第2部 各論

第7章 株式取得、合併等に関する業務

第1 概説

独占禁止法第4章は、事業支配力が過度に集中することとなる会社の設立等の禁止及び銀行業又は保険業を営む会社の議決権取得・保有の制限並びに会社及び子会社の総資産合計額が一定規模を超える場合の報告又は届出の義務(第9条)及び銀行業又は保険業を営む会社が他の国内の会社の議決権の一定の割合を超えて取得・保有する場合の認可(第11条)について規定している。このほか、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合及び不公正な取引方法による場合の会社等の株式取得・所有、役員兼任、合併、分割、共同株式移転及び事業譲受け等の禁止並びに一定の条件を満たす企業結合についての届出義務(第10条及び第13条から第16条まで)を規定している。公正取引委員会は、これらの規定に従い、企業結合審査を行っている。

また、公正取引委員会は、いわゆる第2次審査を行って排除措置命令を行わない旨の通知をした場合等について、当該審査結果を公表するほか、届出を受理した事案等のうち、企業結合を計画している事業者の参考に資すると思われる事案については、一定の取引分野の画定の考え方や独占禁止法上の判断の理由等についてできるだけ詳細に記載し、その内容を公表している。

第2 企業結合規制(審査手続及び審査基準)の見直し

1 経緯

公正取引委員会は、平成22年6月18日に閣議決定された「新成長戦略」に基づいて行った企業結合規制に関する検証結果等を踏まえ、企業結合審査の迅速性、透明性及び予見可能性を一層高めるとともに、国際的整合性の向上を図る観点から、審査手続及び審査基準の見直しを行い、パブリックコメント手続を経て、平成23年6月14日に公正取引委員会規則の一部改正等を行う旨公表し、同年7月1日から施行した。

2 企業結合審査手続の見直し

(1) 事前相談制度の廃止

具体的な企業結合計画に関し、届出が行われる前に、当該計画が独占禁止法の規定に照らして問題があるか否かについての相談があった場合には、「企業結合計画に関する事前相談に対する対応方針」(平成14年12月21日公正取引委員会)に則って対応し、独占禁止法上の問題の有無について回答してきたが、欧米競争当局においては、事前相談では最終的な判断を行わないこと、平成21年独占禁止法改正法により、株式取得について事後報告義務から合併等の他の企業結合と同様の事前届出義務に改められたため、事前に公正取引委員会の判断を得るという事前相談の意義が低下したこと等に鑑みて、会社が法定の届出を行う前に独占禁止法上の問題の有無を任意に相談し公正取引委員会が回答する仕組み(事前相談制度)を廃止し、届出を要する企業結合計画に対する独占禁止法上の判断は、届出後の手続において示すこととするとともに、届出会社が希望する場合には、届出書の記載方法等に関して任意で届出前相談を行うことができることとした。

(2) 届出会社と公正取引委員会とのコミュニケーションの充実

ア より詳細な審査(第2次審査)が必要であるとして、届出会社に対し、独占禁止法に規定する報告等を要請する際には、その報告等を要請する趣旨について報告等要請書中に記載する。

イ 審査期間において、届出会社から求めがあった場合又は必要がある場合には、公正取引委員会は、その時点における企業結合審査の論点等について説明する。

ウ 届出会社は、審査期間において、いつでも公正取引委員会に対し意見書又は必要と考える資料を提出することができる。

(3) 企業結合審査の終了時の手続の整備

ア 独占禁止法上問題がなく、報告等の要請を行わない案件について、排除措置命令を行わない旨を書面で通知する。

イ 報告等の要請を行った案件について、独占禁止法上問題がないと判断したときは、届出会社に対し、排除措置命令を行わない旨を書面で通知し、審査結果について、その理由も含め書面により説明する。

ウ 前記イの案件について、公表する。また、前記イの案件以外でも、他の事業者の参考となるものについては、公表する。

エ 禁止期間の短縮を認める場合を拡大する。

3 企業結合審査基準の見直し

(1) 企業結合審査の対象とならない場合を明確化し、議決権保有比率が10%以下等のときは、企業結合審査の対象とならない旨を明示するとともに、届出書の記載内容を簡素化した。

(2) 一定の取引分野(地理的範囲)の考え方について、世界市場・東アジア市場を認定する場合の例示を追加した。

(3)  需要が縮小している場合の考え方として、需要が継続的構造的に減少しており、競争者の供給余力が十分である場合には、当事会社グループの価格引上げに対する牽制力となり得る旨、需要の減少により市場が縮小している商品について、競合品が当該商品に対する需要を代替する蓋然性が高い場合は、競争を促進する要素として評価し得る旨、及び継続的構造的に需要量が供給量を大きく下回り、需要者からの競争圧力が働いている場合には、当事会社グループが価格等をある程度自由に左右することをある程度妨げる要因となり得る旨を追記した。

(4) 現在輸入が行われているかどうかにかかわらず、輸入圧力を評価することを明示した。

(5) 隣接市場からの競争圧力について、近い将来における競合品の競争圧力についても考慮の対象とする旨を明示した。

(6) 業績不振等についての例示として、当事会社の一方が継続的に大幅な経常損失を計上している場合及び事業部門が継続的に大幅な損失を計上している場合を追加した。

第3 独占禁止法第9条の規定による報告・届出

独占禁止法第9条第1項及び第2項の規定では他の国内の会社の株式を取得し、又は所有することにより事業支配力が過度に集中することとなる会社の設立・転化を禁止しており、当該会社及び子会社(注)の総資産合計額が、①持株会社については6000億円、②銀行業、保険業又は第一種金融商品取引業を営む会社(持株会社を除く。)については8兆円、③一般事業会社(①及び②以外の会社)については2兆円を超える場合には、①毎事業年度終了後3か月以内に当該会社及び子会社の事業報告書を提出すること(独占禁止法第9条第4項)、②当該会社の新設について設立後30日以内に届け出ること(独占禁止法第9条第7項)が義務付けられている。

平成23年度において、独占禁止法第9条第4項の規定に基づき提出された会社の事業報告書の提出件数は100件であり、独占禁止法第9条第7項の規定に基づく、会社設立届出書の提出はなかった。

(注) 会社がその総株主の議決権の過半数を有する他の国内の会社をいう。この場合において、会社及びその一若しくは二以上の子会社又は会社の一若しくは二以上の子会社がその総株主の議決権の過半数を有する他の国内の会社は、当該会社の子会社とみなす。

第4 銀行業又は保険業を営む会社の議決権取得・保有

独占禁止法第11条第1項の規定では、銀行業又は保険業を営む会社が他の国内の会社の議決権をその総株主の議決権の5%(保険会社は10%)を超えて取得・保有してはならないとされている。ただし、あらかじめ公正取引委員会の認可を受けるなど一定の要件を満たした場合は、同項の規定の適用を受けない(同条第1項ただし書、第2項)。

平成23年度において、公正取引委員会が認可した銀行業又は保険業を営む会社の議決権取得・保有の件数は7件であり、独占禁止法第11条第1項ただし書の規定に基づくものが1件、独占禁止法第11条第2項の規定に基づくものが6件であり、全て銀行業を営む会社に係るものであった。また、外国会社に係るものはなかった(なお、銀行又は保険会社の議決権取得・保有の制限に係る認可についての詳細は、附属資料4-1表参照)。

第5 株式取得・合併・分割・共同株式移転・事業譲受け等

1 概要

(1) 一定の条件を満たす会社が、株式取得、合併、分割、共同株式移転及び事業譲受け等(以下「企業結合」という。)を行う場合には、それぞれ独占禁止法第10条第2項、第15条第2項、第15条の2第2項及び第3項、第15条の3第2項又は第16条第2項の規定により、公正取引委員会に企業結合に関する計画を届け出ることが義務付けられている(ただし、合併等をしようとする全ての会社が同一の企業結合集団に属する場合等については届出が不要である。)。

企業結合に関する計画の届出が必要な場合は、具体的には次のとおりである。

ア 株式取得の場合

(注1) 会社が他の会社等の財務及び事業の方針の決定を支配している場合における当該他の会社等をいう。

(注2) ただし、あらかじめ届出を行うことが困難である場合として公正取引委員会規則で定める場合は、届出が不要である。

イ 合併の場合

ウ 共同新設分割の場合

エ 吸収分割の場合

オ 共同株式移転の場合

カ 事業譲受け等の場合

(2) 平成23年度における独占禁止法第10条第2項等の規定に基づく企業結合に関する計画の届出受理件数は、275件であった。

(3) 公正取引委員会は、企業結合により一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなるかについて調査を行っている。

平成23年度に独占禁止法第10条第1項、第15条第1項、第15条の2第1項、第15条の3第1項又は第16条第1項の規定に違反するとして、同法第17条の2第1項の規定に基づき排除措置命令を行ったものはなかった。

(4) 平成23年度において、独占禁止法第10条第8項ただし書(独占禁止法第15条第3項、第15条の2第4項、第15条の3第3項及び第16条第3項において準用する場合を含む。)の規定に基づき、企業結合をしてはならない期間を短縮した件数は、36件であった。

(5) 平成23年度において、産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法(平成11年法律第131号)第13条第1項の規定に基づく協議を受けたものは3件であった。

2 株式取得・合併・分割・共同株式移転・事業譲受け等の動向

平成23年度における株式取得の届出受理件数は、224件であり、前年度の届出受理件数184件に比べ増加している(対前年度比21.7%増)。

平成23年度における合併の届出受理件数は、15件であり、前年度の届出受理件数11件に比べ増加している(対前年度比36.4%増)。

平成23年度における分割の届出受理件数は、10件であり、前年度の届出受理件数11件に比べ減少している(対前年度比9.1%減)。

平成23年度における共同株式移転の届出受理件数は、6件であり、前年度の届出受理件数5件に比べ増加している(対前年度比20.0%増)。

平成23年度における事業譲受け等の届出受理件数は、20件であり、前年度の届出受理件数54件に比べ減少している(対前年度比63.0%減)。

平成23年度に届出を受理した企業結合を国内売上高合計額別、総資産額別、態様別、業種別及び形態別でみると、次のとおりである(第1表から第13表。企業結合の詳細な統計については、附属資料4-2以下参照)。

(1) 国内売上高合計額別

平成23年度の企業結合に関する計画の届出受理件数について、それぞれ国内売上高合計額別にみると、次のとおりである。

ア 株式取得

株式取得会社の国内売上高合計額が1000億円以上の会社による株式取得が過半を占めている(第1表参照)。

イ 合併

存続会社の国内売上高合計額が1000億円以上の会社による合併が過半を占めている(第3表参照)。

ウ 分割
(ア) 共同新設分割

共同新設分割に係る届出はなかった(第5表参照)。

(イ) 吸収分割

事業を承継する会社の国内売上高合計額が1000億円以上のものが過半を占めている(第7表参照)。

エ 共同株式移転

国内売上高合計額が500億円以上の会社を含む共同株式移転が過半を占めている(第9表参照)。

オ 事業譲受け等

国内売上高合計額が1000億円以上の会社による事業譲受け等が過半を占めている(第11表参照)。

(2) 総資産額別

平成23年度の企業結合に関する計画の届出受理件数について、それぞれ総資産の規模別にみると、次のとおりである。

ア 株式取得

 総資産額が1000億円以上の会社による株式取得が過半を占めている(第2表参照)。

イ 合併

存続会社の総資産額が50億円以上の会社による合併が過半を占めている(第4表参照)。

ウ 分割
(ア) 共同新設分割

共同新設分割に係る届出はなかった(第6表参照)。

(イ) 吸収分割

事業を承継する会社の総資産額が10億円未満の吸収分割が過半を占めている(第8表参照)。

エ 共同株式移転

総資産額が100億円以上の会社を含む共同株式移転が過半を占めている(第10表参照)。

オ 事業譲受け等

総資産10億円未満の会社による事業譲受け等が過半を占めている(第12表参照)。

(3) 態様別

平成23年度の企業結合に関する計画の届出受理件数を態様別にみると、合併については、総数15件の全てが吸収合併であった。分割については、総数10件の全てが吸収分割であった。また、事業譲受け等については、総数20件のうち、18件が事業譲受け(全体の90.0%)、2件が事業上の固定資産の譲受け(同10.0%)であった。

(4) 業種別

平成23年度の企業結合に関する計画の届出受理件数を業種別にみると、次のとおりである。

ア 株式取得

その他を除けば、製造業が63件(全体の28.1%)と最も多く、以下、卸・小売業が42件(同18.8%)、サービス業が18件(同8.0%)と続いている。

製造業の中では、機械業が26件と多くなっている(第13表関係)。

イ 合併

製造業及び卸・小売業が各5件(全体の33.3%)と最も多く、以下、運輸・通信・倉庫業が2件(同13.3%)と続いている。

製造業の中では、鉄鋼が2件となっている(第13表参照)。

ウ 分割

製造業が2件(全体の20.0%)、卸・小売業、サービス業及び金融・保険業が各1件(同10.0%)、その他が5件(同50.0%)である。

製造業の中では、機械業が2件となっている(第13表参照)。

エ 共同株式移転

製造業が4件(全体の66.7%)、卸・小売業が2件(同33.3%)である。

製造業の中では、食料品、化学、鉄鋼及び金属製品が各1件となっている(第13表参照)。

オ 事業譲受け等

その他を除けば、卸・小売業が11件(全体の55.0%)と最も多く、以下、製造業が4件(同20.0%)と続いている。

製造業の中では、機械業が3件となっている(第13表参照)。

(5) 形態別

平成23年度の企業結合の形態別(注)の件数は、次のとおりである。

なお、形態別の件数については、複数の形態に該当する企業結合の場合、該当する形態を全て集計している。そのため、件数の合計は企業結合に関する計画の届出受理件数と必ずしも一致しない。

ア 株式取得

水平関係が128件(全体の57.1%)と最も多く、以下、垂直関係(前進)が65件(同29.0%)、混合関係(純粋)が31件(同13.8%)と続いている。

イ 合併

水平関係が12件(全体の80.0%)と最も多く、垂直関係(前進)及び混合関係(地域拡大)が4件(同26.7%)、混合関係(商品拡大)が1件(同6.7%)であった。

ウ 分割

水平関係が4件(全体の40.0%)、混合関係(商品拡大)が3件(同30.0%)、垂直関係(後進)及び混合関係(純粋)各2件(同20.0%)であった。

エ 共同株式移転

6件全てについて水平関係があり(全体の100.0%)、垂直関係(前進)が2件(同33.3%)、垂直関係(後進)及び混合関係(地域拡大)が各1件(全体の16.7%)であった。

オ 事業譲受け等

 水平関係が16件(全体の80.0%)と最も多く、以下、垂直関係(後進)が5件(同25.0%)、混合関係(商品拡大)が3件(同15.0%)と続いている。

(注) 企業結合の形態の定義については、附属資料4-2(3)参照。

第1表 国内売上高合計額別株式取得届出受理件数

第2表 総資産額別株式取得届出受理件数

第3表 国内売上高合計額別合併届出受理件数

第4表 総資産額別合併届出受理件数

(注) 3社以上の合併、すなわち消滅会社が2社以上である場合には、総資産額が最も多い消滅会社を基準とした。

第5表 国内売上高合計額別共同新設分割届出受理件数

 届出なし

第6表 総資産額別共同新設分割届出受理件数

 届出なし

第7表 国内売上高合計額吸収分割届出受理件数

(注) 括弧内は事業の重要部分を承継させる会社の分割対象部分に係る国内売上高による件数である(内数ではない。)。

第8表 総資産額別吸収分割届出受理件数

(注) 2社以上からの吸収分割、すなわち分割する会社が2社以上である場合には、総資産額が最も多い分割する会社を基準とした。

第9表 国内売上高合計額別共同株式移転届出受理件数

(注) 共同株式移転をする会社のうち、国内売上高合計額が最も大きい会社を「株式移転会社1」、その次に大きい会社を「株式移転会社2」とした。

第10表 総資産額別共同株式移転届出受理件数

(注) 共同株式移転をする会社のうち、総資産額が最も多いものを株式移転会社1、その次に多いものを株式移転会社2とした。

第11表 国内売上高合計額別事業譲受け等届出受理件数

第12表 総資産額別事業譲受け等届出受理件数

(注) 2社以上からの事業譲受け等、すなわち譲渡会社が2社以上である場合には、総資産額が最も大きい譲渡会社を基準とした。

第13表 業種別届出受理件数

(注) 業種は、株式取得の場合には、株式を取得した会社の業種に、合併の場合には合併後の存続会社の業種に、分割の場合には国内売上高合計額が最も大きい分割する会社又は事業を承継した会社の業種に、共同株式移転の場合には新設会社の業種に、事業譲受け等の場合には事業等を譲り受けた会社の業種によった。

