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排除型私的独占に係る独占禁止法上の指針

排除型私的独占に係る独占禁止法上の指針

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平成21年10月28日
公正取引委員会
改正:令和2年12月25日

目次

はじめに 1
1 本指針の趣旨 1
2 本指針の構成 2
第1 公正取引委員会の執行方針 3
第2 排除行為 4
1 基本的考え方 4
(1)排除行為の性質 4 
(2)排除行為の類型 4
2 商品を供給しなければ発生しない費用を下回る対価設定 7
(1)排除行為に該当し得る行為 7
(2)判断要素 9
(3)参考例 11
3 排他的取引 11
(1)排除行為に該当し得る行為 11
(2)判断要素 12
(3)排他的リベートの供与 14
(4)具体例 16
4 抱き合わせ 17
(1)排除行為に該当し得る行為 17
(2)判断要素 18
(3)参考例 20
5 供給拒絶・差別的取扱い 20
(1)排除行為に該当し得る行為 21
(2)判断要素 23
(3)具体例 25
第3 一定の取引分野における競争を実質的に制限すること 26
1 一定の取引分野 26
(1)基本的考え方 26
(2)商品の範囲 27
(3)地理的範囲 28
2 競争の実質的制限 29
(1)基本的考え方 29
(2)判断要素 29
ア 行為者の地位及び競争者の状況 29
イ 潜在的競争圧力 30
ウ 需要者の対抗的な交渉力 31
エ 効率性 32
オ 消費者利益の確保に関する特段の事情 32

はじめに

1 本指針の趣旨

 「事業者が,単独に,又は他の事業者と結合し,若しくは通謀し,その他いかなる方法をもつてするかを問わず,他の事業者の事業活動を排除し,又は支配することにより,公共の利益に反して,一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」は,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和22年法律第54号。以下「独占禁止法」という。)第2条第5項の規定において,私的独占であると定義されている。私的独占は,独占禁止法第3条の規定によって禁止されている。
 私的独占に対しては,公正取引委員会は,独占禁止法第7条の規定に基づき,違反行為を排除するために必要な措置を命ずることができる。また,他の事業者の事業活動を支配することによる私的独占について,公正取引委員会は,同法第7条の9第1項の規定に基づき,課徴金の納付を命じなければならない。
 平成21年6月に独占禁止法改正法(平成21年法律第51号)が成立したことにより,他の事業者の事業活動を排除することによる私的独占(以下「排除型私的独占」という。)について,公正取引委員会は,独占禁止法第7条の9第2項の規定に基づき,課徴金の納付を命じなければならないことになった(注1)。
 排除型私的独占とは,事業者が他の事業者の事業活動を排除する行為(以下「排除行為」という。)により,公共の利益に反して,一定の取引分野における競争を実質的に制限するものである。排除型私的独占に関しては,我が国においてこれまで法的措置をとった事例は必ずしも多くなく,問題となる行為の態様も多様かつ不定型である。また,あらゆる競争過程において,事業者の事業活動の結果として,他の事業者の商品(資金の貸付け,特許権等についての実施許諾,施設・設備機器の利用許諾その他の役務を含む。以下同じ。)が市場から淘汰されることは,当然に起こり得る。このため,排除型私的独占を課徴金の対象行為とすることについては,通常の事業活動の結果として他の事業者の事業活動を排除するに至った行為と排除行為とを区分することが容易ではないことから,事業者に対していわゆる萎縮効果を生じさせ,公正かつ自由な事業活動の支障となるのではないかとの指摘があった。
 これらの事情に照らし,公正取引委員会は,「排除型私的独占に係る独占禁止法上の指針」(以下「本指針」という。)を策定する。本指針は,排除型私的独占が成立するための要件に関する解釈を可能な限り明確化することにより,法運用の透明性を一層確保し,事業者の予見可能性をより向上させることを目的とする。

2 本指針の構成

 本指針では,公正取引委員会が排除型私的独占に係る事件として審査を行う際の方針を示すとともに,排除型私的独占が成立するための要件である「排除行為」及び「一定の取引分野における競争の実質的制限」の該当性についてそれぞれ記載する。事業者による排除行為が認められる場合であっても,一定の取引分野における競争を実質的に制限するといえない場合であれば,排除型私的独占は成立しない。
 具体的には,まず,公正取引委員会が排除型私的独占に係る事件として優先的に審査を行うか否かの判断において,一般的に考慮する事項について記載する(後記第1)。次に,「排除行為」として問題となりやすい行為のうち主なものを類型化した上で,それぞれの行為類型ごとに,排除行為に該当するか否かを判断する際の検討の枠組みと判断要素について記載する(後記第2)。最後に,排除行為により一定の取引分野における競争が実質的に制限されたか否かを判断するため,一定の取引分野を画定するに当たっての考慮要素と,競争の実質的制限の存否を判断するに当たっての考慮要素について記載する(後記第3)。
 なお,本指針は,現時点において想定される排除型私的独占についての独占禁止法上の考え方を明らかにするものである。今後,市場の状況の変化,技術革新等に伴い,市場における競争に悪影響を与える事業活動も変化していくことであろう。したがって,公正取引委員会は,今後の具体的な法運用及び市場の状況等を注視しつつ,必要に応じて本指針の見直しを行っていく。

(注1)他の事業者の事業活動を支配し,かつ,排除することによって,商品の対価に影響することとなる私的独占をした事業者に対しては,独占禁止法第7条の9第1項の規定に基づき,課徴金の納付が命じられる。

第1 公正取引委員会の執行方針

 独占禁止法の目的は,市場における公正かつ自由な競争を促進し,事業者の創意を発揮させることにあり,その結果,一般消費者が良質・廉価な商品を幅広く選択することができるようにすることにある。
 排除型私的独占に係るこれまでの事件のほとんどにおいて,排除行為の対象となった商品についてシェアが大きい事業者が審査の対象とされてきた。このように,他の事業者の事業活動を排除し,市場を閉鎖する効果を持つこととなるのは,行為者が供給する商品のシェア(注2)がある程度大きい場合がほとんどである。また,行為者が供給する商品のシェアが大きいほど,問題となる排除行為の実効性が高まりやすく,一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなりやすいといえる。
 これらを踏まえ,公正取引委員会は,排除型私的独占として事件の審査を行うか否かの判断に当たり,行為開始後において行為者が供給する商品のシェアがおおむね2分の1を超える事案であって,市場規模,行為者による事業活動の範囲,商品の特性等を総合的に考慮すると,国民生活に与える影響が大きいと考えられるものについて,優先的に審査を行う。ただし,行為の態様,市場の状況,競争者の地位等によっては,これらの基準に合致しない事案であっても,排除型私的独占として事件の審査を行う場合がある。
 なお,問題となる事案について排除型私的独占に係る事件として審査した結果,それが排除型私的独占に該当すると認められない場合であっても,独占禁止法第2条第9項に規定する不公正な取引方法その他の独占禁止法の規定に違反する行為として問題になり得ることはいうまでもない。

(注2)後記第2の4の「抱き合わせ」にあっては,主たる商品のシェアをいい,後記第2の5の「供給拒絶・差別的取扱い」にあっては,川上市場における商品のシェアをいう。
 また,複数の事業者が結合又は通謀して行為者となる場合のシェアは,各行為者の供給する商品のシェアを合算した値による。

第2 排除行為

1 基本的考え方

(1)排除行為の性質
 排除行為とは,他の事業者の事業活動の継続を困難にさせたり,新規参入者の事業開始を困難にさせたりする行為であって,一定の取引分野における競争を実質的に制限することにつながる様々な行為をいう。事業者が自らの効率性の向上等の企業努力により低価格で良質な商品を提供したことによって,競争者の非効率的な事業活動の継続が困難になったとしても,これは独占禁止法が目的とする公正かつ自由な競争の結果であり,このような行為が排除行為に該当することはない。
 事業者の行為が排除行為に該当するためには,他の事業者の事業活動が市場から完全に駆逐されたり,新規参入が完全に阻止されたりする結果が現実に発生していることまでが必要とされるわけではない。すなわち,他の事業者の事業活動の継続を困難にさせたり,新規参入者の事業開始を困難にさせたりする蓋然性の高い行為は,排除行為に該当する。事業者が市場の状況等から事業経営上必要であると判断した行為であっても,そのことをもって排除行為に該当しなくなるわけではない。
 また,行為者が他の事業者の事業活動を排除する意図を有していることは,排除行為に該当するための不可欠の要件ではない。しかし,主観的要素としての排除する意図は,問題となる行為が排除行為であることを推認させる重要な事実となり得る。さらに,排除する意図の下に複数の行為が行われたときには,これらの行為をまとめて,排除する意図を実現するための一連の,かつ,一体的な行為であると認定し得る場合がある。
 なお,「他の事業者の事業活動を排除する」行為には,行為者が当該他の事業者に対して直接行うものだけでなく,行為者がその取引先を通じて間接的に行うものも含まれる。さらに,複数の事業者が結合し,通謀するなどによって行うものも含まれる。

