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労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針

労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針

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令和5年11月29日
内閣官房
公正取引委員会

はじめに

 原材料価格やエネルギーコストのみならず、賃上げ原資の確保を含めて、適切な価格転嫁による適正な価格設定をサプライチェーン全体で定着させ、物価に負けない賃上げを行うことは、デフレ脱却、経済の好循環の実現のために必要である。その際、労務費の適切な転嫁を通じた取引適正化が不可欠である。
 一方、令和5年の春季労使交渉の賃上げ率は約30年ぶりの高い伸びとなったものの、令和4年4月以降、現時点に至るまで、急激な物価上昇に対して賃金の上昇が追いついていない。この急激な物価上昇を乗り越え、持続的な構造的賃上げを実現するためには、特に我が国の雇用の7割を占める中小企業がその原資を確保できる取引環境を整備することが重要である。
 その取引環境の整備の一環として、これまで、「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化施策パッケージ」(令和3年12月27日内閣官房・消費者庁・厚生労働省・経済産業省・国土交通省・公正取引委員会)に基づき、政府一体となって価格転嫁対策に全力で取り組んできたところである。さらに、政府は、公正取引委員会が行った業界ごとの実態調査を踏まえて、労務費の転嫁の在り方について指針を年内にまとめることとし(新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版(令和5年6月16日閣議決定))、今般、内閣官房及び公正取引委員会の連名で「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針(以下「本指針」という。)」を策定した。

第1 総論

1 労務費の価格への転嫁に関する現状

 公正取引委員会は、コスト構造において労務費の占める割合が高い業種を重点的な調査対象とし、「令和5年度独占禁止法上の「優越的地位の濫用」に係るコスト上昇分の価格転嫁円滑化の取組に関する特別調査(以下「特別調査」という。)」を実施した。
 この特別調査の結果、コスト別の転嫁率(注1)を中央値(注2)でみると、原材料価格(80.0%)やエネルギーコスト(50.0%)と比べ、労務費(30.0%)は低く、労務費の転嫁は進んでいない、という結果であった。平均値でみても、原材料価格(67.9%)やエネルギーコスト(52.1%)と比べ、労務費(45.1%)は低く、同様の結果であった。
 また、この特別調査の結果では、①ビルメンテナンス業及び警備業(注3)、②情報サービス業、③技術サービス業、④映像・音声・文字情報制作業、⑤不動産取引業、⑥道路貨物運送業の6業種が特にコストに占める労務費の割合(以下「労務費率」という。)の高い業種であった。そして、この6業種の労務費の転嫁に関する現状としては、そもそも価格転嫁の要請をしていない受注者が多い(②・③・④・⑤)、要請をしても労務費の上昇を理由としていない受注者が多い(④・⑤)、労務費の上昇を理由として要請してもその転嫁率が低い受注者が多い(④・⑥)、という結果であった。他方で、価格転嫁の要請をしていない受注者が多いものの、要請した場合には労務費の転嫁率が高い受注者が多かった業種もあった(②・③)(「データ編」参照)。
 特別調査の回答者からの声としては、労務費の転嫁の交渉実態として、価格転嫁を認めてもらえたとする声がある一方で、
 ・ 労務費の上昇分は受注者の生産性や効率性の向上を図ることで吸収すべき問題であるという意識が発注者に根強くある
 ・ 交渉の過程で発注者から労務費の上昇に関する詳細な説明・資料の提出が求められる
 ・ 発注者との今後の取引関係に悪影響(転注や失注など)が及ぶおそれがある
等の理由で労務費の価格転嫁の要請をすることは難しいとの声があった。

(注1)転嫁の要請に対して引き上げられた金額の割合のこと。

(注2)全体のデータを小さい順に並べたときに、真ん中(中央)にくるデータのことをいう。

(注3)ビルメンテナンス業も警備業も日本標準産業分類(平成25年10月改定 総務省)上の中分類では「その他の事業サービス業」に含まれる。

2 労務費の転嫁を進めるための基本的な考え方

 特別調査の結果を踏まえると、事業者は、多くの場合、発注者の方が取引上の立場が強く、受注者からはコストの中でも労務費は特に価格転嫁を言い出しにくい状況にあることを明確に認識した上で、次に掲げる行動を採ることが重要である。

(1)発注者として、経営トップが関与すること、発注者から協議の場を設けること、説明や根拠資料を求める場合には公表資料に基づくものとすること、直接の取引先である受注者がその先の取引先との取引価格を適正化すべき立場にいることを常に意識して、そのことを受注者からの要請額の妥当性の判断に反映させること、受注者から労務費の上昇を理由とした価格転嫁を求められたら協議のテーブルにつくこと、労務費の転嫁を求められたことを理由として、取引を停止するなど不利益な取扱いをしないこと、必要に応じ労務費上昇分の価格転嫁に係る考え方を提案すること(第2の1関係)。

(2)受注者として、国・地方公共団体、中小企業の支援機関などに相談するなどして積極的に情報を収集して交渉に臨むこと、根拠資料としては公表資料を用いること、本指針に記載の事例を参考に適切なタイミングで自ら発注者に価格転嫁を求めること(第2の2関係)。

(3)発注者・受注者共通の取組として、定期的に発注者と受注者がコミュニケーションをとる機会を設けること、価格交渉の記録を作成して発注者と受注者の双方が保管すること(第2の3関係)。

3 本指針の性格

 本指針は、特別調査の結果を踏まえ、労務費、原材料価格、エネルギーコスト等のコストのうち、労務費の転嫁に係る価格交渉について、発注者及び受注者それぞれが採るべき行動/求められる行動を12の行動指針として取りまとめたものである。また、それぞれの行動指針に該当する労務費の適切な転嫁に向けた取組事例や、受注者が用いている根拠資料や取組内容を取り上げている。
 さらに、公正取引委員会では、「よくある質問コーナー(独占禁止法)」のQ&A(注4)及び「下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準」(注5)において、労務費、原材料価格、エネルギーコスト等のコストの上昇分を取引価格に反映せず、従来どおりに取引価格を据え置くことは、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和22年法律第54号。以下「独占禁止法」という。)上の優越的地位の濫用(注6)又は下請代金支払遅延等防止法(昭和31年法律第120号。以下「下請代金法」という。)上の買いたたき として問題となるおそれがあることを明確化しているところ、本指針では、特に労務費について、同様に問題となるおそれがあるものを「留意すべき点」として整理している。
 発注者が本指針に記載の12の採るべき行動/求められる行動に沿わないような行為をすることにより、公正な競争を阻害するおそれがある場合には、公正取引委員会において独占禁止法及び下請代金法に基づき厳正に対処していく。
 他方で、後記第2の1及び3に記載の全ての行動を適切に採っている場合には、取引条件の設定に当たり取引当事者間で十分に協議が行われたものと考えられ、通常は独占禁止法及び下請代金法上の問題は生じないと考えられることから、独占禁止法及び下請代金法違反行為の未然防止の観点からも、同行動に沿った積極的な対応が求められる。

