米国
FTC,エヌビディアによるアームの買収差止めのために審判開始申立て
2021年12月2日 米国連邦取引委員会 公表
原文
【概要】
米国連邦取引委員会(以下「FTC」という。)は,2021年12月2日,米国の半導体メーカーであるエヌビディア(Nvidia)が英国の半導体設計企業であるアーム(Arm)を400億ドルで買収することを差し止めるために,審判手続を開始した。半導体チップは,現代の経済・社会において不可欠なコンピュータや技術に使用されるものである。
本件買収計画によって,最大手の半導体企業の1社が,競合企業が半導体チップを独自に開発する際に利用するコンピューティング技術・設計を支配することとなる。FTCは,合併後の企業がデータセンターや自動車運転支援システムなどに使用される次世代技術のイノベーションを阻害するための手段と動機を持つこととなると主張している。
アームは,東京に本社を置くソフトバンクグループ株式会社傘下の企業であり,完成品としてのコンピュータ・チップやデバイスの製造販売は行っていない。アームは,マイクロプロセッサーの設計とアーキテクチャ(審判開始決定書では「Arm Processor Technology」と呼ばれている。)を作成し,エヌビディアを含む他のテクノロジー企業に対してライセンス供与している。テクノロジー企業は,スマートフォン,タブレット,自動車運転支援システム,大規模データセンターのコンピュータなど,様々なコンピュータ機器を稼働させるためのコンピュータ・チップを製造するために,Arm Processor Technologyを利用している。また,アームは,重要なサポート及びサービスも提供している。アームは,業界内で中立的な立場で,オープンなライセンス手法を用いてプロセッサ技術をライセンス供与しており,よく半導体業界の「スイス」と評されている。
カリフォルニア州に本社を置くエヌビディアは,世界最大規模かつ最大の時価総額を誇るコンピューティング企業の1つである。エヌビディアは,コンピュータ・チップ及び機器の製造販売を行っており,人工知能処理やグラフィックス処理に広く利用されているパソコンやデータセンター向けの独立型GPU(graphics processing unit)の最も有力なサプライヤーとして有名である。また,エヌビディアは,高度なネットワーク,データセンター用CPU(central processing unit),自動車運転支援などの製品を製造販売している。これらの分野では,エヌビディア及び同社の主要な競合会社のいずれも,製品開発のためにアームの技術に依存している。
アームの技術は,複数の市場において,エヌビディアと競合他社との間での競争を可能とする重要な要素である。そのため,エヌビディアは,本件買収計画を通じて,アームの技術を支配することによって,競合他社を弱体化する力と動機を持つようになり,競争を阻害し,最終的には製品の品質低下,イノベーションの阻害,価格上昇,選択肢減少につながり,アームの製品から恩恵を受けている何百万もの米国民が被害を受けることになる。
FTCは,本件買収により,エヌビディアがアームベースの製品を使って競争している以下の3つの世界市場において,競争が阻害されるおそれがあるとしている。
・乗用車用の高度な先進運転支援システム(車線変更,車線維持,高速道路への進入及び退出,衝突防止などの運転支援機能をコンピュータで実現するシステム)
・DPU SmartNIC(データセンター・サーバーのセキュリティと効率を向上させるための高度なネットワーク製品)
・クラウドコンピューティング・サービス・プロバイダ向けのアームベース(Arm-Based)CPU。これらの新製品及び新興の製品は,アームの技術を活用して,クラウドコンピューティング・サービスを提供する最新データセンターの性能,電力効率,カスタマイズ性のニーズに対応する。「クラウドコンピューティング」とは,大規模なデータセンター事業者が,遠隔でコンピューティング・サービスを提供したり,コンピューティング・リソースを直接貸し出したり,その他のサポートを顧客に提供したりすることによって,顧客が遠隔のサーバー上で,アプリケーションを実行したり,ウェブサイトを開設したり,その他のコンピュータ・タスクを行ったりすることなどを可能にするものであり,人気が高まってきているコンピューティング・ビジネスモデルである。単に「クラウド」と呼ばれることもある。
本件買収が行われた場合,エヌビディアがアームのライセンシー(エヌビディアの競合を含む。)の競争上の機密情報にアクセスでき,競争が阻害されるようになるとともに,アームがエヌビディアのビジネス上の利益に相反する可能性があるイノベーションを追求する動機が損なわれるおそれがあるとFTCは主張している。
現在,アームのライセンシー(エヌビディアの競合を含む。)は,競争上の機密情報をアームと日常的に共有している。ライセンシーは,製品の開発,設計,テスト,デバッグ,トラブルシューティング,メンテナンス,改良のサポートについてアームに依存している。アームのライセンシーが,競争上の機密情報をアームと共有するのは,アームが競合の半導体メーカーではなく,中立的なパートナーであるためである。FTCは,本件買収によって,アームとそのエコシステムに対する信頼が著しく失われるおそれがあると主張している。
