建設工事用の接着剤のメーカーが,自らが製造している当該接着剤について,その全量の製造を競争者に対して委託することとし,自社での製造を取りやめることについて,独占禁止法上問題となるものではないと回答した事例
1 相談者
Ⅹ社(建設工事用の接着剤のメーカー)
2 相談の要旨
(1)ア 建設工事において特定の主要材料に建設資材αを固着させる方法は,A工法,B工法及びC工法に分類される。
イ A工法は,特定の主要材料に穴を開け,穴の中に接着剤を充填し,接着剤の化学反応によって建設資材αを物理的に固着する工法である。A工法には,A1方式,A2方式という2種類の接着剤の充填方法があり,さらに,接着剤の種類や作業方法によって細かい分類がある。A工法の分類は,以下のとおりである。
ウ A工法を行う場合,工事の設計段階で充填方法,接着剤の種類,作業方法の指定がされることはまれであり,通常は,工事業者が,価格,納期,作業のしやすさ等を総合的に勘案して,A1-1方式からA2-2方式までの中から方式を選択している。関係業界団体が公表している方式別の接着剤の生産実績をみても,A工法の場合に採択される方式が分散している状況にあることが認められる。
(2)ア X社及びY社の2社(以下「2社」という。)は,いずれも,A1-1方式で使用する接着剤(以下「A1-1式接着剤」という。)のメーカーである。A1-1式接着剤のメーカーは,我が国には2社しか存在しない。
イ X社は,製造したA1-1式接着剤を需要者である工事業者に対して自ら販売している。
一方,Y社は,Z社からA1-1式接着剤の製造を受託し,製造したA1-1式接着剤の全量をZ社に供給している。Y社は,自社での販売は行っていない。
ウ A工法に用いられる接着剤全体に占める2社が製造するA1-1式接着剤の割合の合計は,金額ベースで約20パーセントである。
(3)ア X社は,A1-1式接着剤の製造設備の老朽化が進んだことなどから,自社でのA1-1式接着剤の製造を取りやめ,Y社への製造委託に切り替えること(以下「本件製造委託」という。)を検討している。
本件製造委託を行う場合,A1-1式接着剤のメーカーは,我が国ではY社のみとなる。A1-1式接着剤については,輸入品はほとんどない。
イ 本件製造委託の実施に際しては,2社の間で秘密保持契約を締結し
・ X社向けのA1-1式接着剤に関する情報がZ社に対して伝わらないようにするとともに
・ Z社向けのA1-1式接着剤に関する情報がX社に対して伝わらないようにする
措置を講じる。
ウ X社とZ社は,本件製造委託後においても,従来どおり,それぞれ独自にA1-1式接着剤の販売活動を行い,お互いの販売価格,販売数量,販売先等に関する情報交換等は一切行わない。
エ このようなX社の取組(以下「本件取組」という。)は,独占禁止法上問題となるか。
- 本件取組の概要図
3 独占禁止法上の考え方
(1)事業者が,契約,協定その他何らの名義をもってするかを問わず,他の事業者と共同して対価を決定し,維持し,若しくは引き上げ,又は数量,技術,製品,設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し,又は遂行することにより,公共の利益に反して,一定の取引分野における競争を実質的に制限することは,不当な取引制限(独占禁止法第2条第6項)に該当し,独占禁止法上問題となる(独占禁止法第3条)。
(2)ア(ア) 工事業者は,A工法を行う場合,価格,納期,作業のしやすさ等を総合的に勘案して,A1-1方式からA2-2方式までの中から方式を選択しているため,各方式で用いられる接着剤の間には需要の代替性が認められる。このため,「A工法用の接着剤」を商品範囲として画定した。
(イ) A工法用の接着剤については,日本国内での輸送に関して,輸送の難易性や輸送費用の点から制約があるわけではなく,また,地域によって販売価格が異なるなどの事情も存在しない。このため,「日本全国」を地理的範囲として画定した。
イ A1-1式接着剤以外のA工法用の接着剤(以下「その他のA工法用接着剤」という。)の市場シェアは,約80パーセントに上る。このため,X社及びZ社が販売するA1-1式接着剤に対しては,その他のA工法用接着剤からの競争圧力が働くと認められる。
ウ 加えて,本件製造委託における秘密保持契約によって,Y社がA1-1式接着剤の製造を受託するX社及びZ社の情報は両者の間で遮断され,X社とZ社は,本件製造委託後においても,従来どおり,それぞれ独自にA1-1式接着剤の販売活動を行うこととされている。
エ 以上によれば,本件取組は,一定の取引分野における競争を実質的に制限するものではなく,独占禁止法上問題となるものではない。
4 回答
本件取組は,独占禁止法上問題となるものではない。