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標準化に伴うパテントプールの形成等に関する独占禁止法上の考え方

標準化に伴うパテントプールの形成等に関する独占禁止法上の考え方

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平成17年6月29日
公正取引委員会
改正:平成19年9月28日

第1 はじめに

 情報通信分野など技術革新が著しい分野においては、新製品の市場を迅速に立ち上げ、需要の拡大を図るため、異なる機種間の情報伝達方式や接続方法などについて規格を策定し、広く普及させる必要性が高く、関連する事業者が共同で規格を策定し、広く普及を進める活動(以下「標準化活動」という。)が行われている。一方で、これらの分野では規格で規定された機能・効用を実現するために必要な技術(以下「規格技術」という。)に関し特許権を有する者が多数存在することから、規格を策定したとしても当該規格を採用した製品を開発・生産するためには複雑な権利関係の処理が必要であり、これを個別の交渉によった場合に要する膨大な労力及び費用は当該規格を採用した製品の市場の迅速な立上げ・需要の拡大を阻害するおそれがある。
 近年、標準化活動に伴うこのような困難な問題を解決する手段として、規格技術に関する特許権者が共同でパテントプール(注1)を形成し、当該プールを通じて、規格を採用した製品の開発・生産に必要な特許を一括してライセンスする枠組が利用されるようになっている。
 公正取引委員会は、平成11年に特許権等の行使と独占禁止法上の考え方について「特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針」(以下「特許ノウハウガイドライン」という。)を公表(平成19年「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」(以下「知的財産ガイドライン」という。)の策定に伴い廃止。)しており、パテントプールによるライセンスについても基本的には当該ガイドラインの考え方に沿って判断される。しかしながら、規格を広く普及させるためパテントプールを利用することに対する関心が高まる中、今回、特許ノウハウガイドラインを補足する目的で、標準化活動及びそれに伴うパテントプールの形成・運用に関する独占禁止法上の考え方を明確にすることにより、独占禁止法違反行為の未然防止とパテントプールの形成・運用等における適切な活動の展開に資することとしたものである。
 なお、規格を広く普及させる手段としてのパテントプール等については様々な態様のものが考えられるところ、本考え方で検討されていない態様のものについては、個別の事案ごとに独占禁止法の規定に照らして判断される。

(注1) パテントプールとは、ある技術に権利を有する複数の者が、それぞれの所有する特許等又は特許等のライセンスをする権限を一定の企業体や組織体(その組織の形態には様々なものがあり、また、その組織を新たに設立する場合や既存の組織が利用される場合があり得る。)に集中し、当該企業体や組織体を通じてパテントプールの構成員等が必要なライセンスを受けるものをいう(知的財産ガイドライン第3-2-(1)-ア参照)。
 なお、このような企業体や組織体を通じてライセンスされる権利の中には著作権など特許権以外の権利も含まれ得るが、このようなライセンス方式は特許において利用されることが最も典型的であることから、以下ではこれらの他の権利も含めて「特許権」と記している。

第2 標準化活動

1 標準化活動の態様

 関連する事業者が共同で規格を策定し、広く普及を進める活動は、従来JIS規格の策定など公的な機関において行われることが一般的であった。これに対して、情報通信分野など研究開発活動が活発に行われている分野では、研究開発活動の成果について迅速な製品化を図るため、前記のように競合する事業者間において新技術を製品化するに先立ち情報伝達方式や接続方法などの規格を共同で策定し、広く普及を進める活動が行われている。
 このような活動には、

(1) 少数の競争事業者が非公開で新製品を共同開発し、競合製品との市場競争を通じて圧倒的なシェアを獲得することで当該製品の規格を広く普及させるもの

(2) 活動を公開して多くの参加者を受け入れ、参加者からの技術提案に基づき規格を策定することで当該規格を広く普及させるもの

(3) 規格の中核技術は少数の者が非公開に開発した後、付加的な部分を決定する段階で活動を公開し、参加者からの技術提案も取り入れて規格を策定することで当該規格を広く普及させるもの

などがあり、その態様は様々である(注2)(注3)。
 以下で記載される、標準化活動に関する独占禁止法上の考え方は、基本的には多数の競争事業者が活動を公開し共同で規格を策定し、広く普及を進める活動についてのものである。

(注2) これらの活動については、その態様から実質的に事業者団体(以下これらの団体を「標準化団体」という。)の場で行われていると認められる場合が多いと考えられる。このような団体による標準化活動については、独占禁止法第8条の観点からも評価されることとなる。

(注3) (2)又は(3)の場合においては、標準化活動に参加する事業者に対して、規格技術について特許権を有する場合にはその旨を申告し、必要に応じて当該特許を妥当かつ無差別な条件でライセンスする旨の確認書(パテントステートメント)の提出を求め、当該確認書が得られず、かつ、規格技術の利用には当該参加者の有する特許を侵害することが回避できないと判明した場合には当該規格の策定を中止する等の方針を採っているものが多い。

2 標準化活動自体に関する独占禁止法の適用

 標準化活動は、製品の仕様・性能等を共通化するなどにより参加者の事業活動に一定の制限を課すものであるが、一方で、製品間の互換性が確保されることなどから、当該規格を採用した製品の市場の迅速な立上げや需要の拡大が図れるとともに、消費者の利便性の向上に資する面もあり、活動自体が独占禁止法上直ちに問題となるものではない。
 しかしながら、例えば、標準化活動に当たって以下のような制限が課されることにより、市場における競争が実質的に制限される、あるいは公正な競争が阻害されるおそれがある場合には独占禁止法上問題となる。

(1) 販売価格等の取決め

 標準化活動に参加する事業者が、策定された規格を採用した製品等の販売価格、生産数量又は製品化の時期等について共同で取り決める(不当な取引制限等)。

(2) 競合規格の排除

 標準化活動に参加する事業者が、相互に合理的な理由なく競合する規格を開発することを制限する又は競合する規格を採用した製品の開発・生産等を禁止する(注4)(不当な取引制限、拘束条件付取引等)。

