第1 本件の概要
本件は,阪急ホールディングス株式会社(以下「阪急」という。)が,阪神電鉄株式会社(以下「阪神」という。)の株式を取得することを計画したものである。
関係法条は,独占禁止法第10条である。
第2 一定の取引分野
1 詳細な検討が必要な分野
当事会社間で競合する事業は,(1)鉄道事業,(2)バス事業(乗合,貸切),(3)タクシー事業,(4)不動産事業(不動産売買,管理業),(5)旅行事業,(6)ホテル事業及び(7)国際輸送事業である。このうち,鉄道事業,バス事業(乗合)以外の競合する事業に係る当事会社のシェアは非常に低く,競争に与える影響は小さいと考えられることから,以下では,鉄道事業,バス事業(乗合)について詳細に検討を行う。
2 一定の取引分野の画定
(1) 鉄道事業
当事会社の鉄道事業については,貨物輸送は行っておらず,旅客のみを輸送している。当事会社間で競合する路線は阪急の神戸本線(梅田~三宮)と阪神の阪神本線(うち梅田~三宮)であり,これに競争事業者(以下「A社」という。)の路線(うち大阪~三ノ宮)も競合しているところ,乗客からみた需要の代替性の観点から,当事会社の競合路線において徒歩15分以内で乗換え可能な駅を結ぶ乗降区間を「競合区間」とすると,各路線のうちの10区間が競合区間であると認められる。このことから,競合区間のそれぞれにおいて一定の取引分野を画定した。
(2) バス事業(乗合)
バス事業においても,鉄道事業と同様に,当事会社間で競合している西宮市内の大社町~JR西ノ宮など6区間でそれぞれ一定の取引分野を画定した。
第3 本件企業結合が競争に与える影響の検討
1 鉄道事業分野
(1) 事業の概要
ア 鉄道事業の環境
当事会社によれば,阪神間は,関西の大都市である大阪と神戸を結ぶ地域であることから,高速道路網が整備され,鉄道の他にも,バス,タクシー,マイカーなどのその他の移動交通手段が多数存在し,輸送人員や営業収益は各社とも減少傾向にある。
イ 鉄道運賃の状況
鉄道運賃の制度をみると,現在の鉄道運賃については,従来は各事業者の運賃及び料金(以下「運賃」という。)の確定額を認可するものであったが,平成9年以降は新たな方式が導入されている。
現行の認可制度の下では,鉄道事業者は,運賃の上限額を設定し,又は変更しようとするときは,鉄道事業法に基づき国土交通大臣の認可を受けなければならないこととされている。また,上限額の認可に当たり,国土交通省は,当該上限額の運賃による総収入が,総括原価(一定の方法により算出された営業費に適正な事業報酬を加えたもの)を下回るものであることを確認した上で認可を行うこととしている。
この上限認可制度により,鉄道事業者は,認可を受けた上限額以下であれば,自由に運賃を設定することができ,例えば,路線・区間別,曜日別,時間帯別といった多様な運賃を設定できるようになっている。ただし,特定の旅客に対し不当に差別的な運賃を設定したり,他の競争事業者との間で不当な競争を引き起こすおそれがある場合には,国土交通大臣は,当該鉄道事業者に対し,運賃の変更を命じることができる。
当事会社及びA社における運賃改定の状況をみると,当事会社やA社は平成9年に約1.9%の値上げを行っているが,それ以降は運賃改定を行っていない。
(2) 市場シェア
鉄道事業分野の各競合区間における各社のシェア(年間輸送人員ベース)は,下表のとおりである。
競合区間No. | 阪急 | 阪神 | A社 | 合計 |
---|---|---|---|---|
1 | 約25% | 約15% | 約60% | 100% |
2 | 約65% | 約10% | 約25% | 100% |
3 | 約40% | 約20% | 約40% | 100% |
4 | 約55% | 約5% | 約40% | 100% |
5 | 約50% | 約5% | 約45% | 100% |
6 | 約50% | 約5% | 約45% | 100% |
7 | 約5% | 約15% | 約80% | 100% |
8 | 約45% | 0~5% | 約55% | 100% |
9 | 約5% | 約15% | 約80% | 100% |
10 | 約30% | 0~5% | 約70% | 100% |
(出所:当事会社提出資料を基に当委員会にて作成)
(3) 競争事業者の存在
A社は,下記のとおり,競争上の優位性を有しているほか,競合区間における年間輸送人員の推移をみると,競合区間のほとんどにおいて当事会社の輸送人員が減少する中で,A社の輸送人員は増加している。
ア 輸送余力
梅田(大阪)~三宮(三ノ宮)間において,阪急・阪神は複線(2本)であるが,A社は複々線(4本)であり,かかる線路容量の差により運行本数・運行能力は現状の約2倍の能力を潜在的に所有していると考えられる。
イ スピード
A社は,高速走行の観点から有利な直進性が高い路線を保有しており,短時間での走行が可能である。例えば,梅田(大阪)~三宮(三ノ宮)間の走行時間を比較すると,阪急が27分,阪神が29分であるのに対して,A社は20分(昼間最速時)であり,利用者にとって非常に利便性の高いものとなっている。実際に平成11年に上記のスピードアップが図られた結果,同区間内においてA社の輸送人員が大幅に増加している状況がうかがえる。
