英国(United Kingdom)

(2021年6月現在)

最新の情報については,当局ウェブサイトを御確認ください。

第1 根拠法

 英国の競争法は,次の法律から構成されている。
1 1973年公正取引法 ……… 新聞会社の合併の規制,公正取引庁の設置等
2 1980年競争法 …………… 物価委員会の廃止等
3 1998年競争法 …………… 反競争的協定及び支配的地位の濫用の規制,競争委員会の設置等
4 2002年企業法 …………… 競争控訴審判所の設置,カルテル罪の新設,個人への刑事罰の導入等
5 2013年企業規制改革法 … 競争・市場庁の設置,公正取引庁及び競争委員会の廃止,1998年競争法及び2002年企業法の改正

(注1)1998年競争法が2000年3月に施行されたことに伴い,同日をもって,1976年再販売価格法,1976年制限的取引慣行法,1977年制限的取引慣行法,1976年制限的取引慣行裁判所法及び1980年競争法における反競争的行為に関する規定が廃止された。
 
(注2)2002年企業法が2003年6月に完全施行されたことに伴い,上記競争法の一部の条項が改正又は廃止された。2002年企業法は競争法を補完するものである。

第2 執行機関

1 競争・市場庁(Competition & Markets Authority(CMA))

(1) 概要

 競争・市場庁は,2013年企業規制改革法により2013年10月1日に設立され,2014年4月1日,同法により公正取引庁及び競争委員会が廃止されたことに伴い,それら機関の機能及び権限の大部分を受け継いだ独立の非大臣庁である。
2013年企業規制改革法に基づく競争・市場庁の権限は,以下のとおりである。
ア 競争を制限する合併の調査
イ 競争・消費者問題の存在が疑われる市場の研究及び調査
ウ 英国競争法違反の疑いのある反競争的な協定及び市場支配的地位の濫用の調査
エ カルテル罪に関与した個人に対する刑事訴追
オ 消費者の選択を困難とする行動や市場の状況に対処する消費者保護法の執行
カ 規制当局との連携及び権限行使の働きかけ
キ 規制当局への付託及び要請の検討

(2) 組織

 競争・市場庁は,議長(Chair),チーフエグゼクティブ(Chief Executive),3名のエグゼクティブディレクター(Executive Director)及び5名のノンエグゼクティブディレクター(Non-executive Director)から構成される合議体のBoard並びにパネル議長(Panel Chair),4名の調査委員長(Inquiry Chair)及び28名の調査委員から構成される合議体のPanelから構成されている。Boardの議長とPanelの議長は,それぞれBoardとPanelの職務を兼務する。
 Boardは,競争・市場庁全体の戦略的指針の策定や政策決定等を行う。Boardの会合には,チーフ経済アドバイザー(Chief Economist Adviser)及び法律顧問(General Counsel)が出席して助言を行う。Boardの下には,執行委員会(Executive Committee)及び非執行委員会(Non-Executive Committees)が置かれている。執行委員会としては,事例・政策委員会(Case and Policy Committee)や運営委員会(Operations Committee)等の小委員会が置かれ,非執行委員会としては,監査・リスク保障委員会(Audit and Risk Assurance Committee)や報酬委員会(Remuneration Committee)等が置かれている。
 Panelは,Boardの付託を受け,Panelの委員が3名以上のグループに分かれて,企業結合事案の第2次審査(Phase2)や市場調査等を行う。
 Board及びPanelの議長及び委員は,ビジネス・エネルギー・産業戦略省(Department for Business, Energy and Industrial Strategy; BEIS)の大臣によって任命される。Boardの議長及びチーフエグゼクティブの任期は5年以内であり,Panelの議長,副議長及び委員の任期は8年以内であり,それぞれ再選が可能とされている。ビジネス・エネルギー・産業戦略大臣による競争・市場庁の議長及び各委員の罷免は,無能力(incapacity),非違行為(misbehaviour),職務懈怠(failure to carry out his or her duties)を理由とする場合に限られている。
 競争・市場庁には, 445名(2020年時点)のスタッフが勤務しており,Board及びPanelの下には,執行局(Enforcement Directorate),市場企業結合局(Market and Mergers Directorate),企業サービス局(Corporate Services Directorate)が置かれ,チーフ経済アドバイザー及び法律顧問の下にもそれぞれ部や課が置かれている。
 
