第16章 消費者関係業務

第1 概  説

 近年,我が国では生活者・消費者重視の政策への取組が進められている
が,規制緩和の進展に伴い,消費者の自己責任の範囲が広がることから,消
費者が適正な情報提供に基づいて商品選択を行える環境を整備するため,独
占禁止法や景品表示法を適正に運用することにより,公正かつ自由な競争を
促進し,消費者取引の適正化に努めている。平成8年度においては 景品表
示法の運用業務,消費者に対する不公正な取引方法の指定に関する業務,消
費者モニターに関する業務等,消費者利益の確保に関連する業務を一元的に
担当する部署を新設し,消費者利益の確保に一層積極的に取り組んでいる。

第2 消費者モニター制度

概  要
 消費者モニター制度は,独占禁止法や景品表示法の施行その他当委員会
の消費者保護の諸施策の的確な運用に資するため,当委員会の依頼する特
定の事項の調査,違反被疑事実の報告,消費者としての体験,見聞等の報
告その他当委員会の業務に協力を求めるもので,昭和39年度から設置され
ている。
 平成8年度は関東甲信越地区315名,北海道地区60名,東北地区90
名,中部地区115名,近畿地区170名,中国地区76名,四国地区50名,九州
地区106名,沖縄地区18名,合計1,000名を消費者モニターに選定し委嘱し
た。平成8年度の消費者モニターの応募総数は9,381名,応募倍率は約9.4
倍であったご
 平成8年度においては,3回のアンケート調査を実施し,消費者モニ
ターの意見を聴取するとと,もに,カラー写真フィルムの購入方法等に関す
る調査等を行った。また,随時,独占禁止法及び景品表示法の違反被疑事
実の報告,意見等を求めたほか,試買検査会等において一般消費者として
の意見を求めた。
活動状況
(1) アンケート調査
 平成8年度における主なアンケート調査の概要は,次のとおりであ
る。
モニター研修会に対する要望についての調査
 消費者モニター研修会に対する要望等を把握するために調査を行っ
た。
化粧品の小売価格の実態に関する調査
 再販指定商品の縮小後の状況等を把握するため,化粧品の購入実態
等について調査を行った。
カラー写真フィルムの購入方法等に関する調査
 一般用カラー写真フィルム市場について,企業間取引の実態等を把
握するため,カラー写真フィルムの購入方法等について調査を行っ
た。
(2) 自由通信
 消費者モニターは,上記アンケート調査のほか,自由通信という形
で,随時,公正取引委員会に対して自由に意見及び情報を提供してい
る。これは,①独占禁止法及び景品表示法の違反被疑事実の通報,②景
品表示法に基づいて設定された公正競争規約の遵守状況等についての情
報提供,③その他一般的な意見の提供等を行うものであり,平成8年度
は合計3,408件の自由通信が寄せられた(第1表)。
第1表 消費者モニター通信状況
(3) 試買査会への参加
 平成8年度は,46件の試買検査会に消費者モニターが出席した(第2
表)。
第2表 試買検査会出席状況

