第5章 IT革命に対応した競争政策上の取組

 現在、我が国においては,高度情報通信ネットワーク社会の実現が喫緊の課題とされる中、競争政策の果たす役割の重要性が指摘されており、当委員会は、IT革命に対応した次のような取組を行ってきている。

第1 電気通信事業分野における新規参入妨害事件

1 東日本電信電話株式会社に対する警告について
 東日本電信電話株式会社(以下「NTT東日本」という。)が、相互接続協定を締結して加入者回線への接続を希望するDSL事業者の円滑な事業活動を困難にさせ、競争上の地位を著しく不利にしている疑いが認められたので、平成12年12月20日、NTT東日本に対し、かかる行為を行わないよう警告を行った。
2 審査結果
 NTT東日木が、DSL(デジタル加入者線)(注1)サービスの試験提供を開始するに当たり、同社と相互接続協定を締結して加入者回線への接続を希望する事業者に対し、以下の行為を行っている事実が認められた。
(1)  MDF接続(注2)によるサービスの提供条件について、試験サービスであることを理由に
 サービスの提供エリアを東京都内6ビルに限定すること
 1事業者の1収容ビル当たりのラック数は2架(1,500回線)を上限とすること
 ー定数値以上の回線損失がある場合等にはサービスの提供を拒否すること
 ADSL以外の方式による接続を制限すること
 自社サービス(第2種サービス)として提供し、ユーザー料金を徴収すること
を決定し、実施していた。
 その後、これら提供条件を逐次緩和しているが、警告当峙においても、DSL事業者のMDF接続によるサービスである第2種サービスについて、試験サービスとして、暫定的な接続を継続してユーザー料金800円を徴収しており、また,ユーザーに対し、当該第2種サービスの提供エリアを拡大した旨のアナウンスは行っていない。
(2)  接続交渉に際し、「事前協議」と称する交渉を行い、自社があらかじめ了承した事項を内容とする申込書を受領している。
 接続交渉において,MDF接続のためのコロケーションに必要な情報をあらかじめ十分に開示していない。
 MDF接続のためのコロケーションについて、DSL事業者による自前工事を認めていなかった。
 なお、平成12年11月28日の接続約款の改正によって情報開示のルールが定められ、また、同年8月以降は自前工事が実施されるようになっているが、接続工事については工事業者をNTT東日本の認定業者に限定している。
 
