
遅い時間にお集まりをいただきましてありがとうございます。御承知のように、今日午後15時過ぎまで参議院の経済産業委員会で下請法の改正法案の審議と採決がありまして、このような時間になりました。私は独占禁止法の定めによりまして本日をもって公正取引委員会の委員長を定年退官いたします。4年8か月の在任中、報道機関の皆様には大変お世話になりました。また、皆さんには報道を通じて公取の様々な取組に御支援をいただいたことに心から感謝を申し上げたいと思います。
私の在任期間は5年弱ということで、前任の杉本さんの7年、その前の竹島さんの10年に比べますと短くはありましたが、この間、デジタル経済の進展やグローバル経済の大きな変動があり、また、国内ではコストカット型の経済から脱却してデフレに後戻りすることなく、賃上げと投資が牽引する成長型の経済に移行できるかどうかという分岐点にある状況の下で、競争政策の守備範囲も広がるといったタイミングで委員長を務めることとなりました。このような状況でありましたので、思っていたよりも多くの仕事をさせてもらったと言いますか、させられたというのが正直な感想でございまして、大変充実したあっという間の5年弱だったと思っています。
在任中の取組はいろいろありましたけれども、私なりに顧みまして一つ二つ申し上げますと、まず独占禁止法の執行だけでなく、新しいルール作りやこれまでのルールの見直しに積極的に取り組むことになった点が挙げられると思っております。フリーランス新法やスマホソフトウェア競争促進法といった公取が所管する新法の制定がありましたし、20年ぶりの下請法の改正も今進めているところであります。また、私の委員長就任前から確約制度の導入ですとか、課徴金減免制度に調査協力減算の仕組みが追加されるなど、事業者との対話や協力の下に独占禁止法の執行における機動性や迅速性を高める仕組みが導入されておりまして、審査局は、そうした新たな仕組みも含め、多様な手法を駆使してデジタル分野や国民生活への影響の大きい事案を中心に積極的に違反事案への対応を行ってくれました。先日には、グーグルの検索に関して排除措置命令を行いましたけれども、命令に当たっては本年末から本格運用を開始するスマホソフトウェア競争促進法とも連携をしながら独占禁止法の執行を行うという考え方を取り入れることができたと思います。今後も、独占禁止法とスマホソフトウェア競争促進法の2つの法律を活用してデジタル市場の競争環境整備に取り組んでいくことが必要なのだろうなと思っています。
また、コストカット型のデフレ経済からマークアップ型の成長経済へ移行することにより、成長と分配の好循環を実現することが政府全体の大きな政策課題となる中で、優越的地位の濫用規制や下請法違反行為の取締まりなど、サプライチェーンの取引適正化にこれまで以上に踏み込んだ取組を進めてきたという点もあるかと思います。協議を経ない取引価格の据置き等が確認された事業者名の公表ですとか、労務費の円滑な転嫁のための交渉指針を策定・公表するなど、異例な対応も行ってきましたし、現行法の課題も踏まえて、通常国会に下請法の改正法案を提出し、まさに今審議をいただいているという状況です。今後は、改正下請法、これは中小受託取引適正化法、取適法と略称することになるようですが、改正法が成立した後にはその実効的な運用のため、事務総局の体制の充実を含め、しっかり準備をしていかなければいけないと思っています。
一方で、物価も賃金も上がる正常な経済に移行する中で、市場機能が公正に働く中での適正な価格形成という点にも改めて競争当局として注意を払っていく必要があると考えています。こうした観点から、価格カルテルや価格の拘束など、市場機能をゆがめるような行為に厳正に対処していく必要が今後ともあるのだろうというふうに考えています。
また、アメリカのトランプ政権の関税政策がようやく動き出した賃上げと価格転嫁の好循環に水を差すおそれもあります。この流れが後戻りしないように、公正取引委員会としても注意を払っていく必要があると考えています。
私の在任中、こうした取組を進める中で関係省庁などと調整や連携をしながら、政府全体の政策運営の中で公取が役割を分担する場面も飛躍的に増えてきました。取締官庁であると同時に政策官庁としての一翼を担う存在であるという公取のプレゼンスについての認識が各方面から認知され共有されるようになったのではないかなというふうに感じております。
私自身は本日をもって大蔵省、財務省で35年、内閣官房副長官補を7年、それから公取の委員長が5年ということで、47、8年の長い役人暮らしからようやく退くことになります。財務省では税制の企画立案を中心にやってましたし、総理官邸では副長官補ということで、いずれも、ある意味で政と官の間での調整プロセスに身を置く仕事でしたが、その後に公取の委員長をやらせていただき、公正で自由な競争の実現という、ある意味で資本主義や民主主義の根幹とも言える明確な理念、哲学の下で、先ほど申し上げたようなイノベーションの促進ですとか公正な分配の実現につながる競争の大切さを語る仕事を委員長としてさせていただいたのは大変幸せだったというふうに思っています。
