第1 当事会社
大塚化学株式会社(以下「大塚化学」という。)は,化学製品等の製造販売業を営むものである。
三菱瓦斯化学株式会社(以下「三菱ガス化学」という。)は,無機・有機化学製品,石油化学製品等の製造販売業を営むものである。
第2 統合の概要及び関係法条
当事会社は,平成16年中に,当事会社の関連会社に対して,水加ヒドラジンの製造販売に係る部門を譲渡することによって事業統合することを計画している。
本件統合の関係法条は,独占禁止法第16条である。
第3 統合の目的
当事会社は,水加ヒドラジン事業が需要減少,価格下落等による厳しい事業環境にあるため,事業統合を行うことによって合理化を図ることとしている。
第4 一定の取引分野
1 製品の概要
ヒドラジンは,塩基性の無機化合物で常温では液体であり,強い還元力を有している。また,水との親和性が高く,通常は,ヒドラジン水和物である水加ヒドラジンとして流通している。
水加ヒドラジンは,合成樹脂等の発泡剤,空調設備やボイラーの循環水処理剤,金属還元剤,医農薬中間体等に用いられている。
2 一定の取引分野
本件においては,当事会社が競合する水加ヒドラジンの製造販売について,ユーザーからみて機能・効用が同種であるか否かなどの観点から検討を行ったところ,用途による品質,規格の差はなく,どのユーザーに対しても同じ在庫から供給され,ユーザーは別メーカーの製品であっても同じ貯蔵タンクで受け取っていること,物流・商流面において差異がみられないことから,水加ヒドラジンの製造販売分野全体について一定の取引分野を画定した。
なお,地理的市場は,全国市場として画定した。
第5 調査概要
1 市場の状況
(1) 市場シェア等
水加ヒドラジンの需要は減少傾向にあり,世界的に供給過剰となってきている。平成14年における水加ヒドラジンの国内市場規模は,約20億円となっている。
本件統合により,当事会社の合算販売数量シェア・順位は,約80%を占め,第1位となる。
順位 | メーカー | シェア |
---|---|---|
1 | 大塚化学 | 約45% |
2 | 三菱ガス化学(注) | 約35% |
3 | A社 | 約10% |
4 | B社 | 約5% |
5 | C社 | 約5% |
6 | D社 | 0~5% |
(1) | 当事会社合算 | 約80% |
合計 | 100% |
(注) 子会社(以下「X社」という。)の販売数量シェア(約20%)を含む。
(出所:当事会社提出資料等を基に当委員会にて作成)
(2) 競争事業者
ア 輸入事業者
水加ヒドラジンの輸入事業者としては,大手化学メーカーであるA社,C社,D社が存在する。前記3社は,それぞれ日本法人を設立し,直接又は日本の商社等を通じて販売活動を行っており,水加ヒドラジンの貯蔵・充填・出荷を行うための設備を国内に設けている者もいる。
イ 国内事業者
現在,日本国内でメーカーとして販売活動をしている会社は,当事会社のほかに,B社及びX社が存在する。ただし,X社は,三菱ガス化学の子会社であり,販売する水加ヒドラジンの全量について三菱ガス化学からOEM供給を受けている。
(3) 川下市場の状況
水加ヒドラジンの用途別需要の約4割を占める発泡剤(ゴムや合成樹脂などを膨張させるための薬品。水加ヒドラジンを原料とする発泡剤(AC:アゾジカルボンアミド)は,自動車,建材,家電製品等で用いられるゴム,プラスチック,合成樹脂等を膨張させるために広く使用されている。)の日本国内における製造販売業者は,大塚化学とY社(三菱ガス化学の子会社)の2社である。なお,基礎化学原料から直接ACを生産する技術が確立されており,近年,中国を中心にACが安価で大量生産されるようになった。
その他の用途については,ユーザーが多数存在するが,水加ヒドラジンがPRTR規制(注)の対象となっていることなどから,水加ヒドラジン以外の物質を原料とする製品へ移行する動きが生じている。
なお,ヒドラジン誘導体については,大塚化学と三菱ガス化学の子会社Xが製造販売分野において競争関係にある。
(注) 化学物質排出移動量届出制度(Pollutant Release Transfer Register)。特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律(平成11 年7月公布)において規定されている。人の健康や生態系に有害となるおそれがある化学物質を規制対象とし,取扱い事業者には,環境への排出量及び移動量の把握並びに国への届出義務が課せられている。
