小売業者を会員とする団体が、会員の各店舗の従業員等の労働環境改善に向けた取組を後押しするため、労働環境改善に向けた行動指針を作成することについて、独占禁止法上問題となるものではないと回答した事例
1 相談者
X協会(小売業者を会員とする団体)
2 相談の要旨
⑴X協会は、小売業者を会員とする団体である。
⑵会員の店舗で販売スタッフとして働く者の半数程度は、会員の従業員であるが、残り半数程度は、会員の取引先事業者の従業員である。
⑶小売業界において販売スタッフの人手不足が深刻化しているところ、X協会の会員は、高水準の接客サービスを提供することを業態価値としているため、販売スタッフの人手不足は、単に労働力が不足するということだけでなく、接客サービスの質の低下によって業態価値の低下を招く可能性があることから、重要な課題となっている。
また、社会において、「働き方改革」を求める声は年々高まってきていることから、X協会の会員にとって、意欲やスキルの高い販売スタッフを確保・維持し、更なる業態価値を創造していくためにも、店舗で働く販売スタッフにとって働きやすく魅力ある労働環境を整えることが重要となっている。
⑷そのため、X協会は、会員の各店舗における従業員等の労働環境の改善に向けて、以下アないしエを内容とする指針(以下「本件指針」という。)を作成すること(以下「本件取組」という。)を検討している。
ア 販売スタッフの地位向上のため、会員の販売業務の魅力をアピールし、地域における会員の役割の理解を深める。
イ 販売スタッフが安心して業務に専念できる環境を整えるため、社員食堂等の従業員施設の改良に努めるとともに、感染症対策など安全衛生面の取組を徹底する。
ウ 従業員等のワークライフバランスの充実のため、営業時間の短縮、休業日の増加等を推進する。ただし、それぞれの店舗が置かれた立地、企業規模、競合の有無、顧客特性等の状況を十分に考慮する。
エ 店舗内業務の効率化と利益最大化による労働生産性の向上のため、会員と取引先との情報共有やIT技術の積極的な活用を通じて、会員の店舗での販売スタッフの販売業務負担を軽減すると同時に、双方の利益最大化に向けた取組を推進する。
本件取組は、独占禁止法上問題となるか。
○本件取組の概要図
3 独占禁止法上の考え方
⑴事業者団体が、営業の種類、内容、方法等に関連して、消費者の商品選択を容易にするため表示・広告すべき情報に係る自主的な基準を設定し、また、社会公共的な目的又は労働問題への対処のため営業の方法等に係る自主規制等の活動を行うことについては、独占禁止法上の問題を特段生じないものも多い。
一方、事業者団体の活動の内容、態様等によっては、多様な営業の種類、内容、方法等を需要者に提供する競争を阻害することとなる場合もあり、独占禁止法上問題となるおそれがある(独占禁止法第8条第3号、第4号及び第5号)。このような活動における競争阻害性の有無については、①競争手段を制限し需要者の利益を不当に害するものではないか、及び②事業者間で不当に差別的なものではないかの判断基準に照らし、③社会公共的な目的等正当な目的に基づいて合理的に必要とされる範囲内のものかの要素を勘案しつつ、判断される。
また、自主規制等の遵守については、構成事業者の任意の判断に委ねられるべきであって、事業者団体が自主規制等の遵守を構成事業者に強制することは、一般的には独占禁止法上問題となるおそれがある(事業者団体ガイドライン第2-8(2)(自主規制等))。
⑵本件指針については、社会公共的な目的又は労働問題への対処のための自主規制の活動であり、このうち、会員の営業の種類、内容、方法等の制限に該当するのは、前記2⑷ウの「会員の営業時間の短縮や休業日の増加を推進させる」点(以下「営業時間の短縮等」という。)であると考えられるところ
ア 営業時間の短縮等は、具体的な営業時間の短縮や休業日の増加の内容や基準を示すものではなく、また、各会員が店舗ごとの状況を考慮することとされていることから、会員間で営業時間や休業日が統一されるものではなく、本件取組が需要者の利益を不当に害するものではないこと
イ 営業時間の短縮等は、一部の会員を差別的に取り扱う内容は含んでおらず、会員間で不当に差別的な内容ではないこと
ウ 営業時間の短縮等は、飽くまで会員の従業員等の労働環境改善に向けた取組を後押しする社会公共的な目的に基づく取組であり、本件指針の内容も合理的に必要とされる範囲内のものであること
に加え、X協会は、会員に本件指針の遵守を強制するものではないことから、本件取組は、独占禁止法上問題となるものではない。
4 回答
本件取組は、独占禁止法上問題となるものではない。