(3)  DSLサービスと競争関係にあるフレッツ・ISDN等のNTT東日本のサービスを企画・営業する営業部の者が、DSL事業者との接続に関する事項を所管するとともに、当該事業者と自社の相互接続推進部との接続交渉の場に同席している。
 NTT東口本の相互接続推進部が、接続交渉等の場において得たDSL事業者の営業情報を、社内の検討会議等において営業部及びグループ企業に提供している。
(注1) DSL(Dgital Subscriber Line デジタル加入者線)は、既存の電話回線(メタリックケーブル)を使用して、電話で使用する帯域より高い周波数の帯域において高速デジタルデータ通信を行う技術であり、低廉かつ定額制のインターネット常時接続サービスを提供することができる。
(注2)  MDF(Main Distribution Frame)とは、加入者交換局において電話交換機と加入者回線をつないでいる中央集配線盤のことである。通常はMDFから電話交換機に接続されているが、DSLを使う場合には、亀話交換機を通さずにMDFから直接モデム等のDSL装置に接続することとなる。そのため、DSL事業者はNTT域会社との鍍続に係るコストを低く抑えることができる。
 NTT地域会社以外の事業者がDSLサービスを提供するためには、事業者は、(1)NTT地域会社が収容局内に設置したモデム等のDSL装置に接続するか、又は、(2)NTTの収容局内に自己のDSL装置を設置(コロケーション)してNTT地域会社の加入者回線をMDFで接続する必要がある。
3 独占禁止法上の評価
(1)  NTT地域会社は、加入者回線をほぼ独占し、地域通信市場において支配的地位を有しているほか、自社及びグループ企業において加入者回線を用いたインターネット接続サービスを提供している。NTT東日本の加入者回線を用いてDSL事業に参入しようとする事業者は、NTT東日本と接続交渉を行うこととなるが、これら事業者の提供するサービスは、NTT東日本の加入者回線網並びに同社及びグループ企業が同社の加入者回線を用いて提供するインターネット接続サービスと直接代替・競合するものである。
 一方、NTT東日本は、ISDNを用いた定額制によるインターネット接続サービスとして、平成11年11月からIP接続サービスの試験提供を開始した後、平成12年7月には「フレッツ・ISDN」の名称で本格サービス化し、以降、政令指定都市、県庁所在地級の都市とい引順番に提供エリアを拡大している。また、同社は、ADSLサービスの試験期間が終了する平成12年12月26日から、ADSL及び「「フレッツ・ADSL」を本格サービスとして開始することとしている。
(2)  DSL事業者による本格サービスの金国展開がフレッッ・ISDNの本格サービス化より約半年遅れ、NTT東日本のADSLサービスの本格化と同時期になっているところ、NTT東日本の前記2(1)、(2)及び(3)に掲げる行為は、DSLサービスへの新規参入を阻害し,DSL事業者の円滑な事業活動を困難にさせ,DSL事業者の競争上の地位を著しく不利にしている疑いがある。
 これらの行為は、結果として、地域通信市場におけるNTT東日本の地位を維持・強化し、加入者回線を利用したインターネット接続サービス市場における競争を実質的に制限し、独占禁止法第3条の規定に違反するおそれがある。
 ただし、上記の問題となる行為の中には、当委員会が審査を開始したことを契機として、また、郵政省の行政指導もあって、是正されつつあるものもある。
4 当委員会の今後の対応
(1) 当委員会は、平成12年12月20日、NTT東日本に対し、今後、上記2に掲げるような行為を行わないよう警告を行い、例えば、(1)DSL事業者が希望しない場合には事前、協議を行わないこと、(2)営業部と相互接続推進部との間で情報を遮断するファイアーウホールを設けること、(3)NTT東日本とグループ企業との間で情報を遮断するファイアーウォールを設けること、(4)グループ企業が有する情報と同等の情報をDSL事業者に対しても開示すること等の改善措置を講じることを求めた。
(2) NTT地域会社は、加入者回線をほぼ独占し、地域通信市場において支配的地位を有していることから、その地位を利用した競争制限行為などの独占禁止法違反行為を惹起しやすい地位にあるといえる。このような支配的地位にあるNTT東日本が、目的、手段のいかんにかかわらず、加入者回線の利用を拒否又は制限するなど地域通信市場又は加入者回線を利用したデータ通信サービス市場への新規参入を阻害することは、独占禁止法第3条の規定に違反するものである。
 NTT地域会社の支配的地位にかんがみると、今後、接続ルールが整備されるとしても、接続事業者が取引当事者として同社と対等な立場で接続協議を進めることは難しい面があることから、公正取引委員会としては、引き続き、NTT地域会社の行為によつて様々な通信サービスについて新規参人や競争が阻害されることとならないかどうか、独占禁止法に基づき監視することとする。

第2 電気通信事業分野における競争政策上の課題(第4章第32参照)

  電気通信分野における競争の促進は、IT革命の基盤となるものであり、IT革命の実現において極めて重要なものである。当委員会では、前記のとおり「政府規制等と競争政策に関する研究会」(座長 鶴田俊正 専修大学教授)を開催し、同分野における公正かつ自由な競争を促進するために必要な施策等について検討を行い、同研究会が取りまとめた報告書を平成12年11月に公表した。

第3 企業間電子商取引市場の設立に関する相談事例

 当委員会は、企業間電子商取引に関する相談について、他の事業者等の参考とするため、平成12年11月、次のとおりその概要を公表した。
1 相談の要旨
(1)  A社を含む国内外のX製品製造業者6社(以下「6社」という。)は、BtoB取引市場を利用した原材料等の調達を目的に、共同で調達サイトを運営する会社(以下「運営会社」という。)を設立することとしているが独占禁止法上問題はないか。
(2)  調達サイトでは、X製品の製造に要する原材料、機材、サービス等(以下「原材料等」という。)を取り扱う。調達方法としては、以下の3つのメニューを用意する。

