。
 また,課徴金の引上げに関する独占禁止法の改正に当たり,平成3年
3月13日の衆議院商工委員会において,独占禁止法違反行為の防止の徹
底を図るための措置の一つとして刑事罰の強化を検討すべき旨の附帯決
議が行われた。
(2) 検討の経緯
 当委員会は,こうした状況を踏まえ,平成3年1月,独占禁止法,刑
事法の学識経験者からなる「独占禁止法に関する刑事罰研究会」(座長
 正田彬 上智大学教授)を開催し,刑事罰の強化について検討するこ
ととした。
 刑事罰研究会は,平成3年5月17日,それまでの研究結果を中間的に
当委員会に報告し,さらに同年12月18日,それまでの検討結果を取りま
とめた報告書を当委員会に提出した。同報告書については,平成4年2
月29日,衆議院予算委員会から予算案の審議のための国政調査の一環と
して上記報告書の提出要請を受け,当委員会は上記報告書を提出し,3
月2日に公表した。
 報告書は,①独占禁止法違反行為に対する刑事罰強化の必要性を様々
な観点から検討した上,現行の事業者及び事業者団体に対する罰金刑の
上限(500万円)は,低きに失し,典型的な企業犯罪である独占禁止法
違反行為に対する抑止効果を十分なものとするためには,独占禁止法第
95条の両罰規定における事業者等に対する罰金刑の上限を従業者等の行
為者に対するそれと切り離して,抜本的に引き上げることが必要であ
り,かつそれが可能であること,②刑事罰の強化については,市場メカ
ニズムの基本的機能を直接的に侵害する典型的かつ重大な違反行為で
あって,一般消費者の利益に対する侵害の程度も他の罪に比べ著しく高
い独占禁止法第89条の罪(私的独占,不当な取引制限,事業者団体によ
る競争の実質的制限)に着目して行うことが緊要であること,③事業者
等に対する罰金刑の上限の水準については,独占禁止法の趣旨,目的,
違反行為の性質などを踏まえ,事業者と個人の資力の格差,諸外国の法
制との比較,課徴金制度の存在等の諸点を総合勘案して決定する必要が
あること,④その場合,独占禁止法第89条の罪について,事業者等に対
し定められている罰金刑の法定刑である500万円を数億円程度の水準に
引き上げること,また,従業者等の行為者に対する懲役刑,罰金刑につ
いてはいずれも現行の水準にとどめることが相当であること,などをそ
の骨子としている。
 両罰規定における,事業者に対する罰金刑の上限と従業者等の行為者
に対する罰金刑の上限のいわゆる運動を切り離すことが可能であるこ
と,この運動を切り離した場合における事業者に対する適正な罰金刑の
水準を決定するに当たっての考慮事項などについては,平成3年12月2
日に法制審議会刑事法部会において了承されたところであり,同部会に
おいて了承された内容と上記報告書における刑事罰研究会の検討の結果
とは軌を一にするものとなっている。
(3) 改正法案の取りまとめ
 当委員会においては,独占禁止法改正法案を作成するに当たって,具
体的な罰金刑の水準を決定するに際し,上記報告書の基本的方向を踏ま
え,現時点で社会の大方の理解が得られるものであることが必要である
ことを考慮しつつ,今回の改正が我が国の刑事法制において長年にわた
り定着してきた両罰規定における事業者等と従業者等の行為者に対する
罰金刑の連動を切り離し,事業者等に対する罰金刑を大幅に引き上げる
という新たな制度を導入するものであること,また,平成3年7月にカ
ルテルに係る課徴金の引上げ等を内容とする独占禁止法の改正が施行さ
れたばかりであることなどの点にかんがみ,これを1億円とすることと
し,平成4年3月12日,改正案の骨子を作成・公表し,これに基づき改
正法案を取りまとめた。
改正法案の国会審議
 改正法案は,平成4年3月27日に閣議で決定の上,同日,国会に提出さ
れた。
 内閣提出の改正法案は,平成4年5月28日,衆議院本会議において趣旨
説明及び質疑が行われ,同日,衆議院商工委員会に付託された。衆議院商
工委員会において,質疑,参考人による意見陳述等が行われたが,議了す
るに至らなかったため,6月19日に衆議院において閉会中審査(継続審
査)とされた。その後,第124回国会を経て,平成4年11月27日に衆議院
商工委員会で,12月1日に本会議でそれぞれ可決された。法案は,参議院
に送付され 参議院商工委員会に付託された後,12月9日に同委員会で,
12月10日に本会議でそれぞれ可決され,成立した。なお,衆・参商工委員
会においてそれぞれ附帯決議が付された。
 なお,平成4年3月26日,日本社会党・護憲共同から独占禁止法の一部
を改正する法律案が国会に提出され,また,同年12月9日,参議院商工委
員会において日本社会党・護憲民主連合から内閣提出の改正法案に対する
修正の動議が提出されたが,いずれも成立しなかった。
改正の内容
 改正法案の主な内容は,独占禁止法第89条の罪(私的独占,不当な取引
制限 事業者団体による競争の実質的制限)について,独占禁止法第95条
(両罰規定)中,事業者及び事業者団体に対する罰金刑の上限を,従業者
等の行為者に対する罰金刑の上限と切り離して定め,500万円を1億円に
引き上げるものである。

