第2部 各論

第8章 不公正な取引方法への取組

第1 概説

独占禁止法は,第19条において事業者が不公正な取引方法を用いることを禁止しているほか,事業者及び事業者団体が不公正な取引方法に該当する事項を内容とする国際的契約を締結すること,事業者団体が事業者に不公正な取引方法に該当する行為をさせるようにすること,会社及び会社以外の者が不公正な取引方法により株式を取得し又は所有すること,会社が不公正な取引方法により役員の兼任を強制すること,会社が不公正な取引方法により合併すること等の行為を禁止している(第6条,第8条第5号,第10条第1項,第13条第2項,第14条,第15条第1項,第15条の2第1項第2号及び第16条第1項)。不公正な取引方法として規制される行為の具体的な内容は,公正取引委員会が告示により指定することとされてきたが,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律(平成21年法律第51号。以下「平成21年独占禁止法改正法」という。)により,これまで「不公正な取引方法」(昭和57年公正取引委員会告示第15号)により指定されていたもののうち,共同の取引拒絶,差別対価,不当廉売,再販売価格の拘束及び優越的地位の濫用の全部又は一部が法定化され(第2条第9項第1号から第5号),新たに課徴金納付命令の対象となった(第20条の2から第20条の6)。

不公正な取引方法に対する取組に関しては,前記規定に違反する事件の処理のほか,不公正な取引方法の指定に関する調査,不公正な取引方法に関する説明会の開催等の普及・啓発活動,不公正な取引方法を防止するための指導業務等がある。また,不公正な取引方法に関する事業者からの相談に積極的に応じることにより違反行為の未然防止に努めている。

第2 不当廉売に対する取組

企業の効率性によって達成した低価格で商品を供給するのではなく,採算を度外視した低価格によって顧客を獲得しようとすることは,独占禁止法の目的からみて問題がある場合があり,公正な競争秩序に悪影響を与えるときは,不公正な取引方法の一つである不当廉売として規制される。

公正取引委員会は,以前から,不当廉売に対し,厳正かつ積極的に対処することとしている。

1 不当廉売事案への対処

(1) 処理方針

小売業における不当廉売事案については,①申告のあった事案に関しては,処理結果を通知するまでの目標処理期間を原則2か月以内として迅速処理(注)することとし,繰り返し注意を受ける事業者に対しては,事案に応じて,責任者を招致した上で直接注意を行うほか,②大規模な事業者による事案又は繰り返し行われている事案で,周辺の販売業者に対する影響が大きいと考えられるものについては,周辺の販売業者の事業活動への影響等について個別に調査を行い,問題のみられる事案については厳正に対処することとしている。

(注)申告のあった不当廉売事案に対し可能な限り迅速に処理する(原則2か月以内)という方針に基づいて行う処理をいう。

(2) 処理の状況

ア 警告

平成27年度においては,レギュラーガソリンについて2件の不当廉売事件について警告・公表を行った。具体的には,石油製品小売業者2社が,それぞれ,愛知県常滑市に所在する給油所において,平成27年11月18日から同月27日までの10日間,レギュラーガソリンについて,その供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給し,当該給油所の周辺地域に所在する他のレギュラーガソリンの販売業者の事業活動を困難にさせるおそれを生じさせた疑いのある事実が認められたことから,当該石油製品小売業者2社に対し,今後,このような行為を行わないよう警告した。

イ 注意

平成27年度においては,酒類,石油製品,家庭用電気製品等の小売業において,不当廉売につながるおそれがあるとして合計841件の事案に関して注意(迅速処理によるもの)を行った(第1表参照)。

例えば,石油製品について,他の事業者に対抗し,それぞれ供給に要する費用を著しく下回る対価で販売した複数の事業者の責任者に対し,直接注意した事例があった。

第1表 平成27年度における不当廉売事案の注意件数(迅速処理によるもの)

2 規制基準の明確化

公正取引委員会は,昭和59年に「不当廉売に関する独占禁止法上の考え方」を公表し,その後,個別の業種(酒類,ガソリン等及び家庭用電気製品)についてその取引実態を踏まえたガイドラインを順次公表することにより,不当廉売規制の考え方を明らかにしてきた。

平成21年独占禁止法改正法により,不当廉売が新たに課徴金納付命令の対象となったこと等に伴い,公正取引委員会は,不当廉売の要件に関する解釈を更に明確化すること等により,法運用の透明性を一層確保し,事業者の予見可能性をより向上させるため,これらのガイドラインを改定し,平成21年12月18日に公表した。

