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8 資格者団体による会員に対する強制力のある辞任規定の導入

8 資格者団体による会員に対する強制力のある辞任規定の導入

 独占業務を行う資格者を会員とする団体が,「特定の依頼人への報酬依存度が高い状態が一定期間継続した場合には,当該依頼人に対する独占業務の提供を取りやめなければならない」とする規定を倫理規則中に設け,会員にこれを遵守させることについて,独占禁止法上問題となるものではないと回答した事例 

1 相談者

 X協会(資格者団体)

2 相談の要旨

⑴ア X協会は,A法の規定に基づく独占業務(以下「特定独占業務」という。)を行う事業者(以下「特定事業者」という。)を会員とする特別民間法人である。X協会はA法に基づく強制加入団体であり,特定事業者は当然にX協会の会員(以下「会員」という。)となる[1]
   X協会は,特定独占業務の改善進歩を図るため,会員の指導,連絡及び監督に関する事務等を行うことを目的としている。
 イ X協会は,世界各国・地域の特定事業者の団体により構成される国際機関Bに加入している。国際機関Bは,特定独占業務に関する国際基準の設定等を行っている。

 

[1] すなわち,日本国内では「特定事業者」と「会員」は同義であるので,以下,日本国内に係る説明に関しては,基本的に「会員」に表記を統一する。


⑵ア A法における会員の使命に関する規定では,会員は「会社等の公正な事業活動,投資者及び債権者の保護等を図り,もつて国民経済の健全な発展に寄与することを使命とする」とされており,使命達成の手段として,会員が独立した立場で特定独占業務を行うべきことが定められている。また,会員は,A法の規定により,X協会の会則を遵守する義務がある。X協会は,倫理規則を定めており,会則において倫理規則を守ることを会員に義務付けているため,会員は,A法に基づく会則遵守義務の一環として,倫理規則についても遵守する義務を負っている。
 イ X協会の倫理規則は,国際機関Bが策定している倫理基準を基に,A法の規定等を考慮して作成されている。国際機関Bは,加盟団体に対し,加盟団体が定める倫理関係規定では,原則として国際機関Bが策定している倫理基準より緩やかな基準を適用しないよう求めている。
   倫理規則には,会員の報酬依存度(年間の総収入に占める特定の依頼人からの収入の割合をいう。以下同じ。)に関する規定が置かれている。
   会員は,特定独占業務を行うに当たって,公正かつ誠実に職責を果たす必要がある。しかし,報酬依存度が高い依頼人から受任している特定独占業務を失うことへの懸念は,会員の独立性を阻害し,特定独占業務の処理において依頼人の影響を受けるおそれ等を生じさせる。とりわけ,大会社等は,利害関係者が多数であり,その活動が社会に与える影響が大きいため,大会社等が依頼人である場合の特定独占業務に関しては,会員はより高い独立性を維持することが求められる。
   このため,現行の倫理規則は
  ・ 依頼人が大会社等の場合であって,2年以上連続して報酬依存度の超過(報酬依存度が所定の水準を超過することをいう。以下同じ。)が生じたときは,当該依頼人から特定独占業務を受任している会員は,当該特定独占業務の提供に当たり,他の会員による事前又は事後の審査を受けること等を義務付ける旨の規定(以下「現行セーフガード規定」という。)
  を置いている。現行セーフガード規定は,国際機関Bが策定している倫理基準の規定に準拠したものである。

⑶国際機関Bは,特定の大会社等への特定事業者の報酬依存度の超過が長期間継続した場合には,その報酬への依存が持続的かつ根本的なものとなるため,現行セーフガード規定を含め,特定事業者の独立性を担保するセーフガードはないものとして,辞任規定の導入等を内容とする倫理基準の改正を行う予定である。辞任規定とは
 ・ 特定の大会社等への報酬依存度の超過の状態が5年継続した場合,特定事業者は,5年目の特定独占業務の提供の終了後に,当該大会社等に対する特定独占業務の提供を取りやめなければならない
 ・ ただし,所在地等に照らして代わりの特定事業者がいない場合等,公共の利益に照らしてやむを得ない事情がある場合には,例外的に,特定独占業務を継続して提供することができる
というものであり,海外の特定事業者の団体の一部では,既に導入されているものである。

⑷X協会は,会員が一層公正かつ誠実に職責を果たすことができるようにする観点から,会員の使命の達成に資する独立性の強化という前記⑶の国際的な流れも踏まえ,国際機関Bが導入予定の辞任規定と同じ内容の規定を倫理規則に新たに規定することを検討している。
 なお,X協会は,辞任規定と併せて
・ 会員は,報酬依存度の超過が生じている場合には,初年度の時点でその旨を依頼人に伝達する
旨の規定を導入することも検討している。
 かかる倫理規則の改正を行えば,会員は,特定独占業務の提供に当たり,新たに導入される辞任規定等を遵守する義務が生じる。
 このようなX協会の取組(以下「本件取組」という。)は,独占禁止法上問題となるか。
 

