事業者数社が、大気中に放出される二酸化炭素の排出量削減を目的とするCCS事業の共同実施に必要となる装置の導入に当たり、当該装置を構成する機器やその稼働に必要な資材を共同で調達することは、独占禁止法上問題となるものではないと回答した事例
※CCS:Carbon dioxide Capture and Storage(二酸化炭素回収・貯留)
1 相談者
X社ら数社
2 相談の要旨
⑴ X社ら数社(以下「X社ら」という。)は、2050年までのカーボンニュートラル[1]の実現に向けて、X社らの自社工場から大気中に放出される二酸化炭素の排出量を削減するため、数年以内に二酸化炭素の回収・貯留事業(以下「CCS事業」という。)を共同で実施することを検討している。
[1] カーボンニュートラルとは、「人の活動に伴って発生する温室効果ガスの排出量と吸収作用の保全及び強化により吸収される温室効果ガスの吸収量との間の均衡が保たれ」ることをいう(地球温暖化対策の推進に関する法律 (平成10年法律第117号)第2条の2)。
⑵ CCS事業は、排出ガスから二酸化炭素を分離して回収し、それを貯留地に輸送して貯留する過程から成る。CCS事業は、大気中に放出される二酸化炭素の排出量を大幅に削減するものであり、脱炭素化が困難な産業におけるカーボンニュートラルの実現に不可欠な事業とされている。一方で、CCS事業は世界的にも予見可能性が低いとされており、欧米では政府の支援により、CCSを先行的に事業化することで、CCS事業の自立化を図ることを目指している。我が国でも、政府として、2030年までのCCS事業開始に向けた事業環境を整備するため、模範となる先進性のあるプロジェクトの開発及び操業を支援する方針が示されている[2]。
[2] 参考:「第7次エネルギー基本計画」(令和7年2月18日閣議決定)及び「脱炭素成長型経済構造移行推進戦略」(令和5年7月28日閣議決定)。
⑶ CCS事業を実施するためには、二酸化炭素の分離回収、輸送及び貯留の各過程において、その過程での技術の確立とともに、必要となる物品等(以下「必要物品等」という。)を調達する必要がある。現時点では、いずれの過程においても技術が確立している状況になく、将来的な必要物品等の供給の動向は不明である。また、国内ではCCS事業について先進性のある複数のプロジェクトが進められているものの、前記⑵のとおり、CCS事業の予見可能性の低さから政府がCCS事業の自立化を支援している状況にあり、各過程で必要となる技術も確立していないことから将来的な必要物品等の需要の動向も不明である。そのため、CCS事業の各過程における必要物品等の調達については、安定的・継続的な市場が形成されているとまではいえない。
また、前記⑵のとおり、現段階のCCS事業は政府がその自立化を支援している状況にあることから、X社ら及び国内でCCS事業について先進性のあるプロジェクトを進めている他の事業者は、CCS事業全体又はその過程の一部を他社に役務として提供することを具体的には計画しておらず、CCS事業全体又はその過程の一部における役務の提供についても、安定的・継続的な市場が形成されているとまではいえない。
⑷ CCS事業のうち、分離回収過程では、排出ガスから二酸化炭素を分離し回収するための装置(以下「分離回収装置」という。)に多額のコストが掛かる。また、その後に続く輸送や貯留の過程でも、分離回収した場所から貯留地までの輸送や貯留施設の維持管理のために多額のコストが掛かる。このような状況下において、CCS事業を事業として成立させ、実施していくには、コストの削減が必要である。
⑸ そこで、CCS事業の実施に要するコストを削減することができる限られた手段として、X社らは、分離回収装置に関し同一のライセンスを採用する場合に、当該ライセンスによって仕様が規定されている分離回収装置を構成する機器や同装置の稼働に必要な資材(以下「分離回収装置の構成機器等」という。)の調達について、共同で実施することを検討している(以下「本件取組」という。)。
なお、必要物品等の調達について、前記⑶のとおり、安定的・継続的な市場が形成されているとまではいえず、そのうちの分離回収装置の構成機器等に係る調達についても安定的・継続的な市場が形成されているとはいえないことから、X社らの当該調達市場に係るシェアは算定することができない。ただし、分離回収装置の構成機器等の需要者は、X社ら以外にも十数社存在している。また、分離回収装置の構成機器等の供給者については、分離回収装置の構成機器等の物品ごとに、その販売を行う事業者が数社にとどまっている。
CCS事業の分離回収過程における分離回収役務の提供についても、前記⑶のとおり、安定的・継続的な市場が形成されているとまではいえないことから、X社らの当該役務提供市場に係るシェアは算定することができない。そもそも、現段階では、X社ら及び国内でCCS事業について先進性のあるプロジェクトを進めている他の事業者は、CCS事業の分離回収過程を他社に役務として提供することを具体的には計画しておらず、当該役務提供が可能な供給者も、またその需要者も不明である。