(注4)https://www.jftc.go.jp/dk/dk_qa.html

(注5)平成15年公正取引委員会事務総長通達第18号。https://www.jftc.go.jp/shitauke/legislation/unyou.html。

(注6)優越的地位の濫用として独占禁止法上問題となるのは、発注者の取引上の地位が受注者に優越していることとともに、公正な競争を阻害するおそれが生じることが前提となる。以下同じ。

(注7)買いたたきとして下請代金法上問題となるのは、下請代金法にいう親事業者と下請事業者との取引に該当する場合であって、下請代金法第2条第1項から第4項までに規定する①製造委託、②修理委託、③情報成果物作成委託又は④役務提供委託に該当することが前提となる。以下同じ。

第2 事業者が採るべき行動/求められる行動

1 発注者として採るべき行動/求められる行動

★発注者としての行動①

 ①労務費の上昇分について取引価格への転嫁を受け入れる取組方針を具体的に経営トップまで上げて決定すること、②経営トップが同方針又はその要旨などを書面等の形に残る方法で社内外に示すこと、③その後の取組状況を定期的に経営トップに報告し、必要に応じ、経営トップが更なる対応方針を示すこと。

 長年にわたるデフレ経済を脱却し、成長と分配の好循環に向けて、特に労務費の転嫁が重要であることは、一般論としては認識されているとしても、発注者の経営トップ(代表取締役社長に加え、代表権を持つ取締役等実質的に会社組織の最上位に位置する者も含む。以下同じ。)が、自社の取組方針として認容していなければ、労務費の転嫁の実現は困難である。また、経営トップが取組方針として認容していたとしても、交渉現場の担当者が、その方針を認識し、認容していなければ、労務費の転嫁の実現は困難である(特別調査において「交渉現場の担当者からすれば労務費上昇分の価格転嫁を認めない行動を取ることが、発注者の短期的な利益(コスト増の回避)につながり、業績として評価されることになるので転嫁に応じてもらえない」との声が寄せられた。)。
 また、当該取組方針が、社内に留まっている限り、取引先である受注者は知ることができない。特に労務費については、発注者においても受注者においても、その上昇分は自社の生産性や効率性の向上を図ることで吸収すべき問題であるとの考え方が深く根付いているとの指摘もあるところ、そのような状況にあっては、発注者の労務費の転嫁を受け入れる方針が受注者に知らされていなければ、受注者からの協議の要請は非常に困難なものである。
 そこで、発注者の経営トップが、たとえ短期的にはコスト増となろうとも、労務費上昇分の取引価格への転嫁を受け入れていく具体的な取組方針及びその方針を達成するための施策について意思決定し、社内の交渉担当者や、取引先である受注者に対し、書面等の形に残る方法で同方針又はその要旨などを示す、といった経営トップのコミットメントが求められる。
 例えば、「パートナーシップ構築宣言(注8)」の中に経営トップの判断として、労務費の転嫁について、本指針に基づく自社の取組方針を盛り込むことが考えられる。
 また、その後の自社の取組状況についても、定期的に経営トップに報告することにより自社の労務費の転嫁に係る受注者との交渉状況を把握し、必要に応じ更なる対応方針を示すことが求められる。
 さらに、上記の経営トップのコミットメントに加え、調達部門からは独立して労務費の転嫁を含む価格転嫁の状況を把握する専門部署や受注者からの相談窓口を設置したり、親会社だけでなくグループ会社においても親会社に倣った対応をしたりすることも、円滑な労務費の転嫁を進める上で有効かつ適切である。

(注8)事業者が、サプライチェーン全体の付加価値向上、大企業と中小企業の共存共栄を目指し、「発注者」側の立場から、「代表権のある者の名前」で宣言するもの。

 労務費の適切な転嫁に向けた取組事例

(1)経営トップによる社外への方針の伝達、経営トップへの定期的な状況報告の例

 ・ 調達部門と受注者の間の価格協議の実施状況をチェックするため、調達部門から独立した専門部署を新設(状況は四半期ごとに役員会に報告)し、当該部署を担当する代表取締役名で全ての受注者に対して価格転嫁に係る協議を更に徹底して行うことなどを示す文書を発出した。【輸送用機械器具製造業】

(2)経営トップによる社内への方針の周知の例

 ・ 契約更新時を利用することにより、受注者からの要請の有無にかかわらず1年に1回以上の価格交渉をすること、誠意をもって対応すること等を内容とする代表取締役からの指示を社内で周知した。【道路貨物運送業】

 ・ 代表取締役名の文書にて、受注者との価格交渉を積極的に取り組むこと、交渉をスピードアップすること等を社内で周知した。【はん用機械器具製造業】

(3)専門部署、専門窓口等の設置の例

 ・ 受注者の中には、普段接している調達担当者には値上げを言い出しにくいと思うところもあるとの考えから、調達担当部署とは別の部署に価格転嫁の相談専用窓口を設置した。また、価格転嫁の問題に限らず、発注者の問題行為を外部の弁護士へ通報できる窓口を設置した。【はん用機械器具製造業】

 ・ 既に設置している受注者向けの通報窓口の存在が受注者に十分に浸透していなかったため、通報窓口への通報対象に「価格交渉の観点から問題がある行為」を含むことを明記した上で、受注者に通報窓口のことを文書にて再周知した。【はん用機械器具製造業】

(4)グループ会社においても親会社に倣った対応をしている例

 ・ 受注者から随時の価格交渉に応じること、値上げ要請に対し迅速に十分な協議を行うこと等の親会社の方針を全グループ会社に展開し、各グループ会社から、それぞれの受注者に対し、随時の価格交渉に応じることを記載した文書を発出した。【電気機械器具製造業】

★発注者としての行動②

 受注者から労務費の上昇分に係る取引価格の引上げを求められていなくても、業界の慣行に応じて1年に1回や半年に1回など定期的に労務費の転嫁について発注者から協議の場を設けること。
 特に長年価格が据え置かれてきた取引や、スポット取引と称して長年同じ価格で更新されているような取引においては転嫁について協議が必要であることに留意が必要である。

 多くの場合、発注者の方が取引上の立場が強く、受注者からはコストの中でも労務費は特に価格転嫁を言い出しにくい状況にあることを踏まえると、積極的に発注者からそのような協議の場を設けることが、円滑な価格転嫁を進める観点から有効かつ適切である。特に労務費については、発注者においても受注者においても、その上昇分は自社の生産性や効率性の向上を図ることで吸収すべき問題であるとの考え方が深く根付いていると考えられるところ、そのような状況にあっては、受注者からの協議の要請は非常に困難なものである。
 そこで、受注者から労務費の転嫁の求めがなかったとしても、発注者から労務費の転嫁の必要性について、業界の慣行に応じて1年に1回や半年に1回(例えば、毎年3月と9月の価格交渉促進月間)など定期的に協議する場を設けることが求められる。

