ホーム >独占禁止法 >企業結合 >主要な企業結合事例 >平成17年度における主要な企業結合事例 >

(平成17年度:事例3)三菱瓦斯化学株式会社による新酸素化学株式会社の株式取得について

(平成17年度:事例3)三菱瓦斯化学株式会社による新酸素化学株式会社の株式取得について

第1 本件の概要

 本件は過酸化水素(以下「過水」という。)の製造販売を行っている三菱瓦斯化学株式会社(以下「三菱瓦斯」という。)が,同じく過水の製造販売を行っている新酸素化学株式会社(以下「新酸素」という。)の株式50%を取得することを計画したものである。なお,三菱瓦斯が新酸素の株式を50%取得した後においても,三菱瓦斯は新酸素の販売活動に関与することはなく,それぞれ独立して販売を継続するが,三菱瓦斯は新酸素から出資分に応じた過水の優先引取権を取得する。
 本件の関係法条は,独占禁止法第10条である。

第2 一定の取引分野

1 製品の概要

 過水は,無色透明の液体であり,強い酸化力を持つという化学的性質から,紙・パルプや繊維の「漂白剤」や「酸化剤」などの工業薬品として使用されるほか,食品,医薬品向けなど幅広い用途で使用されている。
 消防法上の区分として高濃度(50%以上)のものは,危険物第6類「酸化性液体」として,その輸送・取扱い・貯蔵及び使用設備などに一定の材質のものを使用するよう規制されている。
 過水の需要分野は,紙・パルプ,繊維,工業薬品,食品であり,ユーザーは,主に製紙メーカー,繊維メーカー,化学メーカー,半導体メーカー等であるが,このうち紙・パルプ業界向けが国内販売の約5割を占めている。
 なお,これらの製品は濃度別に品種が形成されているだけであり,各品種とも原料・製造方法に基本的な違いはない。

[製品概要]

濃度 消防法区分 需要分野 輸送形態
60%品 危険物 紙・パルプ
工業薬品
ローリー
アルミドラム
タンカー
50%品 危険物 工業薬品 ローリー
アルミドラム
45%品 非危険物 紙・パルプ
工業薬品
ローリー
35%品 非危険物 紙・パルプ
繊維
工業薬品
食品
ローリー
コンテナ
ポリ缶

 (出所:当事会社提出資料を基に当委員会にて作成)

2 一定の取引分野の画定

 過水の品種は濃度別に設定されており,紙・パルプ,繊維,工業薬品,食品用途などに用いられているが,品種・用途間で製法・品質が異なるものではないことから,過水全体で一定の取引分野を画定した。
 また,当事会社を含む過水の製造販売業者は全国を事業地域としており,商品の特性や輸送費用等からみて特段の事情も認められないことから,地理的範囲は全国で画定した。

第3 本件企業結合が競争に与える影響の検討

1 市場の動向

 平成16年度の過水事業の市場規模は,約180億円である。近年の需要の増加等を背景に,市場規模は漸増傾向である。
 過水は,分解しても水と酸素しか残さないクリーンな化学品である。紙・パルプ業界において,古紙(以下「DIP」(Deinked Pulp)という。)を漂白するに当たり,ダイオキシン問題等につながる塩素漂白から過水を用いた無塩素漂白(以下「ECF」(Elemental Chlorine Free)という。)に切り替えが進められていること等から,近年,需要が増加している。さらに,工業薬品の分野でカプロラクタム(注)向けの需要が新たに増えている。
 しかし,現在までのところ,紙・パルプのECF化・DIP利用の増加やカプロラクタム向けの需要の増加以外の需要の増加要因はないことから,紙・パルプ業界のECF化が完了する平成19年度を境にして,その後は過水の需要は鈍化するとの見方が一般的である。

 (注) カプロラクタムとは,繊維あるいは樹脂として,衣料(ストッキング等),自動車(ホイールキャップ等),電気部品(コネクター等),食品包装用フィルムなど多岐にわたって使用されている「ナイロン6」の原料である。近年,カプロラクタムの製造において,過水を利用するプロセスが大手化学メーカーによって開発されている。

2 事業者間の提携状況

 過水業界は長期間の価格の下落等に対応するため,各メーカー間で下記の取引(提携)を行い,事業採算性の向上に努めている。

(1) 海上輸送受委託

 過水を全国的に販売するには,各工場から自社の貯蔵タンク(以下「SP」という。)まで過水を運搬することが必要であるところ,これはタンカーで運搬するのが一般的であることから,過水の運搬についてはタンカーを利用することが販売政策上不可欠となっている。海上輸送受委託は一般的にタンカーの「スペース貸し」と呼ばれており,これは,タンカーを保有していないメーカーが自社工場から自社SPまでの海上輸送を専用タンカーを有するメーカーに委託する取引を指している。

(2) スワップ取引

 スワップ取引とは,自社のSP等からではユーザーまでの輸送コストが高くなる場合,自社SPを保有していない地域間で,等価等量を原則として商品を融通し合う取引である。
 この同業者間取引については,メーカー間の協調的な行動を容易にするとも考えられるが,販売価格については各メーカーがユーザーと相対で決めており,また,他のメーカーから融通を受けるメーカーは受払場所(工場,SP)において自社が契約する地元の運送業者のローリー等に商品を引き取らせユーザーに納入していること等から,融通を行ったメーカーは融通を受けたメーカーの販売価格や出荷先等を把握することはできない。
 一方,スワップ取引によって,自社SPを持たない地域であっても販売が可能となっており,ユーザーは近くにSPを持たないメーカーともスワップ取引によって取引することが可能となっている。これにより,ユーザーの複数購買が可能となり,メーカーへの牽制になっているなど競争促進的な面があると認められる。