(注3)公正取引庁の機能のうち消費者相談業務については,市民相談サービス(Citizens Advice)に引き継がれ,消費者の信用取引の調査については,金融監督機構(Financial Conduct Authority)に引き継がれた。
 
(注4) 2021年4月1日,CMA内にデジタル分野の競争政策を所掌するデジタル市場ユニット(Digital Markets Unit)が発足した。現在,英国議会において「デジタル市場における競争促進のための新たな規制」(A new pro-competition regime for digital markets)に係る法制化に向けた検討が進められており,Digital Markets Unitの具体的な役割も法定化されることとなっている。

2 競争審判所(Competition Appeal Tribunal)

 競争審判所は,2002年企業法第12条の規定に基づき創設された。同競争審判所は,以下の事案を取り扱う。
(1) 1998年競争法に基づく競争・市場庁の決定及び電気通信,電力,ガス,水道,鉄道及び航空分野の規定当局による決定(後記5参照)に関する不服申立て
(2) 1998年競争法に基づく損害その他の金銭賠償請求
(3) 国務大臣及び競争・市場庁による合併に関する決定の審査や2002年企業法に基づく決定の審査
(4) 情報通信庁(Office of Communication)及び国務大臣によりなされた決定に対する不服申立て

3 ビジネス・エネルギー・産業戦略省(Department for Business, Energy and Industrial Strategy; BEIS)

 ビジネス・エネルギー・産業戦略省は,2016年7月に,ビジネス・イノベーション・技能省(Department for Business, Innovation and Skills, BIS)とエネルギー・気候変動省(Department of Energy and Climate Change, DECC)が統合されて設立された大臣庁であり,英国事業の生産性を高め,国際社会における競争の支援等を任務としている。ビジネス・エネルギー・産業戦略省の大臣は,公的任命委員会実務規則(Commissioner for Public Appointments Code of Practice)の規定に基づき競争・市場庁のBoard及びPanelの委員を任命する。

4 重大不正捜査局(Serious Fraud Office;SFO)

重大不正捜査局は,2002年企業法に規定されるカルテル罪の捜査を競争・市場庁と協力して行い,競争・市場庁の同意を得て被疑者の訴追を行う。

5 競争・市場庁以外の規制当局

 英国においては,電気通信,電力・ガス,水道,鉄道及び航空の規制当局の長がそれぞれの分野において1998年競争法を適用する権限を有している(1998年競争法第54条)。
具体的には,情報通信庁(Office of Communications),ガス・電力市場管理局(Gas and Electricity Markets Authority),水道サービス規制局(Water Services Regulation Authority),鉄道道路局(Office of Rail and Road),北アイルランド公益事業規制局(Northern Ireland Authority for Utility Regulation),民間航空局(Civil Aviation Authority),モニター(Monitor:国民医療サービス(NHS)に属する病院等の監視組織),支払システム規制庁(Payment Systems Regulator)及び金融行為監督機構(Financial Conduct Authority)の9機関が,競争・市場庁と並行して,競争法の執行権限を有している。

第3 規制の概要

 1998年競争法では,英国内における取引に影響を与える反競争的協定(第1章)及び支配的地位の濫用(第2章)の規定が定められている。これらの規定は,EU機能条約第101条(競争制限的協定に係る規制)及び第102条(市場支配的地位の濫用に係る規制)の規定に倣ったものである。また,2002年企業法では,企業結合規制が定められている。

1 反競争的協定

(1) 禁止行為

 1998年競争法は,反競争的協定について,EU機能条約第101条の規定に準じ,従来の登録・付託制度を廃止し,原則禁止に改めた。また,同法は,違法性の判断基準を,従来の公共の利益の基準から,EU機能条約第101条の規定と同様に,競争に与える影響を主たる判断基準に改め,国内で実施され又は実施が意図され,国内の取引に影響を与えるおそれがある若しくは国内の競争を阻害,制限,歪曲する目的若しくは効果を持つ協定等を原則として禁止している(同法第2条第1項)。具体的には,以下の行為を禁止している(同法第2条第2項)。
ア 直接的又は間接的に,購入価格,販売価格又はその他の取引条件を決定すること
イ 生産,市場,技術開発又は投資を制限又は支配すること
ウ 市場又は供給源を分割すること
エ 同様の取引について差別的な条件を適用し,それによって取引相手を競争上不利な立場に置くこと
オ 契約締結に際し,その性質上又は取引慣行上,当該契約とは関係のない付加的な義務を相手が受け入れることを条件とすること

