フィリピン(Philippines)

(2020年6月現在)

最新の情報については,当局ウェブサイトを御確認ください。

1 根拠法

(1) 競争法制の名称

 フィリピンにおける競争法は,2015年7月21日に成立し,同年8月8日に施行されたフィリピン競争法(Philippine Competition Act)(以下「競争法」という。)である。
 

(2) 競争法の下部規則

 競争法の執行機関であるフィリピン競争委員会(Philippine Competition Commission)(以下「委員会」という。)は,競争法の執行に関し,フィリピン競争法施行規則(以下「競争法施行規則」という。),委員会における管轄事件の処理について定めた2017年委員会手続規則(以下「委員会手続規則」という。)等の下位規範を定めている。
 

(3) 構成

 競争法は,次のような構成となっている。
第1章 総則
第2章 フィリピン競争委員会
第3章 禁止行為
第4章 企業結合
第5章 事件処理
第6章 罰則
第7章 執行
第8章 雑則
第9章 最終規定
 

2 執行機関

(1) 委員会
ア 権限

 委員会は独立した準司法機関の性質を有し,大統領府に属する政府機関として,フィリピンにおける競争政策の実施及び競争法の目的・目標を達成することを使命とする(競争法第5条)。
 委員会は,競争法及び競争法施行規則の実施及び執行について,以下の権限及び機能を有している(競争法第12条)。
・ 委員会の職権に基づく調査,利害関係者が立証した申立て,又は関係規制当局からの付託に基づき,競争法その他の競争法規に違反する事件について,照会,調査,聴取を行い,決定を下すともに,民事又は刑事手続を適切に進めること
・ 企業結合審査の実施,企業結合計画に係る事前届出の基準額並びに企業結合審査の要件及び手続の決定,企業結合審査の権限を行使して関連市場における競争を実質的に阻害し,制限し,又は減じる企業結合を禁止すること
・ 市場行動を把握するため,利害関係者および関係機関との協議の実施及び情報収集をすること
・ 事前通知及び意見聴取の後,実質的な証拠に基づき,反競争的合意の締結又は市場支配的地位の濫用に係る行為があると認められた場合,競争法及び競争法施行規則により規定される合理的な枠組みの下,所定の措置を採ることにより当該行為を差し止め又は是正すること
・ 競争法及び競争法施行規則に違反したこと及び委員会に対し侮辱したことに対する行政上の措置又は刑事上の措置を採ること
・ 調査に関連する帳簿,記録その他の文書若しくはデータの提出又は委員会への出頭を要求する文書提出令状又は召喚令状を発出すること,証人の召喚をさせること,宣誓供述をさせること並びに競争法及び競争法施行規則の規定に従い,適正な告知及び審判を経た上で理由提示命令又は排除措置命令等の暫定命令を発出すること
・ 帳簿,税務記録その他調査事項に関連する文書が所在することが合理的に疑われる場合において,帳簿,記録その他の文書について削除,隠蔽,改ざん又は破壊がなされることを防ぐため,裁判所の命令に基づいて,事業所その他の事務所,土地及び車両の検査を実施すること。
・ 競争法,競争法施行令及び同法施行規則の定める方法及び条件に従い,企業再編若しくは売却の命令を含む調整命令又は売却に係る命令を発すること(構造的問題解消措置としての調整命令又は売却命令の発出は一定の条件がある。)。
・ その権限及び職務を実行する際に,政府の全ての執行機関の代理となること又は民間組織,事業者,法人等からの支援を受けること
・ 排除措置命令又は同意命令を受けた者の当該命令の遵守状況の監視
・ 競争法の効果的執行のための競争上の問題に関する勧告及びガイドラインを発出するとともに,国会に対し,年次報告及び商業,貿易又は産業の規制に関する立案等の特別報告を提出すること
・ フィリピン経済に影響を与える市場での競争慣行を監視・分析すること,透明性と説明責任を促進するための措置を実施・監督すること並びに競争法による禁止事項及び競争法の課す要件を遵守させること
・ 産業界及び消費者に対する情報提供及び指導のための反競争的行為又は合意に関する調査報告を実施し,その結果の公表及び周知をすること
・ 証券取引委員会,エネルギー規制委員会,国家電気通信委員会等の政府機関の行う競争法の規定の考慮を要する行政上及び規制上の手続に関与又は参加すること
・ フィリピン国内の競争政策の立案において,関係機関及び産業と協議しながら,国家経済開発庁を支援すること
・ 国際的な競争上の問題に関しフィリピン政府を代表すること
・ 他の競争政策関連組織と協力して技術開発やベストプラクティスの共有を促進すること
・ 政府の競争政策の普及啓発をすること
 なお,競争法違反に関する刑事責任に関して行われる予備審問及び起訴に関しては,司法省競争室が権限を有している(競争法第13条)。
 