公正取引委員会という組織は、霞が関の中で決して大きな組織ではありませんが、そうしたはっきりとした哲学、フィロソフィーをもって現在と将来の日本経済や社会にとって不可欠な役割を担う組織だというふうに思っています。記者の皆さんには、引き続き、公正取引委員会の今後の取組と近く就任される新しい委員長の活躍を温かく御支援いただきますようにお願いをしまして、私からの退官の御挨拶と御礼の言葉とさせていただきます。
5年間、本当にありがとうございました。
公正取引委員会委員長 古谷 一之
質疑応答
(問) この5年弱で、特に昔の公正取引委員会というと審査などで市場に自由な競争を取り戻して、価格がなるべく安くなるというのが一つ大きな役割だと思うのですが、この5年弱で価格転嫁で上げるという部分がかなり大きな役割になってきたと思います。これについて、職員の皆さんからは当初は戸惑いもあったように聞くのですが、この数年来、公取としては全体的に変わってきたという認識でしょうか。
(古谷委員長) 価格を上げることが目的なのではなく、公正な競争を通じて市場が機能し適切な価格が設定される、そのような市場環境を担保するべく取引の適正化に取り組んできたということであり、これについては今の経済状況の中で、公取としてそういう観点から価格転嫁の円滑化に貢献できるのだというコンセンサスを公取の中でもきちんと形成した上で、取り組んできたのだと私は認識をしております。
(問) お疲れ様でした。今少しお話もあった、公取がいろいろルールを作っていくということをやられてきたと思います。この4年8か月でこんな部分が変わったという、公取が進化した部分があれば少し具体的に教えていただきたいなと思います。逆にやり残したことと言いますか、GAFAの話など、まだ登らなくてはいけない山みたいなものがもしあれば、課題も含めて教えてください。
(古谷委員長) 私が委員長に就任する前から杉本前委員長の下で、公正取引委員会はカルテルや入札談合の取締り・監視だけではなくて、デジタル経済におけるいわゆるビッグテックによる独占寡占の問題や、労働の流動化などの人材市場における問題にも競争政策が関わることが可能だし、関わるべきだといったことについて、問題提起しておられたタイミングで私は委員長を引き継ぎました。そうした問題意識、課題設定を、実践するのが私の役割だと考えましたが、約60年ぶりとなるフリーランス法・スマホソフトウェア競争促進法が制定されましたし、約20年ぶりの下請法の改正も行われています。巡り合わせだと思いますが、私の5年の在任期間が、そのような新しいルール整備をする時期になったということで、そこは着実に進めてこれたのではないかと思います。今後はそうした新しいルールを含めて実効的にルールを運用・執行していくという重い仕事が後任の委員長の下での公正取引委員会には引き継がれることになります。次の体制に期待をしたいと思っています。
(問) ありがとうございます。今、ビックテックの話もあったと思うのですけれども、先ほどお話の中ではトランプ政権の話もありました。世界が不透明さを増している中で、そういったGAFAの規制とかが今のディールに関わってくるのではないかというアメリカの指摘とか経済界の指摘とかもあると思います。この世界経済の中で、公正な取引という位置付けをどういうふうに見られていますか。今後、どう変わっていくと思いますか。
(古谷委員長) 基本的な考え方を変える必要はないと思っています。公正取引委員会のミッションの普遍的な理念は、やはり「競争なくして成長なし」ということで、経済成長にはイノベーションが不可欠であり、そのためには自由で公正な競争が確保された市場環境がなくてはならないと思います。それに加えて、岸田政権で「新しい資本主義」という考え方が提起されましたが、イノベーションや経済成長の果実が市場の機能を通じて公正に分配されることが重要であり、公正な分配を通じて経済格差や社会の分断を防ぎサステナブルで包摂的な経済成長を実現することが大事なのだということだと思います。私は、委員長に就任してからずっと市場を通じた公正な分配ということにも競争政策サイドから貢献できるのではないかと申し上げてきました。トランプ政権の政策で世界中が振り回されていますが、そういう中にあっても、やはり公正で自由な競争を確保し、日本経済の課題に対処しながら、経済成長と社会の活力を維持していくためには、公正取引委員会で今までの取組を着実に続けていくことが大事ではないかなと思っています。