(2)排除行為の類型
 排除行為の典型としては,まず,独占禁止法第2条第9項各号に掲げる不公正な取引方法と同様の行為類型がある。したがって,不公正な取引方法のうち一部の行為については,排除行為に該当することがある。他方,これまでの排除型私的独占の事例においては,排除行為は必ずしも不公正な取引方法と同様の行為に限られず,そのような行為以外の行為類型も排除行為とされている。
 このように,排除行為に該当し得る行為は多種多様であることから,これらのすべてを類型化することは困難である。しかし,排除行為に該当するか否かを判断する際に考慮すべき要素は行為類型によって異なることから,可能な限り排除行為を類型化して,行為類型ごとに判断要素を掲げることが,法運用の透明性の確保及び事業者の予見可能性の向上の観点から有益であると考えられる。
 このため,本指針においては,これまでの事件において問題となった行為を中心に,排除行為として典型的な行為を「商品を供給しなければ発生しない費用を下回る対価設定」,「排他的取引」,「抱き合わせ」及び「供給拒絶・差別的取扱い」の4つに類型化し,それぞれの行為類型ごとに排除行為の該当性についての判断要素を記載する。もちろん,排除型私的独占を構成する排除行為はこれら4つの類型に当てはまるものに限られない。例えば,競争者と競合する販売地域又は顧客に限定して行う価格設定行為(注3)や,他の事業者の事業活動を妨害する行為(注4)を排除行為と評価することがある。また,複数の行為をまとめて,一連の,かつ,一体的な排除行為と評価することもある(注5)。
 なお,後記2から5までに示した具体例は,排除行為の該当性について具体的に理解することを助けるために,過去の審判決において排除型私的独占として問題となった行為を例として掲げるものである。また,参考例は,同じく排除行為の該当性について具体的に理解することを助けるために,過去の審判決等において不公正な取引方法として問題となった行為を例として掲げるものである。本指針に取り上げられていない行為を含め,具体的な行為が排除行為に該当するか否かはすべて,独占禁止法の規定に照らして,個別の事案ごとに判断されるものであることはいうまでもない(注6)(注7)。

(注3)競争者と競合する販売地域又は顧客に限定して行う価格設定行為の具体例としては,競争者であるY社から短期間で大量の顧客を奪い,その音楽放送事業運営を困難にすることを企図して,Y社の商品と顧客層が重複する商品について,Y社の顧客のみを対象に,月額聴取料の無料期間を長期間としたり,最低月額聴取料を大幅に引き下げたりするなどのキャンペーンを実施する行為がY社の音楽放送事業に係る事業活動を排除するものであると認定された事例(平成16年10月13日勧告審決,平成16年(勧)第26号)がある。

(注4)他の事業者の事業活動を妨害する行為の具体例としては,次のようなものがある。
(1) 我が国における総供給量の約56パーセントのシェアを有する食缶製造業者であるX社(X社が事業活動を支配していたA社,B社,C社及びD社のシェアをX社のシェアに加えると74パーセントとなる。)が,缶詰製造原価の引下げを目的として自家消費用の食缶の製造(自家製缶)を企図する缶詰製造業者Y社に対し,これを断念させるため,Y社が自家製缶できない食缶の供給を停止する行為が缶詰製造業者の自家製缶についての事業活動を排除するものであると認定された事例(昭和47年9月18日勧告審決,昭和47年(勧)第11号)
(2) 医療用食品の検定機関であるX財団が,医療用食品を販売するY社から,医療機関向け医療用食品の販売を一手に行いたい旨の要請を受け,医療用食品の製造業者間及び販売業者間の競争を生じさせないようにするため,医療用食品の登録品目等を限定するとともに,医療用食品の製造工場認定制度及び販売業者認定制度に基づき,販売地域,販売先等の制限を行う行為が医療用食品を製造又は販売しようとする事業者の事業活動を排除するものであると認定された事例(平成8年5月8日勧告審決,平成8年(勧)第14号)

(注5)複数の行為をまとめて,一連の,かつ,一体的な排除行為と評価された具体例としては,函館地区で発行される一般日刊新聞朝刊及び夕刊においてそれぞれの総発行部数の大部分を占めるX社が,Y社の同地区への参入を妨害し,その新聞発行事業の継続を困難にさせるための具体的な対策を決定し,これに基づき行った(1)Y社が使用すると目される複数の新聞題字の商標登録の出願,(2)Y社からのニュース配信要請に応じないよう求めたこと,(3)Y社の広告集稿対象事業者への大幅な割引広告料金等の設定,(4)Y社のテレビコマーシャル放映の申込みに応じないことの要請からなる函館対策と称する一連の行為がY社の事業活動を排除するものであると認定された事例(平成12年2月28日同意審決,平成10年(判)第2号)等がある。

(注6)技術の利用に係る制限行為が排除行為に該当するか否かについては,知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針(平成19年9月28日公正取引委員会)第3の1を参照。また,規格の統一又は標準化につながるような技術の共同研究開発が排除行為に該当するか否かについては,共同研究開発に係る独占禁止法上の指針(平成5年4月20日公正取引委員会)第1の2(2)及び標準化に伴うパテントプールの形成等に関する独占禁止法上の考え方(平成17年6月29日公正取引委員会)第2の2を参照。

(注7)ノウハウ(非公知の技術的知識と経験又はそれらの集積であって,その経済価値を事業者自らが保護・管理するものをいう。以下同じ。)の秘密性を保護するために,当該ノウハウの供与先の事業者に対し,原材料・部品の購入先,商品の販売先等を制限するなどの行為が行われることがある。このような行為が排除行為に該当するか否かを判断するに当たっては,後記2から5までの判断要素のほか,当該ノウハウの性質,当該分野における技術水準,原材料や商品の性質,当該ノウハウの取引価値がなくなるまでの期間等の諸事情が総合的に考慮される。
 例えば,ある製造業者が他の製造業者に対してノウハウを供与して商品の製造を委託する場合や,複数の事業者による共同研究開発によってノウハウを使用した製品を開発し,製造・販売する場合がある。このような場合において,当該ノウハウの供与先の事業者に対し,原材料・部品の購入先,商品の販売先等の制限を課すことは,当該ノウハウの秘密性保持のために必要不可欠な範囲内及び期間内であれば,排除行為に該当するものとはいえない。

2 商品を供給しなければ発生しない費用を下回る対価設定

(1)排除行為に該当し得る行為
 自由競争経済は,需給の調整を市場メカニズムに委ね,事業者が市場の需給関係に適応しつつ価格決定を行う自由を有することを前提とするものであり,企業努力による価格引下げ競争は,本来,競争政策が維持・促進しようとする能率競争(良質・廉価な商品を提供して顧客を獲得する競争をいう。)の中核をなすものである。このことを踏まえれば,公正かつ自由な競争を促進する独占禁止法の目的に照らし,価格引下げ競争に対する介入は最小限にとどめられるべきである。
 しかし,一般に,商品を供給しなければ発生しない費用さえ回収できないような対価を設定すれば,その商品の供給が増大するにつれ損失が拡大することとなるため,このような行為は,特段の事情がない限り,経済合理性のないものである(注8)。したがって,ある商品について,このような対価を設定することによって競争者の顧客を獲得することは,企業努力又は正常な競争過程を反映せず,自らと同等又はそれ以上に効率的な事業者の事業活動を困難にさせ,競争に悪影響を及ぼす場合がある。このように,ある商品について,その商品を供給しなければ発生しない費用を下回る対価を設定する行為は,排除行為に該当し得る(注9)。
 どのような費用が「商品を供給しなければ発生しない費用」となるかについては,実情に即して合理的と考えられる期間において,商品の供給量の変化に応じて増減する費用であるか否か,商品の供給と密接な関連性を有する費用項目であるか否かという観点から判断される。
 商品の供給量の変化に応じて増減する費用であるか否かという観点からは,例えば,変動費(操業度に応じて総額において比例的に増減する原価をいう。)は,「商品を供給しなければ発生しない費用」となる。また,明確に変動費であると認められなくても,費用の性格上,供給量の変化に応じてある程度増減するとみられる費用は,「商品を供給しなければ発生しない費用」と推定される。
 また,商品の供給と密接な関連性を有する費用項目であるか否かという観点からは,例えば,企業会計上の費用項目のうち,製造原価(商品の製造に要した費用の合計額をいう。)や仕入原価(商品の実質的な仕入価格と運賃等の商品仕入れに付随する諸経費の合計額をいう。)は,「商品を供給しなければ発生しない費用」と推定される。また,同様の観点から,例えば,販売費及び一般管理費のうち,運送費,倉庫費等の注文の履行に要する費用は,「商品を供給しなければ発生しない費用」となる。
 なお,ある商品について,その供給に要する費用(注10)(注11)を下回り,かつ,「商品を供給しなければ発生しない費用」以上の対価を設定する行為は,当該商品の供給が長期間かつ大量に行われているなどの特段の事情が認められない限り,自らと同等又はそれ以上に効率的な事業者の事業活動を困難にさせるものとして排除行為となる可能性は低い。