第2 その他の所管法令の改正

 当委員会が所管する法令には,独占禁止法のほか,私的独占の禁止及び公
正取引の確保に関する法律の適用除外に関する法律(以下「適用除外法」と
いう。),下請法及び景品表示法並びに私的独占の禁止及び公正取引の確保に
関する法律施行令等の政令がある。その他,当委員会は,独占禁止法第76条
の規定に基づき,内部規律,事件の処理手続及び届出,認可,又は承認の申
請その他の事項に関する必要な手続について規則を定めることができるとさ
れており,この規定に基づいて公正取引委員会の審査及び審判に関する規則
等が定められている。
 本年度における独占禁止法以外の所管法令の改正状況は,次のとおりであ
る。

(1)  公正取引委員会の審判費用等に関する政令(昭和23年政令第332号)
が改正され,当委員会に出頭を命ぜられた参考人及び鑑定人に支払われ
る日当額の上限が引き上げられた(平成4年政令第204号)。
(2)  事務局の機構に関し,公正取引委員会事務局組織令等の一部改正が行
われた。(付属資料1-1)

第3 独占禁止法と他の経済法令との調整等

法 令 調 整
 当委員会は,関係行政機関が特定の政策的必要性から経済法令の制定又
は改正を行おうとする際に,これら法令に独占禁止法の適用除外や競争制
限的効果をもたらす行政庁の処分についての規定を設ける等の場合には,
その企画・立案の段階で当該行政機関から協議を受け,独占禁止法及び競
争政策との調整を行っている。
 本年度において調整を行った主なものは,次のとおりである。
(1) エネルギー等の使用の合理化及び再生資源の利用に関する事業活動の
促進に関する臨時措置法案
 我が国の資源エネルギー事情その他我が国をめぐる最近の諸事情の変
化にかんがみ,新たな経済的環境に即応した資源エネルギーの合理的か
つ適切な利用を促進するため,通商産業省は,エネルギー及び特定物質
の使用の合理化並びに再生資源の利用に関する事業活動について,産業
基盤整備基金による債務保証,中小企業信用保険法の特例措置等の措置
を講ずることを内容とするエネルギー等の使用の合理化及び再生資源の
利用に関する事業活動の促進に関する臨時措置法案を立案した。
 当委員会は,複数の事業者が共同して再生資源の利用や包装材料等の
使用の合理化に関する事業活動を行う場合があることにかんがみ,独占
禁止法上の問題が生ずることなく再生資源の利用や包装材料等の合理化
が促進されることが重要であるとの観点から,通商産業省と所要の調整
を行った。本法律案の当委員会に関する内容は,おおむね次のとおりで
ある。
 主務大臣は,事業者又は建築物の建築をしようとする者が行うエネ
ルギー及び特定物質の使用の合理化並びに再生資源の利用の促進に関
する自主的な努力の指針を定め,これを公表する。
 2以上の事業者が共同して再生資源の利用及び包装材料等の使用の
合理化に関する事業を行うときは,共同事業実施計画を事業所管大臣
に提出し,承認を受けることができる。
 上記共同事業実施計画は独占禁止法の枠内で行われるものとし,こ
のため主務大臣と当委員会との間で意見調整を行う制度を設置する。
 本法律は,平成15年3年31日までに廃止するものとする。
なお,本法律案は,第126回国会に提出,審議された結果,平成5年