(問) お疲れ様でした。質問が2点あります。1点目が適正な価格転嫁の環境整備に関するものなのですけれども、下請法の改正が政策面にあって法の執行面でも昨年度は大幅に勧告が増加した中で、もちろんおっしゃったように政府全体として価格転嫁を進めている中でその一翼を担う役割が公取委にもあると思います。最後の機会ですので、委員長の御自身のこととして公取が厳正な法執行ですとか政策を拡大することによっていかにデフレ型の経済から脱却につなげられるかについて考えをお伺いできたら幸いです。
(古谷委員長) デフレから脱却して、賃金も物価も金利も上がるような、ある意味で正常な経済に日本の経済が移行できるかどうかの分岐点にあるのだと思っています。そのため、政府を挙げて適正な価格転嫁の実現に取り組んでいるわけですが、その中で公正取引委員会ができることは取引適正化を通じて、公正な市場環境を作っていくということだということで、先ほどお話ししたように様々な取組を進めてきました。その中の一つの取組として、下請法違反事案に対する勧告などの厳正な法執行がありますが、勧告の効果が個別事案への処理にとどまることなく、広がりのある形で取引慣行の改善につながるよう、関係省庁や事業団体を通じて業界全体にも周知するなど、事務総局は工夫をしながら進めています。
(問) ありがとうございます。もう1点ですが、最初の方に思ったより多くの仕事をさせられたとおっしゃっていたと思うのですけれども、御着任のときには予想されていたことだったのかまた、多くの仕事の中で人員面ですとか、そんなに人数が多くない省庁ですので何か困難を感じられた場面というのがありましたら教えてください。
(古谷委員長) それぞれの課題に事務総局の皆さんとともに取り組む中で、特に価格転嫁の適正化に向けた取引適正化については政府全体の取組の中で公取がかなりのウエイトを持って役割を担うことになったこともあり、大幅な体制強化をしていただきました。また、デジタル市場の競争環境整備の方も、技術的、専門的な知見・能力を有する人材の活用も含め、事務総局も様々な工夫をして対応を強化してきています。そういう意味では事務総局の力も着実に増強してきてくれていると思います。
(問) ミクロというかローカルな質問をして恐縮なのですが、長野県はガソリンの価格調整の疑惑というのが今年に入って一つ大きな話題になっておりまして、公正取引委員会はその中でスピーディーに立入りに入られて調査を続けていらっしゃると思います。今までガソリンを巡る公正取引委員会の摘発というのは、近年においては不当廉売の方が中心だったかというふうに承知をしておりますけれども、公正取引委員会を率いる委員長としてこの問題をどう受け止めて、どのような思いでこれまで臨んでこられたかという部分をもし可能であれば教えていただきたいです。
(古谷委員長) 長野県の案件については目下、審査をしている途中であり、具体的な内容について私の方からコメントすることはできませんが、先ほども申し上げましたように経済のステージがコストカット型から物価が上がり賃金が上がる経済に変わりつつある中で、適正な価格設定についての世の中の感度みたいなものを高めてもらう必要があるという意識を強く持っています。そういう意味で価格カルテルや価格の拘束などの競争制限的な行為については、コストアップ分の適正な価格転嫁ということと並んで、市場の機能を通じて適正に価格決定が行われるという観点から違反事案について監視を強化していかなければいけないと思っています。
(問) お疲れ様でした。委員長が成立に相当尽力されたスマホ新法についてなのですけれども、今日、施行日が12月18日で固まったということで公表がありましたが、改めてスマホ新法への期待とか、スマホ新法の意義について伺えないでしょうか。
(古谷委員長) 先日、読売新聞でまとめていただいた記事に尽きるのですけれども、まさに日本のデジタル市場の中におけるプラットフォームの独占寡占の問題について政府全体で検証を行い、くだんの新法の制定に至りました。もちろんモバイルエコシステムの独占寡占の問題について、新法に違反するような事案に対しては競争当局として厳しく対処するのが前提ではありますが、新法の指定事業者になったアップルやグーグルを始めとしたビッグテックのデジタルプラットフォームサービスは日本のデジタル市場に、より大きくは日本の経済や社会にとって必要な存在だと私は思っていますので、まずは、グーグルやアップルが展開しているモバイルエコシステムというマーケット自体を、オープンでコンテスタブルなものにしてもらいたい。日本の事業者の競争機会や利用者の選択の機会を広げてほしいと思っています。そのためにはビッグテック側と対話を重ね、ビジネスモデルを競争促進的な方向に改善してもらうよう対話を進める、そのベースとなる規制として新法を運用していきたいと思っています。そのためには日本の事業者にも対話・コミュニケーションに関わってもらいたい。そういう方向で日本のデジタル市場がより競争促進的でイノベイティブになることを期待しています。また、ちょうど生成AIの進展により新しい市場状況も生まれてきていますので、この新法を契機としていろいろな動きが出てくるといいなと思っています。
