第8章 経済及び事業活動の実態調査

第1 概説

 当委員会は,競争政策の運営に資する目的から,経済力集中の実態,主要産業の実態等について調査を行っている。平成12年度においては,独占的状態調査,自動車整備業等に関する実態調査,流通構造の変化と情報技術の利用に関する実態調査,建設業関連団体による「積算資料」,「建設物価」等への価格掲載についての実態調査,貨物自動車運送業及びソフトウェア開発業における委託取引に関する実態調査,官公庁等の情報システム調達における安値受注についての実態調査等を行った。

第2 独占的状態調査

 独占禁止法第8条の4は,独占的状態に対する措置について定めているが,当委員会は,同法第2条第7項に規定する独占的状態の定義規定のうち,事業分野に関する考え方について,ガイドラインを公表しており,その別表には,独占的状態の国内総供給価額要件及び市場占拠率要件(国内総供給価額が1000億円超で,かつ,上位1社の市場占拠率が50%超又は上位2社の市場占拠率の合計が75%超)に該当すると認められる事業分野並びに今後の経済事情の変化によってはこれらの要件に該当することとなると認められる事業分野が掲げられている。
 当委員会は,市場構造要件について調査を実施し,国内総供給価額及び市場占拠率に関する平成10年の調査結果を踏まえてガイドライン別表の改定を行い,平成13年1月1日から実施した(第1表・第2表)。
 これらの別表に掲載された事業分野については,公表資料及び通常業務で得られた資料の整理・分析を行うとともに,特に集中度の高い業種については,生産,販売,価格,製造原価,技術革新等の動向,分野別利益率等について,関係企業から資料の収集,事情聴取等を行うことにより,独占禁止法第2条第7項第2号(新規参入の困難性)及び第3号(価格の下方硬直性,過大な利益率,過大な販売管理費の支出)の各要件に則し,企業の動向の監視に努めた。

第1表 ガイドライン別表の改定の状況


第2表 改定後の別表掲載事業分野(25事業分野)



備考(1)  本表は,当委員会が行った調査に基づき,独占的状態の国内総供給価額要件及び市場占拠率要件に該当すると認められる事業分野並びに今後の経済事情の変化によってはこれらの要件に該当することとなると認められる事業分野(平成10年の国内総供給価額が950億円を超え,かつ,上位1社の市場占拠率が45%を超え又は上位2社の市場占拠率の合計が70%を超えると認められるもの)を掲げたものである。
(2)  本表の商品順は工業統計表に,役務順は日本標準産業分類による。

