2022年8月

EU

欧州一般裁判所、クアルコムがLTEチップセット市場において市場支配力を濫用したとして、約10億ユーロの制裁金を賦課した欧州委員会の決定を取消し

2022年6月15日 欧州一般裁判所 公表

原文

【概要】

 欧州一般裁判所(以下「一般裁判所」という。)は、LTEチップセット市場において市場支配力を濫用したとして、クアルコムに約10億ユーロの制裁金を賦課した2018年の欧州委員会(以下「欧州委」という。)の決定について、多数の手続上の不備により同社の防御権が侵害されたため、当該決定における欧州委の分析が無効となったとして、同決定を取り消した。
 米国企業であるクアルコムは、スマートフォンやタブレットをセルラーネットワークに接続するためのベースバンドチップセットを開発・供給しており、当該チップセットは音声サービス及びデータ転送の両方に使用されている。そのため、当該チップセットは、アップルなど、チップセットを自社のデバイスに組み込んでいるOEMに販売されている。
 2018年の欧州委の決定は、2011年2月から2016年9月にクアルコムがLTEチップセットに係る世界市場において支配的地位を濫用したとして、欧州委が同社に対して約10億ユーロの制裁金を賦課していたものである。欧州委は、本件の特徴は、アップルがクアルコムから独占的にLTEチップセットの供給を受けることを条件とした報奨金支払契約を締結したことにあり、競合するLTEチップセットプロバイダーに乗り換えるアップルのインセンティブを低下させたという点で、当該支払は、反競争的効果をもたらすことが可能であったとしていた。
 本日(2022年6月15日)、一般裁判所は、第一に、クアルコムの防御権を侵害した複数の手続上の不備を認定し、第二に、報奨金支払の反競争的効果に係る欧州委の分析が無効であることを理由として、欧州委の決定を全面的に取り消す。
クアルコムの防御権に対して払うべき注意を欧州委が怠ったことに関して、一般裁判所は、欧州委が事件記録をまとめる際に、複数の不備があったと認定した。一般裁判所は、調査対象事項に関連する情報を収集する目的で行われた全ての聞き取り調 査の正確な内容を欧州委が選択した形式で記録する必要があるが、本件に関して、欧州委は、特に第三者との会議や電話会議の開催において、その義務を十分に果たしていなかった。
 さらに、欧州委の送付した異議告知書は、LTEチップセット市場及びUMTS (Universal Mobile Telecommunications System) チップセット市場の両市場における支配的地位の濫用に関するものであったのに対し、一般裁判所は、LTEチップセット 市場のみにおける濫用の認定に限定されていると認定している。一般裁判所は、クアルコムの行為が市場閉鎖効果を有するか否かに係る経済分析の基礎となるデータの妥当性に影響を与える限り、欧州委はクアルコムに対して聴聞を受ける機会を与 え、必要に応じて分析を修正させる機会を与えるべきであったとして、上記の点に関する聴取を実施しなかったことにより、欧州委がクアルコムの防御権を侵害したと認定した。
 報奨金の支払が反競争的効果を持つ可能性の分析に関して、一般裁判所は、第一に、欧州委が、争点となっている報奨金の支払がiPhoneとiPadの両方におけるアップルのLTEチップセットの需要の全てについて競争を制限する可能性があると結論付ける際に、関連する全ての事実関係を考慮しなかったと認定している。実際に、欧州委は、報奨金の支払によって、LTEチップセットの調達先を競合するサプライヤーに切り替えるアップルのインセンティブが低下したと結論付けているが、欧州委の決定からも明らかなように、アップルは当該期間中における需要の大部分、すなわち、実質的にiPhoneに相当する部分についてのみ、クアルコムのLTEチップセットに代わる技術的代替手段を持っていなかったと一般裁判所は認定した。一般裁判所は、 欧州委の分析は全ての関連する事実関係に照らして行われたものではないため違法であると結論づける。
 第二に、一般裁判所は、2014年及び2015年に発売予定であった特定のiPadモデルのLTEチップセットに係るアップルの要求に関して、LTEチップセットの供給を得るためにクアルコムの競合他社に乗り換えるアップルのインセンティブが争点となっている報奨金の支払により実際に低下したという結論は、当該報奨金がアップルの要求全てについて反競争的な効果をもたらすものであったと判断するには不十分であると認定した。実際、iPhone及びiPadに関するアップルのLTEチップセットの要求全てに関して、本件期間中に当該報奨金が反競争的な影響を及ぼすことが可能であったと欧州委は説明しているが、そのような性質の分析だけでは、全ての関連する事実関係を考慮しているとはいえない。さらに、いずれにせよ、欧州委は、2014年及び2015年に発売予定であった特定のiPadモデル用のLTEチップセットの供給を受けるためにクアルコムの競合他社に乗り換えるアップルのインセンティブを、当該支払が実際に低下させたという決定を裏付ける分析を提供しなかったと一般裁判所は考えている。

ページトップへ