第1 本件の概要
本件は,株式会社三交ホールディングス(以下「三交」という。)が,名阪近鉄バス株式会社(以下「名阪近鉄バス」という。)の株式を取得することを計画したものである。
関係法条は,独占禁止法第10条である。
第2 一定の取引分野
1 検討が必要な分野
当事会社は,いずれも乗合バス事業と貸切バス事業を営んでいる。このうち,乗合バス事業については競合路線がないことから,以下では,貸切バス事業について詳細に検討を行った。
2 貸切バス事業について
(1) 貸切バス事業の概要
貸切バス事業とは,バスを貸し切って旅客を運送する事業をいう。
貸切バス事業を営むには,道路運送法の規定により,地方運輸局長の許可を受けなければならず,当該許可は基本的に都道府県単位で行われている。また,貸切バス事業者は,許可を受けようとする営業区域内に営業所を置き,車庫は原則として営業所に併設することとされている。
貸切バス事業者による旅客の運送については,旅客の発地又は着地のいずれかが貸切バス事業者の営業区域内に存しなければならないとされている。
(2) 貸切バス運賃の状況
貸切バスの運賃・料金については,事前届出制が採られているが,地方運輸局が公示する運賃・料金の上限額ないし下限額の範囲内であれば届出の必要はないとされている。
貸切バス事業者が当該公示の範囲外の運賃設定をする場合には,地方運輸局が審査を行うこととされており,審査の結果,不当に差別的な運賃であると認められるときは,国土交通大臣による変更命令の対象となる。
当事会社は,いずれもおおむね下限額に近い運賃を設定している。
(3) 貸切バス事業の環境
当事会社によれば,貸切バス業界では,規制緩和に伴う新規参入の増加と,川下の旅行業界における競争激化等の影響を受けて安値受注等により競争が激化しており,バス事業者にとっては厳しい経営環境が続いている。
3 一定の取引分野の画定
当事会社はともに貸切バス事業者であることから,本件結合は水平型企業結合の側面を有する。また,三交グループには貸切バス運行役務の需要者である旅行業者が含まれていることから,垂直型企業結合の側面も有する。
(1) 水平型企業結合
三交の完全子会社5社は三重県内において,また,名阪近鉄バスは岐阜県,愛知県及び三重県において貸切バス事業を行っている。
当事会社グループの場合,99%以上のケースで発着地は同一府県内となっており,当事会社間で競合する路線は三重県である。このことから,三重県における貸切バス事業について一定の取引分野を画定した。
(2) 垂直型企業結合
貸切バス事業者は,自らバスツアーを主催して消費者と直接契約することは少なく,9割以上の場合において旅行業者に対して役務を供給している。このため,一定の取引分野については,貸切バス事業を川上市場として,また,旅行事業を川下市場として役務範囲を画定した。また,三重県において地理的範囲を画定した。
第3 本件企業結合が競争に与える影響の検討
1 市場シェア等
(1) 貸切バス事業
三重県における貸切バス事業の市場規模は,約100億円である。
貸切バス事業者の三重県内における貸切用バス車両保有台数のシェアは下表のとおりであり,本件株式取得により,当事会社の合算シェア・順位は約50%・第1位となる。
また,行為後HHIは約2,800,HHIの増分は約650となる。
順位 | 会社名 | シェア |
---|---|---|
1 | 三交グループ | 約45% |
2 | 名阪近鉄バス | 5~10% |
3 | A社 | 約5% |
4 | B社 | 約5% |
5 | C社 | 0~5% |
6 | D社 | 0~5% |
7 | E社 | 0~5% |
8 | F社 | 0~5% |
9 | G社 | 0~5% |
10 | H社 | 0~5% |
その他(約40社) | 約25% | |
(1) | 当事会社グループ合算 | 約50% |
合計 | 100% |
(注)平成18年8月末時点の車両保有台数
(出所:当事会社提出資料を基に当委員会にて作成)
(2) 旅行事業
三重県における旅行事業に係る売上シェアはおおむね下表のとおりであり,HHIは約1,300である。
なお,名阪近鉄バスは,旅行事業を営んでいない。
順位 | 会社名 | シェア |
---|---|---|
1 | I社 | 約20% |
1 | J社 | 約20% |
1 | 三交グループ | 約20% |
その他(約120社) | 約40% | |
合計 | 100% |
(出所:当事会社提出資料を基に当委員会にて作成)
2 供給余力
(1) 稼働率
