第1 本件の概要
本件は,測量機器の製造販売事業を営む株式会社トプコン(以下「トプコン」という。)が,同事業を営む株式会社ソキア(以下「ソキア」という。)の株式を取得することを計画したものである。
関係法条は,独占禁止法第10条である。
第2 一定の取引分野
1 製品の概要
通常,測量において必要とされる基本的な計測は,距離,角度及び高低差の計測とされている。セオドライト,レベル/レーザーはそれぞれ角度と高低差を計測する機器であり,マニュアルタイプのトータルステーション(以下「TS」という。),モーター駆動トータルステーション(以下「モーター駆動TS」という。)及びGPS測量機器は,これら3つの計測を1台で行うことができる機器である。
TSは,測地点にプリズムという反射鏡を置いて,機器本体からこのプリズムに向かって光を照射し,プリズムからの反射光を測定することにより,測地点の位置情報を計測するものである。TSの使用に当たっては,機器本体を手動で操作する人員とプリズムを持って測地点に立つ人員の最低2人の熟練作業員が必要となる。他方,モーター駆動TSは,TSの機能に加えて,手動ではなく,機器本体が自動でプリズムを追尾して,視準するという機能を有していることから,最低1人の作業員による計測が可能となる機器である。
また,GPS測量機器とは,複数の人工衛星から発信される電波信号を,地上の測地点に置かれた専用の受信機で受信,解析することによって測地点の位置情報を計測する機器であり,計測する場所や求める計測の精度によっては使用されない場合があるが, 短時間で多くの測地点の計測が可能となる機器である。
2 一定の取引分野の画定
当事会社間で競合する製品は,セオドライト,レベル/レーザー,TS,モーター駆動TS及びGPS測量機器の5つの製品である。
ユーザーは,測量機器の機能,利便性,精度等を考慮して,それぞれの測量機器を選択していることから,セオドライト,レベル/レーザー,TS,モーター駆動TS及びGPS測量機器のそれぞれの測量機器ごとに一定の取引分野を画定した。
また,これらの測量機器については,ユーザーは基本的に全国の各メーカー等から購入しており,製品の特性等からみて特段の事情も認められないことから,地理的市場は全国で画定した。
これらの測量機器のうち,TSについては,後記第3-2のとおり,本件株式取得後の当事会社の市場シェアが大きくなるとともに,市場構造が高度に寡占的となることから,当該製品に関して当該株式取得が競争に及ぼす影響の有無を詳細に検討することとした。
第3 本件企業結合が競争に与える影響の検討
1 市場規模
平成18年度におけるTSの市場規模は,約60億円である。
2 市場シェア・HHI
TSの市場における各メーカーの販売数量のシェアは,下表のとおりである。本件株式取得により,当事会社の合算販売数量シェア・順位は約60%・第1位となる。
また,本件株式取得後のHHIは約4,700,HHIの増分は約2,000である。
順位 | 会社名 | シェア |
---|---|---|
1 | トプコン | 約35% |
2 | A社 | 約30% |
3 | ソキア | 約25% |
4 | B社 | 約5% |
その他 | 約5% | |
(1) | 当事会社合算 | 約60% |
合計 | 100% |
(注)平成18年度実績
(出所:当事会社提出資料を基に当委員会にて作成)
3 ユーザーの状況
TSの主なユーザーは,測量事業者,土地家屋調査士及び建設事業者である。大手建設事業者等は,TSをリース等により調達しているが,大部分の事業者は,測量機器メーカーの販売代理店からTSを購入している。
ユーザーは,TSの使用には視準など手動による微妙な調整が必要であることから,TSの機種の選択に当たり,ある程度使い慣れを重視するとともに,製品への信頼性を重視しているため,同じメーカーの製品を継続して使用する傾向があり,通常メーカーを変更することは少ない。
また,ユーザーが複数のメーカーのTSを併用している場合,当事会社と競争事業者の製品を併用しているユーザーよりも,両当事会社の製品を併用しているユーザーの割合が高いなど,当事会社の製品間の代替性は,当事会社の製品と競争事業者の製品間の代替性に比べて強いと認められる。
4 取引先の価格交渉力
販売代理店については,メーカーとの取引においては,前年度の取引実績に基づいて取引条件が決定されていることから,メーカーとの価格交渉が頻繁に行われている状況にはない。
5 輸入
現在,中国からTSの輸入が一部行われているが,国内メーカーの製品と中国メーカーの製品は品質に差があることや,ユーザーはメンテナンスについても重視しているところ,国内メーカーと比べて,中国メーカーはメンテナンスの体制が十分ではないことから,中国メーカーからの輸入が拡大する状況にはない。
6 参入
ユーザーは,TSに高い精度を求めており,製品の信頼性を重視してメーカーを選択していることから,新規にTSの製造販売事業に参入することは容易ではない。
7 隣接市場(競合品)
(1) GPS測量機器
GPS測量機器は,水平での視通が確保されていない場合でも,ネットワーク型RTK-GPS測量法(注1)の場合には,測地点に受信機を置くだけで位置情報を計測することが可能であるため,TSよりも効率的で利便性が高い機器であるが,高い精度が求められる場合には使用できない。ただし,GPS測量機器でも,スタティック測量法(注2)を用いることによって高い精度で計測が可能であり,視通が確保されていない広い範囲を計測する場合には有効である。しかし,視通が確保されている狭い範囲を計測する場合には,高い精度で計測ができるTSを使用する方が,1台のみでかつ短時間で計測できることから効率的である。また,GPS測量機器は,高層ビルの直下など上空に一定の視界が確保されていない場合には,衛星からの電波を受信することが困難であるため,このような場所では,GPS測量機器を使用して計測することはできない。