第3 自動車整備業等に関する実態調査

1 調査の趣旨
 規制緩和が行われた分野のうち,消費者が日常生活を営む上で関連が深い分野として,自動車の検査及び点検整備に係る事業を取り上げ,平成6年に道路運送車両法(昭和26年法律第185号。以下「車両法」という。)の一部が改正され,平成7年7月から大幅な規制緩和が実施されたことを踏まえ,規制緩和後における同業界の変化や事業者の活動状況等についての実態調査を行い,調査結果を平成12年4月に公表した。
 本件調査を行うに当たっては,(1)平成7年に規制緩和が行われたことにより,自動車の検査及び点検整備はどのように変わったか,(2)平成7年の規制緩和後,自動車の検査及び点検整備に係る業界の状況はどのようになっているか,また,当該事業者間の競争に変化がみられるか,(3)平成7年の規制緩和について,消費者はどのように評価しているか,また,規制緩和の結果,消費者利便は向上したか,(4)事業者団体等の規制により,市場参入や自由な事業活動が妨げられていることはないか,という視点を中心に実態を把握し,競争政策上の問題点について検討することとした。
2 調査結果の概要(競争政策上の評価)
 自動車の検査及び点検整備については,平成7年以降,定期点検項目の簡素化,自動車検査証の有効期間の延長,「前検査,後整備」が可能となったこと等,様々な規制緩和策が実施されている。これらの規制緩和策のうち,定期点検項目の簡素化や自動車検査証の有効期間の延長については,消費者負担の軽減に直接つながるものとして考えられる。他方,「前検査,後整備」が可能となったことで,ユーザー車検を請け負う検査受検代行業者と整備事業者との間で競争が活発に行われるようになり,その結果,整備料金の低下やサービスメニューの多様化が進んでいる。このように,平成7年の規制緩和については,自動車の検査及び点検整備を巡る競争を促進するものとして評価できる。
 しかしながら,自動車の検査及び点検整備を巡っては,規制緩和を契機として新たな競争政策上の問題も生じており,また,公正かつ自由な競争を確保する観点から是正すべき問題も残されている。これらの点を踏まえ,競争政策の観点から評価を行うと,以下のとおりである。
(1) 規制緩和を契機として生じた競争政策上の問題点
ア 検査受検代行業務の制限行為
 自動車整備振興会において,検査受検代行業務を行わないことを申し合わせたり,検査受検代行業を行っていた者が新たに自動車分解整備事業者の認証を受けて自動車整備振興会に加入するに当たり,加入後は検査受検代行業務を行わないように要請されたとの指摘がみられた。平成7年の規制緩和以降,継続検査(注)を受検する際の新たな形態としてユーザー車検の利用者が増加していることにかんがみれば,このような事業者団体の行為は,規制緩和の効果を減殺することになりかねない。また,整備事業者が,業務の一環として継続検査の受検のみを請け負うことは,法令上禁止されるものではなく,個々の整備事業者の判断において行い得ることであるから,このような事業者団体の行為は,特定の種類の商品又は役務を構成事業者が開発・供給しないことを決定することに該当し,独占禁止法に違反するおそれがある(「事業者団体の活動に関する独占禁止法上の指針」(以下「事業者団体ガイドライン」という。)第2―7―(3))。
 なお,ユーザー車検の利用者から自動車の整備を依頼された場合,整備事業者が特段の理由なくこれを拒絶することとなれば,規制緩和の効果を損ねることになりかねないことから,整備事業者は適切に対応することが望まれる。
(注) 継続検査は一般に「車検」と言われていることから,本件調査のアンケート調査においてはこの用語を使用している。
イ 検査受検代行業者による事業活動
 平成7年の規制緩和以降,検査受検代行業者は急増し,整備事業者との間で競争が活発化した。
 他方,検査受検代行業者については,通常,自動車分解整備事業者の認証を受けておらず,その業務については,継続検査の受検のみを請け負うことが一般的であるとされているが,消費者は整備事業者と検査受検代行業者を混同している場合もみられる。この背景としては,検査受検代行業者が自己の業務の範囲を消費者に対して十分説明していないことや,広告・宣伝活動の在り方に問題があるとする指摘が多くみられた。例えば,認証を受けていない検査受検代行業者が,消費者に対し,分解整備を行うかのような誤認を与えたり,認証工場であるかのような誤認を与えて顧客を誘引することは,景品表示法に違反するおそれがある。
 本件調査においては,検査受検代行業者が行う広告,宣伝等について,直ちに景品表示法上問題となる事例はみられなかったが,検査受検代行業者の行う顧客の誘引方法等について上記のような表示上の問題も指摘されていることから,今後は,検査受検代行業者が自己の業務の範囲を消費者に対して明確に示すとともに,適切な広告・宣伝活動を行うように努めることが重要と考えられる。
ウ 規制緩和の推進と消費者の意識
 過半の消費者は平成7年の自動車の検査及び点検整備に係る規制緩和の内容について十分理解していない状況が見受けられた。規制緩和を実効性あるものとするためには,規制緩和の内容が消費者に周知されることが必要であるが,公正かつ自由な競争を確保する観点からも,消費者の側において規制緩和の趣旨を理解し,それを踏まえた消費行動を採ることが期待されるところである。
(2) 公正かつ自由な競争を確保する観点から是正すべき問題点
ア 事業者団体による参入制限行為等
 自動車整備振興会は,自動車分解整備事業者を主たる構成員として組織される事業者団体であって,車両法の規定に基づき,自動車分解整備事業者に対する指導等を目的とする事業活動を行っており,ほとんどの整備事業者が加入している。また,整備事業を行うのに必要な行政上の文書や自動車メーカーからの技術上の情報等については,通常,自動車整備振興会を通じてそれぞれの整備事業者に伝達されており,大部分の整備事業者は,自動車整備振興会に加入しないと事業活動の継続に支障を来すとの認識を有している。