(注8)経済合理性があるか否かについては,概念的には,設定された対価が平均回避可能費用(行為者が商品の追加供給をやめた場合に生じなくなる商品固有の固定費用及び可変費用を合算した費用を追加供給量で除することによって得られる商品一単位当たりの費用をいう。)を回収することができるか否かにより判断される。実務上は,これに相当するものとして「商品を供給しなければ発生しない費用」を用いる。

(注9)生鮮食料品のようにその品質が急速に低下するおそれがあるもの,季節商品のようにその販売の最盛期を過ぎたもの,不良品のようにその品質に 瑕疵 (かし)のあるもの等について,相応の低い対価を設定することは,供給に要する費用を下回る対価を設定しても不当とはいえず,排除行為に該当しない。また,価格が需給関係から低落しているときに,これに対応した対価を設定することも同様である。

(注10)商品の供給に要する費用とは,商品の供給に要するすべての費用を合算した総費用をいう。企業会計上は,総販売原価がこれに当たり,通常,製造業においては,製造原価に販売費及び一般管理費を加えた費用が,小売業においては,仕入原価に販売費及び一般管理費を加えた費用が総販売原価に該当する。

(注11)複数の事業に共通する費用については,これが各事業にどのように配賦されるかが問題となるところ,企業会計上は,当該費用の発生により各事業が便益を受ける程度等に応じ,各事業者が実情に即して合理的に選択した配賦基準に従って配賦されることが一般的である。複数の事業に共通する費用の配賦基準については,このほかにも様々な方法があるが,行為者が実情に即して合理的に選択した配賦基準を用いていると認められる場合には,当該配賦基準に基づき各事業に費用の配賦を行った上で,総販売原価の算定を行うものとする。

(2)判断要素
 「商品を供給しなければ発生しない費用」を下回る対価を設定する行為により,自らと同等又はそれ以上に効率的な事業者の事業活動を困難にさせる場合には,当該行為は排除行為となる。自らと同等又はそれ以上に効率的な事業者の事業活動を困難にさせるか否かを判断するに当たっては,次のような事項が総合的に考慮される。

ア 商品に係る市場全体の状況
 商品の特性,規模の経済(供給量が増大するにつれ商品一単位当たりの費用が低減することをいう。以下同じ。),商品差別化の程度,流通経路,市場の動向,参入の困難性等が,当該行為が排除行為となるか否かを判断するに当たって考慮される。
 例えば,商品差別化が進んでいる場合は,そうでない場合と比較して,行為者の商品と競争者の商品のいずれを購入するかの選択に際して需要者が価格に依拠する程度が小さい。したがって,自らと同等又はそれ以上に効率的な事業者の事業活動を困難にさせると認められにくくなる。

イ 行為者及び競争者の市場における地位
 行為者及び競争者の商品のシェア,その順位,ブランド力,供給余力,事業規模(事業所数,営業地域,多角化の状況等),全事業に占める商品の割合等が,当該行為が排除行為となるか否かを判断するに当たって考慮される。
 例えば,事業規模の大きな事業者が,他の商品の販売による利益その他の資金を投入して損失を補てんしている場合は,そうでない場合と比較して,「商品を供給しなければ発生しない費用」を下回る対価で長期間にわたって供給することが可能であり,効率的な事業者であったとしても通常の企業努力によってこれに対抗することが困難である。したがって,自らと同等又はそれ以上に効率的な事業者の事業活動を困難にさせると認められやすくなる。

ウ 行為の期間及び商品の取引額・数量
 「商品を供給しなければ発生しない費用」を下回る対価が設定されている期間,当該対価で供給される商品の取引額・数量等が,当該行為が排除行為となるか否かを判断するに当たって考慮される。
 例えば,「商品を供給しなければ発生しない費用」を下回る対価で長期間にわたって供給している場合は,そうでない場合と比較して,自らと同等又はそれ以上に効率的な事業者の事業活動を困難にさせると認められやすくなる。

エ 行為の態様
 行為者の意図・目的,広告宣伝の状況(廉売に係る行為者の評判を含む。)等が,当該行為が排除行為となるか否かを判断するに当たって考慮される。
 例えば,行為者が他の地域又は他の商品においても「商品を供給しなければ発生しない費用」を下回る対価で長期間にわたって供給しているような場合には,行為者による更なる当該対価での供給を警戒して他の事業者が新規参入を躊躇する可能性が高くなる。このように,行為者による当該対価での供給が評判となっていると認められる場合は,そうでない場合と比較して,自らと同等又はそれ以上に効率的な事業者の事業活動を困難にさせると認められやすくなる。

(3)参考例
 X社は,国内における住宅地図等の大部分を販売している事業者であり,それまで甲市住宅地図等の販売をしていたのはX社のみであった。北陸地区において住宅地図等の販売を行っているY社が甲市住宅地図等の販売活動を開始したため,X社は,Y社による販売活動を困難にさせる意図の下,(1)X社の特約店をして,甲市ガス局等が指名競争入札の方法等により発注した甲市住宅地図を製造原価を大幅に下回る価格で受注させ,また,(2)X社の全額出資子会社をして,Y社の主な販売区域である北陸地区の主要都市において,総販売原価を下回る価格(一部に製造原価を下回る価格を含む。)で平成10年版の住宅地図等を販売させた。このようなX社の行為は,不公正な取引方法(昭和57年公正取引委員会告示第15号)の第6項に該当し,独占禁止法第19条に違反するおそれがあるとされた。(平成12年3月24日警告)

3 排他的取引

(1)排除行為に該当し得る行為
 事業者が,相手方に対し,自己の競争者から商品の供給を受けないことを取引の条件としたとしても,競争者が当該相手方に代わり得る取引先を容易に見いだすことができる場合には,競争者は,価格,品質等による競争に基づき市場での事業活動を継続して行うことができる。したがって,当該行為は,それ自体で直ちに排除行為となるものではない。
 しかし,ある事業者が,相手方に対し,自己の競争者との取引を禁止し,又は制限することを取引の条件とすることにより,競争者が当該相手方に代わり得る取引先を容易に見いだすことができない場合には,その事業活動を困難にさせ,競争に悪影響を及ぼす場合がある。このように,相手方に対し,自己の競争者との取引を禁止し,又は制限することを取引の条件とする行為(以下「排他的取引」という。)は,排除行為に該当し得る(注12)。
 排他的取引には,自己の競争者と取引しないことを明示的な契約内容とする行為だけでなく,自己の競争者との取引を禁止し又は制限することを実質的に取引の条件とする行為も含まれる。例えば,自己との取引について一定の取引数量を達成することを条件とする際に,当該取引数量を取引先の取扱能力の限度に近い水準に設定する場合には,自己の競争者との取引を禁止し又は制限することを実質的に取引の条件としているとみることができ,当該行為は排他的取引となる。また,例えば,自己の競争者と取引することについて事前に承諾を得ることを要求する場合なども,経済上何らかの利益又は不利益を伴わせることにより,競争者と取引させないようにする効果を実質的に生じさせているときには,排他的取引となる。

 (注12)例えば,卸売業又は小売業を営む者が,製造業者に対し,自己の競争者との取引を禁止し又は制限することを条件として取引する行為も,「排他的取引」に含まれる。

(2)判断要素
 排他的取引により,他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができない競争者の事業活動を困難にさせる場合には,当該行為は排除行為となる。他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができない競争者の事業活動を困難にさせるか否かを判断するに当たっては,次のような事項が総合的に考慮される。

