第1部 総  論

第1 概    説

 平成5年度における我が国経済は,当初経済の一部に明るい動きが現われ
たが,その動きは経済全体に広がるまでには至らなかった。そして,いった
んは落ち着いたかにみえた円高が春先から8月にかけて急激に進行したこと
が景気にマイナスに作用し,個人消費が低迷するとともに,鉱工業生産は停
滞傾向を続け,在庫調整も足踏みするなど,経済は再び低迷した。しかし,
平成6年に入ってからは,再び経済の一部に明るい動きが現われ始め,これ
を内需中心の本格的な回復局面へと結び付けていくことが必要となってい
る。このように景気後退が長期化した本年度においては,産業の空洞化への
懸念,内外価格差の存在や,従来型の雇用システムの再構築など,我が国経
済の構造的・長期的な課題が再認識されるようになった。また,流通構造の
変化が進む中,個々の消費者の商品に対する価格志向が強まっている。
これらの経済環境を考えると,規制緩和等の経済改革を進め,市場機能を
最大限発揮させることにより,消費者選択の多様化を通じて国民生活の向上
に努めるとともに,活力と創造性に満ちた経済を構築していくことが,我が
国の重要な課題となっている。
 このような中で,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下
「独占禁止法」という。)の有効かつ適正な運用により,内外の事業者の公
正かつ自由な競争を促進し,また,政府規制制度及び独占禁止法適用除外制
度を見直すことにより,事業者が自主的な判断や創意工夫によって活力ある
事業活動を行っていくことができる競争条件を整えるとともに,我が国経済
の健全な発展を図ることが一層重要となってきている。
 なお,競争政策の積極的な展開の必要性については,平成6年3月29日に
閣議決定された対外経済改革要綱においても,「公正かつ自由な競争を一層
促進することにより,我が国市場をより競争的かつ開かれたものとするた
め,競争政策の積極的展開を図る」とうたわれているところである。
 こうした見地から,公正取引委員会は,本年度においては次のような施策
に重点を置いて競争政策の運営に積極的に取り組んだ。

独占禁止法違反行為の積極的排除
 市場メカニズムが有効に機能することを阻害する価格カルテル,入札談
合,不公正な取引方法などの独占禁止法違反事件に対し,当委員会では,
従来から厳正に対処してきているところであり,本年度においても積極的
な違反事件の処理に努めた。
 本年度に行った排除勧告は31件であり,うち14件が入札談合事件であっ
た。
 主な勧告事件についてみると,入札談合事件としては,川崎市発注の土
木工事等に係る事件,宮城県の土木事務所等が発注する塗装工事に係る事
件,香川県が発注する特定測量等に係る事件等があり,価格カルテル事件
としては,兵庫県,大阪府及び広島県における普通トラックの最低販売価
格決定事件,船舶用塗料等の価格カルテル事件等があり,不公正な取引方
法関係の事件としては,事務用印刷機の消耗品,ミニドリンク剤の再販売
価格維持事件等があった。
独占禁止法運用の透明性の確保と違反行為の未然防止
 効果的な独占禁止法の運用を図り,違反行為を未然に防止するために
は,独占禁止法の目的,規制内容及び法運用の方針が,事業者や消費者に
十分理解されることが必要である。このため,当委員会は,従来から独占
禁止法の運用基準(ガイドライン)を作成・公表することによって,どの
ような行為が独占禁止法上問題となるのかを明らかにし,事業者及び事業
者団体による独占禁止法違反行為の未然防止とその適切な活動の展開に役
立てている。
 本年度においては,数多く発生している入札談合事件への対応として,
事業者及び事業者団体による公共的な入札に関連した活動と独占禁止法の
関係について明確に示し,その理解を促進することにより,違反行為の未
然防止を図るため,「公共的な入札に係る事業者及び事業者団体の活動に
関する独占禁止法上の指針」を策定することとし,その原案を平成6年3
月に発表した。
