「バンドル・ディスカウントに関する検討会」を振り返って
岡田 羊祐(成城大学社会イノベーション学部教授)
CPRCにおける検討会方式の導入 CPRCが設立20周年を迎えられたことを心からお慶び申し上げます。この20年間、日本経済を取り巻く環境は厳しさを増す一方です。市場のグローバル化、アジア経済圏の急激な拡大、デジタル技術の発展、知的財産紛争の増加、環境問題の深刻化、社会の包摂性やプライバシーの重視など、競争政策を取り巻く課題は大きく変貌しています。
このように目まぐるしく変転する競争政策の課題を、時機を逸することなく検討するためには、最新の動向に通じた研究者と実務家による機動的な連携が不可欠となります。実際にCPRCの共同研究やシンポジウム、セミナーなどの俎上に載せられてきたテーマを振り返ると、競争政策を取り巻く地球的な課題のダイナミックな変化をかなり正確に反映してきたことに気付かされます。
そのようなCPRCの活動の一翼を担ったのが、2016年度(平成28年度)から開始された「CPRC検討会」です。CPRC検討会とは、最新のテーマを柔軟に取り上げ、その都度、関心を持つ研究者や実務家を広く募り、短期かつ集中的に討議した成果を迅速に報告書として公表することを目指したものです。
それまでCPRCでは、あらかじめ決められた年度計画(研究計画報告→中間報告→最終報告)に従って研究の進捗が厳格に管理されていました。このような進め方は、継続的に研究成果が得られるメリットがある一方で、テーマに応じて研究のタイムラインが様々に変わることが普通である研究者の感覚には必ずしもマッチしないきらいがありました。
そこで2016年度からは、研究プログラムの管理期間や成果目標を一気に柔軟化することとしました。その一方で、行政的なニーズに迅速に対応するため、タイムリーな課題を集中的に討議する場を設けることを企図したのが検討会方式でした。この試みは現在に至るまで少しずつ形を変えながら何とか機能しているようです。新しい枠組み作りをエネルギッシュに進めて頂いた木尾修文事務局長(当時)をはじめとするCPRC事務局の皆さんのご尽力の賜物だと思います。
「バンドル・ディスカウントに関する検討会」の成果と課題 私が座長として参画した「バンドル・ディスカウントに関する検討会」は、このような試みのトップバッターとして開催されたものです。検討会のメンバーは、池田千鶴(神戸大学)、大橋弘(東京大学)、竹内敬治(NTTデータ経営研究所)、多田敏明(日比谷総合法律事務所)、早川雄一郎(京都大学)、和久井理子(大阪市立大学)の先生方(50音順、肩書は当時)という豪華さでした。木尾事務局長のご尽力によって、コロナ禍前の対面開催が当たり前という(今から振り返ると)たいへん厳しい条件のなか、多忙な先生方にお集まり頂けたことはとても幸運なことでした。
この検討会が開催された背景として、当時、電力・ガス、電話などの事業分野で「セット割」が拡大しつつあったことが挙げられます。このような割引は不当廉売に類似した行為として競争者の排除につながるのではないかと懸念されていました。セット割とは、単品購入の選択肢が残されたまま抱き合わせによるディスカウントが行われることを指します。このような価格設定を経済学ではmixed bundlingと呼びます。また、単独での購入ができない抱き合わせをpure bundlingと呼びます。
実は、このようにバンドル化された割引価格は、電力・ガス、電話以外にも広く見られます。直接割引のほか、キャッシュバックやポイント加算、一定量あるいは一定期間まで割引や無料となるサービスなど、実に多様な価格設定が幅広い領域で導入されています。デジタル経済のもとで複雑な条件を付した価格設定(conditional pricing)が技術的にますます容易となるにつれて、バンドル・ディスカウントは一層の広がりを見せつつあります。この検討会は、現在も重要な課題であり続けているテーマを検討していたのだと改めて感じているところです。
検討会では、バンドル・ディスカウントによる競争阻害メカニズムの理論的検討から始まりました。Whinston (1990)による画期的な論文をはじめとして数多くの研究が明らかにしてきたように、抱き合わせ(tying)やpure bundlingについては、独占力の梃子による競争者の排除、価格差別、あるいはアフターマーケットにおけるホールドアップなど、様々な競争阻害効果をもたらす可能性があることが指摘されてきました。一方、バンドル・ディスカウント(mixed bundling)について競争阻害効果が生じるメカニズムとして広く頑健性が認められる理論(theory of harms)は、Fumagalli et al. (2018, p.429)も指摘するとおり、略奪的価格設定(predatory pricing)に限られます。このような事情に鑑みて、当時EUでも採用されていた「割引総額帰属テスト」(Discount Attribution Test)という考え方を中心に検討が進められました。
ただし、価格設定の条件を複雑なものまで広げていくと、Greenlee et al. (2008)も指摘するように、原価割れではない価格であってもバンドル・ディスカウントが抱き合わせ(pure bundling)と類似した競争阻害効果をもたらす可能性が出てきます。あえて言えば、バンドル・ディスカウントのような複数市場にわたる条件付き価格設定は、現在に至るまで、理論的にも実務的にも違法性の判断基準が明確となっていない行為類型の一つではないかと思います。例えば、両面市場と呼ばれるデジタル・プラットフォームに広くみられる複雑な価格設定もこの範疇に含められます。当時の検討会でこうした課題をどこまで掘り下げられたかは内心忸怩たる思いもありますが、メンバーによる活発な議論とCPRC事務局による熱心なとりまとめ作業のおかげで、報告書として一定の方向性を打ち出すことはできたのではないかと思っています。
最近のクアルコム事件やインテル事件に対する欧州や米国の訴訟動向を見ると、このような条件付価格設定に対する違法性の判断基準はかなりハードルが上がりつつあるように見えます。ただし、これらの判決が合理的判断とみなせるか否かは大いに検討の余地があると思っています。公取委・CPRCにおいて一層の検討が進められることを期待したいと思います。
Fumagalli, C., M. Motta, and C. Calcagno (2018) Exclusionary Practices: The Economics of Monopolisation and Abuse of Dominance, Cambridge University Press.
Greenlee, P., D. Reitman, and D. S. Sibley (2008) “An antitrust analysis of bundled loyalty discounts,” International Journal of Industrial Organization 26, 1132-1152.
Whinston, M.D. (1990) “Tying, foreclosure, and exclusion,” American Economic Review 80, 837-859.