ア 商品に係る市場全体の状況
 市場集中度,商品の特性,規模の経済,商品差別化の程度,流通経路,市場の動向,参入の困難性等が,排他的取引が排除行為に該当するか否かを判断するに当たって考慮される。
 例えば,商品の特性としてネットワーク効果(注13)が認められる場合は,そうでない場合と比較して,排他的取引により競争者の商品を取り扱う事業者が減少するのに伴って競争者の商品の利用価値が低下し,そのことが更なる利用者の減少を招くこととなる。したがって,他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができない競争者の事業活動を困難にさせると認められやすくなる。

イ 行為者の市場における地位
 行為者の商品のシェア,その順位,ブランド力,供給余力,事業規模等が,排他的取引が排除行為に該当するか否かを判断するに当たって考慮される。
 例えば,行為者の商品が強いブランド力を有している場合は,そうでない場合と比較して,行為者の商品の需要が高くなりやすく,行為者から商品の供給を受けることが取引先にとってより重要となる。したがって,他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができない競争者の事業活動を困難にさせると認められやすくなる。

ウ 競争者の市場における地位
 競争者の商品のシェア,その順位,ブランド力,供給余力,事業規模等が,排他的取引が排除行為に該当するか否かを判断するに当たって考慮される。
 例えば,競争者の商品の供給余力が総じて小さい場合は,そうでない場合と比較して,競争者から商品の供給を受けることによって行為者から受けている供給量のすべてを代替することができないため,行為者から商品の供給を受けることが取引先にとってより重要なものとなる。したがって,他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができない競争者の事業活動を困難にさせると認められやすくなる。

エ 行為の期間及び相手方の数・シェア
 排他的取引を行っている期間,排他的取引の相手方の数・シェア等が,排他的取引が排除行為となるかを判断するに当たって考慮される。
 例えば,排他的取引が長期間にわたって行われている場合や排他的取引の相手方の数が多い場合は,そうでない場合と比較して,他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができない競争者の事業活動を困難にさせると認められやすくなる。

オ 行為の態様
取引の条件・内容,行為者の意図・目的等が,排他的取引が排除行為となるか否かを判断するに当たって考慮される。
 例えば,取引先が競争者と取引をする場合に,取引した分だけ追加的な負担が生じたり,高額の違約金が生じたりするような取引の条件・内容であるときは,そうでない場合と比較して,取引先が競争者の商品を取り扱う際の障害がより大きくなる。したがって,他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができない競争者の事業活動を困難にさせると認められやすくなる。

(注13)ネットワーク効果とは,ある技術又は仕様を利用する者が増えることにより,その技術又は仕様の利用価値が高まり,更に多くの利用者を獲得することができる効果をいう。

(3)排他的リベートの供与
 リベートは,販売促進を目的とするもの,仕切価格の修正としての性格を有するもの等,様々な目的のために利用されている。実際に,リベートは,需要を刺激したり,価格の一要素として市場の実態に即した価格形成を促進させたりするという競争促進的な効果も有する。したがって,リベートの供与自体が直ちに排除行為となるものではない。
 しかし,ある事業者が,相手方に対し,当該事業者からの購入額や購入量,購入額(購入量)全体に占める当該事業者からの購入額(購入量)の割合等が一定期間において一定以上に達することを条件としてリベートを供与することは,取引先に対する競争品の取扱いを制限する効果を有する場合がある。このように,相手方に対し,自己の商品をどの程度取り扱っているか等を条件とすることにより,競争品の取扱いを制限する効果を有するリベートを供与する行為(以下「排他的リベートの供与」という。)は,排他的取引と同様の機能を有するものとして,前記(2)の判断要素に基づき,排除行為に該当するか否かが判断される(注14)。
 リベートの供与が,取引先に対する競争品の取扱いを制限する効果を有し,排他的取引と同様の機能を有するものといえるか否かを判断するに当たっては,次のような事項が総合的に考慮される。

ア リベートの水準
 リベートの金額や供与率の水準が高く設定されている場合は,そうでない場合と比較して,取引先が行為者からより多くの商品を購入する可能性が高くなる。したがって,競争品の取扱いを制限する効果が高くなる。

イ リベートを供与する基準
 リベートを供与する基準が取引先の達成可能な範囲内で高い水準に設定されている場合は,そうでない場合と比較して,行為者の商品を競争品よりも優先的に取り扱わせる機能が強く働き,取引先が行為者からより多くの商品を購入する可能性が高くなる。したがって,競争品の取扱いを制限する効果が高くなる。
 また,取引先ごとにリベートを供与する基準が設定されている場合は,取引先全体に対して一律の基準が設定されている場合と比較して,行為者は,自らの商品を競争品よりも優先的に取り扱わせる機能が最も強く働くように,リベートを供与する基準を取引先の個別事情に応じて設定することができるため,取引先が行為者からより多くの商品を購入する可能性が高くなる。したがって,競争品の取扱いを制限する効果が高くなる。

ウ リベートの累進度
 一定期間における取引数量等に応じて累進的にリベートの水準が設定されている場合は,そうでない場合と比較して,行為者の商品を競争品よりも優先的に取り扱わせる機能が強く働き,取引先が行為者からより多くの商品を購入する可能性が高くなる。したがって,競争品の取扱いを制限する効果が高くなる。

エ リベートの遡及性
 実際の取引数量等がリベートを供与する基準を超えた際に,リベートがそれまでの取引数量等の全体について供与される場合は,設定された基準を超えて取引された取引数量等についてのみ供与される場合と比較して,行為者の商品を競争品よりも優先的に取り扱わせる機能が強く働き,取引先が行為者からより多くの商品を購入する可能性が高くなる。したがって,競争品の取扱いを制限する効果が高くなる。

(注14)排他的リベートの供与自体が排他的取引と同様の機能を有する場合のほか,排他的取引による競争品の取扱いの制限の実効性を確保するための手段としてリベートが用いられる場合もある。

(4)具体例
ア X社は,専ら放射性医薬品の原料として使用されるモリブデン99世界における生産数量の過半を製造し,世界における販売数量の大部分
を販売していた。当該放射性医薬品は,モリブデン99以外の原料によって製造するとはできないところ,我が国においてモリブデン99を購入して当該放射性医薬品を製造している事業者は2社であり,当該2社はモリブデン99の全量をX社から購入してきた。X社は,当該2社との間で,その取得,使用,消費又は加工するモリブデン99の全量をX社から購入しなければならない旨の規定を含む10年間の契約を締結することにより,他のモリブデン99の製造販売業者が当該2社との取引をできないようにした。このようなX社の行為は,他のモリブデン99の製造販売業者の事業活動を排除するものであると認定された。(平成10年9月3日勧告審決,平成10年(勧)第16号)

イ A社は,注射液等の容器として使用されるアンプル用生地管の我が国で唯一の製造業者である。アンプル用生地管を加工してアンプルを製造販売する業者(アンプル加工業者)は,需要者である製薬会社が使用を望むA社製生地管を取り扱うことが必要不可欠であった。このような状況のもとで,A社から西日本における供給を一手に受けているX社は,A社製生地管とともに輸入生地管を購入し加工して製薬会社に販売するY社グループに対し,輸入生地管の取扱いの継続又は拡大を牽制し,これに対して制裁を加える目的で,(1)Y社グループに対してのみ,販売価格の引上げ,手形サイトの短縮及び特別値引きの取りやめを申し入れ,(2)Y社グループが輸入している生地管と同品種のアンプル用生地管の供給を拒絶し,(3)Y社グループの生地管購入代金債務に対する担保の差入れ又は現金決済のいずれかの条件を満たさない限り生地管の取引には応じないとした。これらのX社の行為は,Y社グループの輸入生地管を取り扱う事業活動を排除し,X社の競争者である外国の生地管製造業者の事業活動を排除するものであると認定された。(平成18年6月5日審判審決,平成12年(判)第8号)

ウ X社は,CPUを製造販売するA社の日本子会社であり,我が国においてA社CPUの販売を行っている。X社が販売するA社製CPUは,国内のパソコン製造販売業者に対するCPUの総販売数量の大部分(約89パーセント)を占めており,強いブランド力を有している。X社は,CPUを購入している国内のパソコン製造販売業者5社(合計でCPUの国内総販売数量の約77パーセント)に対し,(1)製造販売するパソコンに搭載するCPUの数量のうちA社製CPUの数量が占める割合を100パーセントとし,競争者製CPUを採用しないこと,(2)同割合を90パーセントとし,競争者製CPUの割合を10パーセントに抑えること,(3)生産数量の比較的多い複数の商品群に属するすべてのパソコンに搭載するCPUについて競争者製CPUを採用しないことのいずれかを条件として,割戻金又は資金を提供することを約束した。このようなX社の行為は,競争者製CPUを採用しないようにさせるものであり,国内のパソコン製造販売業者5社に対するCPUの販売に係る競争者の事業活動を排除するものであると認定された。(平成17年4月13日勧告審決,平成17年(勧)第1号)