〇本件取組の概要図

3 独占禁止法上の考え方

⑴ア 独占禁止法第8条は,事業者団体が構成事業者の機能又は活動を不当に制限する行為(同条第4号)を禁止している。事業者団体が構成事業者の事業活動に関して制限を加えて公正かつ自由な競争を阻害することが,一般的に同号に該当する。
   事業者団体が,営業の種類,内容,方法等に関連して,社会公共的な目的等のために自主規制等の活動を行うことについては,独占禁止法上の問題を特段生じないものも多い。
   一方,事業者団体の活動の内容,態様等によっては,多様な営業の種類,内容,方法等を需要者に提供する競争を阻害することとなる場合もあり,独占禁止法上問題となるおそれがある。このような活動における競争阻害性の有無については
  ・ 競争手段を制限し需要者の利益を不当に害するものではないか
  及び
  ・ 事業者間で不当に差別的なものではないか
  の判断基準に照らし
  ・ 社会公共的な目的等正当な目的に基づいて合理的に必要とされる範囲内のものか
  の要素を勘案しつつ判断される。
 イ 自主規制等の遵守については,構成事業者の任意の判断に委ねられるべきであって,事業者団体が自主規制等の遵守を構成事業者に強制することは,一般的には独占禁止法上問題となるおそれがある(事業者団体ガイドライン第2-8⑵〔自主規制等〕)。このような強制は,構成事業者の自由かつ自主的な事業活動上の判断を侵害するという意味等において,競争阻害行為として問題となり得る。

⑵ア(ア) 特定の大会社等に対する報酬依存度が高い状態が長期間続いた場合,その報酬への依存が持続的かつ根本的なものとなるため,会員の特定独占業務に係る独立性を著しく阻害することになる。今回の辞任規定の導入は,X協会において会員が一層公正かつ誠実に職責を果たすことができるようにする観点から,会員の使命の達成に資する独立性の強化という国際的な流れも踏まえて導入が検討されるものである。辞任規定の導入は,会員の独立性を国際的な基準と同等の水準にするものであり,我が国における特定独占業務の信頼性の向上に資するものである。
     したがって,本件取組は,社会公共的な目的等正当な理由に基づいて合理的に必要とされる範囲内のものである。
  (イ) 本件取組は,会員の特定独占業務の方法等に制限を加えるものではないので,会員の競争手段を制限することにはならない。
  (ウ) 特定独占業務の依頼人は,本件取組後においても,会員から受けられる特定独占業務の内容に変更が生じることはない。
     また,今般の倫理規則の改正により,会員は,報酬依存度の超過が生じている場合には,初年度の時点でその旨を依頼人に伝達することになる。このため,依頼人は,辞任規定に基づく会員の辞任という事態が生じる前に,別の会員に特定独占業務を依頼する準備をするだけの時間的猶予を持つことができる。さらに,公共の利益に照らしてやむを得ない事情がある場合に例外的に既存の会員が特定独占業務を継続して提供することも認められており,代わりの会員がいないために特定独占業務の提供を受けることができなくなる依頼人が生じるという事態にはならない。
     したがって,本件取組は,依頼人の利益を不当に害するものではない。
  (エ) 本件取組による改正後の倫理規則は,全ての会員に対して等しく適用されるものであるため,本件取組は,会員間で不当に差別的なものではない。
 イ 会員は,本件取組による改正後の倫理規則の遵守を強制される。
   この強制の問題について検討すると,X協会は,特定独占業務の改善進歩を図るため,会員の指導に関する事務等を行うことを目的としている。また,A法における会員の使命に関する規定では,会員が独立した立場で特定独占業務を行うべきことが定められている。本件取組は,会員が一層公正かつ誠実に職責を果たすことができるようにするという特定独占業務の改善進歩の観点から,会員の使命の達成に資する独立性を強化するために倫理規則の改正を行うというものであり,X協会の目的の範囲内の行為である。そして,会員は,A法に基づく会則遵守義務の一環として,倫理規則についても遵守する義務を負っている。
   したがって,X協会が強制加入団体であることを考慮しても,倫理規則の遵守の強制には正当性があるので,本件取組は,会員の自由かつ自主的な意思決定を不当に侵害するものであるとはいえない。
 ウ 以上によれば,本件取組は,会員の機能又は活動を不当に制限するものではなく,独占禁止法上問題となるものではない。

4 回答

    本件取組は,独占禁止法上問題となるものではない。

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