(3) 規格の範囲の不当な拡張

 標準化活動に参加する事業者が、規格を策定する際に相互に製品開発競争を回避することを目的として、互換性の確保など標準化のメリットを実現するために必要な範囲を超えて製品の仕様・性能等を共通化する(不当な取引制限等)。

(4) 技術提案等の不当な排除

 標準化活動に参加する一部の参加者が、規格を策定する過程で、不当に、特定の事業者の技術提案が採用されることを阻止する又は規格が技術改良の成果を踏まえた内容に改定されることを阻止する(私的独占、共同行為による差別取扱い)。

(5) 標準化活動への参加制限

 標準化活動に参加しなければ、策定された規格を採用した製品を開発・生産することが困難となり、製品市場から排除されるおそれがある場合に、合理的な理由なく特定の事業者の参加を制限する(私的独占等)。

(注4) 標準化活動の態様が、少数の競争事業者が非公開で新製品を開発し、競合製品との市場競争を通じて事実上の標準化を目指すなど実質的に共同研究開発と認められるときには、このような制限を課すことについても合理的な理由が認められる場合がある(「共同研究開発に関する独占禁止法上の指針」(以下「共同研究開発ガイドライン」という。)第2-2-(1)-ア-(8)(9)、(注14)参照)。

3 規格技術に関する特許権の行使と独占禁止法の適用

 規格技術について特許権(以下、特許が付与された規格技術を単に「特許」という。)を有する者が、その特許を他の者にライセンスする又はしないことの独占禁止法上の問題については、基本的には知的財産ガイドラインの考え方に沿って判断される。
 例えば、標準化活動に参加していない事業者が当該活動により策定された規格について特許を有していた場合に、規格を採用する事業者に対して当該特許をライセンスすることを拒否したとしても通常は独占禁止法上問題となるものではない。
 しかしながら、標準化活動に参加し、自らが特許権を有する技術が規格に取り込まれるように積極的に働きかけていた特許権者が、規格が策定され、広く普及した後に、規格を採用する者に対して当該特許をライセンスすることを合理的理由なく拒絶する(拒絶と同視できる程度に高額のライセンス料を要求する場合も含む。)ことは、拒絶された事業者が規格を採用した製品を開発・生産することが困難となり、当該製品市場における競争が実質的に制限される場合には私的独占として、競争が実質的に制限されない場合であっても公正な競争を阻害するおそれがある場合には不公正な取引方法(その他の取引拒絶等)として独占禁止法上問題となる(注5)(注6)。
 また、直接的には標準化活動に参加していない場合でも、例えば、活動に参加する者と共謀するなどして、自らが特許権を有する技術が規格に取り込まれるように積極的に働きかけていた場合に上記の行為を行うことは、同様の独占禁止法上の問題を生じる。

(注5) 独占禁止法第21条は「この法律の規定は、・・特許法・・による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない。」と定めているが、同条は特許法等による「権利の行使」とみられるような行為であっても、競争秩序に与える影響を勘案した上で、技術保護制度の趣旨を逸脱し又は同制度の目的に反すると認められる場合には、同条にいう「権利の行使と認められる行為」と評価されず、独占禁止法が適用されることを確認する趣旨で設けられたものであると解されている。当該行為は、事業者の共同行為によって標準としての価値を付加された特許を競争者排除の手段として利用するものであり、技術保護制度の趣旨や目的に反することから、独占禁止法第21条に規定される「権利の行使と認められる行為」とは評価されず、独占禁止法が適用される。

(注6) このような行為を標準化活動に参加している複数の事業者が共同して行うことは、競争が実質的に制限される場合には私的独占又は不当な取引制限として、競争が実質的に制限されない場合でも不公正な取引方法(共同の取引拒絶)として独占禁止法上問題となりうる。

第3 規格に係る特許についてのパテントプールに関する独占禁止法上の問題点の検討

1 基本的な考え方

 標準化活動を通じて規格が策定された後に、当該活動に参加した事業者が中心となって規格に係る特許についてパテントプールを形成・運用する行為については、パテントプールを形成する主体は標準化活動の参加者とは異なる場合があり、競争に及ぼす影響も規格の策定とは異なるものである。したがって、標準化活動自体が独占禁止法上問題ない場合であっても、その後にパテントプールが形成・運用される場合には、別途、独占禁止法上の問題が検討される。

(1) 一般に、規格技術に関して多数の特許権が取得され、それらが多数の特許権者により保有されている場合、

[1] 規格を採用した製品を生産・販売するには、すべての特許権者を見いだし、個別にライセンス条件について取り決めるなど権利関係の処理に多大な労力と費用を要し、

[2] 製品を生産・販売するために支払うライセンス料も、個々の特許権者に支払うライセンス料が累積するため高額となり得る

ことから、規格を採用した製品の開発・普及が困難となるおそれがある。
 規格に係る特許についてパテントプールを形成・運用することは、規格の採用に伴う複雑な権利関係の処理を効率化し、ライセンス料を調整して高額化を回避することを容易にし得るなど、規格を採用した製品の開発・普及を促進するための有効な手段として、競争促進的に機能し得る。
 一方で、パテントプールが競争事業者によって形成・運用される場合は、規格に係る特許の利用について相互に制限を課し(注7)、ライセンシーの事業活動に制限を課すなど、広範に競争制限行為が行われるおそれがある。

(注7) 前記のように、独占禁止法第21条は個々の特許権者の「権利の行使と認められる行為」には同法を適用しない旨を定めているところ、多数の特許権者がパテントプールを利用し、ライセンシーに課す制限について共同で取り決める行為については、同条が規定する「権利の行使と認められる行為」とは評価されず、同法が適用される。