4 抱き合わせ

(1)排除行為に該当し得る行為
 複数の商品を組み合わせることにより,新たな価値を加えて相手方に商品を提供することは,技術革新・販売促進の手法の一つである。したがって,当該行為は,それ自体で直ちに排除行為となるものではない。
 しかし,ある事業者が,相手方に対し,ある商品(主たる商品)の供給に併せて他の商品(従たる商品)を購入させることは,従たる商品の市場において他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができない競争者の事業活動を困難にさせ,従たる商品の市場における競争に悪影響を及ぼす場合がある。このように,相手方に対し,ある商品の供給(又は購入)に併せて他の商品を購入(又は供給)させる行為(以下「抱き合わせ」という。)は,排除行為に該当し得る(注15)。
 ある商品の供給に併せて購入させる商品が「他の商品」といえるか否かについては,組み合わされた商品がそれぞれ独自性を有し,独立して取引の対象とされているか否かという観点から判断される。具体的には,判断に当たって,それぞれの商品について,需要者が異なるか,内容・機能が異なるか(組み合わされた商品の内容・機能が抱き合わせ前のそれぞれの商品と比べて実質的に変わっているかを含む。),需要者が単品で購入することができるか(組み合わされた商品が通常一つの単位として販売又は使用されているかを含む。)等の点が総合的に考慮される。例えば,携帯電話機にデジタルカメラを組み合わせて販売されるカメラ付携帯電話機は,携帯電話機やデジタルカメラそれぞれと比べてカメラ付携帯電話機の内容・機能に実質的な変更がもたらされることから,別個の特徴を持つ単一の商品と評価することができる。この場合,購入させられる商品(デジタルカメラ)が「他の商品」であるとはいえない。
 また,行為者の主たる商品と従たる商品を別々に購入することができる場合であっても,従たる商品とは別に購入することができる行為者の主たる商品の供給量が少ないため,多くの需要者が行為者の主たる商品とともにその従たる商品をも購入することとなるときは,実質的に他の商品を購入させているのと同様であると認められる。また,抱き合わせによって組み合わされた商品の価格が行為者の主たる商品及び従たる商品を別々に購入した場合の合計額よりも低くなるため多くの需要者が引き付けられるときも,実質的に他の商品を購入させているのと同様であると認められる(注16)。

(注15)事業者がある商品を供給するのに併せて相手方に他の商品を供給させる行為も,事業者がある商品を購入するのに併せて相手方に他の商品を購入させる行為も,それぞれ,「抱き合わせ」に含まれる。
 また,ある商品を購入した後に必要となる補完的商品に係る市場(いわゆるアフターマーケット)において特定の商品を購入させる行為も,「抱き合わせ」に含まれる。

(注16)主たる商品と従たる商品を組み合わせて供給する場合に価格を割安とする行為にあっては,行為者と従たる商品の市場における競争者との間に,抱き合わせによって組み合わされた商品(主たる商品と従たる商品のセット)についての競争関係が成り立つ場合がある。例えば,従たる商品の市場における競争者が,行為者の主たる商品と同程度の品質・ブランド力を有する商品を,従前から組み合わせて供給している場合や特段の追加的な費用を生ずることなく組み合わせて供給することが可能な場合がこれに当たる。このような場合には,当該競争者との間の競争関係については,前記2の「商品を供給しなければ発生しない費用を下回る対価設定」の観点から排除行為に該当するか否かが判断される。

(2)判断要素
 抱き合わせにより,従たる商品の市場において他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができない競争者の事業活動を困難にさせる場合には,当該行為は排除行為となる。従たる商品の市場において他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができない競争者の事業活動を困難にさせるか否かを判断するに当たっては,次のような事項が総合的に考慮される。

ア 主たる商品及び従たる商品に係る市場全体の状況
 主たる商品及び従たる商品についての市場集中度,商品の特性,規模の経済,商品差別化の程度,流通経路,市場の動向,参入の困難性等が,抱き合わせが排除行為となるか否かを判断するに当たって考慮される。
 例えば,従たる商品の市場における商品差別化が進んでいない場合は,そうでない場合と比較して,行為者の従たる商品が購入されることにより競争者の従たる商品が購入されなくなるおそれが高い。したがって,従たる商品の市場において他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができない競争者の事業活動を困難にさせると認められやすくなる。

イ 主たる商品の市場における行為者の地位
 行為者の主たる商品のシェア,その順位,ブランド力,供給余力,事業規模等が,抱き合わせが排除行為となるか否かを判断するに当たって考慮される。
 例えば,行為者の主たる商品のシェアが大きい場合は,そうでない場合と比較して,より多くの従たる商品が抱き合わせによって供給されやすくなる。したがって,従たる商品の市場において他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができない競争者の事業活動を困難にさせると認められやすくなる。

ウ 従たる商品の市場における行為者及び競争者の地位
 行為者及び競争者の従たる商品のシェア,その順位,ブランド力,供給余力,事業規模等が,抱き合わせが排除行為となるか否かを判断するに当たって考慮される。
 例えば,行為者の従たる商品の供給余力が十分に認められる場合は,そうでない場合と比較して,抱き合わせによって供給される従たる商品の取引数量が限定されることがない。したがって,従たる商品の市場において他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができない競争者の事業活動を困難にさせると認められやすくなる。

エ 行為の期間及び相手方の数・取引数量
 抱き合わせを行っている期間,抱き合わせの対象となる取引の相手方の数・取引数量等が,抱き合わせが排除行為となるか否かを判断するに当たって考慮される。
 例えば,抱き合わせが長期間にわたって行われている場合や,抱き合わせの対象となる取引の相手方の数が多い場合は,そうでない場合と比較して,従たる商品の市場において他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができない競争者の事業活動を困難にさせると認められやすくなる。

オ 行為の態様
 抱き合わせによって組み合わされた商品の価格,抱き合わせの条件・強制の程度,行為者の意図・目的等が,抱き合わせが排除行為となるか否かを判断するに当たって考慮される。
 例えば,抱き合わせによって組み合わされた商品について,主たる商品の機能を害さずに従たる商品を取り外し又は無効にすることができるとしても,これに多くの費用や時間を要する場合は,そうでない場合と比較して,多くの需要者が組み合わされた従たる商品をそのまま使用することが予想される。したがって,従たる商品の市場において他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができない競争者の事業活動を困難にさせると認められやすくなる。

(3) 参考例
ア X社及びY社はパソコン用ソフトウェアの開発及びライセンスの供与に係る事業を営む者である。X社の表計算ソフト及びY社のワープロソフトは,それぞれ,市場シェア第1位であった。X社は,自社と競合するY社のワープロソフトのみがパソコン本体に搭載されて販売されることは,X社のワープロソフトの市場シェアを高める上で重大な障害となるものと危惧し,パソコン製造販売業者に対し,X社の表計算ソフトとワープロソフトを併せてパソコン本体に搭載して出荷する契約を受け入れさせた。これにより,パソコン製造販売業者はX社の表計算ソフトとワープロソフトを併せて搭載したパソコンを発売し,X社のワープロソフトの市場シェアが拡大して市場シェア第1位を占めるに至った。このようなX社の行為は,不公正な取引方法(昭和57年公正取引委員会告示第15号)の第10項に該当し,独占禁止法第19条の規定に違反するとされた。(平成10年12月14日勧告審決,平成10年(勧)第21号)

イ X社は,エレベーターの製造販売業を営むA社の子会社であり,主としてA社製エレベーターの保守点検業を営むとともに,A社製エレベーターの部品を一手に販売していた。B社は,A社製エレベーターを設置するビルを所有し,独立系保守業者Y社との間で保守点検契約を締結していた。B社所有のA社製エレベーターを修理するには部品の交換が必要であるため,B社がX社に部品を注文したところ,X社は,(1)部品のみの販売はしない,部品の取替え・修理・調整工事をX社に併せて発注するのでなければ注文には応じない,また,部品の納期は3か月先である旨の回答をし,(2)その後の再度の注文にもかかわらず,B社に部品を供給しなかった。このようなX社の行為は,不公正な取引方法(昭和57年公正取引委員会告示第15号)の第10項に該当し,独占禁止法第19条の規定に違反するとされた。(大阪高判平成5年7月30日,平成2年(ネ)第1660号)