ア オークション

 バイヤー(X製品製造業者)が、購入希望原材料等をサイト上で公開し、これを見た他のバイヤーが相乗りして購入ロットを大きくした上でサプライヤー(販売業者)を募り、最も低い販売価格を提示したサプライヤーと取引する。

イ カタログ購買

 バイヤーは、サイト上に表示される力タログ(原材料等の品目、価格、数量等が記載されている。)を通じて原材料等をサプライヤーから購入するところ、運営会社は、バイヤー各社から提出された購入希望原材料等に関する情報を踏まえ、当該カタログを作成するとともに、力タログに記載された取引条件で供給可能なサプライヤーの情報をプールしておく。バイヤーは、このカタログから必要な原材料等を選択すると、供給可能なサプライヤーの情報が得られ、これを基にサプライヤーを選定する。

ウ 相対取引

 サイト上に用意された各バイヤーの個別交渉テーブル(他のバイヤーは見ることができない。)で、バイヤーとサプライヤーが個別に交渉を行う。
対象となる品目は、需要の大半を6社による需要が占める品目や、個々のバイヤー独自のスペックがあり、オークションやカタログになじまない品目である。
(3)  グローバル市場でみた場合、X製品の6社のシェアの合計は50%以上である。6社のうち国内で事業を行っているのはA社のみであり、A社は国内のX製品の市場では上位の事業者である。国内にはA社のほかに、有力なメーカーが存在する。
(4)  調達サイトへの参加は、6社以外のX製品製造業者、サブライヤーとも基本的に自由であり、サイトでの最低購入義務や他の調達サイトへの参加制限は課されていない。また、同業種においては、現在のところ、他に類似の調達サイトは存在しない。
2 回答の要旨
 本件については、現時点での情報に越つく限り、調達サイトの設立そのものが直ちに独占禁止法上問題となるものではないが、以下の点に留意する必要がある。
 なお、調達サイトの具体的な仕組みに米定の部分があり、それらが今後明らかになることや、調達サイトの今後の運用の在り方によっては、新たな事実が生じてくることがあり得るが、その場合には、当該事実を踏まえた上で改めて独占禁止法上の問題点を検討することとなる。
(1)  オークション方式について、その対象となる原材料等の需要全体に占める共同購入参加者のシェアが高い場合又は製品の販売分野における参加者のシェアが高く、製品製造に要するコストに占める共同購入の対象となる原材料等の購入額の割合が高い場合には、独占禁止法上問題が生じる。
 カタログ購買方式について、当該原材料等の需要全体に占める共同購人参加者のシェアが高い場合、当該参加者が運営会社の価格決定過程に関与することは、独占禁止法上問題が生じる。
(2)  運営会社に集中するネット取引に係る価格、数量等重要な競争手段に関する情報について、参加者が他社に関する情報にアクセスすることができないよう、適切な秘密保護措置を講じる必要がある。
(3)  運営会社が、参加者に対しサイトの利用を義務付けたり、他の調達サイトの利用を制限する場合又は特定の事業者に対しサイトの利用を制限する場合には、独占禁止法上問題が生じる。

