第7章 経済実態の調査

第1 概   説

 当委員会は,競争政策の運営に資する目的から,経済力集中の実態,主要
産業の実態等について調査を行っている。本年度においては,企業間取引の
実態調査,独占的状態調査,六大企業集団に関する調査等の調査を行った。

第2 企業間取引の実態調査

 近年,我が国における企業間の取引慣行,特に取引先企業との長期継続的
な取引関係についての評価をめぐり,内外に高い関心があることから,競争
政策の観点から個別産業における企業間取引の実態を把握するため,農薬及
び合成ゴムの2業種を対象として,継続的取引の要因及び背景,株式所有と
取引との関係,市場における排他性や閉鎖性を有する取引慣行の有無等を含
む企業間の取引慣行の実態調査を行い,それぞれの業種における取引実態及
び競争政策上の観点からの問題点を取りまとめ,平成6年7月に公表した。

農   薬
(1) 調査の対象・方法
 農薬を対象として,メーカー,流通当事者間の取引を取り上げ,企業
間取引の実態調査を実施したものであり,アンケート調査及びヒアリン
グ調査によって調査を実施した。メーカーには,原体(有効成分)を製
造するメーカー,原体を購入し最終製品としての製剤を製造するメー
カー,原体・製剤を一貫して製造するメーカーがある。
(2) 調査結果の機要
原体の取引について
 原体メーカーは,直接又は商社を通じて製剤メーカーに原体を販売
している。原体メーカーは,1社平均10社以上の製剤メーカーと取引
し,製剤メーカーは1社平均20社以上の原体メーカーと取引してお
り,5年以上継続して取引しているものが約90%ある。このように取
引が継続的になる背景として,原体には代替性がないこと,原体メー
カーと製剤メーカーが共同して研究開発を行うことなどの要因があ
る。
 原体メーカーの中には,原体の販売先である製剤メーカーや商社と
の取引契約書において,相手方が原体を転売することや競争品を取り
扱うことについて協議を要する旨規定するなど,相手方の事業活動を
制限し得る条項を設けている例がみられたが,本調査の実施を契機に
関係事業者により自主的に見直しが行われ,是正されている。
製剤の取引
 製剤の流通経路は,系統組織(全国農業協同組合連合会(全農),
都道府県経済農業協同組合連合会(経済連),農業協同組合(農協)
を総称するもの)を経由する系統ルートと,卸商及び小売商を経由す
る商系ルートがあり,製剤メーカーの大部分は,製剤を系統,商系の
両ルートを通じて供給している。
(ア) 系統ルート
メーカーと全農との取引
 全農は,前年の価格を基準としつつ農業情勢や製造コストの変
化等を勘案して,仕入先メーカーと個別に交渉して取引価格を決
定している。また,調査対象メーカーのほとんどが全農と取引し
ており,すべて5年以上継続して取引している。
系統内取引
 系統組織内における供給価格は,各段階の受入価格に手数料を
加算したものとされており,それぞれの会員に対して一律かつ年
間同一価格が原則となっている。
 商系ルートでの取引価格が系統ルートよりも低い場合,系統組
織がこれに対抗して供給価格を引き下げることがあり(市況対
策),全農は,従来はこの価格引下げ分の負担をメーカーに求め
ていた。しかし,過去に段ボールの取引について全農以外からの
直接購入を防止するための原資を事後精算によりメーカーに負担
させていた行為が独占禁止法違反とされたことを踏まえ,全農は
メーカーの負担による事後精算方式を改め,自己財源による事前
確認方式により実施するなどの方策を講じている。
経済連又は農協のメーカー又は卸商からの仕入取引
 全農は,経済連や農協が全農以外からも仕入活動を行うことを
制約しておらず,経済連は,メーカーや卸商とも取引を行ってい
るほか,農協も経済連のほかに卸商とも取引を行っている。系統
ルート以外からの仕入取引を行う理由としては,経済連にあって
は全農が当該製品を取り扱っていないとするものが,農協にあっ
ては卸商が緊急の需要に対する即納性に優れているとするものが
多い。
(イ) 商系ルート
メーカーと卸商との取引
 メーカーは,通常は価格交渉を行うことなく,卸商に対して販
売価格表を示し,その販売価格表どおりの価格で取引を行ってい
る。メーカーの多くは全農への販売価格にスライドさせた価格を
