第3世代移動体通信システムに係る通信技術の規格に関する特許権の円滑なライセンスを目的としたシステムの構築については,独占禁止法上問題ないと回答した事例。
1 相談者
A社(通信機器メーカー)
2 相談の要旨
(1) A社は,我が国,韓国及び欧州の通信機器メーカー及び通信事業者等18社とともに,IMT-2000に基づく第3世代移動体通信システムに係る技術規格(以下「3G規格」という。)に関する特許権のライセンスシステムとして考案された「3G特許プラットフォーム」(以下「プラットフォーム」という。)に参加する事業者である。
プラットフォームに参加しようとする事業者は,プラットフォームの管理のために設立予定である新会社(以下「新会社」という。)とフレームワーク契約を締結することとなっており,同契約では,特許権者は,(1)後記の標準ライセンス契約に定める標準実施料率及び最大累積実施料率の適用に拘束されること,(2)標準ライセンス契約に基づいてライセンシーに対して,自己の必須特許をライセンスすること,ただし,希望する場合には,標準ライセンス契約とは別に任意に双務ライセンス契約を締結することができるが,その場合には,当該双務ライセンス契約が成立するまでの間,標準ライセンス契約と基本的に同一条件で暫定ライセンス契約を締結すること,(3)3G規格に必須の特許はすべてプラットフォームに拠出することとされている。
また,ライセンシーは,それぞれの特許権者との間で,自己が必要とする必須特許についてライセンスを受けることができる。
(注)
1 IMT-2000とは,ITU(国際電気通信連合)において決定された第3世代移動体通信システムすなわち,次世代携帯電話の移動体通信システムに係る技術規格の総称であり,第1世代のアナログ方式,現在使用されている第2世代のデジタル方式に代わって,今後,世界の通信規格方式としてその普及が期待されている。
2 次世代携帯電話は,現行の第2世代に比し,音声通信の高品質化,データ伝送の高速化等が図られ,動画像伝送を可能にするといわれている。
3 3G規格には,W-CDMA,cdma2000等5つの規格がある。なお,第2世代の技術規格にはGSM,PDC,cdmaOne等がある。
4 必須特許とは,技術的に規格の内容を実施できる唯一の特許のことであり,規格の内容を実施する上で他の技術的手段を選択することが可能な場合はプラットフォームの対象となる必須特許とは認定されない。
(2) プラットフォームへの参加は,いかなる者に対しても開放されており,また,いったん参加した事業者も1年前までに届出を行うことにより,プラットフォームから脱退することができる。
なお,3G規格の必須特許を有しているもののプラットフォームに参加する意思のない特許権者は,プラットフォームに拘束されることなく,いかなる事業者に対しても当該特許のライセンスをすることができる。
(3) 標準ライセンス契約では,4つの製品,すなわち,(1)インフラストラクチャー(基地局),(2)端末,(3)テスト設備並びに(4)前記以外の製品及びサービスごとに,標準実施料率及び最大累積実施料率が定められる。標準実施料率は,必須特許1件当たりの特許実施料で,製品販売価格の0.1%(初期値)とし,最大累積実施料率は,ライセンシーがすべての特許権者に対して支払う特許実施料の合計額の上限を製品販売価格の5.0%とするものである。
プラットフォームによるライセンスの対象となる特許は,3G規格を技術的に実施する上で必要な必須特許のみである。必須特許か否かの認定は,参加事業者の代表で構成される評価方針委員会が策定した技術的基準に沿って,「評価パネル」において審査される。「評価パネル」は,新会社から委託を受けた中立的第三者機関である特許評価機構が作成した評価人リスト(技術分野に通じた中立的な特許弁護士等を想定)の中から「ライセンシング管理者」が指名する者で構成される。
「ライセンシング管理者」は,プラットフォームの参加者以外から任命される中立的な第三者であり,新会社から業務の委託を受けて前記の評価パネルの指定や,特許評価の申請受理,ライセンス申請の受理,実施料率の計算等を行う。
3 独占禁止法上の考え方
(1) 基本的な考え方
ア プラットフォームは,第3世代移動体通信システムに係る必須特許の権利者の数が多くなり,通信機器メーカー及び通信事業者が個々に当該権利者と交渉する場合の負担が経済的にも時間的にも大きなものになると予想されることから,新しい特許権のライセンスシステムを共同で構築するものであり,これにより,通信機器メーカー等による当該特許の利用が促進されることになる。また,3G規格をすべてプラットフォームに含めることにより,通信機器メーカーは複数の規格について特許を利用することがより容易となり,また,通信事業者(特に新規参入者)は,同一の条件でどの規格を採用するか選択することが可能となる。
イ さらに,プラットフォームの仕組みをみると,プラットフォームへの参加は,いかなる者に対しても開放されており,競争者を不当に排除するものではなく,かつ,3G規格の必須特許を有するもののプラットフォームに参加しない者は,当該特許のライセンスを受けようとする者の間で自由にライセンス契約が締結できるものであり,また,ライセンシーは,それぞれの特許権者との間で,自己が必要とする必須特許のみについてライセンスを受ければよく,これに併せて他の不必要な特許を抱き合わせられるおそれはないなど,プラットフォームが競争制限的なものとならないような仕組みとなっている。