第6 主要な事例

平成23年度の株式取得・所有、合併、分割、共同株式移転及び事業譲受け等の主要事例は、次のとおりである。

事例1 新日本製鐵(株)と住友金属工業(株)の合併

1 本件の概要

本件は、鉄鋼製品の製造販売業等を営む新日本製鐵株式会社(以下「新日鉄」という。)と鉄鋼製品の製造販売業等を営む住友金属工業株式会社(以下「住友金属」という。)が、平成24年10月1日に合併すること(以下「本件合併」という。)を計画したものである。関係法条は、独占禁止法第15条である。(注1)

(注1) 本件審査終了後に、当事会社は、統合スキームについて、平成24年10月1日に株式交換により住友金属を新日鉄の完全子会社とし、同日付けで新日鉄が住友金属を吸収合併するというスキームに変更することとした。このため、住友金属の議決権の100%を取得することとなる新日鉄は、平成24年4月20日に、後記の問題解消措置と同内容の措置を採ることを記載した株式取得に関する計画の届出を行い、これに対し、公正取引委員会は同月23日に排除措置命令を行わない旨の通知を行った。

この結果、本件は、形式的には株式取得に係る事例であり、関係法条は、独占禁止法第10条であるが、当初予定されていた合併の場合と独占禁止法上の判断を行うに当たって実質的な違いがないことから、本件は合併に係る事例として記載している。

2 本件審査の経緯及び審査結果の概要

(1) 本件審査の経緯

当事会社は、平成23年3月以降、当事会社(当事会社と結合関係を有する会社を含む。)が競合する商品・役務である鉄鋼製品、チタン製品及びエンジニアリング業務について、本件合併が競争を実質的に制限することとはならないと考える旨の意見書を自発的に公正取引委員会に提出し、公正取引委員会は、当事会社の求めに応じて、当事会社との間で数次にわたり会合を持った。その後、同年5月31日に合併に関する計画の届出があったので、公正取引委員会はこれを受理し、第1次審査を開始するとともに、当事会社(当事会社と結合関係を有する会社を含む。)が競合する主な商品・役務(後記「参考2」参照。)を明示して、翌6月1日から情報の募集を開始した。公正取引委員会は、前記届出書、意見書等の当事会社から提出された資料、需要者・競争事業者に対するヒアリング、一般から寄せられた情報等を踏まえつつ第1次審査を進めた結果、より詳細な審査が必要であると認められたことから、同年6月30日、当事会社に対し報告等の要請を行い、第2次審査を開始した。

第2次審査において、公正取引委員会は、当事会社に要請した報告等について当事会社から順次提出を受けるとともに、当事会社の求めに応じて、当事会社との間で数次にわたり会合を持った。当事会社は、会合において公正取引委員会が提示した疑問点を解消するための意見や資料を提出し、公正取引委員会は、当事会社から提出された意見や資料、需要者・競争事業者に対するヒアリングやアンケート調査の結果、一般から寄せられた情報等を踏まえ、本件合併が競争に与える影響について審査を進めた。同年8月、当事会社に要請した報告等の大部分が提出され、当事会社から改めて論点等の説明を求められたことから、公正取引委員会は、その時点の検討結果に基づき、論点等の説明を行った。これに対して、当事会社は、追加の主張及び資料提出を行い、公正取引委員会は、当事会社の主張について検討するため、当事会社と数次にわたり会合を持った。また、鉄鋼製品の一つである無方向性電磁鋼板及びエンジニアリング業務の一つである高圧ガス導管エンジニアリング業務について、本件合併が競争を実質的に制限するおそれがある旨の公正取引委員会からの指摘に対し、当事会社から競争上の問題の解消方法の提示があったことから、公正取引委員会は、当事会社と数次にわたり会合を持ったところ、当事会社から具体的な問題解消措置の申出が行われた。

(2) 審査結果の概要

本件においては、当事会社(当事会社と結合関係を有する会社を含む。)が競合する商品・役務(後記「参考2」参照。)について、約30の取引分野を画定し審査を行ったが、そのうち無方向性電磁鋼板及び高圧ガス導管エンジニアリング業務については、当事会社が公正取引委員会に申し出た問題解消措置を前提とすれば、本件合併が競争を実質的に制限することとはならないと判断した。それ以外の取引分野については、いずれも、本件合併が競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

本件における審査結果のうち、①問題解消措置が講じられることとなった無方向性電磁鋼板及び高圧ガス導管エンジニアリング業務、②本件合併が競争を実質的に制限することとはならないと判断した取引分野のうち、公正取引委員会がアンケート調査を行うなど重点的に審査を行った鋼矢板及びスパイラル溶接鋼管、代表的な鉄鋼製品である熱延鋼板及びH形鋼の各審査結果は、後記3から8のとおりである。

なお、当事会社の議決権保有比率が10%超50%以下の事業者(トピー工業株式会社〔新日鉄の議決権保有比率20.5%・単独第1位。以下「トピー工業」という。〕、合同製鐵株式会社〔同15.7%・単独第1位。以下「合同製鉄」という。〕等)に関し、当事会社とは独立した競争単位であることから結合関係にないと当事会社が主張した点について、本件審査では、「8 H形鋼」に記載のとおり、例えばトピー工業や合同製鉄は新日鉄と結合関係にあるものの、一定程度の競争関係が存在すると認められ、当該事情も考慮に入れて本件合併が競争を実質的に制限することとはならないと判断している。このような取引分野はH形鋼を含め複数存在するところ、公正取引委員会としては、今後当事会社が当該事業者の議決権を追加取得し、又は役員兼任の範囲を拡大するなどして当事会社と当該事業者との間の結合関係が強まり、当事会社と当該事業者との間の競争関係の程度が弱まる結果、当該取引分野における競争を実質的に制限することとならないかについて、今後とも注視していく。

(参考1)

平成23年5月31日 合併に関する計画の届出の受理(第1次審査の開始)

    6月30日 報告等の要請(第2次審査の開始)

    11月9日 全ての報告等の受理(事前通知期限:平成24年2月7日)

    12月9日 当事会社による問題解消措置に係る変更報告書の提出

    12月14日 排除措置命令を行わない旨の通知

         審査結果の公表

平成24年4月20日 株式取得に関する計画の届出(問題解消措置に係る記載を含む。)の受理

    4月23日 排除措置命令を行わない旨の通知

(参考2)

・薄板(熱延鋼板、冷延鋼板、電気亜鉛めっき鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板等)

・無方向性電磁鋼板

・厚中板

・形鋼(鋼矢板・H形鋼、中小形形鋼等)

・棒鋼・線材(普通鋼棒鋼、異形棒鋼、普通鋼線材、特殊鋼棒鋼、特殊鋼線材等)

・鋼管(小径継目無鋼管、小中径継目有鋼管、大径管等)

・高力ボルト

・自動車のホイール

・チタン製品

・パイプラインエンジニアリング業務

(注) 前記商品・役務は、必ずしも本件において画定した一定の取引分野を示すものではない。

3 無方向性電磁鋼板

(1) 一定の取引分野
ア 需要の代替性

無方向性電磁鋼板とは、鉄にケイ素等を添加することにより製造される電磁鋼板の一種であり、鉄損値(コア〔鉄芯〕に磁場を与えた場合に熱エネルギーとして消費される電力損失の値)が小さいなど磁気特性に優れており、所定の形状に打ち抜き、積層し、プレス加工を施すなどしてモーター等のコアに用いられる。無方向性電磁鋼板を用いたモーター等は、主にエアコン、冷蔵庫、洗濯機等の家電製品に用いられている。

電磁鋼板には、無方向性電磁鋼板と方向性電磁鋼板があるところ、無方向性電磁鋼板は、全ての方向に均一な磁気特性を有し、前記のとおりモーター等のコアに使用されるのに対し、方向性電磁鋼板は、圧延方向に磁気特性を発揮し、主に変圧器のコアに使用される。また、両者の製造設備は異なる。このように、両者は用途及び製造方法に違いがあり、需要の代替性及び供給の代替性がないことから、別々の商品範囲を構成するものと考えられる。

無方向性電磁鋼板は、板厚及び鉄損値に応じて様々な規格が存在し、板厚が薄く、鉄損値が小さい規格ほど高グレードの製品、板厚が厚く、鉄損値が大きい規格ほど低グレードの製品である。各規格の間の需要の代替性について、日本の電機メーカー等の日本の需要者(以下3において「国内ユーザー」という。)からのヒアリングにおいては、規格間の代替性はないとする意見が多くみられた。また、当事会社の製品を購入している国内ユーザーを対象に実施したアンケート調査の結果も踏まえると、規格間の代替性は低いと認められる。

一方、規格によって製造設備が異なるものではなく、供給の代替性が認められる。

以上のとおり、異なる規格の間における需要の代替性は低いものの、供給の代替性が認められることから、「無方向性電磁鋼板」を商品範囲として画定した。

イ 地理的範囲

当事会社は、①国内ユーザーが東アジアを中心とした海外への展開を進めていることに伴い、海外拠点における無方向性電磁鋼板の現地調達化を進めており、国内拠点においても東アジアの無方向性電磁鋼板のメーカー(以下3において「海外メーカー」という。)が製造する製品(以下3において「海外メーカー品」という。)の採用を加速化していること、②国内ユーザーは海外拠点における調達を通じて海外メーカー品の価格を熟知しており、海外の価格が国内の価格に反映されていること等から、地理的範囲は東アジアであると主張している。

しかし、国内ユーザーに対するアンケート調査の結果によると、後記エで詳述するとおり、国内ユーザーは国内拠点だけでなく海外拠点も含めて、大部分の無方向性電磁鋼板を国内メーカーから調達しており、海外メーカーから調達している量は相対的に少なく、また、国内拠点で国内メーカーから調達している無方向性電磁鋼板については、価格が5~10%程度上昇した場合でも、海外メーカー品に切り替えないとする意見が多くみられた。

また、国内ユーザーからのヒアリングによると、日本と東アジア諸国とでは価格面を含めて市場の状況が異なるため、東アジア諸国で取引される価格と国内で取引される価格は連動しておらず、海外拠点における海外メーカーからの調達価格を引き合いに出して国内拠点における国内メーカーからの調達価格を交渉することは現実的ではないとしている。また、価格に関するデータからも、日本と東アジアにおける価格の連動性が必ずしも認められるわけではない。

さらに、日本における国内メーカーのシェアは高い一方で、東アジアにおける国内メーカーのシェアは低いものとなっており、日本と東アジアとでシェア分布が全く異なる状況にある。

以上から、地理的範囲について、国境を越えて東アジアとして画定することは適当ではないと考えられる。

他方、無方向性電磁鋼板について、日本国内での輸送に関し、輸送の難易性や輸送費用の点から制約があるわけではなく、当事会社及び競争事業者は日本全国において販売を行っており、地域により販売価格が異なるといった事情は認められない。

したがって、「日本全国」を地理的範囲として画定した。

(2) 競争の実質的制限についての検討
ア 本件合併による市場構造の変化及び問題の所在

無方向性電磁鋼板を国内市場で販売する当事会社グループの事業者は、新日鉄(市場シェア約40%)及び住友金属(市場シェア約15%)である。本件合併により新日鉄と住友金属の間に結合関係が新たに形成されることとなるところ、当事会社の合算市場シェア・順位は約55%・第1位、合併後のHHI は約4、600、HHI の増分は約1、100となり、水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当しない。

無方向性電磁鋼板の国内市場には、市場シェアが約40%のA社という有力な競争事業者が存在するが、本件合併により当事会社は約55%の市場シェアを占めることとなり、A社との市場シェアの格差も拡大することとなる。したがって、A社の供給余力の状況、輸入圧力の程度や需要者からの競争圧力の程度等によっては、当事会社グループが単独で価格等をある程度自由に左右することができる状態が現出するおそれがある。

また、本件合併により無方向性電磁鋼板の国内市場における事業者数が3社から2社となることから、各事業者の供給余力の状況、輸入圧力の程度や需要者からの競争圧力の程度等によっては、当事会社グループとその競争事業者が協調的行動をとることにより、価格等をある程度自由に左右することができる状態が現出するおそれがある。

イ 従来の競争状況

新日鉄及びA社は、無方向性電磁鋼板だけでなく方向性電磁鋼板も製造しているところ、住友金属は無方向性電磁鋼板しか製造していない。国内ユーザーは、方向性電磁鋼板と無方向性電磁鋼板をセットで調達することもあり、そのような場合には、無方向性電磁鋼板しか扱っていない住友金属は対応できない状況にある。また、住友金属は、新日鉄及びA社よりも製造ラインが少なく、生産基盤がぜい弱である。このように、住友金属は無方向性電磁鋼板の市場において他の2社と異なる立場にある。さらに、国内ユーザーからのヒアリングや実際の価格の推移によると、住友金属の価格戦略は他の2社とは異なると認められる。

以上から、住友金属は他の2社と異なる行動をとっていると認められるが、合併会社(合併後の当事会社をいう。以下同じ。)は新日鉄と同様の性質を有する会社となることから、住友金属がとっていたような価格戦略をとらなくなると考えられる。

ウ 各事業者の供給余力

無方向性電磁鋼板の製造設備の稼働率は、各事業者とも高い。

また、各事業者とも輸出を多く行っているが、輸出の多くは国内ユーザーの海外拠点向けであり、安定調達を求める国内ユーザーに対する供給量を自由に調整することは容易でないことから、輸出分を国内に自由に振り向けることは困難であると考えられる。

したがって、各事業者は、十分な供給余力を有していないと認められる。

エ 輸入圧力

輸入に掛かる輸送費用は、東アジアの近隣諸国からであれば僅かであり、関税は無税であるところ、国内市場における輸入比率は、近年微増しているが、輸入の大部分は低グレードの製品が占めていると考えられる。

国内ユーザーに対するアンケート調査の結果によると、国内ユーザーは国内拠点だけでなく海外拠点も含めて、大部分の無方向性電磁鋼板を国内メーカーから調達しており、海外メーカーから調達している量は相対的に少なかった。また、国内ユーザーが国内拠点で国内メーカーから調達している無方向性電磁鋼板の価格が5~10%程度上昇した場合、海外メーカー品に切り替える割合をアンケートにおいて尋ねたところ、全体的に海外メーカー品に切り替えないとする意見が多くみられた。さらに、アンケート調査の結果によると、国内ユーザーの海外メーカー品に対する評価としては、一部の海外メーカー品について国内メーカー品と同等の品質であるといった肯定的な意見も一部にみられたものの、国内メーカー品に比べて板厚のばらつきが大きい(そのため積層が困難)など国内ユーザーが求めるような十分な品質ではないとする意見や価格変動が激しく安定調達の面で問題があるとする意見のほか、品質が国内メーカーと同等な海外メーカー品については価格メリットがないとの意見がみられた。ヒアリングにおいても、海外メーカー品に対して価格・品質・納期の面で不安があり、国内拠点において海外メーカー品への切替えが困難であるといった意見がみられた。