平成18年度における当事会社以外の三重県内の貸切バス事業者の稼働率は,約50%である。
当事会社グループの合算シェアは約50%であるから,競争事業者の現時点での供給余力は,当事会社グループの現供給量のほぼ全量をカバーする。
(2) 既存の競争事業者による供給能力増加の容易性
三重県内に営業所を有する既存の競争事業者のうち,他の都道府県においても貸切バス事業を営んでいる者は,当該都道府県の営業所で管理しているバスを三重県の営業所に配置することにより,三重県内における自己の供給能力を増加させることができる。
また,営業所に配置するバスの車両数の変更については,貸切バス事業者は地方運輸局長への事前届出さえ行えば,容易かつ短期間で行うことができる。
加えて,三重県内に営業所を有する主な貸切バス事業者のうち,特に,A社は,隣接する愛知県内において,三重県内の貸切バス総数の約20%に相当する数の貸切バスを保有しており,これを三重県に振り向けることにより三重県内での供給能力を容易かつ迅速に増加させることが可能と考えられる。
3 参入
(1) 新規参入
貸切バス事業については,近年,規制緩和により参入障壁が低くなり,参入が容易となっており,また,バスについては中古市場が発達していることから,バスの購入は迅速かつ比較的低コストで行うことができ,新規参入者がバスを購入することは容易である。
こうした中,三重県内の貸切バス事業者数は,下表のとおり増加傾向にある。
年度(平成) | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
---|---|---|---|---|---|
事業者数 | 100 | 103 | 116 | 125 | 130 |
(注)事業者数は平成14年度を100とする指数
(出所:当事会社提出資料を基に当委員会にて作成)
(2) 隣接府県からの参入
近隣府県において貸切バス事業を営んでいる者は,事業に必要な車両や知識等を既に有していることから,三重県への参入は容易であると考えられる。
同じ中部地区で三重県と隣接する岐阜県及び愛知県における貸切バスの車両数は下表のとおりである。
貸切バス車両数 | (うち当事会社グループ) | |
---|---|---|
岐阜県 | 約1,000両 | 約90両 |
愛知県 | 約1,500両 | 約90両 |
(出所:当事会社提出資料を基に当委員会にて作成)
これに対し,三重県内における貸切バスの総数は約600両と推計されることから,岐阜県及び愛知県の貸切バス車両数の合計は約4倍となる。
4 取引先変更の容易性及び価格交渉力
貸切バス運行役務の主な需要者である旅行業者は,一般に多数の貸切バス事業者と取引関係があり,取引の都度,複数のバス会社から見積りを取り発注先バス事業者及び取引価格を決定していることから,旅行業者にとって貸切バス事業者の切替えは容易である。
さらに,前記3(1)のとおり,規制緩和により貸切バス事業者数は増加傾向にあり,貸切バス事業については激しい競争が行われていることから,旅行業者は強い価格交渉力を有している。
第4 独占禁止法上の評価
1 水平型企業結合
(1) 単独行動による競争の実質的制限についての検討
他の貸切バス事業者の供給余力は十分あると認められる上,短期間で供給能力を相当程度増加させることが可能と考えられること,また,需要者の価格交渉力が強いことなどから,当事会社の単独行為により,一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。
(2) 協調的行動による競争の実質的制限についての検討
参入が容易であることや事業者数が約50社と多いこと,名阪近鉄バスのシェアは5~10%とそれほど高くなく,本件結合による市場構造への影響は比較的小さいと認められることなどから,当事会社と競争事業者の協調的行動により,一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。
2 垂直型企業結合
他の貸切バス事業者の供給余力は十分あると認められること,また,貸切バス事業への参入が容易であることなどにより,旅行業者は代替的な取引先として当事会社以外の貸切バス事業者を確保することが容易であると考えられることから,本件行為により,一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。
第5 結論
以上の状況から,本件行為により,一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断した。