(2) 執行機関の長の任期

 委員会は委員長(Chairperson)1名と4名の委員(Comissioner)により構成される。委員長及び委員は大統領から任命される(競争法第6条)。また,委員長及び委員の任期はいずれも7年であり,任期中は法定の事由に該当しない限り解任されることはなく,地位の独立性は確保されている。ただし,再任は認められない(競争法第7条)。
 

3 規制の概要

(1) 反競争的合意
ア 概要

 競争法の禁止する反競争的合意は,以下の3つに大別される。
① 競争事業者間における価格カルテルや入札談合といった典型的な競争阻害行為に係る合意であり,このような合意は当然に違法とされる(競争法第14条(a))。
② 競争事業者間における生産調整や市場分割等にかかる合意であり,これらについてはその目的または効果において実質的に競争を阻害し,制限し又は減殺することが認められる場合にのみ違法とされる(同条(b))。
③ 上記①及び②以外の合意であって,目的又は効果において実質的に競争を阻害し,制限し又は減殺することが認められるものであり,上記①及び②と異なり,合意の当事者は競争事業者であることを要しない(同条(c))。
 上記①から③を図示すると下記のとおり。
 
表1 反競争的合意の各類型

類型 主体 合意の内容 目的又は効果
競争事業者 価格その他の取引条件に関する競争制限合意
入札談合
不要(当然違法)
生産,市場,技術開発若しくは投資を調整,制限又は統制する合意
市場分割合意(販売又は購買の数量,地域,商品又は役務の種類,買主又は売主等に関するもの)
必要(実質的な競争制限の目的又は効果を有する場合に違法)
(限定なし) 上記①及び②以外のものであって,目的又は効果において実質的に競争を制限するもの(ただし,商品又は役務の生産又は流通の促進に貢献するもの,技術的又は経済的発展を促進するものであって,その恩恵を消費者が享受するものを除く。)

 

(2) 支配的地位の濫用

ア 概要

 競争法では,事業者がその支配的な地位を濫用し,不当廉売,参入制限,抱き合わせ販売,差別的取扱等によって,競争を実質的に妨げ又は減じる行為を行うことを禁じている(競争法第15条)。
 

イ 支配的地位の定義

 競争法は「支配的地位(dominant position)は,一又は複数の事業者が有する経済力を伴う地位であって,当該事業者が競争事業者,顧客,供給元,消費者のうち,いずれか又は複数から独立して関連市場を支配することを可能とするもの」と定義している(競争法第4条(g))。
 また,競争法施行規則は,ある事業者の市場におけるシェアが50%以上である場合には,当該事業者は市場支配的地位を有するとみなすとしている(競争法施行規則通則8第3条)。
 

ウ 支配的地位の濫用行為

 競争法の禁止する市場支配的地位の濫用行為としては,以下のものが挙げられる(競争法第15条)。
・ 関連市場における競争を排除する目的で費用を下回る価格で商品又は役務を販売すること。
・ 参入障壁の設定又は反競争的な態様による競争事業者の市場における発展を妨げる行為
・ 取引に際し,その性質又は商業上の利用方法に照らして,当該取引と関係のない義務の負担を条件とすること。
・ 同一の商品又は役務に関し,同様の条件で取引をしている売主又は買主について,価格その他の条件における差別的な取扱いをすることにより,競争を実質的に減じること。
・ 価格制限,優遇割引又はリベートの提供,競争事業者と取引しないことを条件とすること等によって,商品又は役務の賃貸,売買又は交換に関し,取引の場所,相手方又は販売若しくは交換の方法に係る制限を設定することにより,競争を妨げ,制限し又は減少させる目的又は効果を有すること
・ 商品又は役務の提供において当該商品又は役務と直接の関連性のない他の商品又は役務の購入を条件とすること
・ 直接又は間接に,競争上劣位にある農作物生産事業者,漁業事業者,中小事業者,その他製造事業者又は役務提供事業者等の商品又は役務等について不当に低い購入価格とすること
・ 直接又は間接に,競争事業者,顧客,供給事業者又は消費者に対して不当な購入価格又は販売価格とすること
・ 生産,市場又は技術開発について,消費者の利益に反して制限すること
 