5 供給拒絶・差別的取扱い

(1)排除行為に該当し得る行為
事業者が,誰に商品を供給するか,どのような条件で商品を供給するかは,基本的には事業者の自由である。したがって,事業者が独立した事業主体として,商品の供給先を選択し,供給先事業者(新たに供給を受けようとする事業者を含む。以下同じ。)との間で供給に係る取引の内容,実績等を考慮して供給の条件を定めることは,原則として排除行為となるものではない。
 しかし,ある事業者が,供給先事業者が市場(川下市場)で事業活動を行うために必要な商品を供給する市場(川上市場)において,合理的な範囲を超えて,供給の拒絶,供給に係る商品の数量若しくは内容の制限又は供給の条件若しくは実施についての差別的な取扱い(以下「供給拒絶等」という。)をすることは,川上市場においてその事業者に代わり得る他の供給者を容易に見いだすことができない供給先事業者(以下「拒絶等を受けた供給先事業者」という。)の川下市場における事業活動を困難にさせ,川下市場における競争に悪影響を及ぼす場合がある。このように,供給先事業者が市場(川下市場)で事業活動を行うために必要な商品について,合理的な範囲を超えて供給拒絶等をする行為(以下「供給拒絶・差別的取扱い」という。)は,排除行為に該当し得る(注17)(注18)。
 供給する商品が「供給先事業者が市場(川下市場)で事業活動を行うために必要な商品」といえるか否かについては,供給先事業者が川下市場で事業活動を行うに当たって他の商品では代替できない必須の商品であって,自ら投資,技術開発等を行うことにより同種の商品を新たに製造することが現実的に困難と認められるものであるか否かの観点から判断される。また,規模の経済又はネットワーク効果が強く認められる事業分野においては,国その他の公的主体が排他的に利用権等を割り当てていた施設等を有する機関が民営化されて事業を営んでいる場合がある。このような場合,当該施設等を利用することができなければ,事業者が川下市場において事業活動を行うことは困難であることが多い。したがって,当該施設等の利用許諾は,「供給先事業者が市場(川下市場)で事業活動を行うために必要な商品」に該当するものが多いと考えられる。
 供給拒絶等をすることが「合理的な範囲」を超えているか否かを判断するに当たっては,供給に係る取引の内容及び実績,地域による需給関係等の相違が具体的に考慮される。例えば,行為者が一部の供給先事業者に対して供給する川上市場における商品の価格が,他の供給先事業者との取引数量の相違等に基づく正当なコスト差を著しく超えて廉価となっている場合には,このような価格の差は合理的な範囲を超えているといえる。他方,例えば,川上市場における商品について行為者が長期間にわたって継続的に供給を行ってきた事業者に対する決済条件,配送条件その他の供給に係る条件が,新規に供給を受けようとする事業者に対する条件と異なっている場合であっても,それが過去の実績の相違に基づく正当なものであるときは,このような取扱いの差は合理的な範囲を超えているとはいえない。
 なお,事業者が独立した事業主体として行った供給先の選択や供給に係る条件の設定は,基本的には,事業者による自由な事業活動として尊重されるべきである。したがって,事業者が単独で行う「供給拒絶・差別的取扱い」については,排除行為に該当するか否かが特に慎重に判断される必要がある。

(注17)川下市場で事業活動を行うために必要な商品を供給する川上市場における事業者が,自ら川下市場においても事業活動を行っている場合がある。このような場合において,供給先事業者に供給する川上市場における商品の価格について,自らの川下市場における商品の価格よりも高い水準に設定したり,供給先事業者が経済的合理性のある事業活動によって対抗できないほど近接した価格に設定したりする行為(いわゆるマージンスクイーズ)は,「供給拒絶・差別的取扱い」と同様の観点から排除行為に該当するか否かが判断される。

(注18)例えば,川下市場において卸売業又は小売業を営む者であって,川上市場における商品を川下市場で販売するために必須の販売網等の流通経路を有する者が,これを新たに構築することが現実的に困難な川上市場における製造業者等に対し,合理的な範囲を超えて,購入の拒絶や差別的な取扱いをすることについては,「供給拒絶・差別的取扱い」と同様の観点から排除行為に該当するか否かが判断される。

(2)判断要素
 供給拒絶・差別的取扱いにより,拒絶等を受けた供給先事業者の川下市場における事業活動を困難にさせる場合には,当該行為は排除行為となる。当該行為によって,拒絶等を受けた供給先事業者の川下市場における事業活動を困難にさせるか否かを判断するに当たっては,次のような事項が総合的に考慮される。

ア 川上市場及び川下市場全体の状況
川上市場及び川下市場における市場集中度,商品の特性,規模の経済,商品差別化の程度,流通経路,市場の動向,参入の困難性等が,供給拒絶・差別的取扱いが排除行為に該当するか否かを判断するに当たって考慮される。
 例えば,川上市場が市場集中度の高い高度に寡占的な市場である場合は,そうでない場合と比較して,供給先事業者は川上市場において行為者に代わり得る他の供給者を容易に見いだすことができず,行為者から川上市場における商品の供給を受けることが供給先事業者の事業活動にとってより重要となる。したがって,拒絶等を受けた供給先事業者の川下市場における事業活動を困難にさせると認められやすくなる。

イ 川上市場における行為者及びその競争者の地位
川上市場における行為者及びその競争者の商品のシェア,その順位,ブランド力,供給余力,事業規模等が,供給拒絶・差別的取扱いが排除行為に該当するか否かを判断するに当たって考慮される。
 例えば,行為者の川上市場における商品が強いブランド力を有している場合は,そうでない場合と比較して,供給先事業者は川上市場において行為者に代わり得る他の供給者を容易に見いだすことができず,行為者から川上市場における商品の供給を受けることが供給先事業者の事業活動にとってより重要となる。この場合,行為者の競争者の事業規模が小さく,その商品の供給余力が乏しければ,より一層行為者の重要性が増す。したがって,拒絶等を受けた供給先事業者の川下市場における事業活動を困難にさせると認められやすくなる。

ウ 川下市場における供給先事業者の地位
 川下市場における供給先事業者の商品のシェア,その順位,ブランド力,供給余力,事業規模等が,供給拒絶・差別的取扱いが排除行為に該当するか否かを判断するに当たって考慮される。
 例えば,供給先事業者の川下市場における商品のシェアが大きく,その商品が強いブランド力を有している場合は,そうでない場合と比較して,供給先事業者は川上市場において行為者に代わり得る他の供給者を容易に見いだすことができ,行為者から川上市場における商品の供給を受けることが供給先事業者の事業活動にとって重要とはならない。したがって,拒絶等を受けた供給先事業者の川下市場における事業活動を困難にさせると認められにくくなる。

エ 行為の期間
 供給拒絶・差別的取扱いを行っている期間等が,供給拒絶・差別的取扱いが排除行為となるか否かを判断するに当たって考慮される。
 例えば,供給拒絶・差別的取扱いが長期間にわたって行われている場合は,そうでない場合と比較して,拒絶等を受けた供給先事業者の川下市場における事業活動を困難にさせると認められやすくなる。

オ 行為の態様
 行為者の川上市場における商品の価格,供給先事業者との取引の条件・内容,行為者の意図・目的等が,供給拒絶・差別的取扱いが排除行為となるか否かを判断するに当たって考慮される。
 例えば,行為者が一部の供給先事業者に対して供給する川上市場における商品の価格が,供給の内容その他の条件の相違に基づく合理的な範囲を超えて他の供給先事業者に対する価格よりも高く設定されている場合は,当該一部の供給先事業者にとって仕入原価が高くなるため,その販売する川下市場における商品の価格をより高く設定せざるを得なくなる。この場合において,特に,当該一部の供給先事業者にとっての仕入原価が,他の供給先事業者が販売する川下市場における商品の販売価格(行為者自ら川下市場における商品を販売している場合は,当該商品の販売価格を含む。)を上回るようなときは,当該一部の供給先事業者は経済的合理性のある事業活動によって他の供給先事業者(又は行為者)に対抗することができないと考えられる。したがって,拒絶等を受けた供給先事業者の川下市場における事業活動を困難にさせると認められやすくなる。