 労務費の適切な転嫁に向けた取組事例

 ・ 毎年実施している定例の単価改定に当たり、全受注者から見積りを徴取した上で、受注者における労務費の上昇分を反映した翌期の単価を設定している。【情報サービス業】

 ・ 受注者に対し、労務費を含めたコストアップによる価格転嫁の必要性についての協議を呼びかける文書を定期的に送付している。【金属製品製造業、はん用機械器具製造業、輸送用機械器具製造業】

 留意すべき点

 特別調査において、約30年前の取引開始以降、一度も価格改定がなされていない、実質的にはスポット取引とはいえない取引であるにもかかわらずスポット取引と認識している発注者から価格交渉の打診を受けたことがなく、取引開始以降、価格が据え置かれているなどの声が寄せられた。
 労務費のコスト上昇分の価格転嫁につき、受注者からの要請の有無にかかわらず、明示的に協議することなく取引価格を長年据え置くことや実質的にはスポット取引とはいえない取引であるにもかかわらず、スポット取引であることを理由に労務費の転嫁について明示的に協議することなく取引価格を据え置くことは、独占禁止法上の優越的地位の濫用又は下請代金法上の買いたたきとして問題となるおそれがあることに、発注者は留意が必要である。

★発注者としての行動③

 労務費上昇の理由の説明や根拠資料の提出を受注者に求める場合は、公表資料(最低賃金の上昇率、春季労使交渉の妥結額やその上昇率など)に基づくものとし、受注者が公表資料を用いて提示して希望する価格については、これを合理的な根拠があるものとして尊重すること。

 受注者からの労務費の転嫁の求めに対し、発注者の交渉担当者が社内決裁を通す必要等の理由で受注者の交渉担当者に対して労務費上昇の理由の説明や根拠資料の提出を求めること自体に問題はないが、特別調査では、発注者が過度に詳細な理由の説明や根拠資料を求めたり、受注者が明らかにしたくない内部情報に係るものの説明や根拠資料の提出を求めたりした結果、受注者が転嫁の要請を断念したなどの事例がみられた。
 また、サプライチェーン上のある発注者が直接の取引先である受注者にこれらの求めを行えば、当該受注者は、この求めに対応するために、その取引先である受注者に対して同様の求めを行うこととなり、当該サプライチェーン上の取引において、連鎖的に同様の行為が行われることが懸念される。
 そのため、発注者が労務費上昇の理由の説明や根拠資料を求める場合、関係者がその決定プロセスに関与し、経済の実態が反映されていると考えられる、以下のような公表資料に基づくものとすることが求められる。また、受注者から当該公表資料に基づいて提示された額は合理性を有するものとして尊重し、仮に発注者がこれを満額受け入れない場合には、その根拠や合理的な理由を説明することが求められる。
 さらに、これらの公表資料で示された以上の上昇率を要請する受注者に対して、追加の説明や資料を求める場合であっても、受注者の過度な負担とならないよう配慮することが求められる。

 (関係者がその決定プロセスに関与し、経済の実態が反映されていると考えられる公表資料の例)

 ● 都道府県別の最低賃金(注9)やその上昇率

 ● 春季労使交渉の妥結額やその上昇率(注10)

 ・ 国土交通省が公表している公共工事設計労務単価(注11)における関連職種の単価やその上昇率

 ・ 一般貨物自動車運送事業に係る標準的な運賃(令和2年国土交通省告示第575号)

 これらのほか、経済の実態を反映しているものと考えられる指標として、以下の資料も参考となる。

 ・ 厚生労働省が公表している毎月勤労統計調査に掲載されている賃金指数、給与額やその上昇率(注12)

 ・ 総務省が公表している消費者物価指数(注13)

 ・ ハローワーク(公共職業安定所)の求人票や求人情報誌に掲載されている同業他社の賃金

(注9)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/chingin/index.html

(注10)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudouseisaku/shuntou/roushi-c1.html

(注11)令和5年3月から適用する同単価は、https://www.mlit.go.jp/report/press/tochi_fudousan_kensetsugyo14_hh_000001_00130.html。

(注12)https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/30-1a.html。なお、毎月勤労統計調査の結果には、産業別の月間現金給与額の平均値が掲載されている。

(注13)https://www.stat.go.jp/data/cpi/1.html

 労務費の適切な転嫁に向けた取組事例

(1)公表資料から受注者が求める額の妥当性を判断している事例

 ・ 最低賃金なり厚生労働省の統計といった公表資料から大まかな賃金の傾向が確認できれば、わざわざ受注者の労務費が実際に上がっているかといった個社の労務費の状況までは聞かずに受注者が求める額を受け入れることとしている。【金属製品製造業(同旨、はん用機械器具製造業。)】

 ・ 受注者が求める額が公表されている日本企業の平均的な賃上げの水準と同程度であれば、それ以上に詳細な資料を求めることはせず、受注者が求める額を受け入れることとしている。【情報サービス業】

 ・ 世の中で物価が上昇している以上、事業者は賃金を引き上げるべきであるから、受注者が労務費の転嫁を求めてくるのは妥当なものだと考えている。そのため、受注者が求める額につき公表されている消費者物価指数や厚生労働省の統計と同水準であると確認でき、現場責任者がペイできる水準と判断したら、受注者が求める額を受け入れることとしている。【はん用機械器具製造業】

 ・ 「受注者が求める引上げ率≦最低賃金の上昇率」であれば、受注者が求める額を受け入れることとしている。【食料品製造業、窯業・土石製品製造業、はん用機械器具製造業、 輸送用機械器具製造業、不動産賃貸業・管理業】

 ・ 業界紙に掲載されているトラックの運賃の指数、「標準的な運賃」、派遣社員の賃金の相場(自社が派遣会社に支払っている金額を含む。)、最低賃金、物流大手のベアの状況などを踏まえ、受注者の要請額の妥当性を判断している。【金属製品製造業】

(2)詳細な理由の説明や根拠資料を求めずに受注者が求める額の妥当性を判断している事例

 ・ 「受注者の労務費の上昇総額×発注者への取引依存度(受注者の売上に占める当該発注者との取引シェア)」に相当する額の引上げを受け入れることとしている。【化学工業、輸送用機械器具製造業】

 ・ 「受注者の労務費の上昇率×当該受注者の対売上高労務費率」に相当する額の引上げを受け入れることとしている。【金属製品製造業、輸送用機械器具製造業】

 ・ 受注者から従業員の賃金を上げるために翌期の契約金額の引上げを求められたところ、当該受注者が求めた引上げ率が他の受注者から求められる引上げ率と同等であったことから、受注者が求める額を受け入れた。【情報サービス業(同旨、金属製品製造業。)】

 ・ 受注者の立場として、労務費分としては最低賃金の上昇率を参考に発注者に対して取引価格の引上げを求めているところ、発注者の立場としては、「自社が受注者の立場として発注者に転嫁を求めようと考えている水準」と同水準の求めであれば、受注者が求める額を受け入れることとしている。【道路貨物運送業】