3 市場シェア・集中度

 新酸素は,三菱瓦斯による本件株式所得後も独立して販売を行うこととしている。また,三菱瓦斯は,新酸素に対して,出資分である50%の過水の優先引取権を有する。このため,三菱瓦斯と新酸素を独立した事業者とみなしつつ,新酸素の生産能力の50%を三菱瓦斯に加えて本件行為後の生産能力シェアを算出すると,三菱瓦斯のシェアは約50%(第1位)となる。

[生産能力シェア]

統合前 統合後
順位 会社名 シェア 順位 会社名 シェア
1 三菱瓦斯 約45% 1 三菱瓦斯 約50%
2 A社 約20% 2 A社 約20%
3 B社 約20% 3 B社 約20%
4 C社 約10% 4 C社 約10%
5 新酸素 約10% 5 新酸素 約5%
  合計 100%   合計 100%
        HHI統合後 約3,200
        HHI増加分 約400

 (出所:当事会社提出資料等を基に当委員会にて作成)

4 販売方法

 本件株式取得によって,当事会社は新酸素の製造する過水の半分を引き取る権利を有することになるが,あくまでも販売は両社独立して行うことから,販売面での市場におけるプレーヤー数は減少していない。また,三菱瓦斯にとって,本件により新酸素との間で生産が共通化される部分は,その生産量全体の一部である。
 なお,当事会社は,販売面での独立性を保つため,販売活動・営業上の情報遮断,スワップ及びタンカーのスペース貸しの継続実施を申し出ている。

5 有力な競争事業者の存在等

 シェア10%以上の競争事業者が複数存在している。

6 供給余力の存在

 競争事業者には,比較的稼動率に余裕がある事業者も存在する。また,これまでは,紙・パルプにおけるECF化に伴う需要増加や,工業薬品におけるカプロラクタム向けの需要増加により,過水の需要は増加傾向にあったが,今後は需要が鈍化することが予想されることから,今後とも供給余力が存在し続けると認められる。

7 ユーザーの取引変更の容易性と価格交渉力

 過水はメーカー間で品質差が認められないため,購入先や購入割合を容易に変更できることから,通常,ユーザーは価格競争や安定供給のために,複数メーカーと取引を行っている。また,需要の大半を占める大手の紙・パルプメーカーの取引数量を背景とした価格交渉力は非常に強いと考えられ,この紙・パルプ大手の価格交渉力が中小の紙・パルプ業者やその他需要分野のユーザーの価格交渉に与える影響が強いことなどから,総じて,ユーザーの価格交渉力は強いと認められる。

8 潜在的な輸入圧力

 平成16年度の輸入通関実績によれば,過水の輸入は11,000トン強であり,そのうちの大部分が国内メーカーによる輸入である。当事会社によれば,過水は一定のスペックが決まっており,国内メーカーと海外メーカーの品質は変わらないとしているが,国内の過水価格の低迷などから,輸入量はそれほど増えていないとしている。
 当事会社によれば,中国では今後5年間において,30万トン/年程度の供給過剰の状態が続き,韓国においても4万トン/年程度の供給過剰の状態が続く見込みである。また,国内の需給が逼迫し,過水の価格が上昇した場合には,輸入を検討するユーザーもあることから,潜在的な輸入圧力は一定程度存在すると認められる。

9 競争手段の確保

 過水の物流はタンカーで運搬することが必須であるが,現在タンカーを有している過水メーカーは三菱瓦斯を含めて2社のみである。しかし,三菱瓦斯のタンカーの稼働率は比較的余裕がある状況であり,タンカーを所有しない事業者においてもスペース貸しを受けることや,スポット船を利用するといった代替手段も存在する。
 また,メーカー間のスワップ取引が遠隔地にあるユーザーとの取引を可能にしており,一定の競争促進的な側面も有するものと考えられる。

10 隣接市場からの競争圧力

 紙パルプについてはオゾン・次亜塩素酸ソーダ,工業用途としては次亜塩素酸ソーダ・過マンガン酸カリ,繊維については亜塩素酸ソーダ・次塩素酸ソーダ,食品用途については次亜塩素酸ソーダ・過酢酸といった過水と同じく酸化力を持つ競合品が存在し,ユーザーはコスト,工程での安全性等を考慮した上で使用する材料を選択しており,これらが過水の競合品として一定の競争圧力になっていると認められる。

第4 独占禁止法上の評価

1 単独行動による競争の実質的制限について

 有力な競争事業者が存在すること,競争事業者に供給余力が存在すること,ユーザーの価格交渉力が強いこと等から,当事会社の単独行動により,一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

2 協調的行動による競争の実質的制限について

 競争事業者に供給余力が存在すること,ユーザーの価格交渉力が強いこと,隣接市場からの競争圧力が存在すること等から,当事会社と競争事業者の協調的行動により,一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

第5 結論

 以上の状況から,本件行為により,過水の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。

ページトップへ