2 考慮事項
(1) 当事会社による反競争的行為
次の事情を考慮すれば,当事会社が単独で水加ヒドラジンの製造販売に関して反競争的な行動を採る蓋然性が低いと考えられる。
ア 輸入及び取引先変更の容易性
輸入が国内販売市場の約15%を占めており,また,輸入事業者は日本に販売拠点を有していることから,輸入の拡大は容易な状況にあることが認められる。また,輸入事業者の供給力についても,生産設備の能力等を勘案すると需要が回復した際の増産にも対応可能であることから,問題がないことが認められる。
さらに,有力な競争事業者であるA社のほか,B社,C社という販売業者が存在し,品質差もないことから,取引先の変更は容易であると認められる。
イ 参入の容易性
水加ヒドラジンの製造には特殊な技術及び設備を必要とせず,物流上の制約も存在しないことから,現在は市場が縮小しているために新規参入者が現れる見込みはないが,新規需要が生じて需要が増加することがあれば,新規参入は容易な状態にあることが窺われる。
ウ ユーザーの価格交渉力
水加ヒドラジンのユーザーは,メーカーによる品質差がないことなどから価格を重視しており,コスト削減を目的とした見積り比較を実施して複数購買を行っている。その結果,販売価格は低下していることから,ユーザーの価格交渉力は強いと認められる。
エ 川下市場における競争の影響
水加ヒドラジンを原料とする製品は,非ヒドラジン原料(又は製法)の製品との間で販売競争が行われているため,水加ヒドラジンのユーザーは,当該 製品に係る競争上の優位性を保つために水加ヒドラジンの仕入価格の引下げをメーカーに対して要請している。
これに対して,水加ヒドラジンメーカーは,販売数量を確保するために当該要請に応ぜざるを得ない状況にあることが認められる。
(2) 当事会社と競争者間の協調
次の事情が認められることから,本件統合後において,水加ヒドラジンの製造販売に関して当事会社と競争者間で協調的な行動を採るようになるおそれは少ないと考えられる。
ア 輸入事業者は,小口ユーザーを含め,ユーザーへの販売を積極的に行っている動きがみられること。
イ 国内事業者は,輸入品の価格が低いことから,これに対応した販売価格の設定を行っていること。
ただし,国内におけるAC及びヒドラジン誘導体の製造販売については,事実上,大塚化学と三菱ガス化学の子会社のみであることから,両社の間で協調的な行動が採られる懸念がある。
第6 当事会社が申し出た対応策
本件の検討過程において,当事会社は,水加ヒドラジンの販売及び川下市場への影響について,おおむね次のような対応策を申し出た。
ア 当事会社は,現在,当事会社と競争関係にある国内の水加ヒドラジン販売業者が統合会社の間で水加ヒドラジンの売買契約を締結する際には,仕入先及び取引数量を制限せず,また,統合会社との売買価格は製造原価を基に合理的に算出した価格とする。
イ 水加ヒドラジンの川下市場については,ACの販売分野において水平関係にある大塚化学とY社,ヒドラジン誘導体の販売分野において水平関係にある大塚化学とX社が,それぞれ,統合会社と三菱ガス化学の出資関係によってつながりを持つことになるが,当事会社は,これらの販売分野において販売情報を遮断するために必要な措置を講じる。
第7 上記要素を踏まえた独占禁止法上の評価
輸入事業者が積極的に販売活動を展開していることから輸入品へのアクセスは容易であり,ユーザーは輸入を含め取引先を容易に変更することができる。また,競争事業者間における協調行動が生じるおそれは少ない。そして,当事会社と競争関係にある国内の水加ヒドラジン販売業者と統合会社との取引に関する当事会社からの申出は,水加ヒドラジンの販売市場において競争事業者の減少による影響を最小限にする効果がある。
また,川下市場についても,当事会社が申し出た情報遮断措置が有効に機能すれば,それぞれの市場における競争を実質的に制限することとはならないと考えられる。
第8 結論
以上のとおり,本件統合により水加ヒドラジンの製造販売分野における競争を実質的に制限することとなるとはいえず,独占禁止法上問題ないものと考 えられる。