 なお,原案に対する関係各方面からの意見を踏まえて,さらに検討を行
い,平成6年7月5日に同ガイドラインを公表した。
 また,企業等において独占禁止法遵守マニュアルの作成の動きが広がる
など,「独占禁止法コンプライアンス・プログラム」に対する関心が高
まっていることから,当委員会としてもその整備のための企業の自主的な
取組を積極的に支援したほか,本年度においてはコンプライアンス・プロ
グラムの作成,実施状況などを調査し,調査結果を公表した。
政府規制制度及び適用除外制度の見直し
 近年,消費者重視の政策の確立及び国民生活の質的向上を図る観点並び
に我が国の市場をより国際的に開かれたものにする観点から,政府規制制
度の見直しが要請されている。一方,一定の経済政策目的の達成のため,
特定の分野における一定の行為に独占禁止法の禁止規定の適用を除外する
という独占禁止法適用除外制度についても,経済環境の変化によりその見
直しが必要になってきている。
 政府は,平成6年2月の「今後における行政改革の推進方策について」
(行革大綱)及び前記の対外経済改革要綱において,公的規制の緩和等の
推進を掲げるとともに,個別法による独占禁止法の適用除外カルテル等制
度について,5年以内に原則廃止する観点から見直しを行い,平成7年度
末までに結論を得る旨決定している。
 この適用除外制度見直しについては,本年度新たに設置された「独占禁
止法適用除外制度見直しに係る関係省庁等連絡会議」の場などを通じて,
その見直しを関係省庁に積極的に働き掛けた。また,政府規制制度の見直
しに関しては,「政府規制等と競争政策に関する研究会」を開催してお
り,同研究会は,政府規制の現状,問題点及びその見直しの在り方につい
て検討を行い,その結果を「競争政策の観点からの政府規制の問題点と見
直しの方向」として取りまとめ,平成5年12月にこれを公表した。
下請法による中小企業の競争条件の整備
 取引関係にある事業者間においてー方の事業者の取引依存度が高い場合
に,取引の相手方が不当にその地位を濫用する行為は,独占禁止法によ
り,不公正な取引方法(優越的地位の濫用)として規制されている。この
うち,特に下請取引については,親事業者による優越的な地位の濫用行為
が行われやすいことから,独占禁止法の特別法として下請代金支払遅延等
防止法(以下「下請法」という。)が定められている。
 当委員会は,引き続き,中小企業の自主的な事業活動が阻害されること
のないよう,下請取引の公正化及び下請事業者の利益の確保を図るため,
下請法の厳正かつきめ細かな運用を行った。
 本年度においては,下請取引適正化のための都道府県との協力体制を推
進するとともに,下請法の周知徹底に努め,また,最近の円高等の影響が
下請事業者にしわ寄せされることのないよう,円高等の影響が特に大きい
と思われる業種の下請事業者を対象とする調査を特別に実施し,この調査
を踏まえて親事業者等に対し下請法の遵守を要請した。
景品表示法による消費者行政の推進
 事業者間における価格と品質による競争を維持・促進し,一般消費者の
適正な商品選択に資するよう,独占禁止法は,不当な顧客誘引行為を不公
正な取引方法として規制している。さらに,このような不当な顧客誘引行
為を有効かつ迅速に処理するため,独占禁止法の特別法として不当景品類
及び不当表示防止法(以下「景品表示法」という。)が定められている。
 当委員会は,消費者向けの財・サービスの種類や販売方法が多様化する
中で,消費者の適正な商品選択が妨げられることのないよう,引き続き,
景品表示法の厳正な運用により,不当な顧客誘引行為の排除に努めた。
 本年度においては,エステティックサロンの痩身サービスに係る不当表
示や,紳士服販売業者による背広服の不当な二重価格表示等に対し排除命
令を行い,また,有料老人ホームの入居案内に係るパンフレット等の不当
表示に対し警告を行うとともに,関係団体に対し表示の適正化等に関して
要望を行った。
経済のグローバル化に対応した競争政策の展開
 経済のグローバル化の進展により,競争政策の国際的調和の推進を図る