ウ 広域ネットワークによる集客力
A社は,京阪神を包括する広域網を構築し,神戸,大阪,京都などの観光資源の豊かな地域を連携し,通勤客のみならず,近郊の観光旅客に加え,遠方からの観光旅客を広く集客している。
(4) 活発なサービス・価格競争等
競合する区間のうち,A社は普通運賃の価格が5つの区間において高くなっているが,定期運賃(通勤)においては,例えば梅田(大阪)~三宮(三ノ宮)間の6か月定期では阪急,阪神が67,400円のところ,A社は57,450円となり,A社の割引率が高くなっている。また,回数運賃(時差回数券/昼間特割きっぷ)も,当事会社と比較して,A社の割引率が高くなっている。一方,阪急,阪神は定期運賃(通学)の割引率が高く,A社と運賃競争を行っている状況がうかがえる。
また,A社では,A社路線の西ノ宮~芦屋の間において,平成19年に,阪急夙川駅まで約600メートル,阪神香櫨園駅まで約700メートルと近接する場所に新駅を開設予定であるなど,顧客争奪のために積極的に行動している状況がうかがえる。さらに,A社は平成19年に,当事会社のうち阪急のみと競合しているA社路線に新駅を2つ開業する予定であり,これによりA社路線の利便性が向上する。また,阪急宝塚線と競合しているA社路線において快速電車を増発するなど,A社は,2社競合,3社競合にかかわらず,乗客獲得に向けて競争的な行動を採っている。
(5) 運賃設定について
各鉄道事業者は,総括原価方式に基づく上限認可制度の下で,一般的に,乗車距離に応じた運賃をあらかじめ設定する運賃体系(当事会社は対キロ区間制)を採用している。
上限認可制度の下では,差別的な対価にならない範囲内で特定区間のみの運賃改定は可能であるが,当事会社によれば,距離に応じた運賃体系が定着している中で,特定区間のみの運賃変更は相互利用している他の鉄道事業者との精算等のシステムの膨大な変更・改修を伴うことから,当事会社は特定区間のみ異なる運賃設定は行っていない。
このような背景に加えて,当事会社における競合路線の総輸送人員・営業収益に占める競合区間の輸送人員・営業収益の割合が非常に小さく,これらの競合区間における運賃改定のインセンティブは小さいと考えられることから,競合区間についてのみ運賃改定を行うことは実態上困難であると認められる。
2 バス事業(乗合)分野
(1) 事業の概要
ア バス事業の環境
近年,景気低迷の影響による企業の雇用調整と週休2日制の普及による通勤定期利用者の減少,マイカーの普及,交通渋滞等の走行環境の悪化等により,利用者が減少傾向にあり,バス事業者はローコスト化を一層迫られている。
イ バス運賃の状況
バス運賃制度をみると,バス運賃は鉄道運賃と同じく総括原価方式の上限認可制であり,実際に設定する運賃は認可を受けた範囲内で事前に届け出ることになっている。
当事会社における運賃改定の状況をみると,阪急は平成9年に一区間10円の値上げを行っている。また,阪神は平成12年に区間制運賃から均一制運賃としている。自家用車が普及したことなどにより,運賃を値上げすると利用者の数が減少することから,主要都市における公営バスについては平成9年以降値上げされた例はない。
(2) 市場シェア
バス事業(乗合)分野の各競合区間におけるシェア(年間輸送人員ベース)は,当事会社合算で100%である。
(3) 競合区間の需要
阪急及び阪神における西宮市内各線の1運行当たりの平均輸送人員と比較して,競合区間の1運行当たりの平均輸送人員は非常に少ない状況にあり,西宮市内における競合区間内の需要は低く,鉄道と同様に競争に与える影響は小さいと考えられる。
(4) タクシーなどの代替手段の存在
競合区間は6区間であり,そのうち最も距離が長い大社町~JR西ノ宮間でも約2キロメートルにすぎない。このため,各区間では,タクシーなどその他の代替交通手段の存在が認められる。
第4 独占禁止法上の評価
1 鉄道事業分野
輸送余力,スピード,ネットワークともに優れたA社という有力な競争事業者が存在しており,顧客獲得のために競争的な行動を採っていること,当事会社における競合区間の輸送人員面,営業収益面における割合が小さく,競合区間に限定した価格設定が行いにくい事情が認められることなどから,本件結合により,一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。
2 バス事業(乗合)分野合
競合区間の距離が最長でも約2キロメートルと非常に短く,タクシーなどの他の代替手段に容易に変更可能であることや,当事会社における競合区間の需要が小さく,鉄道と同様に限定した価格設定が行いにくい事情が認められることから,本件結合により,一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。
第5 結論
以上の状況から,本件行為により,一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。