このように,ユーザーは,計測する場所や求める測量の精度によってTSとGPS測量機器を使い分けている状況にある。ただし,平成21年に,準天頂衛星と呼ばれる衛星が打ち上げられることが予定されており,準天頂衛星が打ち上げられた場合には,GPS測量機器の使用できる範囲が拡大することが見込まれる。
(注1) GPS測量機器1台を使用して,衛星からの電波に加えて,国土地理院が設置した電子基準点から発信されるデータを受信することにより計測を行う方法である。
(注2) 基本的には4台以上のGPS測量機器を用いて,1時間程度継続して計測することによって,高い精度を得ることが可能である。
(2) モーター駆動TS
モーター駆動TSについては,現時点では,モーター駆動TSとTSの間に一定の価格差があり,TS,モーター駆動TS及びGPS測量機器の全販売数量のうちの1割にとどまっている。しかし,モーター駆動TSは,機能面ではTSに代替することが可能であり,計測に要する人員を減らせることによるコスト削減効果を考慮すれば,価格差は大きな障害にならないと考えられ,ユーザーの間でモーター駆動TSを使った場合の作業効率の向上について認識が広まってきていることから,TSからモーター駆動TSへの需要のシフトが進展しつつある。
第4 独占禁止法上の評価
1 単独行動による競争の実質的制限についての検討
本件株式取得により,TSの市場における統合後の当事会社の合計シェアは約60%と高くなり,また,ユーザーは,ある程度使い慣れや製品への信頼等を重視して特定のメーカーの製品を継続して購入する傾向にあるところ,両当事会社の製品間の代替性は,当事会社の製品と他社の製品との間の代替性と比べて高く,本件株式取得により当事会社によるTSの価格引上げ等は容易になると考えられる。さらに,ユーザーからの競争圧力,輸入圧力,参入圧力のいずれについても有効に働いていない。
また,GPS測量機器及びモーター駆動TSという隣接市場が存在しているところ,GPS測量機器については,ユーザーは,計測する場所や求める計測の精度によってTSと使い分けを行っており,現時点では隣接市場からの競争圧力を評価することはできない。ただし,数年後に準天頂衛星が打ち上げられることとなれば,計測する場所の範囲が拡大し,GPS測量機器の需要が伸びることとなり,GPS測量機器からの一定の競争圧力を評価することができると考えられる。
さらに,モーター駆動TSについては,現時点では,その認識は十分に広まっておらず,隣接市場からの競争圧力を評価することはできないものの,ここ数年のうちには,測量機器市場におけるモーター駆動TSの普及が進むこと,ユーザーのモーター駆動TSの効率性に係る認識が広まること等により,モーター駆動TSへのシフトが一層進展すると考えられることから,競争圧力を評価することができると考えられる。
このことから,GPS測量機器及びモーター駆動TSからの競争圧力を評価できると考えられるようになるまでには一定の期間を要すると考えられるところ,この期間においては,当事会社が単独行動により,TSの価格等をある程度自由に左右することが可能となると考えられる。
2 協調的行動による競争の実質的制限についての検討
本件株式取得により,TSの市場における有力なメーカーの数が2社に減少し,市場構造は高度に寡占的なものとなること,ユーザーからの競争圧力,輸入圧力及び参入圧力も有効に働いていないこと,前記1のとおり,現時点ではGPS測量機器及びモーター駆動TSからの競争圧力は限定的であることから,これらの機器からの競争圧力が評価できると考えられるようになるまでの期間においては,当事会社と競争事業者が,協調的行動によりTSの価格等をある程度自由に左右することが可能となると考えられる。
第5 当事会社が申し出た問題解消措置
当事会社は,審査の過程で,TSからモーター駆動TS又はGPS測量機器へのシフトに係る追加資料を提出するとともに,本件株式取得を行う際に,以下の措置を採ることを申し出た。
1 TSについては,本件株式取得後一定の期間においては,当事会社の一つが,自社が製造するTSを現在TSの製造販売を行っていない第三者に供給し,当該第三者がTSを販売するとともに,本件株式取得後3年間は,当該第三者に対して,当事会社の販売子会社への現行仕切価格と同じ価格でTSを供給することとする。
2 本件株式取得後3年間は,当事会社間でそれぞれが製造するTSに係る情報が共有されないように情報遮断措置を講じる。
第6 問題解消措置を踏まえた独占禁止法上の評価
前記第5記載の問題解消措置が確実に実施されれば,当事会社のうち自社で製造販売を行うこととしたもの及びもう一つの当事会社から製品を供給されることとなった第三者により,TSの市場において,独立して競争が行われるものと評価することができる。
また,当該措置の期間が経過した時点においては,前記第5のとおり,GPS測量機器については,隣接市場からの一定の競争圧力を評価することができること,さらに,モーター駆動TSについても,隣接市場からの競争圧力を評価することができることから,当事会社がTSの価格等をある程度自由に左右することが妨げられることとなると考えられる。
第7 結論
以上の状況から,当事会社が申し出た措置が確実に実施された場合には,本件株式取得により,一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。