第5章 法運用の透明性の確保と独占禁止法違反行為の未然防止

第1 概説

 独占禁止法違反行為の未然防止を図るとともに,独占禁止法の運用を効果的なものとするためには,独占禁止法の目的,規制内容及び運用の方針が国内外における事業者や消費者に十分理解され,それが深められていくことが不可欠である。このような観点から,当委員会は,各種の広報活動を行うとともに,事業者及び事業者団体の独占禁止法違反行為を具体的に明らかにした各種のガイドライン,「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」(平成3年7月),「共同研究開発に関する独占禁止法上の指針」(平成5年4月),「公共的な入札に係る事業者及び事業者団体の活動に関する独占禁止法上の指針」(平成6年7月),「事業者団体の活動に関する独占禁止法上の指針」(平成7年10月),等を策定・公表し,それに基づいて,個々の具体的なケースについて事業者等からの相談に応じている。
 平成11年度においては,「特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針」(平成11年7月),「債務の株式化に係る独占禁止法第11条の規定による認可についての考え方」を策定・公表し,法運用の透明性の確保を図っている。
 当委員会は,事業者及び事業者団体による独占禁止法違反行為を未然に防止するため,上記ガイドラインに基づき,事業者及び事業者団体が行おうとする具体的な事業活動が独占禁止法上問題がないかどうかについて,個別の相談に応じるほか,他の事業者又は事業者団体の活動の参考に資すると考えられるものについてはそれらの事例を主要相談事例集として取りまとめ,公表している。特に,合併等に係る事前相談については,他の事業者の活動の参考に資すると考えられるものについて,個別にその都度,その内容を公表している。
 また,事業者における独占禁止法遵守のための取組すなわち独占禁止法遵守プログラムの必要性・重要性について,普及・啓発に努めるとともに,独占禁止法遵守プログラムに関する事業者からの相談に応じるとともに,資料提供等の要望についても適切に対処するなど事業者の自主的な取組に対して支援・助力を行ってきている。
 当委員会のこのような取組は,規制緩和推進3か年計画(改定)(平成11年3月30日閣議決定。以下「改定3か年計画」という。)において盛り込まれるとともに,平成11年5月にまとめられた第2回日米共同現状報告では,当委員会は,事業者の自主的な取組に対する支援の一環として,(財)公正取引協会が現行の「独占禁止法コンプライアンス・プログラムの手引き」を更に充実させたモデル的な独占禁止法遵守プログラムを策定することについて支援する旨が示されている。
 なお,当委員会は,企業における独占禁止法遵守の状況の把握を目的とした調査を行っており,平成10年6月に公表した調査では,事業者における独占禁止法遵守のための取組に対する意識は基本的に高く,取組内容についても,平成5年度調査の時よりも強化され,充実していることが認められた。

第2 特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針等

  特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針
(1)  趣旨
 当委員会は,技術取引の代表的なものである特許又はノウハウのライセンス契約について,平成元年2月,「特許・ノウハウライセンス契約における不公正な取引方法に関する運用基準」を公表し,特許又はノウハウのライセンス契約における不公正な取引方法に関する基準として示すとともに,当委員会に対して届け出られた国際的契約の審査の基準としてきたところである。しかし,平成9年6月以降国際的契約の届出制度が廃止されたこと,近年不公正な取引方法以外の行為についての知的財産権に関する独占禁止法の運用事例も増加してきていること,米国や欧州連合(EU)においてもガイドラインや規則の改正により特許又はノウハウと競争法との関係についての考え方の明確化が図られたこともあり,特許又はノウハウのライセンス契約に関する独占禁止法上の考え方を一層明確化することが求められている状況にある。
 このような状況を踏まえ,上記の運用基準を全面的に改定して,特許又はノウハウのライセンス契約に関する独占禁止法の適用関係について包括的な考え方を示すこととしし,平成11年7月30日,「特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針」(以下「特許・ノウハウガイドライン」という。)を策定・公表した。
(2)  特許・ノウハウガイドラインの概要
ア 特許ライセンス契約に関する独占禁止法第23条の考え方等
(ア)  特許法等による「権利の行使と認められる行為」には独占禁止法の規定が適用されないが,「権利の行使」とみられるような行為であっても,それが技術保護制度の趣旨を逸脱し,又は同制度の目的に反すると認められる場合には,「権利の行使と認められる行為」とは評価されず,独占禁止法が適用される。
(イ)  外形上又は形式的には特許法等による権利の行使とみられるような行為であっても,当該行為が不当な取引制限や私的独占の一環をなす行為として又はこれらの手段として利用されるなど権利の行使に藉口していると認められる場合等は,「権利の行使と認められる行為」とは評価されない。
(ウ)  いったん権利者の意思により適法に拡布された特許製品の販売に関する制限については,独占禁止法上,一般の製品の販売に関する制限と同様に取り扱われる。
 特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法第3条(不当な取引制限・私的独占)の観点からの考え方
 特許等のライセンスは,一般的には,特許等のライセンス及びこれに対する対価の支払を内容とし,これに伴い実施地域の制限,改良発明等の譲渡等一定の制限条項が一方の当事者に課されるものであり,不当な取引制限や私的独占として直ちに問題となるわけではないが,例えば,特許等のライセンス契約において,相互に特許製品等の販売価格,研究開発の分野などの制限が課されることにより,一定の製品市場・技術市場における競争が実質的に制限される場合には,不当な取引制限として違法となる。また,例えば,特許等のライセンス契約に関連して,他の事業者の事業活動が排除又は支配されることにより,一定の製品市場・技術市場における競争が実質的に制限される場合には,私的独占として違法となる。
 特許・ノウハウライセンス契約に関する不公正な取引方法の観点からの考え方
 不公正な取引方法の観点からの考え方については,これまでの運用基準を基礎として,独占禁止法上問題のある条項,又は問題のない条項の追加,公正競争阻害性についての考え方の変更等所要の修正を行っている。
  債務の株式化に係る独占禁止法第11条の規定による認可についての考え方
(1)  趣旨
 当委員会は,平成11年6月11日及び7月13日の政府の産業構造転換・雇用対策本部決定において,「債務の株式化のための環境整備」として,債務者と債権者の間の合意に基づき,債務の株式化を活用できることとするための環境整備に関して,独占禁止法第11条の認可の考え方の明確化を図ることが盛り込まれたことを受けて,「債務の株式化に係る独占禁止法第11条の規定による認可についての考え方」(平成11年10月1日公正取引委員会)を新たに策定・公表した。
(2)  債務の株式化に係る独占禁止法第11条の規定による認可についての考え方の概要
 債務の株式化(債務者が自らの債務を消滅させるために債権者に対して株式を発行することをいう。)により,金融業(銀行業,信託業,保険業,無尽業及び証券業をいう。)を営む会社(以下「金融会社」という。)が他の国内の会社の株式を保有するに際して,当該会社の株式を発行済株式総数の5%(保険業を営む会社の場合は10%)を超えて保有することとなる場合には,独占禁止法第11条第1項のただし書規定により,あらかじめ当委員会の認可を受けなければならない。
 金融会社が,債権保全の一環として,産業活力再生特別措置法(平成11年法律第131号)に基づき主務大臣の認可を受けた事業再構築計画その他の合理的な経営改善のための計画に従って国内の会社の発行する株式を保有する場合であって,次の(1)及び(2)のいずれにも該当しないものであれば,独占禁止法第11条第1項のただし書規定により認可を行うこととする。
(1)  事業支配力が過度に集中することとなる場合
(2)  一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合
 認可の期限は原則として1年とし,期間満了時において,必要な場合にはその延長を行うこととする。