また,本件買収は,エヌビディアとの利益相反がなければ,アームが追求していたはずのイノベーションを排除することによって,イノベーション競争を阻害するおそれもある。FTCは,買収後のエヌビディアが,同社に損害を与える可能性があると判断した場合,他の有益な新機能やイノベーションを開発したり実現したりする動機の低下を招くおそれがあると主張している。
本件買収には,エヌビディアとアームの親会社であるソフトバンクグループ株式会社が名を連ねている。本件の審判開始決定書の発出について,委員会の投票の結果,4票(賛成)-0票(反対)で議決した。行政審判は,2022年8月9日に開始される予定である。
FTCは,本件の調査において,EU,英国,日本及び韓国の各国競争当局と緊密に連携してきた。
EU米国間共同テクノロジー・競争政策対話の開始に基づくFTC,DOJ反トラスト局及び欧州委の共同声明
2021年12月7日 米国連邦取引委員会 公表
原文
【概要】
FTC,米国司法省(以下「DOJ」という。)反トラスト局及び欧州委員会(以下「欧州委」という。これらをまとめて以下「当局」という。)は,ワシントンDCにおいて,「EU米国間共同テクノロジー・競争政策対話(EU-U.S. Joint Technology Competition Policy Dialogue。以下「共同対話」という。)」を開始した。初回会合後に公表された共同声明は以下のとおり。
1 2021年12月7日,ワシントンDCにおいて,共同議長であるマルグレーテ・ヴェステアー欧州委上級副委員長,リナ・カーンFTC委員長及びジョナサン・カンターDOJ反トラスト局長は,共同対話を開始した。
2 我々は,民主主義的な価値,そして,適切に機能する競争的な市場の重要性に関する信念を共有している。これは,我々の経済・貿易関係を継続して強化するための基礎である。積極的かつ効果的な競争法の執行は,大西洋を挟んだ双方における消費者,事業者及び労働者に対して利益をもたらすものであると確信している。我々は,共同対話やその他の協力を通じて,公正な競争を確保し促進するために協働していく。
3 3当局は,反トラスト法の執行及び政策に関して,長年にわたり緊密な協力関係を築いてきた。こうした協力は,1991年に「競争法の適用に関する欧州共同体委員会とアメリカ合衆国政府との間の協定」が正式に締結される以前から行われてきたものである。上記協定は,その後,1998年に「競争法の執行における積極礼譲原則の適用に関する協定」によって補完されている。2011年,3当局は,合併審査における協力に関する共同ベストプラクティスを採択することにより,この互恵的な協力関係に対する強いコミットメントを改めて確認した。
4 3当局間の協力が開始されて以降,デジタル経済の成長を含むテクノロジーの発展は,欧州及び米国の双方における経済状況を一変させ,競争当局による競争評価の在り方の変更を必要とした。デジタル市場に対する調査において,競争当局は,ネットワーク効果,大量のデータが果たす役割,相互運用性,そして新たなテクノロジーやデジタル市場において典型的に確認されるその他の特性をより適切に考慮しなければならず,こうした新しい課題に適応し,対応することが求められている。
5 この精神の下,共通の価値観に基づいて,協力がもたらす相互の利益を最大化するために,3当局は,競争政策及び執行全般について,特にテクノロジー分野において協力することに互いに関心を有することを改めて確認する。この協力には,政策及び執行について,可能な限り調整を行うことを目的とした知見及び経験の共有が含まれる。また,3当局は,共同対話を通じて,執行当局が新たな課題に共に取り組むための十分な能力を備えることを確実にすべく,調整や知識・情報の交換を促進する新たな方法を模索していく。最後に,こうした知識・情報の交換は,執行及び政策の調整を強化するだけでなく,国内における同様の取組に対しても情報を提供するための一助となるものであり,差し迫った課題におけるより大きな連携に貢献し得るものである。
6 共同対話では,ハイレベルな会議に加え,テクノロジー市場において生じる競争法の執行及び政策に関する共通の課題に焦点を当てた,スタッフレベルによる定期的な議論を実施する。
7 共同対話の下で行われる協力及び(知識・情報の)交換は,法的拘束力を持つものではなく,EU及び米国の規制及び法執行の自律性,各自が有する国内法の枠組み並びに競争法の適用に関するEU米国間の合意を損なうものではない。
8 共同対話の下で行われる協力及び(知識・情報の)交換は, EU米国貿易・テクノロジー評議会を含む,デジタルに係る様々な政策及び法律に関して,EU及び米国の間で実施される他の形態の協力及び(知識・情報の)交換と並行して行われる予定である。