設定している。
 メーカーは1社平均約100社の卸商と取引し,卸商は1社平均
約10社のメーカーと取引しており,5年以上継続して取引してい
るものが約80%ある。メーカーが卸商と取引を継続している理由
は,販売実績からの信頼関係,地域の販売網としての必要性を挙
げるものが多く,また,卸商の仕入れにおいては,価格よりも過
去の取引実績や農薬に関する専門知識の有無が重視されている状
況がみられる。
卸商と小売商との取引
 卸商は,通常は価格交渉を行うことなく小売商に価格表を示
し,当該価格で取引し,期末にリベートで仕入価格を調整すると
ころが多い。価格は,経済連の農協への供給価格に準じて設定さ
れることが多い。
 卸商と小売商との取引は,5年以上継続して取引しているもの
が約90%ある。卸商と小売商との取引が継続的になるのは,長年
の取引関係によって営業活動支援や物流等の面で無理が利くなど
卸商との緊密な信頼関係が背景にあるといわれている。なお,小
売商の農家等への販売価格は,農協の販売価格に合わせて設定さ
れるものが多い。
価格形成とリベートについて
 農薬の取引においては,系統ルート及び商系ルートともに,実質的
な価格競争がリベートにより行われているという側面がみられ,ま
た,メーカーから支払われたリベートは,系統ルート及び商系ルート
ともに次の取引段階でのリベートの原資として用いられており,順
次,次の取引段階での実質的な取引条件に反映されている。
 しかしながら,系統ルート及び商系ルートともにリベートの種類が
多くかつ複雑であり,その支払目的が不明確なもの,リべートの取引
額に占める割合が高いものがあり,さらに,期末にリベートが精算さ
れて初めて実質的な取引価格が分かるような場合がある等各段階の実
質的な取引価格が分かりにくいものとなっており,リベートの簡素化
や支払条件の明確化が行われることが期待される。
 また,一部の経済連の中には,高い水準の系統ルート利用率を基準
として奨励金を供与したり,目標取扱数量とりンクさせた累進性の高
い奨励金を供与するなどの例がみられるが,このような場合には,農
協の商系ルートからの仕入れを抑制させる可能性があるので十分留意
する必要がある。
農薬の取引における返品の慣行等
 返品の慣行は系統ルート,商系ルートの双方にあり,返品が行われ
ること自体は返品を受ける側も一般に容認しており,また,全農も,
返品の適正化を図るために農薬返品処理要領を改正して不当な返品が
行われないよう努めているところである。しかしながら,商系ルート
に比べて系統ルートの返品が多いとの指摘や,JAマーク付きの製品
が返品された場合には商系ルートに転用できないという不満もみら
れ,不当な返品が行われることがないよう同要領の一層の徹底などに
十分留意する必要がある。
 系統組織からメーカーに対して災害時の見舞金の要請,農薬の倉庫
整理などへの手伝いの人員派遣の要請など,場合によっては独占禁止
法上の問題が生じる可能性のあるものも見受けられ,不当な要請が行
われることのないよう+分留意する必要がある。
メーカー・流通業者間の結び付きについて
(ア) メーカー間
 製剤メーカー19社と原体メーカーとの株式所有関係をみると,製
剤メーカー19社のうち10社が原体メーカーの株式を所有し,14社が
原体メーカーに株式を所有されているが,これらの株式所有比率は
10%未満がほとんどである。
 また,原体メーカーに役員を派遣している製剤メーカーは4社で
あり,原体メーカーからの役員の受入れはほとんどみられない。
(イ) メーカーと卸商間
 商系ルートに製剤を販売しているメーカー19社のうち14社は卸商
の株式を所有しており,7社は卸商に株式を所有されているが,こ
れらの株式所有比率は10%未満であることが多い。また,19社のう
ち11社が,販売先に対して1社平均0.4人の役員を派遣している。
(ウ) メーカーと系統組織との関係
 全農は,資本関係の有無にかかわらずほとんどのメーカーと継続
的取引を行っているが,メーカー4社の株式を所有し役員も派遣し
ている。これらのメーカーは,自社の販売政策として全農と密接な
関係を築いたという経緯がある。
輸入の状況
 海外メーカーの日本法人の多くは工場を持たず,主に米国やEU諸