特に、高グレードの製品について、アンケート調査の結果によると、海外メーカーは国内ユーザーが求めるような高品質な製品を製造しておらず、国内ユーザーはほとんど全てを国内メーカーから調達しており、国内価格が相対的に上昇しても海外メーカー品に切り替えないとする傾向が顕著であった。また、低グレードの製品については、国内価格が相対的に上昇した場合、海外メーカー品に切り替えるという国内ユーザーが一定数みられたが、品質上の問題や供給の安定性等の観点から海外メーカー品への切替えが必ずしも容易な状況ではないと認められる。

したがって、高グレードの製品については、輸入圧力が働いているとは認められない。また、低グレードの製品については、輸入圧力がある程度は働いていると考えられるが、その程度は必ずしも強いとは認められない。

オ 需要者からの競争圧力

無方向性電磁鋼板は、規格が同じでもメーカーによって微妙な違いが存在し、メーカーの変更が容易でない。アンケート調査の結果においては、国内ユーザーが調達先を切り替えるには規格ごとの特性を評価・試験する必要があり、多大な時間とコストが掛かるという意見が多く、高グレードの製品及び低グレードの製品とも調達先メーカーの変更が困難であるとの回答が大部分であった。

したがって、需要者からの競争圧力が働いているとは認められない。

(3) 独占禁止法上の評価
ア 単独行動による競争の実質的制限

本件合併により当事会社は約55%の市場シェアを有することとなり、有力な競争事業者が存在するものの、十分な供給余力を有している状況にはないことから、当事会社が価格を引き上げた場合に供給量を十分に増やすことが難しいと考えられる。

また、高グレードの製品については、国内ユーザーが国内拠点において求めるような高品質な製品を海外メーカーは製造しておらず、輸入圧力は認められない。また、低グレードの製品については、一定程度輸入が行われており、国内の価格が上昇した場合に海外メーカー品に切り替えるという国内ユーザーも一定数みられるが、国内ユーザーは海外メーカー品について、国内メーカー品に比べると国内ユーザーが国内拠点において求めるような十分な品質ではない、価格変動が激しく安定調達の面で不安があるといった懸念を述べていることから、輸入圧力が必ずしも強いとは認められない。

さらに、国内ユーザーにとって調達先メーカーの変更は容易でなく、需要者からの競争圧力も認められない。

したがって、本件合併により高グレードの製品において顕著に、当事会社グループが単独で価格等をある程度自由に左右することができる状態が容易に現出し得ることから、本件合併が競争を実質的に制限することとなると考えられる。

イ 協調的行動による競争の実質的制限

本件合併により無方向性電磁鋼板の国内市場における事業者は3社から2社に減少し、合併前と比較して、協調的行動をとりやすくなると認められる。

また、住友金属は、方向性電磁鋼板の取扱いの有無、生産基盤の強弱という点において新日鉄及びA社と異なっており、実際の価格戦略について新日鉄及びA社とは異なると認められるところ、本件合併後には同質的な2社が市場をほぼ二分することとなるため、互いの行動を高い確度で予測することができるようになると考えられる。

そのような状況の中で、高グレードの製品については輸入圧力が認められず、低グレードの製品についても輸入圧力が必ずしも強くはなく、また、需要者からの競争圧力も認められない。

したがって、本件合併後、高グレードの製品において顕著に、当事会社グループとその競争事業者が協調的行動をとることにより、価格等をある程度自由に左右することができる状態が容易に現出し得ることから、本件合併が競争を実質的に制限することとなると考えられる。

(4) 当事会社による問題解消措置の申出

 前記のとおり、本件合併が競争を実質的に制限することとなることから、当事会社は、次の問題解消措置を講じることを申し出た。

① 合併後5年間、住友商事株式会社(以下「住友商事」という。)に対し、国内ユーザー向けに住友金属が現在販売している全グレードの製品について、住友金属の直近5年間(平成18年度から平成22年度)における国内年間販売数量の最大値を上限として、合併会社の無方向性電磁鋼板のフルコストをベースとして計算した平均生産費用に相当する価格で供給する。

② 住友商事に対し、住友金属の無方向性電磁鋼板に関する国内ユーザー向けの商権を譲渡する。具体的には、顧客名簿の引継ぎに加えて、国内ユーザーとの取引関係(契約関係及び協定仕様書を含む。)を譲渡し、当該譲渡について国内ユーザーの理解を得られるよう最大限努力する。さらに、納入仕様の決定やクレーム対応に関する技術サポートを行うほか、スリット後の品質を確保するために、当事会社が技術指導を行った全国各地に所在するスリットセンターを住友商事が利用できるように適切な引継ぎ等の措置を講じる。

③ 合併後5年間、1事業年度に1回、前記措置の実施状況を公正取引委員会に報告する。

(5) 問題解消措置に対する評価
ア コストベースの引取権の設定という措置の妥当性

前記のとおり、現時点において、無方向性電磁鋼板について本件合併が競争を実質的に制限することとなると考えられるが、直近の状況として、東日本大震災を契機とした国内ユーザーの調達チャネルの多様化の動きや最近の急激な円高の流れを受けて、低グレードの製品について輸入圧力が高まりつつあるほか、高グレードの製品についても、海外メーカー品の採用に向けた動きが始まっていると認められる。このため、一定期間経過後には輸入圧力が相当程度高まると考えられることから、競争の実質的制限の状態が永続するとは合理的には予想されず、問題解消措置として恒久的な措置が不可欠であるとはいえない。

その上で、コストベースの引取権の設定について検討すると、住友金属は、新日鉄及びA社に比べて生産基盤がぜい弱であるほか、製造ラインのある和歌山製鉄所においては、熱延鋼板製造ラインが休止しているため、無方向性電磁鋼板の母材となる熱延鋼板を他の製鉄所から運んでくる必要があり、必然的に高いコスト構造となっている。一方、引取権の設定先の事業者は、合併会社の平均生産費用に相当する価格で供給を受けることから、当事会社が申し出た措置には、住友金属よりも有力な事業者が創出されるという側面がある。

したがって、本件においては、コストベースの引取権が妥当な条件により設定されれば、適切な問題解消措置となり得ると考えられる。以下では、当事会社が提案するコストベースの引取権の設定に関する具体的条件について、その妥当性を検討する。

イ コストベースの引取権の設定の具体的条件の妥当性

住友商事は、無方向性電磁鋼板を自ら製造していないとはいえ、商社として、国内メーカーと国内ユーザーとの価格交渉において、国内メーカーに同行し、又は国内メーカーを代行するなどして販売業務に関わっており、商品知識、販売ノウハウ等の販売能力面で支障はない。また、合併後、合併会社の住友商事に対する議決権保有比率及び住友商事の合併会社に対する議決権保有比率はいずれも数%となる予定であり、両社の間には役員兼任もないこと等から、資本関係及び人的関係いずれの観点からも当事会社から独立した事業者であり、新規参入者として当事会社に対する有効な牽制力となり得ると考えられる。

なお、住友商事と合併会社はコスト条件が共通化するが、住友商事はメーカーではなく、商社としての独自の経験を有している上、方向性電磁鋼板の取扱いの有無や製造設備の保有の有無といった点において合併会社とは異なることから、合併会社とは異なる価格戦略をとるインセンティブを有するという側面もある。

また、引取権の設定期間を合併後5年間とすることについて、特に高グレードの製品については、現時点では輸入圧力が認められないが、現在、国内ユーザーの中には海外拠点において海外メーカーの高グレードの製品を実際に使用し始めているものがいるほか、国内拠点においても海外メーカーの高グレードの製品のサンプルを取り寄せるなどして採用に向けた評価を行っているものもいる。国内ユーザーがサンプルを取り寄せてから採用するまでに要する期間を考慮に入れても、当事会社の提案する合併後5年間を経過した後であれば、高グレードの製品を含めて輸入圧力が働く蓋然性は高いと考えられる。

したがって、当事会社が提案するコストベースの引取権の設定に関する具体的条件は妥当であると考えられる。

(6) 結論

前記検討のとおり、当事会社が申し出た問題解消措置により、本件合併が無方向性電磁鋼板の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと考えられる。

4 高圧ガス導管エンジニアリング業務

(1) 一定の取引分野
ア 役務範囲

高圧ガス導管エンジニアリング業務(以下「高圧ガス導管エンジ」という。)とは、鋼製ガス導管の敷設・更新工事等の鋼製ガス導管に関連するエンジニアリング

業務(以下「鋼製ガス導管エンジ」という。)の一種であり、設計、資材調達(鋼管の調達)、施工管理及び施工(土木、配管、溶接、塗覆装及び検査)という業務内容が含まれている。

鋼製ガス導管には、導管を流れるガスの圧力によって高圧ガス導管(1.0MPa 以上)と中圧ガス導管(0.1MPa 以上1.0MPa 未満)の2種類があり、これに応じて、鋼製ガス導管エンジは、高圧ガス導管エンジと中圧ガス導管エンジニアリング業務(以下「中圧ガス導管エンジ」という。)に区分されるところ、①高圧ガス導管には、中圧ガス導管よりも強度(耐圧性)の高い鋼管が必要とされ(中圧ガス導管には、主として電縫鋼管〔電気抵抗溶接鋼管〕が用いられるのに対し、高圧ガス導管には、主としてUO 鋼管〔UOE 鋼管〕が用いられる。)、鋼管の溶接や検査の点でもより高い基準を満たすことが必要とされること、②ガス会社等は、高圧ガス導管エンジについて中圧ガス導管エンジよりも高い基準を設定していることから、高圧ガス導管エンジと中圧ガス導管エンジとの間には需要の代替性は認められない。このため、高圧ガス導管エンジは中圧ガス導管エンジと別の役務範囲を構成すると考えられる。

したがって、「高圧ガス導管エンジ」を役務範囲として画定した。

イ 地理的範囲

 高圧ガス導管エンジを行う主要な事業者は、全国各地で高圧ガス導管エンジを受注しており、事業所等の拠点を持たない地域での業務を受注する場合には現場監督や溶接士等を当該地域に派遣して対応している。

したがって、「日本全国」を地理的範囲として画定した。

(2) 競争の実質的制限についての検討
ア 本件合併による市場構造の変化及び問題の所在

高圧ガス導管エンジを国内市場で提供する当事会社グループの事業者は、日鉄パイプライン株式会社(新日鉄の100%子会社である新日鉄エンジニアリング株式会社の100%子会社。以下「日鉄パイプライン」という。市場シェア約30%)及び住友金属パイプエンジ株式会社(住友金属の100%子会社。以下「住友金属パイプエンジ」という。市場シェア約30%)である。本件合併により日鉄パイプラインと住友金属パイプエンジとの間に結合関係が新たに形成されることとなるところ、当事会社の合算市場シェア・順位は約60%・第1位、合併後のHHI は約4、900、HHI の増分は約1、800となり、水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当しない。

高圧ガス導管エンジの国内市場には、日鉄パイプラインと住友金属パイプエンジのほか、同じく高炉メーカーのグループ会社で、市場シェアが約3.5%のB社(以下、これら3社を併せて「高炉系エンジ会社」という。)という有力な競争事業者が存在するが、本件合併により当事会社は約60%の市場シェアを占めることとなり、B社を抜いて市場シェア第1位となる。需要者であるガス会社等は、入札の方法により受注者を決定しているところ、入札に参加する主要な事業者である高炉系エンジ会社が3社から2社となることから、参入圧力の程度や需要者からの競争圧力の程度等によっては、当事会社グループが単独で価格等をある程度自由に左右することができる状態が現出するおそれがある。

また、高圧ガス導管エンジの国内市場には、ガス会社系エンジ会社(ガス会社の子会社であるエンジニアリング会社をいう。以下同じ。)も存在するが、その市場シェアは小さく、本件合併により高圧ガス導管エンジを行う主要な事業者である高炉系エンジ会社が3社から2社に減少することから、参入圧力の程度や需要者からの競争圧力の程度等によっては、当事会社グループとその競争事業者が協調的行動をとることにより、価格等をある程度自由に左右することができる状態が現出するおそれがある。

なお、高圧ガス導管エンジは年度により発注金額が大きく変動することから、平成18年度から平成22年度までの過去5年間における受注金額の合計額から算出した市場シェアを基に検討した。

イ 各事業者の状況

 高圧ガス導管エンジを行う事業者としては、高炉系エンジ会社及びガス会社系エンジ会社があるが、大部分の発注案件においては、ガス会社系エンジ会社は入札に参加しておらず、高炉系エンジ会社の間の競争となっている。

高圧ガス導管エンジにおける現場監督は元請会社(エンジニアリング会社)の従業員である必要があるところ、高圧ガス導管エンジを行う事業者は現場監督について、必要以上の余剰人員を擁していないこと、現場監督は同時に複数の現場の現場監督を兼ねることができないこと、現場監督を育成するためには相当の時間が必要であることから、現場監督の数がボトルネックとなって急激に受注を拡大することは困難であると認められる。

したがって、各事業者の供給余力は必ずしも大きいものではないと考えられる。

ウ 参入圧力

高圧ガス導管エンジを行うためには、建設業法(昭和24年法律第100号)上の許可が必要であるが、許可の取得は難しいものではなく、法令上の参入障壁は高くない。

しかし、過去5年間においてガス会社等から新たに入札参加資格が得られた事業者はなく、ガス会社等からのヒアリングによると、高圧ガス導管エンジのうち、資材調達及び溶接の業務について、以下の参入障壁が存在すると認められる。

(ア)  資材調達

ガス会社等は、いずれも資材調達と施工業務は一体発注する必要があるとしていることから、高圧ガス導管の主要な資材であるUO 鋼管を自社のグループ会社から調達できる事業者が高圧ガス導管エンジの競争上有利であるところ、国内において自社グループからUO 鋼管を調達できるのは高炉系エンジ会社のみであり、高炉系エンジ会社以外の事業者がUO 鋼管を高炉系エンジ会社と同等の納期・コストで調達することは困難であると認められる。実際、高圧ガス導管エンジを行っている一部のガス会社系エンジ会社においても、UO 鋼管を使用しない工事のみを行っているにすぎない。したがって、自社グループ内でUO 鋼管を生産していない事業者が高圧ガス導管エンジに本格的に参入することは困難であると認められる。

(イ) 溶接

ガス会社等からのヒアリングによると、高圧ガス導管エンジを行うに当たり、特に、比較的大きな外径の鋼管を用いる工事については、工期・コスト・品質の面で手溶接より自動溶接を行うことが有利であるところ、自動溶接機を持たない事業者が自動溶接機を新たに開発することは困難であると認められる。実際、高圧ガス導管エンジを行っている一部のガス会社系エンジ会社においても、自動溶接が優位性を有しない比較的小さな外径の鋼管を用いる工事のみを行っているにすぎない。したがって、自動溶接機を有しない事業者が高圧ガス導管エンジに本格的に参入することは困難であると認められる。

以上から、高圧ガス導管エンジに本格的に参入するためには、資材であるUO鋼管を高炉系エンジ会社と同等の条件で調達できること及び自動溶接機を保有していることが重要であり、これが高圧ガス導管エンジへの参入障壁となっていると認められる。

したがって、参入圧力が働いているとは認められない。

エ 需要者からの競争圧力

 ガス会社は、小口顧客向けか大口顧客向けかを問わず、電力等他のエネルギーとの間で一定の競争にさらされていること等から、パイプライン建設を含めたコストを削減することに一定程度関心を有していると認められる。また、ガス会社にとって、ガス導管工事ごとに発注先を変更することは容易であり、入札によって高圧ガス導管エンジの受注者を決定している。

したがって、需要者からの競争圧力が一定程度働いていると認められる。

(3) 独占禁止法上の評価
ア 単独行動による競争の実質的制限

 本件合併により当事会社は国内市場全体の約60%のシェアを占めることとなるところ、入札に参加する事業者は基本的に高炉系エンジ会社のみであり、本件合併後の入札参加事業者は3社から2社になる。加えて、高圧ガス導管エンジにおいては参入圧力が働いておらず、また、需要者からの一定程度の競争圧力が認められるものの、ガス会社等は必ずしも競争性を高めるための施策を十分に持ち合わせていない。