 留意すべき点

 特別調査において、過去のエネルギーコストの転嫁に係る価格交渉において発注者から詳細な根拠資料の提出を求められたため、労務費の転嫁を求めた場合も同様の詳細な根拠資料を求められると考えて労務費の転嫁を求めることを断念した、受注者のコスト構造を明らかにする資料の提出を求められたが明らかにしたくないため労務費の転嫁の要請を断念したなどの声が寄せられた。
 価格交渉を行うための条件として、労務費上昇の理由の説明や根拠資料につき、公表資料に基づくものが提出されているにもかかわらず、これに加えて詳細なものや受注者のコスト構造に関わる内部情報まで求めることは、そのような情報を用意することが困難な受注者や取引先に開示したくないと考えている受注者に対しては、実質的に受注者からの価格転嫁に係る協議の要請を拒んでいるものと評価され得るところ、これらが示されないことにより明示的に協議することなく取引価格を据え置くことは、独占禁止法上の優越的地位の濫用又は下請代金法上の買いたたきとして問題となるおそれがあることに、発注者は留意が必要である。

★発注者としての行動④

 労務費をはじめとする価格転嫁に係る交渉においては、サプライチェーン全体での適切な価格転嫁による適正な価格設定を行うため、直接の取引先である受注者がその先の取引先との取引価格を適正化すべき立場にいることを常に意識して、そのことを受注者からの要請額の妥当性の判断に反映させること。

 価格転嫁はサプライチェーン全体で取り組まなければ実効性が確保されないところ、直接の取引先やその先の取引先を含めた、取引事業者全体での付加価値を向上させるため、適切な価格転嫁による適正な価格設定をサプライチェーン全体で定着させる必要がある。
 そこで、発注者は、直接の取引先である受注者がその先の取引先との取引価格を適正化すべき立場にいることを常に意識して、受注者からの要請額の妥当性を判断することが求められる。例えば、価格転嫁の交渉の場において、直接の取引先である受注者の労務費だけでなく、サプライチェーンのその先の取引先の労務費も、受注者からの要請額の妥当性の判断に反映させることが求められる。

 労務費の適切な転嫁に向けた取組事例

 ・ サプライチェーン全体の付加価値向上を図るため、毎月実施している直接の取引先である受注者(一次取引先)との会合において、二次取引先以降の値上げも含めて転嫁を求めてくるように声かけをしている。ある一次取引先が4社の二次取引先を有しており、そのうち3社と取引価格を引上げることを合意し、その分の転嫁を求めてきたことから、残りの1社に対して取引価格の引上げの必要性を確認するように求めた。【輸送用機械器具製造業】

 留意すべき点

 特別調査において、外注先から当該外注先における労務費の上昇を理由に価格転嫁を求められたことを受け、発注者に対して労務費の転嫁を求めている受注者がみられた。
 受注者が直接の取引先から労務費の転嫁を求められ、当該取引先との取引価格を引き上げるために発注者に対して協議を求めたにもかかわらず、明示的に協議することなく取引価格を据え置くことは、独占禁止法上の優越的地位の濫用又は下請代金法上の買いたたきとして問題となるおそれがあることに、発注者は留意が必要である。

★発注者としての行動⑤

 受注者から労務費の上昇を理由に取引価格の引上げを求められた場合には、協議のテーブルにつくこと。労務費の転嫁を求められたことを理由として、取引を停止するなど不利益な取扱いをしないこと。

 価格転嫁を行う上では発注者と受注者とが協議を行うことが重要である。
 しかし、労務費の上昇分は自社の生産性や効率性の向上を図ることで吸収すべき問題であるとの考え方が、発注者には特に根強くあると考えられるところ、取引上の立場が弱い受注者からは、労務費の転嫁の協議を求めると契約の打切りなど、不利益を受けるのではないかとの心配から協議を持ちかけられないとの声が特別調査において寄せられた。
 そもそも、労務費も原材料価格やエネルギーコストと同じく適切に価格に反映させるべきコストであり、発注者においては、受注者から、原材料価格やエネルギーコストとは明示的に分けて労務費の上昇を理由とした取引価格の引上げを求められた場合についても協議のテーブルにつくことが求められる。
 なお、持続的な賃上げの実現の観点からは、受注者が過去に引き上げた賃金分の転嫁だけでなく、今後賃金を引き上げるために必要な分の転嫁についても同様に、協議のテーブルにつくことが求められる。

 労務費の適切な転嫁に向けた取組事例

 ・ 受注者から従業員の賃金を引き上げるために翌期の契約金額の引上げを求められたところ、翌期の作業内容に変更はなかったものの、双方合意の金額にて取引価格を引き上げた。【情報サービス業】

 ・ 受注者のコストのほとんどは労務費のため、受注者から取引価格を引き上げる理由としてどのような説明がなされても労務費の上昇が背景にあり、受注者が業務を滞りなく進めるためには同業他社に負けない賃上げを実施してもらう必要があると考えており、労務費の上昇だけでも協議に応じている。【はん用機械器具製造業】

 ・ コストの種類に関係なく受注者と協議しており、労務費の上昇だけでも協議している。【食料品製造業】

 ・ 受注者から「人材確保のために賃上げをしたい」という理由で労務費の転嫁を求められ交渉を実施した。交渉の妥結時に当該受注者における労務費の上昇が継続する場合は再度協議することを約束した。【金属製品製造業】

 ・ 受注者から労務費の転嫁を求められた際、当該受注者がこれから賃上げするために取引価格を引き上げることを求めてきたのか、実際に賃上げしたことを踏まえて取引価格の引上げを求めてきたのかは問わずに価格転嫁の協議を行っている。【輸送用機械器具製造業】

 留意すべき点

 特別調査において、燃料費の上昇分の価格転嫁は認められたが、それ以外の労務費などについては交渉のテーブルについてくれなかった、労務費の上昇は外部要因ではないと判断されて取引価格の引上げの理由として認めてもらえなかった、価格交渉をしようとしても面談できる人に価格交渉の権限がない、「俺に言われても」などと言われて協議のテーブルについてもらえなかったなどの声が寄せられた。
 受注者から協議の要請を受けた際に、労務費の上昇分の価格転嫁に関するものであるという理由で協議のテーブルにつかないことにより、明示的に協議することなく取引価格を据え置くことは、独占禁止法上の優越的地位の濫用又は下請代金法上の買いたたきとして問題となるおそれがあることに、発注者は留意が必要である。

★発注者としての行動⑥

 受注者からの申入れの巧拙にかかわらず受注者と協議を行い、必要に応じ労務費上昇分の価格転嫁に係る考え方を提案すること。

 特別調査において、原材料価格やエネルギーコストと違い、労務費を理由とした取引価格の引上げについては、発注者が納得して受け入れられる具体的な理由や要請額の算定方法が分からないという受注者の声が寄せられた。
 他方、発注者は、一般的に受注者と比べてより多くの取引先(受注者)を有すると考えられるところ、受注者から協議において様々な提案を受け、労務費を理由とした取引価格の引上げの具体的な理由や要請額の算定方法に関し、多くの情報を有しているものと考えられる。
 そのため、発注者は、受注者からの申入れの巧拙にかかわらず、受注者と協議し、必要に応じて算定方法の例をアドバイスするなど受注者に寄り添った対応が求められる。

