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「人材と競争政策に関する検討会」

「人材と競争政策に関する検討会」

泉水 文雄(公正取引委員会委員)

 競争政策研究センター(CPRC)は、平成29年8月から6回にわたり「人材と競争政策に関する検討会」を開催し、同30年2月に『人材と競争政策に関する検討会報告書』(以下「報告書」という)を公表した。現時点から見て、報告書はどのような意義を持つだろうか。
 これらの分野は、独禁法の射程がどこまでか、独禁法と労働法との関係はどうか、独禁法及び労働法による規制から抜け落ちている部分(人材)があるのではないかなどが指摘されていた。報告書は、「個人として働く者」、つまり役務提供者の獲得をめぐって役務提供を受ける企業等、つまり「発注者」間で行われる競争について、また役務提供者が労働者と評価される場合には「使用者」間の競争について、それを妨げ役務提供者に不利益をもたらし得る発注者(使用者)の行為に対する独占禁止法上の考え方を整理した。その際、労働者・労働組合と独禁法との関係については、①労働基準法上の労働者及び使用者の行為、及び②労働組合法に基づく労働者及び使用者の行為は、原則として独禁法上問題にならないとするとともに、労働組合法上の労働者も事業者になり得るなどとし、①②に該当しない行為、例えば使用者による労働者、フリーランス、芸能人、スポーツ選手等に対する行為にはすべて独禁法が適用されることを明らかにした。その上で具体的な行為について独禁法の考え方を明らかにした。
 この点をフリーランスについて見よう。報告書は、フリーランス等も「取引の相手方」に該当するとした上で、どの場合に優越的地位が認められるかを、「企業組織と比べて情報収集能力や交渉力が劣ることに起因して、フリーランスによる取引先変更の可能性が低い場合」等としフリーランスの特性との関係を詳述する。そして、どのような行為が不当に不利益を与え、優越的地位の濫用の観点から独禁法上問題になり得るかを具体的に示した。
 もっとも、フリーランス自らが、例えば訴訟を提起し、優越的地位、不利益行為、公正競争阻害性を立証することは容易でない。未来投資会議(当時)の「成長戦略実行計画案」(令和2年7月)は、ガイドラインを作成し、フリーランスに契約書面を交付しないこと等が独禁法(優越的地位の濫用)上不適切であることを明確化することとした。これを受け、公取委は、内閣官房、中小企業庁及び厚生労働省と共同して、「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」(令和3年3月)を公表した。
 さらに、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(フリーランス・事業者間取引適正化等法)が成立し、公布(令和5年5月12日)された。同法は、フリーランス等を「特定受託事業者」とし、特定受託事業者に対して書面明示義務等を課すとともに、受領拒否、減額、返品等を禁止する。資本金1000万円以下の業務委託事業者に対しても、特定受託事業者(個人のフリーランス)との関係において下請法と類似する義務を課し、一定の行為類型は勧告に加え、命令もできることとなった。
 スポーツ事業分野と競争政策についても、公取委は、「スポーツ事業分野における移籍制限ルールに関する独占禁止法上の考え方」(令和元年6月)、「日本プロフェッショナル野球組織に対する独占禁止法違反被疑事件の処理について」(令和2年11月5日)を公表し、芸能分野では、「芸能分野において独占禁止法上問題となり得る行為の想定例」(令和元年9月)を公表している。
 このように見ると、本報告書は、フリーランス、芸能人、スポーツ選手等に対する一連の法規制を現在の水準まで整備していく上で重要な契機及び1つのたたき台を作ったといえよう。

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