したがって、当事会社グループが単独で価格等をある程度自由に左右することができる状態が容易に現出し得ることから、本件合併が競争を実質的に制限することとなると考えられる。

イ 協調的行動による競争の実質的制限

高圧ガス導管エンジは、大口の発注が不定期に行われているが、各事業者の供給余力が大きくない中にあって、本件合併により高圧ガス導管エンジを提供する主要な事業者である高炉系エンジ会社が3社から2社に減少すれば、互いの施工状況や供給余力の状況を相当程度確実に把握でき、高い確度で互いの受注意欲、入札行動等を予測することができるようになると考えられる。

加えて、高圧ガス導管エンジにおいては参入圧力が働いておらず、また、需要者からの一定程度の競争圧力が認められるものの、ガス会社等は必ずしも競争性を高めるための施策を十分に持ち合わせていない。

したがって、当事会社グループとその競争事業者が協調的行動をとることにより、価格等をある程度自由に左右することができる状態が容易に現出し得ることから、本件合併が競争を実質的に制限することとなると考えられる。

(4) 当事会社による問題解消措置の申出

前記のとおり、本件合併が競争を実質的に制限することとなることから、当事会社は、次の問題解消措置を講じることを申し出た。

ア UO 鋼管の安定供給

① 当事会社は、新規参入者(高圧ガス導管エンジを既に行っているガス会社系エンジ会社を含む。以下同じ。)から日本国内における高圧ガス導管エンジに用いるUO 鋼管の供給要請があった場合には、当該新規参入者に対し、当事会社が高圧ガス導管エンジを行う子会社(以下「エンジ子会社」という。)に供給する場合と価格、数量、納期、規格、寸法、特殊仕様、受渡し及び決済について実質的に同等かつ合理的な条件により、UO 鋼管を提供する。

② 当事会社は、前記措置について、本件合併の日までに周知し、その実施状況を公正取引委員会に報告するとともに、本件合併後5年間、1事業年度に1回、前記措置の実施状況を公正取引委員会に報告する。

イ 自動溶接機の供給及びその取扱いに係る技術指導

① 当事会社は、新規参入者から、受注する工事に使用する目的で要請があった場合には、エンジ子会社等を通じて、当該新規参入者に対し、価格、受渡し及び決済について合理的な条件により、自動溶接機の新品を譲渡し、又は中古品を譲渡若しくは貸与する。ただし、価格については、実費相当額とする。

② 当事会社は、新規参入者から要請があった場合には、当該新規参入者に対し、価格、工数、指導内容、指導時期、指導場所及び決済について合理的な条件により、エンジ子会社を通じて、当該新規参入者が自動溶接機を取り扱うことができるようにするために必要な技術指導を行う。ただし、価格については、当該技術指導において発生する実費相当額とする。

③ 当事会社は、前記各措置について、本件合併の日までに周知し、その実施状況を公正取引委員会に報告するとともに、本件合併後5年間、1事業年度に1回、前記各措置の実施状況を公正取引委員会に報告する。

(5) 問題解消措置に対する評価
ア 事業譲渡以外の措置の是非

競争上の問題に関する問題解消措置としては、事業譲渡等の構造的措置が原則であり、本件に即していえば、高圧ガス導管エンジに係る事業の譲渡が考えられる。

しかし、高圧ガス導管エンジの市場規模は年度により大きく変動しており、高圧ガス導管エンジに係る事業は、中圧ガス導管エンジに係る事業と共に営まなければ事業の継続が困難であるところ、全国規模で中圧ガス導管エンジに係る事業を営んでいる事業者は高炉系エンジ会社しか存在しないことから、高炉系エンジ会社以外に事業譲渡を行うためには、高圧ガス導管エンジに係る事業を特定の地域ごとに分割する必要がある。しかし、そもそも鋼製ガス導管エンジ事業のうち高圧ガス導管エンジに係る事業のみを分割することは現実的ではなく、また、特定の地域の事業のみを分割することも現実的ではない。

したがって、本件においては、高圧ガス導管エンジに係る事業の譲渡は困難であるが、事業譲渡以外の措置により、前記ウの参入障壁を解消することが可能であれば、問題解消措置として事業譲渡が不可欠であるとはいえない。

イ 当事会社が申し出た問題解消措置の具体的条件の妥当性

 まず、UO 鋼管の安定供給について検討すると、当事会社がUO 鋼管の価格や納期等について、当事会社のエンジ子会社に対するものと実質的に同等かつ合理的な条件によりUO 鋼管を新規参入者に対して提供すれば、実際に新規参入する者が当該条件によりUO 鋼管を調達することが可能となり、資材調達に係る参入障壁は解消される。

また、自動溶接機の供給及びその取扱いに係る技術指導については、当事会社がエンジ子会社等を通じて自動溶接機を合理的な条件により譲渡又は貸与し、必要な技術指導を行えば、新規参入者は自動溶接機を容易に利用することが可能となり、自動溶接機に係る参入障壁は解消される。

 以上のとおり、UO 鋼管の安定供給並びに自動溶接機の供給及びその取扱いに係る技術指導により、高圧ガス導管エンジへの参入障壁が解消することから、当該措置が周知されれば新規参入の蓋然性が高まることとなり、かかる参入圧力が当事会社による価格引上げに対する有効な牽制力となると考えられる。

したがって、当事会社が申し出た問題解消措置の具体的な条件は妥当であると考えられる。

(6) 結論

 前記検討のとおり、当事会社が申し出た問題解消措置により、本件合併が高圧ガス導管エンジの取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと考えられる。

5 鋼矢板

(1) 一定の取引分野
ア 商品範囲

 鋼矢板とは、圧延ロール(製品形状に合わせた溝が掘られたロール)を付けた圧延機で鋼片を圧延して製造される形鋼の一種であり、凹凸状に成形加工した鋼板の両端に連続壁が形成できるように継手が設けられている。

形鋼は、断面の大きさにより、大形形鋼及び中小形形鋼に分類され、また、断面形状により、鋼矢板、H形鋼、軌条、山形鋼、溝形鋼等に分類されるところ、鋼矢板、H形鋼及び軌条は大形形鋼のみであり、山形鋼、溝形鋼等は中小形形鋼が多い。

鋼矢板は、継手をつなぎ合わせて、土留めや止水等に用いられるという点において他の形鋼とは用途が異なっていることから、他の形鋼とは商品範囲を異にしていると認められる。

鋼矢板の用途を大別すると、仮土留め、仮仕切り等の目的で用いられる仮設用途及び永久構造物の建材として用いられる本設用途がある。また、鋼矢板には、U形、ハット形等の形状の異なるものや400mm 幅、600mm 幅等のサイズの異なるものがある。U形400mm 幅の鋼矢板は、主として重仮設業者に販売された後、リース品として仮設用途に用いられ、それ以外の製品は主として本設用途に用いられるが、U形400mm 幅の鋼矢板であっても本設用途に用いられるものもあり、それ以外の製品であっても仮設用途に用いられることもあるなど、一定程度の需要の代替性が認められる上、同一の製造設備によって異なる形状及びサイズの鋼矢板が製造されており、供給の代替性が存在する。

他方、鋼矢板を用いた工法と代替的に用いられる工法として、コンクリート壁工法、ソイルセメント壁工法、親杭横矢板工法等が存在し、鋼矢板の価格が相対的に上昇した場合、鋼矢板を用いた工法からコンクリート壁工法等に振り替えられる可能性があるため、これらの工法を含めた土留め工法全般として商品範囲が画定される可能性がないでもない。この点について、公正取引委員会としては、土留めや止水等の手段として鋼矢板を用いた工法が広く普及している国内市場の特徴や、鋼矢板を用いた工法とその他の工法との間の代替性に関する国内の需要者の認識(後記オ)に基づき、「鋼矢板」を商品範囲として画定した上で、コンクリート壁工法等については隣接市場からの競争圧力として評価することとした。

イ 地理的範囲

 鋼矢板は、日本国内での輸送に関し、輸送の難易性や輸送費用の点から制約があるわけではなく、当事会社グループ及び競争事業者は日本全国において販売を行っており、地域により販売価格が異なるといった事情は認められない。

他方、海外メーカー品の国内市場への流入はほとんどなく、また、国内価格が相対的に上昇しても海外メーカー品の流入量はほとんど増加しないと考えられることから、国境を越えて地理的範囲を画定すべき事情は認められない。

したがって、「日本全国」を地理的範囲として画定した。

ウ その他

 鋼矢板には、重仮設業者が仮設用途として建設業者にリースするリース品が相当量存在するところ、当事会社は、リース品も同一の取引分野に含まれると主張している。この点について、鉄鋼メーカーが販売する鋼矢板は、本設用途として建設業者に販売されるか、仮設用途として重仮設業者に販売されるかのいずれかであるところ、前者はリース品と用途を異にし、後者はリース品に用いるための製品として販売されるものであってリース品とは取引段階を異にしていることから、いずれもリース品と競合しない。

したがって、リース品を同一の取引分野に含めることは適当ではないと考えられる。

(2) 競争の実質的制限についての検討
ア 本件合併による市場構造の変化及び問題の所在

 鋼矢板を国内市場で販売する当事会社グループの事業者は、新日鉄(市場シェア約40%)及び住友金属(市場シェア約25%)である。本件合併により新日鉄と住友金属の間に結合関係が新たに形成されることとなるところ、当事会社の合算市場シェア・順位は約65%・第1位、合併後のHHI は約5、100、HHI の増分は約1、900となり、水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当しない。

鋼矢板の国内市場には、市場シェアが約30%のC社という有力な競争事業者が存在するが、本件合併により当事会社グループは約65%の市場シェアを占めることとなり、C社との市場シェアの格差も拡大することとなる。したがって、競争事業者の供給余力の状況、輸入・参入圧力の程度、隣接市場からの競争圧力の程度や需要者からの競争圧力の程度等によっては、当事会社グループが単独で価格等をある程度自由に左右することができる状態が現出するおそれがある。

また、本件合併により鋼矢板の国内市場における事業者数が4社から3社となることから、各事業者の供給余力の状況、輸入・参入圧力の程度、隣接市場からの競争圧力の程度や需要者からの競争圧力の程度等によっては、当事会社グループとその競争事業者が協調的行動をとることにより、価格等をある程度自由に左右することができる状態が現出するおそれがある。

イ 各事業者の状況

鋼矢板は大形形鋼製造ラインで製造されるところ、公共工事の発注量の減少に伴い各事業者の当該ラインの稼働率は落ち込んでいる。また、各事業者は稼働率を上げるため、恒常的に相当量の鋼矢板を輸出しているところ、国内の市況が改善するなど国内販売が有利となった場合には、輸出量を国内に振り向けることが可能である。したがって、各事業者は十分な供給余力を有していると認められる。

また、鋼矢板の国内市場には、電炉メーカーであるD社が存在するところ、当事会社から鋼矢板を購入している需要者(建設業者及び重仮設業者)に対するアンケート調査の結果においては、電炉メーカー品の価格面や品質面での評価について、肯定的な意見が多かったことから、電炉メーカー品も、需要者の選択肢となっていると認められる。

ウ 輸入圧力

 輸入に掛かる輸送費用は、東アジア諸国からであれば僅かであり、関税は無税であるが、鋼矢板の輸入比率は0~5%であり、需要者に対するアンケート調査の結果や需要者等からのヒアリングにおいては、輸入品の価格面や品質面での評価について、肯定的な意見も一部みられたものの、否定的な意見が多かった。

したがって、輸入圧力が働いているとは認められない。

エ 参入圧力

現在鋼矢板の製造を行っていないものの、かつて鋼矢板の国内市場において有力であった事業者が存在するところ、当該事業者は、圧延ロールを保有し続けており、鋼矢板の価格が上昇したり、需要が拡大したりすれば直ちに再参入することが可能である。

したがって、参入圧力が働いていると認められる。

オ 隣接市場からの競争圧力

鋼矢板を用いた工法と代替的に用いられる工法として、コンクリート壁工法、ソイルセメント壁工法、親杭横矢板工法等が存在する。

アンケート調査の結果やヒアリングによると、鋼矢板の価格が5~10%上昇した場合、具体的な割合を定量的に測定することは困難であるものの、前記の代替的な工法に切り替わる場合があると認められる。また、当事会社の試算によれば、土留め工法全体における鋼矢板工法の占める割合は2割程度で推移しており、経済性の観点から他の工法と拮抗している例も散見される。

したがって、隣接市場からの競争圧力が一定程度働いていると認められる。

カ 需要者からの競争圧力

公共工事の発注量が長期減少傾向にある中で、建設業者間の受注競争は年々激しさを増しており、鋼矢板の需要者からの価格引下げ圧力は強いと考えられる。

また、直近の価格の動きをみると、原燃料の価格が上昇する中で、公共工事の発注量の減少等に伴う需要の縮小を受けて、鋼矢板の価格は下落しており、今後も需要の拡大が見込めない中で、価格引下げ圧力は強い状態が続くと考えられる。

したがって、需要者からの競争圧力が働いていると認められる。

(3) 独占禁止法上の評価
ア 単独行動による競争の実質的制限

本件合併により当事会社グループは約65%の市場シェアを有することとなるが、有力な競争事業者が存在し、十分な供給余力を有していると認められること、参入圧力や隣接市場である代替工法からの一定程度の競争圧力が働いていると認められること、需要が縮小していく中で需要者からの競争圧力が働いていると認められることから、当事会社グループが単独で価格等をある程度自由に左右することができる状態が現出するおそれはなく、本件合併が競争を実質的に制限することとはならないと考えられる。

イ 協調的行動による競争の実質的制限

本件合併により鋼矢板の国内市場における事業者数が4社から3社に減少するが、各事業者は十分な供給余力を有していると認められること、参入圧力や隣接市場である代替工法からの一定程度の競争圧力が働いていると認められること、需要が縮小していく中で需要者からの競争圧力が働いていると認められることから、当事会社グループとその競争事業者が協調的行動をとることにより、価格等をある程度自由に左右することができる状態が現出するおそれはなく、本件合併が競争を実質的に制限することとはならないと考えられる。

6 スパイラル溶接鋼管

(1) 一定の取引分野
ア 商品範囲

 スパイラル溶接鋼管とは、大径管(おおむね外径400mm 以上の鋼管をいう。以下同じ。)の一種であり、鋼帯を連続的に巻き戻しながら成形ロールでらせん状に曲げて円筒状に成形し、継目を溶接して製造される鋼管である。スパイラル溶接鋼管は、主として鋼管杭(鋼管矢板〔鋼管に継手を溶接したもの〕を含む。以下同じ。)に用いられている。

大径管には、スパイラル溶接鋼管のほかにもUO 鋼管等があるが、スパイラル溶接鋼管は、強度の弱い溶接部の長さが長く、内圧の高い輸送管等には向かないことから、主として鋼管杭に用いられ、ガス導管等に用いられる他の大径管と用途を異にしており、需要の代替性が認められない上、他の大径管とは製造設備も異なり、供給の代替性も認められない。

他方、スパイラル溶接鋼管が鋼管杭として用いられる場合、鋼管杭と代替的に用いられるものとしては、既製コンクリート杭及び場所打ちコンクリート杭が存在し、スパイラル溶接鋼管の価格が相対的に上昇した場合、鋼管杭から既製コンクリート杭等に振り替えられる可能性があるため、これらを含めた基礎杭全般として商品範囲が画定される可能性がないでもない。この点について、公正取引委員会としては、鋼管杭とその他の基礎杭との代替性に関する国内の需要者の認識(後記ウ)に基づき、「スパイラル溶接鋼管」を商品範囲として画定した上で、既製コンクリート杭等については隣接市場からの競争圧力として評価することとした。