第4 消費者向け電子商取引への対応

 一般家庭におけるインターネットの急速な普及とともに拡大しつつある消費者向け電子商取引に関して、平成13年1月、「消費者向け電子商取引への公正取引委員会の対応について一広告表示問題を中心に一」を策定し、これを公表した。
1 消費者向け電子商取引における一般消費者への正確かつ適確な情報提供の重要性
 消費者向け電子商取引では、消費者の商品・サービス選択を惑わすようなホームページー上の問題が顕在化し、消費者トラブルが頻発している。この問題については、以下の点に留意し、事業者等が自ら積極的にインターネットの画面における表示の明確化に取り組む必要がある。
(1)  商品等の内容や取引条件に関する情報は正確かつ明りょうに表示すること。
(2)  パソコン等のディスプレー上に表示されるために一目で表示物全体を見ることができないという電子商取引における表示画面上の特徴を考慮し、表示方法についても特に留意すること。
(3)  景品表示法に基づく公正競争規約において、電子商取引上留意すべき表示事項を事業者が遵守すべき必要表示事項に加えることは、表示の適正化を図る上で極めて有効であると考えられる。
2 消費者向け電子商取引における当委員会の取組
 当委員会では、今後とも、以下のような取組を行うこととしている。
(1)  虚偽・誇大な表示に対する効果的かつ迅速な規制
 定期的・集中的な監視調査(インターネット・サーフ・デイ)の実施
 インターナショナル・インターネット・サーフ・デイへの参画等諸外国との連携強化
(2)  事業者又は事業者団休の自主的対応への支擾
 事業者又は事業者団体の自主的な取組への支援
 消費者向け電子商取引において今後顕在化してくる問題点の把握及び有識者等から幅広く表示の在り方について意見聴取することを通じて、競争政策上の考え方の明確化・透明化
(3)  一般消費者向けの広報活動
 消費者団体等の関係機関との連携による一般消費者向けの広報活動の実施