(2) 適用免除

 上記の反競争的協定の規制は,企業結合,他の法律に基づき規制される行為,一定の自由業の規制等には適用されない(1998年競争法第3条第1項)。また,一定の要件を満たす場合には,一括適用免除(block exemption:同法第6条)又は個別適用免除(individual exemption:同法第4条)が認められるほか,Brexit以前にEUで適用免除になっている行為については,原則として適用免除(retained exemption:同法第10条)となる。
 一括適用免除又は個別適用免除が認められるのは,EU機能条約第101条第3項の規定と同様に,協定が,[1]生産若しくは流通の改善又は技術的若しくは経済的な進歩の促進に役立ち,かつ結果として生じた利益を消費者へ公平に分配し,[2]事業者に対して,目的達成のために不可欠な制限のみを課し,かつ対象商品の実質的な競争を排除する可能性を与えない場合に限られる(同法第9条)。

(3) 垂直的協定の取扱い

 1998年競争法第1章の反競争的協定には,水平的協定のみならず垂直的協定も含まれる。ただし,同法第50条の規定に基づき,国務大臣により,再販売価格維持協定以外の垂直的協定を原則的に適用免除とする命令が出されている。
 英国では書籍について定価本協定(NBA)が適用免除として認められていたが,1997年,制限的慣行裁判所が取消判決を行ったことにより,書籍の再販売価格維持に係る適用免除は廃止されている。また,再販売価格維持が認められていた最後の品目であった一般医薬品についても,2001年5月,制限的慣行裁判所により適用免除を廃止する命令が下されている。

2 支配的地位の濫用

(1) 禁止行為

 1998年競争法では,EU機能条約第102条の規定に準じ,支配的地位を有する事業者による単独又は共同の濫用行為が禁止される。濫用行為の例として次のような行為が挙げられている(同法第18条第2項)。
ア 直接的又は間接的に,不公正な購入価格,販売価格又はその他の取引条件を課すこと
イ 生産,市場又は技術開発を制限して消費者利益を害すること
ウ 同様の取引について差別的な条件を適用し,それによって取引相手を競争上不利な立場に置くこと
エ 契約締結に際し,その性質上又は取引慣行上,当該契約とは関係のない付加的な義務を相手が受け入れることを条件とすること

(2) 適用免除

 上記の反競争的協定の規制は,企業結合等には適用されない(同法第19条第1項)

3 市場調査(market investigation)

(1) 概要

 競争・市場庁は,2013年企業規制改革法により競争委員会が廃止されたことに伴い,その権限を引き継ぎ,市場調査(Market Investigation)を行う権限を有する(2002年企業法第131条)。
 競争・市場庁による市場調査は,英国における商品又は役務の市場の1又は複数の特徴が,英国あるいはその一部における商品又は役務の供給又は獲得と関連し,競争を阻害,制限,又は歪曲している疑いがある合理的な理由がある場合に開始される(同条第1項)。市場調査の分析対象は,特定の企業や企業の行動ではなく,競争に悪影響を与えていると思われる業界全体の慣行である。反競争的協定や支配的地位の濫用に関する規制の下で評価される可能性のある市場参加者の行動のみならず,顧客の行動も含めて分析される。
 また,競争法の執行権限を有する競争・市場庁以外の規制当局(放送通信庁,ガス・電力市場管理局,水道サービス規制局,鉄道道路局,民間航空局,北アイルランド公益事業規制局等)や,特定の状況下では,公益性を考慮した事案に関連して,政府閣僚が,競争・市場庁に対して市場調査を付託することもある。その際,付託された市場調査を行うか否かを判断するために,競争・市場庁はあらかじめ,後述(3)の市場研究(Market Study)を行うことができる。
 なお,付託された市場調査を行うか否かに関する競争・市場庁の決定は,競争審判所による司法審査の対象となる。

