第1 本件の概要
本件は,(1)丸紅株式会社(以下「丸紅」という。)が,丸紅の子会社を通じて,総合スーパーであるダイエーの議決権を取得し,(2)丸紅が子会社を通じて保有している食品スーパーである株式会社東武ストア(以下「東武ストア」という。)の議決権保有比率を引き上げ,(3)ダイエーグループの食品スーパー(ダイエーと企業結合関係のある食品スーパー)が,東武ストアに対する議決権保有比率を引き上げるものである。
本件行為により,ダイエーグループと東武ストアとの間で企業結合関係が形成・強化されることから,両社の企業結合関係が競争に与える影響について検討を行った。
本件の関係法条は,独占禁止法第10条である。
第2 一定の取引分野
1 役務範囲の画定
スーパーには,衣料品や日用雑貨,食料品等の幅広い商品をバランスよく扱ういわゆる総合スーパーと,食品を中心に扱ういわゆる食品スーパーがあるが,消費者による食品の購買行動においては,スーパーの形態を区別することなく購入店舗を選択していると考えられることから,総合スーパー及び食品スーパーについて役務の範囲を画定した。
2 地理的範囲の画定
駐車場の有無や自転車の利用等により多少の相違はあるが,食品の購入が主な目的である食品スーパーにおいては,消費者の買い回り範囲,新規出店の際に検討する範囲を考慮すると,本件の対象店舗の場合,店舗を中心に半径500m~1km圏を商圏とみることが適当であると考えられることから,当該商圏で地理的範囲を画定した。
また,スーパーの事業地域や価格設定方法等を考慮し,都県別でも地理的範囲を画定した。
第3 本件企業結合が競争に与える影響の検討
1 取引分野別の競合状況
(1) 商圏における競合状況
商圏別の取引分野でみた場合,ダイエーグループと東武ストアの間では,下表のとおり,東京都,埼玉県及び千葉県内の21の商圏において競合している。
商圏 | 競合する店舗数 | 主な競争事業者数 | |
---|---|---|---|
東武ストア | ダイエーグループ | ||
【東京】 | |||
北区王子・中里地区 | 2 | 1 | 5 |
荒川区西尾久地区 | 1 | 2 | 3 |
板橋区成増地区 | 1 | 2 | 3 |
江戸川区南葛西地区 | 1 | 4 | 4 |
国分寺市国分寺地区 | 1 | 1 | 3 |
大田区大森地区 | 1 | 3 | 5 |
足立区西新井地区 | 3 | 1 | 5 |
練馬区練馬地区 | 1 | 1 | 4 |
【埼玉】 | |||
富士見市みずほ台地区 | 2 | 1 | 5 |
桶川市桶川地区 | 1 | 2 | 4 |
蓮田市蓮田地区 | 1 | 1 | 3 |
蕨市蕨地区 | 1 | 1 | 3 |
朝霞市朝霞・朝霞台地区 | 1 | 1 | 5 |
草加市松原地区 | 2 | 2 | 4 |
越谷市蒲生地区 | 1 | 2 | 4 |
川口市西川口地区 | 1 | 1 | 4 |
さいたま市大宮地区 | 3 | 1 | 3 |
春日部市武里地区 | 1 | 2 | 6 |
川越市川越地区 | 1 | 1 | 4 |
【千葉】 | |||
流山市初石地区 | 1 | 1 | 3 |
白井市白井地区及び鎌ケ谷市鎌ケ谷地区 | 2 | 4 | 4 |
(出所:当事会社提出資料を基に当委員会にて作成)
各商圏においては,それぞれ大手スーパー等の有力な競争事業者を含む3店舗以上の競争事業者が存在している。
このように,各商圏において複数の競争事業者が存在し,商圏によっては隣接商圏にあるスーパーとも競合していることから,仮に当事会社が価格を引き上げれば,消費者は容易に他店に切り換えることが可能であると認められる。
(2) 都県別の競合状況
都県別の取引分野でみた場合,競合する地理的範囲は東京都,埼玉県,千葉県である。
各都県においては,それぞれ大手スーパー等の有力な競争事業者が存在している。
また,当事会社提出資料等を基に当委員会において計算した当事会社グループの市場シェアは,3都県ともに10%程度である。
2 参入の容易性