(2) 規格に係る特許についてパテントプールを形成・運用することの独占禁止法上の問題の有無については、個別の事案ごとに、(1)規格がどの程度普及しているか、(2)規格が広く普及している場合には当該プールが規格に関連する市場でどのような地位を占めるかなど、関連する市場の状況を踏まえ、競争促進的な効果及び競争制限的な効果を含め、競争に及ぼす影響について総合的に検討した上で判断する必要がある。
 一般に、多数の競争事業者が共同で規格を策定し、規格に係る特許についてパテントプールを形成する場合であっても、当該規格が広く普及しているとは認められず、他に類似の機能・効用を持つ規格が複数存在している場合や、広く普及している場合でも、当該プールからライセンスを受けなくても必要な特許が利用できる場合であれば、当該プールが競争に及ぼす影響(注8)は小さくなる。
 特に、複数の競争事業者が、規格に係る特許についてパテントプールを通じてライセンスする際に、ライセンシーの事業活動に対して一定の制限を課しても、規格を採用した製品の販売価格や販売数量を制限するなど明らかに競争を制限すると認められる場合などを除き、(1)当該プールの規格に関連する市場に占めるシェアが20%(注9)以下の場合、(2)シェアでは競争に及ぼす影響を適切に判断できない場合は、競争関係にあると認められる規格が他に4以上存在する場合には、通常は独占禁止法上の問題を生じるものではない(注10)。

(3) また、これらの条件が満たされない場合でも、パテントプールを通じた制限が直ちに独占禁止法上問題となるわけではなく、規格の普及の程度、代替的なパテントプールや規格技術の有無など市場の状況を踏まえた上で、個別事案ごとに競争に与える影響を検討した上で判断されるものである。後記2以下で示されている個別の制限等の検討についても、特段記述がない限り同様である。

(注8) 規格に係る特許についてのパテントプールの形成・運用が競争に及ぼす影響については、一般の技術取引と同様、個別の事案ごとに、規格に関連する製品市場又は技術市場において相互に競争関係にあると認められる事業者の取引に及ぼす影響の大きさに基づき判断される。

(注9) 通常、ある規格に関連する市場に占めるパテントプールのシェアについては、当該規格を採用した製品並びにそれと機能及び効用が類似の製品の市場において、当該プールからライセンスを受けて生産された製品(当該プールに特許を含めている事業者が自ら生産・販売する製品を含む。)が占める割合を基に判断される。

(注10) 技術はその移転に要する費用が小さく、国際的な取引の対象となっていること、標準化活動の中には国際的な規模で進められるものも多いことなどをかんがみるに、競争関係にある規格技術や規格の有無の判断に当たっては、海外で開発されたものも考慮に入れる必要がある。

2 パテントプールの形成に関する独占禁止法上の考え方

(1) パテントプールに含まれる特許の性質

ア 規格で規定される機能及び効用の実現に必須な特許に限られる場合

 規格に係る特許についてパテントプールを形成することが技術市場における競争にどのような影響を及ぼすかは、当該プールに含まれる特許が規格で規定される機能及び効用の実現に必須な特許(注11)(以下「必須特許」という。)のみの場合とそうでない場合とでは異なる。
 パテントプールが必須特許のみにより構成される場合には、これらすべての特許は規格で規定される機能及び効用を実現する上で補完的な関係に立つことから、ライセンス条件が一定に定められても、これらの特許間の競争が制限されるおそれはない。したがって、パテントプールに含まれる特許の性質に関して独占禁止法上の問題が生じることを確実に避ける観点からは、パテントプールに含まれる特許は必須特許に限られることが必要である。
 なお、独占禁止法違反行為の未然防止の観点からは、パテントプールに含まれる特許が必須特許であるか否かについて、恣意的な判断を避けるため、パテントプールに参加する事業者から独立した専門的な知識を持った第三者が行うことが必要であり、また、当初は必須特許であっても、パテントプールの形成後に、規格で規定される機能及び効用を実現する更に優れた技術が開発され、既存の規格技術が陳腐化した場合には、直ちにパテントプールから外されることが重要である。

(注11) ここで、規格で規定される機能及び効用を実現するために必須な特許とは、規格を採用するためには当該特許権を侵害することが回避できない、又は技術的には回避可能であってもそのための選択肢は費用・性能等の観点から実質的には選択できないことが明らかなものを指す。

イ 必須特許とはいえない特許が含まれる場合

 必須特許とはいえない特許が合理的な理由なくパテントプールに含まれている場合には、規格技術の間の競争に以下のような影響が及ぶ結果、技術市場における競争が実質的に制限されるなど、独占禁止法上の問題を生じるおそれがある。

[1] パテントプールに含まれる特許が相互に代替的な関係にある場合(以下、このような関係にある特許を「代替特許」という。)、これらの特許はライセンス条件等で競争関係に立つことから、パテントプールに含められライセンス条件が一定とされることにより、これらの代替特許間の競争が制限される。(事例1)

[2] また、パテントプールに含まれる特許は相互に代替的な関係にない場合であっても、パテントプールに含まれる特許が当該プール外の特許と代替的な関係にある場合、必須特許と一括してライセンスされることにより、当該プール外の代替特許は、容易にライセンス先を見いだすことができなくなり、技術市場から排除される。(事例2)

 したがって、必須特許以外の特許がパテントプールに含まれる場合には競争制限効果が大きくなり得るため、当該規格の普及の程度、代替的なパテントプールや規格技術の有無などの市場の状況の外、以下の点も勘案し競争に及ぼす影響について総合的に判断することになる。

[1] パテントプールに必須特許以外の特許が含められることに、合理的な必要性が認められるか又は競争促進効果が認められるか。

[2] パテントプールに特許を含める者が、当該プールを通さずに当該特許を他の事業者に直接ライセンスすることが可能か。また、事業者がパテントプールに含まれる特許の中から必要な特許のみを選択してライセンスを受けることが可能か(注12)。