(2) 調査手続及び是正措置

ア 調査手続
 市場調査は,Panelの委員で構成されるグループにより行われ,PanelはBoardから独立して決定を下す。競争・市場庁は,原則として18か月以内に市場調査を終えなければならず,例外的な場合にのみ6か月の期間延長が認められる(2002年企業法第137条)。市場調査を実施した場合は,市場調査の付託がなされた日から24か月以内に,報告書を作成の上公表しなければならない(同法第136条)。
イ 是正措置
   市場調査の結果,競争に悪影響を及ぼす市場の特性があると決定した場合であって,それに対して措置を採ることが合理的かつ現実的であると認められる場合,競争・市場庁は,関連する反競争的効果及び消費者への悪影響を改善し,緩和し,防止するために,事業者に対して是正措置を講ずる(2002年企業法第138条第2項)ほか,他の規制当局に是正を勧告することもできる。
 また,事業者が是正措置命令に違反した場合は,競争・市場庁は差止めを求めて民事訴訟を提起することができる(同法第167条第6項)。
 さらに,競争・市場庁は,是正措置の代わりに,事業者からの自発的な申出を認め受け入れることも可能である(同法第159条)。
 なお,市場調査に関する競争・市場庁の決定に不服がある場合には,名宛人は競争審判所に不服申立てをすることができる。

(3) 市場研究(Market Study)

 競争・市場庁は,付託された市場調査を実施するか否かの決定に関する情報を収集するために,規制,その他の経済的要因,消費者及び企業行動を概観し,特定の市場が適切に機能しない原因を精査するための市場研究を実施することができる(2002年企業法第131条)。
市場研究は,競争・市場庁による通知の公表から正式に開始される(同法第130A法)。競争・市場庁が自発的に市場研究を開始することができるほか,特定の指定消費者団体による申告によって,これを開始することもできる。
競争・市場庁が,市場研究の開始に係る通知の公表から,市場調査の付託を行うまでの法定期限は以下のとおりである。
ア 競争・市場庁が市場調査の付託を提案する場合,又は付託を行うべきであると主張する意見が表明された場合,競争・市場庁は,提案された決定通知を公表し,市場研究の開始に係る通知の公表から6か月以内に,市場調査の付託の手続を開始しなければならない(同法第131B条第1項)。
イ 競争・市場庁は,市場研究の開始に係る通知の公表から12か月以内に,その結果及び必要な場合には採るべき措置を明記した報告書を公表しなければならない。
 
 なお,同報告書の中で,競争・市場庁に対する市場調査の付託の決定について言及する場合は,市場研究の報告書の公表と同時に付託を行わなければならない(同法第131B条第6項)。

(4) 情報収集権限

 競争・市場庁は,市場調査及び市場研究に際し,2002年企業法第5条の規定に基づき,以下の情報収集権限を有する。
ア 競争・市場庁に証拠を示すために特定の場所への招致を要求する通知を行うこと。
イ 保管している又は管理下にある特定の文書の提出を要求する通知を行うこと。
ウ 事業者に対し,特定の予測,見積り,利益その他の情報について,特定の様式及び方法での提出を要求する通知を行うこと。

 これらの要求に従わなかった事業者に対しては,最高で,30,000ポンド(定額)及び15,000ポンド(日額)の罰金が課せられ,競争・市場庁が要求した資料を故意に変更,破棄等をした場合は,2年を超えない懲役,罰金又はその両方が科せられることとなる。

4 企業結合規制

(1) 根拠規定

 合併等の企業結合は,主に2002年企業法によって規制されている。

(注5)1973年公正取引法は,新聞の合併の規制に関する規定のみとなっている。

(2) 規制対象

 結合される(吸収等される)企業の英国における売上高が7000万ポンド超の場合又は企業結合によって英国における商品役務の市場シェアが25%以上になる若しくは増大する場合に規制の対象となる(2002年企業法第23条)。
 なお,結合される(吸収等される)企業の事業が,制限品目(restricted goods)の開発・生産,コンピューターハードウェアの設計・保守,量子技術の開発・生産,人工知能,暗号認証,先端材料等に関する分野であって,英国における売上高が100万ポンド超の場合又は企業結合によって英国における商品役務の市場シェアが25%以上になる若しくは増大する場合に規制の対象となる(同法第23A条)。