イ 地理的範囲

 スパイラル溶接鋼管については、日本国内での輸送に関し、輸送の難易性や輸送費用の点から制約があるわけではなく、当事会社及び競争事業者は日本全国において販売を行っており、また、地域により販売価格が異なるといった事情は認められない。

他方、海外メーカー品の国内市場への流入はほとんどなく、また、国内価格が相対的に上昇しても海外メーカー品の流入量はほとんど増加しないと考えられることから、国境を越えて地理的範囲を画定すべき事情は認められない。

したがって、「日本全国」を地理的範囲として画定した。

(2) 競争の実質的制限についての検討
ア 本件合併による市場構造の変化及び問題の所在

スパイラル溶接鋼管を国内市場で販売する当事会社グループの事業者は新日鉄(市場シェア約40%)及び住友金属(市場シェア約15%)である。本件合併により新日鉄と住友金属との間に結合関係が新たに形成されることとなるところ、当事会社の合算市場シェア・順位は約55%・第1位、合併後のHHI は約4、000、HHI の増分は約1、300となり、水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当しない。

スパイラル溶接鋼管の国内市場には、市場シェアが10%を超える有力な競争事業者が複数存在するが、本件合併により当事会社は約55%の市場シェアを占めることとなり、市場シェア第2位以下の事業者との市場シェアの格差も拡大することとなる。したがって、競争事業者の供給余力の状況、隣接市場からの競争圧力の程度や需要者からの競争圧力の程度等によっては、当事会社グループが単独で価格等をある程度自由に左右することができる状態が現出するおそれがある。

また、本件合併によりスパイラル溶接鋼管を供給するメーカーが4社から3社に減少することから、各事業者の供給余力の状況、隣接市場からの競争圧力の程度や需要者からの競争圧力の程度等によっては、当事会社グループとその競争事業者が協調的行動をとることにより、価格等をある程度自由に左右することができる状態が現出するおそれがある。

イ 各事業者の状況

各事業者のスパイラル溶接鋼管の製造設備の稼働率は高くなく、各事業者とも供給余力を有していると認められる。

スパイラル溶接鋼管を製造している事業者の中には、自社で製造した熱延鋼板を母材に用いている者と電炉メーカー品や輸入品を母材に用いている者がおり、これらの事業者間ではコスト構造が異なっている。

ウ 隣接市場からの競争圧力

スパイラル溶接鋼管が鋼管杭として用いられる場合、鋼管杭と代替的に用いられるものとしては、既製コンクリート杭及び場所打ちコンクリート杭がある。

当事会社からスパイラル溶接鋼管を購入している需要者(建設業者)に対するアンケート調査の結果や需要者等からのヒアリングによると、スパイラル溶接鋼管の価格が5~10%上昇した場合、具体的な割合を定量的に測定することは困難であるものの、一定程度鋼管杭を用いた工法から他の杭を用いた工法に切り替えられるものと認められる。

したがって、隣接市場からの競争圧力が一定程度働いていると認められる。

エ 需要者からの競争圧力

 スパイラル溶接鋼管の主な需要者は、建設業者であるところ、公共工事の発注量が長期減少傾向にある中で建設業者各社間の受注競争は年々激しさを増しており、価格引下げ圧力は強いと考えられる。

したがって、需要者からの競争圧力が働いていると認められる。

(3) 独占禁止法上の評価
ア 単独行動による競争の実質的制限

本件合併により当事会社は約55%の市場シェアを占めることとなり、市場シェア第2位以下の事業者との市場シェアの格差も拡大することとなるが、市場シェア10%を超える有力な競争事業者が複数存在し、これらの事業者は供給余力を有していると認められること、隣接市場からの競争圧力が一定程度働いていると認められること、需要者からの競争圧力が働いていると認められることから、当事会社グループが単独で価格等をある程度自由に左右することができる状態が現出するおそれはなく、本件合併が競争を実質的に制限することとはならないと考えられる。

イ 協調的行動による競争の実質的制限

本件合併によりスパイラル溶接鋼管を供給する主要なメーカーが4社から3社に減少するが、各社とも供給余力を有していると認められること、隣接市場からの競争圧力が一定程度働いていると認められること、需要者からの競争圧力が働いていると認められること、スパイラル溶接鋼管を製造する事業者の中にはコスト構造が異なる者が存在することから、当事会社グループとその競争事業者が協調的行動をとることにより、価格等をある程度自由に左右することができる状態が現出するおそれはなく、本件合併が競争を実質的に制限することとはならないと考えられる。

7 熱延鋼板

(1) 一定の取引分野
ア 商品範囲

熱延鋼板とは、板厚約3 mm 未満の薄板の一種であり、製銑・製鋼過程を経て製造された半製品である鋼片(スラブ)を一直線に並んだ複数の圧延機で連続的に圧延して製造され、自動車に多く使用されるほか、電機製品や建材にも使用される。

薄板は、熱延鋼板、冷延鋼板及び表面処理鋼板(熱延鋼板又は冷延鋼板の表面にめっきや塗装を施した鋼板)に大別されるところ、これらは特性や主な用途を異にし、需要の代替性は認められない上、製造段階を異にし、供給の代替性も認められないことから、別々の商品範囲を構成するものと考えられる。

熱延鋼板には、化学成分や熱処理の方法等に応じて、様々な特性を有する製品が存在するところ、これらの製品のうち、熱延ステンレス鋼板については、耐食性等の特性を有し、需要の代替性が認められない上、専用の製造設備により異なる技術で製造され、供給の代替性も存在しないことから、別の商品範囲を構成すると考えられる。他方、それ以外の製品については、様々な特性と経済性とのバランスを加味しながらどのような特性を有する製品を用いるかが選択されているなどこれらの製品の間で一定程度の需要の代替性が認められる上、同一の製造設備で製造されており、供給の代替性も存在することから、同一の商品範囲を構成するものと考えられる。

したがって、「熱延鋼板」(熱延ステンレス鋼板を除く。以下同じ。)を商品範囲として画定した。

イ 地理的範囲

熱延鋼板については、日本国内での輸送に関し、輸送の難易性や輸送費用の点から制約があるわけではなく、当事会社及び競争事業者は日本全国において販売を行っており、地域により販売価格が異なるといった事情は認められない。

熱延鋼板は、汎用品を中心に、韓国メーカーの製品や中国メーカーの製品等が国内市場にコンスタントに流入しており、国内価格が相対的に上昇した場合、こうした海外メーカー品が短期間のうちに大量に流入する可能性があるため、国境を越えて地理的範囲が画定される可能性がある。この点について、公正取引委員会としては、当事会社が意見書において地理的範囲が日本全国であることを前提として日本市場における市場シェア等のデータを提出したことも踏まえ、「日本全国」を地理的範囲として画定した上で、海外メーカー品については輸入圧力として評価することとした。

(2) 競争の実質的制限についての検討
ア 本件合併による市場構造の変化及び問題の所在

熱延鋼板を国内市場で販売する当事会社グループの事業者は、新日鉄(市場シェア約30%)及び住友金属(市場シェア約10%)である。本件合併により新日鉄と住友金属との間に結合関係が新たに形成されることとなるところ、当事会社の合算市場シェア・順位は約40%・第1位、合併後のHHI は約2、200、HHI の増分は約500となり、水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当しない。

なお、熱延鋼板の国内市場には、新日鉄が10%超・単独第1位の議決権を保有する事業者として、株式会社中山製鋼所(以下「中山製鋼所」という。)、日新製鋼株式会社(以下「日新製鋼」という。)及び大同特殊鋼株式会社(以下「大同特殊鋼」という。)が存在する。これらの事業者はいずれも、新日鉄の議決権保有比率は10%を僅かに上回る程度であるところ、中山製鋼所及び日新製鋼については、第2位以下の株主との議決権保有比率の格差も大きくなく、役員兼任もないこと、また、大同特殊鋼については、役員兼任があるものの、大同特殊鋼の需要者が一定の議決権を保有しており、議決権の行使等の面において新日鉄と利害が一致しないと考えられることから、新日鉄と中山製鋼所の間、新日鉄と日新製鋼の間及び新日鉄と大同特殊鋼の間にはいずれも結合関係があるとは認められない。

熱延鋼板の国内市場には、市場シェアが10%を超える有力な競争事業者が複数存在するほか、輸入品が約15%を占めているが、本件合併により当事会社は約40%の市場シェアを占めることとなり、市場シェア第2位以下の事業者との市場シェアの格差も拡大することとなる。したがって、競争事業者の供給余力の状況、輸入圧力の程度や需要者からの競争圧力の程度等によっては、当事会社グループが単独で価格等をある程度自由に左右することができる状態が現出するおそれがある。

また、熱延鋼板の国内市場には輸入品が約15%流入しているほか、電炉メーカーも複数存在しているが、その市場シェアは必ずしも大きくなく、本件合併により熱延鋼板を供給する主要な高炉メーカーが4社から3社に減少することから、各事業者の供給余力の状況、輸入圧力の程度や需要者からの競争圧力の程度等によっては、当事会社グループとその競争事業者が協調的行動をとることにより、価格等をある程度自由に左右することができる状態が現出するおそれがある。

 

イ 各事業者の供給余力

各事業者の熱延鋼板の製造設備の稼働率は高くなく、各事業者とも供給余力を有していると認められる。

ウ 輸入圧力

近年、韓国や中国において、最新鋭の設備を有し巨大な供給力を有する熱延鋼板製造ラインが相次いで建設されているところ、その品質は、国内の需要者が海外拠点において採用するなど、国内の需要者にとって使用可能なレベルにある。また、輸入に掛かる輸送費用は、近隣の東アジア諸国からであれば僅かであり、関税は無税である。さらに、需要者からのヒアリングによると、韓国や中国からの輸入品は国内品に比べ安価であるとされており、輸入品の価格競争力は高いといえる。加えて、海外メーカーは、日本国内のコイルセンター等の加工・販売業者を通じて販売しており、流通上の問題も存在しない。

以上のとおり、熱延鋼板について輸入障壁は存在せず、汎用品を中心に、韓国や中国からの輸入品等が国内市場にコンスタントに流入しており、実際、輸入比率は約15%に達している。

主要な需要者は自動車メーカー、電機メーカー及び建材メーカーであるところ、各需要者向けの輸入圧力の状況について検討すると、以下のとおりである。

(ア) 自動車メーカー向け

自動車メーカーから材料認定(自社が要求する品質基準を満たしている材料のみを調達するために、材料の評価を行い、基準を満たした材料を認定すること。以下同じ。)を受けた鉄鋼メーカーの製品間では、輸入品と国内品の間に代替性がある。例えば、韓国メーカーは、既に日本の自動車メーカー各社から認定を得て供給しており、また、自動車メーカーからのヒアリングによると、自動車メーカーは韓国メーカー品の品質やラインナップを日本の高炉メーカー品と同等レベルと評価しており、今後、輸入量を増やす可能性もあるとしている。

(イ) 電機メーカー向け

電機メーカー向けは、汎用品が多く、国内品と輸入品の代替性が高い。電機メーカーからのヒアリングによれば、薄板全般について、韓国メーカー品や中国メーカー品は品質面で国内品とほとんど差がないことから、今後、輸入品を増やしていく意向であるとしている。

(ウ) 建材メーカー向け

建材メーカー向けは、大半が汎用品であり、国内品と輸入品の代替性が高い。

以上から、輸入圧力が十分に働いていると認められる。

エ 需要者からの競争圧力

(ア) 自動車メーカー向け

自動車メーカーから材料認定を受けた鉄鋼メーカーの製品間であれば代替性の程度は高く、自動車メーカーにとって取引先の変更は容易である。また、自動車メーカー間では活発な競争が行われており、熱延鋼板に対する価格引下げ圧力は強い。さらに、自動車メーカーは、鉄鋼製品の調達量が多い上、集中購買(大口需要家の購買部門が各事業部門及び取引先部品メーカーの使用する鉄鋼製品を取りまとめ、鉄鋼メーカーと品質、価格、数量等について、一括して交渉して決定
する方式による購買。以下同じ。)を行っている。

(イ) 電機メーカー向け

電機メーカー向けについては、汎用品が多く、輸入品等に切り替えることが容易である。また、電機メーカーは、独自の材料認定制度を有しないことから、取引先の変更がより一層容易であるほか、電機メーカー間においても活発な競争が行われており、価格引下げ圧力が強い。さらに、電機メーカーも、集中購買を行っている。

(ウ) 建材メーカー向け

建材メーカー向けについては、汎用品が大半であることから、電炉メーカー品、輸入品を積極的に用いており、安価な鉄鋼製品への切替えが容易である。また、国内の建材の需要の低迷により、建材メーカー間では活発な競争が行われており、価格引下げ圧力が強い。

以上から、需要者からの競争圧力が十分に働いていると認められる。

(3) 独占禁止法上の評価
ア 単独行動による競争の実質的制限

 本件合併により当事会社は国内市場全体の約40%の市場シェアを占めることとなり、市場シェア第2位以下の事業者との市場シェアの格差も拡大することとなるが、有力な競争事業者が複数存在し、これらの事業者は供給余力を有していると認められること、輸入圧力や需要者からの競争圧力が十分に働いていると認められることから、当事会社グループが単独で価格等をある程度自由に左右することができる状態が現出するおそれはなく、本件合併が競争を実質的に制限することとはならないと考えられる。

イ 協調的行動による競争の実質的制限

本件合併により熱延鋼板を供給する主要な高炉メーカーが4社から3社に減少するが、各社とも供給余力を有していると認められること、輸入圧力や需要者からの競争圧力が十分に働いていると認められることから、当事会社グループとその競争事業者が協調的行動をとることにより、価格等をある程度自由に左右することができる状態が現出するおそれはなく、本件合併が競争を実質的に制限することとはならないと考えられる。

8 H形鋼

(1) 一定の取引分野
ア 商品範囲

H形鋼とは、形鋼の一種であり、断面がHの形状となるように圧延して製造され、建築・土木工事用の主要部材として利用される。

H形鋼は、その市場規模が形鋼の過半を占めており、需要者は建築・土木工事用の主要部材としてH形鋼について独立した商品として認識していることから、他の形鋼と商品範囲を異にしていると認められる。

H形鋼には、JIS 規格の製品と使い勝手を改良したJIS 規格外の製品(外法一定H形鋼)があるが、需要者は、コストや使用部位を勘案してどちらを用いるかを選定しており、需要の代替性が認められる。また、異なるサイズのH形鋼も同一の製造設備で製造されており、供給の代替性も認められる。

したがって、「H形鋼」を商品範囲として画定した。

イ 地理的範囲

H形鋼は、日本国内での輸送に関し、輸送の難易性や輸送費用の点から制約があるわけではなく、当事会社グループ及び競争事業者は日本全国において販売を行っており、地域により販売価格が異なるといった事情は認められない。

他方、海外メーカー品の国内市場への流入量は現状においては少ないものの、国内価格が相対的に上昇した場合、海外メーカー品の流入量が短期間のうちに一定程度は増加する可能性があるため、国境を越えて地理的範囲が画定される可能性がないでもない。この点について、公正取引委員会としては、当事会社が意見書において地理的範囲が日本全国であることを前提として日本市場における市場シェア等のデータを提出したことも踏まえ、「日本全国」を地理的範囲として画定した上で、海外メーカー品については輸入圧力として評価することとした。

(2) 競争の実質的制限についての検討
ア 本件合併による市場構造の変化及び問題の所在

H形鋼を国内市場で販売する当事会社グループの事業者は、新日鉄、トピー工業(新日鉄の議決権保有比率20.5%・単独第1位)及び合同製鉄(新日鉄の議決権保有比率15.7%・単独第1位)(前記3社の合算市場シェア約30%)並びに住友金属及び住金スチール株式会社(住友金属の100%子会社。以下「住金スチール」という。両社の合算市場シェア約15%)である。本件合併により新日鉄グループと住友金属グループとの間に結合関係が新たに形成されることとなるところ、当事会社グループの合算市場シェア・順位は約40%・第1位、合併後のHHI は約2、800、HHIの増分は約1、100となり、水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当しない。