(注12) パテントプールの参加者が、あらかじめ取り決めた条件で個別にライセンス契約を締結することとし、加えて、当該条件に従わなくても別途ライセンス契約を結べるというライセンス方式の場合、規格の採用者は、規格に係る特許のライセンス条件についての選択が可能であり、技術市場又は製品市場における競争が制限されるおそれは少なくなると考えられる。

(2) パテントプールへの参加に係る制限

ア パテントプールへの参加の制限

 パテントプールへの参加を一定の条件を満たす者に制限することは、制限の内容が、パテントプールを円滑に運営し、規格を採用する者の利便性を向上させるために合理的に必要と認められるものであり、競争を制限するものでなければ、通常は独占禁止法上の問題を生じるものではない。
 また、特定の規格を策定するに当たり、規格を迅速に広く普及させるため、標準化活動の参加者が、規格の策定後は規格に係る特許はパテントプールを通じてライセンスすることを事前に取り決めることは、対象が必須特許に限られ、かつ、ほかに当該特許の自由な利用が妨げられないなどの場合は、通常は独占禁止法上の問題を生じるものではない。

イ パテントプールへの参加者に対する制限

 パテントプールに参加する者に対して、パテントプール運営のために一定のルールを課すことなどは、制限の内容がパテントプールを円滑に運営し、規格を採用する者の利便性を向上させるために合理的に必要と認められるものであり、かつ、特定の事業者にのみ不当に差別的な条件を課すものでない限り、通常は独占禁止法上の問題を生じるものではない。
 例えば、ライセンス料の分配方法を、パテントプールに含まれる特許が規格で規定される機能・効用を実現する上でどの程度重要か、パテントプールに参加する者も規格を採用した製品を生産・販売しているかなど様々な要因に基づいて決定したとしても、通常は独占禁止法上の問題を生じるものではない。
 しかしながら、パテントプールに参加する者に対して、パテントプールを通す以外の方法でライセンスすることを認めないなど、特許の自由な利用を制限することは、通常はパテントプールの円滑な運営に合理的に必要な制限とは認められず、製品市場及び技術市場における競争に及ぼす影響も大きいと考えられることから、独占禁止法上問題となるおそれがある(私的独占、不当な取引制限等)。(事例3)

(3) パテントプールの運営

 通常、パテントプールの運営においては、ライセンシーからのライセンス料の徴収、ライセンス条件の履行状況の確認などの活動を通じて、ライセンシーによる製品の生産・販売数量、販売価格などライセンシーの事業活動に関する重要な情報がパテントプールの運営者に集中することになる。パテントプールへの参加者やライセンシーがこれらの情報にアクセスできる場合、ライセンシーが製品の生産・販売数量、販売価格などについて相互に制限を課すために用いるなど、独占禁止法違反行為を行うための手段として利用されるおそれがある。
 したがって、独占禁止法違反行為を未然に防止し、パテントプールに期待される競争促進効果を十分に発揮させるためには、パテントプールの運営者に集中するライセンシーの事業活動に関する情報について、パテントプールへの参加者やライセンシーがアクセスできないようにすることが重要であり、例えば、パテントプールの参加者と人的・資本的に関係のない第三者に運営業務を委託するなどの措置が講じられることが望ましい。(事例4)

3 パテントプールを通じたライセンスに関する独占禁止法上の考え方

 パテントプールを通じたライセンスにおいてライセンシーに課される様々な制限についても、基本的には、個別の事案ごとに知的財産ガイドラインで示される考え方に基づいて競争に及ぼす影響が判断される。しかしながら、規格に係るパテントプールについては、規格を採用する事業者の事業活動に及ぼす影響が大きく、影響が及ぶ範囲も多数のライセンシーに斉一的かつ広範にわたることから、競争への影響について慎重に検討する必要がある。

(1) 異なるライセンス条件の設定

 規格について特許を有する者がパテントプールを形成し、規格を採用する者にライセンスする際に、ライセンスされる特許の利用範囲(技術分野、地域等)や利用時期を制限し、それらに応じてライセンス料に差を設けることは直ちに独占禁止法上問題となるものではなく、個々の事案について、差を設けることの合理的な必要性を踏まえつつ競争への影響が判断される。
 例えば、ライセンス料について、ライセンスを受けて生産・販売される個々の製品の需給関係を反映したものとすること又はライセンスを受けた製品の生産数量に応じたものとすることなどは、通常は独占禁止法上問題となるものではない(注13)。
 しかしながら、パテントプールを通じたライセンスにおいて、特段の合理的な理由なく、特定の事業者にのみ(1)ライセンスすることを拒絶する、(2)他のライセンシーと比べてライセンス料を著しく高くする、(3)規格の利用範囲を制限するなどの差を設けることは、差別を受ける事業者の競争機能に直接かつ重大な影響を及ぼす場合には独占禁止法上問題となるおそれがある(私的独占、共同の取引拒絶等)。したがって、独占禁止法違反行為の未然防止の観点からは、合理的な理由のない限り非差別的にライセンスすることが必要である。(事例5)

(注13) ライセンス条件を定める際に、ライセンシーが必須特許を有しており、それを、パテントプールを通じて他のライセンシーにライセンスしている場合に、必須特許を有さないライセンシーと異なる条件にすることは、その差が合理的な範囲にとどまるものであり、競争に重大な影響を及ぼすおそれのない限り、通常は独占禁止法上問題となるものではない。

(2) 研究開発の制限

ア 規格に係る特許についてパテントプールを通じてライセンスする際に、ライセンシーに対して、規格技術又は競合する規格についてライセンシーが自ら又は第三者と共同して研究開発を行うことを制限することは、代替的な規格技術や規格の開発が困難になり、製品市場及び技術市場における競争が制限されるおそれがある(私的独占、不当な取引制限等)。

