平成11年度における我が国経済についてみると,景気は自律的回復に向けた動きはみられるものの,本格的な回復軌道に乗ったといえる状況には依然至らなかった。すなわち,平成9年春以降の景気後退局面が各種の政策により平成11年春ごろに下げ止まった後,緩やかな改善が続き,平成11年後半には設備投資の持ち直しや所得の下げ止まりなどの動きもみられたものの,消費の増加傾向は平成12年6月時点でも明確には認められない。
我が国経済においては,いわゆるバブル崩壊の後遺症としての不良債権処理の遅れ,同じく過剰雇用,急速に進展する少子・高齢化による将来の生産力低下に対する不安といった課題が山積する一方,新しい経済発展の原動力と目されているIT(情報通信技術)革命の始動,各般の企業法制の整備を踏まえた企業における事業再構築に向けた動きといった経済活力の活性化につながる予兆がみえ始めているところでもある。 このような経済環境の中,経済の自律的回復と事業者の活力の増進を図る上で,経済社会の構造改革を推進し,市場の機能を最大限に発揮させることが必要となっている。すなわち,多様な起業の支援及びベンチャー企業の育成を図るための各種支援により新規事業の創出や既存事業の活性化を図ることや,人材移動の円滑化等により雇用不安を払拭することなどが求められている。また,規制改革を推進するとともに規制が撤廃・緩和された分野における公正な競争条件を確保することにより,我が国経済を市場原理と自己責任原則に立つ自由で公正な経済社会としていくことが求められている。このためには,独占禁止法違反行為に対する厳正な対処をはじめとする競争政策の積極的な展開を規制緩和と一体のものとして進めていくことがこれまで以上に重要なものとなっており,「規制緩和推進3か年計画(再改定)」(平成12年3月31日閣議決定)においても,これまでの累次の閣議決定と同様,規制緩和の推進とともに競争政策の積極的展開を図る方針が明らかにされているところである。
当委員会は,こうした状況を踏まえ,独占禁止法の厳正かつ積極的な運用により独占禁止法違反行為を排除し,政府規制制度及び独占禁止法適用除外制度を見直し,経済環境の変化に対応した公正な競争条件の整備を進めるとともに,経済活動の国際化が進む中,競争政策の国際的展開を図ることに努めてきた。
平成11年度においては,次のような施策に重点を置いて競争政策の運営に積極的に取り組んだ。
当委員会は,従来から,独占禁止法違反事件に対し厳正かつ積極的に対処してきたところであり,平成11年度においても,価格カルテル,入札談合,私的独占(新規参入の排除等),流通分野における不公正な取引方法等の事件のほか,いわゆる民民規制に関する事件等について処理を行った。
平成11年度における主な事件についてみるに,住宅・都市整備公団中部支社2営業所発注の塗装工事の入札参加業者34社による入札談合事件,防衛庁調達実施本部発注の石油製品の納入業者11社による入札談合事件,日本道路公団発注の塗装工事の入札参加業者295社による入札談合事件,医事業務事業者4社による入札談合事件,補修用自動車ガラス販売業者の団体による会員の輸入品販売制限事件,携帯電話機販売業者による携帯電話機の販売店に対する再販売価格維持事件,教科書発行会社の団体による会員の教科書編集・製作活動制限事件,理容環境衛生同業組合支部による支部員の理容料金割引の禁止及び広告活動の制限事件等について勧告を行った。 また,防衛庁調達実施本部発注の石油製品の納入業者11社による入札談合事件については,平成11年10月,石油製品の納入業者11社を刑事告発し,さらに平成11年11月,これら11社のうち7社及び旧三菱石油株式会社の受注業務に従事していた者9名を追加告発した。
当委員会は,従来,政府規制について競争政策の観点から行う実態調査の実施等を通じ,政府規制の問題点や改善の方向・規制の在り方について検討・提言を行ってきている。「規制緩和推進3か年計画(再改定)」等累次の閣議決定においても,当委員会が規制緩和の推進のための調査・提言を積極的に行うべき旨が盛り込まれているところである。
