第6章 経済実態の調査

第1 概  説

 当委員会は,競争政策の運営に資する目的から,経済力集中の実態 主要
産業の実態等について調査を行っている。本年度においては,高度寡占産業
における競争の実態に関する調査,独占的状態調査,政府規制制度等に関す
る調査を行った。

第2 高度寡占産業における競争の実態に関する調査

1 調査の趣旨
(1)  当委員会は,経済調査研究会を開催し,次に渇げる10業種を対象に産
業組織論的見地からその実態についての調査・検討を行った。
 ①食缶②板ガラス③自動車用タイヤ・チューブ④カラー写真フィルム
 ⑤ビール⑧ウイスキー⑦家庭用合成洗剤⑧ピアノ⑨二輪自動車⑲乗用
 車
(2)  高度寡占産業とは,少数の企業が市場の大部分を占めている産業であ
り,従来から価格の下方硬直性,排他的な流通政策,価格の同調的引上
げ,これを利用した高収益等の論点が指摘されてきており,これまでに
も競争政策的見地から関心が持たれ,各種の調査・研究が行われてきて
いる。一方,近年の業際化,国際化の進展等の状況変化において,これ
ら産業についても市場の範囲 境界が動きつつあるとの指摘もあること
から,今回の調査・検討においてはこうした状況変化を踏まえて検討を
行った。
 検討の対象として取り上げた上記10業種は,独占的状態に対する措置
に関する規定が導入された昭和52年以降,ほぼ継続して監視対象品目と
なっているものである。
2 調査結果の概要
(1) 対象10業種の産業組織
 対象10業種の産業組織の特徴は,昭和52年度以降平成2年度までの
データによって見ると,次のとおりである。
 生産面における新規参入はあまりなく,高水準の集中度が続いてい
るが,一部,輸入という形での参入があり,集中度が若干低下した業
種もある。
 価格の同調的引上げが多く見られ,それにより利益率が著しく上昇
した例もある。
 非価格競争として新製品開発による競争が多く見られ 高付加価値
新製品の発売によりメーカー出荷価格が上昇したと見られる例がある
ほか,消費財では広告宣伝活動が活発に行われている。
 メーカーが流通業者に対し出資等の形で関与しているものがあり,
また中間財の供給や消費財の流通に関する企業間取引において取引が
長期にわたり,かつ,継続する傾向が見られる。
 販売管理費売上高比率を昭和52年度以降について見ると,調査対象
10業種においても全体としては製造業平均と同様上昇の傾向にある。
また,首位企業と2位又は3位企業との間で販売管理費売上高比率を
比較すると,首位企業が相対的に低くなっている。
 昭和52年度以降の利益率の平均を見ると,首位企業の利益率は製造
業平均を上回っているのに対して,2位以下の企業の利益率は製造業
平均並み又はそれ以下という傾向がある。
(2) 寡占の維持要因
 対象10業種において,新規参入があまりなく,高度寡占が維持されて
いる要因としては次のような点が考えられる。
生産面
(ア)  巨額の設備投資を必要とし,規模の経済性が存在するため,小規
模の需要しか期待できない参入当初においては生産コスト面で不利
となること。
(イ)  既存企業と新規参入企業との間に生産技術の格差があること。
流通面
(ア)  卸売又は小売のいずれかが事実上専売となっている場合は,既存
の流通網へのアクセスが容易ではないこと。
(イ)  販売面においても規模の経済性が存在するため,小規模の販売し
か期待できない参入当初においてはコスト的に不利となること。
(3) 検討すべき論点
非価格競争
(ア)  品質競争や新製品開発競争は,個々の品質の向上をもたらした
り,ユーザーや消費者のニーズを商品生産に反映させたり,商品選
択の幅が広がる限りではユーザーや消費者の利益をもたらすもので
あり,また,技術革新により生産の効率化が進み価格引下げの要因
となることもある。反面,消費者の利益を図る観点からは,高付加
価値化や多くの製品を発売するめの多品種少量生産化が,消費者
ニーズの範囲を超えたものとなったり,生産の非効率化をもたらし