(3) 企業結合審査

ア 職権による審査(own-initiative investigation)
 競争・市場庁は,自らの職権(当事者への質問状(enquiry letter)の送付)又は第三者からの申告により,企業結合審査を行うことができる。
イ 届出による審査(notification)
 当事会社は,競争・市場庁に対して,所定の様式に従って企業結合の届出を行うことができる。また,当事会社は,非公表の段階で企業結合計画の競争上の問題について,競争・市場庁の企業結合審査担当から非公式なアドバイス(informal advice)を受けることができ,届出を決めた段階で当事会社は届出案について届出前相談(pre-notification discussion)をすることもできる。届出前相談については,計画の公表・非公表は問われないが,仮定の話を相談することはできない。
 なお,正式な届出を公表前に提出することは許されず,届出の提出前に競争・市場庁に相談することが推奨されている。

(4) 審査手続

 英国においては,企業結合に関する届出の義務はないが,競争法上の問題があれば後日競争・市場庁により是正措置が採られることとなり,事業上のリスクとなることから,当事会社には規制対象となる企業結合について届出することが奨励されている。競争・市場庁における企業結合審査は,2段階に分けて行われており,第1次審査(Phase1)は,当事会社から届出を受けた時点又は職権で審査を開始した場合は審査に着手するに足る十分な情報を得た時点(質問状に対する十分な回答を得た時点)から原則として40営業日以内に完了させなければならない。
 第1次審査において,競争・市場庁は,必要な証拠を収集し(同法第109条),競争・市場庁の資料提出要求に従わない場合には当事会社に制裁金を課す(同法第117条)。
 競争・市場庁は,第1次審査において「実質的な競争減殺」(substantial lessening of competition)の現実的可能性(realistic prospect)が疑われると判断した場合,詳細な第2次審査(Phase2)を開始しなければならない。この際,競争・市場庁は,第1次審査に基づく競争・市場庁の決定及び理由を当事会社に対して示さなければならず(同法第34ZA条第1項第b号),当事会社が競争・市場庁が示す決定及び理由を受理した日から5営業日以内に問題を解消する適切な確約を申し出て,これを競争・市場庁が承認した場合(同法第73A条第1項),事案の重要性,有益性等を勘案して審査の必要性が認められない場合(同法第22条第2項)には,第2次審査を開始しないことができる。
 なお,競争・市場庁は,当事会社が決定及び理由を受理した日から原則として50日以内に第2次審査を開始するか否かの結論を出さなければならない(同法第73A条第3項)。
 第2次審査は,Panelメンバーにより構成された合議体(Inquiry Group)において,通常24週間以内(一定の場合には8週間延長することができる。)に審査され,第2次審査においては実質的な競争減殺となる蓋然性が高いとの判断が下された場合には,競争・市場庁はその時点から12週間以内(一定の場合には6週間延長することができる。)に,是正措置を講じなければならない。
 なお,職権探知によるか届出によるかを問わず,競争・市場庁の審査が第1次審査で終了しなかった場合(当事会社が提出した確約が承認され,第2次審査に進まなかった場合も含む。)には,当事会社は,競争・市場庁に対して手数料を支払わなければならない。

(5) 是正措置

 第2次審査を経て,競争・市場庁が実質的な競争減殺を生じさせる蓋然性が高いと判断した場合には,当該企業結合を禁止しない時であっても,獲得した事業の一部の売却等を求めることができる。(同法第35条,第36条)。

(6) 確約

 競争・市場庁は,実質的な競争減殺を是正,抑制又は防止する観点から,当事会社から提出された確約について適切と判断した場合,これを承認することができる(同法第73条第2項)。