 労務費の適切な転嫁に向けた取組事例

(1)受注者から相談を受けた場合に算定方法を提案している例

 ・ 受注者がどのような算定式で労務費の転嫁を求めてきても個別に妥当性を判断しているが、労務費の転嫁のやり方が分からないと受注者から相談を受けた場合は、算定式の例として、消費者物価指数、最低賃金の推移などから当該受注者の労務費の上昇総額を推計し、自社(発注者)への取引依存度(受注者の売上に占める当該発注者との取引シェア)分の転嫁を求めることを案内している。【輸送用機械器具製造業】

 ・ 受注者からの取引価格の引上げの求めに対し、当該受注者と協議し、労務費分の取引単価の引上げ額については、「当該受注者の労務費の上昇率×当該受注者の売上高に占める労務費の割合」という係数を取引単価に掛ける算定式を提案した。【金属製品製造業】

 ・ 労務費の転嫁のやり方が分からないと受注者から相談を受けた際、他の受注者による算定式として最低賃金の上昇率や物価上昇率を基に要請額を算定した例を紹介している。【輸送用機械器具製造業】

(2)発注者から価格交渉を促進している例

 ・ 「どの程度をどのように要請したらよいか分からない」とする受注者に対し、当該受注者との価格交渉が進展することを期待し、価格交渉において、一定の引上げ率の案を提案した。その数値の提案は価格交渉の上限値を示す趣旨ではなく、その提案をすることにより、当該受注者から自社の状況を踏まえて「それでは足りない」などの回答を引き出し、当該受注者に必要な引上げ率を回答するよう促すなど、その数値の提案をきっかけとして適切な価格転嫁の交渉が進展することを期待して提示した。【道路貨物運送業】

 ・ 燃料費の市況が高騰し、2024年問題の対応で労務費が上昇しているはずであるにもかかわらず、長年取引している零細規模の受注者が一向に取引価格の引上げを求めてこなかったため状況を問い合わせたところ、「どのようにして値上げをしたらいいのか分からない」とのことであったので、見積書の作成方法を指導した。【生産用機械器具製造業】

 留意すべき点

 特別調査において、発注者が自ら用意した労務費の転嫁の交渉用のフォーマットによる価格転嫁の申出しか受け付けておらず、当該フォーマットで計算した結果、自社(受注者)が本来求めたかった額より低い額となったなどの声が寄せられた。
 労務費の転嫁のやり方が分からない受注者に対して算定式の例を示すのは労務費の適切な転嫁に向けた取組事例といえるが、発注者が特定の算定式やフォーマットを示し、それ以外の算定式やフォーマットに基づく労務費の転嫁を受け入れないことにより、明示的に協議することなく一方的に通常の価格より著しく低い単価を定めることは、独占禁止法上の優越的地位の濫用又は下請代金法上の買いたたきとして問題となるおそれがあることに、発注者は留意が必要である。

2 受注者として採るべき行動/求められる行動

★受注者としての行動①

 労務費上昇分の価格転嫁の交渉の仕方について、国・地方公共団体の相談窓口、中小企業の支援機関(全国の商工会議所・商工会等)の相談窓口などに相談するなどして積極的に情報を収集して交渉に臨むこと。

 特別調査では、原材料価格やエネルギーコストと異なり、労務費は固定費であって、その上昇分は自社の生産性や効率性の向上を図ることで吸収すべき問題であるとの考え方が発注者のみならず受注者にもあり、発注者と交渉をしていくという問題意識を持ちづらいとの声が寄せられた。しかし、物価に負けない賃上げを行うためには、受注者としても積極的に価格転嫁の交渉をしていくことが求められる。
 他方、労務費の上昇を理由とする価格転嫁の交渉については、受注者としてもどのように臨めばよいか戸惑うことも多いことが想定される。
 国・地方公共団体や中小企業の支援機関などでは、価格転嫁に関する相談窓口を設置しているところがあるところ、これらの相談窓口を活用して積極的に情報を収集して交渉に臨むことが受注者には求められる。相談窓口の例は、以下のとおり。

         相談窓口

                       相談窓口の例
          本府省等           地方事務所等
価格交渉・価格転嫁の相談(好事例の紹介、転嫁の考え方、参考情報の提供など)


国(地方経済産業局)、地方公共団体(産業振興センター等)
価格転嫁サポート窓口(47都道府県に設置しているよろず支援拠点に設置)
下請かけこみ寺
商工会議所・商工会
本指針の記載内容に関する質問公正取引委員会事務総局経済取引局取引部 企業取引課
 
独占禁止法上の優越的地位の濫用の考え方についての相談(注14)公正取引委員会事務総局経済取引局取引部 企業取引課取引課又は内閣府沖縄総合事務局総務部公正取引課
下請代金法上の買いたたきの考え方についての相談(注15)
公正取引委員会事務総局経済取引局取引部 企業取引課下請課又は内閣府沖縄総合事務局総務部公正取引課
中小企業庁事業環境部 取引課
経済産業省の地方経済産業局又は内閣府沖縄総合事務局経済産業部

 また、発注者に対して労務費の転嫁の交渉を申し込む際、一例として、別添の様式を活用することも考えられる。

(注14)各窓口の電話番号は、https://www.jftc.go.jp/soudan/soudan/yuetsutekichii.html参照。

(注15)各窓口の電話番号は、https://tekitorisupport.go.jp/inquiry/参照。

★受注者としての行動②

 発注者との価格交渉において使用する労務費の上昇傾向を示す根拠資料としては、最低賃金の上昇率、春季労使交渉の妥結額やその上昇率などの公表資料を用いること。

 受注者の自主的な判断で自社の労務費の状況を発注者に示すことを否定するものではないが、特別調査において、労務費を含めた自社のコスト構造を発注者に開示することにより、逆に発注者からコストを査定され原価低減を求められる可能性があることを懸念する声が寄せられた。そもそも、特別調査において、労務費上昇分の価格転嫁の交渉に際し、根拠資料を用いずに行い価格転嫁が認められた事例や、根拠資料として自社の労務費に関する情報を発注者に開示せずに行い価格転嫁が認められた事例は、多数みられた。
 こうした現状を踏まえ、仮に発注者との関係で何らかの根拠資料を示す必要がある場合には、関係者がその決定プロセスに関与し、経済の実態が反映されていると考えられる以下のような公表資料(再掲)を用いるべきである。(発注者としての行動③参照)

 (関係者がその決定プロセスに関与し、経済の実態が反映されていると考えられる公表資料の例)

