第1 本件の概要
本件は,シーアイ化成株式会社(以下「シーアイ化成」という。)が,チッソ株式会社(以下「チッソ」という。)から,農業ハウス用被覆材である農業用塩化ビニルフィルム(以下「農ビ」という。)及び農業用ポリオレフィン(以下「農業用PO」という。)に関する事業を譲り受けることを計画したものである。
関係法条は,独占禁止法第16条である
第2 一定の取引分野
1 製品概要
農業ハウス用被覆材とは,農業用のハウス(ビニールハウス),内張カーテン,雨よけハウス,トンネル栽培用等に用いられるフィルムのことで,国内では主に(1)塩化ビニル樹脂を製膜化した農ビ及び(2)ポリエチレンを製膜化した農業用POの2種類が使用されている。
農ビは塩化ビニル樹脂を製膜化したもので,農業用POと比較して光線透過率が高いため果実の色づきがよく,また保温性が高い点に特徴がある。これに対して農業用POはポリエチレンを製膜化したもので,農ビと比較して軽量で耐久性があり,展張期間(ビニールハウスの被覆材として使用できる期間)が長いため張り替えの頻度が少なくて済むという特長がある。
農ビ | 農業用PO | ||
---|---|---|---|
原料 | 塩化ビニル樹脂 | ポリエチレン | |
性能 (作物への影響) |
透明性 | 平行光線透過率85~90%程度 (栽培果樹の色づきがよい) |
平行光線透過率70~80%程度 |
保温性 | 遠赤外線遮蔽率80~90%程度 (保温性が高い) |
遠赤外線遮蔽率60~85%程度 | |
防滴性・防霧性 | 農業用POと比較して高い (保温性が高い) |
農ビと比較して低い | |
作業性 (扱い易さ) |
比重 | 約1.34g/cm3で重い (張り替えが大変) |
約0.95~0.98g/cm3で軽い (張り替えが容易) |
耐久性 | 低い (1~2年の周期で張り替え) |
高い (2~4年の周期で張り替え) |
|
破損 | 切り傷等に弱い (裂けやすい) |
切り傷等に強い (裂けにくい) |
(出所:当事会社提出資料を基に当委員会にて作成)
エンドユーザーである農家等は,農業ハウス用被覆材の選択に当たり,栽培作物等を勘案して,その性能を重視する場合には農ビを,作業性を重視する場合には農業用POをそれぞれ選択している。また,農家等は高齢化が進んでいることから,従前は性能を重視して農ビを選択していた農家等の中には,作業性を重視して軽量で耐久性がある農業用POに切り替えているものもいる。さらに,農ビから農業用POに切り替えた場合,展張期間の長い農業用PO(農ビの展張期間は農業用POの約2分の1)は,コスト面で割安であると考えられる。
2 一定の取引分野の画定
農ビと農業用POとを比較すると,農業用POの性能は品質改良により農ビに近づいているものの,ユーザーは,現状では,栽培作物等を勘案しつつ,農ビ又は農業用POのいずれかを選択しているものとみられる。このため,現状においては,農ビと農業用POは,その性能,作業性,コスト等によって使い分けがなされており,両製品間の代替性の程度は大きくないと考えられる。
したがって,農ビ,農業用POのそれぞれについて,一定の取引分野を画定した。
また,農ビ及び農業用POについて,需要者は基本的に全国の事業者から購入し,各メーカーは全国を事業地域としている状況であり,製品の特性等からみて特段の事情も認められないことから,地理的範囲は全国で画定した。
第3 本件企業結合が競争に与える影響の検討
1 農業用PO
農業用POについては,チッソのシェアが低く,本件統合によるシェアの増分がわずかであることから,本件統合により,当該製品市場における競争が実質的に制限されることとはならないと判断した。
2 農ビ
(1) 市場規模
農ビの出荷金額の推移をみると,平成11年に515億円であったものが,17年には342億円となっており,減少傾向にある。また,出荷数量の推移をみると,過去5年間で約2割減少している。
農業人口の減少,農業ハウスの減少及び農業資材の節約傾向にある中で,農ビから農業用POへの切替えの動きもあり,農ビの市場規模の縮小が進んでいるものと考えられる。
(2) 市場シェア・HHI
農ビの市場における各社のシェアは,下表のとおりである。
本件企業結合により,当事会社の合算販売数量シェア・順位は約35%・第2位となる。