(問) 今までお疲れ様です。最後のせっかくの機会なので少し広い全体の話を伺いたいのですが、先ほど47、8年の官僚生活というお話がありました。その中で結構時代も変わって、それこそ霞が関の志望者が減ったりとか、今、財務省解体デモがあったりとか、いろいろな環境の変化はあると思うのですが、改めて霞が関で働くやりがいだったり意義だったりとか、それこそ今後志望される方に対して面白さみたいなところを少しこれまでの経験も踏まえて教えていただけると嬉しいです。
(古谷委員長) いろいろなことを経験しましたが、総じて面白かったというのが私の感想でありまして、もちろん政治の世界や民間の人たちとも議論し調整したりしながら政策作りをしてきたわけですが、やはり霞が関という、ある意味で共通の課題・問題意識を共有できる極めて知的な政策空間に長く身を置けたというのは幸せだったと思っています。そういう意味では、もちろん思うようにならない時期もあるのですけれども、国家や社会のために何かをしたいという人たちが集まっているのが霞が関だと思います。若い人たちもそれぞれの思いや事情は当然抱えていると思いますが、私は面白さが見えるまで若い人に我慢して霞が関にいてほしいというふうに思います。面白さが分からない間に離れると、ゼネラルマンというかアベレージパーソンにはなれるかもしれないけれども、もう少し辛さや面白さが分かるまでいるというのも大事だし、損はないのではないかなとも思っています。とはいえ、そこはそれぞれの皆さんの人生の選択がありますから、こうでなければいけないということは言えませんが、意外と面白いことが散らばっているのが霞が関だと私は思っています。
(問) ありがとうございます。関連してもう1点質問です。例えば、それこそアベレージパーソンという話もあったと思うのですが、公取さんを見ても結構政策がより高度さも増してきていると思うのですが、そういう意味でよりプロフェッショナルさだったりとか専門性というのがどんどん求められるようになってきたというふうに考えていますか。
(古谷委員長) そういう面もあると思います。転職というのは霞が関を出ていくだけではなくて、途中から霞が関に入ってくるのでもいいので、そういう意味で意欲と能力と知識のある人たちが流動化しながら霞が関を高めていっていただくということも今後の霞が関の政策空間の姿としてはあり得るのだと思います。
(問) お疲れ様でした。非常に大きな成果もあった、短い凝縮した時間だったのかなと思います。大きな話なのですが、独禁法の目的が自由で公正な競争の促進ということですが、価格の転嫁にしてもスマホ法にしても割と公正な競争に重点を置いた政策かなと思います。他方、価格転嫁のテーマに関しては、どこまで民間の価格の設定とか交渉に介入するのかということで、公取委内でも議論があったと聞きますし、パブコメでもいろいろな意見が出されました。また、公正な環境を作りながら、例えば、イノベーションやスタートアップの活躍を望むというときに、公正な市場環境を作るというところまでは公取委はできるかもしれませんけれども、その後、失敗を恐れずにイノベイティブなことをするという、そこのところまでできるのかなと思うのですが、公正と自由のバランスと公取委の役割について、現在の経済状況についてどのようなお考えをお持ちですか。
(古谷委員長) 公正取引委員会の役割は公正で自由な競争環境を作ることだと思います。そのような市場環境の下で事業者や消費者に、いろいろな選択肢が開かれていることが大事なのだと思います。価格転嫁の問題にしても、価格転嫁の程度や価格について関わるというよりは、適正な価格転嫁ができる取引環境を確保することに公取は関わるのであって取引当事者間の協議や交渉のプロセスの公正さの担保に着目してきています。公正と自由の関係というのはなかなか難しくて、私も委員長になって少しばかり政治哲学や公共哲学の本を読みましたけれども、時々の社会の要請や経済の動向に応じて、「公正」だとか「自由」だとかの哲学的な概念の内容は揺れ動くのだと思います。ただ、先ほど申し上げましたように近年の世界の状況を見ると、やはり公正さを確保した上での自由という点を以前より重視すべきなのではないかなと思います。私は委員長になってから、ずっと「競争なくして成長なし」に加えて「公正な分配」のためにも競争政策は関われるのだと言い続けてきていまして、経済格差や社会の分断が広がっている21世紀の前半の状況を踏まえると、公正な競争についてハイライトする必要があるのではないかなと私は感じております。
(問) そうすると、下請法も非常に政治家の熱烈な支持があるようなので、一定の公正な取引環境、そして公正な競争環境設立のために一定の成果を上げられたと思いますか。
(古谷委員長) 下請法も公正な取引環境を整備するという観点での規制だと思いますので、そこは考え方は通じていると私は思っています。