第3 優越的地位の濫用に対する取組

自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して,取引の相手方に正常な商慣習に照らして不当に不利益を与える行為(優越的地位の濫用)は,自己と競争者間及び相手方とその競争者間の公正な競争を阻害するおそれがあるものであり,不公正な取引方法の一つとして禁止されている。

公正取引委員会は,以前から,優越的地位の濫用行為に対し,厳正かつ効果的に対処することとしている。

1 優越的地位の濫用への対処

優越的地位の濫用に関し,公正取引委員会では,優越的地位の濫用行為に係る調査を効率的かつ効果的に行い,必要な是正措置を講じていくことを目的とした「優越的地位濫用事件タスクフォース」を設置し(平成21年11月),調査を行っているところ,平成27年度においては,51件の注意を行った。注意の内訳(行為類型)は第2表のとおりであり,購入・利用強制が21件,協賛金等の負担の要請が27件,従業員等の派遣の要請が24件,その他経済上の利益の提供の要請が4件,返品が12件,支払遅延が1件,減額が1件,取引の対価の一方的決定が2件,その他が1件となっている(注)。

(注)独占禁止法の不公正な取引方法の規制の補完法である下請法において勧告又は指導が行われた違反行為等は,後記第9章第23違反行為類型別件数のとおりである。下請法においては,独占禁止法の優越的地位の濫用の規制とは異なり,支払遅延,買いたたき及び減額の3類型が違反類型別の実体規定違反件数の9割近くを占めている。ただし,下請法の対象は,親事業者と下請事業者との間の一定の委託取引に限られており(後記第9章第1参照),そのような限定がない優越的地位の濫用規制とは異なる。

第2表 注意事案の行為類型一覧

(単位:件)

(注)1つの事案において複数の行為類型について注意を行っている場合があるので,注意件数(51件)と行為類型の内訳の合計数(93件)とは一致しない。

2 中小事業者の取引の公正化を図る必要が高い分野に係る実態調査等

公正取引委員会は,独占禁止法上問題となる個別の違反行為に対し,厳正に対処しているほか,中小事業者の取引の公正化を図る必要が高い分野について,実態調査等を実施し,普及・啓発に努めている。

(1) テレビ番組制作の取引に関する実態調査の実施

公正取引委員会は,テレビ番組制作の取引について,テレビ局及び局系列テレビ番組制作会社(以下「テレビ局等」という。)(576名)並びにテレビ番組制作会社(800名)を対象とする実態調査を実施し,平成27年7月29日に「テレビ番組制作の取引に関する実態調査報告書」を公表した。

調査結果によると,テレビ局等とテレビ番組制作の取引を行っていると回答したテレビ番組制作会社の39.4%において,テレビ局等から「採算確保が困難な取引(買いたたき)」等の不利益を受けたとの回答がみられ,中でも,「採算確保が困難な取引(買いたたき)」が20.2%と他の行為類型に比べ特に高くなっていたほか,「著作権の無償譲渡等」(12.8%)や「二次利用に伴う収益の不配分等」(10.1%)の著作権の取扱いについての行為が比較的高い割合となっていた。

こうしたテレビ局等による不利益を受け入れたテレビ番組制作会社の全てが,「要請を断った場合に,今後の取引に影響があると自社が判断したため」又は「テレビ局等から今後の取引への影響を示唆されたため」を理由として回答しているように,テレビ番組制作会社は,テレビ局等との取引の継続への影響などを考慮して,やむを得ず不利益を受け入れているものであり,テレビ局等による優越的地位の濫用規制上問題となり得る行為が行われている実態がみられた。

調査結果を踏まえ,テレビ局等が優越的地位の濫用行為及び下請法違反行為を行うことのないようにするため,関係事業者団体に対して,本調査結果に示された問題点を指摘するとともに,業界における取引の公正化に向けた自主的な取組を要請した。また,取引の公正化を一層推進し,違反行為の未然防止を図るため,テレビ局等向けの講習会を実施した。

(2) 荷主と物流事業者との取引に関する書面調査の実施

公正取引委員会は,荷主による物流事業者に対する優越的地位の濫用を効果的に規制する観点から,平成16年3月8日,「特定荷主が物品の運送又は保管を委託する場合の特定の不公正な取引方法」(以下「物流特殊指定」という。)を指定し,荷主と物流事業者との取引の公正化を図っている。

平成27年度においては,物流特殊指定の遵守状況及び荷主と物流事業者との取引状況を把握するため,荷主15,000名及び物流事業者17,666名を対象とする書面調査を実施した。当該調査の結果,物流特殊指定に照らして問題となるおそれがあると認められた659名の荷主に対して,物流事業者との取引内容の検証・改善を求める文書を発送した(平成28年4月)。