 ● 都道府県別の最低賃金やその上昇率

 ● 春季労使交渉の妥結額やその上昇率

 ・ 国土交通省が公表している公共工事設計労務単価における関連職種の単価やその上昇率

 ・ 一般貨物自動車運送事業に係る標準的な運賃(令和2年国土交通省告示第575号)

 なお、特別調査で得られた、そのほかの労務費の上昇を示す根拠資料の例は以下のとおり(再掲)。

 ・ 厚生労働省が公表している毎月勤労統計調査に掲載されている賃金指数、給与額やその上昇率

 ・ 総務省が公表している消費者物価指数

 ・ ハローワーク(公共職業安定所)の求人票や求人情報誌に掲載されている同業他社の賃金

 (参考)事業者団体が作成した資料を根拠資料として活用することについて

 事業者団体がその活動の一環として、当該事業者団体の属する産業に関する諸情報を収集・提供することがあるところ、一般的に、事業者団体が、原材料の値上げ等による業界の窮状を訴える文書を作成し、取引先に対してそれを配布したり、当該団体のウェブサイト等に掲載したりすることは、直ちに独占禁止法上問題となるものではない(注16)。

 また、事業者団体が、需要者、事業者等に対して過去の価格に関する情報を提供するため、事業者から価格に係る過去の事実に関する概括的な情報を任意に収集して、客観的に統計処理し、価格の高低の分布や動向を正しく示し、かつ、個々の事業者の価格を明示することなく、概括的に、需要者を含めて提供することは、事業者間に現在又は将来の価格についての共通の目安を与えるようなことのないものに限り、独占禁止法上問題とならない(注17)。

 特別調査において、事業者団体が作成した業界の窮状を訴える文書を労務費の転嫁の価格交渉で用いている事例がみられた。また、円滑な価格転嫁を促進する観点から、主な原材料等の価格推移を示すデータベースを作成している事業者団体がみられた。

(注16)参考となる相談事例として、「独占禁止法に関する相談事例集(令和4年度)」事例5(https://www.jftc.go.jp/dk/soudanjirei/r5/r4nendomokuji/r4nendo05.html)

(注17)参考となる相談事例として、「独占禁止法に関する相談事例集(令和4年度)」事例7(https://www.jftc.go.jp/dk/soudanjirei/r5/r4nendomokuji/r4nendo07.html)

★受注者としての行動③

 労務費上昇分の価格転嫁の交渉は、業界の慣行に応じて1年に1回や半年に1回などの定期的に行われる発注者との価格交渉のタイミング、業界の定期的な価格交渉の時期など受注者が価格交渉を申し出やすいタイミング、発注者の業務の繁忙期など受注者の交渉力が比較的優位なタイミングなどの機会を活用して行うこと。

 発注者には定期的に協議の場を設けることが求められる(発注者としての行動②)が、受注者からも労務費の転嫁の交渉を、定期的な協議の場を活用して積極的に行っていくべきである。発注者との契約上、取引価格を定期的に見直すこととなっていない場合であっても価格交渉を申し出やすいタイミングを捉えて、受注者から積極的に発注者に労務費の転嫁の交渉を行っていくべきである。
 特別調査で得られた交渉のタイミングの例は以下のとおり。

 ・ 発注者の会計年度に合わせて(発注者が翌年度の予算を策定する前)

 ・ 定期の価格改定や契約更新に合わせて

 ・ 最低賃金の引上げ幅の方向性が判明した後

 ・ 国土交通省が公表している公共工事設計労務単価の改訂後

 ・ 年に1回の発注者との生産性向上の会議を利用

 ・ 季節商品の棚替え時の商品のプレゼンの機会を利用

 ・ 発注者の業務の繁忙期

★受注者としての行動④

 発注者から価格を提示されるのを待たずに受注者側からも希望する価格を発注者に提示すること。発注者に提示する価格の設定においては、自社の労務費だけでなく、自社の発注先やその先の取引先における労務費も考慮すること。

 発注者から提示される価格は受注者にとって希望の価格となるとは限らない。多くの場合、発注者の方が取引上の立場が強く、受注者からはコストの中でも労務費は特に価格転嫁を言い出しにくい状況にあることを踏まえると、発注者から先に価格を提示されてしまえば、その価格以上の額を要請すること、また、交渉によりその要請額を実現することは非常に困難になると考えられる。
 そのため、受注者は、発注者からの提示を待つことなく、関係者がその決定プロセスに関与し、経済の実態が反映されていると考えられる公表資料などを用いて自社が希望する価格を自ら発注者に提示するべきである。
 特別調査で得られた発注者への要請額の設定方法の例は以下のとおり。

 ① 公表資料における指標(注18)の変動とリンクさせて要請額を設定
 多くの発注者と毎年4月に契約更新しているところ、自社が所在する都道府県の最低賃金の上昇率と同率の単価の引上げを自ら求めている。【ビルメンテナンス業】
 公共工事設計労務単価における関連職種の単価の引上げ率の範囲内で単価の引上げを自ら求めた。【警備業】
 発注者と取引のある製品を「30年価格改定がされていないもの」、「20年価格改定がされていないもの」等と分類し、それぞれの区分ごとの最低賃金の上昇率を参考に単価の引上げを自ら求めた。【非鉄金属製造業】
 ② 実際に増加したコスト又は発生が予想されるコストを積み上げて要請額を設定
 月次決算で損益状況を管理しているところ、受注案件ごとに労務費、原材料価格、エネルギーコストの上昇分を積算して要請額を設定し、自ら求めている。【はん用機械器具製造業】
 毎年夏頃、翌年1年間に発生する取引先ごとのコスト上昇を予想し、各コストの原価に占める割合を加味して単価の改定率を算出し、自ら求めている。【道路貨物運送業】
 ③ 先に必要となる要請額を設定(その上でその根拠となる情報を集める)
 発注者との取引で赤字を解消し、一定額の利益を出せると推測する単価を計算し、当該発注者への要請額を設定し、自ら求めた。その上で、その根拠の一つとして、自社が所在する都道府県の最低賃金の上昇率を当該発注者に示した。【飲食料品卸売業】
 赤字部門の赤字を解消するために必要な単価を計算し、当該発注者への要請額を設定し、自ら求めた。その上で、その根拠の一つとして、同一労働同一賃金に対応するために労務費が上昇したこと、自社が所在する都道府県の最低賃金が上昇していること等を当該発注者に示した。【窯業・土石製品製造業】
 他県における同種業務の受託料の相場を踏まえて発注者への要請額を設定し、自ら求めた。当該発注者には、社員教育に力を入れるために必要な値上げであることを説明の中心とした。【警備業】
 物価上昇を受けて昇給率を例年以上とするために必要であり、担当するエンジニアの技量や仕事量(注19)から発注者に説明可能な要請額を設定し、自ら求めた。【情報サービス業】
 ④ 自社の発注先やその先の取引先における労務費を考慮して要請額を設定
 外注先から求められた単価の引上げ額と同額を、発注者に対して単価の引上げとして自ら求めた。【運輸に付帯するサービス業】
 自社の労務費の上昇だけでなく、外注先の単価に関する要望を聞いた上で必要な要請額を設定し、自ら求めた。【情報サービス業(同旨、道路貨物運送業。)】

