第10草 不公正な取引方法の指定
及び運用
第1 概 説
独占禁止法は,不公正な取引方法の規制として第19条において事業者が不
公正な取引方法を用いることを禁止しているほか,事業者及び事業者団体が
不公正な取引方法に該当する事項を内容とする国際契約を締結すること,事
業者団体が事業者に不公正な取引方法に該当する行為をさせるようにするこ
と,会社及び会社以外の者が不公正な取引方法により株式を取得し又は所有
すること,会社が不公正な取引方法により役員の兼任を強制すること,会社
が不公正な取引方法により合併すること等の行為を禁止している(第6条,
第8条第1項,第10条第1項,第13条第2項,第14条第1項,第15条第1項
等)。
不公正な取引方法として規制される行為の具体的内容は,当委員会が法律
の枠内で告示により指定することとされている(第2条第9項,第72条)。
不公正な取引方法に関しては,上記規定に違反する事件の処理のほか,不
公正な取引方法の指定に関する調査,不公正な取引方法の防止のための指導
業務等がある。また,不公正な取引方法に関する事業者からの相談に積極的
に応じることにより違反行為の未然防止に努めている。
第2 規制緩和後の市場における不公正な取引方法に対する取組の状況
1 |
規制緩和に伴う公正な競争条件の整備 |
|
「規制緩和推進計画の再改定について」及び「規制緩和推進3か年計
画」には,規制緩和の推進とともに競争政策の積極的展開を図るための措
置が盛り込まれており,当委員会は,独占禁止法違反行為に対する厳正か
つ積極的な対処,規制緩和の推進についての競争政策の観点からの調査・
提言,いわゆる民民規制についての実態調査及び競争制限的な民間慣行の
是正,独占禁止法適用除外制度の見直し等に取り組んでいるところであ
る。
規制緩和後の市場の競争秩序については,上記閣議決定において,規制
緩和後の市場の公正な競争秩序を確保するため,中小事業者等に不当な不
利益を与えるなどの不公正な取引に対して厳正・迅速に対処することとさ
れている。この点について,当委員会は,次のような取組を行ってきてい
る。 |
2 |
不当廉売に対する取組 |
|
(1) |
不当廉売規制 |
|
企業の効率性によって達成した低価格で商品を提供するのではなく,
採算を度外視した低価格によって顧客を獲得することは,正常な競争手
段とはいえず,これにより他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれ
がある不当廉売は,不公正な取引方法の一つとして禁止されている。 |
(2) |
処理状況 |
|
小売業における不当廉売は周辺の中小事業者に対する影響が大きいこ
とから,当委員会は,不当廉売に当たる可能性のある事案については迅
速に処理する方針の下で,その端緒に接した場合には,必要に応じて現
地に赴いて調査の上,注意等を行っている。
平成9年度において不当廉売につながるおそれがあるとして注意を
行ったものは,次表のとおりである。

主要な事例としては,酒類のディスカウンターによるビールの販売,
給油所によるガソリン等の販売,家電専門量販店による家電製品の販売
に関するものがある。 |
|
3 |
優越的地位の濫用に対する取組 |
|
(1) |
優越的地位の濫用規制 |
|
自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して不当に不
利益を与える行為は,自己と競争者及び相手方とその競争者との間の競
争条件をゆがめるものであり,こうした優越的地位の濫用は,不公正な
取引方法の一つとして禁止されている。
平成9年度においては,事業者間のサービス取引における優越的地位
の濫用行為について,「役務の委託取引における優越的地位の濫用に関
する独占禁止法上の指針」を作成・公表した。
また,優越的地位の濫用は,特に下請取引において生じやすいもので
あることから,下請取引における優越的地位の濫用を迅速に処理するた
め,独占禁止法の補完法として,下請法が制定されている。 |
(2) |
処理状況 |
|
ア |
下請取引においては,下請事業者が申告することを期待することが
できないことから,書面調査によって積極的に違反行為を発見し,是
正を図っている。
平成9年度における下請法違反事件の処理状況は,次表のとおりで
ある。

|
イ |
独占禁止法の優越的地位の濫用規制に関しては,株式会社トーハン
及び日本出版株式会社が,それぞれ,取引上の地位を利用して,自己
のコンピュータ処理システムの変更に係る自社が負担すべき費用のほ
とんどすべてについて,取引先出版社に対し要請書を送付する等によ
り,一方的に出版社に負担させようとしていた疑いが認められたこと
から警告を行った。
このほか,優越的地位の濫用につながるおそれがあるとして注意を
行ったものとして,大手量販店が納入業者に対して自己の販売する商
品の購入等を要請した疑いのある事件や,百貨店が売場の改装工事に
当たって納入業者に対して工事に係る費用を拠出するよう要請した疑
いのある事件など11件がある。 |
|
|
第3 最近の地方公共団体等が行った入札における安値応札について
