医療用物資の卸売業者を会員とする団体が,医療機関からの医療用物資の供給の可否に係る照会に対し,全ての供給可能会員を紹介することは,独占禁止法上問題となるものではないが,供給可能会員の中から1名を選定して回答することは,独占禁止法上問題となるおそれがあると回答した事例
1 相談者
X協会(医療用物資の卸売業者の団体)
2 相談の要旨
⑴X協会は,A県に所在する医療用物資の卸売業者を会員とする団体である。会員数は,約40社である。
⑵ア サージカルマスク(医療用マスク),N95マスク(微粒子用マスク),アイソレーションガウン,フェイスシールド,ゴーグル,検査用手袋等(以下,これらの商品を「本件医療用物資」と総称する。)は,医療従事者を新型コロナウイルス感染症への感染から守り,医療提供体制を確保するために重要なものである。
イ A県内の医療機関は,本件医療用物資のほとんどを,X協会の会員(以下「会員」という。)から購入している。
本件医療用物資に係る医療機関に対する販売価格については,法令による規制はなく,卸売業者が自由に決定することができる。
⑶A県は,新型コロナウイルス感染症の感染拡大を見据えて本件医療用物資を備蓄しており,県内の医療機関における本件医療用物資の備蓄量が一定の水準を下回った場合に,自らの備蓄分を緊急配布する体制を整えている。しかし,A県による緊急配布は,真に必要な場合に限って実施するものであるので,可能な限り,医療機関自身に本件医療用物資を調達する努力をしてもらうことが必要になる。
このため,A県からX協会に対し,需給が著しくひっ迫するおそれがある時に県内の医療機関による本件医療用物資の調達をサポートする体制を整備してほしいとの要請が行われた。
⑷X協会は,前記⑶の要請に応えるため,後記アの取組又はその実施方法の一部を変更した後記イの取組を行うことを検討している。
ア 本件医療用物資が不足しているA県内の医療機関に対して,本件医療用物資を供給することが可能な全ての会員をX協会が紹介する(以下,この取組を「第1の取組」という。)。第1の取組の流れは,次のとおりである。
(ア) X協会は,自らのウェブサイト上に,本件医療用物資の相談に係るウェブページ(以下「本件ウェブページ」という。)を作成する。本件ウェブページを利用できるのは,本件医療用物資が不足しているA県内の医療機関に限られる。
(イ) 本件医療用物資が不足している医療機関は,本件ウェブページにアクセスし,所定のメールフォームに,当該医療機関の連絡先,不足している商品の種類,必要数量及び在庫状況から見た切迫の程度を入力して送信する(以下,当該医療機関を「照会元医療機関」といい,照会元医療機関が入力するこれらの情報を「照会情報」と総称する。)。
(ウ) メールの送信を受けたX協会は,照会情報をそのまま全ての会員に転送する。
(エ) 会員のうち,照会情報に係る本件医療用物資を供給することが可能な者(以下「供給可能会員」という。)は,X協会に対して,供給可能な商品の種類及び数量を回答する。
(オ) X協会は,全ての供給可能会員からの回答を取りまとめ,照会元医療機関に回答する。また,A県に対しても,照会情報及びX協会から照会元医療機関に対する回答を連絡し,供給可能会員が存在しなかった場合には,A県の備蓄分での対応を依頼する。
X協会は,どの会員が供給可能会員であるか並びに各会員が供給可能な商品の種類及び数量に関する情報について,会員間で共有することはしない。
また,照会元医療機関が供給可能会員の中から取引先を選択する場合であっても,X協会は,取引先の選択や取引数量等の取引条件の決定には,一切関与しない。
イ 第1の取組の一部を変更し,供給可能会員のうち1名のみを紹介する(以下,この取組を「第2の取組」という。)。
第2の取組の流れは基本的に第1の取組と同じであるが,前記ア(オ)の照会元医療機関への回答に係る部分が異なる。すなわち,第1の取組では,全ての供給可能会員からの回答を取りまとめて照会元医療機関に回答するところ,この部分を
(ア) 供給可能会員が複数存在した場合,X協会が,事業規模等を基に照会元医療機関に紹介する会員を1名に絞り,当該会員からの回答のみを照会元医療機関に回答する
(イ) X協会は,選定から漏れた供給可能会員(以下「選外会員」という。)に対し,どの会員を照会元医療機関に紹介したのかを伏せて,「他の会員を紹介した」旨を連絡する
に変更する。
なお,X協会が明示的に禁止することはしないものの,選外会員が照会元医療機関に独自に接触することは想定されていない。