イ 少数の者が非公開で規格に係る技術を新たに開発するなど、規格の策定の態様が実質的に共同研究開発と認められる場合には、当該活動に参加する者が相互に規格技術や当該規格と競争関係に立つ規格を開発することを制限したり又は第三者と共同で開発することを制限したりすることが、当該活動を円滑に進める上で合理的に必要な範囲の制限と認められる場合もある(注14)。
 しかしながら、このような場合であっても、規格が策定された後に、当該規格に係る特許についてパテントプールを形成しライセンスする際に、ライセンシーの研究開発を制限することには何ら合理的な必要性があるとは認められず、独占禁止法上問題となるおそれがあるので注意が必要である。(事例6)

(注14) 共同研究開発ガイドラインでは、以下のような制限について原則として不公正な取引方法に該当しないとしている。

[1] 共同研究開発のテーマと同一のテーマの独自の又は第三者との研究開発を共同研究開発実施期間中について制限すること。

[2] 共同研究開発の成果について争いが生じることを防止するため又は参加者を共同研究開発に専念させるために必要と認められる場合に、共同研究開発のテーマときわめて密接に関連するテーマの第三者との研究開発を共同研究開発実施期間中について制限すること。

[3] 共同研究開発の成果について争いが生じることを防止するため又は参加者を共同研究開発に専念させるために必要と認められる場合に、共同研究開発終了後の合理的期間に限って、共同研究開発のテーマと同一又は極めて密接に関連するテーマの第三者との研究開発を制限すること。

(3) 規格の改良・応用成果のライセンス義務(グラントバック)

ア 規格に係る特許についてパテントプールを通じてライセンスする際に、ライセンシーが規格技術に関して行う改良・応用の成果について、当該プールに加えるように義務付けることは、

[1] ライセンシーによる改良・応用の成果が当該プールに集積されるため、代替的な規格技術や規格を開発することが困難となるなど、当該規格に関連する市場に占める当該プールの有力な地位が強化される

[2] ライセンシーによる改良・応用の成果の中に機能及び効用が類似のものがある場合は、多数の代替特許が当該プールに含まれることとなり、これら代替特許間の競争が制限される

ことなどにより、技術市場における競争が制限されるおそれがある。

イ 他方、ライセンシーによる規格技術の改良・応用の成果が必須特許となる場合もあり得るところ、そのような場合にライセンシーに対して上記の義務を課すことについては、制限の態様が必須特許に限り当該プールに非独占的にライセンスすることを義務付けるものであり、ほかに自由な利用を制限するものではなく、ライセンス料の分配方法等で他の当該プール参加者に比べて不当に差別的な取扱いを課すものでないと評価される場合は、通常は独占禁止法上問題となるものではない。(事例7)

(4) 特許の無効審判請求等への対抗措置(不争義務)

ア 規格に係る特許についてパテントプールを通じてライセンスする際に、ライセンシーに対して不争義務(注15)を課し、ライセンシーがライセンスされた規格に係る特許について無効審判請求を提起した場合には、当該プールに含まれるすべての特許について当該ライセンシーとの契約を解除することは、当該プールに参加する個々の特許権者が個別にこのような措置を採る場合に比べてライセンシーの事業活動に及ぼす影響が大きく、ライセンシーが、ライセンスを受けた特許の有効性を争う機会を失うおそれがある。

(注15) 不争義務とは、例えば、ライセンシーはライセンスされた特許について特許無効審判請求を行わないなど、当該特許の有効性について争わない義務を課すことをいう。

イ したがって、規格に係る特許についてパテントプールを通じてライセンスする際に、ライセンシーがライセンスを受けた特許の有効性について争う場合には、プールの参加者が共同でライセンス契約を解除する旨を取り決めることは、独占禁止法上問題となるおそれがある(共同の取引拒絶)。
 他方、規格に係る特許の有効性について争われた場合に、パテントプールへの参加者のうち無効審判請求を起こされた特許権者のみが、当該特許をパテントプールから外すことなどにより、争いを起こしたライセンシーとの契約を解除することは、ライセンシーがライセンスされた特許の有効性について争う機会を失うとは認めにくいことから、通常は独占禁止法上問題となるものではない。(事例8)

(5) 他のライセンシー等への特許権の不行使(非係争義務)

ア 規格に係る特許についてパテントプールを通じてライセンスする際に、ライセンシーに対して、ライセンシーが有し又は取得することとなる全部又は一部の特許等について他のライセンシーに対して権利行使しないよう義務付けること(非係争義務(注16))は、実質的に、多数の特許が当該プールに集積されることとなるため、当該規格に関連する市場に占める当該プールの有力な地位が強化される又はライセンシーの有する代替特許の間の競争が制限されるなど、技術市場における競争が実質的に制限されるおそれがある。(私的独占、不当な取引制限)

(注16) ライセンシーが有し又は取得することとなる全部又は一部の特許等をライセンサー又はライセンサーの指定する者に対してライセンスする義務を含む。

イ 他方、当該規格に係る必須特許をライセンシーが有し又は取得する場合もあり得るところ、制限の態様が、必須特許(注17)に限り当該プールに非独占的にライセンスすることを義務付けるものであり、ほかに自由な利用を制限するものではなく、ライセンス料の分配方法等で他のプール参加者に比べて不当に差別的な取扱いを課すものでないと評価される場合は、通常は独占禁止法上問題となるものではない。(事例9)

(注17) 前記第3-2-(1)-アに記載のとおり、必須特許の判断については、恣意的になされた場合に競争に及ぶ影響は大きいことから、前記3-(3)及び(5)においても、当事者から独立した第三者によってなされるなど客観的な判断を確実にするための措置が講じられる必要がある。

事例

 以下の事例は利用者の理解に資するため作成したものであり、実在の事業者、事業分野等と何ら関係はない。

(事例1)