当該659名の荷主のうち,業種について回答のあった637名を業種別にみると,製造業が最も多く(317名,49.8%),卸売業(127名,19.9%),小売業(53名,8.3%)がこれに続いている。また,問題となるおそれがある行為733件を類型別にみると,代金の支払遅延が最も多く(455件,62.1%),代金の減額(75件,10.2%),割引困難な手形の交付(58件,7.9%)がこれに続いている。

3 優越的地位の濫用規制に係る講習会

公正取引委員会は,過去に優越的地位の濫用規制に対する違反がみられた業種,各種の実態調査で問題がみられた業種等の事業者に対して一層の法令遵守を促すことを目的として,業種ごとの実態に即した分かりやすい具体例を用いて説明を行う業種別講習会を実施している。

平成27年度においては,合計30回(荷主・物流事業者向けに21回,テレビ局等向けに9回)の講習会を実施した。

4 優越的地位の濫用規制に係る相談・指導

(1) 優越的地位の濫用規制に係る相談

公正取引委員会では,地方事務所等を含めた全国の相談窓口において,年間を通して,優越的地位の濫用規制に係る相談を受け付けている。

平成27年度においては,434件の相談に対応した。

(2) 「中小事業者のための移動相談会」の実施

公正取引委員会は,下請事業者を始めとする中小事業者からの求めに応じ,全国の当該中小事業者が所在する地域に公正取引委員会事務総局の職員が出向いて,優越的地位の濫用規制や下請法についての基本的な内容を分かりやすく説明するとともに相談受付等を行う「中小事業者のための移動相談会」を実施している。

平成27年度においては,63か所において実施した。

(3) コンプライアンス確立のための積極的な支援

公正取引委員会は,事業者等からの優越的地位の濫用規制に係る相談に応じるとともに,優越的地位の濫用規制の一層の普及・啓発を図るため,事業者団体が開催する研修会等に職員を講師として派遣している。

平成27年度においては,事業者団体等に21回講師を派遣するとともに,優越的地位の濫用規制に係るパンフレット,DVD等の資料を提供した。

また,優越的地位の濫用規制に係る講習会に参加することのできない事業者のために,優越的地位の濫用規制の概要を紹介する動画を公正取引委員会のウェブサイト上に掲載し,配信している。

5 テレビ番組制作の取引に関する実態調査報告書

(1) 調査の趣旨・方法

ア 調査の趣旨

公正取引委員会は,独占禁止法上の優越的地位の濫用規制及び下請法に基づき,事業者に不当に不利益を与える行為に対して厳正に対処するとともに,違反行為の未然防止に係る取組を行っている(注1)。また,この未然防止の取組の一環として,公正取引委員会は,優越的地位の濫用規制上又は下請法上問題となり得る事例が見受けられる取引分野について,従前から取引の実態を把握するための調査を実施している。

テレビ番組制作の取引については,近年,世界的金融危機やインターネット広告の成長などの影響によりテレビ局の広告収入が減少し,制作予算が削減されるなど,テレビ番組制作会社が厳しい取引環境に置かれているといわれている。

このような実情を踏まえ,公正取引委員会は,今般,テレビ番組制作の取引において,優越的地位の濫用規制上又は下請法上問題となり得る行為が行われていないかについて,実態調査を実施することとした。

(注1) 公正取引委員会は平成25年度以降,放送番組制作に関わる事業者に対する下請法講習会を実施してきている。

イ 調査方法

本調査では,テレビ局とテレビ番組制作会社(テレビ局の子会社又は兄弟会社を除く。)との間のテレビ番組制作に係る取引を調査対象とした。

また,テレビ局が,テレビ番組制作を,当該テレビ局と資本関係があるテレビ番組制作会社(テレビ局と同一株主の傘下にあるなど同一企業グループに属している場合を含む。以下「局系列テレビ番組制作会社」という。)に委託し,当該局系列テレビ番組制作会社がテレビ番組制作会社(局系列テレビ番組制作会社の子会社又は兄弟会社を除く。)に再委託している場合における,局系列テレビ番組制作会社と当該テレビ番組制作会社との間の取引についても調査対象とした。

その上で,テレビ局500名及び局系列テレビ番組制作会社76名並びにテレビ番組制作会社800名を対象に,平成26年1月1日から平成26年12月31日までを調査対象期間とする書面調査を実施するとともに,書面調査に回答した対象事業者のうち,テレビ局2名及びテレビ番組制作会社28名並びに関係事業者団体3名を対象にヒアリングを実施した(調査票の発送数及び回答者数は第3表参照)。