第3 有料老人ホームにおける消費者取引の適正化に関する実態調
   査

調査の趣旨
 有料老人ホームは,公的な資金負担により設置・運営される老人福祉施
設と異なり,その運営にかかる経費はすべて入居者の負担により賄われて
おり,一般消費者は,入居に当たり高額の入居一時金を支払い,入居後更
に必要な費用を支払うことにより,老後の住居から食事,介護を含む日常
生活全般に対するサービスを購入するものである。したがって,有料老人
ホームを選択する時点において,将来具体的にどのようなサービスが提供
されるのかを十分評価・判断できることが極めて重要である。特に高齢者
が取引の当事者であるという点を考慮すると,取引内容に関する情報が適
正かつ具体的に分かりやすく提供されることが不可欠である。しかしなが
ら,この点に関し,有料老人ホームの募集広告における表示と有料老人
ホームの実態とが異なっている等の問題点が指摘されている。
 以上のような状況を踏まえ,当委員会は,関東近県に所在する96施設の
有料老人ホームの表示・契約等の実態について調査を行い,消費者に対す
る適切な情報提供等,消費者取引の適正化の観点から検討を行い,報告書
「有料老人ホームにおける消費者取引の適正化について」として取りまと
め,平成9年6月にこれを公表した。
有料老人ホームにおける消費者取引の適正化の観点からの問題点
 報告書で指摘した問題点の概要は次のとおりである。
(1) 終身利用型の有料老人ホームにおける介護体制の整備
 一部の終身利用(同一施設内介護)型の有料老人ホームにおいては,
隣接して提携病院を持ち,又は同一グループ内で老人保健施設を設置・
経営しており,施設内には介護居室又は「特別介護室」を設置していな
いなど,十分な介護体制をとらずに,排泄介助,衣服の着脱等の介護が
必要になった場合には,当該病院又は老人保健施設で介護を行っている
例がみられた。これらの中には,数百名の入居者に対してヘルパーを数
名しか配置せず,しかも,夜間は警備員しか配置していない例もみられ
た。
 また,一部の終身利用(提携施設介護)型の有料老人ホームにおいて
も,「提携の老人保健施設をご利用いただけます」として,提携施設で
ある老人保健施設において介護を受けられることが保証されているかの
ように表示している例がみられた。
 終身利用(同一施設内介護)型又は終身利用(提携施設介護)型と表
示していながら,実際には,自ら十分な介護体制をとらずに,医療保険
が適用される病院や老人保健施設において介護を行わせている有料老人
ホームがあることは,表示どおりに介護の体制を自ら整えて介護の提供
を行っている有料老人ホームにとっては,同一の競争条件の下で競争で
きないこととなるものであり,このような有料老人ホームにおいては,
それぞれの類型に応じ,介護する体制を自ら整えて十分な終身介護サー
ビスを提供することが必要である。
(2) 有料老人ホームの類型
 有料老人ホームについては,厚生省の有料老人ホーム設置運営指導指
針により6類型が定められているが,当該類型について次のような問題
点が認められる。
 6類型のうち最も数の多い「終身利用(同一施設内介護)型」につ
いてみると,この類型に属する有料老人ホームは,入居一時金を払う
ことにより,専用居室及び共用施設を終身にわたって利用する権利が
得られるというものである。したがって,入居者は,要介護状態に
なった場合の介護も終身にわたって「同一施設内」で受けることがで
きると認識すると考えられる。
 しかしながら,今回の調査では,「終身利用(同一施設内介護)
型」としている有料老人ホームの中には,実際に排泄や衣服の介助等
が必要となった場合に隣接する提携病院等において介護を行っている
ところが認められた。
 また,「終身利用(提携施設介護)型」においては,介護が必要に
なった場合の取扱いとして,専用居室の権利は存続するが,介護を行
う場所は提携施設又は同一設置者の別施設となっている。しかし,調
査対象の施設の契約書等をみると,居室の権利については,介護の場
所が提携施設に移行した場合,最初に入居した専用居室が存続すると
するものと,提携施設の居室に住み替えるが専用居室の権利について
は明確になっていないものとがあり,後者の場合,提携施設移行型
(専用居室の権利が消滅する)とどう違うのか判然としない。また,
消費者団体からも,提携施設に移して介護するのに「終身利用」とい
えるのかとの疑問も提起されている。
 したがって,現行の有料老人ホームの類型分類については,消費者
の取引先選択に資する観点から,終身介護を行うのか,また,それは
同一ホーム内で行うのかといった点について消費者に分かりやすいも
のとなるよう検討を行う必要がある。
 なお,類型については,厚生省の有料老人ホーム設置運営指導指針
により,パンフレット等の募集広告に明示することとされているが,
その旨の表示が無いものが見受けられたことから,それぞれの有料老
人ホームにおいては,パンフレット等の募集広告に類型を明確に表示
することが必要である。
(3) 積極的な情報開示の必要性
介護サービスについての情報開示
 介護サービスは,入居希望者本人が未体験であって,入居時点では
必要のないサービスのため,入居先の選択を行う時点では,将来の介
護を期待して高額の入居一時金を支払うにもかかわらず,その介護
サービスの内容について自らの切実な問題として入居前にあらかじめ
具体的にチェックすることが困難なものである。
 また,介護サービスは,入居者が老いていく過程の中で提供される
サービスであり,他の商品サービスのように手に取ってみたり人の評
価を聞いたりすることにより,その内容を知ることが極めて困難なも
のである。
 したがって,例えば次のような重要な事項について,それぞれの有
料老人ホームは,消費者に対する適切な情報提供の観点から,入居案