ウ この結果,プラットフォームは,既存の通信機器メーカー等のみならず,新規参入しようとする通信機器メーカー等にとってもメリットをもたらすことによって,第3世代移動体通信システムへの新規参入を促し,競争促進効果を有するものであると考えられる。
(2) 関連市場における競争への影響
他方,本件では,プラットフォームの参加者が標準ライセンス契約を締結し,標準実施料率及び最大累積実施料率を決定することにより,関連市場での競争を制限するか否かが問題となり得る。この場合,製品市場における競争と技術市場における競争への影響,さらに,それぞれの市場について規格内の競争と規格間の競争への影響に分けて検討する必要がある。
ア まず,製品市場における競争について考えると,最大累積実施料率が5%ということは,各事業者の製品販売価格に占める実施料の割合が5%を超えないということであり,また,プラットフォームにおいて,ライセンスを受けようとする者は,標準ライセンス契約とは別に任意の個別交渉により双務ライセンス契約を締結し,標準実施料率を下回る実施料率とすることも可能であること,さらに,プラットフォームに参加しない特許権者は,ライセンスを受けようとする者との間で自由にライセンス契約を締結することが可能なことから,規格内,規格間いずれにおいても,各事業者が共同して最大累積実施料率を決定することとしても,製品の販売価格に及ぼす影響は小さいものと考えられる。なお,製品の販売価格について,事業者間で情報交換を行い,当該事業者が共同して,製品の販売価格を決定する場合には独占禁止法上問題となる。
イ 次に,規格内での技術市場における競争について考えると,プラットフォームにおけるライセンスの対象となるのは必須特許のみであり,競合特許が含まれないことから,技術市場における競争を制限することにはならないと考えられる。
ウ また,規格間での技術市場における競争について考えると,通信事業者は,3G規格の中から1つを選択して第3世代移動体通信システムに移行することになるが,この場合,通信事業者は,一般的には第2世代で選択している規格からの移行が容易となるような規格を選択することになる。例えば,GSMを選択している通信事業者はGSM規格をベースにしたW-CDMAを,cdmaOneを選択している通信事業者はcdmaOneをベースにしたcdma2000を一般的には選択することになる。
一方,通信機器メーカーは,技術的な蓄積があることから通信事業者と同様に第2世代において製造している規格に係る技術を応用できる規格を選択したいという面もあるが,多くは通信事業者がどの規格を選択するかに合わせて規格を選択することになる。したがって,通信事業者,通信機器メーカーとも,当該規格の技術に応じてこれを選択するという余地は少なく,この観点から規格間の競争が行われる可能性は小さいといえる。
これに対し,通信事業者が新規参入する場合には,3G規格から自由に選択することが可能であり,また,既存の通信事業者であっても,第2世代で選択している規格に関係なく,3G規格を選択する余地もあることから,規格間の競争がまったくないとはいえず,実施料率を一律にすることは,研究開発の意欲を損ない,新たな技術の開発を阻害することにより,当該競争を制限するのではないかとの疑問がないわけではない。
しかしながら,前記(1)アのとおり,プラットフォームは,5つの3G規格をすべてプラットフォームに含めることにより,規格間の競争をむしろ促進するものと考えられ,また,プラットフォームにおいて,ライセンスを受けようとする者は,標準ライセンス契約とは別に任意の個別交渉により双務ライセンス契約を締結し,標準実施料率を下回る実施料率とすることも可能であること,さらに,プラットフォームに参加しない特許権者は,ライセンスを受けようとする者との間で自由にライセンス契約を締結することができる点を踏まえれば,規格間の競争を制限するものではない。
したがって,規格間での技術市場における競争を制限することにはならないと考えられる。
4 回答の要旨
以上により,事前相談申出書に記載されたプラットフォームについては,独占禁止法の規定に照らして問題ないと考えられる。ただし,事前相談申出書に事実と異なる記載があったり,事実と異なる説明がなされていた場合又は事前相談申出書に記載された行為の範囲を逸脱した行為が認められる場合,例えば,プラットフォームの参加者が共同して,プラットフォームに参加しない3G規格の特許権者に対し,競争制限的な行為を行う場合には,この限りではない。
なお,本回答に際しての判断の基礎となった事実に変更が生じた場合その他本回答を維持することが適当ではないと認められる場合には,文書により本回答の全部又は一部を撤回することがある。この場合は,このような撤回をした後でなければ,本件相談の対象とされた行為について,法的措置を採ることはない。
本件相談は,事前相談制度に基づく相談であり,平成12年12月14日付けでその概要を公表しているところである。
○ 本件相談は,事前相談制度に基づく相談であり,平成12年12月14日付けでその概要を公表しているところである。