第3表 書面調査の回答状況等

(2) 業界の概要

ア テレビ番組制作に関する業務内容

テレビ番組制作に関する主な業務は,以下のとおりである。

(ア) 番組制作の遂行・管理

番組の企画や制作費の管理を担当するプロデューサーと演出を担当するディレクターが中心となり,番組の制作スタッフの編成,番組制作の遂行及び管理を行う業務。

(イ) 美術関係業務

番組制作に必要な大道具,小道具,衣装等に関する業務。

(ウ) 技術関係業務

番組制作に必要なカメラ,音声,照明,VTR,スタジオ,中継車等の機材及び場所の提供並びに当該機材を操作する業務。

(エ) ポストプロダクション業務

番組の録画,録音,編集のための機材及び場所を,機材を操作する専門のスタッフとともに時間貸しする業務。

なお,美術関係業務,技術関係業務又はポストプロダクション業務のみを発注する取引については,本件の調査対象外とした。

イ 市場規模

「メディア・ソフトの制作及び流通の実態に関する調査研究 報告書(平成26年9月〔総務省 情報通信政策研究所〕)」によれば,我が国の平成24年のコンテンツ市場規模は11兆2401億円となっており,そのうち地上テレビ番組の市場規模は2兆7589億円(注2),衛星・CATV番組の市場規模は8884億円(注3)となっている(第1図参照)。また,同報告書によれば,平成24年の地上テレビ番組の制作金額は1兆7348億円,衛星テレビ番組の制作金額は1425億円,CATV番組の制作金額は168億円となっている。

(注2) 一次流通市場の市場規模(地上テレビ番組の放送によって地上テレビ放送局が得る放送事業収入及び受信料収入の合計)とマルチユース市場の市場規模(衛星放送,CATV,ビデオにおいて地上テレビ番組が二次利用された割合を推計し,衛星テレビ放送局,CATV局の事業収入にその割合を乗じることで算出)を合計した金額。

(注3) 衛星テレビ番組市場の一次流通の市場規模,マルチユース市場の市場規模,CATV番組の一次流通市場の市場規模を合計した金額。

第1図 我が国の平成24年のコンテンツ市場規模

ウ テレビ番組を放送する事業者及び制作する事業者の概要
(ア) テレビ番組を放送する事業者

テレビ番組を放送する事業者には,地上波による放送を行っている日本放送協会(以下「NHK」という。)及び地上系民間放送事業者(以下「地上系放送事業者」という。),人工衛星による放送を行っている衛星放送事業者,ケーブルによる放送を行っている有線テレビジョン放送事業者(以下「ケーブルテレビ事業者」という。)等があり,民間放送事業者数は第2図のとおりとなっている。

第2図 民間放送事業者数の推移(注4)

(注4) 出典:地上系放送事業者及び衛星放送事業者の事業者数については平成26年版情報通信白書(総務省),ケーブルテレビ事業者の事業者数についてはケーブルテレビの現状(平成12~25年度)(総務省)

a NHK

NHKは,放送法(昭和25年法律第132号)の規定により設立された公共放送を行う特殊法人である。放送法では,NHKの目的は,「公共の福祉のために,あまねく日本全国において受信できるように豊かで,かつ,良い放送番組による国内基幹放送を行う」(同法第15条)ことなどとされている。

b 地上系民間放送事業者

「キー局」と呼ばれる在京のテレビ局5社(日本テレビ放送網㈱,㈱TBSテレビ,㈱フジテレビジョン,㈱テレビ朝日及び㈱テレビ東京)は,それぞれネットワークと呼ばれる放送網を組織しており,地方のテレビ局の多くはいずれかのネットワークに属している(注5)。このネットワークを通じて,キー局等が制作又は購入して放送する番組が,地方のテレビ局においても放送されることが多く,地方のテレビ局はネットワークから提供を受ける番組に大きく依存している状況にある。

(注5) 出典:日本民間放送年鑑2014(平成26年11月〔(一社)日本民間放送連盟〕)

平成26年3月末現在,各ネットワークの事業者数は,日本テレビ系列が30社,TBS系列が28社,フジテレビ系列が28社,テレビ朝日系列が26社及びテレビ東京系列が6社となっている。

なお,ネットワークに属していないテレビ局(独立局)は13社となっている。

c 衛星放送事業者

衛星放送事業者には,放送衛星を利用したBS放送を行う事業者と通信衛星を利用したCS放送を行う事業者がおり,それぞれ,放送衛星又は通信衛星を利用して番組の電波を中継し,各家庭に番組を提供することにより放送を行っている。