第5 下請取引における情報通信技術の利用に関する規定の整備

1 下請法等の改正
 平成12年11月に成立した「書面の交付等に関する情報通信の技術の利用のための関係法律の整備に関する法律」によって下請法が改正された(平成13年4月1日施行)。
 この改正に伴い、「下請代金支払遅延等防止法施行令」(以下「施行令」という。)を制定するとともに、「下請代金支払遅延等防止法第3条の書面の記載事項等に関する規則」(以下「3条規則」という。)及び「下請代金支払遅延等防止法第5条の書類の作成及び保存に関する規則」(以下「5条規則」という。)が改正された(平成13年4月1日施行)。
 これらの改正の概要は次のとおりである。
(1) 下請取引における電子受発注の明確化
 下請法第3条第1項により、親事業者者は、下請事業者に対し製造委託又は修理委託をした場合は、直ちに必要な事項を記載した書面を下請事業者に交付する義務があるが、あらかじめ下請事業者の承諾を得た場合、当該書面に代えて、情報通信の技術を利用する方法(以下「電磁的方法」という。)により、下請事業者に電磁的記録を提供できることが明確化された(下請法第3条第2項)。
 また、下請法第5条により、親事業者は、下請事業者に対し製造委託又は修理委託をした場合には、その下請取引の経緯等を記載した書類を作成・保存する義務があるが、書類と同様に下講取引の経緯等を記録した電磁的記録を作成・保存することが可能であることが明確化された(下請法第5条)。
(2) 下請事業者の承諾
 親事業者は、下請取引において書面に代えて電磁的方法によって電磁的記録の提供を行う場合には、あらかじめ、下請事業者に対して使用する電磁的方法の種類及び内容を示して、書面又は電磁的方法による承諾を得なければならない(施行令第1項)。
 また、下請事業者の承諾を得た後であっても、下請事業者から電磁的方法による提供を受けない旨の申出があつた場合には、親事業者は、申出以降の下請取引については書面に代えて電磁的記録の提供によってはならない。ただし、下請事業者が再び書面に代えて電磁的方法によって電磁的記録の提供を行うことを承諾した場合には,親事業者は書面に代えて電磁的記録を提供することができる(施行令第2項)。
(3) 書面の交付に代えることができる電磁的記録の提供の方法
 下請法第3条第2項により、下請取引において書而の交付に代えることができる電磁的記録の提供の方法は以下のアないしウのいずれかの方法であり、いずれの方法であっても、下請事業者がファイルへの記録を出力することによって書面を作成できることが要件とされている(3条規則第2条)。
 電気通信回線を通じて送信し、下請事業者の使用に係る電子計算機に備えられたファイル(以下「下請事業者のファイル」という。)に記録する方法(例えば、電子メールなど)
 電気通信回線を通じて下請事業者の閲覧に供し、当該下請事業者のファイルに記録する方法(例えば、ウェッブなど)
 フロッピーディスク、シー・ディー・ロムなど電磁的記録を下請事業者に交付する方法
(4) 電磁的記録の作成・保存の要件
 下請法第5条により、親事業者は、下請事業者に対し製造委託又は修理委託をした場合は、下請取引の経緯等について書類又は電磁的記録の作成・保存が義務付けられているが、電磁的記録を作成・保存する場合には、以下のアないしウのすべての要件が満たされる必要がある(5条規則第2条)。
 記録事項について訂正又は削除の事実及び内容を確認できること
 必要に応じてディスプレイの画面及び書面に出力できること
 記録事項の検索ができること(下請事業者の名称等、範囲指定した発注日)
(5) その他の改正
 その他、罰則規定の整備(下請法第10条)、下請法第3条の書面の記載事項への親事業者及び下請事業者の名称等の追加(3条規則第1条)等の所要の改正が行われた。
2 「下請取引における電磁的記録の提供に関する留意事項」の策定
(1) 趣旨
 改正下請法等の施行に伴い、下請法第3条第2項により、親事業者は、下請事業者に対して書面に代えて電磁的方法によって電磁的記録の提供を行うことができることが明確化されることにより、下請取引において電子受発注が活用されることが予想される。他方、例えば、親事業者が下請事業者に一方的に電子受発注を押し付けたり、親事業者から下請事業者に不当な費用負担を押し付けられるのではないかとの懸念がある。
 このため、当委員会は、親事業者と下請事業者の間において電子受発注が下請法の趣旨に沿った形で行われるとともに、電子受発注に伴って下請事業者の利益を不当に害するなど下請法の趣旨に反する行為が行われることがないよう、留意事項の原案を公表し(平成13年3月2日)、関係各方面から広く意見を求め、関係団体、事業者等から寄せられた意見を検討・参酌した上、「下請取引における電磁的記録の提供に関する留意事項」を策定・公表するとともに、関係団体に対して本留意事項を傘下の事業者に周知するよう要請した(平成13年3月30日)。
(2) 「下請取引における電磁的記録の提供に関する留意事項」の概要
ア 電磁的記録の提供の方法に関する留意事項
(ア) 電磁的記録の提供の方法
 下請法第3条第1項の書面の交付に代えて行うことができる電磁的記録の提供の方法は、以下のいずれかの方法であって、下請事業者がファイルへの記録を出力することによって書面を作成することができるものをいう。
 電気通信回線を通じて送信し、下請事業者のファイルに記録する方法(電子メール、電磁的記録をファイルに記録する機能を有するファックス等に送信する方法等)