 A、B及びCの3社は家電製品αの主要メーカーである。αは周辺機器と一体として利用される必要があるところ、これら3社はαの市場を拡大するため、3社が開発した技術を基にαと周辺機器の接続に関する規格を共同で策定した。また、3社は、当該規格に関して有する必須特許についてパテントプールを形成し、当該規格を採用するメーカーに対してライセンスを開始した。現在、同規格を採用した製品のα市場に占めるシェアは7割を超えている。
 D及びEの2社は、上記規格で規定される機能・効用を実現できる代替技術を共同で開発し、当該プールからライセンスを受けることなく上記の規格を採用したαの生産・販売を開始した。また、両社は当該代替技術について特許(代替特許)を取得したことから、他のメーカーに対してライセンスすることも検討している。
 このような状況で、A、B及びCの3社はD及びEに働きかけ、両社が取得した代替特許を上記プールに加え、3社の必須特許と一括してライセンスすること、及び当該プールを通す以外は他のメーカーに対してライセンスを行わないことを取り決めた。

(考え方)

 この例では、A、B及びCの3社が策定した規格は、当該規格を採用した製品のα市場に占めるシェアが7割を超え、他に代替的なパテントプール等も存在しない。
 上記のような市場の状況において、A、B及びCの3社がD及びEに働きかけ、両社が有する代替特許もパテントプールに加え、規格に係る必須特許と一括してライセンスすることとし、当該プールを通す以外にはライセンスしないように取り決めることは、当該規格を採用したαを生産・販売するメーカーの技術選択の自由を不当に制限し、技術市場における競争を実質的に制限するものである。
 したがって、当該行為は不当な取引制限に該当し独占禁止法に違反する。

(事例2)

 情報通信機器αの主要メーカーであるA、B及びCの3社は、各社の生産する製品の間での効率的なデータ転送を可能にする規格を共同で策定し、当該規格に関して3社が有する必須特許についてパテントプールを形成し、当該規格を採用するメーカーに対して一括してライセンスすることとした。
 現在、当該規格を採用した製品のα市場に占めるシェアは8割に至っている。
 A、B及びCの3社は当該規格に新機能を付加する技術(付加技術)を共同で開発し特許を取得するとともに、当該規格を採用した製品を生産・販売しているライセンシーに対して、当該付加技術を普及させることを検討している。
 一方、3社以外にも、研究開発ベンチャーであるD及びEの2社が、付加技術に類似の機能・効用を有する技術(競争技術)を開発し特許を取得したことから、上記ライセンシーに普及させることを検討している。
 このような状況において、3社は付加技術に係る特許についてもパテントプールに加え、必須特許と一括してライセンスすることとし、当該プールを通す以外はライセンスを行わないこととした。このためD及びEは、競争技術のライセンス先を見いだすことが困難となり、当該事業から撤退することを検討している。

(考え方)

 この例では、A、B及びCの3社が策定した規格は、当該規格を採用した製品のα市場におけるシェアが8割を占め、他に代替的なパテントプール等も存在しない。
 ライセンシーが当該規格にどのような機能を付加するかは、各ライセンシーの自由な選択によるべきところ、上記のような市場の状況において、A、B及びCの3社が付加技術に係る特許もパテントプールに加え、必須特許と一括してライセンスし、当該プールを通す以外はライセンスを行わないことは、ライセンシーによる技術選択の自由を不当に制限することで、競争技術を技術市場から排除し、技術市場における競争を実質的に制限するものである。
 したがって、当該行為は私的独占に該当し独占禁止法に違反する。

(事例3)

 産業機器αの主要メーカーであるA、Bほか10社は、半導体メーカーから各社が生産する産業機器向けの半導体の供給を受けている。
 半導体については、メーカー間で規格を共通化し、互換性を確保することのメリットが大きいことから、A及びBはこれら10社及び大手半導体メーカーCと共同で半導体の規格を策定した。また、当該規格を採用した半導体を生産するには、Aの特許a1及びa2、Bの特許b1、b2及びb3、Cの特許c1及びc2が必須であることから、3社はパテントプールを形成しこれら必須特許を一括してライセンスすることとし、当該プールを通す以外にはライセンスを行わないことを取り決めた。
 現在α向けの半導体市場に占める、当該プールからライセンスを受けて生産されている半導体のシェアは8割に達している。
 半導体メーカーDは、当該プールからライセンスを受けて半導体を生産していたが、当該規格と互換性を確保した新規格を開発し、他のライセンシーに対して普及させることを検討していたが、Dの規格を採用した製品を生産するには特許a1及び特許b1との抵触が回避できないことから、A及びBに対して、新たにこれらの特許をDの規格で使用することについてライセンスを申し入れた。
 Dからの申入れに対し、A及びBはCと協議の上、上記のパテントプールに係る取決めに反するとして当該申入れに応じないこととし、このためDが開発した規格を採用した製品を生産することが困難となった。

(考え方)

 この例では、A、Bほか10社が共同で策定した規格は、同規格を採用した製品が半導体市場に占めるシェアが8割に達し、他に代替的なパテントプール等も存在しない。
 A及びBが、自らの判断でDからのライセンスの要請に応じないことは、特許権の行使と認められることから、通常は独占禁止法上問題となるものではない。
 しかしながら、A及びBがCと協議の上、Dからの申入れには応じないように取り決めることは、Dが開発した新たな規格を技術市場から排除し、技術市場における競争を実質的に制限するものである。
 したがって、当該行為は私的独占に該当し独占禁止法に違反する。

(事例4)

 大手家電メーカー8社は、異なる機器間でのデジタル動画の互換性を図るため、圧縮技術に関する規格を共同で策定した。また、8社は、当該規格を広く普及させるため、必須特許についてパテントプールを形成することとし、共同出資により管理機関Xを設立し、必須特許をすべてXにライセンスし、Xを通じてライセンスすることとした。
 Xの主な業務は、当該規格を採用する者に対する必須特許のライセンス、ライセンス料の徴収、ライセンス料の8社への分配であり、ライセンス料を徴収するため、ライセンシーの業務内容についての監査も行う。このため、Xには秘密保持義務が課され、監査等を通じて得られたライセンシーの事業活動に関する情報について、8社やライセンシーに対して提供することは禁じられている。さらに、同義務の実効性を確保するため、8社であっても、Xのライセンス業務には一切関与できないこととなっている。