衛星放送事業者には,地上系民間放送事業者のキー局のグループ会社等の無料放送を行う事業者,㈱スカパー・ブロードキャスティング等の専門チャンネルの有料放送を行う事業者等がある。

d ケーブルテレビ事業者

ケーブルテレビ事業者は,光ファイバーケーブルや同軸ケーブルを利用して各家庭に番組を配信することにより放送を行う事業者である。

ケーブルテレビ事業者には,㈱ジュピターテレコム(J:COM)のように全国を営業区域とする事業者もあるが,その多くは特定のエリアを営業区域としており,中には,地方公共団体,地方公共団体が出資する第三セクターの事業者もある。

e その他

前記a~dの放送事業者のほか,スマートフォン向けの放送やインターネット向けの放送(注6)といった新たな形態の放送を行う事業者もある。

(注6) インターネット向けの放送は,放送法上の放送には該当しない。

(イ) テレビ番組を制作する事業者

テレビ番組を制作する事業者には,テレビ局,局系列テレビ番組制作会社及びテレビ番組制作会社がある。

テレビ番組制作会社には,自らテレビ番組を制作している事業者のほか,機材や編集設備を持たず,プロデューサーやディレクターのみが在籍して番組制作の遂行・管理のみを行っている事業者や自社の従業員をテレビ局等に派遣し,テレビ局等の指揮命令下においてテレビ番組制作に関する業務を行う事業者がある。

エ テレビ局等とテレビ番組制作会社との間の主な取引形態

テレビ局等とテレビ番組制作会社との間の主な取引形態は以下のとおりである。

なお,各取引形態の呼称は事業者によって異なる。

(ア) 完パケ(「完全パッケージ」の略称)

テレビ番組制作会社が,テレビ局等からテレビ番組の全部の制作について委託を受け,当該テレビ局等に対し,テレビ番組を放送できる状態で納品する取引。

例えば,テレビ番組制作会社が,テレビ局から2時間ドラマ1本の制作の委託を受け,当該番組を放送できる状態で納品する場合が該当する。

(イ) 一部完パケ

テレビ番組制作会社が,テレビ局等からテレビ番組のコーナーなどテレビ番組の一部の制作について委託を受け,当該テレビ局等に対し,テレビ番組のコーナーなどを放送できる状態で納品する取引。

例えば,テレビ番組制作会社が,テレビ局から1時間の情報番組のうち5分間のグルメ特集コーナーの制作の委託を受け,当該コーナーを放送できる状態で納品する場合が該当する。

(ウ) 制作協力

テレビ番組制作会社が,テレビ局等が制作するテレビ番組に関する演出業務等,一部の業務の委託を受け,当該業務を行う取引。

例えば,テレビ番組制作会社が,テレビ局が制作する1時間のバラエティ番組のうち,演出業務の委託を受け,当該業務を行う場合が該当する。

(エ) 人材派遣

テレビ番組制作会社が,テレビ局等に対し人材を派遣し,テレビ局等の指揮命令下で業務を行う取引。

例えば,テレビ番組制作会社が,テレビ局に対し人材を派遣し,テレビ局の指示でアシスタントディレクター業務を行う場合が該当する。

オ テレビ番組の著作権の帰属の基本的な考え方

テレビ番組は,著作権法(昭和45年法律第48号)上,基本的に「映画の著作物(注7)」として保護されており,映画の著作物の著作者は,「制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者(注8)」とされている。また,映画の著作物の著作権については,「その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属する(注9)」ものとされている。

なお,映画の著作物を制作するに当たって用いられた原作である小説,脚本,音楽等の著作物の著作者は,映画の著作物そのものの著作者とはならないが,それぞれの著作物の著作権について著作権法において保護されている。

映画製作者については,「映画の著作物の製作に発意と責任を有する者(注10)」とされており,テレビ局等とテレビ番組制作会社のどちらが映画製作者となるのかについて考え方が対立することがある。この点については,個々の事案ごとに制作の実態を踏まえて判断されることとなるが,完パケについては制作の委託を受けた番組全体について,一部完パケについては制作の委託を受けた番組の一部について,一般的に,テレビ番組制作会社が映画製作者として発意と責任を有し,テレビ番組制作会社に著作権が帰属するものと考えられている(注11)。また,制作協力についてはその関与の度合いによってはテレビ番組制作会社にも著作権が帰属する場合がある。