なお、トピー工業については、新日鉄の議決権保有比率が20%超・単独第1位であること、また、合同製鉄については、新日鉄の議決権保有比率が10%超・単独第1位であり、新日鉄の従業員が合同製鉄の役員を兼任しており、一部製品の製造受委託等の業務提携関係が存在することから、新日鉄と結合関係があると認められる。

H形鋼の国内市場には、独立系電炉メーカーであるO社及びQ社や高炉メーカーであるP社という有力な競争事業者が存在するが、本件合併後の当事会社グループの市場シェアに鑑みると、競争事業者の供給余力の状況、輸入圧力の程度や需要者からの競争圧力の程度等によっては、当事会社グループが単独で価格等をある程度自由に左右することができる状態が現出するおそれがある。

他方、本件合併により高炉メーカーが3社から2社になるものの、本件合併後引き続き独立系の電炉メーカー2社が存在することから、当事会社グループとその競争事業者が協調的行動をとることにより価格等をある程度自由に左右することができる状態が現出するおそれは小さいと考えられる。

(注2) トピー工業及び合同製鉄を含む。

(注3) 住金スチールを含む。

 

イ 従来の競争状況

H形鋼の国内市場には、O社という有力な事業者が存在する。従来から、新日鉄とO社との競争は活発であり、両社が活発に競争している状況は現在も変わっておらず、本件合併後も、当事会社とO社との間で活発な競争が展開されるものと考えられる。

また、トピー工業及び合同製鉄は、他の電炉メーカーとの競争を意識した価格設定を行ってきており、新日鉄と価格戦略を共有していないと考えられること、新日鉄とトピー工業の間及び新日鉄と合同製鉄の間では顧客の奪い合いが見られることから、新日鉄とトピー工業の結合関係及び新日鉄と合同製鉄の結合関係は、いずれも、両社が完全に一体化して事業活動を行うような強固な関係ではなく、緩やかであり、一定程度の競争関係を維持していると考えられる。本件合併後も、合併会社とトピー工業及び合併会社と合同製鉄との間には、一定程度の競争関係が維持されるものと考えられる。

ウ 各事業者の供給余力

 H形鋼は、大形形鋼製造ラインで製造されるところ、公共工事の発注量の減少に伴い各事業者の当該ラインの稼働率は落ち込んでいる。また、各事業者は、稼働率を上げるため恒常的に相当量のH形鋼を輸出しているところ、国内の市況が改善するなど国内販売が有利となった場合には、輸出分を国内に振り向けることが可能である。

したがって、各事業者とも十分な供給余力を有していると認められる。

エ 輸入圧力

輸入に掛かる輸送費用は、東アジア諸国からであれば僅かであり、関税は無税であるところ、H形鋼の輸入比率は0~5%である。韓国メーカーや中国メーカーの中にはJIS 認証を取得している者もあり、外国メーカーがJIS 認証を取得することは困難ではない。また、需要者からのヒアリングによると、価格メリットが生じれば、一定程度の輸入を行う可能性があるとしている。

したがって、輸入圧力が一定程度働いていると認められる。

オ 隣接市場からの競争圧力

H形鋼と同種の目的に使われる製品として、厚板を溶接してH形鋼と同じ形状に組み立てた溶接H形鋼があり、大規模・高層建築に使用されるなど、H形鋼と一定の代替性を有している。また、薄板をロール成形で角型にしたロールコラムが中小規模建築物の柱材向けとして、厚板をプレス成型で角形にしたプレスコラムが大規模・高層建築物の柱材向けとして使用されることもあり、限定的であるものの、H形鋼と代替性を有している。

したがって、隣接市場からの競争圧力が一定程度働いていると認められる。

カ 需要者からの競争圧力

H形鋼の主要な需要者は建設業者及びファブリケーター(鉄骨加工業者)であるが、鉄鋼メーカーからH形鋼を調達する建設業者は、ゼネコン大手であり、一定の購買力を有する。

また、鉄鋼メーカーからH形鋼を直接調達するファブリケーターは比較的大規模な事業者が多く、一定の購買力を有する。また、鉄骨加工に要する費用の大部分を鋼材費が占めており、ファブリケーターはH形鋼の価格に敏感であると考えられ
る。

したがって、需要者からの競争圧力が一定程度働いていると認められる。

(3) 独占禁止法上の評価
ア 単独行動による競争の実質的制限

本件合併により当事会社グループの合算市場シェアは約40%となるが、有力な競争事業者が複数存在し、これらの事業者は十分な供給余力を有していると認められること、これまで新日鉄とO社との間で活発な競争が展開されてきており、合併後もその構図に変化はないと考えられること、合併後も合併会社とトピー工業及び合同製鉄との間には一定程度の競争関係が維持されると考えられること、輸入圧力、隣接市場からの競争圧力及び需要者からの競争圧力が一定程度働いていると認められることから、当事会社グループが単独で価格等をある程度自由に左右することができる状態が現出するおそれはなく、本件合併が競争を実質的に制限することとはならないと考えられる。

イ 協調的行動による競争の実質的制限

本件合併により高炉メーカーが3社から2社になるものの、引き続き独立系電炉 メーカー2社が存在し、これまで新日鉄と有力な事業者である独立系電炉メーカー との間で展開されてきた活発な競争が本件合併後も維持されると認められることから、当事会社グループとその競争事業者が協調的行動をとることにより価格等をある程度自由に左右することができる状態が現出するおそれは小さいと考えられるが、念のため検討すると、前記の事情に加え、輸入圧力、隣接市場からの競争圧力及び需要者からの競争圧力が一定程度働いていると認められることから、本件合併が競争を実質的に制限することとはならないと考えられる。

事例2 ハードディスクドライブの製造販売業者の統合計画

1 本件の概要

本件は、ハードディスクドライブ(以下「HDD」という。)の製造販売業者に係る2件の統合計画である。

(1) ウエスタン・デジタル・アイルランド・リミテッドによるヴィヴィティ・テクノロジーズ・リミテッドの株式取得

ウエスタン・デジタル・アイルランド・リミテッド(本社英国領ケイマン諸島。以下「WDI」という。)が、ヴィヴィティ・テクノロジーズ・リミテッドの全ての株式の取得を行うこと(以下「本件株式取得」という。)を計画したものである。本件株式取得の関係法条は、独占禁止法第10条である。

(2) シーゲイト・テクノロジー・インターナショナルによるサムスン・エレクトロニクス・カンパニー・リミテッドのHDD 事業の譲受け

 シーゲイト・テクノロジー・インターナショナル(本社英国領ケイマン諸島。以下「STI」という。)が、サムスン・エレクトロニクス・カンパニー・リミテッドのHDD事業を譲り受けること(以下「本件事業譲受け」という。)を計画したものである。本件事業譲受けの関係法条は、独占禁止法第16条である。

2 当事会社の概要

(1) 本件株式取得

ア WDI は、HDD を製造する子会社(独占禁止法第10条第6項に規定する子会社をいう。以下同じ。)を統括する事業を営む者である。

 WDI は、ウエスタン・デジタル・コーポレーション(本社米国)を最終親会社(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第九条から第十六条までの規定による認可の申請、報告及び届出等に関する規則第2条の2第3項に規定する最終親会社をいう。以下同じ。)とする企業結合集団(独占禁止法第10条第2項に規定する企業結合集団をいう。以下同じ。)に属する会社であり、ウエスタン・デジタル・コーポレーションの子会社は、HDD の製造販売業を営んでいる(以下、当該企業結合集団に属し、HDD の製造販売業を営む会社を総称して「WD」という。)。

イ ヴィヴィティ・テクノロジーズ・リミテッド(本社シンガポール。旧ヒタチ・グローバル・ストレージ・テクノロジーズ・ホールディングス・リミテッド)は、HDD を製造販売する子会社を統括する事業を営む者である。

ヴィヴィティ・テクノロジーズ・リミテッドの子会社は、HDD の製造販売業を営んでいる(以下、ヴィヴィティ・テクノロジーズ・リミテッドの子会社で、HDDの製造販売業を営む会社を総称して「HGST」という。)。

(2) 本件事業譲受け
ア STI は、HDD を製造販売する子会社を統括する事業を営む者である。

STI は、シーゲイト・テクノロジー・パブリック・リミテッド・カンパニー(本社アイルランド)を最終親会社とする企業結合集団に属する会社であり、シーゲイト・テクノロジー・パブリック・リミテッド・カンパニーの子会社は、HDD の製造販売業を営んでいる(以下、当該企業結合集団に属し、HDD の製造販売業を営む会社を総称して「STX」という。)。

イ サムスン・エレクトロニクス・カンパニー・リミテッド(本社韓国)は、HDDの製造販売業を営む者である。

サムスン・エレクトロニクス・カンパニー・リミテッドは、同社及びその子会社において、HDD の製造販売業を営んでいる(以下、サムスン・エレクトロニクス・カンパニー・リミテッド及びその子会社でHDD の製造販売業を営む会社を総称して「SEC」という。)。

(注1) WD、HGST、STX 及びSEC は、いずれもHDD の製造販売業を営む会社を含む企業グループであるが、以下では、そのグループ数を表す際には、会社の場合と同様に「1社」、「2社」等と表記する。

3 本件株式取得及び本件事業譲受けに係る審査の経緯及び審査結果の概要

(1) 審査の経緯
ア 本件株式取得

WDI は、平成23年4月以降、本件株式取得が競争を実質的に制限することとはならないと考える旨の意見書及び本件株式取得に関する資料を自発的に公正取引委員会に提出した。同年6月10日にWDI から、独占禁止法第10条第2項の規定に基づき、本件株式取得に関する計画の届出があったので、公正取引委員会はこれを受理し、第1次審査を開始した。公正取引委員会は、前記意見書及び届出書等WDI から提出された資料等を踏まえつつ、第1次審査を進めた結果、より詳細な審査が必要であると認められたことから、同年7月4日にWDI に対し報告等の要請を行い、第2次審査を開始するとともに、同年7月5日に、本件事業譲受けと併せて、第2次審査を開始したこと及び第三者からの意見書を受け付けることを公表した。

第2次審査において、公正取引委員会は、WDI から提出された報告等のほか、HDD の需要者及び競争者等に対するヒアリング、アンケート調査等に基づき本件株式取得が競争に与える影響について審査を進めた。また、平成23年8月26日にWDI から全ての報告等を受理した。

公正取引委員会は、第2次審査中の平成23年10月13日に、WDI に対し、後記4のアのPC・家電向け3.5インチHDD 市場について、本件株式取得が競争を実質的に制限することとなるおそれがある旨、また、他の取引分野については本件株式取得が競争を実質的に制限することとなるおそれは小さい旨を内容とする論点等の説明を行った。その後、WDI から問題解消措置の提案が行われ、公正取引委員会とWDI との間で、WDI から提案された問題解消措置の内容について数次にわたり会合を持った後、同年11月21日にWDI は問題解消措置に係る変更報告書を提出した。

イ 本件事業譲受け

平成23年5月19日にSTI から、独占禁止法第16条第2項の規定に基づき、本件事業譲受けに関する計画の届出があったので、公正取引委員会はこれを受理し、第1次審査を開始した。公正取引委員会は、前記届出書等STI から提出された資料等を踏まえつつ、第1次審査を進めた結果、より詳細な審査が必要であると認められたことから、同年6月17日にSTI に対し報告等の要請を行い、第2次審査を開始するとともに、同年7月5日に、本件株式取得と併せて、第2次審査を開始したこと及び第三者からの意見書を受け付けることを公表した。

第2次審査において、公正取引委員会は、STI から提出された報告等のほか、HDD の需要者及び競争者等に対するヒアリング、アンケート調査等に基づき本件事業譲受けが競争に与える影響について審査を進めた。また、平成23年10月27日にSTI から全ての報告等を受理した。

公正取引委員会は、第2次審査中の平成23年10月28日に、STI に対し、後記4のアのPC・家電向け3.5インチHDD 市場について、本件事業譲受けが競争を実質的に制限することとなるおそれがある旨、また、他の取引分野については本件事業譲受けが競争を実質的に制限することとなるおそれは小さい旨を内容とする論点等の説明を行った。

(2) 審査結果の概要
ア 本件株式取得

WDI が公正取引委員会に申し出たHDD の事業譲渡等を内容とする問題解消措置を前提とすれば、本件株式取得が一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

イ 本件事業譲受け

 前記アの問題解消措置等を踏まえれば、本件事業譲受けが一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

審査結果の詳細は、以下4から6までのとおりである。

(参考1)

1 本件株式取得

平成23年6月10日 本件株式取得に関する計画の届出の受理(第1次審査の開始)

    7月4日 WDI に対して報告等の要請(第2次審査の開始)

    8月26日 WDI から全ての報告等の受理(事前通知期限:平成23年11月24日)

    11月21日 WDI による問題解消措置に係る変更報告書の提出

    11月24日 WDI に対して排除措置命令を行わない旨の通知

    12月28日 審査結果の公表

2 本件事業譲受け

平成23年5月19日 本件事業譲受けに関する計画の届出の受理(第1次審査の開始)

    6月17日 STI に対して報告等の要請(第2次審査の開始)

    10月27日 STI から全ての報告等の受理(事前通知期限:平成24年1月25日)

    12月15日 STI に対して排除措置命令を行わない旨の通知

    12月28日 審査結果の公表

(参考2)海外競争当局との連絡調整

 本件統合については、公正取引委員会は、当事会社の了解を得て、欧州委員会(European Commission)、米国連邦取引委員会(Federal TradeCommission)及び韓国公正取引委員会(Korea Fair Trade Commission)との間で情報交換を行いつつ、審査を進めた。

4 HDD

(1) HDD の概要

ア HDD は、磁性面を持つ「メディア」と呼ばれる円盤を高速回転させ、「磁気ヘッド」と呼ばれる電磁石によって、デジタル式の方法により磁気的にデータをメディアに書き込む、又はメディアからデータを読み取るデータの記憶装置である。

イ HDD は、データの蓄積に用いられているところ、主に企業向けのサーバー及びストレージ(大容量の記憶装置をいう。以下同じ。)、パーソナルコンピュータ(以下「PC」という。)、DVD レコーダー等の家電製品、PC 及び家電製品の外付けHDD(後記5参照)等に用いられている。

HDD に搭載するメディアの規格はフォームファクターと呼ばれ、現在、メディアの直径が2.5インチ及び3.5インチの2つのフォームファクターが主流となっている。2.5インチのメディアを搭載するHDD(以下「2.5インチHDD」という。)の方が3.5インチのメディアを搭載するHDD(以下「3.5インチHDD」という。)よりも小型及び軽量であるが、一般に記憶容量は小さい。

HDD の性能(データの転送速度等をいう。以下同じ。)は、メディアの回転速度(メディアの1分間当たりの回転数)やインターフェース(HDD と他の機器との間の接続方式)等によって決定される。

ウ 企業向けのサーバー及びストレージに用いられるHDD(以下「企業向けHDD」という。)は、PC 及び家電製品向けHDD よりも故障率が低いなどの高い信頼性が求められる。また、企業向けHDD は、更に2つに分けられ、記憶容量は大きくないものの高性能なHDD(このような特性が求められる用途を、以下「ミッションクリティカル向け」という。)と、ミッションクリティカル向けと比べて、性能は高くないものの大きな記憶容量を有するHDD(このような特性が求められる用途を、以下「ビジネスクリティカル向け」という。(注2))がある。

一方、PC 及び家電製品には、基本的に同じHDD が用いられており、後記5の外付けHDD にも、PC 及び家電製品に用いられるものと基本的に同じ性能及び信頼性のHDD が用いられている。