 ただし、受信と同時に書面により出力されるファックスへ送信する方法は、書面の交付に該当する。
 電気通信回線を通じて下請事業者の閲覧に供し、当該下請事業者のファイルに記録する方法(ウェッブのホームページを利用する方法等)
 下請事業者に磁気ディスク、シー・ディー・ロム等を交付する方法
(イ)  電子メール等による電磁的記録の提供に係る留意事項
 書面の交付に代えて電子メールにより電磁的記録の提供を行う場合は、下請事業者がメールを自己の使用に係る電子計算機に記録しなければ提供したことにはならない。例えば、通常の電子メールを使用する場合には、少なくとも、下請事業者が当該メールを受信していることが必要となる。また、携帯電話に電子メールを送信する方法は、電磁的記録が、下請事業者のファイルに記録されないので、下請法で認められる電磁的記録の提供に該当しない。
 書面の交付に代えてウェッブのホームページを閲覧させる場合には、下請事業者がブラウザ等で閲覧しただけでは、下請事業者のファイルに記録したことにはならず、下請事業者が閲覧した事項について、別途、電子メールで送信するか、ホームページにダウンロード機能を持たせるなどして下請事業者のファイルに記録できるような方策等の対応が必要となる。
イ 下請取引における電子受発注に伴う下請法及び独占禁止法上の留意事項
(ア) 下請事業者の承諾
 親事業者が書面の交付に代えて電磁的記録の提供を行う場合、事前に、下講事業者の承諾を得ることが必要となるが、下請事業者の承諾を得るに当たっては、費用負担の内容、電磁的記録の提供を受けない旨の申出を行うことができることも併せて提示する必要がある。
 なお、親事業者は下請事業者から一括して承諾を得た場合には、製造委託又は修理委託をする都度承諾を得る必要はない。
(イ) 費用負担
a 電磁的記録の提供に係るシステム開発費等
 親事業者が下請事業者に電磁的記録の提供を行うため、システム開発費等親事業者が負担すべき費用を下請事業者に負担させることは、独占禁止法第19条(一般指定第14項優越的地位の濫用)に違反するおそれがある。ただし、下請事業者の利用に応じて追加的に発生する費用については、下請事業者が得る利益の範囲内で負担を求めることはこの限りでない。
b 電子情報機器等の購入
 下請事業者が電磁的記録の提供を受けるために必要な通信機器電子計算機等を購入することとなっても、直ちに下請法及び独占禁止法上問題とならないが、正当な理由なく、自己の指定する機器等の購入を求めたり、下請事業者の利用に比して過度な費用負担を求めることは下請法第4条第1項第6号(購入強制の禁止)又は独占禁止法第19条(一般指定第14項優越的地位の濫用)に違反するおそれがある。
c 通信費用等の負担
 親事業者が下請事業者に書面の交付に代えて電磁的記録の提供を行うために要する通信費用を下請代金から減額するなどして下請事業者に負担させることは、下請法第4条第1項第6号(購入強制の禁止)又は独占禁止法第19条(一般指定第14項優越的地位の濫用)に違反するおそれがある。ただし、下請事業者が受信するための通信費用については、あらかじめ承諾を得れば、下請事業者の負担とすることが可能である。
(ウ) 電磁的記録の提供を承諾しない下請事業者等への不利益な取扱い
 電磁的記録の提供を承諾しない下請事業者又は電磁的記録の提供を受けない旨の申出をした下請事業者に対し、不当に取引の条件又は実施について不利益な取扱いをすることは、独占禁止法第19条(一般指定第14項優越的地位の濫用)に違反するおそれがある。
(エ) 電磁的記録の提供ができなかったときの措置
 システム故障等により直ちに書面の交付に代えて電磁的記録の提供ができない場合は、書面を交付する必要がある。また、電磁的記録を送信し又は下請事業者が閲覧した場合であっても、電磁的記録が下講事業者のファイルに記録されなかったときは、下請法第3条に違反することとなるので、親事業者は下請事業者のファイルに記録されたか否か確認する必要がある。
 また、書面の交付に代えて電磁的記録の提供を行うに当たって、当該電磁的記録が下請事業者のファイルに記録されなかった場合において、下請事業者が納期までに納品できないこと等を理由に、受領を拒否したり、下請代金を減じることは、下請法第4条第1項第1号(受領拒否の禁止)及び第3号(減額の禁止)に違反する。

第6 電子政府の実現に向けた取組

 IT化の進展を踏まえて、政府全体で電子政府の実現に向けた取組を行っているところ、当委員会においても、独占禁止法等に基づく申請・届出等にっいてインターネット等を利用したオンライン化を推進し、事業者の負担の軽減及び行政の効率化を図るための取組を行っている。具体的には、「申請・届出等手続の電子化推進のための基本的枠組み」(平成12年3月31日行政情報システム各省庁連絡会議了承)に基づき、書面等による申請・届出等手続に加え、インターネット等を利用したオンラインによる申請・届出等の手続を実現すべく、制度の検討及び所要のシステム開発の検討を行っている。
 また、平成13年4月から、独占禁止法違反行為(不公正な取引方法)によって著しい損害を受け又は受けるおそれがある者は、差止請求訴訟を提起できるようになったが、これに伴い、当委員会の審決や独占禁止法関係の判決等のデータベースをインターネットを通じて広く提供し、これを検索利用できるようにする差止請求制度支援情報システムを構築した。