(考え方)

 この例では、Xはライセンス料を徴収するため当該規格を利用するライセンシーの業務内容について監査を行うことから、ライセンシーの事業活動に関する情報が集中することとなる。また、Xは8社が共同出資により設立したものであり、必ずしも第三者と認められるものではない。
 しかしながら、Xに対しては、監査の結果得られるライセンシーの情報について秘密保持義務が課され、8社やライセンシーはXのライセンス業務には一切関与できないなど、当該秘密保持義務の実効性を確保するための具体的な措置も講じられている。したがって、本件については、Xに集められるライセンシーの業務内容に関する情報が、当該ライセンスに係る製品の生産数量、販売価格の制限など独占禁止法違反行為の手段に利用されるおそれは小さいと認められる。

(事例5)

 大手情報家電メーカーであるA、B、Cほか7社は、マルチメディア製品αの各種機能を制御し、異なる機種間の接続を容易にするためA、B及びCの3社が開発したOS(オペレーティング・システム)に対応した規格を共同で策定した。また、3社は、当該規格に係る必須特許についてパテントプールを形成し、当該OS対応機種を生産するメーカーに一括ライセンスをすることとした。
 当該OS対応機種のα市場に占めるシェアは8割を超え、すべて当該プールからライセンスを受けて生産されている。また、α市場には新規参入者が相次いでいるところ、ライセンシーの中にはシェアを獲得するため低価格で出荷する者もおり、量販店等における店頭価格も急速に下落している。
 このような市場の状況で3社は、αの新機能に対応するためOSのバージョンアップを行うとともに、バージョンアップに伴うライセンス契約の改定を行うこととし、その際、αを低価格で出荷するライセンシーに対しては、ライセンス契約の改定時期を遅らせる、あるいは必須特許を実施できる新機能の範囲を制限することとした。この結果これらのライセンシーは市場から撤退せざるを得なくなった。

(考え方)

 この例では、当該OS対応機種のシェアが8割を上回り、また、他に代替的なパテントプール等も存在しない。
 通常、特許ライセンス契約において、ライセンサーがライセンシーに対して当該特許を実施できる時期や範囲について制限を課すことは、特許権の行使と認められる場合には独占禁止法上問題となるものではない。
 しかしながら、A、B及びCの3社が自社製品の価格の安定化をはかるため、低価格販売をするライセンシーに対してのみこのような制限を課すことは、上記のような市場の状況においては、低価格で出荷するメーカーを市場から排除し、αの製品市場における競争を実質的に制限するものである。
 したがって、当該行為は私的独占に該当し独占禁止法に違反する。

(事例6)

 家電メーカーであるA、B、C及びDの4社は、マルチメディア・ソフト向けにデータを効率的に圧縮する技術を共同で研究開発しており、共同研究開発中は本件に係る技術について自ら独自にあるいは他の第三者と共同で研究開発することを禁止することを取り決めていた。
 その後、4社は開発された技術を公開し、他のメーカーと協議・調整の上当該圧縮技術に関する規格を策定するとともに積極的に技術供与を行い、現在、国内家電メーカーの7割が当該規格を採用した製品の生産・販売を行っている。
 4社は、当該規格に係る必須特許についてパテントプールを形成し、当該規格を採用しているメーカーとライセンス契約を締結することとしたが、4社が有する必須特許の優位性を保つため、ライセンシーに対し、当該規格に関連する技術について自ら又は第三者と研究開発を行わないことを義務付けた。
 E及びFは、別途、データ圧縮に関する競合規格の策定を進めており、上記ライセンシーに対しても当該活動に参加するよう働きかけていた。しかし、これらライセンシーに対して上記のような義務が課されたたことから、E及びFは競合規格を広く普及させることは困難と判断し当該活動を中止した。

(考え方)

 この例では、国内家電メーカーの7割が当該規格を利用した製品の開発・生産をしており、また、他に代替的なパテントプール等も存在しない。
 A、B、C及びDの4社が、技術の共同研究開発の段階で、秘密性を有する技術情報の流用を防止する目的で、相互に一定の研究開発制限を課すことは、技術の流用防止のため必要最小限の制限にとどまる限り、直ちに独占禁止法上問題となるものではない。
 しかしながら、これら技術について特許を取得し、パテントプールを形成してライセンスする際、ライセンシーに対してこのような制限を課すことに何ら合理的な必要性は認められない。
 また、上記のような市場の状況においては、E及びF社が競合規格を策定し普及させることを困難にし、技術市場における競争を実質的に制限するものである。
 したがって、当該行為は私的独占に該当し独占禁止法に違反する。

(事例7)

 大手通信機器メーカー十数社は、携帯端末機器のデータ転送に係る規格を策定し、仕様を公表している。また、当該規格の策定の中心メンバーであったA、B、C、D及びEは当該規格に係る必須特許を有することから、当該必須特許についてパテントプールを形成し、当該規格を採用するメーカーに対して一括ライセンスすることとした。現在、上記通信機器メーカー十数社は、当該プールからライセンスを受けて、当該規格を採用したαを生産・販売している。
 携帯端末については技術革新が著しいところ、パテントプールを形成した5社は、改良・応用発明の成果についても円滑に広く普及させるため、当該プールを通してライセンスする際、ライセンシーに対し、(1)ライセンシーが有する特許が、改良・応用技術を当該規格で使用するための必須特許であると中立的な第三者によって判定された場合は、当該特許をプールに加え、他の必須特許とともにライセンシーにライセンスすることを義務付け、(2)当該ライセンシーに対しては、他の特許権者と同様の条件でライセンス料を分配することを取り決めた。
 なお、当該必須特許を当該プールに加えてライセンスする以外は、ライセンシーには当該特許の利用について何ら制限が課されるものではない。

(考え方)