国からの輸入品を国内メーカーに販売している。最終製品としての製
剤の輸入はほとんどなく,原体又は製剤バルクによる輸入が一般的と
なっている。この背景としては,①輸送コストが節減できること,
②最終製品としての製剤を輸入する場合には,農薬取締法により当該
製剤について登録が必要になること,③農薬の効果や安全性のデータ
が必要であるが,これには現地での試験が不可欠であること等の事情
がある。
合 成 ゴ ム
(1) 調査の対象・方法
 合成ゴムを対象として,合成ゴムメーカー,販売業者及びユーザー
(合成ゴムを原料として,主にゴム製品を製造する事業者)の間の取引
を取り上げ,企業間取引の実態調査を実施したものであり,アンケート
調査及びヒアリング調査によって調査を実施した。
(2) 調査結果の概要
メーカーと代理店との取引
 メーカーは,1社平均16.6社の代理店と取引しており,5年以上継
続して取引している代理店が約90%を占める。代理店は,1社平均
5.3社のメーカーと取引している。取引が継続的になる理由として,
メーカーは,タイヤメーカーと合成ゴムメーカーとの直接取引もあっ
て代理店の新規参入が少ないこと,品質の向上,技術サービスの提供
など,メーカーの活動がユーザーに評価されていることなどを挙げて
おり,一方,代理店は,過去の取引実績に基づく信用を重視している
こと,ユーザーが仕入商品についてメーカー名を指定することなどを
挙げている。
代理店・メーカーとユーザーとの取引
 代理店は1社平均46社のユーザーと取引し,メーカーは1社平均25
社のユーザーと直接取引している。一方,ユーザーは,1社平均7.4
社の代理店と取引し,また,1社平均3.3社のメーカーと取引してい
る。
 代理店とユーザーとの取引では,5年以上継続して取引している
ユーザーが92.6%を占め,メーカーとユーザーとの取引では,5年以
上継続して取引しているユーザーが84%を占める。ユーザーは仕入先
との取引が継続的になる理由として,仕入先が販売業者の場合には,
過去の取引実績に基づく信用を重視していることや,仕入れに適した
製品のメーカーの代理店になっていることなどを,仕入先がメーカー
の場合には,過去の取引実績に基づく信用を重視していることのほ
か,他の業者に比べて価格,取引条件等が有利なためであることなど
を挙げている。
代理店の価格交渉・価格決定に対するメーカーの関与
 代理店を経由する取引においても,メーカーがユーザーへの販売価
格を実質的に決定することが多いという実態がみられたが,メーカー
がユーザーとの間で直接に価格等の取引条件を決定し,代理店は代金
回収に対する手数料を得ているにすぎないなど,実質的にみて,メー
カーがユーザーに販売していると認められる取引が多いと考えられ
る。しかし,実質的にみて代理店がユーザーに販売していると認めら
れる場合に,メーカーが代理店のユーザーへの販売価格に関与するこ
ととなれば独占禁止法上の問題が生じるおそれがある。メーカーが,
代理店との取引基本契約書において,メーカーの指定する販売価格で
の販売に努める旨の条項を設けている例がみられたが,これについて
は本調査の実施を契機に既に関係事業者により自主的に是正されてい
る。
代理店による競合他社品の取扱い
 メーカーの中には,メーカーと代理店との取引基本契約書におい
て,代理店が競合他社品の取扱いを行う場合には,あらかじめメー
カーと協議する旨の条項を設けるとともに,代理店にリベートを供与
する場合に,リベートの算定要素の1つとして競合他社品の取扱率の
多寡によってリベートの率に差が生じるように査定する例がみられた
が,これについては本調査の実施を契機に既に関係事業者により自主
的に是正されている。
メーカーと代理店,メーカー・代理店とユーザーとの結び付き
 メーカー14社のうち11社は,代理店の株式を所有しており,代理店
63社のうち26社は,メーカーの株式を所有しているが,これらの株式
所有比率は1%未満が多い。また,メーカー14社のうち8社は,代理
店に役員を派遣している。また,代理店18社のうち3社は,ユーザー
に役員を派遣している。
 メーカーと大手ユーザー間の一部で,株式の相互持ち合いや役員派
遣が行われ,取引も大量かつ継続的になっているケースがみられる