また,本件企業結合後のHHIは約3,300,HHIの増加分は約500である。
順位 | 会社名 | シェア |
---|---|---|
1 | A社 | 約40% |
2 | シーアイ化成 | 約25% |
3 | B社 | 約10% |
4 | C社 | 約10% |
5 | チッソ | 約10% |
(2) | 当事会社合算 | 約35% |
合計 | 100% |
(注1) 平成17年度実績。
(注2) シーアイ化成のシェアには,100%子会社のシェアを含む。
(出所:当事会社提出資料を基に当委員会にて作成)
(3) 競争事業者の存在
10%以上のシェアを有する競争事業者が存在する。
(4) 競争事業者の供給余力
各社の生産能力及び生産量の推定値から判断すると,競争業者の供給余力は十分にあるとみられる。
(5) 需要者からの競争圧力
農ビがユーザーに販売されるまでの流通ルートは,全国農業協同組合連合会(以下「全農」という。),経済連・県本部(全農の都道府県レベルの組織)及び農協(各地域の農業協同組合)を介するルート(以下「系統」という。)と,1次~3次卸業者・代理店を介するルート(以下「商系」という。)がある。農ビの価格交渉は年1回行われるのが通常であり,最初に全農とメーカーの価格交渉が行われ,その決着後,商系メーカーと1次卸業者・代理店との交渉が行われる。その後,順次川下の取引段階での価格交渉が進められていく。
メーカー間の品質差がなく,ユーザーは取引先を容易に変更することができるため,ユーザーである全農及び1次卸業者・代理店は,複数のメーカーから商品を購入している。特に全農は,市場全体の販売量の2割程度を仕入れているといわれており,購入量の大きさを背景とした価格交渉力は強く,商系ルートにも大きな影響を与えている。
さらに,(1)商系の卸業者・代理店は,販売量確保のため全農の下部組織である経済連・県本部及び農協に対して農ビを販売せざるを得ないこと,(2)商系には多数の流通業者が存在し,これらの流通業者は種苗や農薬等と合わせて販売しているため,農ビの価格についても他の農業用資材の取引と合わせるなどして値引き販売されている。この結果,メーカーに対する値引き要請が発生している状況にあり,川下市場からのメーカーに対する値下げ圧力は強いと認められる。
(6) 隣接市場からの競争圧力
農業ハウス用被覆材市場が縮小する状況下において,農業用POの品質向上(農作物への影響の改善),作業性の高さ及びコストメリットの大きさにより,従来の農ビから農業用POに切替えの動きがみられる。また,全需要の過半数以上を占めるハウス外張り用及び雨よけ用において,今後とも,農ビから農業用POへの切替えが見込まれる。
このため,農ビの価格設定によっては農ビから農業用POへの切替えが加速する可能性があり,また,上記1のとおり,農業用PO市場における当事会社の地位は高くないため,農業用POは農ビの価格引上げの牽制力として一定の評価が可能である。
(7) 輸入・参入
農ビについては,品質の問題からこれまでも輸入実績はなく,今後も輸入が行われる状況にはないと考えられる。また,農ビの市場は縮小傾向にあり,新たに設備投資を行い参入することは現実的ではない。
第4 独占禁止法上の評価
1 単独行動による競争の実質的制限についての検討
ユーザーにとって取引先の変更が容易であること,有力な競争事業者が存在しており,競争事業者は供給余力を有していること,ユーザーの価格交渉力が強いと認められること,農ビから農業用POへの切替えが進んでおり,隣接市場からの競争圧力が認められることから,当事会社の単独行動により,一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。
2 協調的行動による競争の実質的制限についての検討
ユーザーにとって取引先の変更が容易であること,当事会社を含め各社とも供給余力を有していること,ユーザーの価格交渉力が強いと認められること,隣接市場からの競争圧力が認められることから,当事会社と競争事業者の協調的行動により,一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。
第5 結論
以上の状況から,本件行為により,一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。