3月29日可決,成立し,同年3月31日公布された。
(2) 水産業協同組合法の一部を改正する法律案
 近年の我が国周辺水域における水産資源状態の悪化等,我が国漁業及
び漁村をめぐる情勢の変化に対応して,農林水産省は,水産資源の管理
を漁業協同組合等の事業と位置付けるとともに,漁業協同組合等は資源
管理規約を定めることができること等を内容とした水産業協同組合法の
一部を改正する法律案を立案した。
 これに対して,当委員会は,水産物の需給調整や価格調整に結び付か
ない方法で水産資源の管理が行われることが重要であるとの観点から,
農林水産省と調整を行った。
 なお,本法律案は第126回国会に提出,審議された結果,平成5年4
月16日可決 成立し,同年4月23日公布された。
(3) 信用金庫法施行令の一部改正
 独占禁止法第24条は,小規模の事業者の相互扶助を目的とすること等
の要件を備える組合について同法の適用を除外しているところ,信用金
庫法は,第10条で,信用金庫の会員企業の資本金の最高限度額を政令で
定めるものとするとともに,第7条で,独占禁止法の適用除外とされる
組合の要件を備えるとみなされる信用金庫を構成する会員企業の資本金
の最高限度額についても,別途政令で定めるものとしている。
 大蔵省は,最近の信用金庫における会員企業の資本金の増大等の経済
諸情勢の変化に対応して,両政令について最高限度額を6億円から9億
円に引き上げるため,信用金庫法施行令改正案を立案した。
 これに対して,当委員会は,信用金庫の会員資格については格別,独
占禁止法の適用除外とされる組合とみなされる信用金庫の会員企業の基
準については,小規模事業者の相互扶助に資するとともに,公正かつ自
由な競争を確保する必要があるとの観点から,大蔵省と所要の調整を
行った。
 なお,本改正は,平成5年4月1日から施行されている。
(4) その他
 このほか,著作権法の一部を改正する法律案,不正競争防止法案,農
林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律の一部を改正する法
律案等について関係行政機関から協議を受け,必要に応じ,独占禁止法
及び競争政策との調整を行った。
行政調整
 当委員会は,関係行政機関が特定の政策的必要性から行う行政措置等に
ついて,当該措置等が独占禁止法及び競争政策上問題がある場合には,当
該行政機関と調整を行うこととしている。
 本年度において調整を行った主なものは,次のとおりである。
不動産担保付債権買取機構の設置について
 いわゆるバブル経済の崩壊に伴う株価と不動産価格の大幅な低下によ
る金融機関の内部資産の減少と不良債権の増大に対処するため,大蔵省
は,民間金融機関の不良債権の早期処理を図るための方策を検討し,こ
れを受けて民間金融機関が共同して不動産担保債権を買い取る機構を設
立することが民間金融機関を中心して構想された。
 これに対し,当委員会は,独占禁止法の枠内で不良債権の早期処理が
なされることが必要であるとの観点から,大蔵省の指導について所要の
協議を行った。
 なお,本件買取機構は,平成5年1月27日に,民間金融機関により株
式会社共同債権買取機構として設立された。