 なお、発注者への要請額の設定に当たり、受注者における今後の賃上げの原資確保のために労務費転嫁を自ら求めていた事例や、インフレ手当を支給したことを評価した発注者が受注者からの要請額以上に単価を引上げるなどした事例もみられた。持続的賃上げの実現の観点からは望ましい事例といえる。


 (参考)中小企業等協同組合法等に基づく団体協約等を活用した労務費の転嫁に係る価格交渉について

 価格交渉の内容について、事業者間の情報交換により合意が形成され、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合には不当な取引制限として独占禁止法違反となるので留意が必要である。
 他方で、中小企業等協同組合法等に基づく団体協約等(注20)を利用すれば、独占禁止法の適用が除外されるため、大企業に対して団体で労務費の転嫁に係る価格交渉を行うことも可能である。独占禁止法が一定の組合の行為に対する適用除外規定を置いている趣旨は、単独では大企業に対抗できない中小事業者によって設立された相互扶助を目的とする組合の事業活動の独立性をある程度確保したまま、一つの事業者として購買事業、販売事業、利用事業、信用事業等の事業活動を行うことを許容するところにある。小規模事業者等にとっては、集団として、大企業である取引事業者に対して取引条件について対等な交渉力を持つことや、大企業である競争者に対等に競争していくことが必要となるという理由で、法律により適用除外が認められているものである。

(注18)公表資料における指標の例は、発注者としての行動③及び受注者としての行動②に記載のとおり。

(注19)特別調査において、特定の費用が上昇していることを根拠とすると、逆に他の費用項目でコスト削減を求められる可能性があると考え、担当するエンジニアの技術の向上といった定性的な内容を労務費上昇の根拠として価格交渉をしている受注者がみられた。

(注20)https://www.chuokai.or.jp/images/2023/07/230720_dantaikyoyaku.pdf

3 発注者・受注者の双方が採るべき行動/求められる行動

★発注者・受注者共通の行動①

 定期的にコミュニケーションをとること。

 多くの場合、発注者の方が取引上の立場が強く、受注者からはコストの中でも労務費は特に価格転嫁を言い出しにくい状況にあることを踏まえると、日頃から、些細な話でも気軽に相談できる関係を築けていなければ、受注者の置かれている環境の変化、例えば優秀な人材の流出の危機などに適時適切な対応が行えず、対応が後手に回るといった弊害が生じることも考えられる。
 そこで、発注者としては、毎年3月と9月の価格交渉促進月間を利用したり、これまでに行ってきた受注者との定期的な会合を利用して受注者のコストアップの状況を把握するなど、受注者との間で定期的にコミュニケーションをとるスキームを用意し、受注者が置かれている状況を日頃から把握するように努めることが求められる。
 受注者としても、日頃から積極的に発注者とコミュニケーションをとり、価格転嫁のことを含めて何でも相談もしやすい関係を構築することが求められる。

 発注者の行動としての労務費の適切な転嫁に向けた取組事例

 ・ 受注者との対話の場として、車座での意見交換会、調達方針説明会、事業動向説明会、製品展示会等を実施。【輸送用機械器具製造業(同旨、食料品製造業。)】

 ・ 全ての受注者を対象とし、3月と9月の年2回、価格転嫁等に関する要望を確認する場を設けている。 【道路貨物運送業】

 ・ 受注者との定期的な会合において、事業計画や調達計画を受注者と共有することに加え、受注者の困りごとを聞いたり、価格協議に積極的に応じる姿勢を紹介したりしているほか、個別の相談も受けている。【窯業・土石製品製造業 (同旨、総合工事業、はん用機械器具製造業、道路貨物運送業。)】

 ・ 受注者から営業に来るのを待たずに、自ら受注者を定期的に訪問し、受注者の状況を聞きに行くようにしている。【はん用機械器具製造業、情報サービス業】

 ・ 協力会社の従業員と、自社の従業員を同じように接しており、日々の業務において積極的にコミュニケーションを図っている。【道路貨物運送業】

 受注者の行動としての労務費の適切な転嫁に向けた取組事例

 ・ 発注者の担当者とは常日頃からコミュニケーションをとり良好な関係を築いていたことから、発注者から取引価格の引上げの必要性について打診を受けたこともあった。【道路貨物運送業】

 ・ 日々の業務を通じて発注者とは既に関係を築けていたことから、価格改定の依頼文書以外に自社の労務費が上昇していることを示す根拠資料は用意しなかったものの、全ての発注者から取引価格の引上げに理解を得られた。【道路貨物運送業】

 ・ 発注者とは普段からコミュニケーションをとり、人間関係や信頼関係を構築するようにしている。結果的に今回の交渉では全ての発注者から満額回答をもらったが、コミュニケーションの積み重ねから信頼を得ることができた結果だと思う。交渉の妥結時に「来年また来てね」などと今後も労務費が上がることを見据えて声をかけてくれたところもあった。【警備業】                                               

★発注者・受注者共通の行動②

 価格交渉の記録を作成し、発注者と受注者と双方で保管すること。

 価格交渉を行う都度、協議内容を記録し、発注者・受注者双方が確認して残すことは、双方の認識のズレを解消し、トラブルの未然防止に役立つ。また、特別調査において、記録を作成する具体的なメリットとして、発注者・受注者ともに人事異動が発生することから、記録を作成することにより、次回以降の交渉をスムーズに開始できるとの声が寄せられた。
 記録を作成することは、労務費等の転嫁を円滑に進めるための手段であって、これを目的化してしまっては本末転倒であることから、記録を作成した上で発注者と受注者の双方で担当者の上司とも共有するなど、記録の効果的な活用方法を併せて検討することが求められる。

 発注者の行動としての労務費の適切な転嫁に向けた取組事例

 ・ 受注者との交渉の都度議事録を作成し、受注者と共有している。受注者には、協議内容を担当者限りにするのではなく、その上司に報告するようにお願いしている。【はん用機械器具製造業(同旨、飲食料品卸売業、不動産賃貸業・管理業。)】

第3 今後の対応

1 内閣官房は、各府省庁・産業界・労働界等の協力を得て、今後、労務費の上昇を理由とした価格転嫁が進んでいない業種(注21)や労務費の上昇を理由とした価格転嫁の申出を諦めている傾向にある業種(注22)を中心に、本指針の周知活動を実施する。

2 公正取引委員会は、発注者が本指針に記載の12の採るべき行動/求められる行動に沿わないような行為をすることにより、公正な競争を阻害するおそれがある場合には、独占禁止法及び下請代金法に基づき厳正に対処していく。また、受注者が匿名で労務費という理由で価格転嫁の協議のテーブルにつかない事業者等に関する情報を提供できるフォームを設置し、第三者に情報提供者が特定されない形で、公正取引委員会が行う各種調査において活用していく。