(3) 企業結合規制
ア 概要

 競争法は,一定の取引分野における競争を実質的に妨げ,制限し又は減じる企業結合を禁止している(競争法第20条)。このうち,①当該取引による効率性の向上が競争阻害性を上回る場合及び②企業結合の対象となる事業者等の倒産救済策であって他の選び得る手段と比較して最も競争を阻害しない場合であれば,例外として認められる(競争法第20条)。
 規制の対象となる企業結合は,買収と合併に分けられ,合弁会社を設立することは合併に含まれるとされている(競争法施行規則通則2第2条(k))。
 

イ 届出の対象となる取引

 競争法は,取引価値(the value of the transaction)が10億ペソを超える企業結合については,企業結合の実施前に委員会に届け出て,承認を得なければならないと定めるとともに,委員会がこれとは別の届出基準を定めることを許容している(競争法第17条)。
 委員会は,2019年3月以降,次のような届出基準を定めている(委員会勧告2019年第001号)。
(ア) 当事会社の少なくとも一つの最終親会社のフィリピンでの総収入又は総資産が56億ペソを超え,かつ,
(イ) 次のa,b,c又はdの基準により,当該企業結合の取引価値が2億ペソを超える場合
 
a フィリピン国内の資産譲受による企業結合については,
 企業結合の対象となるフィリピン国内の資産について,
・ その価値の合計が22億ペソを超え,かつ,
・ 当該譲受資産による収入が22億ペソを超える場合
 
b フィリピン国外の資産譲受による企業結合については,
・ 企業結合の対象となる事業者等のフィリピン国内における資産の価値の合計が22億ペソを超え,かつ,
・ 資産譲受によりフィリピン国内で22億ペソを超える収入が生じる場合
 
c フィリピン国内・国外双方の資産譲受による企業結合については,
・ 企業結合の対象となる事業者のフィリピン国内における資産の価値の合計が22億ペソを超え,かつ,
・ 資産譲受によりフィリピン国内で22億ペソを超える収入が生じる場合
 
d 株式等取得による企業結合については,
・ 株式取得対象の事業者等及びその支配下の会社等について,フィリピン国内に有する資産が22億ペソを超え,又は,フィリピンに関する売上げが22億ペソを超える場合であって,かつ,株式を取得する事業者が取引後に取得対象の株式等の35%を超える部分を有することとなる場合(取引前に既に35%を超えている場合は,取引後に50%を超える場合)
 
 以上の要件を図示すると,次のようになる。

 

ウ 届出の手続(企業結合手続に関する規則 第2 A~C)

 届出義務のある企業結合計画の当事者は,委員会所定の様式に沿って取引の概要,当事者,その親会社及び子会社の事業概要等に関する情報を,所定の方法に基づき,提供して届け出ければならない。また,委員会に事前相談を任意に行うこともできる。委員会は,適正な届出であることを確認した後,原則として30日以内に当該取引を承認するか否かの判断を行う(簡易審査)。ただし,委員会が更なる精査を必要とすると認める場合には,委員会は当事者に追加の資料提供を求め,詳細審査を実施することができる。この場合,審査終了までの期間は60日間延長される。
委員会は,審査後,当該取引を承認する,禁止する,又は一部内容を変更することを命じるといった判断を示す。また,所定の期間内に委員会が判断を示さない場合には,当該取引は承認されたものとみなされる。
 