第4 法執行手続

1 審査権限

(1) 1998年競争法違反に基づく審査

 1998年競争法は,競争・市場庁に対して,同法に違反する疑いのある行為を審査する権限を与えている。競争・市場庁は,1998年競争法第1章(反競争的協定)又は第2章(支配的地位の濫用)の違反行為を疑うに足る合理的な理由がある場合,審査を行うことができる(同法第25条)。
 同法には以下の権限が規定されている。
ア 文書及び情報の提出(同法第26条)
イ 令状なしの立入検査(同法第27条)
ウ 令状に基づく立入検査(同法第28条)

 なお,2013年企業規制改革法による1998年競争法改正の主な内容は,以下のとおりである。    
ア 25A条及び26A条が新設され,競争・市場庁は,調査を開始する決定をした場合,関係人に対し被疑事実の要旨等が記載された告知書を交付しなければならず(同法25A条),事情聴取の際は事件関係人に対し告知書の写しを交付しなければならないこととされた(同法26A条)。
イ 40A条及び40B条を新設し,正当な理由なく競争・市場庁の調査に従わない個人に対して制裁金を課すこと(同法40A条),競争・市場庁は当該権限の行使に関して指針を示すこととされた(同法40B条)。

(2) 2002年企業法違反に基づく審査

 競争・市場庁は,2002年企業法第188条(カルテル罪:個人が価格,供給量,市場の割当,入札等について,1名以上の他の者との間で合意すること)の規定に違反する行為を疑うに足る合理的な理由がある場合,審査を行うことができる(同法第192条)。同法には,以下の権限が規定されている。
ア 文書及び情報の提出(同法第193条)
イ 令状に基づく立入検査(同法第194条)
 なお,1998年競争法に基づいて得られた供述を刑事手続で利用することは原則として禁止されている(2002年企業法第198条)。
 
 2013年企業規制改革法による2002年企業法改正の主な内容は以下のとおりである。
ア 刑事訴追を容易にするため,2002年企業法188条のカルテル罪の構成要件から「不正に(dishonestly)」という要件を削除した。
イ 188A条,188B条及び190A条を新設し,カルテル罪が適用される合意に関する情報を事前に顧客や入札主催者に知らせた場合や当該合意が法律上の要請に基づくものである場合には,カルテル罪に問わないこととされた(同法188A条)。また,カルテル合意の時点で当該合意の性質を隠す意図がなかったこと等が被告人の抗弁となることとされ(同法188B条),競争・市場庁においてガイダンス(カルテル罪適用に関するガイダンス(2014年3月に公表))を公表することとされた(同法190A条)。

2 違反行為に対する措置

(1) 指示

 競争・市場庁は,ある協定又は行為が1998年競争法第1章(反競争的協定)又は第2章(支配的地位の濫用)に違反しているとの決定を下した場合,当該違反を終結させるために適切と考える指示(是正措置等)を書面で行うことができる(同法第32条,第33条)。また,事業者が,同指示に理由なく従わなかった場合,裁判所に対し,履行命令を申し立てることができる(同法第34条)。

(2) 暫定措置

 競争・市場庁は,審査中の案件について,1998年競争法第1章又は第2章に違反している行為を疑うに足る合理的な理由があり,特定の個人若しくは組織が重大かつ回復し難い損害を被るのを防ぐために又は公共の利益を守るために,緊急に措置を採る必要があると考える場合には,適切と考える指示(是正措置等)を書面で行うことができる。
なお,競争・市場庁は,同指示の名宛人となる事業者に対して,同指示の内容を事前に通知し,抗弁の機会を与える(同法第35条)。

(3) 事業者に対する制裁金

 競争・市場庁は,1998年競争法第1章又は第2章に違反した事業者に対して,当該事業者の全世界での売上高の10%を上限とする制裁金を賦課することができる(同法第36条)。

(4) 個人に対する刑事罰(カルテル罪)

 個人がカルテル(価格カルテル,市場の割当て,入札談合等)に関与した場合,5年以下の禁錮若しくは罰金に処せられるか,又はこれらが併科される(2002年企業法第188条,第190条)。

(5) 役員資格剥奪命令(1986年企業役員資格剥奪法第9A条;Company Directors Disqualification Act 1986)