 このような中で,本件調査によれば,新たに自動車分解整備事業者として認証を受け,自動車整備振興会への加入を希望した場合,当該事業場を管轄する自動車整備振興会の支部等において,近隣の同業者の了承等を求める行為が行われている状況がみられたし,このような行為は,事業者団体に加入しなければ事業活動を行うことが困難な状況がみられる自動車整備業においては,団体への事業者の加入を不当に制限することに該当し,独占禁止法違反となるおそれが強いと考えられる(事業者団体ガイドライン第2―5―(1))。
 また,新たに自動車分解整備事業者としての認証を受ける場合,法令上特段の規定はないものの,その申請は自動車整備振興会を経由して行われるのが一般的であり,自動車整備振興会では,申請書類の記載方法の指導や認証に必要な整備の現地確認等を行っているほか,申請者に代わり申請手続を行う場合もあるとされている。このような自動車整備振興会の行為は直ちに独占禁止法上問題になるものではないが,本件調査によれば,一部の自動車整備振興会の支部等においては,自動車整備振興会を経由して新たに認証の申請を行った者に対し,意図的に申請の手続を遅らせることがあったとの指摘がみられた。
 これらの行為により,事業者団体が一定の事業分野における現在又は将来の事業者の数を制限することに該当する場合には,独占禁止法第8条第1項第3号の規定に違反することとなり,また,かかる行為の結果,一定の取引分野における競争を実質的に制限する場合には,同法第8条第1項第1号の規定に違反することとなる。
イ 整備料金に対する事業者団体の関与
 社団法人日本自動車整備振興会連合会では,整備料金の一般的な算定方式(レバーレート方式)を傘下会員に示したり,全国の整備事業者の整備料金について実態調査を行い,その動向や分布状況を概括的に公表している。事業者団体が,原価計算や積算について一般的な方法を作成し,これに基づいて一般的な指導等を行うことや,需要者や構成事業者に対して過去の価格に関する情報を提供することは,事業者間に価格や積算金額についての共通の目安を与えない限り,原則として独占禁止法違反になるものではないが,価格競争の重要性にかんがみれば,事業者団体による情報提供活動は,構成事業者の価格(整備料金)に関する自主的な決定を制限することのないよう,適正に行われる必要がある。
 本件調査によれば,整備料金の水準や設定方法について自動車整備振興会から指導を受けたことがあるとする者が一部にみられたほか,一部の自動車整備振興会の支部においては,当該支部会員に対し,目安となるレバーレートの具体的な金額まで提示しているとの指摘がみられたところである。整備料金については,法令上特段の規制がなく,個々の整備事業者が自由に決定すべきものであるから,このような事業者団体の行為は,原則として独占禁止法に違反することとなる(事業者団体ガイドライン第2―1―(1))。
 また,一部の自動車整整備振興会の支部においては,あらかじめ整備料金の単価を記載した請求書の様式を印刷し,会員の希望に応じて有償で配布している事例がみられたが,本件の調査を契機に,独占禁止法上問題とならないよう請求書の様式を改めている。
ウ 広告・宣伝活動に対する事業者団体の関与
 従来,整備事業者については,消費者との間で固定的な取引が多く,また,政府規制により事業者間の競争が活発に行われにくい状況にあったとの指摘もみられた。本件調査においても,自動車整備振興会(支部を含む。)から,顧客を獲得するための広告や宣伝活動を行わないよう指導を受けたとする者がわずかながらみられたところである。
 事業者団体が虚偽若しくは,誇大な表示・広告を排除する等の目的で,消費者の商品選択を容易にする基準を設定することは,原則として独占禁止法違反となるものではない。しかしながら,広告等による宣伝活動は,事業者にとって重要な競争手段の一つであるとともに,消費者にとっては,商品又はサービスの適切な選択を行う上で重要な情報となるものであるから,とりわけ規制緩和が図られた業界においては,広告等による宣伝活動が不当に制約されないようにする必要がある。事業者団体が構成事業者の表示・広告について,その内容,媒体,回数等を限定する等,消費者の正しい商品選択に資する情報の提供に制限を加えるような自主規制を行うことは,独占禁止法に違反するおそれがある(事業者団体ガイドライン第2―8―(3))。
エ 自動車整備における下請取引
 当委員会が自動車販売業者(ディーラー系事業者)と自動車整備事業者との間の整備(付属品の装備,架装を含む。)取引について実態調査を行ったところ,下請法上の修理委託が行われているにもかかわらず,下請法に違反するおそれのある事例がみられた。当委員会としては,関係事業者に対する下請法の啓発・普及を図るとともに,下請調査の対象に自動車整備事業者を加えるなどして,違反行為の未然防止に努めているところであり,今後とも違反行為に対しては厳正に,対処していくこととしている。  自動車整備に関しては,下請取引が行われることが一般的にみられるが,修理委託を行う親事業者が下請事業者に対し,下請代金の支払遅延を行ったり,正当な理由がなく減額を行ったりすることは下請法に違反することとなる(同法第4条第1項第2号及び第3号ほか)。
(3) 社団法人日本自動車整備振興連合会等に対する要請
 当委員会は,社団法人日本自動車整備振興会連合会に対し,本報告書において指摘した競争政策上の問題についての考え方を説明するとともに,独占禁止法の趣旨を踏まえて一層適正な業務運営が行われるよう,傘下自動車整備振興会に対して周知するよう要請したところである。また,運輸省に対しても,自動車整備業界への周知方要請した。