内のパンフレット等において分かりやすい形で具体的に表示を行うこ
とが必要であり,一般消費者がそれぞれの有料老人ホームの介護サー
ビスの内容について,十分な比較検討を行うことができるようにする
ことが望まれる。
 介護はどこで行うのか。専用居室から移される場合には,移され
る部屋は個室なのか相部屋なのか。また,その部屋の定員は何人か。
 どのような場合に専用居室から移されるのか。
 痴呆になってもホームで介護をするのか。
 入居者に対する介護従事者の割合はどうなっているのか。
 介護が必要となった場合に支払いを要する費用はどの程度か。
経営状況についての情報開示
 有料老人ホームの取引は,高額な入居一時金を支払った後に長期に
わたりサービスの提供を受けるという形となっており,有料老人ホー
ムの経営に万一のことがあった場合には,入居者にとっては重大な利
害関係が発生するにもかかわらず,有料老人ホームを選択する際に
は,有料老人ホームの経営の状況及び信用の状況についての情報はほ
とんど開示されていない。
 平成7年の厚生省の「有料老人ホームの健全育成及び処遇の向上に
関する検討会報告」においても,経営主体の財務内容の情報公開につ
いて今後検討すべきものと指摘されているところであり,この点につ
いての情報開示について早急に検討が行われることが望まれる。
重要事項説明書の記載事項及び説明時期
 厚生省の有料老人ホーム設置運営指導指針においては,重要事項説
明書は契約締結前に入居希望者に交付し十分説明することとされてい
るが,今回の調査において,重要事項説明書を作成していない,又は
作成していても記載事項に不備があるものが認められ,有料老人ホー
ムの対応は十分なものとなってはいないことから,有料老人ホーム
は,適切な重要事項説明書を作成することが必要である。
 また,厚生省の有料老人ホーム設置運営指導指針において定めてい
る重要事項説明書の内容として,例えば,具体的な職員の配置人数,
返還金の保全措置としての銀行の債務保証の有無について,消費者保
護の観点からも記載事項とすることを検討する必要がある。
 さらに,早い段階から消費者に対して情報を提供するという観点か
ら,それぞれの有料老人ホームにおいては,契約締結までの間に十分
な時間的余裕をもって重要事項説明書が消費者に提供され,十分な説
明が行われることが必要である。
 なお,各都道府県及び各市町村の老人福祉担当窓口や消費者セン
ター等において,有料老人ホームの募集パンフレットだけでなく,重
要事項説明書についても消費者が閲覧でき,有料老人ホームの比較検
討が十分できるようにすることが望ましい。
(4) 有料老人ホーム協会の在り方
新規加入希望者の入会審査
(ア)  有料老人ホーム協会は,老人福祉法上,有料老人ホームの入居者
の保護を図るとともに,有料老人ホームの健全な発展に資すること
を目的とする団体として規定されており,本来,より多くの有料老
人ホームを会員として,その健全性の確保を図るとともに,その入
居者の利益を図ることが求められている。
(イ)  有料老人ホーム協会は,新規入会希望者に対する入会審査におい
て,長期経営の安定確保の観点から,新規入会希望者に対して,入
居一時金の詳細な算定根拠のほか,当初及び長期(30年)の資金収
支計画等を求め,会員の有料老人ホーム等をメンバーとする入会資
格審査委員会において入会基準に合致するかどうかを審査している
が,競争事業者である既存事業者が新規参入者に対して,必要な限
度を超えて過度に経営上重要な情報の提供を求め,事業者団体への
入会について審査を行う場合には,公正かつ自由な競争を図る観点
からも問題があるものである。したがって,有料老人ホーム協会
は,より多くの有料老人ホームを会員として入居者の保護と会員の
健全な発展を図る観点から,有料老人ホームの入会審査について公
正かつ透明な運用を図っていくことが必要である。
会員の表示状況の再点検と必要表示事項の策定
(ア)  当委員会は,平成9年5月,有料老人ホーム協会の会員の有料老
人ホームに対して警告を行ったところであるが,有料老人ホーム協
会が年1回発行し,有料老人ホームへの入居を検討している消費者
に広く利用されている入居案内誌「有料老人ホーム入居ガイド
輝」においても不当表示のおそれのある事例が多く認められたとこ
ろである。
 また,当委員会は,平成5年12月に一部の有料老人ホームに対し
て警告を行った際にも,これらの事業者が会員となっている有料老
人ホーム協会に対して,有料老人ホームのパンフレット等におい
て,表示しなければならない事項を定めることを含め,表示の適正
化に努めるよう要望を行ってきた。
 このように,有料老人ホーム協会の会員の事業者による不当表示
のおそれのある事例が繰り返し認められたこと,また,有料老人
ホーム協会は老人福祉法により入居者の利益を図るべき立場に位置
付けられていることからも,入居案内誌における会員の有料老人
ホームの広告表示が適切かどうかについて,有料老人ホーム協会自
身が自ら再点検を行い,また,会員の有料老人ホームによる不当表
示の防止に努める必要がある。
(イ)  有料老人ホーム協会は,広告・表示の適正化を図るため,広告等
に関する表示基準を作成しているが,その内容は,特定用語の使用
基準,不当な表示例などにとどまっており,具体的にどのような事
項を表示するか(必要表示事項)を定めているものではない。
 消費者,特に高齢者に対し,適正な情報の開示の必要性が求めら
れているとの観点から,広告等における必要表示事項についても消
費者の意見を十分に踏まえて,早急に策定する必要がある。特に,
有料老人ホーム協会が発行する入居案内誌に,これらの必要表示事
項を掲載し,入居希望者にとって真に有料老人ホーム選びの参考と
なる資料となるように努めるべきである。