(注7) 著作権法第2条第3項

(注8) 著作権法第16条

(注9) 著作権法第29条

(注10) 著作権法第2条第1項第10号

(注11) 放送コンテンツの製作取引適正化に関するガイドライン【第三版】(平成26年3月〔総務省〕)によれば,「完全製作委託型番組」とは,「製作会社の発意と責任により製作され、企画、撮影、収録、製作及び編集までをすべて自社の責任で行い、技術的な仕様を満たしていつでも放送できる状態の番組として放送事業者に納品されたものをいう。民放において『完全パッケージ番組』、『完パケ』と呼ばれているものが一般にこれに該当する。このような形態の場合、原則として受注した製作会社に著作権が帰属することになる。」とされている。

カ テレビ番組の二次利用と窓口業務

テレビ番組は,当初の放送以外に再利用(二次利用)される場合がある。テレビ番組の二次利用の形態は,「再放送への利用」,「ビデオ化(DVD,ブルーレイディスク,CD-ROM等を含む。)」,「番組素材やフォーマット等のコンテンツの利用」,「インターネットによる配信」,「他のテレビ局への番組販売」,「海外への番組販売」等様々である。

また,テレビ番組を二次利用する際に,取引の相手方との交渉窓口となって契約を行ったり,著作権を有する者に収益配分を行う等の業務のことを窓口業務という。一般的には,窓口業務を行った事業者は,窓口業務の手数料を収受した上で,残りの収益を著作権を有する者に配分している。

なお,こうした二次利用を行う際には,テレビ番組自体の著作権を有する者のほか,原作である小説,脚本,音楽等の著作権を有する者からも二次利用に関する許諾を得ることが必要である。

(3) 調査結果のまとめと評価

ア テレビ局等及びテレビ番組制作会社の概要
(ア) 資本金の額

テレビ局等の多くが資本金5000万円超(87.9%)の事業者である一方,テレビ番組制作会社の多くが資本金5000万円以下(91.7%)の事業者であり,回答のあったテレビ局等とテレビ番組制作会社の多くが下請法の適用対象となり得る事業者であった。

(イ) 年間売上高

テレビ局等の多くが年間売上高10億円超(83.6%)の事業者である一方,テレビ番組制作会社の多くが年間売上高5億円以下(72.2%)の事業者であった。

(ウ) テレビ番組制作会社の取引先テレビ局等の数

取引先テレビ局等の数が3名以下のテレビ番組制作会社は42.1%に上り,また,取引先テレビ局等の数が1名のテレビ番組制作会社も15.9%に上っていた。

(エ) 取引依存度

最も年間取引高の多い取引先テレビ局等に対する取引依存度が30%を超えるテレビ番組制作会社は45.4%に上り,また,同取引依存度が50%を超えるテレビ番組制作会社も27.8%に上っていた。

このように,テレビ番組制作会社は,テレビ局等に比べて事業規模が小さく,特定の取引先テレビ局等との取引に依存している傾向がみられた。

イ テレビ局等とテレビ番組制作会社との取引の状況
(ア) 取引形態

テレビ番組制作会社の主要な取引先テレビ局等との主な取引形態については,「完パケ」が71.7%,「制作協力」が16.5%,「人材派遣」が7.7%,「一部完パケ」が4.2%であった。

(イ) テレビ番組のジャンル別の割合

テレビ番組制作会社の主要な取引先テレビ局等との取引対象となったテレビ番組のジャンル別の割合は,「ニュース・報道・情報」が47.2%と最も多く,次いで「バラエティ」が24.3%であった。

(ウ) 取引条件の内容

発注内容,支払金額及び支払期日といった主要な取引条件については,多くのテレビ局等(95%超)がテレビ番組制作の委託を行うに当たり,あらかじめ定めていた。

著作権に関する取引条件については,多くのテレビ局等(71.9%)が「著作権の譲渡・許諾の範囲」についてあらかじめ定めていたものの,「著作権の譲渡対価」は33.5%,「二次利用の窓口業務に関する事項」は28.8%,「二次利用の収益配分に関する事項」は20.3%にとどまり,「著作権の譲渡・許諾の範囲」に比べてあらかじめ定めていた割合が低くなっていた。

(エ) 支払制度

支払制度については,多くのテレビ局等(95.4%)が毎月末日締切,翌月末日支払等(締切日から支払日までが1か月以内)と定めていた。

また,代金の支払に関する締切基準については,多くのテレビ局等が,完パケ,一部完パケ及び制作協力については「納品日」(68.2%),人材派遣については「派遣日」(88.9%)と定めていたが,「放送日」と定めていたテレビ局等も一定数(完パケ,一部完パケ及び制作協力については27.9%,人材派遣については11.1%)見受けられた。