(注2) ビジネスクリティカル向けHDD は、そのほとんどが3.5インチHDD である。

エ 企業向けHDD は、PC 及び家電製品向けHDD と比べて価格が高い。また、企業向けHDD の中でも、ミッションクリティカル向けHDD は、ビジネスクリティカル向けHDD と比べて価格が高い。

同じ用途でみると、2.5インチHDD は、3.5インチHDD と比べて、1ギガバイト(以下「GB」という。)当たりの価格が高い。

(2) 一定の取引分野の画定
ア 商品範囲

(ア) 需要の代替性

 PC と家電製品には基本的に同じHDD が用いられており、PC 向けHDD と家電製品向けHDD の間における需要の代替性の程度は高い。

一方、企業向けHDD は、PC 及び家電製品向けHDD と比べ、性能や信頼性が高く、また、企業向けHDD はPC 及び家電製品向けHDD と比べて価格が高いことから、企業向けHDD とPC 及び家電製品向けHDD の間における需要の代替性
の程度は低い。

また、企業向けHDD の中でもビジネスクリティカル向けHDD とミッションクリティカル向けHDD の間では、性能や価格の違いがみられ、ビジネスクリティカル向けHDD とミッションクリティカル向けHDD の間における需要の代替性
の程度は低い。

フォームファクターについては、2.5インチHDD は、主に大きな記憶容量を必要とせず、小型及び軽量のHDD が必要とされる場合に用いられる一方、3.5インチHDD は、主に大容量のHDD が必要とされスペースや重量に制約が少ない場合に用いられること、また、2.5インチHDD は、3.5インチHDD と比べて1 GB 当たりの価格が高いことから、2.5インチHDD と3.5インチHDD の間における需要の代替性の程度は低い。

(イ) 商品範囲の画定

 前記(ア)により、

① PC 及び家電製品向けHDD であって、フォームファクターが3.5インチのHDD(以下「PC・家電向け3.5インチHDD」という。)

② PC 及び家電製品向けHDD であって、フォームファクターが2.5インチのHDD(以下「PC・家電向け2.5インチHDD」という。)

③ ビジネスクリティカル向けHDD であって、フォームファクターが3.5インチのHDD(以下「ビジネスクリティカル向け3.5インチHDD」という。)

④ ミッションクリティカル向けHDD であって、フォームファクターが3.5インチのHDD

⑤ ミッションクリティカル向けHDD であって、フォームファクターが2.5インチのHDD(以下「ミッションクリティカル向け2.5インチHDD」という。)

の5つを商品範囲として画定した。

(注3) ミッションクリティカル向けHDD であって、フォームファクターが3.5インチのHDD については、WD 及びSEC が製造販売を行っておらず、本件株式取得及び本件事業譲受けにおいて競合関係が生じないことから検討を行っていない。

イ 地理的範囲

 HDD の製造販売業者(以下「HDD メーカー」という。)は、世界全体において、実質的に同等の価格でHDD を販売しており、内外のHDD の需要者は、内外のHDDメーカーを差別することなく取引を行っている。

 したがって、前記アで画定したHDD それぞれについて、「世界全体」を地理的範囲として画定した。

(3) 本件株式取得及び本件事業譲受けが競争に与える影響

本件株式取得及び本件事業譲受け(以下併せて「本件統合」という。)が同時期に行われるため、本件株式取得については本件事業譲受けを踏まえて、本件事業譲受けについては本件株式取得を踏まえて検討を行った。

ア 本件統合による市場構造の変化

(ア) PC・家電向け3.5インチHDD 市場

本件統合によりHHI は約5、000、WD 及びHGST の合算市場シェア・順位は約50%・第1位、HHI の増分は約900、また、STX 及びSEC の合算市場シェア・順位は約50%・第2位、HHI の増分は約800となり、本件株式取得及び本件事業譲受けのいずれも水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当しない。

なお、平成22年におけるPC・家電向け3.5インチHDD の市場規模(世界全体)は、約2億8300万台である。PC・家電向け3.5インチHDD は、近年、需要の変動が小さく、また、需要の増加が長期的には見込めないものとされている。

(イ) PC・家電向け2.5インチHDD 市場

 本件統合によりHHI は約3、800、WD 及びHGST の合算市場シェア・順位は約50%・第1位、HHI の増分は約1、200、また、STX 及びSEC の合算市場シェア・順位は約30%・第2位、HHI の増分は約450となり、本件株式取得及び本件事業譲受けのいずれも水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当しない。

なお、平成22年におけるPC・家電向け2.5インチHDD の市場規模(世界全体)は、約3億1400万台である。

(ウ) ビジネスクリティカル向け3.5インチHDD 市場

 本件統合によりHHI は約5、200、WD 及びHGST の合算市場シェア・順位は約60%・第1位、HHI の増分は約1、750、また、STX 及びSEC の合算市場シェア・順位は約40%・第2位、HHI の増分は約50となり、本件株式取得は水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当しない。他方、本件事業譲受けは水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当し、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

なお、平成22年におけるビジネスクリティカル向け3.5インチHDD の市場規模(世界全体)は、約1800万台である。

 

(エ)  ミッションクリティカル向け2.5インチHDD 市場

本件株式取得によりWD 及びHGST の合算市場シェア・順位は約25%・第2位、HHI は約4、300、HHI の増分は約100となる。

したがって、ミッションクリティカル向け2.5インチHDD は、水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当し、本件株式取得により、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。また、本件事業譲受けについては、SEC が製造販売を行っておらず、競合関係が生じないことから検討を行っていない。

なお、平成22年におけるミッションクリティカル向け2.5インチHDD の市場規模(世界全体)は、約1500万台である。

イ 検討の視点

PC・家電向け3.5インチHDD 市場、PC・家電向け2.5インチHDD 市場及びビジネスクリティカル向け3.5インチHDD 市場について、主に以下の及びの観点から検討を行った。

(ア) PC・家電向け3.5インチHDD 市場について、本件統合後、市場シェアが約50%ずつの2社体制となるところ、需要者からの競争圧力等が、WD/HGST(本件株式取得後のWD をいう。以下同じ。)及びSTX/SEC(本件事業譲受け後のSTXをいう。以下同じ。)による単独行動又は競争者との協調的行動を抑える要因となるか。

(イ) PC・家電向け2.5インチHDD 市場及びビジネスクリティカル向け3.5インチHDD 市場について、本件統合後、WD/HGST 及びSTX/SEC 以外の競争者又は参入者の存在や需要者からの競争圧力等が、WD/HGST 及びSTX/SEC による単独行動又は競争者との協調的行動を抑える要因となるか。

ウ 競争者の状況

(ア) 競争者の存在

a PC・家電向け3.5インチHDD 市場

WD/HGST 及びSTX/SEC が相互に有力な競争者となるが、その外に競争者は存在しない。

b PC・家電向け2.5インチHDD 市場

市場シェア約20%の有力な競争者であるA社が存在するほか、WD/HGST 及びSTX/SEC が相互に有力な競争者となるが、その外に競争者は存在しない。

c ビジネスクリティカル向け3.5インチHDD 市場

本件株式取得について、STX/SEC が市場シェア約40%の有力な競争者となる。また、平成23年に本市場に参入したA社は、現時点での市場シェアは僅かであるが、A社には、ビジネスクリティカル向けHDD と比べ高度な技術力を要するミッションクリティカル向けHDD の製造販売実績があること及びHDDユーザーの大部分は、HDD の安定調達、価格交渉の優位性を保つこと等の観点から、一般に3 社程度のHDD メーカーから調達を行っているため、WD/HGST 及びSTX/SEC 以外の唯一のHDD メーカーであるA社からの調達を増やすことが予想されるため、A社は、一定の期間に有力な競争者になると見込まれる。その外に競争者は存在しない。

(イ) 競争者の供給余力

a PC・家電向け3.5インチHDD 市場

WD/HGST 及びSTX/SEC は、共に十分な供給余力を有していない。

b PC・家電向け2.5インチHDD 市場

WD/HGST 及びSTX/SEC は、共に十分な供給余力を有していないが、A社は一定の供給余力を有している。

c ビジネスクリティカル向け3.5インチHDD 市場

WD/HGST 及びSTX/SEC は、共に十分な供給余力を有していないが、A社は、今後、一定の供給余力を有することとなると見込まれる。

エ 参入圧力

 HDD の製造販売分野に参入するには、① HDD に関する知的財産権の取得又はその許諾を受けること、② HDD の製造施設の建設に多額の資金が必要となることから他の事業分野からの新規参入は極めて困難な状況にある。

なお、近年、他の事業分野から参入した事業者はいない。

オ 隣接市場からの競争圧力

 HDD の競合品としてソリッドステートドライブ(以下「SSD」という。)が存在するものの、HDD と比べ、1GB 当たりの価格が非常に高いため、隣接市場からの競争圧力が働いているとは認められない。

カ 需要者からの競争圧力

(ア) 需要者の競争状況

 PC 及び家電製品市場には多数のメーカーが存在し、競争を行っているところ、これらのメーカーは、HDD の価格が上昇したとしても、PC 及び家電製品にHDDの価格の上昇分を転嫁することが難しい。このように、PC・家電向け3.5インチHDD 及びPC・家電向け2.5インチHDD の川下市場であるPC 及び家電製品市場は活発な競争が行われており、当該HDD について、需要者からの一定程度競争圧力が働いていると考えられる。

(イ) 取引先変更の容易性

 各HDD メーカーの製品は、一定基準以上の品質を満たし、製品類型ごとに同質的な製品であるため、PC・家電向け3.5インチHDD 市場、PC・家電向け2.5インチHDD 市場及びビジネスクリティカル向け3.5インチHDD 市場のいずれにおいても、取引先の変更は容易であると考えられる。

ウ  HDD ユーザーによる複数調達方針

 HDD ユーザーは、HDD の安定調達や価格交渉における優位性の確保等の観点から、一つの用途で用いるHDD について、3社程度から調達を行うことが望ましいとしており、実際にも、一般に3社程度のHDD メーカーから調達を行っている。このようなHDD ユーザーの調達行動への本件統合の影響は、次のようになると考えられる。

a PC・家電向け3.5インチHDD

本件統合後、HDD ユーザーの調達先は、WD/HGST 及びSTX/SEC の2社のみとなる。このため、HDD ユーザーが、調達先を変更することや調達割合を柔軟に変更することが困難となり、需要者からの競争圧力が十分に働かなくなるものと考えられる。

b PC・家電向け2.5インチHDD 及びビジネスクリティカル向け3.5インチHDD

本件統合後、WD/HGST 及びSTX/SEC 以外にA社が存在することから、PC・家電向け3.5インチHDD 市場と異なり、HDD ユーザーは、これら3社のHDD メーカーの中で調達先や調達割合を変更することがある程度可能なことから、需要者からの競争圧力は引き続き働くものと考えられる。

(4) 独占禁止法上の評価

前記(3)ウからカまでを踏まえると、PC・家電向け3.5インチHDD 市場、PC・家電向け2.5インチHDD 市場及びビジネスクリティカル向け3.5インチHDD 市場の独占禁止法上の評価はそれぞれ次のとおりとなる。

ア PC・家電向け3.5インチHDD 市場

(ア) 本件株式取得

a 単独行動による競争の実質的制限

(a) 本件株式取得により、WD/HGST は、市場シェアが大きくなることから、自らPC・家電向け3.5インチHDD の供給量を減らすことにより市場に影響を及ぼすことが容易になる。

(b) 競争者であるSTX/SEC は供給余力が十分でなく、さらに、今後、PC・家電向け3.5インチHDD の長期的な需要の増加が見込めないことを踏まえると、競争者であるSTX/SEC が生産能力を増強する誘因は小さく、WD/HGST による供給量の制限を通じた価格の引上げに対する牽制力は働かない。

(c) 参入に当たっては、知的財産権の取得又はその許諾を受けること及びHDD の製造施設の建設に多額の資金が必要であり、また、PC・家電向け3.5インチHDD の長期的な需要の増加が見込めないことを踏まえると、参入力が働いているとはいえない。

(d) SSD は、HDD と比べて1 GB 当たりの価格が非常に高いことから、一定の期間にSSD がPC・家電向け3.5インチHDD の競合品となり、供給量の制限を通じて、WD/HGST がある程度自由に価格を左右することをある程度妨げる要因となり得るとはいえない。

(e) 本件株式取得により、HDD ユーザーの調達先は、WD/HGST 及び競争者であるSTX/SEC のみに限定され、PC・家電向け3.5インチHDD の調達先の変更や調達割合の柔軟な変更が困難になることを踏まえると、需要者からの競争圧力は十分に働かなくなる。

(f) 以上の(a)から(e)までの状況を総合的に勘案すると、本件株式取得により、WD/HGST が単独で、PC・家電向け3.5インチHDD の供給量を制限することにより、ある程度自由に当該HDD の価格を左右することができる状態が容易に現出し得ることから、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなると判断した。

b 協調的行動による競争の実質的制限

(a) 本件株式取得により、PC・家電向け3.5インチHDD 市場におけるWD/HGST の競争者はSTX/SEC のみとなることから、相互の行動を高い確度で予測しやすくなり、また、市場シェアもそれぞれ約50%となることから、WD/HGST 及び競争者の利害は一致しやすくなる。

(b) WD/HGST は、自らの外に競争者であるSTX/SEC の供給量の制限を通じた価格引上げを妨げるHDD メーカーがいなくなることや、WD/HGST の供給余力が大きくないことから、競争者であるSTX/SEC がPC・家電向け3.5インチHDD の供給量を制限することにより価格を引き上げた場合には同じく供給量を制限するなど、競争者と協調してPC・家電向け3.5インチHDDの供給量を制限し、価格を引き上げる蓋然性が高い。

(c) 参入に当たっては、知的財産権の取得又はその許諾を受けること及びHDD の製造施設の建設に多額の資金が必要であり、また、PC・家電向け3.5インチHDD の長期的な需要の増加が見込めないことを踏まえると、参入圧力が働いているとはいえない。

(d) SSD は、HDD と比べて1 GB 当たりの価格が非常に高いことから、一定の期間にSSD がPC・家電向け3.5インチHDD の競合品となり、供給量の制限を通じて、WD/HGST 及び競争者であるSTX/SEC がある程度自由に価格を左右することをある程度妨げる要因となり得るとはいえない。

(e) 本件株式取得により、HDD ユーザーの調達先は、WD/HGST 及び競争者であるSTX/SEC のみに限定され、PC・家電向け3.5インチHDD の調達先の変更や調達割合の柔軟な変更が困難になることを踏まえると、需要者からの競争圧力は十分に働かなくなる。

(f) 以上の(a)から(e)までの状況を総合的に勘案すると、本件株式取得により、WD/HGST がその競争者であるSTX/SEC と協調して、PC・家電向け3.5インチHDD の供給量を制限することにより、ある程度自由に当該HDD の価格を左右することができる状態が容易に現出し得ることから、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなると判断した。

(イ) 本件事業譲受け

a 単独行動による競争の実質的制限

(a) 本件事業譲受けにより、STX/SEC は、市場シェアが大きくなることから、自らPC・家電向け3.5インチHDD の供給量を減らすことにより市場に影響を及ぼすことが容易になる。

(b) 競争者であるWD/HGST は供給余力が十分でなく、さらに、今後、PC・家電向け3.5インチHDD の長期的な需要の増加が見込めないことを踏まえると、競争者であるWD/HGST が生産能力を増強する誘因は小さく、STX/SEC による供給量の制限を通じた価格の引上げに対する牽制力は働かない。

(c) 参入に当たっては、知的財産権の取得又はその許諾を受けること及びHDD の製造施設の建設に多額の資金が必要であり、また、PC・家電向け3.5インチHDD の長期的な需要の増加が見込めないことを踏まえると、参入圧力が働いているとはいえない。