第4 流通構造の変化と情報技術の利用に関する実態調査―消費財の流通を中心に―

1 調査の趣旨
 近年,消費者ニーズの多様化への迅速・的確な対応や,消費者の価格志向の高まりに応じた高コスト構造の是正が,流通分野においても大きな課題となっている。こうした課題への対応として,ITの重要性が高まり,その利用が積極的に進められている,消費者に身近な商品である消費財の企業間取引における情報技術の利用の実態とその影響について,競争政策の観点から調査を行い,調査結果を平成12年6月に公表した。
 本件調査については,消費者が日々利用する消費財のうち,消費者の多くが最寄りの小売店で購入する日用雑貨品,加工食品及び文具・事務用品の3品目の取引を対象としている。
 本件調査を行うに当たっては,(1)消費財の企業間取引における情報技術利用の進展状況及び今後の方向性を検証し,流通の効率化に果たした役割と今後の展開を検討,(2)消費財の企業間取引における情報技術利用が,異なる企業間で緊密な情報の交換を伴う形で行われるものであることから,これが我が国で形成されてきた取引諸慣行及び関係企業間の競争に与える影響を検討,という二つの視点を中心に実態を把握し,競争政策上の問題点等を明らかにすることとした。
2 調査結果の概要
(1) 消費財取引における情報技術利用の影響とその評価
ア 市場における競争に与える影響
(ア) 電子データ交換システム利用について
a 小売業者・卸売業者間における利用の影響
(a) 受発注業務への利用について
 小売業者・卸売業者間のEOS(Electronic Ordering System:電子受発注システム)は,取引企業間の受発注業務の効率化のために利用されるものであり,電子データ交換システムの利用に際して,卸売業者にとって,他の卸売業者と小売業者との間の受発注情報にアクセスすることが協調的行動につながるとは考えにくく,また,実際にもそのようなアクセスの例はみられない。したがって,小売業者・卸売業者間におけるEOSの利用が,卸売業者間における競争に悪影響を与える可能性は低いと考えられる。
(b) 物流システム構築における利用について
 小売業者は,情報技術を利用した物流システムにおいて,その配送を,卸売業者のほかに3PL(Third Party Logistics:荷主に対して物流改革を提案し,包括して物流業務を受託する業者)などに一括して委託するが,このような仕組みにおいて,これらの企業は,小売業者との間で物流情報の機密に関する守秘義務を課せられ,さらに,電子データ交換システムの設計上,受託業者の内部においても一括配送に係る担当者しか物流情報を人手できない仕組みとなっていることが多い。また,この仕組みを利用して入手した他の卸売業者の物流情報を,仮に,卸売業者間の競争を制限するような目的で利用すれば,小売業者の利益に反することとなることから,そのような形で利用されるおそれは小さいものと考えられる。したがって,物流業務における電子データ交換システムの利用が卸売業者間における競争に悪影響を与える可能性は低いものと考えられる。
b メーカー・卸売業者間における利用の影響
(a) 受発注業務等における利用について
 メーカー・卸売業者間の場合,複数メーカー・複数卸売業者間において電子データ交換システムが導入されているが,メーカー間又は卸売業者間において電子データを交換する形では運営されていない。
 他方,これらの企業間が電子データ交換システムにより電子データ交換が可能な状態となっていることは事実であり,運営方法によっては,メーカー間での情報交換が行われることも考えられる。しかし,電子データ交換システムの運営は,電子データ交換システムを利用した実際の通信を管理する通信会社と別組織となっており,各メーカーの受発注情報等に他のメーカーがアクセスできないようになっているため,メーカーは,他のメーカーの取引内容を知ることができない仕組みとなっている。この点は,卸売業者間においても同様である。さらに通信会社は,電気通信事業法により通信内容に関する守秘義務を課せられており,メーカーが他のメーカーの通信内容を知ることができない体制となっている。
 以上より,現在のような運営が維持される限り,メーカー間及び卸売業者間における競争に悪影響を与える可能性は低いと考えられる。
(b) 共同配送における利用について
 メーカー間においては,電子データ交換システムなどの情報技術を利用して共同配送が行われるようになっている。この場合,各メーカーと配送を行う運輸業者間で電子データ交換システムにより物流情報が交換されることとなる。
 この物流情報の交換は,共同配送を行うに際して必要な情報を各メーカーから運輸業者に対して提供するために行われるものであり,メーカー間において電子データ交換システムにより個別具体的な物流情報の交換が行われる形では運営されていない。また,物流情報の交換に必要な範囲を超えるような電子データ交換システムとして構築する可能性も乏しく,また,実際にもそのような例はみられない。
 したがって現在のところ,物流業務における電子データ交換システムにより,メーカー間における競争に悪影響を与える可能性は低いと考えられる。
(イ) SCM・ECRに基づく流通システムの構築について
 取引企業間においてSCM(Supply Chain Management=供給連鎖)・ECR(Efficient Consumer Response:効率的消費者対応)に基づく流通システムが構築されることにより,従来の電子データ交換システムの利用とは異なり,取引企業間において,受発注情報や物流情報にとどまらず,小売業者の販売計画,在庫情報,メーカーの生産計画等の情報が広く交換・共有される場合が出てくる。
 このような販売計画,在庫情報,生産計画等の情報は,同業者との関係で特に企業秘密に属する情報であることから,SCM・ECRに基づく流通システムの構築において取引企業間で交換・共有されることとなるこれら情報が,取引当事者以外の流通システム参加者と取引先との間で交換・共有されたり,アクセス可能となることがないようにする必要がある。  SCM・ECRに基づく流通システムの構築は,取引関係にある企業間において効率化を図る動きであり,競合関係にある小売業者やメーカー等が共同して運営する可能性に乏しく,また,実際にもそのような例はみられらない。
 このように,現在のところ,SCM・ECRに基づく流通システムの構築に伴う企業間連携の強化が,小売業者間,卸売業者間及びメーカー間における競争に悪影響を与える可能性は低いと考えられる。
イ 企業間の取引関係への悪影響
(ア) 電子データ交換システム利用について
a 小売業者・卸売業者間における利用の影響
小売業者・卸売業者間でのEOS利用に伴って,EOSの導入に対応できない卸売業者の淘汰はみられるものの,品揃え等への対応力のある企業であれば,EOSを導入している小売業者と卸売業者との取引に当該企業が食い込むことは可能であり,これを困難とするような取引の固定化や閉鎖性がもたらされる可能性は,現在のところ低いと考えられる。