 競争・市場庁のほか,電気通信,電力・ガス等の規制当局の長は,裁判所に対して,競争法に違反した企業の役員(director)に役員資格剥奪命令(Disqualification Order)を発出するよう求めることができる(法第9A条第10項)。
 裁判所は,以下の2つの要件が満たされた場合に役員資格剥奪命令を発出しなければならない。
ア 役員の所属する企業が競争法に違反したこと
1998年競争法第1章違反又は競争法第2章の違反行為が対象となる。
イ 役員の行為が企業経営には不適当であると裁判所が認めること
不適当であるかどうかについては,当該役員が違反行為に寄与したか又は違反行為を防止できなかったか等を勘案する(法第9A条第6項)。
 
 役員資格剥奪の期間は最長15年であり,剥奪期間中に企業の役員の職に就く,経営に関する役割を担うなど,役員資格剥奪命令に逸脱した行為が認められた場合には刑事罰の対象となる。

3 制裁金の算定方法

 競争・市場庁は,制裁金額を決定する裁量を有している。制裁金額の算定については,「適切な制裁金額に関する競争・市場庁のガイダンス(2018年4月公表)」に基づき,以下の手順で算定される(同ガイダンスPart2)。

(1) 制裁金の基礎算定額

 違反行為の重大性(違反行為類型,対象商品の性質,市場構造,違反事業者の市場シェア,参入状況,行為により影響が及ぶ市場の範囲,競争者や第三者に与えた影響,将来他の事業者が同様の違反を犯さないよう抑止する必要性,消費者に対する損害が直接的か間接的かなどから判断)及び違反事業者の関連売上高(違反行為の影響を受けた関連市場における違反事業者の前年事業年度売上高)を勘案して,基礎算定額(Starting Point)が算定される。
 なお,当初の制裁金額は,違反事業者の関連する製品市場及び地理的市場における売上高の30%を上限とする。

(2) 調整

 違反行為の実施期間に応じた調整(増額又は減額)が行われる。

(3) 増減要素

 以下のとおり,増減要素に基づく調整が行われる。
ア 増加要素
・ 執行を遅らせる不当な継続的行動
・ 違反事業者の首謀者としての役割
・ 管理職の関与
・ 違反行為の継続を目的とした他の事業者に対する報復その他の強制手段の行使
・ 審査開始後の違反継続
・ 同じ事業者あるいは同じグループの他の事業者による繰り返しの違反
・ 懈怠ではなく意図的に違反に関与したこと
・ リニエンシー申請者に対する報復又は業務上の実力行使
イ 軽減要素
・ 当該事業者の役割(例:.強要・抑圧の下で行動していたか)
・ 違反となる合意・行動への関与が明確ではないこと
・ 1998年競争法第1章及び第2章の遵守のために適切な行動を採ったこと
・ 競争・市場庁の介入後直ちに違反を取りやめたこと
・ 執行手続をより効果的かつ迅速にするような協力

(4) 財政状況等

 事業者の財政状況や売上状況等を勘案した調整が行われる。

(5) 法定上限

 制裁金額が法定上限(違反事業者の全世界での売上高の10%)を超えている場合には上限額までの引下げ,2004年5月1日以前の1998年競争法第1章及び第2章違反については,当時の法定上限(英国内の売上高の10%)までの引下げ,事業者団体による違反行為の場合も法定上限額(違反行為の影響を受けた市場における会員事業者の全世界での売上高の10%)までの引下げが行われる。

(6) リニエンシー
 リニエンシー(下記4参照)に基づいた制裁金の免除又は減額が行われる。また,例外的に,事業者の財政状況の悪化により,制裁金の支払いが困難な場合は,減額が認められることもある。

4 制裁金の減免(リニエンシー)

 「カルテル事件におけるリニエンシー及び刑事免責の適用」(2013年)に基づき,1998年競争法第1章違反の行為(価格カルテル,市場の割当て,入札談合等)を対象として,制裁金の減免が行われることがある。