 以上の流れを図に示すと,次のとおりである。
 
図2 事前届出の流れ

エ 届出義務違反の効果

 届出義務のある企業結合が委員会への届出,届出後の待機期間の満了又はは競争法による承認を経ずに行われた場合,当該取引にかかる合意は無効とされ,当該取引に係る事業者は企業結合に係る価格の1%以上5%以下の制裁金を課される(競争法第17条)。
 

(4) 適用除外・例外

 競争法の適用除外を直接に定める規定は存在しないが,競争法では,品質基準の策定や安全確保に取り組む事業者団体の存在及び活動を禁止するものではないと規定している(競争法第48条)。
 また,上記(3)アのとおり,企業結合規制に関しては,倒産を防ぐ救済的企業結合について例外が認められている。
 上記(2)の反競争的合意のうち③に係るものと上記(3)の支配的地位の濫用については,商品又は役務の生産又は流通の促進に貢献するもの,技術的又は経済的発展を促進するものであって,その恩恵を消費者が享受するものは反競争的合意又は支配的地位の濫用に該当しないとされている(競争法第14条(c)ただし書及び競争法第15条ただし書)。
 さらに,支配的地位の濫用に関し,市場支配的地位を有すること自体は競争法により禁止されるものではないことが規定されている(競争法第15条ただし書)。

4 法執行手続

(1) 端緒

 競争法の行政事件としての執行は,委員会の職権に基づくほか,利害関係人による適切な申立て又は他の政府機関からの付託を端緒として開始される(競争法第31条)。
 

(2) 法執行手続の流れ

ア 概要

 競争法違反等に係る事件においては,委員会執行室が中心となり,①予備調査,②正式調査,③審判の各手続を経て委員会としての決定が下される。
 また,決定によらず,当事者が改善措置等を採ることによって事件を終結させる方途も複数用意されている。
 委員会外の手続へ移行する場合としては,刑事訴追される場合や,委員会の最終的な判断に対して控訴裁判所に不服申立てがされる場合がある。
 次項以下で述べる手続の流れを図示すると,次のようになる。
 
図3 競争法執行の流れ

イ 予備調査

 委員会執行室は,適切な申立て,他の政府機関の付託又は委員会の職権による指令を受け,予備調査を開始する(委員会手続規則第2.2条)。
 予備調査は,委員会が競争法その他の競争法規に違反した疑いについて正式調査を実施するに足る理由の有無を確認するために行われる手続であり(委員会手続規則第2.1条),適切な申立て又は他の政府機関の付託を受けてから10日以内に開始される(委員会手続規則第2.3条)。
 予備調査の期間は開始から90日と定められている(委員会手続規則第2.5条)。委員会執行室は当該期間内に予備調査を終え,競争法違反の事実が認められない場合又は得られた事実及び情報が正式調査をするには不十分である場合には調査を打ち切り,他方,正式調査を行うに足る合理的な根拠がある場合には,正式審査に移行する(委員会手続規則第2.6条)。
 予備調査が終了したときは,申立てをした者又は付託した他の政府機関に対して15日以内に通知がなされる(委員会手続規則第2.7条)。
 

ウ 正式調査

 正式調査は,調査対象者による競争法違反を問うに足りる根拠があるか否かを確認する目的で行われる(委員会手続規則第2.8条)。正式調査の開始に当たり,対象者に対して調査通知がなされた後,調査開始の事実が委員会のウェブサイトに掲載される(委員会手続規則第2.9条)。
 委員会執行室は,正式調査中にその裁量により,調査対象者との協議を実施することができる。調査対象者は,この協議に弁護士を同席させることができるが,弁護士は対象者にその法的権利について助言ができるものの,弁護士が対象者に代わって質問に答え又は主張を行うことは認められない(委員会手続規則第2.10条)。
 委員会執行室は,正式調査により十分な根拠があると認めたときは,調査対象者を競争法等に違反するものとする異議告知書を委員会に提出する(委員会手続規則第2.11条)。異議告知書には,事実の要旨,違反の事実を基礎づける証拠,制裁金案及び排除措置案(Remedies)を付す必要がある(委員会手続規則第2.12条)。
 他方,十分な根拠が認められない場合,委員会執行室は正式調査を終了する(委員会手続規則第2.11条)。
 正式調査の終了後15日以内に,申立てをした者又は場合により付託をした他の政府機関に対して適宜通知がなされる(委員会手続規則第2.13条)。
 