 この例では、データ転送に関して他に代替的な規格はなく、また、他に代替的なパテントプール等も存在しない。
 当該携帯端末については技術革新が著しいところ、上記のような市場の状況において、ライセンシーに対して、改良・応用発明の成果に係る特許をパテントプールに加えるよう義務付けることは、当該プールの有力な地位が強化され、多数の代替特許が当該プールに含まれることになるなど、技術市場における競争が制限されるおそれが強い。
 しかしながら、ライセンシーが改良・応用発明に関して有する特許の中には、改良・応用研究の成果をα上で使用するための必須特許となる場合もあることから、改良・応用研究の成果が円滑に広く普及するため、中立的な第三者が必須特許と判断したものに限り当該プールに加えるように義務付けることは、ほかに当該特許の利用について何ら制限が課されるものでなければ、技術市場における競争が制限されるとまでは認められず、通常は独占禁止法上の問題は生じない

(事例8)

 通信機器メーカー等十数社は通信機器αを制御するための小型集積回路について、異なる機種間で互換性等を保つため規格を共通化し、仕様を公開した。また、共通化の際に中心メンバーであったA、B、C及びDの4社は、当該規格について必須特許を有していることから、それらについてパテントプールを形成し、当該規格を採用しているメーカーにライセンスすることとした。
 E社は、当該プールから必須特許について一括ライセンスを受け、自社のα向けに集積回路を開発、生産していたが、最近、処理速度を大幅に向上させる技術を独自に開発し、αの製品市場に占めるシェアを急速に伸ばしている。
 Aは、自社の製品シェアが急速に低下していることから、Eが開発した新技術については、Aの有する必須特許の目的外使用に当たるとして、差止請求訴訟を提起した。これに対しEは、Aの有する当該特許は無効事由を持つとして無効の抗弁を主張した。
 このような状況に対し、B、C及びDは、パテントプールを通じた契約は4社の有する特許の一括ライセンスを前提としているとし、Eが抗弁を取り下げない限り、ライセンスを取り消すと通告した。このため、Eは抗弁を取り下げるとともに、新技術を用いた製品の生産を見合せ、A社に新たなライセンス交渉を申し入れた。

(考え方)

 この例では、α向けの集積回路の7割がA、B、C及びDの4社からライセンスを受けた製品となっており、他に代替的なパテントプール等も存在しない。
 ライセンサーがライセンシーに対して、特許の有効性について争うことを制限することは、本来自由に使用できる技術について特許が存続し続け、当該技術に基づく研究開発が制限されるなど製品市場及び技術市場における競争を制限するおそれがある。
 この点に関し、自らの有する特許について無効を主張されたAが、当該特許についてEとのライセンス契約を解除し、特許の有効性について争うことはEが当該特許の有効性を争うことを困難にするとは認められないことから、通常は独占禁止法上問題となるものではない。
 しかしながら、上記のような市場の状況において、B、C及びDが、自らの有する必須特許について、Aの有する必須特許と一括してライセンスしていることを理由としてEとの契約を解除することは、Eが当該特許の有効性を争うことを困難にし、製品市場及び技術市場における公正な競争を阻害するおそれが強い。
 したがって、当該行為は不公正な取引方法に該当し(共同の取引拒絶)独占禁止法に違反する。

(事例9)

 家電製品αについては、現在30社以上のメーカーが生産・販売をしており、A、B及びCの3社はα市場で4割を占める大手メーカーである。
 αについては、ユーザーから機能変更の要請が頻繁に行われることから、3社はユーザーからの要請に迅速に対応するため、大手ソフトメーカーD及び他のメーカーと共同で、αの機能を制御するためのOSを開発し、同時に当該OSを利用するための規格を策定した。また、3社は、当該規格が円滑に広く普及するために当該規格に係る必須特許についてパテントプールを形成し、他のメーカーにもライセンスすることとした。
 しかし、必須特許を持つ者が、すべてパテントプールに参加しているというわけではなく、ライセンシーが当該プールに含まれない必須特許を有している場合もあることから、3社はパテントプールを通じたライセンス契約において、以下のような義務を課すこととした。

(1) ライセンシーが、他のライセンシーによる当該規格の使用が自らの有する特許を侵害すると判断した場合、当該ライセンシーは他のライセンシーに対して権利を主張するのではなく、パテントプールに対してその旨を通知する。

(2) パテントプールは、当該ライセンシーとの合意に基づき選定した第三者に対し、ライセンシーの有する特許が当該規格に係る必須特許か否か判定を依頼する。

(3) 必須特許と判定された場合、当該ライセンシーは、それをパテントプールに加え、他の必須特許と同様に当該プールを通じて他のライセンシーにライセンスする。

(4) 新たに加えられた必須特許については、他の必須特許と同様の条件でライセンス料を分配する。

(5) 当該ライセンシーは、当該必須特許をパテントプールに加えてライセンスする以外は、なんら当該特許の利用について制約を受けるものではない。

 現在、α市場において当該規格を使用している製品は8割に達している。

(考え方)

 この例では、当該規格を採用した製品については、α市場に占めるシェアは8割に達しており、また、他に代替的なパテントプール等は存在しない。
 このような市場の状況において、ライセンシーに対して自らの有する特許について権利の不行使を義務付けることは、αについてライセンシーの有する特許を当該プールに不当に集積し、当該プールの有力な地位が強化されるなど、技術市場における競争が実質的に制限されるおそれがある。
 しかしながら、本件については、(1)中立的な第三者により必須特許と判定された場合に限り、当該特許をパテントプールに加え、他の必須特許と同様にライセンスする義務を課すものであり、(2)ほかに当該特許の自由な利用につき制限が課されるものではなく、(3)ライセンス料の分配等も不当に差別的な取り扱いを受けるものではないなど、ライセンシーによる特許の利用を不当に制限するとは認められない。
 したがって、当該制限は、技術市場における競争を制限するものとは認められず、独占禁止法上問題となるものではない。

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