(1) 制裁金減免の条件

  制裁金の減免を受けるためには,以下の条件を満たす必要がある。
ア 違反の認容
 事業者の場合は,当該事業者がカルテルに係る合意や同調的行動に参加したことを認め,個人の場合は2002年企業法第188条に規定するカルテル罪に加担したことを認めなければならない。
イ 情報の提供
 申請者は,競争・市場庁に対し,秘匿特権(privilege)により保護されない全ての情報,文書及び証拠を提供しなければならない。
ウ 審査への協力
 申請者は事件の処分(刑事処分を含む。)がなされるまでの期間において継続的かつ完全な協力をしなければならない。
エ 違反行為の取りやめ
 申請者は,競争・市場庁に対してカルテルへの関与を明らかにして以降は,カルテルへの関与を取りやめなければならない。
オ カルテルへの参加強制の有無
 申請者は,カルテルへの参加を他の事業者に強制してはならない(この条件は,後記(2)ウのタイプCの事業者には適用がない。)。

(2) リニエンシーのタイプ

ア タイプA
 競争・市場庁が事前審査を開始する前に違反行為に関する証拠を最初に提供した事業者は,同庁が当該違反行為を立証するのに十分な情報を有していない場合,非裁量的に制裁金の免除を受け,従業員及び管理職は包括的な刑事免責を保障され,管理職は資格剥奪を免れることができる。ただし,タイプAのリニエンシーが認められるためには,申請者がカルテルへの参加を他の事業者に強制した事実がないことが必要であり,この要件を満たさない場合には,後記ウのタイプCのリニエンシーのみが認められ得ることとなる。
 なお,申請者が個人である場合には,当該申請者の刑事免責が保障され,申請者の属する事業者及び同僚は,後記イのタイプBのリニエンシーを受け得ることとなる。
イ タイプB
 申請者が最初に競争・市場庁に対してカルテルの証拠を提出したが,既に競争・市場庁が事前審査を行っていた場合,申請者は,競争・市場庁の裁量により制裁金の減免,包括的な従業員及び管理職の刑事免責を受けることができ,管理職は非裁量的に資格剥奪を免れることができる。ただし,タイプBのリニエンシーは,競争・市場庁が既に当該カルテルの存在について十分な情報を有していた場合には認められず,また,タイプAと同様,カルテルへの参加を他の事業者に強制した事実がないことが必要であり,この条件を満たさない場合には,後記ウのタイプCのリニエンシーのみが認められ得ることとなる。
ウ タイプC
 他の事業者が既に当該カルテルについて報告し,あるいは,申請者が他の事業者にカルテルへの参加を強制した事実があって,競争・市場庁に対し有益な情報を提供した場合には,申請者は,タイプCのリニエンシーのみが適用可能となる。タイプCのリニエンシーは,常に裁量的であるが,認められた場合には,最大50%の制裁金減額及び特定個人の刑事免責のほか,事業者に対する制裁金の減額が認められれば当該事業者の管理職の資格剥奪も免除されることとなる。

5 個人に対する刑事訴追の免除

 競争・市場庁は,「カルテル事件におけるリニエンシー及び刑事免責の適用」(2013年)に基づき,カルテルへの関与を申し出た個人に対して,2002年企業法第190条第4項の規定に基づくノーアクションレター(no action letter)を交付することができ,ノーアクションレターの交付を受けた個人は,同法第188条に規定するカルテル罪の刑事訴追を免れることができる。
 前記(2)アのタイプAのリニエンシーが認められる場合には,非裁量的な包括的刑事免責により全ての従業員及び管理職は前任者も含め刑事免責され,前記(2)イのタイプBのリニエンシーでも裁量的に包括的刑事免責が認められることがある。前記(2)ウのタイプCのリニエンシーにおいて包括的刑事免責が認められることはないが特定個人の刑事免責が認められることがある。
 なお,ノーアクションレターの交付要件は以下のとおりである。
(1) カルテル罪への関与を認めること
(2) 競争・市場庁に対し,カルテルの存在及び内容に関して,保護されない全ての情報,文書及び証拠を提供すること
(3) 競争・市場庁の審査全体を通じて,かつ同庁の審査を受けて開始された刑事手続が結論に至るまで,全面的・継続的に協力すること
(4) 競争・市場庁に対してカルテルを開示した後,当該カルテルに関与しないこと(ただし,同庁から指示があった場合を除く)
(5) 他の事業者に対して,カルテルに関与するよう強制していないこと

 

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