たり,価格引上げの要因となることもあることに留意する必要があ
る。
(イ)  流通段階で卸売又は小売のいずれかにおいて事実上専売となって
いるものが多く,メーカー希望小売価格を基準として流通段階での
標準的な取引価格を設定する,いわゆる建値制が採用されているほ
か,テリトリー制を採用しているものもある。これらの慣行につい
ては,状況によって流通段階における価格競争が制約される可能性
があるので,価格維持的効果をもたらすような形で維持,強化され
ることのないようにする必要がある。
(ウ)  消費財について,新規参入や新製品発売が成功するためには,多
くの消費者にその商品の特色を認知させることが必要であり,広告
宣伝活動は重要な競争手段である。しかし,広告宣伝費の増大が,
ひいては価格の引上げをもたらすことがあることに留意する必要が
ある。
同調的な価格行動
 同調的な価格行動が生ずる要因としては,高度寡占産業においては
事業者の数が少ないため,他の企業の価格行動などについて予測しや
すいことが挙げられる。
 同調的な行動自体が直ちに独占禁止法違反行為の要件を満たすもの
ではないとしても,情報交換により共通の意思の形成につながる場合
には独占禁止法上問題がある。
長期継続的取引
 既存の取引関係が長期にわたり継続する傾向があり,その要因は
個々の財の特質によって異なると考えられるが,このような慣行の下
においては競争阻害的な行為に結びつきやすい面もあるので,このよ
うな行為が行われないように留意する必要がある。
業際化・国際化の動き
 対象10業種においては,上位メーカーの全売上高に占める調査対象
品目の売上高の割合,いわゆる専業比率は低下の傾向にあり,多角化
が進んでいる。このため,競争政策上の問題の分析対象としての「市
場」の範囲や境界が動きつつあることが考えられる。
 一方,国際化の進展により,外国企業が日本に参入する場合に,単
独で参入する能力を持つ外国企業が,日本企業と企業結合や提携関係
の締結を行うことにより,独立の競争単位とならなかったりすること
も考えられる。したがって,今後,このような国際的な企業結合や提
携関係が日本国内の市場にどのような影響を与えるかを検討する必要
がある。
(4) 今後の競争政策上の対応
新規参入を容易にする状態の確保
 高度寡占産業においては,種々の要因から生産段階において新規参
入はあまりみられないが,これらの分野についても近年輸入品のウェ
イトが高まってきており,国内の価格動向にも影響を与えていると考
えられる。競争政策の観点からは新規参入が競争阻害的な行為によっ
て妨げられることがないようにすることが必要であり,とりわけ流通
段階について着目する必要がある。
 したがって,流通段階での新規参入,例えば製品輸入による外国企
業の参入等が行われやすい状態が確保されるようにすることが肝要で
ある。
価格競争の促進
 対象10業種においては,価格の同調的引上げの事例も多く,また,
状況によっては価格維持的効果が生じやすい流通慣行も見られる。
 高度寡占産業については特に価格競争が十分行われるよう常に監視
する必要があり,それぞれの産業の実態に即して,メーカー段階にお
ける競争的な価格設定や流通段階の価格競争の一層の促進を図る必要
がある。
品質競争や新製品開発競争の進展への対応
 新規参入が行われにくい産業にあっては,特に消費者利益の確保が
重要であり,企業行動の適正化とともに,消費者の商品選択が適正に
行われるよう,消費者が商品の品質や価格に関し十分な情報を得られ
るようにする必要がある。
高度寡占産業に対する調査の実施
 公正取引委員会は,今後とも,高度寡占産業に対しては,新規参入
の困難性,価格の著しい上昇及び下方硬直性,高利益率,過大な販売
管理費の支出等の弊害が生じていないか,常にその実態について把握
を行い,また,これら産業における業際化・国際化の動向について的
確な実態把握に努めるとともに,これら動向が国内市場に与える影響
について調査・検討を進める必要がある。