平成11年度においては,政府規制等と競争政策に関する研究会(座長 鶴田俊正 専修大学教授)を開催し,電気・ガス・国内航空事業分野等規制緩和が進められている公益事業分野における公正かつ自由な競争を促進するための競争基盤の整備に必要な施策について検討を行った。その結果として,例えば,(1)電気事業分野については,小売自由化範囲の検討並びにそれに伴う卸電力市場の創設の検討及び送電部門の中立性の確保,(2)ガス事業分野については,大口供給に係る許可制及び一般ガス事業の供給区域の在り方の見直し並びに消費者等に対する十分な情報開示,(3)国内航空事業分野については,発着枠の配分について新規参入者に優先的に一定枠を割り当てる仕組みの創設及び空港施設の公平な利用のルール策定等を提言することを内容とする報告書を公表した。 また,規制の撤廃・緩和の推進に向けた取組とともに重要なのが,規制が緩和された分野における公正かつ自由な競争を確保するための取組である。すなわち規制の撤廃・緩和を行うだけでは,必ずしも市場が競争的に機能するとは限らず,規制緩和後における市場を競争的に機能させるためには,既存事業者及び新規参入者がよるべき行動指針的なルールが必要な場合がある。このような観点から,当委員会は,一定の規制緩和が行われた公益事業分野において,当該市場を競争的に機能させることを目的として,所管官庁と共同で「適正な電力取引についての指針」(平成11年12月),「適正なガス取引についての指針」(平成12年3月)を策定・公表した。 このほか,規制が緩和された分野についての規制緩和後の状況に係る調査として,平成11年12月には,国内航空分野における大手3社と新規2社の競争の状況等に関し調査を行い,航空大手3社等に対し,公正かつ自由な競争を確保する観点から,対抗的な割引運賃の設定について節度ある行動を取ること,新規各社の自営化等が現実的でない機体整備の受託を拒絶しないようにすること等の要請を行った。
独占禁止法の効果的な運用を図り,違反行為を未然に防止するためには,独占禁止法の目的,規制内容及び法運用の方針について,事業者や消費者の間で十分に理解されていることが重要である。このため,当委員会は,従来,独占禁止法の運用基準・指針(ガイドライン)を作成・公表することにより,どのような行為が独占禁止法上問題となるのかを明らかにするとともに,事業者や事業者団体の相談に適切に対応することにより,独占禁止法違反行為の未然防止に努めている。
平成11年度においては,近年,知的財産権の行使を巡って不公正な取引方法以外の独占禁止法の運用事例も増加してきていること,また,米国,EUにおいてもガイドラインや規則の改正により特許等と競争法との関係についての考え方の明確化が図られたこと等もあり,特許又はノウハウのライセンス契約に関する独占禁止法上の考え方を一層明確化することが求められているといった状況を踏まえ,平成11年7月,「特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針」を策定・公表した。
経済構造改革が進められる中で,公正で自由な経済社会を実現していくための基盤的な条件整備の観点から,独占禁止法違反行為によって被害を受けた者に対する救済手段を一層充実することが課題となっている。また,経済構造改革を進めるに当たり,独占禁止法の定着を図ること及び同法違反行為を排除・抑止することが一層重要な課題となっているところ,被害者自らによる違反行為の差止請求や,違反行為から生じた損害のより適正かつ迅速なてん補を実現することは,救済手段の充実となるだけでなく,違反行為に対する抑止的効果を強化するという側面も有するものである。
このような観点から,当委員会は,独占禁止法違反行為に対する私人による差止請求制度の導入及び独占禁止法違反行為に係る損害賠償制度の充実のための検討を行うこととし,このため,「独占禁止法違反行為に係る民事的救済制度に関する研究会」(座長 古城 誠 上智大学教授)を開催し,平成11年10月22日,同研究会から最終報告を得て,これを公表した。同報告書における提言,関係各方面からの意見等を踏まえ,平成12年3月21日,独占禁止法違反行為(不公正な取引方法に係るもの)を行った事業者等に対する差止請求を行うことができる制度の導入等の民事的救済制度の整備等を内容とする「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律案」が第147回国会に提出された。同法案は,同年5月12日に可決・成立し,同月19日に公布された(民事的救済制度の整備は,平成13年1月6日から起算して6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行)。
独占禁止法適用除外制度については,市場原理を最大限確保する観点から,その見直しに取り組んできたところである。平成11年度においては,平成11年6月15日,不況カルテル制度及び合理化カルテル制度の廃止,適用除外法の廃止等を内容とする「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の適用除外制度の整理等に関する法律」が第145回国会において成立した。また,電気事業,ガス事業等のいわゆる自然独占事業に固有な行為について独占禁止法の適用除外を定めていた同法第21条の規定についても,「規制緩和推進3か年計画(改定)」(平成11年3月30日閣議決定)に基づく見直しの結果,廃止するとの結論に達し,平成12年3月21日,その廃止等を内容とする「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律案」が第147回国会に提出された。同法案は,同年5月12日に可決・成立し,同月19日に公布された(独占禁止法第21条の規定の廃止は,平成12年6月19日施行)。