ことが重要になってきている。このため,緊密化している二国間及び多国
間の競争政策に関する協力,調整等が円滑に進められるよう,海外の競争
政策当局との意見交換,国際会議の主催・参加等により,競争当局間の協
力関係の一層の充実を図った。

第2 業務の大要

業務別にみた本年度の業務の大要は,次のとおりである。

 独占禁止法に規定する独占的状態の要件のうち事業分野の定義に係る国
内総供給価額を500億円から1,000億円に,また価格の同調的引上げに関す
る報告徴収の対象となる事業分野の定義に係る国内総供給価額を300億円
から600億円にそれぞれ引き上げることを内容とする私的独占の禁止及び
公正取引の確保に関する法律施行令の一部を改正する政令が平成5年7月
から施行された。
 独占禁止法と他の経済法令との調整に関する業務としては,特定中小企
業の新分野進出等による経済の構造的変化への対応の円滑化に関する臨時
措置法,不動産特定共同事業法等について,関係行政機関が立案するに当
たり,所要の調整を行った。
 独占禁止法違反被疑事件として本年度中に審査を行った事件は222件で
あり,そのうち年度内に審査を完了したものは147件であった。本年度中
に処理した審査事件の内訳は,独占禁止法第48条の規定に基づく勧告審決
27件,審判開始決定2件,警告25件,注意79件及び違反事実が認められな
かったため審査を打ち切ったものが14件であった。これらを行為類型別に
みると,価格カルテル36件,入札談合17件 その他のカルテル16件,不公
正な取引方法69件,その他9件となっている。勧告審決を行った事件27件
についてみると,価格カルテル8件,入札談合12件,その他のカルテル1
件,不公正な取引方法5件,その他1件であった。
 また,21件の価格カルテル事件及び入札談合事件について,計406名に
対し,総額35億5,321万円の課徴金の納付を命じた。
 審判中の事件は,前年度から引き継いだものを含めて,独占禁止法違反
被疑事件が12件 景品表示法違反被疑事件が4件の計16件であったが,そ
のうち本年度中に,独占禁止法違反彼疑事件3件について審決を行い,こ
のほか,審判開始手続を進めていた景品表示法違反被疑事件2件につい
て,審判開始決定を取り消すとともに所要の審決を行った。
 独占禁止法運用の透明性を確保し,違反行為を未然に防止するための取
組として,本年度においては,「公共的な入札に係る事業者及び事業者団
体の活動に関する独占禁止法上の指針」を策定することとし,その原案を
平成6年3月に発表した。
 なお,平成6年7月に同ガイドラインを公表した。
 また,入札に関して,発注官庁との連絡体制の整備を図るため,平成5
年11月に連絡担当官会議を開催した。
 このほか,企業等による独占禁止法コンプライアンス・プログラムの整
備を支援するとともに,その整備状況に関する調査結果を取りまとめ平成
6年1月に公表した。
 政府規制制度の見直しについて,平成5年12月に「政府規制等と競争政
策に関する研究会」が公表した「競争政策の観点からの政府規制の問題点
と見直しの方向」で示された考え方に基づき,その見直しに取り組んだほ
か,適用除外制度の見直しについて,本年度新たに設置された「独占禁止
法適用除外制度見直しに係る関係省庁等連絡会議」の場などを通じて関係
省庁に積極的に働き掛けた。
 独占禁止法第18条の2の規定に基づく価格の同調的引上げに関する報告
徴収については,本年度下期において乾電池の1件があり,また,平成6
年度上期に価格引上げ理由の報告を徴収したものは一般日刊全国新聞紙及
びビールの2件であった。
 競争政策の適切な運営に資するための事業活動及び経済実態の調査のう
ち本年度に実施した主なものは,板ガラス,乗用車,自動車部品及び紙の
4業種を対象とした企業間取引の実態に関する調査,円高差益還元対策に
係る実態調査 独占的状態調査等であった。
 なお,4業種に対する実態調査において指摘した問題点に対する関係事
業者の対応状況についてフォローアップ調査を行った。