b メーカー・卸売業者間における利用の影響
 メーカー・卸売業者間におけるEDI(Electronic Data Interchange:電子データ交換)の利用は,企業にとってメリットの大きいものである一方で,EDIの利用企業を増やすことはEDIの利用費用の軽減を通じて加入企業のメリットにもなることから,現在のところ,EDIへの参加や脱退について拘束的・排他的な運営がなされる可能性は低いと考えられる。
(イ) SCM・ECRに基づく流通システムの構築について
a 取引諸慣行について
 我が国においては,小売業者の数が極めて多くかつ経営規模の小さい小売業者が主流であったため,高度成長経済の下で大量の商品を,国内各地に所在する小売業者に対して安定的に供給することを目的として,小売業者の経営安定化の効果を持つとされてきた様々な取引諸慣行が形成・定着した。これら取引諸慣行としては,例えば,(1)建値制ないし店着価格制,(2)リベート制ないし返品制,(3)協賛金ないし労務の無償提供,(4)特約店制度がある。
b 取引諸慣行の変化
(a) 建値制ないし店着価格制
 建値制や店着価格制の取引諸慣行は,各々の小売業者・卸売業者間の購入数量や物流費用にはかなりの相違があり得るにもかかわらず,この点を不明確とすることで競争原理を働きにくくする面があったとともに,メーカーから消費者に至るまでの流通費用全体の低廉化を困難にしている面があったと考えられる。
 消費財取引においては,SCM・ECRに基づく流通システムの構築が進むにつれて,このような建値制ないし店着価格制を撤廃するメーカーも出てきており,今後,建値制ないし店着価格制の慣行は一層減少していくものと予想される。SCM・ECRに基づく流通システムは,コスト管理の徹底を図ることが重要な機能の1つであり,消費財取引における費用構造を的確に反映した柔軟な価格の形成が一層求められるようになると考えられることから,このような慣行は,SCM・ECRに基づく流通システムに適合するよう変化していくことが必要とされよう。
(b) リベート制ないし返品制
 今後,SCM・ECRに基づく流通システムの構築が進む場合は,取引価格や取引数量が事後的に修正されるようなリベート制ないし返品制の利用は減少していくものと予想されるが,このようなシステムの構築によって取引の効率化を図る場合には,これらの慣行は,SCM・ECRに基づく流通システムに適合するよう変化することが求められよう。
(c) 協賛金ないし労務の無償提供
 最近,卸売業者から労務の提供を受けた場合には,従来とは異なり小売業者側で相応の費用を負担する動きもみられ,今後,協賛金ないし労務の無償提供の慣行が減少していくものと予想される。しかし,SCM・ECRに基づく流通システムは,コスト管理の徹底を図ることが重要な機能の1つであり,今後,消費財取引における費用を的確に反映した柔軟な価格の形成がより求められるようになると考えられることから,このような慣行は,SCM・ECRに基づく流通システムと適合するよう変化していくことが必要とされよう。
(d) 特約店制度
 小売業者に対して特定卸売業者経由の取引を求める特約店制度は,SCM・ECRに基づく流通システムを構築する際に,取引先企業の選択を限定する面がある。今後,このようなSCM・ECRに基づく流通システムの構築によって取引の効率化を図る場合には,特約店制度が,SCM・ECRに基づく流通システムに適合するよう変化していくことが求められよう。
c 取引関係に及ぼす変化
(a) 企業間関係の変化
 SCM・ECRに基づく流通システムの構築によって,今後の展開次第ではあるが,相手方企業の取引や生産などの事業活動の状況を,従来以上に詳細に把握することが可能となるような緊密な企業間関係が形成されるようになり,取引企業間で形成されるこのような企業グループ間における競争という様相が強まるものとも考えられる。また,かかる企業グループ間において競争が行われる傾向が強まることで,企業間の関係も変化していくものと考えられるところ,こうした場合,特定の企業が取引上の強力な主導性を持つ場合も予想されるので,その競争に及ぼす影響にも注視していく必要があると思われる。
(b) 卸売業者の流通機能の変化
 SCM・ECRに基づく流通システムは,我が国の取引諸慣行に影響を及ぼすだけでなく,メーカー,卸売業者及び小売業者で形成されてきた我が国の流通構造にも影響を与えるものと考えられる。
 特に,従来,我が国の卸売業者は,物流機能や商品に関する情報提供機能などにより中間流通機能を担ってきたが,SCM・ECRに基づく流通システムの構築に伴い,卸売業者によるこのような流通機能を前提としない小売業者が現れることが予想される。今後,大手小売業者は,前述のような取引諸慣行の変化ともあいまって,卸売業者の流通機能を前提としなくなる方向にあり,これまでの流通構造に大きな変化がもたらされる可能性があると考えられる。このように,今後の動向如何にもよるが,小売業者とメーカーの直接交渉が進展するなどにより,我が国の流通に構造的変化がもたらされることも考えられるので,この点にも注視していく必要があると思われる。
(2) おわりに
 これまで,消費財取引における情報技術利用について,現在までの電子データ交換システム及びSCM・ECRに基づく流通システムの構築の状況を把握するとともに,これらが流通構造に及ぼす影響について検討した。このうち,EOS・EDIといった電子データ交換システムについては,EOSの導入からかなり経過しているもののEDIへの移行が進んでいないなどの状況が一部にみられるが,本件調査対象とした日用雑貨品,加工食品及び文具・事務用品業界においては,相当程度その普及が進んでいる。他方,SCM・ECRに基づく流通システムの構築については,全体的には緒についたばかりである。
 情報技術の一層の利用,特にSCM・ECRに基づく流通システムの構築については,基本的には,企業間取引における取引諸慣行の変容を促し,また,既存の流通構造に変化をもたらす可能性があるとともに,企業間取引が効率化されることにより,消費者への多様な商品供給や価格の低廉化を促し,消費者利益に資すると評価でき,競争政策上好ましいものと考えられる。
 さらに,インターネットについては,電子データ交換システムやSCM・ECRに基づく流通システムと比べて,システムの開放性や利便性等の面から大きなメリットがあるとされており,取引先選択範囲の拡大や取引関係の流動化をもたらす可能性がある。また,その米国における利用状況などからみて,我が国においても,新たな市場の形成などにより市場における競争に大きな影響を及ぼすようになると考えられる。当委員会としては,今後,我が国におけるインターネットの利用の進展が企業間取引に及ぼす影響及びインターネットの利用の進展に対する阻害要因がないかどうかにつき,注視していく必要があると考えており,今後ともこのような情報技術利用の一層の進展の状況に応じて,競争政策の観点から実態把握に努めていくこととする。