(オ) 書面の交付状況

取引条件等を記載した書面の交付状況については,多くのテレビ局等が書面を交付していた(84.1%)が,「交付していない」又は「交付しなかったことがある」とのテレビ局等も一定数見受けられた(15.9%)。

(カ) 優越的地位の濫用規制上問題となり得る行為を受けたテレビ番組制作会社の状況

「採算確保が困難な取引(買いたたき)」,「著作権の無償譲渡等」等の不利益を受け入れたテレビ番組制作会社の全てが,「要請を断った場合に,今後の取引に影響があると自社が判断したため」又は「テレビ局等から今後の取引への影響を示唆されたため」を理由として回答していた。このように,テレビ番組制作会社は,テレビ局等との取引の継続への影響などを考慮して,やむを得ず不利益を受け入れているものであり,こうしたテレビ局等の行為は優越的地位の濫用規制上問題となり得るものである。

優越的地位の濫用規制上問題となり得る行為を受けたテレビ番組制作会社の状況は第3図のとおりであり,主要な取引先テレビ局等から,優越的地位の濫用規制上問題となり得る行為を一つ以上受けたと回答したテレビ番組制作会社数は43名(39.4%)であった。

行為の内容別の状況をみると,「採算確保が困難な取引(買いたたき)」について回答したテレビ番組制作会社が22名(20.2%)と最も多く,次いで「著作権の無償譲渡等」が14名(12.8%)となっていた。

第3図 優越的地位の濫用規制上問題となり得る行為を受けたテレビ番組制作会社の状況

(注12) 複数の行為の内容に係る優越的地位の濫用規制上問題となり得る行為を受けているテレビ番組制作会社が存在するところ,行為の内容別のテレビ番組制作会社数を合計すると延べ100名となるが,優越的地位の濫用規制上問題となり得る行為を一つ以上受けたテレビ番組制作会社数として重複を除いて合計すると43名となる。

(キ) 優越的地位の濫用規制上問題となり得る行為を行ったテレビ局等の状況

前記(カ)のテレビ番組制作会社43名に対して優越的地位の濫用規制上問題となり得る行為を行った取引先テレビ局等の延べ数は97名であり,当該テレビ局等の業態別の状況は第4図のとおりである。優越的地位の濫用規制上問題となり得る行為を行った取引先テレビ局等の延べ数が最も多かった業態は,「地上系放送事業者」で86名であった。

第4図 優越的地位の濫用規制上問題となり得る行為を行ったテレビ局等の状況

(ク) テレビ番組制作会社の資本金等との相関

a 資本金との相関

前記(カ)のテレビ番組制作会社43名の資本金の状況をみると,第5図のとおりであり,資本金の額が小さいテレビ番組制作会社ほど,優越的地位の濫用規制上問題となり得る行為を受けた割合が高くなるという傾向がみられた。

第5図 資本金との相関

b 取引依存度との相関

前記(カ)のテレビ番組制作会社43名は,取引先テレビ局等延べ97名との取引において当該テレビ局等から優越的地位の濫用規制上問題となり得る行為を受けており,このうちテレビ番組制作会社の取引依存度が確認できた当該テレビ局等94名との取引について,テレビ番組制作会社の取引依存度の状況をみると第6図のとおりであり,取引依存度が高いほど,優越的地位の濫用規制上問題となり得る行為を受けた割合が高くなるという傾向がみられた。

第6図 取引依存度との相関

(ケ) 消費税の取扱いについて

テレビ番組制作会社に対し,平成26年4月の消費税率の引上げに際し,主要な取引先テレビ局等とのテレビ番組制作の取引に係る代金について消費税率引上げ分を上乗せできたかを聞いたところ,回答のあった105名のうち,「全て上乗せできた」が101名(96.2%),「一部上乗せできた」が3名(2.9%),「全て上乗せできなかった」が1名(1.0%)であった。

また,主要な取引先テレビ局等との代金の価格交渉を「本体価格のみで交渉している」と回答した事業者を除くテレビ番組制作会社18名に対し,平成26年4月の消費税率の引上げ以降にテレビ番組制作の取引に係る代金の価格交渉について,外税方式で行いたい旨の申入れをし,受け入れられなかったことがあるかを聞いたところ,回答のあった16名のうち,「ある」が3名(18.8%),「ない」が13名(81.3%)であった。