エ 審判

 審判(Adjudication)は,委員会執行室が異議告知書を委員会に提出して開始される(委員会手続規則第4.14条)。その目的は,委員会が競争法等違反について十分な証拠が存在するか否かを決するとともに,罰則その他を命じることを正当化することにある(委員会手続規則第4.2条)。
 審判は,委員会が委員会執行室と事業者(被審人)の主張を判断する対審類似の構造による手続であり,委員会手続規則の定める方式による両者の主張が公開の審判において行われる(委員会手続規則第4.4条)。また,弁護士が事業者(被審人)を代理することも認められる。
 審判手続中,委員会執行室が被審人の提示した和解案を合理的であると認めたときは,委員会執行室と被審人が和解を求める共同の申立てをすることができ,委員会がこれを承認する命令を発したときは,和解は確定し直ちに執行可能なものとなる(委員会手続規則第4.43条及び第4.45条)。
 委員会執行室と被審人の主張を審理した後,委員会は,認定事実,法的根拠,制裁金,排除措置等を記載した決定を下す(委員会手続規則第4.52条)。
 

オ 刑事訴追の要請

 委員会は,予備調査終了後はいつでも,競争法等に対する違反を理由として,司法省に対し,予備審問の実施及び裁判所への刑事訴追を求めることができる。司法省は,これに対して,改正刑事手続規則に従った予備審問を実施しなければならない(競争法第31条)。
 

(3) 委員会の調査等に係る権限

 委員会は,その管轄する事件に関して,以下の調査等を行う権限を有している。
・ 裁判所の命令を得て,調査に関連する事項に関係のある帳簿,記録その他書類(以下「書類等」という。)が廃棄,隠ぺい,改変又は破棄されることを防止するため,書類等が所在することが合理的に疑われる事業所その他のオフィス,土地又は車両であって調査の対象者が使用しているものの検査を実施すること(競争法第12条(g))
・ 調査等の対象者による行為を継続することにより消費者又は関連市場における競争に重大な悪影響を与える場合において,仮差止命令を発すること(競争法第31条)
・ 宣誓供述の取得,文書提出命令の発出,証人の召喚,専門家やコンサルタントへの委託等により調査をすること(競争法第33条)
・ 正当な理由のない,召喚や文書提出命令の不履行,証人としての宣誓又は供述の拒絶,情報提供の拒否等の侮辱の罪に対して30日以内の禁錮又は10万ペソ以下の制裁金を賦課すること(競争法第38条)
 

(4) 決定以外による事件の終結

ア 概要

 委員会の管轄する競争法違反に係る事件は,決定のほか,和解と非敵対的措置(Non-Adversarial Remedies)により終了する場合がある。非敵対的措置には,拘束裁定(Binding Ruling),理由提示命令(Show Cause Order),同意命令(Consent Order)の3種類が例示されており,委員会はこれらを活用することより当事者の競争法の自発的な遵守を奨励することとされている(競争法第37条)。
 

イ 和解

 予備的調査の開始から正式調査の終了までの間,調査対象者はいつでも委員会執行室に対して和解を提案できる。委員会は,委員会執行室の推挙があった場合,公正かつ合理的な条件に基づく和解を承認することができる(委員会手続規則第2.17条)。
 なお,上記のとおり,調査対象者は,審判開始後も被審人の立場で委員会に対して和解の提案をすることができ,委員会が提案を妥当なものと認めた場合には,委員会と共同での和解の申立てをすることができる(委員会手続規則通則4第8条)。
 

ウ 非敵対的措置

(ア) 拘束裁定(Binding Ruling)(競争法第37条第a項)
 将来実施することを計画し又は過去に実施した行為について,競争法上の適法性について疑問を有する者は,委員会に対して拘束裁定を求めることができる。委員会は,当該行為が適法でないとする拘束裁定をする際には,拘束裁定を求めた者に対して拘束裁定に従うための合理的期間(90日以内)を定める。この期間内に拘束裁定の内容が遵守された場合,拘束裁定を求めた者は,当該行為に係る行政,民事又は刑事上の措置の対象とならない。
 この拘束裁定の申立ては,拘束裁定を求める行為について,競争法違反行為としての申立てや調査が行われる前の段階で行う必要がある。
 