第3 事業活動に関する相談状況

(1)  概要
 当委員会は,従来から,独占禁止法違反行為の未然防止を図るため,事業者及び事業者団体が実施しようとする具体的な活動が,独占禁止法の不当な取引制限,不公正な取引方法,事業者団体の禁止行為等の規定に照らして問題がないかどうかについて,事業者及び事業者団体からの電話・来庁等による相談に積極的に応じてきている。
(2)  事業者及び事業者団体の活動に関する相談の概要
(1)  平成11年度において,事業者団体の活動に関して受け付けた相談件数は666件であるが,その多くは中小事業者の団体からのものである。また,これらの相談に対しては,事業者団体及び業界の実情を十分に参酌して相談に対応しており,実施しようとする活動について独占禁止法上問題がある場合には,問題点を解消するための指導を行うとともに,独占禁止法の考え方について理解が深まるよう説明を行っている(平成12年6月主要相談事例を公表)。
(2)  事業者の活動に関する相談の内容は,独占禁止法の各種ガイドラインにおいて解釈基準が示されている行為類型から,ガイドラインの対象となっていない分野に係るものまで様々である。事業者が実施しようとする活動について独占禁止法上問題がある場合には,問題点を解消するための指導を行うとともに,独占禁止法の考え方について理解が深まるよう説明を行っている。
(3)  事業者の独占禁止法に対する理解を一層深めるため,平成11年に受け付けた相談のうち,他の事業者にも参考になると思われる相談の概要を相談事例集として取りまとめ,平成12年3月に公表した。
 掲載した事例を相談の内容別に整理すると,流通取引に関するもの15件,技術取引に関するもの2件,業務提携に関するもの4件,その他3件の合計24件となっている。
  独占禁止法相談ネットワークの実施
 独占禁止法相談ネットワークにおいては,中小事業者及び事業者団体(以下「中小事業者等」という。)からの独占禁止法に関する相談に適切に対処することができるように,商工会議所及び商工会との協力の下,全国の商工会議所及び商工会が有する中小事業者等に対する相談窓口を活用し,中小事業者等から独占禁止法等の相談を受け付けている。
 また,商工会議所及び商工会において相談業務に従事する経営指導員に対し,独占禁止法等の理解が深められるよう,商工会議所及び商工会に講師を派遣し,独占禁止法等に関する研修を行うとともに,相談担当者の業務に資するための法令集,相談事例集等の参考資料,独占禁止法に関する広報用パンフレット,ネットワーク広報用ポスターを作成し,配布した。

第4 入札談合への取組

 当委員会は,従来から積極的に入札談合の摘発に努めているほか,平成6年7月に「公共的な入札に係る事業者及び事業者団体の活動に関する独占禁止法上の指針」を公表し,入札に係るどのような行為が独占禁止法上問題となるかについて具体例を挙げながら明らかにすることによって談合防止の徹底を図っている。
 また,入札談合の未然防止を徹底するためには,発注者側の取組が極めて重要であるとの観点から,独占禁止法違反の可能性のある行為に関し,発注官庁から当委員会に対し情報が円滑に提供されるよう各発注官庁において,公共入札に関する公正取引委員会との連絡担当官として各省庁の会計課長等が指名されている。
 当委員会は,連絡担当官との連絡・協力体制を一層緊密なものとするため,平成5年度以降,「公共入札に関する公正取引委員会との連絡担当官会議」を開催しており,平成11年度においては,国の本省庁等の連絡担当官会議を9月30日に開催するとともに,国の地方支分部局等の連絡担当官会議を全国9か所で開催した。
 さらに,当委員会は,平成6年度以降,中央官庁,地方公共団体,公団・事業団等の調達担当官に対する研修を実施しており,平成11年度においては,全国で38回の研修会に対して講師の派遣及び資料の提供等の協力を行った。