(d) SSD は、HDD と比べて1 GB 当たりの価格が非常に高いことから、一定の期間にSSD がPC・家電向け3.5インチHDD の競合品となり、供給量の制限を通じて、STX/SEC がある程度自由に価格を左右することをある程度妨げる要因となり得るとはいえない。

(e) 本件事業譲受けにより、HDD ユーザーの調達先は、STX/SEC 及び競争者であるWD/HGST のみに限定され、PC・家電向け3.5インチHDD の調達先の変更や調達割合の柔軟な変更が困難になることを踏まえると、需要者からの競争圧力は十分に働かなくなる。

(f) 以上のからまでの状況を総合的に勘案すると、本件事業譲受けにより、STX/SEC が単独で、PC・家電向け3.5インチHDD の供給量を制限することにより、ある程度自由に当該HDD の価格を左右することができる状態が容易に現出し得ることから、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなると判断した。

b 協調的行動による競争の実質的制限

(a) 本件事業譲受けにより、PC・家電向け3.5インチHDD 市場におけるSTX/SEC の競争者はWD/HGST のみとなることから、相互の行動を高い確度で予測しやすくなり、また、市場シェアもそれぞれ約50%となることから、STX/SEC 及び競争者の利害は一致しやすくなる。

(b) STX/SEC は、自らの外に競争者であるWD/HGST の供給量の制限を通じた価格引上げを妨げるHDD メーカーがいなくなることや、STX/SEC の供給余力が大きくないことから、競争者であるWD/HGST がPC・家電向け3.5インチHDD の供給量を制限することにより価格を引き上げた場合には同じく供給量を制限するなど、競争者と協調してPC・家電向け3.5インチHDDの供給量を制限し、価格を引き上げる蓋然性が高い。

(c) 参入に当たっては、知的財産権の取得又はその許諾を受けること及びHDD の製造施設の建設に多額の資金が必要であり、また、PC・家電向け3.5インチHDD の長期的な需要の増加が見込めないことを踏まえると、参入圧力が働いているとはいえない。

(d) SSD は、HDD と比べて1 GB 当たりの価格が非常に高いことから、一定の期間にSSD がPC・家電向け3.5インチHDD の競合品となり、供給量の制限を通じて、STX/SEC 及び競争者であるWD/HGST がある程度自由に価格を左右することをある程度妨げる要因となり得るとはいえない。

(e) 本件事業譲受けにより、HDD ユーザーの調達先は、STX/SEC 及び競争者であるWD/HGST のみに限定され、PC・家電向け3.5インチHDD の調達先の変更や調達割合の柔軟な変更が困難になることを踏まえると、需要者からの競争圧力は十分に働かなくなる。

(f) 以上の(a)から(e)までの状況を総合的に勘案すると、本件事業譲受けにより、STX/SEC がその競争者であるWD/HGST と協調して、PC・家電向け3.5インチHDD の供給量を制限することにより、ある程度自由に当該HDD の価格を左右することができる状態が容易に現出し得ることから、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなると判断した。

イ PC・家電向け2.5インチHDD 市場

(ア) 本件株式取得

PC・家電向け2.5インチHDD 市場については、参入圧力及び隣接市場からの競争圧力が存在しないものの、

a 有力な競争者が2社存在すること

b A社が一定の供給余力を有していること

c 市場に合計で3社のHDD メーカーが存在するため、HDD ユーザーは、PC・家電向け2.5インチHDD の調達先の変更や調達割合の柔軟な変更が可能であることを踏まえると、需要者から一定程度の競争圧力が存在することから、WD/HGST の単独行動又は競争者との協調的行動によって、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

(イ) 本件事業譲受け

PC・家電向け2.5インチHDD 市場については、参入圧力及び隣接市場からの競争圧力が存在しないものの、

a 有力な競争者が2社存在すること

b A社が一定の供給余力を有していること

c 市場に合計で3社のHDD メーカーが存在するため、HDD ユーザーは、PC・家電向け2.5インチHDD の調達先の変更や調達割合の柔軟な変更が可能であることを踏まえると、需要者から一定程度の競争圧力が存在することから、STX/SEC の単独行動又は競争者との協調的行動によって、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

ウ ビジネスクリティカル向け3.5インチHDD 市場

本件株式取得が行われた場合、ビジネスクリティカル向け3.5インチHDD 市場については、参入圧力及び隣接市場からの競争圧力が存在しないものの、

(ア) 有力な競争者が1社存在し、A社も一定の期間に有力な競争者となることが見込まれること

(イ) A社が一定の供給余力を有することとなると見込まれること

(ウ) 市場に合計で3社のHDD メーカーが存在するため、HDD ユーザーは、ビジネスクリティカル向け3.5インチHDD の調達先の変更や調達割合の柔軟な変更が可能であることを踏まえると、需要者から一定程度の競争圧力が存在することが見込まれることから、WD/HGST の単独行動又は競争者との協調的行動によって、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

(5) WDI による問題解消措置の申出

WDI に対し、前記(4)ア(ア)、イ(イ)及びウについて、また、STI に対し、前記(4)ア(イ)及びイ(イ)について、それぞれ論点等の説明を行ったところ、WDI から、前記(4)ア(ア)の独占禁止法上の問題について、次の問題解消措置(以下「本件問題解消措置」という。)の申出があった。

① 平成22年におけるPC・家電向け3.5インチHDD の市場シェアの約10%分に相当する量を製造する設備の一部を譲渡する。

② PC・家電向け3.5インチHDD の製造販売に必要な知的財産権を譲渡先が利用できるようにする。

③ 譲渡先の求めに応じ、一定期間、譲渡先にHDD 部品を当該譲渡先が競争力を有する価格で供給する。

④ 譲渡先は、WD からの独立性、譲渡事業を維持・発展させることができる財源、専門性及びインセンティブがあること等を基準に選定し、具体的な譲渡先については、譲渡先との契約締結後、譲渡契約書の写しを公正取引委員会に提出することによって、公正取引委員会に報告する。

⑤ 譲渡の実行期限は、譲渡契約書の写しを公正取引委員会に提出した日から3か月以内とし、譲渡契約の締結後、譲渡契約書の写しについて公正取引委員会への提出がなければ、本件株式取得を実行しない。

(6) 問題解消措置に対する評価
ア 本件株式取得

本件問題解消措置を前提とすれば、PC・家電向け3.5インチHDD 市場について、本件株式取得によりWD 及びHGST の合算市場シェア・順位は、約40%・第2位、HHI は約4、200、HHI の増分は約50となり、本件株式取得は水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当することとなる。

譲渡先については、前記(5)の④の要件を満たしていれば、PC・家電向け3.5インチHDD 市場における独立した有力な競争者となると考えられるところ、実際の譲渡先が当該要件を満たしているかについては、WDI から譲渡契約書の写しの提出を受けた後、公正取引委員会において判断することとする。

本件株式取得後に事業譲渡が行われる場合であっても、譲渡の実行期限は譲渡契約書の写しを公正取引委員会に提出した日から遅くとも3か月以内に行われることとされていることから、問題解消措置を講じる期限は適切かつ明確に定められている。

以上を踏まえると、本件問題解消措置を前提とすれば、本件株式取得について、WD/HGST の単独行動又は競争者との協調的行動によって、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

イ 本件事業譲受け

本件問題解消措置を踏まえても、PC・家電向け3.5インチHDD 市場について、本件事業譲受けによりSTX 及びSEC の合算市場シェア・順位は、約50%・第1位、HHI は約4、200、HHI の増分は約800となり、本件事業譲受けは水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当しない。しかしながら、以下改めて検討を行ったところ、以下のアからウまでの状況を総合的に勘案すると、本件事業譲受けについて、STX/SEC の単独行動又は競争者との協調的行動によって、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

(ア) STX/SEC には、WD/HGST 及び本件問題解消措置による譲渡先という有力な競争者が2社存在することから、相互の行動を高い確度で予測しやすくなるとはいえず、また、市場シェアもばらつき(STX/SEC が約50%、WD/HGST が約40%、譲渡先が約10%)が生じるため、本件事業譲受けにより、利害が一致しやすくなるとはいえない。

(イ) 競争者のうち、譲渡先は、PC・家電向け3.5インチHDD に関する事業を発展させる意思・能力があることが事業譲渡の条件とされており、生産能力を拡大する可能性がある。

(ウ) 市場に合計で3社のHDD メーカーが存在するため、HDD ユーザーは、PC・家電向け3.5インチHDD の調達先の変更や調達割合の柔軟な変更が可能であることを踏まえると、需要者からの競争圧力が引き続き働くこととなる。

5 外付けHDD

(1) 外付けHDD の概要

 外付けHDD とは、HDD を内包し、PC や家電製品と接続できるようにした機器であり、PC や家電製品の記憶容量の増強やデータのバックアップのために用いられている。

外付けHDD は、主に3.5インチHDD を搭載するもの(以下「3.5インチ外付けHDD」という。)と2.5インチHDD を搭載するもの(以下「2.5インチ外付けHDD」という。)の2種類がある。

(2) 一定の取引分野の画定
ア 商品範囲

3.5インチ外付けHDD と2.5インチ外付けHDD は、それぞれ記憶容量や製品の大きさ等の特徴が異なっているため、需要の代替性の程度は低い。

したがって、外付けHDD について、「3.5インチ外付けHDD」及び「2.5インチ外付けHDD」の2つを商品範囲として画定した。

イ 地理的範囲

外付けHDD の主な販売先は家電量販店であり、国内の家電量販店は、ブランド力(一般消費者の認知度)を基に、外付けHDD のほとんどを国内の外付けHDD メーカー(HDD メーカーや販売代理店からHDD を調達して外付けHDD の製造販売を行う事業者をいう。以下同じ。)から調達している。

したがって、前記アで画定した外付けHDD のそれぞれについて、「日本全国」を地理的範囲として画定した。

(3) 本件統合が競争に与える影響

本件株式取得及び本件事業譲受けが同時期に行われるため、本件株式取得については本件事業譲受けを踏まえて、本件事業譲受けについては本件株式取得を踏まえて検討を行った。

ア 水平型企業結合(本件統合による市場構造の変化)

(ア) 3.5インチ外付けHDD 市場

 本件株式取得及び本件事業譲受けにより、平成22年におけるWD 及びHGST 並びにSTX 及びSEC それぞれの合算市場シェア・順位は、5%未満・第4位以下、HHI は約4、700、HHI の増分はいずれも50未満となる。

したがって、3.5インチ外付けHDD は、水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当する。

(イ) 2.5インチ外付けHDD 市場

 本件株式取得及び本件事業譲受けにより、平成22年におけるWD 及びHGST 並びにSTX 及びSEC それぞれの合算市場シェア・順位は、5%未満・第4位以下、HHI の水準は約4、100、HHI の増分はいずれも50未満となる。

したがって、2.5インチ外付けHDD は、水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当する。

 

イ 垂直型企業結合

 HDD(PC・家電向け3.5インチHDD 及びPC・家電向け2.5インチHDD)が川上市場、HDD を用いた外付けHDD(3.5インチ外付けHDD 及び2.5インチ外付けHDD)が川下市場の垂直関係にある。

(ア) 市場シェア

川上市場であるHDD(PC・家電向け3.5インチHDD 及びPC・家電向け2.5インチHDD)の市場シェアについては、前記4のア及びのとおりであり、また、川下市場である外付けHDD(3.5インチ外付けHDD 及び2.5インチ外付けHDD)の市場シェアについては、前記アのとおりである。

川上市場のHDD については垂直型企業結合のセーフハーバー基準に該当せず、川下市場の外付けHDD については垂直型企業結合のセーフハーバー基準に該当する。

したがって、川上市場におけるHDD について、WD/HGST 及びSTX/SEC による外付けHDD メーカーに対する供給の制限について検討する。

(イ) 川上市場の閉鎖性及び排他性

HDD の製造販売を行うWD 及びSTX は、本件統合の前後を通じて外付けHDDの製造販売を行うことに変わりはなく、本件統合を契機に外付けHDD メーカー対するHDD の供給を制限することは考えにくい。

本件統合によりHDD メーカーが減少することから、WD/HGST 及びSTX/SEC が外付けHDD メーカーに対するHDD の供給を協調的に制限することが容易になる懸念はあるが、外付けHDD メーカーは、WD/HGST 及びSTX/SECだけでなく、HDD の販売代理店等からもHDD を購入することが可能であることなどから、外付けHDD メーカーのHDD の調達が困難になることはなく、したがって、WD/HGST 及びSTX/SEC がこのような行動をとることは考えにくい。

(4) 独占禁止法上の評価
ア 水平型企業結合

前記アを踏まえると、本件株式取得及び本件事業譲受けのいずれについても、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

イ 垂直型企業結合

前記イを踏まえると、本件統合後、HDD についての市場の閉鎖性、排他性の問題は生じないと考えられるため、本件株式取得及び本件事業譲受けのいずれについても、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

6 HDD 部品

(1) HDD 部品の概要

ア 前記4の(1)アのとおり、HDD は、「磁気ヘッド」や「メディア」等の多数の部品によって構成されているところ、HDD 部品のうち、磁気ヘッド及びメディアは、HDD のデータの書き込み及び読み込み速度並びに記憶容量に大きな影響を与える部品である。

イ WD、HGST 及びSTX の3社は、HDD の製造に用いる磁気ヘッドやメディアの大部分を内製しているが、一部については、磁気ヘッドを製造しHDD メーカーに販売を行うメーカー(以下「磁気ヘッド外販メーカー」という。)及びメディアを製造しHDD メーカーに販売を行うメーカー(以下「メディア外販メーカー」という。)から調達している。これらの磁気ヘッド外販メーカー及びメディア外販メーカー(以下併せて「外販メーカー」という。)が製造販売を行うHDD 部品は、HDDメーカーが製造するHDD 部品よりも性能が高い場合が多く、その性能差等を反映して、価格が高い傾向がある。

なお、磁気ヘッド外販メーカーは、世界全体において1社のみであり、また、WD、HGST 及びSTX によるHDD 部品の内製割合は、一般に、メディアと比べて、磁気ヘッドの方が高い。

一方、SEC 及びA社は、自社においてHDD 部品を製造しておらず、その全量を外販メーカーから調達している。

(2) 本件統合が競争に与える影響

前記のとおり、HDD 部品のうち、磁気ヘッドは、メディアと比べ、HDD メーカーの内製割合が高く、また、磁気ヘッド外販メーカーは、世界全体において1社しか存在しないところ、本件統合のうち、特に本件事業譲受けについてみると、STX は、磁気ヘッドの内製を行っている一方で、SEC は磁気ヘッドの全てを外販メーカーから調達していることから、STX は統合後、製造費用の低減を図るため、SEC がこれまで磁気ヘッド外販メーカーから調達していた磁気ヘッドを内製化し、磁気ヘッド外販メーカーの販売量が減少することが考えられる。このため、磁気ヘッド外販メーカーは、利益が減少し、磁気ヘッドについて十分な研究開発投資ができず、磁気ヘッド外販メーカーの磁気ヘッドが技術的に遅れたものとなり、また、販売量の減少により、単位当たりの製造コストが高まると、磁気ヘッドの価格を引き上げざるを得なくなるおそれがある。さらには、磁気ヘッド外販メーカーに磁気ヘッドの調達を依存するA社の競争力の低下を招き、PC・家電向け2.5インチHDD 市場等において、WD/HGST及びSTX/SEC に対するA社の牽制力が失われる可能性がある。

(3) 独占禁止法上の評価

前記の競争上の懸念に対応して、STX は、自主的に磁気ヘッド外販メーカーとの間で、一定期間、一定量の磁気ヘッドを購入し続ける内容の契約を締結した。当該契約を踏まえると、本件事業譲受けにより、磁気ヘッド外販メーカーの事業活動に大きな影響が生じることはなく、さらには、HDD 市場において、A社が事業を継続し、有力な競争単位として存続することが十分可能であると判断した。