スーパー事業は,参入に際して特段の障壁はなく,立地が確保できれば,参入は容易である。出店に際し,一定規模以上の広さの店舗を開設する場合には,大規模小売店舗立地法に基づく届出が必要であるが,出店計画作成及び用地確保等から,大規模小売店舗立地法の届出を経て,実際の開店までに要する期間は,およそ1年から1年半程度で可能である。
このように,参入のための障壁は低く,参入に要する期間も短期であるところ,最近の人口の都心回帰もあって,都内を中心に出店ブームとなっており,新規出店に関する入札が行われる場合には,複数社が競っている状況にある。
3 価格設定
消費者は商品を購入する際の選択基準として価格を重視しており,スーパーは,消費者に受け入れられる価格設定を行うことに力を注いでいる。特にナショナルブランドである日配食品や加工食品は,品質が同一で消費者からみるとどの店から購入しても同じであり,価格訴求力もあるため特売の対象になり易く,常に競争事業者と厳しい価格競争が行われている。
また,当事会社グループ等のスーパーでは,(1)1店舗ごとに競合店の価格調査を行った上で当該店舗の販売価格を決定し,ちらしの作成等を行うことはコスト負担が大きいこと,(2)店舗ごとに販売価格が異なると消費者の信頼を損ねることがあることから,複数店舗を展開するスーパーでは,本部が一括して価格設定しており,原則として,競合状況の異なる複数の商圏に所在する各店舗において,共通の価格設定が行われる。
したがって,比較的シェアの高い商圏においても,より競合の激しい商圏の影響を受けた価格設定が行われる。
4 コンビニエンスストア等の隣接市場からの競争圧力
コンビニエンスストアは,スーパーよりも必要となる敷地面積が小さいことから出店が容易で,店舗数が非常に多く,利便性の高い立地を確保していること,弁当・惣菜等調理済み食品を充実させてきていることなどから,スーパーへの競争圧力となっている。
さらに最近では,コンビニが業態を変え,生鮮食品を扱うようになってきていることから,一層スーパーへの競争圧力を強めている。また,購入形態は異なるが,宅配業者等も一定の競争圧力を有している。
このように,スーパーは,コンビニエンスストア,地域小売店,宅配業者等様々な業態と競争している。
第4 独占禁止法上の評価
1 各商圏について
(1) 単独行動による競争の実質的制限について
各商圏において有力な競争事業者が存在し,参入が容易であり,隣接市場としてコンビニエンスストア等が一定の競争圧力を有していること,さらに,比較的シェアの高い商圏においても,より競合の激しい商圏の影響を受けた価格設定が行われる慣行があること等から,当事会社の単独行動により一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。
(2) 協調的行動による競争の実質的制限について
消費者は,商品を購入する際の選択基準として価格を重視していることから,競争事業者との間で厳しい価格競争を展開している。また,競争事業者数が多いこと,参入が容易であること,コンビニエンスストア等の隣接市場からの一定の競争圧力があること等から,当事会社と競争事業者の協調的行動により一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。
2 都県別について
当事会社のシェアが低いこと,他の有力な競争事業者が存在すること,競争事業者が多数存在すること,新規参入及び隣接市場からの競争圧力が働いていること,当事会社の価格設定の方法の特徴等から,当事会社の単独行動により一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。
また,競争事業者数が多数存在すること,新規参入及び隣接市場からの競争圧力が働いていること等から,当事会社と競争事業者の協調的行動により一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。
第5 結論
以上の状況から,本件行為により,第2で画定した取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。