(3)具体例
ア X社ら10社は,ぱちんこ機の製造に関する多くの特許権等を所有すると同時に,国内において販売されるぱちんこ機のほとんどを供給する製造販売業者である。X社ら10社は,その所有する特許権等の管理をY連盟に委託するとともに,これらに係る発明等の実施許諾の意思決定に実質的に関与していた。Y連盟が所有又は管理運営する特許権等は,ぱちんこ機の製造を行う上で重要な権利であり,これらに係る発明等の実施許諾を受けることなくぱちんこ機を製造することは困難な状況にあった。X社ら10社及びY連盟は,ぱちんこ機の製造分野(川下市場)への参入を排除する旨の方針に基づき,Y連盟が所有又は管理運営する特許権等の集積を図り,これらに係る発明等の実施許諾に係る市場(川上市場)において,既存のぱちんこ機製造業者以外の者に対しては実施許諾を拒絶するなどにより,参入を希望する事業者がぱちんこ機の製造を開始できないようにした。このようなX社ら10社及びY連盟の行為は,ぱちんこ機を製造しようとする者の事業活動を排除するものであると認定された。(平成9年8月6日勧告審決,平成9年(勧)第5号)

イ X社は,東日本地区を業務区域として地域電気通信事業を営む者であり,光ファイバ通信サービスの提供基盤となる加入者光ファイバの保有量においても,戸建て住宅向け光ファイバ通信サービスの開通件数においても,東日本地区のほぼ全域において極めて大きなシェアを占めていた。そのため,加入者光ファイバ設備を保有しない者にとって,戸建て住宅向け光ファイバ通信サービス市場(川下市場)においてサービスを提供するには,加入者光ファイバ設備接続市場(川上市場)においてX社の保有する加入者光ファイバ設備に接続することが極めて重要であった。このような状況において,X社は,自ら光ファイバ通信サービスを提供するに当たり,他の電気通信事業者がX社に支払う接続料金を下回るユーザー料金を設定した。このため,新規事業者は,ユーザーを獲得するためには,X社に接続料金を支払いながらX社のユーザー料金に対抗するユーザー料金を設定しなければならず,逆ざやが生じて大幅な赤字を負担せざるを得ないこととなり,戸建て住宅向け光ファイバ通信サービス事業に参入することは事実上著しく困難となった。このようなX社の行為は,X社の加入者光ファイバ設備に接続して戸建て住宅向け光ファイバ通信サービスを提供しようとする事業者の事業活動を排除するものであると認定された。(東京高判平成21年5月29日,平成19年(行ケ)第13号)

第3 一定の取引分野における競争を実質的に制限すること

1 一定の取引分野

(1)基本的考え方
 排除型私的独占に該当するか否かについては,前記第2の排除行為により一定の取引分野における競争に与える影響がどのようなものであるかという観点から判断される。
 この場合における一定の取引分野とは,排除行為によって競争の実質的制限がもたらされる範囲をいい,その成立する範囲は,具体的な行為や取引の対象・地域・態様等に応じて相対的に決定されるべきものである。したがって,一定の取引分野は,不当な取引制限と同様,具体的行為や取引の対象・地域・態様等に応じて,当該行為に係る取引及びそれにより影響を受ける範囲を検討し,その競争が実質的に制限される範囲を画定して決定されるのが原則である。
 また,排除型私的独占は,単独の事業者によって行われることが多く,加えて,排除行為は多種多様であり,排除行為として複数の行為がなされることもある。このため,排除型私的独占に係る一定の取引分野の画定については,排除行為に係る取引及びそれにより影響を受ける範囲を検討する際に,必要に応じて,需要者(又は供給者)にとって取引対象商品(注19)と代替性のある商品の範囲(後記(2))又は地理的範囲(後記(3))がどの程度広いものであるかとの観点を考慮することになる。

(注19)排除行為が前記第2の4の「抱き合わせ」に該当する場合は従たる商品を指し,前記第2の5の「供給拒絶・差別的取扱い」に該当する場合は川下市場における商品を指す。

(2)商品の範囲
 商品の範囲は,主として需要者からみた商品の代替性という観点から画定される。需要者にとっての商品の代替性の程度は,当該商品の効用等の同種性の程度と一致することが多く,商品の範囲は当該商品の効用等の同種性の程度により判断できることが多い。
 また,商品の範囲が画定されるに当たり,需要者からみた代替性の程度のほかに,必要に応じて,供給者が多大な追加的費用やリスクを負うことなく,短期間のうちに,ある商品から他の商品に製造・販売を転換し得るか否かが考慮されることがある。
 商品の効用等の同種性の程度について評価を行うに当たっては,次のような事項が考慮される。

ア 用途
 ある商品と取引対象商品が同一の用途に用いられているか否か,又は用いることができるか否かが考慮される。
 同一の用途に用いることができるか否かを判断するに当たっては,商品の大きさ,形状等の外形的な特徴や,強度,可塑性,耐熱性,絶縁性等の物性上の特性,純度等の品質,規格,方式等の技術的な特徴等が総合的に考慮される(ただし,これらの特徴がある程度異なっていても,同一の用途に用いることができると認め得る場合がある。)。
 なお,取引対象商品が複数の用途に用いられている場合には,それぞれの用途ごとに,商品が同一の用途に用いられているか否か,又は用いることができるか否かが考慮される。

イ 価格・数量の動き等
 価格水準の違い,価格・数量の動き等が考慮される場合がある。
 例えば,ある商品と取引対象商品との間で,価格水準が大きく異なることから,又は価格水準に差はないが取引対象商品の使用から切り替えるために設備の変更,従業員の訓練等の費用を要することから,が取引対象商品の代わりとして当該商品が用いられることが少ないために,取引対象商品と当該商品とは効用等が同種であると認められない場合がある。
 また,例えば,取引対象商品である甲商品の価格が上昇した場合に,需要者が甲商品に代えて乙商品を購入する結果として,乙商品の販売数量が増加し,又は乙商品の価格が上昇するといった関係がある場合には,甲商品は乙商品と効用等が同種であると認められる。

ウ 需要者の認識・行動
 需要者の認識・行動が考慮される場合がある。
 例えば,取引対象商品である甲商品と乙商品に物性上の特性等に違いがあっても,需要者が,商品丙を製造するための原料として甲商品と乙商品を併用しているため,甲商品と乙商品は効用等が同種であると認められる場合がある。
また,取引対象商品の価格が過去に引き上げられたときに,需要者が取引対象商品に代えて別の商品を用いたことがあるか否かが考慮されることがある。

(3)地理的範囲
 地理的範囲についても,商品の範囲と同様に,主として各地域の需要者からみた商品の代替性の観点から判断される。商品の代替性については,需要者及び供給者の行動や商品の輸送に係る問題の有無等から判断できることが多い。
 需要者及び供給者の行動や商品の輸送に係る問題の有無等について評価を行うに当たっては,次のような事項が考慮される。

ア 供給者の事業地域,需要者の買い回る範囲等
 需要者が,通常,どの範囲の地域から商品を購入することができるかという点については,需要者の買い回る範囲(消費者の購買行動等)や,供給者の販売網等の事業地域及び供給能力等が考慮される。
 また,商品の価格が過去に引き上げられたときに,需要者がどの範囲の地域の供給者から当該商品を購入したかが考慮されることがある。

イ 商品の特性
 鮮度を維持しやすいものであるか,破損しやすいものであるか,重量物であるか等の商品の特性は,商品について輸送可能な範囲や輸送の難易の程度に影響を与える。

ウ 輸送手段・費用等
 輸送手段,輸送に要する費用が価格に占める割合,輸送に要する費用が輸送される地域間における商品の価格差より大きいか否か等の事情は,需要者が,通常,どの範囲の地域から商品を購入することができるかにおいて考慮される。

2 競争の実質的制限

(1)基本的考え方
 独占禁止法第2条第5項に規定する「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」の意義については,裁判例上,競争自体が減少して,特定の事業者又は事業者集団がその意思で,ある程度自由に,価格,品質,数量,その他各般の条件を左右することによって,市場を支配することができる状態を形成・維持・強化することをいうものと解される旨判示されている(東京高判平成21年5月29日,平成19年(行ケ)第13号)。
 このような趣旨における市場支配的状態が形成・維持・強化されていれば,現実に価格の引上げ等が行われていない場合であっても,競争を実質的に制限すると認められる。

(2)判断要素
 競争の実質的制限の存否は,一律に特定の基準によって判断されるのではなく,個別具体的な事件ごとに,次の事項を総合的に考慮して判断される(注20)。