第1の取組又は第2の取組は新型コロナウイルス感染症の流行収束をもって終了する予定であるところ,これらの取組は,独占禁止法上問題となるか。
〇本件取組の概要図
3 独占禁止法上の考え方
⑴第1の取組について
ア 事業者団体の情報活動を通じて,競争関係にある事業者間において,現在又は将来の事業活動に係る価格等重要な競争手段の具体的な内容に関して,相互間での予測を可能にするような効果を生ぜしめる場合がある。このような観点から見て,構成事業者が供給する商品に係る顧客からの引き合いの個別具体的な内容等について,構成事業者との間で情報の収集・提供を行い,又は構成事業者間の情報交換を促進する行為は,それ自体で直ちに独占禁止法違反とまでは評価されないものの,独占禁止法上問題となり得るものである。
このような情報活動を通じて構成事業者間に競争制限に係る暗黙の了解若しくは共通の意思が形成され,又はこのような情報活動が手段・方法となって競争制限行為が行われていれば,原則として独占禁止法第8条第1号(一定の取引分野における競争を実質的に制限することの禁止)又は第4号(構成事業者の機能又は活動を不当に制限することの禁止)の規定に違反する(事業者団体ガイドライン第2-9〔情報活動〕⑵及び9-1)。
イ 第1の取組により,照会情報については,会員の間で共有されることとなる。
他方で,どの会員が供給可能会員であるか,供給可能な商品は何か,供給可能な数量がどの程度であるかなどの会員側の情報については会員間で共有されず,また,会員の数も多いため,第1の取組が行われても,どの会員が,どの程度の数量の商品を照会元医療機関に対して販売することができるのかについて,会員間で相互に予測可能な効果が生じることにはならない。
このため,照会元医療機関と取引を行う会員,取引の数量等に関し,第1の取組を通じて会員間で共通の意思が形成されるおそれはなく,また,第1の取組が手段・方法となってこれらの事項が決定されることにもならない。
ウ したがって,第1の取組は,独占禁止法第8条第1号又は第4号の規定に違反するものではない。
⑵第2の取組について
ア 事業者団体が,構成事業者間で受注を配分し又は受注予定者若しくは受注予定者の選定方法を決定し,これにより市場における競争を実質的に制限することは,独占禁止法第8条第1号の規定に違反する。また,市場における競争を実質的に制限するまでには至らない場合であっても,当該行為は,原則として独占禁止法第8条第4号の規定に違反する(事業者団体ガイドライン第2-3〔顧客,販路等の制限行為〕柱書及び3-3)。
イ(ア) 第2の取組では,X協会は,供給可能会員の中から,照会元医療機関に紹介する会員1名を選定する。
本件ウェブページを利用する時点で,照会元医療機関にとっては,本件医療用物資の不足の解消は,喫緊の課題になっていると考えられる。また,照会元医療機関は,通常の手段では本件医療用物資を十分確保できない状況にあるがゆえに本件ウェブページを利用するわけであるので,供給余力のある本件医療用物資の卸売業者を自力で探すことは,困難であると推測される。一方,第2の取組では,X協会が選外会員に対して「他の会員を紹介した」旨を連絡することになっており,選外会員の方から照会元医療機関に接触することは想定されていない。
このため,照会元医療機関は,X協会から紹介された供給可能会員と取引する義務はないものの,当該供給可能会員と取引を行う蓋然性が高い。
そうであるとすれば,X協会が照会元医療機関に紹介する会員を選定する行為は,受注予定者の決定に他ならないことになる。
(イ) 第2の取組は,新型コロナウイルス感染症の更なる感染拡大を想定し,本件医療用物資の需給が著しくひっ迫するおそれがある時にA県内の医療機関による本件医療用物資の調達をサポートするために行われるものであり,取組の目的としては正当であると認められる。
しかし,X協会が照会元医療機関に紹介する会員を選定する行為は,照会元医療機関からみて,取引先の選択を狭め,本件医療用物資の購入に要する費用を引き上げるおそれがあるものであり,照会元医療機関の利益を害するおそれが高い。また,前記の目的を達成する上でより競争制限的でない手段として,第1の取組がある。これらの点に鑑みると,X協会による当該行為は,前記の目的を達成する手段として合理的な範囲内のものであるとはいえない。
ウ したがって,第2の取組については,独占禁止法第8条第1号又は第4号の規定に違反するおそれがある。
4 回答
第1の取組は,独占禁止法上問題となるものではないが,第2の取組は,独占禁止法上問題となるおそれがある。