第3 独占的状態調査

 独占禁止法第8条の4は,独占的状態に対する措置について定めている
が,当委員会は,独占禁止法第2条第7項に規定する独占的状態の定義規定
のうち,事業分野に関する考え方について,ガイドラインを公表しており,
その別表には,国内総供給価額要件及び市場占拠率要件に該当すると認めら
れる事業分野並びに今後の経済事情の変化によってはこれらの要件に該当す
ることとなると認められる事業分野が掲げられている。
 これらの別表掲載業種については,公表資料及び通常業務で得られた資料
の整理・分析を行うとともに,特に集中度の高い業種については,生産,販
売,価格,製造原価,技術革新等の動向,分野別利益率等について,関係企
業から資料の収集,事情聴取等を行うことにより,独占禁止法第2条第7項
第2号(新規参入の困難性)及び第3号(価格の下方硬直性,過大な利益
率,過大な販売管理費の支出)の各要件に則し,企業の動向の監視に努め
た。

第4 政府規制制度等に関する調査

概  要
 我が国では,社会的,経済的な理由により,種々の産業分野において,
参入,設備,数量,価格等に係る経済的事業活動が政府により規制され,
また,独占禁止法の適用が除外されている。
 政府規制制度及び独占禁止法適用除外制度(以下「政府規制制度等」と
いう。)の中には,それが導入された当時における社会的,経済的情勢が今
日において大きく変化し,このような変化に即した見直しを行う必要が生
じているものもある。さらに,近年,消費者重視の政策の確立及び国民生
活の質的向上を図る観点並びに我が国の市場をより国際的に開かれたもの
とする観点からも,政府規制制度等の見直しが要請されている。
 このような事情から第三次臨時行政改革推進審議会は,平成4年6月に
行った第三次答申において,政府規制制度等の見直しについて提言を行っ
ており,政府も同答申を最大限に尊重する旨の閣議決定を行っている。
 政府規制制度等の見直しの必要性は海外でも共通に認識されており,昭
和54年にOECD理事会が加盟各国に対し政府規制制度等を見直すべき旨
の勧告を行っており,アメリカやヨーロッパ諸国において,政府規制制度
等の緩和が進められている。
政府規制制度等の見直し
(1)  当委員会は,従来から競争政策の観点から政府規制制度等について中
長期的に見直しを行ってきている。昭和63年7月以降,政府規制制度等
の見直し及び関連分野における競争確保・促進政策の検討を行うため
「政府規制等と競争政策に関する研究会」(座長 鶴田俊正 専修大学教
授)を開催している。同研究会は,物流関連分野(貨物運送,流通
等),消費者向け財・サービス供給分野(旅客運送,金融関連,LPガ
ス販売)及び農業関連分野(生産資材,農業生産,農産物流通,食品工
業)を対象に検討を行い,平成元年に検討結果を取りまとめ公表した。
(2)  同研究会は,引き続き,独占禁止法適用除外制度(以下「適用除外制
度」という。)全般を対象として,その問題点,改善の方向について検
討を行い,その結果を平成3年7月に公表した。
 適用除外制度については,第三次臨時行政改革推進審議会の「国際化
対応,国民生活重視の行政改革に関する第三次答申」(平成4年6月)
においても,「個別の法律に基づく独占禁止法適用除外制度について,
必要最小限にとどめるとの観点から見直しを行い,平成7年度末までに
結論を得ることとし,その際に所管省庁は公正取引委員会と十分協議す
ること」とされている。
 また,日米構造問題協議の「フォローアップ第2回年次報告」(平成
4年7月)においても,同答申を十分尊重し,原則として制度の廃止又
は対象範囲の縮減の方向で速やかに検討を進めることが重要な政策課題
として盛り込まれており,当委員会としても,その見直しに積極的に取
り組んできている。
(3)  当委員会は,情報通信分野における競争政策上の課題について検討を
行うため「情報通信分野競争政策研究会」(座長 実方謙二 北海道大学
教授)を開催し,電気通信分野における問題点を中心に過去数次にわた
り取りまとめを行っている。本年度においては,放送事業分野における
競争政策の在り方について検討を行い,検討結果を取りまとめ平成4年
8月に公表した(検討結果の概要は本章3参照)。
(4)  当委員会は昭和55年4月以来,行政事務の簡素・合理化等の観点から
許認可等の見直しを行っている総務庁との間で「政府規制及び独占禁止
法適用除外に関する合同検討会議」及び実務担当者会議を開催し,政府
規制制度等の見直しの基本方針,方法等について連絡・調整を行ってき
ている。
 本年度においては,合同検討会議を1回,実務担当者会議を1回開催
し,政府規制制度等の見直しの実施状況 規制緩和された分野における
競争政策上の課題等について連絡及び意見交換を行った。
放送事業に関する調査
 情報通信分野競争政策研究会は,放送事業における競争政策の在り方に
ついて検討を行い,平成4年8月,「放送事業と競争政策」を公表した。
その概要は,次のとおりである。
(1) 検討の趣旨及び対象
 放送事業分野については,情報・通信分野の技術革新により,多メ
ディア・多チャンネル化や市場規模の拡大が見込まれるとともに,視聴
者,広告主の放送サービスに対するニーズの多様化も一層進展すると考
えられる。このような中で,放送事業分野においても公正かつ自由な競
争を促進する競争政策の役割が重要となってきている。
 研究会においては,その事業規模や影響力の大きさという観点を踏ま
えて,主にテレビ放送を中心とした放送法に基づく放送サービスの提供
を対象とし,併せて,近年ニューメディアとして成長している有線テレ