当委員会は,規制緩和後の市場の公正な競争秩序を確保するため,中小事
業者等に不当な不利益を与える不公正な取引に対して迅速・適切に対処する
こととしている。平成9年度において,地方公共団体等が行った入札につい
て極端な安値での応札及び契約が行われたとの報道がみられたことから,当
委員会は,その事実関係を調査し,平成10年3月に調査結果を公表した。そ
の概要は以下のとおりである。
1 |
最近の地方公共団体等が行った入札における安値応札 |
|
(1) |
東京都保谷市発注の「こもれびホール」建物総合保守管理業務委託に
係る入札(平成9年9月18日実施)並びに財団法人横浜市スポーツ振興
事業団発注の横浜国際競技場の施設管理業務及び廃棄物処理運搬業務委
託に係る入札(それぞれ平成9年11月14日,同年11月20日実施)におい
て,明らかにコスト割れの価格で応札し,落札した事業者がみられた。
当委員会としては,これらの業務委託においては,次年度以降におい
て別途競争入札が行われるため受注者の継続受注が保証されているもの
ではないことから,今後も継続してコスト割れの価格で同事業者が受注
すれば,不当廉売につながることとなるおそれがあるとして落札者に注
意を行った。さらに,次年度以降のこれらの業務委託に係る競争入札に
おいて,競争が十分機能するためには,既存の業者と新規の業者との間
で業務の円滑な交代ができることが必要であるとの観点から,発注者に
対し十分な時間的余裕をもって次期入札を行うよう要請した。 |
(2) |
岡山市教育委員会発注の岡山市立小中学校向け複写機購入に係る入札
(平成9年8月5日実施)においては,複写機本体について明らかにコ
スト割れの価格で応札をした事業者が存在したところ,発注者が最も低
い価格で応札した者と複写機の購入契約を締結すると同時に,それに付
随するメンテナンス契約も随意契約により当該業者と締結している事実
がみられた。
本件の場合は,複写機本体としてみれば明らかにコスト割れ価格での
受注であったが,発注者が複写機の受注者と当該複写機のメンテナンス
について随意契約を締結していたことから,直ちに不当廉売として独占
禁止法違反になるとは認められないものであった。
当委員会としては,発注者に対し,複写機本体とメンテナンスを一括
して入札に付すなど,発注に当たってあらかじめ複写機本体とメンテナ
ンス契約の取扱いを明らかにすることが望ましい旨指摘した。
また,応札者に対しては,一体として業務を受注するような場合に,
その価格が全体としてコストを下回るようなときには不当廉売につなが
るおそれもあることを指摘した。 |
|
2 |
連続する役務等の取引に関する不当廉売の考え方 |
|
公共的な入札において,発注の方法が極端な安値による応札の背景とな
り得ることが考えられる。例えば,複数の会計年度にわたって一連のもの
として行われる役務提供等について,単年度の予算に分割して入札に付し
たり,機器・機材等のハード部分とソフト・メンテナンス部分の業務につ
いて,ハードの部分を競争入札に付し,ソフト・メンテナンス部分の業務
を随意契約により当該ハードの部分の落札業者に委託したりすることがあ
る。
こうした発注は,各地方公共団体等の財政上の要請から行われているも
のと考えられるが,応札業者としては,その後の役務又はそれらに付随す
る業務を引き続き受注することができることを期待して,当該入札につい
てコストを大幅に下回る対価で応札する可能性がある。特に,当該入札に
係る役務等を落札することがその後の役務又はそれらに付随する業務を受
注する上で極めて有利である場合には,コストを大幅に下回る対価で落札
しても当該事業者にとって必ずしも不利になるものではないことから,こ
のような行動が生じがちになる。
この場合の独占禁止法上の不当廉売の考え方は,次のとおりである。
ア |
一連の業務が単年度に分割して入札に付されるような場合において
は,各年度の落札価格についてコストとの関係を吟味し,当該事業者が
継続してコストを下回った価格で対応するような場合には,不当廉売に
該当するおそれがある。 |
イ |
他方,業務の一部が競争入札に付され,その余について,契約の性
質・目的などに応じて当該入札における落札業者との随意契約が行われ
るような場合においては,これらの業務を一体としてとらえてコストと
の関係を吟味することとなることから,仮に,入札に付された業務の落
札価格がその部分のコストを下回っていたとしても,不当廉売に該当し
ない場合がある。 |
以上のように,一連の業務の発注方法のいかんによって不当廉売に該当
するおそれがあるかどうかの考え方が異なるものである。また,入札部分
に付随する業務の発注方法が明らかでないときに,当該入札に参加する事
業者が,当該入札部分の受注が何らかの形で付随する業務の受注に有利に
なるものと過大に期待して極端な安値で応札する場合には,競争に与える
影響等によっては不当廉売に該当することがある。
不当廉売として問題とされるのは応札者の行為ではあるが,発注者にお
いても,業務の一部を入札に付す場合には,これに継続する業務の発注方
法がどうなるのかを明らかにするための工夫も望まれる。 |