ア 行為者の地位及び競争者の状況
(ア)行為者の市場シェア及びその順位
 供給者たる行為者の市場シェア(注21)が大きく,その順位が高い場合には,一般に,行為者が取引対象商品の価格を引き上げようとしたときに,競争者が行為者に代わって当該商品を十分供給することが容易ではない。したがって,行為者が市場シェアの大きい第一位の事業者である場合や,行為者の市場シェアと競争者の市場シェアとの格差が大きい場合は,そうでない場合と比較して,行為者の取引対象商品の価格引上げに対する競争者の牽制力は弱くなると考えられることから,競争を実質的に制限していると判断されやすい。
 特に,これらの状況が過去から継続し,将来においても容易に変化すると見込めない場合は,そうでない場合と比較して,競争を実質的に制限していると判断されやすい。

(イ)市場における競争の状況
 従来,排除された事業者との間で競争が活発に行われてきたことが,市場全体の価格引下げや品質・品揃えの向上等につながってきたと認められる場合は,そうでない場合と比較して,競争を実質的に制限していると判断されやすい。
 また,排除行為により,少数の有力な事業者に市場シェアが集中する場合は,そうでない場合と比較して,各事業者の利害が共通することが多いため,協調的な行動が取られやすくなることから,競争を実質的に制限していると判断されやすい。

(ウ)競争者の状況
 価格・品質面で優れた商品を販売する競争者や原材料調達力,技術力,販売力,信用力,ブランド力,広告宣伝力等の総合的な事業能力が高い競争者が,市場において競争的な行動をとることが困難となる場合は,そうでない場合と比較して,競争を実質的に制限していると判断されやすい。
 また,競争者の供給余力が十分でない場合は,そうでない場合と比較して,行為者が取引対象商品の価格を引き上げることに対して牽制力が働かないことがある。したがって,競争を実質的に制限していると判断されやすい。

イ 潜在的競争圧力
一般に,参入が容易ではなく,行為者が取引対象商品の価格を引き上げても一定の期間に他の事業者が新たに参入する可能性が低い場合は,行為者が価格等をある程度自由に左右することが可能となることから,そうでない場合と比較して,競争を実質的に制限していると判断されやすい。
 潜在的な競争圧力が十分働いているか否かについては,次の事項を総合的に考慮して,一定の期間に他の事業者が新たに参入する可能性が,行為者が価格等をある程度自由に左右することを妨げる要因となり得るか否かが判断される(注22)。

(ア)制度上の参入障壁の程度
 法令等に基づく規制が参入の障壁となっている場合は,そうでない場合と比較して,行為者が取引対象商品の価格を引き上げたとしても参入が行われないこととなるため,潜在的な競争圧力は働きにくい。

(イ)実態面での参入障壁の程度
 参入のための必要資本量が大きく,立地条件,技術条件,原材料調達の条件,販売面の条件等について参入者が既存事業者に比べて不利な状況に置かれている場合は,そうでない場合と比較して,潜在的な競争圧力は働きにくい。

(ウ)参入者の商品と行為者の商品との代替性の程度
 参入者の商品と行為者の商品との代替性が高い場合には,そうでない場合と比較して,需要者は躊躇なく参入者の商品を購入・使用することができると考えられるため,潜在的な競争圧力は働きやすい。
 他方,参入者が行為者と同等の品質の商品を同等の品揃えで製造・販売することが困難であるような場合や,需要者の使い慣れの問題から参入者の商品が選好されないような場合は,そうでない場合と比較して,潜在的な競争圧力は働きにくい。

ウ 需要者の対抗的な交渉力
 需要者が取引先を変更することが困難であるなどの事情により,行為者に対して対抗的な交渉力を有していない場合には,そうでない場合と比較して,行為者が価格等をある程度自由に左右することが可能となることから,競争を実質的に制限していると判断されやすい。
 他方,需要者が供給先を切り替えることが容易である場合や切替えの可能性を供給者に示すことによって需要者の価格交渉力が生じている場合のように,需要者の調達方法,供給先の分散の状況,変更の難易の程度等からみて需要者の価格交渉力が強い場合は,そうでない場合と比較して,行為者が価格等をある程度自由に左右することをある程度妨げる要因となる。したがって,競争を実質的に制限していると判断されにくい。

エ 効率性
 行為者の排除行為に付随して,規模の経済,生産設備の統合,工場の専門化,輸送費用の削減,研究開発体制の効率化等により,生産性の向上,技術革新,事業活動の効率性の向上がもたらされ,行為者が競争的な行動をとることが見込まれる場合には,競争の実質的制限の判断に際してこのような事情が考慮されることがある。
 この場合において,効率性の向上が考慮されるのは,(1)行為に固有の効果として効率性が向上し,それがより競争制限的でない他の方法によっては生じ得ないものであることが認められ,かつ,(2)当該効率性の向上により,商品の価格の低下,品質の向上,新商品の提供等の成果が需要者に還元され,需要者の厚生が増大するものであることが認められるときである。
 例えば,抱き合わせについて,従たる商品に規模の経済が認められる場合であって,主たる商品と抱き合わせて販売する以外の方法では従たる商品の需要を高めることができない場合が考えられる。このような場合において,実際に従たる商品の供給量が増大し,それに伴って需要者に安い価格で提供され,市場における競争が促進されることにより需要者厚生が増大していると認められるときは,このような事情を考慮した上で,競争を実質的に制限するか否かが判断される。
 ただし,排除行為が独占又は独占に近い状態をもたらす場合には,通常,競争を実質的に制限すると判断される。

オ 消費者利益の確保に関する特段の事情
 問題となる行為が,安全,健康,その他の正当な理由に基づき,一般消費者の利益を確保するとともに,国民経済の民主的で健全な発達を促進するものである場合には,例外的に,競争の実質的制限の判断に際してこのような事情が考慮されることがある。すなわち,独占禁止法第1条に記載された,公正かつ自由な競争を促進し,もって,一般消費者の利益を確保するとともに,国民経済の民主的で健全な発達を促進するという目的から首肯され得るような特段の事情がある場合には,当該行為が「競争を実質的に制限すること」という要件に該当しないこともあり得る(注23)。
 例えば,ある地域においてシェア約50パーセントのガス機器販売業者が,一酸化炭素中毒による重大事故を防止する観点から,不完全燃焼防止装置付きのガス機器への買替え需要を喚起するために,不完全燃焼防止装置が装備されていないガス機器を使用する者に対し,供給に要する費用を下回る価格で自社の不完全燃焼防止装置付きのガス機器を販売するような場合には,その行為は重大事故を未然に防止するという目的に基づくものであって,一般消費者の利益につながるとともに,それが競争に与える影響は限定的であることが多いと考えられることから,このような事情を勘案した上で,競争を実質的に制限するか否かが判断される。
 ただし,排除行為が独占又は独占に近い状態をもたらす場合には,通常,競争を実質的に制限すると判断される。

(注20)排除行為が前記第2の5の「供給拒絶・差別的取扱い」に該当する場合における競争の実質的制限の存否については,川下市場における市場支配的状態が形成・維持・強化されているか否かによって判断されるため,川下市場における供給先事業者とその競争者を中心にそれぞれの事項が判断される。

(注21)市場シェアは,一定の取引分野における商品の取引数量に占める各事業者の商品の取引数量の百分比による。ただし,当該商品にかなりの価格差がみられ,価額で供給実績等を算定するという慣行が定着していると認められる場合など,数量によることが適当でない場合には,取引額により市場シェアを算出する。
 また,複数の事業者が結合又は通謀して行為者となる場合の市場シェアは,各行為者の市場シェアを合算した値による。

(注22)前記第2の2の「商品を供給しなければ発生しない費用を下回る対価設定」による排除行為については,行為者が取引対象商品の価格を引き上げたとしても,法令等に基づく規制や立地,技術,原材料調達等の諸条件による参入障壁が低いため有効な牽制力のある事業者が短期間のうちに参入することが現実的に見込める場合がある。このような場合には,当該行為が競争を実質的に制限するものであると判断されることはない。

(注23)独占禁止法第1条の目的規定の位置付けに関しては,判例上,同法第2条第6項にいう「公共の利益に反して」の解釈において,原則としては同法の直接の保護法益である自由競争経済秩序に反することを指すが,現に行われた行為が形式的にこれに該当する場合であっても,この法益と当該行為によって守られる利益とを比較衡量して,「一般消費者の利益を確保するとともに,国民経済の民主的で健全な発達を促進する」という同法の究極の目的に実質的に反しないと認められる例外的な場合を,この規定にいう「不当な取引制限」行為から除外する趣旨と解すべき旨判示されている(最判昭和59年2月24日,昭和55年(あ)第2153号)。

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