(イ) 理由提示命令(Show Case Order)(競争法第37条(b),委員会手続規則通則3第2条)
 委員会は,事業者が競争法等に適合しない事業を遂行していると判断したときは,公益の観点から,当該事業者に対して理由提示命令を発することができる(委員会手続規則第3.10条)。
 理由提示命令は,反競争的行為,合意,関連する事実,証拠等の概要を示し,事業者に対して所定の期間内に説明書面を提出することを命じるものである(委員会手続規則第3.11条)。これに対して,事業者は,委員会の認定を争うこと又は認定事実を認め,問題解消措置案を説明することができる(委員会手続規則第3.12条)。委員会が事業者から提出された説明を十分なものとして認める場合には,理由提示命令の手続は終了し,調査も終結となる(委員会手続規則第3.14条)。
 
(ウ) 同意命令(Consent Order)(競争法第37条(c),委員会手続規則通則3第3条)
 委員会による調査の対象となっている者は,調査の終了までのいずれの時期にも,競争法等に違反したことを認めずに,同意命令の適用を提案することができる。同意命令には,次の内容を含むものとする。
・ 競争法の定める制裁金の範囲内での金銭の支払い
・ コンプライアンスレポート及び定期的なコンプライアンスレポートの提出
・ 損害を受けた者に対する賠償金の支払い
・ 委員会が競争法その他の競争法規を効果的に執行するために,適当かつ必要と考えるその他の条件

 

(5) 委員会による決定

 委員会は,その管轄する事件に係る審判の審理を終えた後,決定の付託がなされてから60日以内に決定を行う(委員会手続規則第4.49条,第4.50条)。
 決定の内容としては,認定事実,法的根拠,制裁金その他適当な措置等を記載するものとする(委員会手続規則第4.52条)。その他の措置としては,特定の作為又は不作為を命じる行動的問題解消措置,市場の競争的構造を維持,向上又は回復させるための構造的問題解消措置,特定の作為又は不作為に係る命令,不当利得の返還,事業売却(Diverstiturer)などがある(委員会手続規則第6.23条~第6.28条)。
 また,競争法違反行為が,生活必需品又は日用品の取引又は流通に係るものである場合には,委員会は制裁金の金額を3倍とするものとする(競争法第41条)。
 委員会の下した決定は,委員会が執行令状を発して執行する(競争法第40条)。委員会は,決定の遵守を監督するとともに,決定を受けた者に報告書の提出等をさせる権限も有している(委員会手続規則通則8)。
 なお,委員会の下した決定は,委員会のウェブサイトに掲載され公開される(委員会手続規則第4.53条)。当事者は,未公開の企業秘密等等を非公開とするように要請することができるが,これに応じるか否かは委員会が裁量により判断する(委員会手続規則第11.10条)。
 

(6) 不服申立てに係る手続

ア 再審申立て(Motion for Reconsideraion)

 委員会の決定に不服のある者は,決定等を受け取ってから15日以内に,一度に限り,①証拠が当該決定を正当化するのに不十分であること又は②決定が法令に違反することを主張し,委員会に対して再審を申し立てることができる(委員会手続規則第4.54条,第10.2条ないし第10.4条)。
 再審が申し立てられた場合,この判断が出るまでの間,申立ての対象となる決定等の効力は停止される(委員会手続規則第10.7条)。
 

イ 控訴裁判所への不服申立て

 委員会の最終的な決定に対しては,控訴裁判所に不服申立てをすることができる。この場合において,不服申立てによって,委員会による決定の効力はその結果に影響を与えない(競争法第39条,委員会手続規則第5.1条)。
 

(7) リニエンシー制度

ア 概要

 委員会は,競争法上,カルテル等の反競争的合意の禁止(前記3(1)①及び②に係る場合に限る。)に違反した者が,当該合意について自主的に情報を報告した場合に利用することができるリニエンシー制度を定めるものとされている(競争法第35条)。これを受けて,委員会は委員会リニエンシープログラム規則(以下「リニエンシープログラム規則」という。)を制定している。
 