第5 建設業関連団体による「積算資料」,「建設物価」等への価格掲載について

1 調査の趣旨
 当委員会は,建設業団体が作成する価格表に関する実態調査を行い,当該団体が作成する価格表であって,特定の価格のみを示すものについては独占禁止法上問題となるおそれがあることを指摘し,独占禁止法上問題のない形とするよう指導を行うとともに,調査結果を平成11年3月に公表した。この調査に関連して,財団法人経済調査会及び財団法人建設物価調査会(以下,これらを併せて「調査会」という。)がそれぞれ発行する月刊「積算資料」,月刊「建設物価」等の調査会資料への建設業関連団体名を付した価格の掲載状況等について,アンケート及びヒアリングにより実態調査を行い,平成12年9月に調査結果を公表した。
2 調査結果の概要
(1) 調査会資料への掲載状況
 月刊「積算資料」及び月刊「建設物価」は,いずれも月間10万部以上発行されているといわれ,その購読者は,主に発注官公庁,建設業者及び建設コンサルタントである。掲載されている価格は,発注官公庁等において積算などに広く利用されている状況にある。  また,「積算資料」及び「建設物価」には,それぞれ建設工事に関連する諸資材,各種工事等の単価などが掲載されており,調査会は,これらの価格を次のいずれかの方法により調査し掲載している。
(1)  事業者に対し直接ヒアリングを行うなどの方法により調査し,実勢価格として掲載
(2)  業界団体にその公表価格を問い合わせるなどの方法により調査し,当該団体の公表価格として掲載
(3)  業界における代表的なメーカー又は施工業者など特定事業者の公表価格を調査し,当該事業者の公表価格として掲載
なお,本件調査は,上記(2)に該当する建設業関連団体(102団体)を対象として行ったものである。
 
 調査会資料(平成11年10月号等)に価格が掲載されている建設業関連団体の多くは,建設工事のうちの地盤改良工事,法面工事,擁壁工事,緑化工事等における特別な工法による施工業者を構成員とする工法系団体である。この中には,施工業者のほかに,当該工法に使用する資材等の製造業者又は販売業者を構成員とするものがある。
 なお,当該工法又はこれに使用する資材等に関し特許を取得しているケースが多く,特許権者とその実施許諾を受けた者を構成員としているものもある。
 調査会資料には,建設業関連団体の「公表価格」として,規格・仕様ごとに標準施工規模による単位(面積・立方メートル等)当たりの材料込み工事価格等が掲載されている。
<調査会資料掲載例>
   建設業関連団体の「公表価格」のほとんどは,掲載されてから数年間,価格の見直しが行われず同じ価格が掲載されており,中には5年以上同じ価格のものがある。
 掲載の経緯については,建設業関連団体から調査会に要請して調査会資料に掲載されることとなったケースが多い。
(2) 掲載価格の算出方法等
 建設業関連団体の大部分は,次のいずれかの方法により,価格を算出し,調査会資料に掲載している。
 
(1)  構成事業者の一部から電話等により聞取調査を行う。
(2)  調査会資料等に掲載されている資材や労務費の単価,機械器具の損料等を引用する。
(3)  構成事業者の中の主要企業が(2)と同様の方法により設定した価格を当該団体の価格とする。
   また,(1)及び(2)の方法においては,算出した価格について,調査会資料に掲載されている同種の工法系団体の公表価格と比較した上でこれを増減しているケースもある。
 建設業関連団体が価格を算出することとなった理由については,「官公庁(発注者)からの要望・問い合わせがあるから」とするものが最も多い。この他,「建設コンサルタント業者・建設業者・会員からの要望・問い合わせがあるから」等となっているが,これらのほとんどは,官公庁発注工事に関するものである。
(3) 独占禁止法上の考え方及び建設業関連団体の対応
 事業者団体が算出している価格を調査会資料に掲載することは,事業者団体がその利用について推奨あるいは強制しなくとも,構成事業者間に現在又は将来の価格について共通の目安を与え,構成事業者の自由な価格形成を妨げるおそれがある。
 当委員会は,調査会及び建設業関連団体に対し,調査会資料に掲載している建設業関連団体の公表価格について上記独占禁止法上の考え方を伝えたところ,その掲載を取りやめるなど自主的な改善が図られた。
 当委員会としては,今後とも,事業者団体の活動が独占禁止法の趣旨を踏まえ適正に行われるよう注視していくこととする。