本件取組は、独占禁止法上問題となるか。
○本件取組の概要図

3 独占禁止法上の考え方
⑴ア 事業者が、契約、協定その他何らの名義をもってするかを問わず、他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げ、又は数量、技術、製品、設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することは、不当な取引制限(独占禁止法第2条第6項)に該当し、独占禁止法上問題となる(独占禁止法第3条)。
イ 共同購入は、原材料・部品・設備についての安定的・効率的な調達を通じて競争促進効果を持つものであり、独占禁止法上問題なく実施できる場合が多いが、当該共同購入の対象商品の購入市場、又は当該商品を利用して供給する商品若しくは役務の販売市場における競争が実質的に制限される場合、独占禁止法上問題となる。
このため、共同購入に係る独占禁止法上問題となるか否かの検討に当たっては、①共同購入の対象商品の調達市場及び②当該商品を利用して供給する商品又は役務の販売市場への影響について検討することとなるところ、まず、競争制限効果の有無について、次の点を考慮して検討が行われる。
① 購入市場については、共同購入への参加者の市場シェアや競争者の存在等
② 販売市場については、共同購入への参加者の市場シェアが高い場合に
・ 商品又は役務の供給に要するコストに占める共同購入の対象となる原材料等の購入額の割合
・ 販売価格等の情報交換や共有の可能性
③ 共同購入への参加が自由であり、制限が課されていないか
競争制限効果がない場合は独占禁止法上の問題とはならず、競争制限効果が認められる場合は、取組の目的の合理性及び手段の相当性を勘案しつつ、当該取組から生じる競争制限効果及び競争促進効果について総合的に考慮して、競争の実質的制限を生じさせるものであるか否かを判断することとなる。
【参考】グリーンガイドライン第1の3(2)イ(エ)「共同購入」
⑵ア 本件取組の結果、コストの削減が図られ、CCS事業が実施できた場合、大気中に放出される二酸化炭素の排出量を大幅に削減することが見込まれることから、グリーン社会の実現に向けた取組であることが認められる。以下、これを前提に検討する。
イ 本件取組は、X社らが、分離回収装置の構成機器等を共同で調達するものである。本件取組においては、①共同調達の対象商品である分離回収装置の構成機器等についても、②当該商品を利用して供給する商品又は役務である分離回収役務のいずれについても安定的・継続的な市場が形成されているとまではいえないものの、それぞれの市場を対象とし、本件取組がそれぞれの市場に与える影響について検討する。
(ア) 分離回収装置の構成機器等の調達市場に与える影響について
CCS事業の各過程についての技術が未確立であるため現時点で安定的・継続的な市場が形成されているとまではいえず、X社らの分離回収装置の構成機器等の調達市場におけるシェアは不明である。しかしながら、当該調達市場にはX社ら以外にもX社らと競争関係にある事業者が十数社存在する。
さらに、分離回収装置の構成機器等はCCS事業の分離回収過程の実施に必要不可欠であり、分離回収装置の構成機器等の物品ごとに、その販売を行う事業者が数社にとどまることから、供給者がX社らに対して、対抗的な交渉力を有していると考えられる。
(イ) 分離回収役務の提供市場に与える影響について
現段階では、CCS事業の各過程についての技術は未確立であり、CCS事業全体の自立化を政府が支援している状況にあることから、X社らはもとより国内でCCS事業について先進性のあるプロジェクトを進めている他の事業者も、具体的には自社工場で排出される二酸化炭素の分離回収そのものを検討するにとどまる。これを踏まえると、本件取組が分離回収役務の提供市場へ直ちに影響を与えることはないと考えられる。
(ウ) 前記(ア)及び(イ)を踏まえると、本件取組がもたらす競争制限効果は限定的であると考えられる。
ウ 本件取組は、前記アのとおり、大気中に放出される二酸化炭素の排出量の大幅な削減を目的としたグリーン社会の実現に向けた取組であり、目的の合理性が認められる。また、CCS事業を事業として成立させ、実施していくに当たっては、分離回収装置の構成機器等の調達費用の削減が課題であるところ、X社らで共同調達することは課題の解決のために現状で採り得る限られた手段であり、手段の相当性が認められる。
エ 本件取組は、分離回収装置の構成機器等の調達費用の削減を図ることで、X社らにおけるCCS事業を事業として成立させ、もって、我が国におけるCCS事業の担い手を増やすものであり、競争促進効果があるものと考えられる。
オ 前記アからエまでを総合的に考慮すれば、本件取組は、独占禁止法上問題となるものではない。
4 回答
本件取組は、独占禁止法上問題となるものではない。