が,これらのケースには,合成ゴムメーカーの設立に際してタイヤ
メーカーが出資し,合成ゴムを共同で開発してきたことなどの経緯が
ある。ただし,この場合にもタイヤメーカーが株式所有先である合成
ゴムメーカーの販売先を制約している事実はなく,また,タイヤメー
カー自身が自己の株式所有先とライバル関係にある国内メーカーの製
品や海外メーカーの製品も購入しており,株式所有等の結び付きによ
り取引先の選択及び製品の販売又は購入が制約されているとは認めら
れない。
主要ユーザー(タイヤメーカー)の取引等の状況
 合成ゴムの主要ユーザーであるタイヤメーカー5社は,海外合成ゴ
ムメーカーを含め1社平均20.8社を仕入先としている。そのうち,代
理店が1社平均8.6社,国内メーカーが1社平均8.0社であり,その他
のユーザーと比べて仕入先の数はかなり多く,また,多くのメーカー
と直接取引している。
 タイヤメーカー5社と仕入先との取引では,仕入先が代理店の場合
には5年以上継続して取引している代理店が93%を占め,仕入先が
メーカーの場合にはすべて5年以上継続して取引している。取引が継
続的である理由として,タイヤメーカー5社は,仕入先がメーカーの
場合には,価格,取引条件等が有利なこと及び品質が良いことを重視
していることを挙げ,仕入先が代理店の場合には,それに加えてサー
ビス体制が優れていることを挙げるものが多い。
 タイヤメーカー5社のうち4社は,仕入先メーカーの株式を所有し
ており,その株式所有比率は,大手タイヤメーカー2社がそれぞれ合
成ゴムメーカーの設立時に出資したものを除き,すべて1%未満であ
る。また,大手タイヤメーカー2社は,合成ゴムメーカーの設立に際
し,出資するとともに役員も派遣している。
輸入の状況
 海外メーカーの中には,我が国に販売子会社を設立し,これを通じ
て商社やユーザーに販売しているものと,我が国には販売拠点を持た
ずに,商社,ユーザー,合成ゴムメーカーに販売しているものとがあ
る。
 輸入品の取扱状況をみると,代理店の57.1%が輸入品を取り扱って
いる。代理店18社のうち10社は,海外メーカーと取引しており,さら
に,5年以上継続的に取引している海外メーカーが約80%を占め,国
産品だけでなく輸入品についても継続的な取引が行われている。一
方,輸入品を購入しているユーザーが57.6%を占め,特に,タイヤ
メーカー5社はすべて輸入品を購入している。ユーザーの合成ゴムの
購入額全体に占める輸入品の割合は,10%未満であることが多く,国
内出荷量に占める輸入品の割合は必ずしも高いとはいえない。その要
因としては,輸入品の品質,納期等に難点があると評価されているこ
とや,ユーザーが合成ゴムの購入に関し,安定供給,迅速なクレーム
処理その他の技術サービス等を重視し,従来どおりの購入を継続する
傾向があることが考えられる。今後,海外メーカーにおいて品質,納
期等に対する改善努力が行われる一方,ユーザーにおいてその特性に
応じて輸入品を使いこなしていくことにより,合成ゴム市場において
国産品及び輸入品を含めた活発な競争が一層促進されることが期待さ
れる。

第3 独占的状態調査

 独占禁止法第8条の4は,独占的状態に対する措置について定めている
が,当委員会は,独占禁止法第2条第7項に規定する独占的状態の定義規定
のうち,事業分野に関する考え方について,ガイドラインを公表しており,
その別表には,独占的状態の国内総供給価額要件及び市場占拠率要件(国内
総供給価額が1000億円超でかつ,上位1社の市場占拠率が50%超又は上位2
社の市場占拠率の合計が75%超)に該当すると認められる事業分野並びに今
後の経済事情の変化によってはこれらの要件に該当することとなると認めら
れる事業分野が掲げられている。
 これらの別表掲載業種については,公表資料及び通常業務で得られた資料
の整理・分析を行うとともに,特に集中度の高い業種については,生産,販
売,価格,製造原価,技術革新等の動向,分野別利益率等について,関係企
業から資料の収集,事情聴取等を行うことにより,独占禁止法第2条第7項
第2号(新規参入の困難性)及び第3号(価格の下方硬直性,過大な利益
率,過大な販売管理費の支出)の各要件に則し,企業の動向の監視に努め
た。