当委員会は,中小企業の自主的な事業活動が阻害されることのないよう,下請法の厳正かつきめ細かな運用により,下請取引の公正化及び下請事業者の利益の保護に努めている。
平成11年度においては,違反行為が認められた親事業者に対し,勧告を行ったほか,必要に応じ警告の措置を採った。 また,下請取引の公正化と下請事業者の利益の保護という下請法の目的に照らし,同法の運用について見直しを行い,平成11年2月,発注書面に算定方法により下請代金の額を記載することを認めること,割戻金の取扱いを明記すること等を内容とする公正取引委員会規則及び運用基準等の改正原案を作成・公表し,関係各方面から意見を求めた後,寄せられた意見を参酌の上,平成11年7月1日,公正取引委員会規則及び運用基準等を改正した(改正公正取引委員会規則は平成11年10月1日施行)。 また,中小企業に関する施策の対象とする中小企業者の範囲を拡大すること等を内容とする「中小企業基本法等の一部を改正する法律」が第146回国会で成立し,同法により,中小企業基本法及び下請法の一部が改正された。具体的には,中小企業基本法上の製造業等に係る中小企業者の定義における資本の額等の基準が「1億円以下」から「3億円以下」に改められ,これに合わせて,下請法上の親事業者と下請事業者を画する資本の額等の基準についても「1億円」から「3億円」に改められた(改正下請法の施行日は平成12年3月3日)。
当委員会は,消費者向けの商品・サービスの種類や販売方法が多様化する中で,消費者の適正な商品選択が妨げられることのないよう,景品表示法の厳正な運用により,不当な顧客誘引行為の排除に努めている。
平成11年度においては,不当景品の事件として,新聞販売業者による過大な景品類の提供について,また,不当表示の事件として,通信販売業者による寝具の品質の不当表示及び中古自動車販売業者による中古自動車の走行距離に関する不当表示について,それぞれ排除命令を行った。 また,消費者取引の適正化,消費者に対する適正な情報提供の観点から,引越サービスの取引における広告表示及び証券投資信託の広告表示に関し実態調査を行い,その結果を公表した。 さらに,二重価格表示に関し,「不当な価格表示に関する不当景品類及び不当表示防止法第4条第2号の運用基準」(昭和44年事務局長通達)を策定・公表し,これに基づいて景品表示法の運用を図ってきているが,小売業を巡る競争環境や消費者の意識が変化しており,それに伴って小売業者の用いる価格表示が多様化してきていること,当委員会が処理した事件の中でも,不当な二重価格表示に関する景品表示法違反事件が多くみられることなどの状況にかんがみて,上記運用基準の見直しを行い,二重価格表示を中心とする不当な価格表示についての考え方の明確化に取り組むこととした。この検討作業の一環として,価格表示の在り方に関する懇談会を開催し,関係各方面の意見等を聴取した。
当委員会は,市場アクセスの改善を図り,競争を促進する観点から,外国企業の我が国市場への参入を阻害するような反競争的行為があった場合にはこれに厳正に対処してきたところであるが,経済のグローバル化の進展に伴い,競争当局間の国際的協力や競争政策の国際的調和の推進を図ることが一層重要となってきている。このため,二国間及び多国間の競争政策に関する協力,調整等が円滑に進められるよう,海外の競争当局との意見交換の開催,国際会議への参加等により,競争当局間の協力関係の一層の充実を図っているほか,開発途上国・移行経済国を対象とした競争法・競争政策に関する技術協力を実施している。
また,近年,企業活動の国際化の進展に伴い,複数国の競争法に抵触する事案,一国による競争法の執行活動が他国の利益に影響を及ぼし得る事案等が増加するなど,競争当局間の協力関係の強化が求められている。こうした中,平成10年10月以降,米国との間で競争分野の協力に関する協定を締結するための交渉を行ってきたところ,平成11年10月7日,「反競争的行為に係る協力に関する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の協定」が締結された。 |
業務別に見た平成11年度の業務の大要は,次のとおりである。
|