(注21)「データ編」の「4 労務費の転嫁率(転嫁の要請に対して引き上げられた金額の割合のこと)」のワースト10に含まれている業種、「5 労務費率が高い業種の受注者が価格転嫁できていない発注者の上位3業種」に含まれている業種等。

(注22)労務費率が高い6業種のうち、「データ編」の「2 発注者に対するコストの上昇を理由とした取引価格の引上げ」において「要請していない」割合が高い4業種等。

データ編(注23)

(注23)データ編に掲載のデータは、特別調査の回答を集計したもの。


1 労務費率(コストに占める労務費の割合のこと。注1) n=34531

   業種名 (注2)(注3)
労務費率
     業種名(注2)
労務費率
ビルメンテナンス業及び警備業(注4)
  62.7%
不動産賃貸業・管理業(注6)
  36.0%
情報サービス業
  57.9%電気機械器具製造業
  35.3%
技術サービス業  56.8%
生産用機械器具製造業
  34.9%
映像・音声・文字情報制作業  46.3%
協同組合
  34.7%
不動産取引業(注5)  41.9%総合工事業
  34.6%
道路貨物運送業
  39.7%
金属製品製造業
  34.6%
広告業
  38.5%はん用機械器具製造業        34.4%
電子部品・デバイス・電子回路製造業   38.0%
印刷・同関連業
  34.3%
情報通信機械器具製造業
  36.9%
放送業
  34.0%
自動車整備業
  36.9%家具・装備品製造業  32.9%
業務用機械器具製造業
  36.4%
輸送用機械器具製造業
  32.5%

(注1)労務費率が平均(32.4%)以上の業種を記載している。

(注2)業種名は、原則として日本標準産業分類(平成25年10月改定 総務省)上の中分類による。

(注3)本指針においては、黄色の網掛けをしている6業種を労務費率が高い業種としている。

(注4)ビルメンテナンス業も警備業も、日本標準産業分類(平成25年10月改定 総務省)上の中分類では「その他の事業サービス業」に含まれる。

(注5)不動産取引業のうち、小分類の不動産代理業・仲介業を除外している。

(注6)不動産賃貸業・管理業のうち、小分類の貸家業・貸間業及び駐車場業を除外している。


2 発注者に対するコストの上昇を理由とした取引価格の引上げ n=23100

       業種名 要請した 
要請していない    業種名
 要請した 
 要請していない
 ビルメンテナンス業及び警備業   70.9%
  29.1% 不動産賃貸業・管理業   28.6%   71.4%
 情報サービス業   43.7%  56.3% 電気機械器具製造業   85.0%   15.0%
 技術サービス業   39.2%
  60.8%
 生産用機械器具製造業       
   82.9%   17.1%
 映像・音声・文字情報制作業   38.8%  61.2%
 協同組合   48.7%   51.3%
 不動産取引業   24.8%  75.2% 総合工事業   56.5%   43.5%
 道路貨物運送業   76.5%  23.5%
 金属製品製造業   88.4%   11.6%
 広告業   48.1%  51.9%
 はん用機械器具製造業   86.2%   13.8%
 電子部品・デバイス・電子回路製造業   80.8%  19.2%
 印刷・同関連業   89.9%   10.1%
 情報通信機械器具製造業   70.3%  29.7%
 放送業   16.8%   83.2%
 自動車整備業   58.9%  41.1%
 家具・装備品製造業   85.4%   14.6%
 業務用機械器具製造業   79.4%  20.6%
 輸送用機械器具製造業   81.6%   18.4%

3 上記2で要請した受注者が発注者に示した理由 n=13355

業種名
労務費以外のコストの上昇
労務費を含めたコストの上昇
業種名
労務費以外のコストの上昇
労務費を含めたコストの上昇
ビルメンテナンス業及び警備業    10.3%
     89.7%
不動産賃貸業・管理業      
    50.0%     50.0%
情報サービス業
    21.5%     78.5%
電気機械器具製造業    55.1%
     44.9%
技術サービス業
    29.3%
     70.7%
生産用機械器具製造業
    60.5%     39.5%
映像・音声・文字情報制作業
    52.8%
     47.2%協同組合
    62.6%     37.4%
不動産取引業
    54.7%
     45.3%総合工事業
    37.6%
     62.4%
道路貨物運送業
    27.9%
     72.1%金属製品製造業
    58.9%     41.1%
広告業
    63.5%
     36.5%はん用機械器具製造業
    56.1%
     43.9%
電子部品・デバイス・電子回路製造業
    53.4%
     46.6%
印刷・同関連業
    74.1%
     25.9%
情報通信機械器具製造業
    57.3%
     42.7%
放送業    46.9%
     53.1%
53.1%自動車整備業
    60.6%
     39.4%
家具・装備品製造業
    64.4%
     35.6%
業務用機械器具製造業
    61.7%
     38.3%
 輸送用機械器具製造業    56.6%
     43.4%

4 労務費の転嫁率(転嫁の要請に対して引き上げられた金額の割合のこと) n=4707

       ワースト10(注1)
       ベスト10(注2)
      業種名  割合 
      業種名
  割合 
 自動車整備業  41.5% 放送業
  60.0%
 輸送用機械器具製造業  40.9% 情報通信機械器具製造業   52.9%
 映像・音声・文字情報制作業  36.5% 技術サービス業  47.3%
 金属製品製造業  36.3% 業務用機械器具製造業  38.8%
 印刷・同関連業  36.1% 情報サービス業  36.8%
 道路貨物運送業  35.5% 不動産賃貸業・管理業  35.0%
 家具・装備品製造業  31.0% 協同組合  33.6%
 はん用機械器具製造業  29.7% 総合工事業  31.7%
 業務用機械器具製造業  29.4% 生産用機械器具製造業  31.5%
 生産用機械器具製造業  28.0% 広告業  31.2%

(注1)労務費の転嫁率が10%未満の受注者が多い上位10業種のことで、「割合」欄には労務費の転嫁率が10%未満の受注者の割合を記載している。

(注2)労務費の転嫁率が90%以上の受注者が多い上位10業種のことで、「割合」欄には労務費の転嫁率が90%以上の受注者の割合を記載している。

(注3)ワースト10にもベスト10にも含まれている業種は、労務費の転嫁率が10%未満と労務費の転嫁率が90%以上の受注者が多く、その間の転嫁率の受注者が少ないことを意味する。


5 労務費率が高い業種の受注者が価格転嫁できていない発注者の上位3業種 n=4771

   労務費率が高い業種名               価格転嫁できていない発注者の上位3業種の業種名
 ビルメンテナンス業及び警備業 その他のサービス業(ビルメンテナンス業、警備業) 総合工事業 不動産賃貸業・管理業    
 情報サービス業 情報サービス業 インターネット付随サービス業  地方公務
 技術サービス業 総合工事業 技術サービス業 地方公務
 映像・音声・文字情報制作業 映像・音声・文字情報制作業  
 広告業 情報サービス業
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