ビジョン放送法に基づく都市型CATVによる放送サービスの提供を取
り上げた。
 また,我が国の放送事業は公共放送と民間放送の併存体制となってい
るが,研究会においては民間放送の分野における問題点を中心に検討を
行っている。
(2) 放送事業における競争政策の役割と重要性の高まり
放送事業における競争政策の役割
(ア) 競争政策の必要性
 放送サービスの提供については,基本的に多数の放送事業者の事
業活動として行われており,①放送事業の発展,創意工夫の発揮,
②低廉かつ多様な放送サービスの提供による消費者や利用者の利益
の確保等を図る観点からは,放送事業についても出版・新聞等のマ
スメディアも含む他産業と同様に公正かつ自由な競争の維持・促進
を図ることが必要である。
(イ) 放送政策と競争政策の関係
 放送事業は,国民の思想,意見の形成等に影響するなどその社会
的影響力が強く,しかも,利用する電波が有限希少で事業を行える
ものが限られているという特殊性がある。このため,事業主体の多
様化や情報の公平な提供等を目的とする放送政策の観点から免許制
度等の参入規制やマスメディア集中排除等の事業主体規制等が行わ
れている。
 しかしながら,放送政策と競争政策との関係についてみると,例
えば,事業主体の集中の排除,多様化等その目的・効果が重なり合
う部分もあり,競争政策の推進は,同時に放送政策の観点からみて
も望ましい成果をもたらすことも多いと考えられる。また,放送政
策の目的のために何らかの規制が必要であるとしても,規制は市場
の競争条件に影響を与えるものであり,競争政策の観点からは,そ
のような規制の範囲,手段は可能な限り競争制限的でないものとす
ることが重要である。
競争政策の重要性の高まり等
 放送メディアの多様化等による放送事業分野及び関連分野の市場拡
大,放送の規制根拠となっている電波の有限性の緩和,個々の放送メ
ディアの社会的影響力の相対的な低下等により,放送事業分野におけ
る公正かつ自由な競争の促進が,重要となっている。
 また,OECDの競争政策委員会においても加盟各国における民間
分野を中心とした放送事業の著しい発展の状況を踏まえて,放送事業
における競争政策の在り方について検討が行われている。
(3) 放送事業における規制と競争政策の観点からみた課題
放送規制の見直し
(ア) 放送普及基本計画
 放送普及基本計画においては,放送種類別に置局事業者数の目標
が定められており,その設定に当たっては,安定的な放送サービス
の提供等を実現するために経営基盤の確保等を図ることが必要であ
るとの観点から,当該地域における需要の動向等が考慮されてい
る。
 しかしながら,需要動向等の要素を考慮して放送事業者数を設定
することは,①既存の事業者が規制に安住するとともに,効率的な
事業者の参入が制限されるおそれがある,②国の裁量の余地が大き
くなり内容が不明確になるおそれがあるなどの問題がある。
 このため,競争政策の観点からは,現行の放送普及基本計画にお
いて民間放送事業者数を設定することに当たっては 基本的に電波
の混信の防止という技術的要素のみを考慮してこれを行うことが望
ましい。
(イ) 免許制度
 新たな放送局免許の申請に際しては,当初の段階で申請者及び申
請予定者が多数に上る場合が多く,その場合は,申請者等の間でい
わゆる一本化調整が行われている。また,CATVの許可申請や事
業区域の拡大に際しても,同様に調整等が行われることが多い。
 こうした一本化調整等は,①新規事業者等の決定過程を不透明な
ものとするおそれがある,②調整期間の長期化によって事業の開始
やその拡大が遅延するおそれがあるなどの問題がある。
 このため,競争政策の観点からは免許等の申請・付与の手続に際
しては,申請者間におけるいわゆる一本化調整を行うことなく,申
請段階における競争を確保するとともに,決定過程の透明性を高め
ていく方向で,制度の在り方について見直しを図っていくことが必
要と考えられる。
 なお,CATVや無線放送について,放送事業者を送信設備を設
置・所有する事業者と番組を編集・提供する事業者に分離する制度
(ハードとソフトの分離)の促進など放送事業に対する参入をより
容易にし,放送事業の分野における競争の促進を図ることも必要と
考えられる。
(ウ) マスメディア集中排除原則
 マスメディア集中排除原則の内容については,その目的である放
送事業主体の多様性の確保と放送事業者の自由な経済活動の確保及
びそれを通じた利用者の利益の確保との調和を図っていく必要があ
る。この観点からみると,各放送事業者及び放送サービスについて
一律に適用するのではなく,所有する放送局の放送サービスの内
容,対象となる地域の範囲,視聴者からみた選択範囲の大きさ等を
踏まえた適用を行うことが必要であると考えられる。
 なお,マスメディア集中排除原則の見直しに当たっては,併せ
て,新規参入をより容易にし,既存の免許事業者の新規放送事業分
野への進出が不当に有利になるなど免許制度による弊害が生じるこ
とのないように配慮していくことも重要である。
 また,マスメディア集中排除原則の見直しの結果,仮に複数局所
有等が認められることとなった場合においては,放送サービス等の
市場において複数局所有等による競争制限的な弊害が生じることの
ないように公正取引委員会としても適切な対応を図っていく必要が
ある。
競争制限的な行為の防止
 放送事業分野における公正かつ自由な競争の促進を図る観点から,
視聴者に対する放送サービスの取引分野,放送広告の取引分野,ネッ
トワークの取引分野及び放送ソフト取引分野の各分野において競争阻
害的な行為等が行われないようにする必要がある。