イ リニエンシープログラム規則第3条の適用

 反競争的合意に関与した者が自主的に当該反競争的合意の存在等を委員会に報告した場合において,以下の要件を充足したときは,当該関与者は①訴追(行政事件,刑事事件及び委員会が行う民事上の措置を含む。以下本項においては同じ。)の免除,②制裁金の減免,といった利益を受けることができる(リニエンシープログラム規則第3条)。
 
・ 報告時において,委員会が報告対象の行為について他の情報源からの情報提供を受けていないこと。
・ 報告した者による違法行為の存在の認知後,速やかにかつ効果的な手段をもって当該行為への参加を取りやめたこと。
・ 委員会が当該行為に係る事件の処理を終えるまでの間,委員会に対し,継続して十分な情報提供及び協力をすること。
・ 報告した者が第三者に対し,当該行為に参加させ又は参加を継続させたことがなく,また,当該行為の主導者又は発案者ではないこと。
 

ウ リニエンシープログラム規則第4条の適用

 リニエンシーの対象となる反競争的合意に関与した者は,委員会が反競争的合意に係る情報を受領し,あるいは事実確認又は予備審査を開始した後であっても,以下の要件を満たす場合には,制裁金の減免を受けることができる(委員会リニエンシープログラム規則第4条)。
・ 当該情報の報告をした者が当該合意についての最初の者であり,かつ制裁金の減免を受ける資格を有すること。
・ 当該報告をした者による違法行為の存在の認知後,速やかにかつ効果的な手段をもって当該報告に係る行為への参加を取り止めたこと。
・ 委員会が当該行為に係る事件の処理を終えるまでの間,委員会に対し,継続して十分な情報提供及び協力をすること。
・ 報告時において委員会が当該報告に係る行為について措置を採るのに十分な証拠を有していなかったこと。
・ 委員会が報告者に対しリニエンシー適用を認めることによって報告した者以外の者にとって不公正とならないと裁定すること。
 

5 制裁金・罰金の賦課

(1) 概要

 反競争的合意については,一部を除き行政上の措置及び刑事上の措置の両方が採られる。
 これに対し,反競争的合意の一部,市場支配的地位の濫用及び企業結合届出規制への違反に対しては行政上の措置のみが適用され,刑事上の措置は規定されていない。
 

(2) 行政上の措置

 競争法の禁止する反競争的合意,市場支配的地位の濫用及び企業結合規制への違反に対しては,いずれについても,以下のとおり制裁金が課される。制裁金額の算定に当たっては,違反行為の重大性及び継続期間の双方を斟酌するものとされている(競争法第29条(a))。
・ 初回の違反:1億ペソ以下の制裁金
・ 2回目以降の違反:1億ペソ以上2億5000万ペソ以下の制裁金
 また,競争法の命令への不遵守等の違反行為に関しては,以下の措置が課される(競争法第29条(b)及び(c))。
・ 競争法の命令の不遵守:5万ペソ以上100万ペソ以下の制裁金
・ 不適切又は虚偽の情報提供(故意又は重過失に基づくものに限る。):100万ペソ以下の制裁金
・ その他競争法の規定違反(個別に制裁が規定されているものを除く。):5万ペソ以上200万ペソ以下の制裁金
 

(3) 刑事上の措置

 競争法の反競争的合意に関する禁止規定(競争法第14条(c)に定めるものを除く。)に違反した者は,上記(2)の制裁金とは別に,以下の刑事上の措置が採られる。なお,禁錮については,違反行為について責任のある役職員及び取締役に対して科すものとされている(競争法第30条)。
・ 2年以上7年以下の禁錮
・ 5000万以上2億5000万ペソ以下の罰金
 

6 その他

 競争法では,競争法違反行為による損害について,独自の損害賠償請求の根拠となる規定はない。
 他方で,競争法は,競争法違反行為により直接損害を被った者は,委員会の予備調査の終了後に,別個独立の民事上の措置を採ることができるとしている(競争法第45条)。
 

「アルファベット目次」に戻る

ページトップへ