第6 貨物自動車運送業及びソフトウェア開発業における委託取引に関する実態調査

1 調査の趣旨
 当委員会は,平成10年3月に「役務の委託取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の指針」(以下「役務ガイドライン」という。)を策定・公表し,この中で事業者間の役務の委託取引における優越的地位の濫用行為についての基本的な考え方と独占禁止法上問題となる行為を類型別に示したところである。
 その後,役務ガイドライン公表から約2年が経過したことから,この間,役務ガイドラインで示された独占禁止法上問題となるおそれのある行為が行われていないか等,優越的地位の濫用規制の観点からその実態を把握することを目的として調査を実施し,平成12年12月にその結果を公表した。
 業種選定に当たっては,役務ガイドライン策定に際して実態調査を実施した14業種のうち,これまで,当委員会に比較的多く相談等が寄せられた業種(役務提供型業種及び成果物型業種をそれぞれ1業種)を選定することとし,貨物自動車運送業及びソフトウェア開発業における委託取引の実態調査を実施した。
(注)  14業種(貨物自動車運送業,内航運送業,情報処理サービス業,ビルメンテナンス業,テレビ番組制作業,広告制作業,ディスプレイ業,ソフトウェア開発業,機械設計業,旅行業,クリーニング業,写真現像・焼付業,自動車整備業,衛生検査所業)
2 調査結果の概要及びその競争政策の観点からの評価
(1)貨物自動車運送業
ア 委託取引の実態
 大規模な事業者から中小規模の事業者への委託取引が3分の1を占めるとともに,中小規模の事業者間の委託取引も同程度あったが,中小規模の事業者から大規模の事業者への委託取引や大規模の事業者間の委託取引はわずかであった。また,最も取引高の多い委託者との取引依存度(売上高全体に占める委託者に対する売上高の割合をいう。以下同じ。)が50%以上である受託者の割合は53%で,取引依存度が30%以上の受託者の割合は7割以上あった。
 今回の調査結果からは,委託者が取引上優越した地位にあるケースが少なくないものの,中小規模の事業者間の委託取引といった委託者が取引上優越した地位にあるとはいえない取引も同程度存在することがうかがわれた。
イ 取引契約書の締結状況
 取引契約書をすべて又はほとんどの取引先と交わしていると回答した受託者の割合は,荷主との取引で47.0%,同業者との取引で32.5%と低く,特に,中小の同業者との取引において契約の締結が進んでいないことがうかがわれた。また,取引契約書を締結している場合であっても,代金が定められておらず,あらかじめ書面により明確になっていないとするものが多かった。競争政策の観点からは,書面化の推進を図る必要があり,特に支払代金や取引条件等をあらかじめ書面により明確にすることが重要であると考えられる。
ウ 調査対象行為類型
(ア) 代金の支払遅延
 最近1年間において代金の支払遅延を受けたと回答した受託者の割合は,約15%であり,そのほとんどが一部の取引先から受けたとするもので,理由のほとんどは,委託者側の都合によるものであった。個別事例を指摘した受託者からヒアリングを行ったところ,支払遅延をしている委託者のほとんどが,取引上優越した地位にあるとはいえない中小規模の同業者からのものであり,独占禁止法上問題となるおそれがあると認められる事例は確認できなかった。
(イ) 代金の減額の要請
 最近1年間において代金の減額の要請を受けたと回答した受託者のほとんどが一部の取引先から受けたとするものであったが,代金の減額の要請を受けたことがあるとする受託者の割合は,約40%と高いことが認められた。個別事例を指摘した受託者からヒアリングを行ったところ,取引上優越した地位にあるとはいえない経営の悪化した中小規模の同業者によるものが少なくなかったが,大手運送会社及び大手荷主による一方的な代金の減額の事例がみられた。
(ウ) 著しく低い対価での取引の要請
最近1年間において著しく低い対価での要請を受けたと回答した受託者のほとんどが一部の取引先から受けたとするもので,要請を受けたことがあるとする受託者の割合は,約40%と高かったが,委託者に協議の機会が与えられたと回答した受託者が半数以上あった。個別事例を指摘した受託者からヒアリングを行ったところ,取引上優越した地位にあるとはいえない中小規模の荷主からのものや,他の運送業者との比較で低い対価を要請されたもの,単価の引下げの要請があるが他の委託者と比較して低いものではないとするもの,他の運送業者との競争上要請に応じざるを得ないとするものなどで,独占禁止法上問題となるおそれがあると認められる事例は確認できなかった。
(エ) 協賛金等の負担の要請
 最近1年間において協賛金等の負担の要請を受けたと回答した受託者の割合は,約10%と低く,そのほとんどが一部の取引先から受けたとするものであった。個別事例を指摘した受託者からヒアリングを行ったところ,取引上優越した地位にあるとはいえない中小規模の委託者から,その経営悪化を理由に協力を求められ,付き合いの範囲内で応じたとするものなどで,独占禁止法上問題となるおそれがあると認められる事例は確認できなかった。
(オ) 商品等の購入要請
 最近1年間において商品等の購入要請を受けたと回答した受託者の割合は,約20%であり,そのほとんどが一部の取引先から受けたとするものであった。また,要請を受けたことがあるとする受託者のうち,委託取引の担当者から要請されたとするものが4割以上あったが,単なる商品購入のあっせんであったとする者も半数近くあった。個別事例を指摘した受託者からヒアリングを行ったところ,単なる購入のあっせんであったとするものが多かったが,大手運送業者が取引に影響を及ぼし得る担当者により何度も購入要請している事例もみられた。
(2) ソフトウェア開発業
ア 委託取引の概要
 大規模な事業者から中小規模の事業者への委託取引が半数近くある一方,大規模な事業者間の委託取引も1割弱あった。また,最も取引高の多い委託者との取引依存度が50%以上である受託者の割合は33%で,取引依存度が30%以上である受託者の割合は約6割であった。今回の調査結果からは,大規模の事業者間の委託取引がある程度存在するものの,委託者が取引上優越的地位にあるケースが少なくないことがうかがわれた。
イ 取引契約書の締結状況
 取引契約書をすべて又はほとんどの取引先と交わしていると回答した受託者の割合は,ユーザーからの委託取引において約8割,コンピュータメーカー及び同業者からの委託取引において約9割を占め,全体的に契約の締結が進んでいることがうかがわれた。書面化は進んでいるものの,競争政策の観点からは,特に,ユーザーとの取引において,その一層の進展を図ることが重要と考えられる。
ウ 調査対象行為類型
(ア) 代金の支払遅延
 委託者の業態によって差があるものの,最近1年間において代金の支払遅延を受けたと回答した受託者の割合は,約20%であり,そのほとんどが一部の取引先から受けたとするもので,その理由のほとんどは,委託者側の都合によるものであった。個別事例を指摘した受託者からヒアリングを行ったところ,エンドユーザーから代金が支払われていないことによるものや,支払遅延をしている委託者が取引上優越した地位にあるとはいえない中小規模のユーザーや同業者からのものなどで,独占禁止法上問題となるおそれがあると認められる事例は確認できなかった。
(イ) 代金の減額の要請
 最近1年間において代金の減額の要請を受けたと回答した受託者の割合は,約15%であり,そのほとんどが一部の取引先から受けたとするものであった。個別事例を指摘した受託者からヒアリングを行ったところ,取引上優越した地位にあるとはいえない経営の悪化した中小規模の同業者によるものが少なくなかったが,同業者から口頭で契約した業務について支払を受けられなかった事例がみられた。
(ウ) 著しく低い対価での取引の要請
 最近1年間において著しく低い対価での取引の要請を受けたと回答した受託者のほとんどが一部の取引先から受けたとするもので,要請を受けたことがあるとする受託者の割合は,約20%であったが,そのほとんどが委託者から協議の機会が与えられたと回答している。個別事例を指摘した受託者からヒアリングを行ったところ,受託者の取引依存の程度等から見て必ずしも取引上優越した地位にあるとはいえない委託者によるものであったが,技量に関係なく単価が決められている,発注時に単価を決めないといった,取引の公正化の観点から,委託者において改善の余地があると考えられる事例がみられた。
(エ) 発注内容の変更・やり直し等
 受託者の半数以上が発注内容の変更があったと回答しているが,その多くは,代金の見直しを行っているとしており,ソフトウェア開発業においては発注内容の変更が行われることが多い実態にあるものの,発注内容の変更に伴う独占禁止法上の問題は少ないことがうかがわれた。
 やり直しについては,その要請を受けたことがあると回答した受託者の割合は,ユーザーとの取引において約30%と高く,ユーザー以外との取引において約20%となっている。やり直しの理由としては,納品したものが仕様と異なるなど受託者に責任がある場合が半数近くあるものの,個別事例を指摘した受託者からヒアリングを行ったところ,受託者に責任がないにもかかわらず,何度も無料でやり直しをさせられた事例がみられた。
(オ) 商品等の購入要請
 委託者がユーザーの場合は,約20%の受託者が最近1年間に商品等の購入要請を受けたと回答しているが,委託者がユーザー以外の場合は,数%と少なかった。また,要請を受けたと回答した受託者の多くは,単なる商品のあっせんであったとしており,独占禁止法上の問題は少ないことがうかがわれた。受託者から問題事例として指摘されたものがあったことから,ヒアリングを行ったところ,ユーザーである委託者からノルマだからといって必要のない商品を購入させられた事例があった。
(カ) 成果物の取扱い
 成果物の権利が受託者の帰属になっている場合は少なく,また,受託者が開発したものの再利用などの二次利用の制限が多いことが認められたが,権利が受託者に帰属しないことや,二次利用が制限されることを前提に代金を交渉していることなどを理由に問題はないとする受託者がほとんどであり,独占禁止法上の問題は少ないことがうかがわれた。
3 当委員会の対応
(1)  貨物自動車運送業における委託取引に関する調査結果を踏まえ,独占禁止法上問題となるおそれがあると認められる行為がみられた大手運送業者及び大手荷主に対し,その是正を強く求めるとともに,独占禁止法遵守のための取組を行うよう要請した。さらに,関係団体に対し,改めて役務ガイドラインの内容が会員に周知徹底されるよう指導を行うなど取引の公正化を図るための自主的取組を行うよう要請した。
(2)  ソフトウェア開発業における委託取引に関する調査結果を踏まえ,関係団体に対し,今回の調査においてみられた問題となり得る事例を指摘し,このような行為が行われないよう,役務ガイドラインの内容を会員に周知徹底するなど取引の公正化を図るための自主的取組を行うよう要請した。