 独占禁止法第9条から第16条までの規定に基づく企業結合に関する業務
については,金融機関の株式保有について48件の認可を行い,また,報
告,届出を受理したものは,事業会社の株式所有状況についての報告が
8,036件 競争会社間の役員兼任についての届出が6,330件,会社の合併・
営業譲受け等についての届出が3,070件であり,これらについて所要の審
査を行った。
 独占禁止法第8条の規定に基づく事業者団体の届出件数は,成立届225
件,変更届1,928件,解散届61件であった。
 また,独占禁止法に関する理解を深め,違反行為を未然に防止するため
の措置の一環として事業者団体の活動に関する相談・指導業務を行った。
 なお,平成6年7月に平成5年度の事業者団体の活動に関する主要相談
事例集を公表した。
10  独占禁止法第6条の規定に基づく国際契約の届出件数は,742件であ
り,このうち,不当な取引制限又は不公正な取引方法に該当するおそれが
ある事項を含む11件の国際契約について指導等を行った。
11  不公正な取引方法に関する規制については,流通取引,技術取引等の公
正化を推進するため,事業者等からの相談に積極的に応じるとともに必要
に応じて調査を行うなどして適切な指導に努めた。
 このほか,平成6年3月に玩具に関する流通実態調査結果を取りまとめ
公表した。
12  独占禁止法第24条の3に基づく不況に対処するための共同行為及び同法
第24条の4の規定に基づく企業合理化のための共同行為については,本年
度において実施されたものはなかった。
 独占禁止法の適用を除外されている共同行為には,このほか独占禁止法.
以外の法律に基づき当委員会に協議を行った上で主務大臣が認可等を行う
ものがある。このような共同行為の本年度末における現存数は,67件とな
り,その大半を環境衛生関係営業の運営の適正化に関する法律及び輸出入
取引法に基づく共同行為が占めている。
13  再販売価格維持行為に対する独占禁止法の適用除外制度の見直しを行
い,平成4年5月,再販指定商品を指定する告示を全部改正し,化粧品及
び一般医薬品について再販適用除外が認められる品目のうちおおむね半数
について原則として平成5年4月から指定を取り消した。本年度における
再販契約に関する届出受理件数は,変更届150件,成立届1件であった。
14  下請法に関する業務としては,下請取引の公正化及び下請事業者の利益
保護を図るため,親事業者12,781社及びこれらと取引している下請事業者
75,864社を対象に書面調査を行ったほか,資本金1,000万円超3,000万円未
満の製造業者1,000社に対して書面調査を実施した。また,円高等の影響
が大きいと思われる電気機械製造業及び輸送用機械器具製造業の2業種に
係る下請事業者を対象に,特別の書面調査を行い,調査の結果違反行為が
認められた親事業者に対し,事実に即し警告等の措置を採った。
 このほか,ソフトウェア業における委託取引に関する実態調査を行い,
平成5年12月に関係団体に対し,委託取引の適正化を要望した。
15  景品表示法第6条の規定に基づき排除命令を行ったものは8件であり,
警告を行ったものは景品関係342件及び表示関係471件の計813件であっ
た。                        
 都道府県における景品表示関係の業務の処理状況は,同法第9条の2の
規定に基づく指示を行ったものが2件,注意を行ったものは3,110件(景
品686件,表示2,424件)であった。
16  国際関係の業務としては,経済協力開発機構(OECD),国際連合貿
易開発会議(UNCTAD)等の国際機関における競争政策関係の会議に
積極的に参加するとともに,イギリス,韓国,フランス,EU及びアメリ
カの独占禁止当局との間で緊密な意見交換を行った。
 また,貿易摩擦問題への対応に関しては,競争政策の観点から,外国企
業の我が国市場への参入に当たり,反競争的行為があった場合にはこれに
厳正に対処することとし,日米包括経済協議等の二国間協議の会合に必要
に応じ対応した。