(4) 公正取引委員会の対応

本調査の結果,テレビ番組制作に関する一部の取引において,テレビ局等による優越的地位の濫用規制上問題となり得る行為が行われていることが明らかとなった。公正取引委員会としては,テレビ局等によりテレビ番組制作会社に対する優越的地位の濫用規制上問題となるような行為が行われることがないよう注視していく必要がある。

本調査結果においてテレビ番組制作会社が優越的地位の濫用規制上問題となり得るとされた行為を受けた割合を行為の内容別にみると,採算確保が困難な取引(買いたたき)ややり直しのほかに,「著作権の無償譲渡等」が12.8%,「二次利用に伴う収益の不配分等」が10.1%と著作権の取扱いについての行為が比較的高い割合になっているという特徴があった。これについては,著作権の取扱いに関する契約内容について回答のあったテレビ局等の71.9%が「著作権の譲渡・許諾の範囲」について定めていたものの,「著作権の譲渡対価」については33.5%,「二次利用の窓口業務に関する事項」については28.8%,「二次利用の収益配分に関する事項」については20.3%のテレビ局等が定めているにすぎず,著作権の取扱いに関する事項が十分に明確にされていないことが背景にあると考えられる。この点については,役務の委託取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の指針(注13)(以下「役務取引ガイドライン」という。)において,「委託者が成果物等に係る権利の譲渡等に対する対価が含まれることを明示した委託費用を提示するなど,取引条件を明確にした上で交渉する必要がある。また,違反行為を未然に防止するなどの観点からは,可能な場合には,委託者が委託費用を提示する際に権利の譲渡等に対する対価を明示していることが望ましい。」とされているように,テレビ局等はテレビ番組制作会社との間であらかじめ著作権の取扱いについて十分に協議し可能な限り明確にしておくことが必要となる。他方,「著作権の帰属先について協議を求めれば,何らかのプレッシャーがあるかもしれないので,当社からアクションを起こしたことはない」,「著作権の譲渡対価が支払われないことについて不満はあるが,テレビ局等側から今後の取引への影響を示唆されたり,当社側で今後の取引への影響を考慮したりすると,他社が応じている中で当社が応じないわけにはいかない」というように,テレビ番組制作会社側から,著作権の取扱いについてテレビ局等に協議を求めること自体が難しいとする回答もみられるなど,テレビ番組制作会社が厳しい取引環境に置かれていることがうかがえる。公正取引委員会としては,テレビ局等がテレビ番組制作会社に今後の取引に影響が生じる旨を示唆するなどして,著作権の取扱いについて,一方的に自己に有利な条件を定めたり,協議の要請自体をさせないようにする行為は,優越的地位の濫用規制上問題となり得る行為であることを周知していく必要がある。

さらに,こうした行為が,下請法上の資本金区分に該当するテレビ局等とテレビ番組制作会社との間で行われた場合,優越的地位の濫用規制上問題となり得ることはもとより,下請法上も問題となり得るところ,本調査の結果においては,優越的地位の濫用規制上問題となり得る行為を受けたテレビ番組制作会社43名と当該行為を行った取引先テレビ局等延べ97名との取引の約8割が,資本金区分から下請法の適用対象となり得るものであった。中でも,著作権の取扱いに関しては,発注内容に著作権を含まない場合に,テレビ番組制作会社に帰属する著作権をテレビ局等に無償譲渡させる行為は,不当な経済上の利益の提供要請として,また,発注内容に著作権を含む場合に,テレビ局等が著作権の譲渡対価について一方的に著しく低い対価を設定する行為は,買いたたきとして,それぞれ下請法上問題となり得ることに留意する必要がある。

このため,公正取引委員会は,違反行為の未然防止及び取引の公正化の観点から,本調査結果を公表するとともに,以下の対応を行うこととする。

(注13) 役務の委託取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の指針(平成10年3月17日)第2,7(1)参照

ア(ア) テレビ局等を対象とする講習会を実施し,本調査結果並びに役務取引ガイドラインにおける著作権の取扱いに関する考え方も含め優越的地位の濫用規制及び下請法の内容を説明する。

(イ) テレビ局等の関係事業者団体に対して,本調査結果を示すとともに,テレビ局等がテレビ番組制作に関する取引の問題点の解消に向けた自主的な取組を行えるよう,改めて優越的地位の濫用規制及び下請法の内容を傘下会員に周知徹底するなど,業界における取引の公正化に向けた自主的な取組を要請する。

イ 公正取引委員会は,今後とも,テレビ番組制作に関する取引実態を注視し,優越的地位の濫用規制上又は下請法上問題となるおそれのある行為の把握に努めるとともに,これらの法律に違反する行為に対しては,厳正に対処していく。