第7 官公庁等の情報システム調達における安値受注について

1 調査の趣旨
 最近,「電子政府」構築に向けた情報システムの導入あるいは高度化等の取組が国の行政機関等において進められており,各官公庁はこのための調達活動を行っている。これに関連して実施された各官公庁の入札において,極端な安値による応札が行われたとの新聞報道が複数行われたことから,当委員会は,関係事業者,関係官公庁等に対するヒアリング及び資料収集により実態把握を行い,官公庁等の情報システム調達における安値受注について,競争政策上の考え方を取りまとめ,平成13年1月に公表した。
2 調査結果の概要
(1) 安値受注の状況等
ア 安値受注の状況
 最近,官公庁の情報システムの入札においては,その落札価格は,予算額はもとより,調達官公庁が事業者の見積価格や実勢価格等に基づいて設定した予定価格を大幅に下回り,例えば,落札価格が予定価格の10分の1以下となることも少なくないといわれている。
 中には,予定価格が数千万円ないしは数億円のところ,落札価格が数万円前後の極端な安値により受注した下記のような例もみられる。いずれも,インターネット等のネットワークを利用した新しい情報システムの構築に関連したものとなっている。
(極端な安値受注の例)

イ 安値受注が行われる理由等
(ア)  安値受注を行った事業者は,その理由について,ノウハウの取得や蓄積のため,既存のソフトウェアを利用できるため,といった点を挙げている。
(イ)  一方,入札に参加した他の事業者やソフトウェア開発専門業者は,安値受注が行われる背景として,関連したシステムの供給で利益が得られる,官公庁との間の継続的取引が得られる,といった点を挙げている。
ウ 現行の情報システム調達方式に関する事業者等の指摘
 ヒアリングにおいて,現行の情報システムの調達方式について,次のような指摘があった。
(1)  我が国の総合評価落札方式(注)については,入札に必要な仕様を満たせば技術点等の得点の半分程度を基礎点として与えるという運用がなされていることが多い。この場合,その得点の開きは最大2倍にしかならず,応札額を極端な安値にすれば,総合評価得点が高くなり,落札の可能性を高くできる。
(2)  技術力等の評価の差ではなく,低価格であることのみが有利となる現行の入札制度の下で,コスト割れ応札が誘発されている面がある。これを解消していくためには,価格と同様に技術力等を評価する調達基準,あるいは,事業者のソフトウェア開発能力を厳密に評価する調達基準を設けるべきである。
(3)  大規模な情報システムの構築においては,会計年度ごとではなく複数年度にわたる契約により調達を行う方が長期的にみてコスト削減等に寄与する場合もあり,このような仕組みも必要である。
(4)  予定価格,積算根拠等調達の状況を透明化していくことにより,極端な安値受注は無くなると考えられる。
(注)  我が国の総合評価落札方式は,技術点及び納期等のサポート点の合計得点を応札価格で除する算出方式(割り算方式)であり,応札価格1円当たりの技術等の評価が高い応札者が落札する方式となっている。
(2) 競争政策上の考え方
ア 情報システムの調達方式の検討等について
(ア)  官公庁の情報システム調達における極端な安値受注については,事業者が,入札に付されたあるシステムを受注すれば,その後の改良や類似のシステム等の受注に有利になるとの期待を持ち,現行調達方式の下で受注を確実なものとするために,これを行ったことが考えられる。
(イ)  一方,情報システムの調達方式については,ソフトウェアの特質を踏まえて,事業者の開発能力,技術力等を厳密に評価する基準を設けることにより,価格と並行して技術力等が十分に評価されることになり,情報システムの品質の確保や長期的な視点でのコスト削減がもたらされるだけでなく,ベンチャー企業等の参入機会が拡大するとの事業者等からの指摘がある。
(ウ)  官公庁等の情報システム調達における極端な安値受注の問題については,上記を踏まえて,調達側において,入札を行う際に,関連するシステムであっても発注内容に含まれないものは別途の入札等に付すこと等を明確化するよう努めるとともに,情報システムの調達方式についてソフトウェアの特質を踏まえて,技術力等を十分に評価する基準を設けることなどにより,かなりの改善が図られるものと考えられる。
 情報システムの調達方式については,関係官庁においてソフトウェアの特質を踏まえた検討が開始される予定であり,このような検討が行われることは,公正かつ自由な競争を促進する観点からも意義あるものと考えられる。
イ 安値受注についての独占禁止法上の考え方
 情報システム調達における極端な安値受注の問題については,上記ア(ウ)のとおり,調達内容等の明確化により公正で透明な調達活動が行われ,また,ソフトウェアの特質を踏まえて,調達方式の検討が行われ,的確な対応が図られることが重要と考えられるものであるが,本件の実態把握を踏まえると,独占禁止法上においても以下のように不当廉売に該当するかどうかが問題となる。
(ア)  官公庁等における最近の大規模な情報システムについては,そのほとんどが特定ユーザー向けシステムとして調達されており,その構築においてはソフトウェアの開発が重要となっている。
 このようなソフトウェアの開発については,新しく開発する部分の開発コストを必要とするほか,既存のソフトウェアの一部を利用して開発することが可能な場合においても,その手直し費用等が必要となる。
 本件調査を行った極端な安値受注については,落札価格がこのような開発コストを大きく下回ることになると考えられる。  このような極端な安値受注については,その後の改良や類似のシステム等の受注によりコスト回収が図られることも考えられる。しかしながら,当該入札等がその後の調達の内容を対象としていない場合には,不当廉売の観点からは,その後の改良や類似のシステム等の受注は考慮せずにコストをみることが適当であると考えられる。
(イ)  官公庁等の情報システム調達において,上記のようにコストを大きく下回る極端な安値受注が繰り返され,他の事業者が受注の機会を得られないなどにより,その事業活動を困難にさせるおそれが生じる場合には,不当廉売として問題となる。
 特に,この場合,他の事業者の事業活動に与える影響を判断するに当たっては,あるシステムを受注すると,その後の改良や類似のシステム等の受注において,技術面,コスト面等で有利になるというソフトウェアの開発の特殊性を考慮する必要がある。
 このような特殊性を考慮すると,情報システム供給における有力な事業者が,採算を度外視したコスト割れ受注を行うことでその後のシステムの受注等において優位に立つことも可能であり,中小規模のソフトウェア開発業者等の受注機会が減少する可能性も考えられる。
(3) 今後の対応
 情報システムの調達方式については,関係官庁においてソフトウェアの特質を踏まえた検討が開始されることとなっており,当委員会としても,公正かつ自由な競争を促進する観点から,このような検討等により官公庁等の情報システム調達における極端な安値受注の問題の改善が図られることを期待するところである。
 当委員会は,本件調査により採算を度外視した極端な安値受注が認められた事業者に対して,上記競争政策上の考え方を説明し今後同様の行為を行えば不当廉売につながるおそれがある旨注意を行うとともに,関係団体に対して,上記考え方を示しその趣旨が会員事業者に周知されるよう要請を行った。
 当委員会としては,今後とも,官公庁等の情報システム市場における競争の状況を注視するとともに,独占禁止法に違反する事実に接した場合には,厳正に対処することとしている。